《【書籍化】誤解された『代わりの魔』は、國王から最初のと最後のを捧げられる》24 代わりの魔の役割 1

面倒見のいいことに、フェリクス様はディアブロ王國へ事前に連絡をれていた。

そのため、出迎えてくれた家族から、里帰りの理由を聞かれることはなかった。

むしろ、誰もが不自然なまでにフェリクス様の話をせず、當たり障りのない話に終始する。

私は黙って彼らの話を聞いていたけれど、全ての言葉は耳を通り過ぎていき、私の中に殘ることはなかった。

まるで夢の中にいるような心地で、ただやり過ごすだけの日々。

つい數か月前まで私はこの國にいて、家族と一緒に幸せに暮らしていたのに、わずかな間に全てが変わってしまった。

優しい家族も、味しい食べも、慣れ親しんだ部屋も全て以前通りなのに―――フェリクス様がいないだけで、私は幸せだと思えないのだ。

私の落ち込んだ気持ちをじ取ったのか、バドは珍しく毒舌を吐くことなく、ずっと側にいてくれた。

私の気分に比例して食が減退したけれど、兄と姉たちから食事の時間には必ず椅子に座らせられ、きちんと食事を摂ることを強要される。

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それでも食がなかったので、見逃してもらえないかと姉の表をうかがうと、絶対に殘させないとばかりに迫力ある表で見つめ返された。

そのいかにも家族らしい強引な態度に、無意識のうちに笑いが零れる。

「ふふ、お兄様もお姉様も強引です。フェリクス様ならきっと、無理矢理に何かを強要することはないはずです」

「……そうか」

「そうね」

通常であれば、反論の言葉が出る場面だったけれど、兄も姉も私の言葉を否定しなかった。

そのことが、この後に不幸なことが起こるのだから、優しくしておこうとでも考えられているようで、不安を掻き立てられる。

「フェリクス様は必ず戻ってきますよ。そう私に約束してくれたのです」

自分に言い聞かせる意味も込めて言葉にすると、兄から即座に肯定された。

「もちろん、そうだろう」

それから、兄は子を相手にしているかのように頭をでてくれた。

―――そんな風に、毎日は穏やかに過ぎて行った。

フェリクス様が戦場にいることを思えば、私がゆったりと毎日を過ごしていることに申し訳なさを覚えたけれど、この狀態が彼のみなのだと自分に言い聞かせる。

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そうして、毎日、毎日、起きて、ご飯を食べて、フェリクス様に手紙を書いて、寢て……と同じことを繰り返していたある日、突然―――中の溫が一気に下がったような覚に襲われた。

