《【書籍化】キッチンカー『デリ・ジョイ』―車窓から異世界へ味いもの輸販売中!―【コミカライズ】》大混迷!
午後の営業の最中、いきなり中井が現れた。
さっきパン屋へ仕れに行った時、店番してたお母さんが「今日は振替え休みで、出かけたのよ~」とか言ってたな。それでかぁ。
中井は調理師専門學校時代の友人で、パン屋の跡継ぎとして學して來た。垂れ目がチャームポイント(笑)の人好きのするイケメンで、出會った當初は想が良くて明るい格のヤツに見えた。
ヤツに対して「イケメン滅びろ!」なんて反を覚えたりはしなかったが、なんで天は一人に二も三も與えるんだ!と憤ったりはした。だが、親しくなってみると、二三を一蹴するほどの多大な欠點が姿を現した。なんと、あの想の良さは営業用外面なんだと。
兎に角、親しい相手の前じゃ、無口で不想・無表に加えて怠惰ときた。始めはあまりの変わりように戸ったが、付き合いが長くなるにつれヤツの扱い方が分って來る。有無を言わさずかすと、やる気スイッチがるのだった。
丁度、多忙を極めている最中だったために、無言でヤツを引っ張り込んで、替え用のエプロンを付けさせて強引に窓口に立たせた。
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さすがはパン屋のアイドル君だ。「やめろ!ヤダ!」と喚いていたのに、お客さんを前にしたら営業スマイル全開で華麗な客さばきをご披してくださった。
初夏も過ぎて本格的に暑くなって來て、デリのメニューも一新し、限定メニューとして冷製を追加してみたら、思いのほか客けした。その分多忙になったけどね。
「…『茄子の冷製煮びたし』に『凍結トマトのカップサラダ』ねぇ。しっかし、面倒なメニューを増やすって無謀」
やっと客が引けた所で、やる気スイッチが切れてイケメン度が下がった中井が、手にしたチラシを振り振りぼそりと批評。
分ってるよ。に染みたよ。
「仕方ないだろー。「使え」って茄子とトマトを大箱で3つずつ貰ったんだからさぁ、使わない訳にいかんだろ?」
「夏野菜の恐怖だな…」
そう、夏野菜の恐怖。ハウス栽培などの大量生産安定供給と違って、家族経営の農家や小規模農園は、旬に収穫して出荷する。ことに夏野菜は旬の期間が短いから、その間に必死に収穫してどかっと出荷する。で、商品価値のない品も、短い旬の間に食いきれない程の量になる。そんなB級品を「使え」の一言でタダで持って來てくれるのは嬉しい。でも、全てを加工保存しておける程度の量じゃないから、新鮮なに店頭に出すとなると期間限定メニューに。
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そして、そーゆー商品は得てして、予想外の売り上げになったりするのだ。
「トマトならソースに加工しとけば、別のメニューに使えるんだが、茄子が問題でな。せっかく新鮮な茄子だし!と張り切った挙句の結果がこの嬉しい狀況です」
営業スマイルを消し去った無表鉄仮面は、目を細めて冷笑混じりの苦笑を俺に向けながら、駄賃代わりに出したカレー丼を食い始めた。そして、熱気の篭った車に耐え切れず、奴は自然な流れで例の窓に手をかけた。
あっと聲が出そうになった所を堪えていた不審な挙の俺に、ヤツは「なに?」と目を向けて來た。
「む、蟲がって來るから、開けるならしにしてな?」
こっちは貓耳子の世界だ。街道沿いの休憩所らしい空地となると、誰がいるか知れたもんじゃない。ケモ耳人種に出會って、幻覚だ何だと騒ぎになるのだけは避けたい。
ドキドキしながらも意識してぼんやりしている風を裝い、目だけは窓に固定した。そして、中井がゆっくり開いた窓の向こうに焦點を定めたんだが――そこにはマンションの外壁があるだけだった。
「え?」だよ。中井がいなかったら、「ええええ!?」と奇聲をらしてただろう。
「も…もし開けていいぞ…」
俺の言葉に、窓を半分まで開けた中井は、ぐったりと窓に寄りかかって丼を掻き込んだ。プラ丼を手にアンニュイな能面イケメンがカレーを掻き込む。
その向こうは、やはりクリームの外壁だった。
何だろう。なんで俺が開くと異世界に繋がって、中井が開くと繋がらないんだ?
