《【書籍化】キャだった俺の青春リベンジ 天使すぎるあの娘と歩むReライフ》25.蛇足:悪夢と膝枕

「ん…………」

ぼんやりとした意識のまま、俺は機に突っ伏していた頭を起こした。

あれ、俺は何をしていたんだ……?

あ、いや……そうだ。

文化祭の後夜祭でみんなと話していて……。

「俺……寢てたのか? いつの間に……」

ぼんやりとした視界が徐々にクリアになる。

そして、朧気だった周囲の郭がはっきりしていき――

「え……?」

そこで気付く。

今まで俺が頭を突っ伏していたのは教室の機ではなく――

パソコンが乗ったオフィスデスクなのだと。

「な、何でこんなものが……え……!?」

教室にあるわけがないものに混していると、自分の著ている服が學校の制服でないことに気付く。

スーツ、シャツ、スラックス、ネクタイ――完全な社會人の格好だった。

「あ……え……?」

わけもわからずに周囲を見渡すと、そこは學校の教室ではなかった。

タバコのヤニで汚れた天井。

老朽化の著しく亀裂が多い塗裝がハゲた壁。

整理されていない書類が雑に詰め込まれたキャビネット。

居並ぶオフィスデスクとその上に鎮座するパソコン。

見覚えがありすぎる景に全が氷のように冷たくなっていく。

ここは……そんな、まさか……。

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「居眠りとは良い分だなカスが」

「え……」

その聲を聞いた瞬間――胃腸にねじれるような痛みが走った。

オフィスに響いた嫌みな聲は、どうしようもなく聞き覚えがあったからだ。

「課……長……」

俺の上司……口を開けば文句と罵言しかでてこない俺の恐怖そのもの。

脂ぎった満の50代が良心の欠片もないような目でこちらを見ていた。

「何がどうなって……俺は教室で……みんなと……」

「ああん、教室ぅ? はっ、何を馬鹿な夢を見てるんだこのグズが」

「ゆ、め……?」

何を言っている。

あれが夢なわけないんだ。

俺は過去に戻ってやり直して取りこぼしていたものを得るために――

「はっ、どんな楽しい夢を見ていたか知らねえけどなあ! お前の現実はこっちだよ!」

ちがう。そんなのはウソだ。

こんなものは現実じゃない。

現実であっていいはずがない。

「さあ、楽しいお仕事の時間だ新浜」

俺のデスクにファイルや書類の束が山積みになって置かれる。

毎日徹夜してもいつ終わるかわからないほどの量だった。

「休みなんてない。辭めるなんて許さねえ。お前はここでずっと馬車馬みてえに働くんだ。明日も明後日もそのまた次の日も! お前の一生なんてそんなもんだよ!」

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ちがう、ちがう、ちがう。

俺の一生はそんなものじゃない。

そんなふうにならないために、俺は未來を変えるんだ。

「しかしまあ、ずいぶん良い夢をみてたようだなぁ?」

やめろ。

それ以上、何も言うな。

「けどもう目が覚めたろ? お前がみていたのは――」

ちがう。

ちがうちがうちがうちがうちがうちがう……!

「全部都合のいい妄想なんだよ」

黒ずんで固まった油のようなニチャリとした聲が、俺に絡みつく。

俺の周囲にあるもの全てが、あまりに見慣れていて――

ここがお前にお似合いの場所だと無言で囁いてくる。

『――そもそも過去をやり直せるなんて本気で思っていたのか?』

頭の中に、課長でない誰かの聲がした。

知らない聲のようで、人生で最も聞いた気もする。

ああそうかこれは――俺の聲だ。

『紫條院さんと仲良くなれた? いずれ彼人にする?』

『妹に慕われるようになってお互いに笑顔で話せるようになった?』

『死別した母さんと再會できた?』

『文化祭を功させてクラスのみんなから謝された?』

『全部、全部、全部――お前の妄想だよ』

『哀れな男が人生の最後に見た夢に過ぎない』

頭に溢れる聲が俺をあざ笑う。

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そんな都合の良い夢は妄想でしかないと。

俺の心に、直接その嘲笑はすり込まれていく。

思考能力が薄れ、心が希を信じられなくなっていく。

そうなの……か?

