《【書籍6/1発売&コミカライズ配信中】辺境の貧乏伯爵に嫁ぐことになったので領地改革に勵みます》第19話 のお
馬車を降り、とぼとぼと城に戻ったアンジェリクは、夫人用のクローゼットに置いてある小さなチェストに手紙をしまった。
ドレスが減ってすっきりした裝掛けに掛かるひらひらのナイトドレスに目を留め、その道の教育係ブリアン夫人を思い浮かべた。
彼に會いたいと思う日が來るとは想像もしていなかった。
興味がないことをおざなりにするのはアンジェリクの悪い癖だ。
學園で起きた事件についてもそうだったし、ブリアン夫人の話だってもっとよく聞いておけばよかった。
手紙だって、もらって初めて、そのよさに気づく。
自分は頭でっかちなばかりで、心に潤いがないのだと思った。
今朝、出かける前にセルジュが言った言葉を思い出すと、心がざわざわし始めた。
『好きにしたらいい』
『きみのやることに間違いはない。僕から言うことは、何もないよ』
同じ言葉を、以前エルネストからも言われた。
ひどく投げやりな調子で。
まるでアンジェリクを突き放すように。
Advertisement
エルネストの言い方とは違うけれど、似たようなことをアンジェリクはよく言われる。
屋敷の者たちや領民たちは言うまでもなく、學園の友人たちやシャルロット、妹たちや、父でさえ、アンジェリクのすることや考えに異を唱えることはないのだ。
アンジェリクの思う通りにすればいいと言う。
『アンジェリクは頭がいい』
『働き者でよく気が付く』
『知恵が回る』
『仕事が早くて、的確だ』
父の右腕として果を上げ、一目置かれ始めた頃、アンジェリクは、どこか人を見下すところが、自分にはあるのではないかと不安になった。
能率や合理ばかりを優先して、無駄なものを切り捨てすぎているのではないかと。
無駄の一つも許せないような考え方は優しくない。
よくないことだと思い、気を付けていた。
なのに、いつの間にかまた、自分がつまらないと思うこと、重要ではないと思うことを後回しにしていた。
ほかの人にとっては大事なことかもしれないのに。
靴に釘をれられたことも、服にインクを付けられたことも。
ブリアン夫人が一生懸命教えてくれた、夜の夫婦の営みについても。
ただ元気だと一言知らせるだけの手紙も。
大事なことだ。
ブリアン夫人が教えてくれたことは、セルジュとアンジェリクにとって、領地の運営と同じくらい大事なことだった。
なのにアンジェリクはちゃんと向き合うこともしないで、仕事で疲れたからといって勝手に寢てしまっていた。
「どうしよう……」
城には相談できる人がいない。
男に話せることではないし、は今のところセロー夫人しかいない。
セロー夫人は優しくてとても話しやすい人だし、ほかのことなら迷わず相談しただろう。
けれど、夫を亡くして寂しい思いをしている人に、聞くことではないと思った。
しゅんとうなだれて歩いていると、廄舎から戻ってきたセルジュが「どうしたの?」と駆け寄ってきた。
「アンジェリク、どこか怪我でもしたの?」
「怪我? いいえ。大丈夫よ?」
「じゃあ、何か悪いものでも食べた?」
もう一度「いいえ」と首を振る。
「どうして?」
「きみが元気がないなんて、初めてだから」
アンジェリクはつい苦笑してしまった。
(私って、どれだけ強いと思われてるのかしら?)