ぬるーい小型扇風機の出す風が、汗でべとつく俺の首筋をでて行く。いつもなら気休めだけど涼しいとじるそれが、今は嫌な冷汗を煽って不快にしかじなかった。
その日、閉店まで開け放して置いた窓は、中井が去った後も外壁だけしか見せなかった。
その偶然起こった結果を、レイモンドさんの手紙に書いた。他人に頼んで実験なんてことはできないから、偶然だけど確認ができて良かったと思う。まぁ、謎が増えただけだけどね。
こんなことが分かったせいか、俺の中で々確かめてみたい求が湧いて來た。
例えば、あの窓から俺は異世界へ出りできるのか。
そんなことをぼんやり想像してたが、そう言えば貓耳子が、開いた窓からこちら側へ指の先すられられなかったことを思い出した。レイモンドさんも、窓からこっちへは手をれて來たことない。でも、俺はいつも窓から腕をばして商品を手渡している。なら、全を向こう側へは?
頭の中で、窓から異世界へ降り立った自分を想像し、そして窓から戻ろうとして帰れなくなって……怖い!帰還が確約できない実験は無理!
俺は、興味はあっても異世界へ行きたいなんて全く思っていないし、できたら弁當やデリを間に挾んで流してみたいと思っているだけだ。その流だって、営業戦略としてたくさんの顧客獲得がメインなんじゃなく、偶然出會って縁があったら、こっそり自慢の料理を食べさせてみたいだけで――まるで輸だな。異世界への輸。
こっちの材料で作った料理を、あっちの金銭で売買してんだもんな。また、その異世界の金銭がこっちの世界の貨幣に変化するってのは、よく考えてみると恐ろしいことだ。
俺がけ取った変化後の貨は、本當に本なのか?レイモンドさんの世界からみたら、俺は商売をしていながら許可は取ってないわ、あるか分からないが稅金は払ってないわ、加えて彼の世界の流通貨幣を減らしてる原因だ……マジで輸業者だった。あちらの世界で捕らえられたら、犯罪者として死刑かな…。
そう思ったら、なんだか背筋が冷たくなった。
そんな俺の不安をよそに、明るい笑顔のレイモンドさんはいつも通りに弁當をご購。いつも通りに手紙を挾んだ弁當二つを手渡して、ちょっと頼みごとをしてみた。
「レイさん、そこから店の中を見て何が見える?俺の聲以外の音は聞こえる?」
俺が確認のためだと話したからか、彼は真面目な表でしっかり覗き込んだ。
「トールの背後はよく見えない。白くて薄いカーテンが掛っているようなじだな。それに、何の音も聞こえない」
「なるほど…じゃあ、この窓からこっちへ手をれてみて?」
今度は、眉間を僅かに寄せて、ゆっくり片手をばして來た。もう片手が、弁當を大事そうに抱えているのが笑えた。
そして、その手は閉じた時に窓ガラスがある位置と同じ所で停止した。
ぐぐっと、彼の眉間の皺が深くなった。
「……これ以上は無理だ。見えない壁がある」
いつも何気なく弁當と金のやり取りをしているだけに、その事実はレイモンドさんを驚かせている様だった。指先がれた明な壁を、今度は掌を押し付けたりでたりして確かめだした。
開口された空間の隅々まで手をばしても、どこからも中へは侵できなかった。
俺たちは互いに見つめ合って、僅かに湧き上がった謎に対する怖れを共有した。
「悪いね……変なことに付き合わせて…」
「いや、元々はおかしな現象から始まった付き合いだ。気にするな。また何かあったら言ってくれ。私も結果が分かったことでし安心する」
「うん。手紙にも書いたんだけどさ、ちょっと怖く思ったことも書いたから…。でも、変に気に病まないでくれな?」
苦笑をわすしかない。こんな謎現象を間に挾んで付き合ってんだからな。それを辭めない俺たちもどうかしてるが。
「ああ、伝えることがあった。明日から急遠征に駆り出されることが決定した。朝の弁當は買いに來るが、明後日から當分は來れない。承知しておいてくれ」
え?急遠征って、魔の討伐とかかな?でも、それを聞くことはできない。お互いに妙な疑いを避けるため、仕事の容に関する詳細は言わない書かない聞かないと約束した。最初に自己紹介みたいな手紙のやり取りしちゃったけど、その後は止事項に決めたのだ。
だから、詳細は聞けない。
「うん。了解した。気をつけて行って來てな?」
「ああ、では!」
いつもよりし元気のない後ろ姿を、そろそろと窓を閉めながら見えなくなるまで見送った。
寂しくなるな―と思いながら、俺も仕事を頑張るか!と気合をれた。
誤字訂正 2/8
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