俺は今まで……俺が渇した願を夢に見ていただけなのか?

(俺が見ていたのは何もかも……ただの都合のいい幻……)

真っ黒なコールタールのような絶が、俺の中に広がっていく。

心から熱が失せて凍りつく。

の奧ががらんどうになり、全てが空虛になる。

そうして俺の中から一切の希が消えかけたその時――

頬に、溫かい何かがれた。

「え……?」

途方もない溫かい何かは、凍った俺の心をじわりと溶かした。

同時に真っ黒な絶も太に照らされた影のように消え失せていく。

「これは……」

その溫もりを、俺は知っている。

いつも俺をい立たせるもの。俺が心をかす一番の原力。

俺にとって、何よりも大切なもの。

俺の心にと熱をくれるのは、いつだって彼なのだ。

「紫條院さん……!」

ついさきほどまでの絶なんてなかったかのような晴れ晴れとした気持ちで、俺はその名前を口にした。

私は紫條院春華。

今私は、二人っきりの教室ですやすやと眠る新浜君を見守っていた。

後夜祭が終わった後、お菓子のゴミなど片付けをしていると新浜君がいつの間にかタコ焼き喫茶用に作った客席に座って眠りに落ちていた。

もちろん起こさないといけなかったけれど、今日の重労働からくる疲労を知っている私は他の皆が帰宅する中、教室のカギを風見原さんから預かって、眠る新浜君と一緒に教室に殘った。

最終下校時刻まではまだしだけ時間がある。

それまでは新浜君を寢かせてあげたかったからだ。

「とっても良い文化祭でしたね新浜君」

役割が終わったタコ焼き喫茶のセットに囲まれ、私は呟いた。

そう、この文化祭は楽しかった。

そしてその楽しさを私やクラスの皆にくれたのは、今目の前で寢息を立てる男の子だった。

後夜祭でみんなが彼に心からの謝を告げた時、私はとても嬉しかった。

新浜君の頑張りをみんなが認めて、みんなの気持ちが新浜君の心を溫めている様に私の心も喜びで満たされた。

(けれどその……誰にも言ってないですけど、しだけもやもやする時がありました)

例えば風見原さんと筆橋さん。

二人とも文化祭を通じて新浜君と話すようになったのだけど、彼らが新浜君に笑顔を向けていると心がざわめく。

正直、自分でもわけがわからない。

新浜君が皆の信頼を得るのはとても嬉しいのに、どうして子が彼に接近しすぎると落ち著かなくなるのだろう?

「むぅ……特に風見原さんですね……」

この文化祭で実行委員とそのアドバイザーという立場の二人はかなりの時間一緒にいた。風見原さんはマイペースなのでが読みづらいけど、新浜君に対しては一貫して好意的でその手腕を何度も褒めていた。

あれだけ頼りになる人なのだから當然ではあるのだけど……。

「それに新浜君もなんだか風見原さんや筆橋さんに対しては気安いような……」

風見原さんには「俺を矢面に立たせすぎだろお前!?」とかで、筆橋さんには「ああもう、泣きそうな聲出すなって! なんとかするから!」みたいなじなのに私には「俺で良ければいつでも力になるよ」というふうに紳士的すぎるのだ。

