《【書籍化】誤解された『代わりの魔』は、國王から最初のと最後のを捧げられる》59 慕 3
最近の私は、ふらふらと王宮をさまよい歩くことがあった。
ルピアの足跡を辿り、彼が普段訪れていた場所を1つ1つなぞるように訪れるのだ。
その日、私はルピアの寢室から見える「王妃の庭」に立っていた。
彼は私室からよく庭を眺めていたと聞いていたので、同じ景を見つめたい気持ちになったからだ。
すると、一人の騎士が近付いてきて、私の後ろに立った。
「……ビアージョか、久しぶりだな」
聲を掛けた相手は、騎士団トップであるビアージョ騎士団総長だった。
私がルピアの寢室に籠りきりになっていたため、彼と顔を合わせるのは私が毒に倒れた時以來になる。
3か月前、毒に冒された私がルピアに救われた場面に、ビアージョは居合わせていた。
その際、彼は私の間近に立っていたため、ルピアの魔法を目の當たりにしている。
そのこともあって、ルピアが魔であることをビアージョに説明するよう、私は宰相のギルベルトに言い付けていた。
今となっては、ルピアが魔であることを疑いようもない。
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そのため、いざという時に彼の助けとなるよう、必要な者の間で報を共有すべきだと考えたからだ。
現時點において、ルピアの侍のミレナ、宰相のギルベルト、騎士団総長のビアージョの3人に、ルピアのを打ち明けている。
そのため、今後、この3人がそれぞれの立場に立って判斷を下す場合、ルピアのことが必ず勘案されるだろう。
ミレナはルピアのの回り全般を擔當しているため、ルピアに関することであれば必ずミレナを通る。
また、ギルベルトとビアージョはそれぞれ文と武のトップのため、國の重要事案の意思決定を行う際に、必ずどちらかを経由する。
そのため、この3人を押さえていれば、ほぼ全ての事柄が網羅され、あらゆる場面でルピアが尊重されることだろう。
そのビアージョは、い頃に私の護衛騎士をしていたため、いつだって私の利益になるようにと考えて行する。
そんな彼は、私の代わりに倒れたルピアを恩人のようにじ、心配しているのではないかと思われた。
そのため、私は庭を眺めたまま、ルピアの現狀を口にする。
「ルピアは生きている。この3か月もの間、食事もせず、水も飲まないから、日一日とが細くなっているが、……その細いで毒に耐えながら、自らのを浄化している」
ビアージョは基本的にをにしないのだが、激を抑えきれないとばかりに、両手の拳に力を込めた。
「誰であれ、噛まれれば必ず死ぬような毒だ。中を浄化するのに、どれほどの苦しみに耐えなければならないのだろうな。また、どれほどの時間がかかるのだろう。見ているだけでも苦しみを覚えるほどだが、……彼は挫けることなく、命をつないでくれている。……頭が下がる思いだ」
ビアージョは深く頭を下げると、神への謝の言葉を口にした。
それから、私の前に來て跪くと、もう1度深く頭を下げた。
「ルピア妃の隠された能力と勇敢なご行為について、宰相よりうかがいました。何よりも尊き王妃陛下をお迎えされましたことについて、遅ればせながらお祝い申し上げます。それから、改めて我がの不徳の致すところについてお詫び申し上げます」
「……何についてだ?」
端的に問いかけると、ビアージョは頭を下げたまま答えた。
「2年前の戦場において、フェリクス王をお守りできなかったことについてです。私はあの地で、何としてでも陛下をお守りしなければならなかった。しかしながら、敵兵の接近を許してしまい、そのお命を危険に曬しました」
私は2年前の戦場を思い返していた。
あの時點で、我が國の兵たちは隣國ゴニア王國の領土に踏みっており、敵地にて陣を構えていた。
そのため、地の利はゴニアにあり、我が國の兵たちが知らぬ坑道を通って、敵兵が接近してきたのだ。
ビアージョ1人が責任を問われる話ではないだろう。
そう思ったが、騎士団総長は後悔に満ちた表を浮かべた。
「そんな不甲斐ない私に代わって、ルピア妃は陛下のお命を救ってくださった。……私は何度も、戦場で傷を負いました。命を失うほどのものは1つもありませんでしたが、どの傷をけた際にも、痛くて苦しい思いをしたことを覚えています。あの……あれ以上の苦痛を、ルピア妃が味わっているのかと考えるだけで、慙愧に堪えません」
「……私も、同じ思いだ」
刺し貫かれた時の痛みを覚えている。
あの痛みは絶対に、深窓の姫君が耐えられるものではないはずだ。
「……瀕死の重傷を負った者の一定數は、戦場で使いにならなくなります。痛みの記憶が殘っていて、どうしてもが逃げを打つのです。それなのに……あの日、あの時、毒に冒されていた陛下を前に、ルピア妃は全く躊躇されませんでした。一かけらも躊躇うことなく、痛みと苦しみをお引きけくださり、陛下を救われたのです」
ビアージョは憔悴した顔を上げると、正面から私を見上げてきた。
「にもかかわらず、私は自分がどれほど無知であるかも知らずに、そのような尊きルピア妃に対して、許されざる無禮を働きました」
そう切り出すと、ビアージョは辭職を申し出てきた。
ビアージョの話に思い當たることがあったため、私は記憶を辿る。
ミレナの話では、ビアージョはルピアに対し、「虹の乙」であるアナイスを側妃に勧めたとのことだった。
何の不足もない、むしろこれ以上むべくもないほど素晴らしいルピアに対して、禮を失した行為だ。
いくら私のためを思っていたとはいえ、そして、目の前に見えた事実と思われることがルピアを悪く示していたとしても、この國で最も尊ばれるべき王妃に対して、間違った行為であることは明白だ。
ルピアはビアージョを慕っていたようだから、ショックをけたことだろう。
だが……。
「辭職は認めない。これほど苦しんでいる妃を殘して、お前ひとりが逃げようというのか。殘ってルピアに償い、その命を彼のために使え。私も私の全てを使って彼に償うつもりだが、私一人で足りるはずもない」
恐らく私が何を言ったとしても、ビアージョはけれようと、前もって決めていたのだろう。
彼は深く頭を下げると、恭順の意を表した。
ビアージョは昔気質の義理堅い男だ。
けた恩は何倍にもして返すタイプで、今後は文字通りルピアのために命を張るだろう。
ただし、そのルピアが目覚めるまでに、長い時間が掛かるだろう……と、そう考えていると、ビアージョが震える指を組み合わせるのが見えた。
彼は頭を下げたまま、組んだ両手を額に當てると、掠れた聲を出した。
「ルピア妃がものすごく大切に、蝶よ花よと育てられたことは存じ上げていますが、……あれほど勇敢で、躊躇なく我がを投げ出されるご令嬢を、私は初めてお見かけしました。ルピア妃を心から尊敬いたします」
「…………ああ」
私は心から同意した。
あれほど勇敢で、優しくて、思いやり深い者など、他にいるはずもない。
……その日、私は2年前に貫かれた左と、3か月前に毒蜘蛛に噛まれた左腕を、改めて確認した。
しかし、どちらにも傷一つなかったし、をかしてみても、わずかな痛みを覚えることもなかった。
―――苦しいものは全て、ルピアが引きけてくれたから。
その日、私はルピアの寢臺の側近くに置いた椅子に座ると、一日中彼の手を握っていた。
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