《【書籍化】誤解された『代わりの魔』は、國王から最初のと最後のを捧げられる》41 後悔 2

「ルピア!」

私は彼のもとに駆け寄ると、片手を顎に添えた。

そして、もう片方の手を彼の口にれると、変し固まったが彼を塞いでいないかを慎重に確認する。

その間に、彼はもう一度、ごぽりと真っ黒いの塊を吐き出した。

その様子を見て、側近くまで來ていた侍醫が顔を変える。

専門家である彼が顔を変えるほどルピアの調は悪いのかと、私は奧歯を噛みしめた。

―――侍醫が診察する間、苦痛にを強張らせている彼の耳元で安心させる言葉を囁きながら、危険がないようにとしっかり抱きしめていた。

しかし、短い診察の間にも、彼は呼吸困難に陥ったり、吐したり、ぽろぽろと涙を零したりしていた。

そのどれもが苦し気で、見ているだけでが張り裂けそうな思いを味わう。

そんな心のきに気付いた私は、心の中で己をしかりつけた。

―――馬鹿げたことだ! 彼は私がじている何倍もの苦しみを味わっているというのに。

じりじりとしながら待ち続けた末の診斷結果は、「分かりません」というものだった。

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「分からないとは、どういうことだ!!」

思わずそう詰め寄る私に、侍醫は続けた。

「私の知識の範囲では、王妃陛下はとっくに……息が止まっている狀態です。がこれほど固まってしまえば、全管を塞いでしまい、生命を維持する活を行えなくなるからです。ですから、私にはなぜ王妃陛下が未だ命をつないでおられるのか分かりません」

「だが、ルピアは助かるのだろう!? どうすれば……」

言いかけた言葉が、途中で途切れる。

沈痛な表の侍醫を見て、彼にもその答えが分からないことを理解したからだ。

的な気持ちになると、私は憤懣やるかたない思いで大きな聲を上げた。

「こんな馬鹿な話があるものか! 蜘蛛に噛まれたのは私だ! なぜルピアが苦しみ、命の危険にさらされなければならない!? 苦しむべきは私だろう!!」

見苦しいほど取りし、己自に向けるべき怒りを吐き出す。

しかし、そうぶ間にも、ルピアはごぽりと新たなを吐き出した。

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「……ルピア! ああ、ルピア!!」

再び彼の気道を確認した後、苦し気に涙を零す彼を掻き抱く。

私にはもうどうすればよいのかが分からなかった。

どうすれば彼を救うことができるのかが。

誰か、どうか、彼を救ってくれ……。

そう強く願いながら彼を抱きしめた瞬間、ぞくりと背筋が総立つ覚を覚えた。

ルピアを庇うように抱きしめながら、慌てて顔を上げると、見たこともない生きが、目の前に立っていた。

首の周りにふわふわの膨れたをまとわせた、大きな尾を持つ、長3メートルほどの四足獣が。

初めて目にする形狀の獣だと驚いたものの、次の瞬間、肖像畫の中でなら、この獣を目にしたことがあったことを思い出す。

なぜなら目の前の獣は、全ての教會に飾られている「虹の神」の肖像畫の中に描かれていたからだ。

神の橫に寄り添うように立ち、彼を守護する獣の姿として……。

「守護聖獣《(バド・)なる翼(ラ・バトラスディーン)》……」

ぐような聲が、私の口から零れる。

―――目の前にいたのは、虹の神に付き従う聖なる獣だった。

なぜここに聖獣がと考えた途端、その尊貴なる獣はルピアと私の間にを割り込ませた。

そして、ルピアを背中に抱え上げるような形で私から引き離すと、そのまま寢臺に上がった。

それから、用にルピアを寢臺に寢かせると、聖獣は彼を守るかのようにその隣に橫たわった。

「……バド様?」

ミレナがかすれた聲で、聖獣に呼びかけた。

そうだ。間違いなく目の前の獣は聖獣で、その名前は(バド)だろう……と思った瞬間、ルピアが自分の聖獣だと紹介したリスの名前も、同じくバドだったと思い出す。

「……あのリスなのか? まさか……」

驚きで絶句する私を、聖獣は馬鹿にしたように見つめてきた。

その尊大なる仕草が、ルピアが紹介してくれたリスそっくりに思われて目を見張る。

聖獣が私の問いに答えることはなかったが、その不遜な態度に既視を覚え、ルピアのリスと同じ存在かもしれないと思わされた。

その瞬間、己が何か大きな過ちを犯しているような気持ちになって、心臓がどくりと跳ねた。

中からの気が引いていき、どくどくと心臓が大きな音を立てて早鐘を打ち始める。

……「虹の神」と聖獣が現れた話は、我が王國の長い歴史においても、王國創世時にしか存在しない。

神にしろ、聖獣にしろ、おいそれと姿を現すような軽々しい存在ではないからだ。

もちろん、聖獣が現れたとしたら、それは吉兆に他ならない。

神が彼のみ使いである聖獣を、我々のもとに遣わされたということなのだから。

……その聖獣が、初めからずっとルピアに従っていた?

「ルピア、君は……」

しかし、その先を続けることができずに、ごくりと唾を飲み込む。

ルピアはもしかしたら、「虹の神」に連なる尊き存在なのか?

そうだとしたら、私は……私を含めた我が國の全員が、初めから彼の扱いを間違えていたことになる。

私と同じタイミングでそのことに気付いたのか、ミレナと侍醫は慌てた様子で床に膝を付くと、聖獣に対して深く頭を下げた。

私も同様に膝を突くと、こちらを威嚇するかのように睨んでいる聖獣に頭を下げる。

それから、聖獣に謝罪し懇願した。

「聖獣様、これまでの態度にご無禮がありましたこと、無知ゆえのものとご容赦いただきますよう、伏してお願い申し上げます。……聖獣様が私の妃を手助けするために現れたのでしたら、どうか彼を救ってください」

しかし、聖獣は不愉快そうにを鳴らしただけで、返事をしなかった。

恐らく、私の言葉が気にらなかったのだろう。

それを証するように、聖獣はルピアを包み込むようにを丸めると、話は終わったとばかりに、明後日の方向に顔を向けた。

その様子から、聖獣はルピアを囲い込み、私にこれ以上れさせるつもりがないのだと判斷する。

聖獣の不興を買うことは分かっていたが、私は靜かに立ち上がると、ルピアに近付いて行った。

牙を剝き出して威嚇してくる聖獣に、両手を上げて無抵抗の意を示すと、必死になって懇願する。

「ルピアが苦しんでいるのは、私の不手際が原因であることは承知しています。ですが、汗を拭うことや、清潔な服に著替えることくらいだとしても、私にできることがあるはずです。どうか彼の側にいさせてください」

聖獣はやはり返事をしなかったが、剝き出しにしていた牙をしまったので、申し出はれられたものと解釈する。

私はゆっくりとルピアに近付くと、ミレナから渡された布で彼の汗を拭った。

寢臺の上に力なく橫たわる、小さくて、やせ細った、いとけない妻を見下ろす。

……私は、彼の何を知っているのだろう?

が何者であるのかも。

私のためにどれほどのことをしてくれたのかも。

なぜ「虹の神」の聖獣を従えているのかも。

―――私は何一つ、はっきりと理解していないのだ。

私が尋ねさえすれば、彼は何だって答えてくれただろうに。

尋ねなかったのは、私の怠慢だ。

瀕死の妻の枕元で、私は自分の愚かさに向き合っていた。

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