「私にももっと気さくなじでも構わないんですけど……え?」

ふと新浜君の顔を見ると、汗がびっしりと浮かんでいた。

それだけじゃない。

口から苦悶の聲をらしている。

「に、新浜君!? どうしたんです?」

「う、あ、ああ……あああ……」

苦悶の表を見て、すぐに悪い夢を見ているのだとわかった。

それも相當に酷い夢のようだ。

「…………っ」

私は咄嗟に、そっと彼の頬にれた。

後で冷靜に考えれば新浜君をすぐに起こせば良かったのだろうけれど、この時の私はこうすることしか頭になかった。

い頃、嫌なことがあった時にお母様がいつもそうしてくれたように、彼に私の溫を通じて人の溫かさを屆けたかった。

新浜君が見るべきなのは悪夢なんかじゃない。

こんなにもんな事を頑張って一生懸命な人は、たとえ夢でも不幸になるべきじゃない。

「新浜君が見るべきなのは……幸せな夢なんです!」

しでも溫を伝える面積を増やすべく、私は両の手の平で新浜君の頬を包み込んだ。

彼の苦しみが、しでも和らぐことを願いながら。

紫條院さんの聲が聞こえる。

紫條院さんの溫もりをじる。

ああ、彼がここの外にいるのならもう答えは明白だ。

これは絶対に現実じゃない。

「はあ、ビビって損した……なんだ単なる悪夢かよ」

さっきまでのが死んでいくような気分はあっさり霧散し、俺はこんな見え見えの悪夢で取りした自分を恥じた。

というか夢だと認識して冷靜に見てみるとだらけだ。

なんかこの會社の風景も俺の記憶が曖昧な部分はぼやけてるし。

「おい、新浜てめえ何をブツブツと……」

「課長のディティールだけは正確だな。それだけトラウマだったってことか」

さて、こんな悪夢からはとっとと覚めるのが一番だが――その前に。

「おいこら聞いてんのかグズが! お前の長のために俺の分もやらせてやるからさっさと仕事をしろ! ちょっとでもサボったらまた給與を下げてや――」

「やかましいわボケがああああああ!!」

ギャーギャーとわめき出した課長を正面から怒鳴りつけてやると、が曲がった顔をした50代男は目を見開いて絶句した。

せっかくだし前世でこいつに言いたかったことを全部言っておこう。

「このブクブク太りのクソ課長がっ! タバコの吸い過ぎで口がヤニ臭えんだよ! 他人のことばっかりネチネチ言うのに自分一人じゃ何も出來ない無能の権化のくせに、いつも人に理不盡な命令ばっかしやがって! 偉そうなことを言うならてめえが100連勤してみろや!」

いつもに渦巻いていた怨嗟をぶちまけると、課長はワナワナと震えだした。

はは、夢のくせに一丁前に怒るのか。

「よくも……よくも俺にそんな口をききやがったな! お前今後まともに仕事できると思うな……よ……?」

腕をポキポキ鳴らしながら近寄る俺に、課長の聲がすぼみになる。

ふふ、考え方を変えればこれって悪夢どころかすっごい良い夢じゃないか。

「なんせ夢なら解雇も起訴もないからな。ノコノコ人の夢に出てきたのが運の盡きだ」

俺はニコニコとすこぶる良い笑みを浮かべて課長に近づく。

ははは、今更後ずさりしても遅えよ。

「ま、待て……! やめ……っ!」

「積年の恨みだ……! くたばれやあああああああああああ!」

俺は拳を固めて、かつて見るだけで吐き気がしていたクソ野郎に突進した。

「良かったです。こんなに効果があるなんて……」

新浜君の頬を両手で包んだのは衝的なことで、それでどうにかなるとは思っていなかった。けれど何故か効果は絶大で、新浜君はすぐに穏やかな寢顔を取り戻した。

「これで新浜君も心安らかに――えっ!?」

苦悶の表が消えた新浜君は、寢言で「うーん……くたばれやぁ……」などと言いだしてをよじり始めた。

するとがどんどんが席からズリ落ちていき……最後には床に落っこちてしまったので私は慌てた。

「だ、大丈夫ですか新浜君? え……まだ寢てる……?」

ごろんと教室の床に転がった新浜君はまだ寢息を立てていた。

これで起きないとはやっぱり相當疲れているようだ。

「流石にこのままにはしておけないですね……その……ちょっと失禮します……」

私は床に座り込み、新浜君の頭を自分の膝の上に乗せた。

鞄を枕にするよりかは、しは安眠を提供できるはずだ。

(うわぁ……膝に頭を乗せるくらい大したことないと思っていましたけど……私のお腹あたりに新浜君の顔があるというのはなんだかこう……変な気分になります……)

