《【書籍6/1発売&コミカライズ配信中】辺境の貧乏伯爵に嫁ぐことになったので領地改革に勵みます》第1話 濡れ

「どういうこと、アンジェリク」

學園の中庭に呼び出されたアンジェリクは、はしばみの瞳をいっぱいに見開いた。

仲よしグループの令嬢たちに詰め寄られ、栗の髪がかすかに揺れる。

周りを囲むのは、上級貴族ばかりで作った學園でも特に目立つグループ。公爵家の第一令嬢であるアンジェリクも、不本意ながら仲間の一人に數えられている。

「私とフェリシーがシャルロットを悪く言ってるなんて、誰から聞いたのよ」

え、ふつうに廊下で言ってたよね。どちらかというと聞こえよがしに。わざと大きな聲で。

アンジェリクは口には出さずに、エメリーヌの顔を見た。

フェリシーが、いかにもおろおろしながら続ける。

「シャルロットから聞いてびっくりしたわ。私たち、ちっともシャルロットのこと、嫌ってないのに」

嫌ってはいなかったかもしれないけど、すっかりバカにしてたわ。

どうせ誰とも婚約できずに行き遅れるのよとかなんとか、見下したように言って笑っていた。そばかすだらけで地味な髪のシャルロットを、トウモロコシと呼んでいたのも知っている。

だけど、そんなのひとこともシャルロットに言った覚えはない。

これも口に出さずに、アンジェリクはフェリシーの顔を見た。

「私とフェリシーの靴に釘をれたのも、あなたなんですってね」

「エメリーヌの服にインクをこぼしたのも」

「何の話?」

ほかにも誰それの何にどうしたとか、こうしたとかいう小さな事件のあれこれを、エメリーヌたちは語り続けた。

そして、それらの事件の犯人は、全てアンジェリクだったことがわかったのだと言った。

いったい何を言っているのだろう?

「もう言い逃れはできないわよ」

言い逃れも何も、どれ一つに覚えのないことだ。

知らない事件もまざっている。

ぽかーんと口を開けていると、フェリシーとエメリーヌがものすごい形相で睨んできた。

後ろに控えた二、三人の仲間もアンジェリクを睨んでいる。

「エルネスト様とのご婚約も、これで解消ですって」

「え? 婚約解消?」

「そうよ。人を陥れようとするような卑しい令嬢は、第二王子とは釣り合わないでしょ」

「ちょっと待って。何の話をしてるの?」

そんなこと、エルネストから一言も聞いてないんですけど。

「何もご存じないのね。先日からあなたのことは、學園中の噂になってたのに」

知らない。全然、知らない。

「とうとう陛下のお耳にって、エルネスト様からの申し出もあって、はっきり決斷されたそうよ」

「婚約の解消を?」

「ええ。今頃、モンタン公爵もカンカンに怒ってらっしゃるでしょうね」

「名門、モンタン公爵家の面汚しですわね」

おほほほほ、と笑う令嬢たちの聲を聞きながら、アンジェリクは呆然となった。

「お父様……」

エルネストのことはこの際どうでもいい。

だが、父の立場を悪くするのは本意ではない。

(だけど……。それにしても……)

いったい何がどうしてこうなったの?

人を陥れたって何?

卑しいって私のこと?

疑問がぐるぐる頭の中をかけめぐる。何が何だか、さっぱりわからなかった。

ただ、これだけははっきり言える。

「それ、全部、濡れだわ……」

アンジェリクの呟きは、令嬢たちの高笑いにかき消された。

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