《【電子書籍化】退屈王は婚約破棄を企てる》婚約者は異國の地にて王を想う(1)
ユリウス視點の前日譚です。
時系列は本編開始の數日前。場所はユリウスの留學先、アシャール王國となります。
全3話の予定です。
初夏の晴天のもと、エロー広場は多くの人で賑わっていた。
優に千人は集えるであろう円形の広場の真ん中で、優な噴水が日のを浴びてきらめいている。噴水の中心にそびえ立つのは、アシャール王國建國の英雄を讃える勇ましい石像だ。
広場には、軽食や果、雑貨などを売る天商が所狹しと軒を連ねている。空いたスペースでは、派手な裝を著込んだ大道蕓人や路上音楽家が、各々の蕓を披している。彼らに負けじと聲を張り上げる客引きの聲も合わさり、広場は明るい賑わいに満ちていた。
その雑踏の中を、ユリウスはゆったりとした足取りで歩いていた。手には高級老舗菓子店のロゴがった緑の紙包みを抱えている。
3ヵ月にわたるアシャール王國での留學生活も、まもなく終わる。帰國の日を3日後に控え、ユリウスは婚約者への土産を買いに街へ出て來ているのだった。同行者は、案役を買って出たロズリーヌである。
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「いつ來てもすごい人出ですね、ここは」
周囲を見渡せば、素直な嘆の言葉が口をついて出た。
「ふふ、なんと言っても100萬人都市トゥールの中心ですもの」
隣を歩くロズリーヌが誇らしげに応じる。
「北と南の境目にあるでしょう? ですから、南北両方の人ととが、このエロー広場に集まって來るのですわ」
アシャール王國の王都トゥール。
大陸でも有數の歴史と華やかさを誇るこの都市は、北と南とで雰囲気を大きく異にする。
北側は、王宮を中心に、貴族の邸宅、図書館や館等の文化施設が集まる、豪奢にして閑靜な區域。
南側は、市場、商店、工房などの商業施設が建ち並び、それらの隙間を埋めるように市民の住宅が集まる、雑多にして活気に満ちた區域。
その南北の境に位置するのが、このエロー広場であった。
ロズリーヌの言うとおり、広場を行きう人々の風は様々だった。
買い籠を手に野菜の天を覗き込む中年の、安のアクセサリーの天を冷やかす町娘達、を焼く香ばしい匂いに足を止める年、安酒の瓶を片手に大道蕓人を眺める中年の男……。
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貴族階級と思しきなりの良い人々の姿も珍しくない。広場をぐるりと囲むように立ち並ぶ建には、貴族用達の高級店もっているからだ。ユリウスが菓子を買った店も、そんな高級店の1つである。
それに、地方都市から出てきたと思われる者や、異國の裝を纏った者達もいる。彼ら観客は珍しげにキョロキョロしながらゆっくりと歩くので、一目でそれと分かる。エロー広場は、トゥール有數の観名所の一つでもあるのだ。
もっとも、あちらこちらに視線を彷徨わせているという點では、ユリウスも彼ら観客とそう変わらない。
ユリウスがエロー広場を訪れるのは初めてではないが、慣れていると言えるほどでもない。來る度に新しい発見があるし、その活気にいつも圧倒される。祖國フェルベルクに、これほど賑やかな場所はない。
年時代、父の供をして初めてエロー広場を訪れたときのことは今でも覚えている。
「今日はお祭りなのですね!」と言って、父に苦笑いされたのだ。いつもこのように賑わっているのだと聞かされたときは驚いた、というより訳が分からなかった。
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山が國土の3分の1を占めるフェルベルクと、大國アシャールとでは、何もかもが違う。留學中、アシャール王國の貴族の一部から田舎者扱いをけたのも、まぁ無理からぬことだとユリウスは思っている。
もっともユリウスは、山に囲まれた長閑な祖國と、そこに住む人々に著を持っている。田舎と侮られるのは気分の良いものではないが、そのたびに、フェルベルクの魅力を外に伝えることも自分の役目だと、気持ちを新たにするのだった。
(昔の俺では、こんな風に前向きには考えられなかった……)
脳裏に浮かぶのは、祖國にいる年若い姫君の姿。
今の自分があるのはあの方のおかげだ、とユリウスは思っている。
代々フェルベルク王國の外を擔う家の嫡男に生まれ、將來は外になることを義務づけられたユリウスであったが、その定めは期の彼にとって重荷でしかなかった。
表が乏しく、口數もない。友人を作るのも得意ではない。ユリウスはい頃から、己の格が外に向いていないことを察していた。
それでもまだ、國で勉學に勵んでいるうちは良かった。諸外國の言語や地理、歴史を學ぶことは楽しかった。特に語學の分野で才能を発揮し、12歳までに、フェルブルクと國境を接する3ヵ國の言語の読み書きをマスターした。15歳までにはさらに2ヵ國の言葉を習得した。
だが、15歳のときに単で周辺各國に留學するようになると、ユリウスの苦悩は増した。