「ん……あれ……?」

「あ……起きたんですか新浜君?」

「ああ、こんどはちゃんと……きょうしつ……だ……」

目を覚ましたと思って聲をかけてみたものの、どうも言葉がふわふわだ。

意識が完全に覚醒せず寢ぼけている狀態のようだった。

「あの、わかりますか? 私は紫條院です。新浜君は教室で寢ちゃっていて……」

「ああ……しじょういんさんだ……」

私の名前を呼ぶ新浜君はまるで児のようで、とても無垢だった。

おそらく、あまり狀況はわかっていないのだと思う。

(ふふっ今の新浜君……なんだか子どもみたいで可いです)

「ん……? ひざまくらだ……やわらかい……」

「あ、あのこれは……新浜君が床にずり落ちてしまったので……」

新浜君の頭を膝に乗せたまま會話しているという狀況に急に気恥ずかしくなり、私はつい言い訳のようなことを口にしてしまう。

「ああ、きもちいい……それにいいにおいがする……」

「~~~~~~っ!?」

私は顔が真っ赤になった。

今日の私はタコ焼き喫茶のシフトにった時に、とっても汗をかいてしまった。

そんな汗くさい自分の匂いを新浜君に嗅がれていると思うと、とてつもないほどの恥心がこみ上がってくる。

「あれ……なんだろう……ひどいゆめをみていたようなそうじゃないような……まあ、いっか……」

まだまだ寢ぼけている様子で、新浜君が呟く。

やっぱり悪夢をみていたようだったけれど、覚えていないのならそれでいいと思う。

「ああ、やっぱりしじょういんさんはきれいだな……すてきだ……」

「ほぁ!? な、何を言っているんですか!?」

今の新浜君は寢ぼけている狀態だから、ほとんど無意識なのだろう。

けれどいつか彼と一緒に下校した時と同じく、その言葉は私のを激しく揺さぶる。

何故か私は、新浜君に褒めてもらえると嬉しい。

「でも……これもゆめじゃないよな……」

「え……」

「しじょういんさんは……おれのてのとどくところにいるのかな……」

その呟きはいつも前向きで何にでも一生懸命な新浜君のものとは思えないほどにか細く、まるで震える子どものようだった。

そんな彼を見て、私は思った。

以前の気だった新浜君と、ハキハキと喋って力強くなった新浜君。

どっちが本當ということじゃなくて、きっと両方が新浜君なのだ。

(あんなに何でもできる新浜君が何をそんなに不安がっているのか……それはわかりません。けれど――)

「――はい、ここにいます」

さっきそうしたように、私は新浜君の不安を消したくて彼の頬にれた。

「新浜君の側に、私はいます。だから――」

今日はとても頑張ったのだから。

あなたがしいものはきっとどこにもいかないから。

「安心して、もうしだけ眠ってください」

「ああ、そうか――よかっ……た……」

私がそう告げると、新浜君はすぅすぅと寢息を立て始めて再び眠りに落ちていった。

「本當にお疲れ様です新浜君。今はしの間だけ、健やかな気持ちで眠ってください」

ふと窓の外を見れば日が落ちて、辺りは薄暗くなっていた。

もう學校にいられる時間はあと僅かだけど、それまではずっとこうしていたい。

お晝の喧噪が噓のように音が消え去った校舎で、私は新浜君の頭を膝に乗せたまま、頑張った男の子の寢顔をずっと飽きずに眺めていた。

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