《【書籍化・コミカライズ】誰にもされなかった醜穢令嬢が幸せになるまで〜嫁ぎ先は暴公爵と聞いていたのですが、実は優しく誠実なお方で気がつくと溺されていました〜【二章完】》第40話 朝池での一幕

「本當に申し訳ございません!」

あわや朝池を回避した後。

アメリアは、キャロルに全力で頭を下げた。

キャロルの服裝は豪勢なドレス……とは真反対の、使用人が著用しているような質素なものだった。

一見すると庭の手れしのようにも見えるが、ローガンの遠縁の、そしておそらく高い地位におられるであろうご婦人である。

池ぽちゃを救助してもらうなど、淑が聞いて呆れるたらくである。

「それから、ありがとうございました!!」

より深々と、アメリアは頭を垂れる。

心の底からの、誠心誠意の謝罪であった。

「気にせんでいい。むしろ、朝から面白いものが見られて満足じゃ」

キャロルはくつくつと笑みを溢しながら言う。

「ご寛大なお言葉……痛みります」

「堅苦しいの嫌いじゃ、と言ったろう。そんな畏まらんでいい」

「は、はい……申し訳……いえ、ありがとうございます」

「うむ」

満足気に、キャロルは頷いた。

同時に、アメリアは「あっ」と気がつく。

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「えっと、あの……」

「なんじゃ?」

「先ほど、私を助けてくれた時に、その……肩、大丈夫でしたか? あれで余計に痛めていたら、申し訳ないなと……」

いくらアメリアが小柄とはいえ、ひと一人を引き寄せる負荷はそれなりなものだ。

「ああ、なんじゃそんなことか」

キャロルが右肩を回しながら言う。

「ああいうのは肩の力ではなく、の軸と捻りをうまく使って引っ張るのじゃ。故に、あれくらいどうってことない」

「な、なるほど……そういうものなのですね」

流石、年の功と言うべきか。

の使い方のコツが染み込んでいるのであろう。

何もない所で躓きがちなアメリアは、ぜひ見習いたいものだと思った。

「こちらが、お薬になります」

気を取り直して、キャロルに薬のった小瓶を渡す。

「これを、寢る前に肩の痛むところに塗ってみてください。夜の間に痛みを抑える分が染み込んで、翌朝にはかなり楽になっていると思います」

「寢る前に塗るのじゃな。わかった、ありがとう」

「いえいえ、どういたしまして」

小瓶を嬉しそうに眺めるキャロルに、アメリアは小さく笑みを浮かべた。

その後、アメリアとキャロルは地面に橫たわる太めの木に腰掛け、しい池を眺めながら言葉をわした。

「良い場所じゃろ?」

「はい、とても」

アメリアは即答する。

「空気も綺麗で、池も澄んでいて、浮草も綺麗で……本當に、素敵な場所です」

「浮草を褒める者は初めてじゃな」

「あ、あはは……ちょっとだけ、植……というより、自然が好きでして」

「その気持ちはわかるのう」

キャロルが、新鮮な空気を深く吸い込んでから言う。

「若い頃はバリバリ働いていた分、引退してからは自然と戯れるのもまた一興と思うようになってな。この邸宅に來た時には、庭園を散歩するのが日課になっておる」

「自然と戯れる素晴らしさ、わかります……!! 私も自然が好きで、草や花はもちろん、山も川も森も全部大好きで、海はまだ見たことがないので是非いつかは見に行きたいなと思って……あっ……」

自分が気付かぬうちに前のめりになっていることに、アメリアは気づく。

そんな彼の姿を見て、キャロルは「やはり、面白い子じゃのう」とくつくつ笑った。

「す、すみません、思わず興してしまい……」

「気にするでない。自分の好きなことを率直に好きと言えることは、とても良いことじゃ」

「そう仰っていただけると嬉しいです……ここには、よく來られるのですか?」

キャロルの肩がぴくりと震える。

「ここは、お気にりの場所でな」

懐かしい記憶を呼び起こすように、キャロルは空を見上げて言う。

「若い頃は、現當主とよく來たものじゃ。あやつもまだ、それはもう小さくて可げがあってのう」

「ローガン様とですか?」

「そうじゃ」

キャロルが頷く。

アメリアは想像する。

ローガンのい頃を。

(それはそれはもう……可らしいお姿だったんでしょうね……)

様々な植を組み合わせる中で培った、アメリアのかな想像力が炸裂。

むすっとしていて目は鋭いけど、小さくてくるしいローガンの姿……凄まじいギャップと破壊力だ。

「何を悶えておるのじゃ?」

「い、いえ……なんでもございません……」

頬の赤みを悟られないよう顔を手で覆って、ごほんと咳払い。

なんだか気恥ずかしくなって、話題を変える。

「いつも、お一人で來られるのですか?」

「騒がしいのは嫌いでな。自由にふらふらと歩き回っておる」

「そう、なのですね」

(大丈夫かしら……だいぶ、お年を召しているご様子ですし……)

そんなアメリアの心を読んだのか。

「心配しなくても、いざとなったら人を呼べる手段はある」

言って、キャロルは腰につけた大ぶりな鈴をちりんと鳴らしてみせた。

キャロルが來た際に聞こえた鈴の音はこれか、とアメリアは合點がいく。

「この鈴を激しく鳴らせば、かなり遠くまで聞こえて人が駆けつけるようになっておる」

「なるほど、それでしたら安心ですね」

「歳には勝てんからのう」

くつくつと、キャロルは全く悲観なく笑う。

この歳まで楽しく充実した人生を送ってきたと言わんばかりで、アメリアはどことなく羨ましいとじた。

「さて、じゃあそろそろお暇するかのう」

キャロルが立ち上がる。

「あ、はい! 改めて、ありがとうございました」

「うむ。こちらこそ、お薬ありがとう」

最後にそう言って、キャロルは背を向け立ち去った。

どこか摑みどころのない雰囲気に、不思議なお方だなあとアメリアは改めて思うのであった。

「さて……」

アメリアも立ち上がり、池……の水面の浮草を見下ろす。

お待ちかねの浮草ゲットタイムだ。

せっかくなので、これだけは持って帰りたい。

池のほとりに歩を進め、膝を曲げる。

今度は池ぽちゃしないよう、慎重に手をばした。

「んんーー……後もうちょい……」

あと十センチ、いや五センチ長が高ければ確実に屆いていた。

長がびなかったのはきっと実家での貧相な食事のせいだ。

おのれ恨めしい。

(いや、もうし頑張ればいける……!!)

意識が浮草に集中し、周りの音が遮斷される。

生涯において未だ手に取ったことのない財寶(くさ)を手にれるべく、アメリアは力の限り腕をばして──。

「アメリア様」

「わっ!」

研ぎ澄まされた意識の外から、聞き覚えのある聲が鼓を叩いてアメリアは飛び上がった。

デジャヴ。

「あっ……!!」

飛び上がった拍子に軸がずれて、上半がぐらりと池の方へ引っ張られる。

デジャヴその二。

(お、落ちる……!!)

ガシッと、両肩に力強い覚。

池にダイブするはずのは、第三者の力によってしっかりと軸を元に戻された。

デジャヴ以下略。

「はあっ……はあっ……」

再び淺くなった呼吸と、バクバクと高鳴る心臓を宥めて振り向くと。

「失禮、そこまで驚くとは思っておらず……危うく、水の妖になる所でしたな」

オスカーが、ほっとしたように言った。

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