けれど、セルジュは眉を寄せてアンジェリクを覗き込んできた。
とても心配そうに。
「本當に、どこか辛いところはない?」
毎日たくさん働いても、ぐっすり眠れば元気になるアンジェリクを、セルジュはいつも頼もしく思っていたという。
けれど、さすがに無理をさせすぎたと、アンジェリクの肩を抱き寄せて髪をでた。
「一度、ゆっくり休んで」
優しく言われて、気持ちが安らいだ。
「なんでもないの。ちょっと考え事をしてただけ」
「お腹が痛いわけでも、ないんだね?」
「ええ」
よかった、と言ったセルジュはにこりと笑って、アンジェリクを見下ろした。
青い目がきらきらしている。やっぱり形だわと思う。
「アンジェリクのために、今日はいいものを用意したんだ。きっと元気が出るよ」
「いいもの? 何?」
「とてもいいもの。おいで」
セルジュに手を引かれて食堂にった。
くんと鼻が勝手にいた。
ああ、いい匂い……。
香ばしくてジューシーで……。
「この匂いは……」
「きみの大好きなものだ」
「お! おなの?」
料理人のドニと執事兼給仕係兼者にもなったエミールが、セルジュに負けないくらいにこにこしながらアンジェリクを待っていた。
「ヴィニョアのモンタン農場に行くって言ってたから、エミールに言ってを買ってきてもらったんだ」
「でも、お金が……」
「そのくらいはなんとかなる。今まで食べさせてやれなくて、ごめん」
こつんとアンジェリクの額に、セルジュが額をくっつけた。
長い睫をそっと伏せる。
「きみに想を盡かされても、當然だ」
「えっ? 私、別に……」
「ドラゴンにばかりを食べさせて、妻であるきみにはパンとスープしか出せなかった」
「セルジュ、そんなこと……」
だけどね、とセルジュは続ける。
「言い訳をするようだけど、サリとラッセにあげているはくて人間には食べられないんだ。このあたりでディナーに出せるようなを扱う店はないし……。それも、僕が領地をほったらかしにしてたせいなんだけど……」
ドラゴンに夢中で領主の務めをないがしろにしていた。
そのせいでアンジェリクにを食べさせてやれずに、本當に悪かったとセルジュは謝った。
「セルジュ……」
アンジェリクの目からポロリと涙が零れた。
セルジュが慌てる。
かがみこんできた夫に、アンジェリクはぎゅっとしがみついた。
(嫌われたわけじゃなかったのね……)
「アンジェリク、泣くほど嬉しかったの?」
「ええ」
アンジェリクはいっぱい大きく頷いた。
ドニとエミールが顔を見合わせて何かコソコソ言っていた。がどうとかと……。
「やはり、でしたか」
「でしたな」
そんなやり取りが聞こえた。
セルジュがそっと涙を拭ってくれる。
「アンジェリク、ふがいない夫でごめんね」
「私こそ、自分の言いたいことばっかり言って、セルジュの気持ちを考えられなくて、ごめんなさい……」
領地のことにばかり夢中になっていた。
セルジュがドラゴンにばかり夢中になっていると責める資格はない。
夫婦になったのに、相手をないがしろにするという意味では、アンジェリクのほうが悪い。
セルジュはいつも、アンジェリクを大切にしようとしてくれていたのに。
アンジェリクが怒ってからは、アンジェリクに負けないくらい、領地の運営にも一生懸命になっていたのに。
「アンジェリク……」
セルジュが優しくアンジェリクを抱きしめる。
「きみのやっていることは正しいよ。何も意見を言う隙がないくらい、すばらしい」
『きみのやることに間違いはない。僕から言うことは、何もないよ』
「これからも、きみの思う通りに、いろんなことをやってみてほしい」
『好きにしたらいい』
「きみを信頼している。僕の妻になってくれて、ありがとう」
ありがとう、アンジェリク。
セルジュは優しく繰り返し、香ばしく焼いた厚いの前にアンジェリクを座らせた。
背後からつむじにキスを落とし、「しているよ」と囁く。
「しているよ、アンジェリク。たくさん食べて元気を出して。頼もしくて可い、僕の大切な奧さん」
たくさんの小説の中からこのお話をお読みいただきありがとうございます。
下にある★ボタンやブックマークで評価していただけると嬉しいです。
どうぞよろしくお願いいたします。
【コミカライズ&書籍化(2巻7月発売)】【WEB版】婚約破棄され家を追われた少女の手を取り、天才魔術師は優雅に跪く(コミカライズ版:義妹に婚約者を奪われた落ちこぼれ令嬢は、天才魔術師に溺愛される)