その時の私は私室にいて、窓の側に立って外を眺めていたのだけれど、突然の冷えた覚に直し、がくりと両膝を床に落とす。

「ルピア!?」

バドの聲を遠くに聞いたように思った直後、私の世界から一瞬にして音が消え去った。

視界も黒一に塗りつぶされる。

「…………」

突然の常ならざる事態に、私は無言のまま目を見開くと、暗闇を見つめた。

すると、その真っ暗な闇の中、一つのシルエットがゆっくりと浮かび上がってきた。

―――それは、會いたくて會いたかった、フェリクス様の姿だった。

彼は戸外にて簡易な椅子に座り、手元の書類に目を通していたけれど、何かに気付いて、弾かれたように立ち上がった。

その瞬間、後ろから突き出された剣にを刺される。

その刃はすぐに引き抜かれたものの、どっと鮮が飛び散った。

「……っ!」

私は両手で口元を抑えると、必死でび聲がれるのを抑える。

彼の傷は見て分かるほどに酷いもので、そのまま倒れ伏すかと思われたけれど、フェリクス様はぐらりと傾いたを持ち直すと、傷口を押さえながら走り出した。

後ろから敵兵が迫ってきているようで、一心に走っている。

不運なことに、彼の目の前に迫るのは切り立った崖で―――後ろから突き出された新たな刃から逃れるため、彼は真下を流れる川の中へ飛び降りた。

その時になって、やっと駆け付けることができた彼の部下たちが、大聲で何かをんでいる。

彼らの半數は迫りくる敵兵を切り捨てていき、殘りの半數はフェリクス様に続くように崖から飛び降りていた。

けれど、川の流れは速く、フェリクス様はすでに遙か先まで流されていて、とても後に続いた部下たちが追いつけるとは思えなかった。

私はうるさい程に騒ぎ出した心臓の上にぎゅっと手を押し付けると、震える聲で私の聖獣を呼んだ。

「……バド」

すると、バドは一瞬にして、私の肩の上に現れた。

「僕はここにいるよ、ルピア」

「フェリクス様が、怪我をしたの!」

たったそれだけの言葉を口にしただけで、はあはあと息が切れる。

「分かった。では、彼のもとに君を送ろう。なるほど、対象者のもとへ魔を運ぶのが役目とは言え、これは距離がある。僕が選ばれるはずだな」

バドはそう言うと、私の肩の上でぴんと両耳をばした。

それから、ぶわりと中のを逆立てると、古代の言葉を一言だけ口にする。

≪転移!≫

次の瞬間、私は私室にいた同じ勢のまま、見たこともない森の中に移していた。

ほんの一瞬のうちに、バドがフェリクス様のもとまで私を連れてきてくれたのだ。

私は素早く立ち上がると、周りを見回す。

すると、數十メートルほど先の川岸に、フェリクス様が橫たわっている姿が目にった。

「フェリクス様!」

走り寄りながら、大きな聲で名前を呼んだけれど、彼はぴくりとも反応しなかった。

近づくにつれ、彼の服が鮮で真っ赤になっているのが見て取れる。

私はもつれそうになる足を必死にかすと、彼のもとまで走り寄った。

「はあ、はあ、はあ、フェリクス様……」

荒い息の間に名前を呼ぶけれど、地面に橫たわった彼はやはり目を瞑ったままで、返事をすることはなかった。

「フェリクス様?」

最悪の事態を想像した私は、必死になって橫たわっている彼のに手をばした。

震える手を近付け、ぐったりとしているれると、わずかに上下しているきがじ取れる。

「……フェリクス様、よかった……」

彼が生きていることを確認でき、安堵のあまり呟くと、その同じタイミングで、私を中心に魔法陣が展開され始めた。

失われた古代の文字が、まるで模様のように出現し、円陣を描くように形されていく。

一見しただけでも、フェリクス様が肩口から左にかけて負った深い刺し傷が致命傷であることは見て取れた。

次々に新しいが流れ出ており、彼が川から上がって僅かな時間しか経っていないはずなのに、橫たわっている草一面が赤く染まっている。

彼の命が流れ出て、その終わりを迎えようとしていることは明らかだった。

私は私の肩口に留まっている、小さなお友達に聲を掛ける。

「バド・ラ・バトラスディーン! 力を貸して!!」

「……勿論だよ。正式な名を呼ばれては、従わないわけにいかないね」

普段とは異なる真面目な聲で返事をすると、肩口で丸まっていたリスのように見える生きはふわりと空中に浮きあがった。

そして、一瞬にして何倍もの大きさに膨れ上がると、全く異なる形をとった―――古き時代に生息していたと言われている、大きくてしい古代聖獣の姿に。

≪魔法陣、立展開・天!≫

バドが古代の言葉を呟いた瞬間、魔法陣から上空に向かってが立ち上った。

けれど、そのはフェリクス様のれた途端、上空に向かうのを止めて彼のを包み始める。

私は一心にフェリクス様を見つめると、天に向かって片手をばし、契約の聲を上げた。

「さあ、古(いにしえ)の契約を執行する時間よ!

代わりの魔、ルピア・スターリングが贄(にえ)となりましょう!

不足は認めないわ!

フェリクス・スターリングの傷よ、一切合切(いっさいがっさい)躊躇(ちゅうちょ)することなく、私に移りなさい!!」

―――その瞬間、私とフェリクス様は繋がり、一致した。

が、魂が、傷が一致し―――そして、その一瞬の間に、彼の全ての傷は私のに移る。

「…………ああああああ!!」

剎那、心臓に鋭い痛みが走った。

痛くて、痛くて、痛くて、痛くて、それ以上は聲も出せない。

咄嗟に奧歯を噛み締めるけれど、とても我慢できるような代ではなかった。

……痛い、痛い、痛い!!

目の前が赤く染まったような覚に陥り、この痛みから逃れることしか考えられない。

ああ、フェリクス様はこんな痛みに耐えていたのか。

これほどの痛みを抱えながら、落ちた川からこの岸まで這いあがったのか。

―――生きたい、とのみとともに。

だとしたら、そのみを葉えるのが『代わりの魔』の役目だ……。

「かは……っ!」

けれど、彼を救いたいと思う私の意志を嘲笑うかのように、大量のが口から零れ落ちる。

想定していたよりも、何倍も傷が深かったようだ。

……まずいな。

激痛の中、必死で頭を働かせる。

この場所に助けが來るまで、どれほどの時間が掛かるのだろう。

フェリクス様の傷は消えたけれど、彼は意識を失っているため、次に目覚めるまでどのくらいの時間がかるか分からない……私を助けることが出來るようになるまで。

そもそも私は『代わり』で死ぬことはないけれど、それも適切な処置がなされてこそだ……。

このような人里離れた森の中にいる私たちを探し出してもらうまで、どのくらいの時間が掛かるのだろう。

ましてや、適切な処置が開始されるまで……。

そう思考を深めようとするけれど、痛みで立っていられなくなり、地面に崩れ落ちる。

―――けれど、崩れたは草のを味わう前に、ふわふわとした溫かいモノに支えられた。

「致命傷だよ、ルピア。この傷でこの場に倒れ伏し、救助が來るのを待つことは、死を選択することと同義だ。……僕の城に招待しよう。そこでこの傷を治すんだ」

痛みで意識が朦朧としている私の耳に聞こえてきたのは、バドの聲だった。

けれど、意識が混濁してきて、彼が何を言っているのかを理解することができない。

「君は何も選ぶ必要はない。なぜならこの方法が君の命を繋ぐ唯一の選択なのだから、生きるためには他に選びようがないからね」

その聲を最後に、私の意識は真っ暗な世界に飲み込まれた。

―――そして、私のもこの世ならざる空間に……聖獣≪(バド・)なる翼(ラ・バトラスディーン)≫の城に呑み込まれたのだった。

読んでいただきありがとうございます!

今年もどうぞよろしくお願いします。

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