結婚式に引き続いて行われた大掛かりな披宴に參加し、疲労困憊になった私に気付いたのか、フェリクス王は早めに私を披宴から退席させてくれた。

侍たちにを清められ、ゆったりとした夜著に著替えてソファでぐったりしていると、規則的なノックの音が響く。

「失禮するよ、お妃様」

はっとして扉を見つめると、夫となったばかりのフェリクス王がし目を細めながら寢室にってきた。

私は座っていたソファから慌てて立ち上がる。

彼は先ほどまでの煌びやかな服裝とは異なり、シンプルなシャツに著替えていた。

浴したばかりなのか、神的な３の髪がうっすらっていて、普段よりも艶っぽく見える。

そんな彼が目を細めながらゆったりと歩み寄ってくる姿は、傍から見たら余裕のある態度に見えるのだろうけれど、……１０年もの間、彼を夢で見続けてきた私には、彼が張していることが見て取れた。

そもそも彼は人見知りをするタイプで、目を細めるのは張している時のくせなのだ。

だから、張しているのは彼だけではないのだと理解してもらうため、私は両手を前に突き出した。

それから、縋るようにフェリクス王を見つめる。

「陛下、震えが止まりません。私、すごく張しています」

ぶるぶると震えている私の両手を見たフェリクス王は目を丸くした後、ふっとおかしそうに微笑んだ。

「そうか。君は私よりも年上だし、大國の生まれだから、々と私よりも慣れていて、落ち著いているのかと思ったが、そうではないのかもしれないね」

彼の微笑みは自然なものになっており、自分よりも張している相手を目にしたことで、張が解れたようだった。

フェリクス王はテーブルに置いてあったグラスを２つ取ると、綺麗なのお酒を注ぎ、１つを私に手渡してくれる。

それから、私とともにソファに座り込むと、自分が持ったグラスと合わせた。

「この國の王妃となった君に。初めて顔を合わせたのが大聖堂だったから、私たちはほとんどお互いを知らないよね。これからしずつ知っていければと思う」

フェリクス王の言葉に、私はやましさから視線を逸らした。

……いいえ、フェリクス王。私はほとんど全てあなたのことを知っていますわ。

好きな食べ、嫌いな食べ、好きな人、苦手な人、趣味、余暇の過ごし方……ええ、凄く知っています。

けれど、それを話すと、覗き見をしていたことまで告白しないといけなくなるため口を噤む。

「私は王になったばかりだから、暫くは忙しく、君に寂しい思いをさせるかもしれない。だから、朝食は必ず一緒に取ろう。晝食と夕食は合わせられそうもないので、一人で取ってもらう形になるのだが」

フェリクス王はゆったりと私の隣に座り、これからの話をしてくれた。

―――ああ、やっぱり優しい人だ。

外國の王との結婚を政略だと割り切って、必要最低限の禮儀を示す方法もあるのに、誠実にできるだけ歩み寄ろうとしてくれる。

「君は母國から侍を一人も連れてこなかったそうだね。この國の慣習には君の國と異なるものがあるから、戸うこともあるだろう。だから、君には私の母の娘を専用の侍として用意した。非常に優秀だから、王妃付き侍として問題ないはずだが、合わないようならば言いなさい。別の者に変えよう」