慣れない土地で、慣れない人々に囲まれる生活は、ユリウスを日に日に憂鬱にさせた。言葉にせよ、地理や文化にせよ、知識として知っているのと、実際に験するのとでは、まるで違う。小さな戸いや失敗の積み重ねがユリウスを萎させ、彼の表にを落とした。
元々の社が低い上にそのような狀態で、友人ができるはずもない。用事がない限り滯在先の部屋に引きこもり、帰國の日を指折り數えるうちに、ユリウスの初めての留學は終わった。
帰國後、國王陛下に挨拶を済ませ、重たい気持ちを引きずりながら謁見の間を辭したユリウスを待っていたのは、婚約者であるフローラ姫の笑顔だった。
「おかえりなさい、ユリウス! 朝からずーっと待っていたのよ! わたくしのお部屋でお茶にしましょう。留學中のお話を聞かせてほしいわ!」
當時10歳だったフローラ姫は、飛び付くようにユリウスの手を取ると、目を丸くする彼を引っ張るようにして自室へ連れて行った。
そして、ユリウスの土産の焼き菓子をにこにこと頬張りながら、ユリウスに留學の思い出話をねだったのだ。
「留學中はどんなものを食べたの? ユリウスが一番気にった食べはなぁに?」
「ねぇ、ドレスはどんなものが流行っていたの? 髪飾りは?」
「何か、フェルベルクには無いような珍しい道があった?」
「観名所にも行ったのでしょう? ユリウスはどこが面白かった?」
矢継ぎ早の質問にスラスラと答えることなどできるはずもなく、ユリウスは消極的で向的だった留學生活を悔やまずにはいられなかった。
必死に留學中の記憶をかき集め、言葉につまりながら語った話は、絶的につまらないものだったとユリウスは思う。
けれど、フローラ姫は瞳を輝かせながらユリウスの話に相槌を打ち、「いいわねぇ。わたくしもいつか行ってみたいわ」と言って笑ったのだ。
その朗らかな笑顔に、どれほど救われたことか。
思えばその頃から、フローラ姫はユリウスにとって特別な存在になった。
単なる親の決めた婚約者ではなく、親友の妹でもない、特別なの子に。
次の留學から、ユリウスの意識は変わった。
帰國後にフローラ姫に語って聞かせるのだと思えば、様々なことに関心が向いた。自然と、留學先の人々とも會話が弾んだ。
いつしか、ユリウスにとって留學は苦痛なものではなくなっていた。
こうして異國の地を歩いていても、しい景や珍しいを目にするたびに、キラキラと輝く翡翠の瞳が脳裏に浮かぶ。
國を出たことのない婚約者に話して聞かせるため、しでも多くのものを、しでも詳しく目に焼き付けようという気合いで、眉間にシワを寄せるユリウスであった。
「お菓子の次は本でしたわね? トゥールで一番の本屋にご案致しますわ!」
ロズリーヌがはりきって言う。広場の雑踏にも慣れた様子で、その足取りには迷いがない。
その形の良い灰の瞳が、不意に輝いた。
「あ、そうですわ。この近くに、上質なアクセサリーを扱うお店がありますの。上品で可らしいと、大層な人気ですのよ。王殿下へのお土産になさっては?」
良いことを思いついたというようにロズリーヌは聲を弾ませるが、ユリウスの反応は全く期待外れのものだった。
「いえ、本がいいのです」
「まぁ……フェルベルクの王殿下は、ずいぶんと読書家でいらっしゃいますのね」
ロズリーヌはつまらなそうに口角を下げる。アクセサリーよりも本を好む若い娘がいるなど信じがたいと、その目が語っていた。
だが、ユリウスには確信があったのだ。
それはユリウスとフローラ姫との婚約が結ばれて間もない頃のこと。當時10歳だったユリウスは、5歳上の姉にせっつかれて、初めて自分自で婚約者への贈りを選んだ。悩んだ末にユリウスが選んだのは、王都の菓子店で購した焼き菓子と、い頃にお気にりだった絵本。
それらを手渡したときのことは今でもよく覚えている。期待に輝くフローラ姫の顔。小さな手が包みを開くのを見守る張。お菓子に歓聲を上げ、絵本を両手に抱えて「ありがとう、ユリウス」と顔を綻ばせた5歳のフローラ姫は、まさしく天使のようならしさだった。
以來、婚約者への贈りは菓子と本が定番となった。
贈るたび、フローラ姫は嬉しそうな笑顔をユリウスに見せてくれた。
甘いの苦手なユリウスは、菓子選びにはいつも苦労するが、本を選ぶのにはなからず自信がある。自で読んでみて面白かった本を贈ることもあるし、外國で出會った未知の本を贈ることもある。そういうときには、自分用にもう1冊購し、帰國の途上で読むようにしている。本を読み終えたフローラ姫と、想を語り合うためだ。
ちなみに、「語り合う」と言っても、語るのはもっぱらフローラ姫で、ユリウスはほとんど仏頂面で相槌を打つだけである。夢見るような表で熱っぽく本の想を語るフローラ姫の傍らで、そのらしい聲に耳を傾ける時間は、ユリウスにとって數ない癒やしのひと時なのだ。
……なのだが、誠に殘念なことに、ユリウスがそれを言葉にしたことはない。彼の仏頂面が、気を許した婚約者の前でのみ見せる表だということも、もちろんフローラ姫には伝わっていないのだった。
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