《【書籍6/1発売&コミカライズ配信中】辺境の貧乏伯爵に嫁ぐことになったので領地改革に勵みます》第21話 その頃、王都では

セルジュとアンジェリクがせっせと領地の改善に取り組んでいる頃、王都では學園の卒業式が行われ、婚約していた令嬢たちが次々に結婚式を挙げていた。

卒業式は夏の休暇の前にある。

夏から秋にかけては、貴族の結婚式シーズンなのだ。

アンジェリクの婚約がダメになり、急遽ブールという辺境に嫁がせることになったモンタン公爵家では、盛大に執り行う予定で準備していたさまざまなものが、すっかり宙に浮いてしまっていた。

王都の中央にありながら広大な敷地を持つ城には、離宮と言ってもいいような立派な離れを用意していた。

裝や寶飾品は全てブールに送ったが、家や食などの家財道は行き場を失っている。

それらをどうしたものかと、時々、新居になるはずだった離れを訪れて、コルラード・モンタン公爵はため息を吐いていた。

遠縁のプレボア侯爵家の跡取りであるアルベルトと婚約中のマリーヌはまだ十四歳。

卒業までには四年もある。

第一、結婚後はプレボア侯爵家で暮らすことが決まっている。

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王國の第三王子であるクロードと三フランシーヌの婚約が無事に整ったところだが、この三に至ってはまだ十歳だ。先が長すぎる。

あれこれ思案しながら中庭を歩いていると、噴水の向こうから黃っぽい髪の娘が現れた。

シャルロットだ。

この子の髪は、金髪とも違うし、薄茶とも黃ともつかない変わったをしているなと、コルラード卿は何度目かもわからない想を抱いた。

誰かが言っていたトウモロコシという表現がぴったりだが、まさかそれを口にするわけにはいかない。

「伯父様、ごきげんよう」

「やあ、シャルロット。今日は何の用かな」

「あら、用がなくてもいつでもお寄りって言ってくださったのは伯父様じゃないですか」

「それはそうだが……」

アンジェリクがいた頃は、同じ年のシャルロットは學友でもあるからと大切にしていた。シャルロットの口から、アンジェリクは一番の親友だと聞いていたせいもある。

アンジェリクと一緒に行ったという買いの代金を公爵家に付けていることも知っていたが、どれがシャルロットのもので、どれがアンジェリクのものかなどといちいち聞くのも野暮な気がして大目に見ていた。

だが、なぜかアンジェリクが去ってからも、シャルロットは當然のように買いのツケをモンタン公爵家に払わせている。

コルラードにとっては大した額ではないが、世間一般の覚ではそうとも言えないだろう。

気にはなっているのだが、わざわざ言うのもどうかと思い、ついそのままにしてきた。のつながった姪なのだしと、自分に言い聞かせて。

「ねえ、伯父様。伯父様に、ちょっとだけお願いがあるの」

いつの間にか目の前に立っていたシャルロットが、甘えるようにコルラードにしなだれかかってきた。

「私、エルネスト様と結婚することになったでしょう?」

そうだった。

ひどい剣幕でアンジェリクとの婚約を破棄した上、辺境のブールに嫁がせろと言ってきたエルネストは、次の週にはシャルロットとの婚約を決めていた。子爵である弟、ダニオ・バラボーを侯爵の分に引き上げる約束までして。

王が正式に認めたのかどうか、コルラードは知らない。

報通として知られるコルラードだが、この件についてだけは噂話が屆くのが遅かった。アンジェリクのことがあったので無理もない。

もはやエルネストはモンタン家とは縁もゆかりもない人なのだから、気遣ってもらう必要はないのだが。

誰と結婚しようと口を出すつもりもなかった。

シャルロットが一人で何かしゃべっていた。

「だからね、伯父様。私たちのお城ができるまで、しばらくの間、ここの離れに住まわせていただけないかしら?」

「え、なんだって? 今、なんと言った?」

「ちょっとの間でいいの。エルネストがどこかの領地にお城を建ててくれるまでの、ほんの短い間だけ」

領地に城?

ダニオにそんな甲斐があるものか。エルネストには、もっと無理だ。

シャルロットは何か勘違いしているようだが、王家と縁続きになっても、得られるのは名譽だけだ。多の持參金や月々の手當てがあるにはあるが、それらは想像以上にない。実に微々たるものだ。

日々の暮らしや貴族としての面を支えるのは結婚相手の家の役目。だからこそ侯爵家以上の家格が必要とされる。

王家は領地を一ミリも減らさない。

絵畫や寶飾品などの財寶を含め、財産は全て王となる者ただ一人が継承する。力の分散を防ぐために。

(何も教えていないのか……。まったく、ダニオには困ったものだ……)

眉間に皺を寄せ、いいともだめだとも言わないコルラードを見て、シャルロットは口をへの字に曲げた。恨めし気な目を向けられて、コルラードは嫌な気持ちになった。

シャルロットの言うことをつい聞いてしまうのは、この嫌な気持ちを避けたいせいだろう。

アンジェリクに従うのとは全く違う方向だが、従ってしまう點は同じだった。

よくないことかもしれない。だが、相手はか弱い娘だ。

シャルロットのみなど小さなものだと自分に言い訳をして、面倒なことから逃げていた。

だが、今度ばかりは、簡単に「いいよ」と言うことはできない。コルラードは黙って首を橫に振った。

ところが……。

翌日から、シャルロットはアンジェリクの離れに自分の荷を運び始めた。

コルラードには話してあると、周囲の者には言ったらしい。

驚いたマリーヌとフランシーヌから報告をけ、さすがに注意しなければと離れに向かった。

「シャルロット。ここはアンジェリクの離れだ。勝手なことは……」

コルラードの言葉の途中で、シャルロットは「なぜ?」と目を丸くして、遮った。

「だって、誰も使わないんでしょ? もったいないじゃないですか」

だからと言って、シャルロットに使わせるつもりはない。

小さな者や力の弱い者、子どもややお年寄りには、常に優しく親切にと心掛けているコルラードだが、今回ばかりははっきり言うことにした。

甘えを許すのにも限度がある。

「運んだ荷はすぐに持ち帰りなさい。ここは、きみの住むところではない」

「伯父様、意地悪を言うのはやめて」

「意地悪ではない。當たり前のことを言ったまでだ」

シャルロットの口がへの字に曲がる。恨めしそうな眼がコルラードに向けられた。

「ひどいわ、伯父様。エルネストに言いつけてやりますからね」

「好きにしなさい」

エルネストが何を言おうと、知ったことか。

「シャルロット、ついでだから言っておこう。今後は自分のものを買った代金の支払いは父親のところに回しなさい。おまえは我が公爵家の娘ではないのだからね」

店の者にもそのように伝えておくと告げると、シャルロットはさらに恨みがましい目になってコルラードを睨んだ。

嫌な気持ちになるのは同じだったが、コルラードはこの娘の機嫌を取るのはもうやめようと思った。

どこまでも好きにさせていてはキリがない。

だが、この時の対応が後に大きな災難をもたらすことになる。

コルラードが思う以上に、シャルロットはしぶとい格の娘だった。

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