優しい、優しい、優しい王だ。

彼の言葉の全てが思いやりに満ちている。

私はフェリクス王の話を、寶をもらうような気持で聞いていた。

そして、話が一通り終了した後、「私からも１つだけよろしいですか」と切り出した。

今夜必ず話さなければならない事柄だと思っていたし、彼の雰囲気から話を切り出す勇気を持てたからだ。

フェリクス王は興味深そうに微笑んだ。

「１つだけなのかい？　それはまた、重要そうな話だね」

私は張のためぎゅっと両手を握りしめると、まっすぐ彼を見つめた。

なぜならこれから私が口にすることは、彼には突拍子もない話に聞こえることを理解していたからだ。

彼は背が高く、私は背が低いため、立つと長差に圧迫を覚えるけれど、座っていると長差がまり、普段よりも落ち著いて話ができるように思われる。

そのため、勇気を持って口を開いた。

「私には１つだけがあります。そのことを陛下にお話ししなければと思います」

「それは本當に、重要そうな話だね」

彼はしっかりと話を聞こうとでもいうかのように、持っていたグラスをテーブルに置いた。

私はすうっと大きく息を吸うと、覚悟を決めてを口にする。

「私は……失われた魔の末裔なのです」

「……魔？」

フェリクス王はきょとんとした様子で、目を瞬かせた。

「はい、私は大きな魔法が１つ使えるのです。夫となった相手の代わりになれるという魔法が」

「私の代わり？」

「はい、陛下が怪我や病気をした時、それを私のに引きけ、治癒することができます。私が代わりになった時點で、陛下のは健康に戻りますし、たとえ陛下の怪我や病気が命にかかわるようなものであっても、引きけた私が死ぬことはありません。時間はかかりますが、私のはそれを完全に治癒できるのです」

フェリクス王は暫くの間、黙って私の表を観察していた。

何事かを確認されているとじたため、信じてもらおうと目を逸らさずに見返していると、彼はふっとから力を抜いて小さく微笑んだ。

「……そうか。君は魔の末裔なのか。だとしたら、私はたとえようもないほど得難い妃を娶ったということだね」

「……信じて、もらえるのですか？」

微笑みとともに頷く彼を前に、私は信じられないとばかりに目を見張る。

彼はそんな私に向かって、甘やかすかのように微笑んだ。

「他ならぬ私の妃の言うことだ、信じよう」

「フェリクス陛下！！」

私は思わず立ち上がると、大きな聲で名前を呼び、彼の手を握りしめた。

嬉しさでがいっぱいになる。

ああ、嬉しい、嬉しい！

１番大事な人に、１番大事なを信じてもらえたわ！

私は満面の笑みで彼を見つめたけれど、続きがあったことを思い出して慌ててソファに座り直す。

「それで、陛下、……を話した後のお願いで恐なのですが、私が『代わりの魔』であることを、他の者には黙っていてほしいのです」

「それはまた、どうして？」

不思議そうに首を傾げるフェリクス王に、私は懇願するような目を向ける。

「『代わりの魔』は滅多にない、貴重な能力なので、知られると邪な思いを抱く者が現れるかもしれません。そのため、を知る者はない方がいいのです。このことを知るのは、私の母國でも、家族と従兄と限られた侍たちのみでした」

「……なるほど。理にかなった話ではあるな」

「勿論、文字通り陛下と私だけのにすることは難しいでしょうから、陛下が信用される方にはお話しいただいてかまいません。私も私の侍には話そうと思います」

「……分かった。それでは、このことは私と君と側近たちのみのだ」

そう言うと、フェリクス王は片手を私の前に差し出した。

そして、私の目を見つめたまま、一段低い聲で囁く。

「君のを聞かせてもらったことだし、これからは私たちの新たなを作る時間だね」

―――と、そう。

その艶やかな聲を聞いた途端、背中にぞくりとした奇妙な震えが走った。

突然変わった雰囲気に戸い、何も言うことが出來ず、ただ黙って差し出された彼の手に自分の手を重ねる。

すると、彼はその手を自分のに持っていき、私を見つめたまま手の甲に口付けた。

「……君はしいと、私は言ったかな？　我が王國が誇るレストレア山脈の積雪のように輝く白い髪に、國花と同じ紫の瞳とは、私たちが最もしいと思うを持っている。スターリング王國へようこそ、私の王妃」

そう言った彼の瞳に熱が籠る。

私は一瞬にして真っ赤になると、困ったようにフェリクス王を見上げた。

そんな私を見てフェリクス王は微笑むと、まるで甘えるかのように私の手に彼の頬をすり寄せた。

「そんな顔をしないでくれ。私はただ、君と仲良くなりたいだけなのだから」

フェリクス王はそう囁くと、とても丁寧な手つきで私を抱き上げ、寢臺まで運んでくれた。

―――その夜、私は名実ともにスターリング王國の王妃となった。