《【書籍6/1発売&コミカライズ配信中】辺境の貧乏伯爵に嫁ぐことになったので領地改革に勵みます》第24話 鉱
馬に乗れるようになると、アンジェリクは一人であちこち出かけるようになった。
街道の整備がイマイチなブールでは、ガタガタと馬車に揺られているより、ずっと速くて楽だ。石ころだらけの荒れ地を走る馬車ほどにキツい乗りはない。
ヴィニョアのモンタン農場でを買い、手紙を出したりけ取ったりして戻ってきたアンジェリクは、セルジュたちが出かける用意をしているのを見た。
ちなみにの代金はセルジュのポケットマネーから出ている。腰の寶剣からルビーが一つ減っていることにアンジェリクは気づいていた。
「出かけるの?」
「ああ。お帰り、アンジェリク。ちょっと、鉱の採集に行ってくる」
「鉱?」
サリとラッセのおやつだと言う。
ドラゴンは何でも食べるけれど、特に好きなのはで、もっと好きなものが鉱なのだそうだ。
「水晶を採掘できる鉱山があるんだ。アンジェリクも行ってみるかい?」
エリクと、ほかに二人のドラゴン使いが馬の用意をしていた。アンジェリクの乗馬の腕と小柄な白馬では足手まといにならないだろうかと躊躇していると、自分の馬に一緒に乗っていけばいいとセルジュが言った。
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セルジュに乗せてもらうのは久しぶりだ。
嬉しくなって、アンジェリクは満面の笑顔で頷いた。
「ドニにおを預けたら、すぐに戻ってくるわ」
「急がなくて大丈夫だよ。そんなに遠くないから」
セルジュに背中から抱かれる形で馬に乗る。村を一つ越えたところで、荒れ地の先に切り立った山が見えてきた。
つむじにセルジュの息がかかった。くすぐったくてドキドキする。
「あれがアズール鉱山だ。ここの窟を、一度きみに見せたいと思ってたんだ」
鉱山の口は、巧みに隠されていた。たくさんある巖の割れ目の一つに小さな印があり、窟に続いている。
中は広い空になっていた。暗い坑道に足を踏みれてから、セルジュはエリクに「いいよ」と合図した。
エリクがランタンに燈をれる。
周囲がいっせいに白くり始めた。
「わぁ……」
「どう?」
壁がきらきらとっている。水晶しか見えない。
白く半明の結晶はどれも大きく艶やかだった。しくて、とても神的な場所だ。
「すごいわ。とても綺麗……」
ほかにもいくつか鉱山を見つけてあるが、城から近いこの山が一番の産出地らしい。ドラゴンの飼育には、近くによい鉱山があることがとても重要なのだと言った。
「おやつと言っても、鉱はドラゴンにとって欠かせないものだからね」
鉱を食べることでい鱗が維持されていると考えられている。それ以外にも、石は不思議な力でドラゴンの生命を支えているようだとセルジュは説明した。
「ルビーやサファイアも、とてもにいいんだよ。エスコラの王立ドラゴン研究所では、病気の治療に寶石を使う。ドラゴンを捕らえる時や慣らす時にも使えるし……」
アンジェリクはセルジュの腰の寶剣をチラリと見た。
「もしかして、その寶剣の飾りは、いつかドラゴンを見つけた時のエサ用?」
セルジュは笑った。
「それも、理由の一つかもしれないね。そんなチャンスがあったら、僕はきっと、ここに付いている寶石を使うと思う。でも、どちらかと言うと、これは保険かな」
「保険?」
「きみと同じ理由で、大切に殘してある」
「え……」
ドレスはほとんど売ってしまったアンジェリクだが、寶石類の付いた裝は殘してあった。
場所を取らず価値が下がりにくく、大きな金額に換えられる寶石は、いざという時に助けになる。飢饉のための貯えができるまでは、萬が一に備えて手元に殘しておこうと決めていた。
けれど、同じことをセルジュが考えていたなんて……。しかも……。
「どうしてそういうことを黙っているの?」
「わざわざ言うほどのことじゃないだろ。第一、きみだって黙っていたじゃないか」
「そうだけど……」
その大事な保険を、セルジュは一つ手放した。
「おを買うために、一つ売ってしまったのね……」
「さすがに、きみのドレスを売ったお金で買ったんじゃ、格好が付かないからね。けないことに、ほかに余裕のあるお金もなかったし……。それに、きみが來てくれたから、一つくらい手放しても大丈夫だと思った。殘ったお金でできることも、いろいろあるし」
セルジュの寶剣に付いている寶石は、どれもかなりいいものだ。
さすがバルニエ公爵家の持ちというか……。
「ルビーを売ったお金で、城の修繕をしたいと思うんだけど、アンジェリクはどう思う?」
「あなたのお金なんだから、好きなことに使ってちょうだい」
「それはひどいよ。きみのドレス代は領地のために使ったくせに……」
アンジェリクは笑ってしまった。ひどいことなのか、それは。
「なんでも話し合って決めたいんだ。きみの意見を聞かせてほしい」
「賛よ。私も、あの屋はなんとかしたいと思ってたわ」
「じゃあ、帰ったら工事の段取りを考えよう」
城の修繕をすれば、そこにも仕事が生まれる。仕事のない人に働く場所ができるのだ。
それは生きたお金の使い方だと思った。
季節は冬に向かっているが、ブールにはしずつ明るい未來が近づいている。
城に戻って、セルジュがドラゴンたちの世話をしている間に、ヴィニョアでけ取ってきた手紙に目を通した。
妹たちからの手紙が三通、父からも一通きていた。
相変わらず、學園の友人たちからの手紙も多い。
中は告げ口や証言や謝罪の言葉で溢れている。
シャルロットを悪く言う手紙がほとんどだった。エメリーヌやフェリシーからのものは読むに堪えない容で、途中で手紙を畳みたくなった。最後まで読み終わると、畳んでしまってもよかったなと思った。
目立つグループにいた上級貴族の令嬢たちからだけでなく、子爵家や男爵家の控えめで大人しい令嬢たちからも、苦めいたものや、アンジェリクの無実を証言するものなどが何通も來ていた。
だが、はっきり言って、もうどうでもよかった。
シャルロットがどこで何をしようと興味はない。せいぜいエルネストと二人で頑張ってくれと思うだけだ。
結婚の報告をしてくれる手紙も何通かあったので、嬉しくなって丁寧に目を通した。
中に一通、どことなく靡な印象をける紫に黒のレース模様がった封筒があった。
ブリアン夫人からだ。
簡単な文面を読み終えて、アンジェリクは首を傾げた。
暴本を書きたいが、エルネストとはもう何でもないのかと確認する手紙だった。
「暴本……」
その道の教育係、エロエロのエキスパートであるブリアン夫人の暴本とは、なにやらソワソワする。
『暴話って、みんな大好きなのよね』と、いつかブリアン夫人は言っていた。
彼の本が出たら大ヒット間違いなしではないかと思いながら、エルネストとは一切関係なくなったと簡単な返事を書いた。
この時のアンジェリクは、暴本の容があれほどセンセーショナルなものだとは知らなかったからだ。
知っていたら、さすがに止めたと思う。
けれど、アンジェリクは遠く離れたブールにいた。短い手紙でのやり取りだけでは、夫人の真意を知ることはできなかったのである。
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