***マンガがうがうコミカライズ原作大賞で銀賞&特別賞を受賞し、コミカライズと書籍化が決定しました! オザイ先生によるコミカライズが、マンガがうがうアプリにて2022年1月20日より配信中、2022年5月10日よりコミック第1巻発売中です。また、雙葉社Mノベルスf様から、1巻目書籍が2022年1月14日より、2巻目書籍が2022年7月8日より発売中です。いずれもイラストはみつなり都先生です!詳細は活動報告にて*** イリスは、生まれた時から落ちこぼれだった。魔術士の家系に生まれれば通常備わるはずの魔法の屬性が、生まれ落ちた時に認められなかったのだ。 王國の5魔術師団のうち1つを束ねていた魔術師団長の長女にもかかわらず、魔法の使えないイリスは、後妻に入った義母から冷たい仕打ちを受けており、その仕打ちは次第にエスカレートして、まるで侍女同然に扱われていた。 そんなイリスに、騎士のケンドールとの婚約話が持ち上がる。騎士団でもぱっとしない一兵に過ぎなかったケンドールからの婚約の申し出に、これ幸いと押し付けるようにイリスを婚約させた義母だったけれど、ケンドールはその後目覚ましい活躍を見せ、異例の速さで副騎士団長まで昇進した。義母の溺愛する、美しい妹のヘレナは、そんなケンドールをイリスから奪おうと彼に近付く。ケンドールは、イリスに向かって冷たく婚約破棄を言い放ち、ヘレナとの婚約を告げるのだった。 家を追われたイリスは、家で身に付けた侍女としてのスキルを活かして、侍女として、とある高名な魔術士の家で働き始める。「魔術士の落ちこぼれの娘として生きるより、普通の侍女として穏やかに生きる方が幸せだわ」そう思って侍女としての生活を満喫し出したイリスだったけれど、その家の主人である超絶美形の天才魔術士に、どうやら気に入られてしまったようで……。 王道のハッピーエンドのラブストーリーです。本編完結済です。後日談を追加しております。 また、恐縮ですが、感想受付を一旦停止させていただいています。 ***2021年6月30日と7月1日の日間総合ランキング/日間異世界戀愛ジャンルランキングで1位に、7月6日の週間総合ランキングで1位に、7月22日–28日の月間異世界戀愛ランキングで3位、7月29日に2位になりました。読んでくださっている皆様、本當にありがとうございます!***
8 78心霊便利屋
物語の主人公、黒衣晃(くろいあきら)ある事件をきっかけに親友である相良徹(さがらとおる)に誘われ半ば強引に設立した心霊便利屋。相良と共同代表として、超自然的な事件やそうではない事件の解決に奔走する。 ある日相良が連れてきた美しい依頼人。彼女の周りで頻発する恐ろしい事件の裏側にあるものとは?
8 176錬成七剣神(セブンスソード)
五年前に書いた作品です。未熟な部分があるかもしれませんがよろしくお願いします。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー それは最強を生み出す卵か、開けてはならない蠱毒壺の蓋だったのか。 異能の剣を持った七人を殺し合わせ最強を作り出す儀式、錬成七剣神(セブンスソード)に巻き込まれた主人公、剣島聖治。 友人たちと殺し合いを強要されるが、聖治は全員で生き殘ることを決意する。聖治は友人と香織先輩と一緒に他の対戦相手を探しにいった。 順調に仲間を増やしていく聖治たちだったが、最後の一人、魔堂(まどう)魔來名(まきな)によって仲間が殺されてしまう。 怒りに狂い復讐を誓う聖治だったが、それを香織先輩は止めた。なぜなら聖治と魔來名は前世で兄弟だった。 仲間のために戦う聖治、力を求める魔來名、そして二人の戦いを阻止する香織。 三人の思惑が交差し、錬成七剣神は思わぬ事態へと発展していく。 最強を生み出すために、七人の剣士が魂を震わす異能剣劇バトル、開始! 時を超えて繋がる絆が、新たな未來を作り出す――
8 1773人の勇者と俺の物語
ある世界で倒されかけた魔神、勇者の最後の一撃が次元を砕き別世界への扉を開いてしまう。 魔神が逃げ込んだ別世界へ勇者も追うが時空の狹間でピンチが訪れてしまう。 それを救うのが一ノ瀬(イチノセ) 渉(ワタル)、3人の少女と出會い、仲間を得て、 魔神を倒す旅へ出る。 2作目の投稿となります。よろしくお願いします!
8 71最強になって異世界を楽しむ!
現代高校生の近衛渡は、少女を庇って死んでしまった。 その渡の死は女神にとっても想定外だったようで、現実世界へと戻そうとするが、渡は1つの願いを女神へと伝える。 「剣や魔法が使える異世界に行きたい」 その願いを、少女を庇うという勇気ある行動を取った渡への褒美として女神は葉えることにする。 が、チート能力など一切無し、貰ったのは決して壊れないという剣と盾とお金のみ。 さらに渡には、人の輪に入るのが怖いという欠點があり、前途多難な異世界生活が始まる。 基本的に不定期更新です。 失蹤しないように頑張ります。 いいねやコメントを貰えると勵みになります。
8 125従妹に懐かれすぎてる件
昔から仲の良かった従妹が高校進學を機に一人暮らしの俺の家に住むことになった。 可愛い女の子と暮らせるなんて夢のようだ、と思ったのだが……。 「ゆうにぃ、おはようのキスは?」 俺の従妹は想像以上に懐いていました。 もはや同居じゃなくて同棲、ラブラブな新婚生活だよこれ……。 季節を追ってエピソードが繰り広げられていく日常アニメならぬ日常ラノベ! 甘々過ぎてちょっぴり危険な二人の生活を覗きに行きましょう! 2017/7/28-30 本日のノベルバ ランキングにて2位をいただきました!
8 136