《【書籍化】誤解された『代わりの魔』は、國王から最初のと最後のを捧げられる》61 目覚め 1

夢を見ていた。

長く悲しい夢を。

私は彼だけが大好きだったけれど、彼は私だけが好きなわけではなかった。

だから、彼を獨占してはいけないと自分に言い聞かせた。

彼のことを好きだからこそ、獨占して困らせないように、好きな気持ちを捨て去ってしまわなければいけないと。

努力して、努力して、努力した結果、私は彼を好きだった気持ちを捨て去ることができた。

けれど、―――今度はそのことが悲しくなった。とても、とても。

自分のを持て余し、ぼんやりしていると、暗闇の中から私を呼ぶ聲が聞こえてきた。

とても、とても優しい聲で。

誰が聞いても、私が大切だと分かる聲で。

私をこんな聲で呼ぶのは誰かしらと、なぜだかとっても聲の主が気になって―――私は目を開いた。

「………ルピア?」

目を開いた瞬間、囁きとも呼べないほどの小さな聲で、名前を呼ばれた。

自分が眠っているのか、起きているのかも分からなかったので、ゆっくりと瞬きをする。

すると、もう1度同じように小さな聲が響いた。

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「ルピア……」

その聲が濡れているように思われたので、聲の主を確かめようと視線をかす。

すると、間近にフェリクス様がいて、私を覗き込んでいた。

なぜだか久しぶりに、彼の顔を見たように思う。

そんなに長い間、會っていなかったかしら?

そう思って、ぼんやりと眺めていると、彼のしい藍青の瞳から、ぽたりぽたりと大粒の涙が零れ落ちてきたのでびっくりする。

フェリクス様は涙を流したまま、震える聲を紡ぎ出した。

「ルピア、ありがとう……」

彼にお禮を言われたことで、突然、私は今の狀況を思い出す。

……ああ、そうだわ。

私はフェリクス様の代わりになって、眠っていたのだわ。

そして、目が覚めたのね。

「ルピア……」

フェリクス様が謝の言葉を口にした上、これほど揺しているのは、きっと私が魔であることを理解したのだろう。

そして、私が彼の代わりになったことを。

だからこそ、彼は私に対して申し訳なく思っているのだ。

―――そんな必要は、全くないのに。

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「おはよう、ご、ざい、……ます」

発した聲は、自分でも驚くくらいに掠れていた。

思わず元に手を當てると、フェリクス様はくしゃりと顔を歪めて、私に手をばしてきた。

「……すまない。君は長い間眠っていたから、聲を出すのも難しいのだろう」

彼は私の顔にかかっていた髪を丁寧に払うと、真剣な表で見つめてきた。

「ルピア、聲を出すのは負擔になるだろうから、了承するのであれば頷いてくれ。君さえ大丈夫そうであれば、を起こして、水を飲むべきだと思う。できそうかな?」

そう言われて初めて、がからからになっていることに気付く。

私は彼に向かってゆっくり頷いた。

すると、フェリクス様は私の背中に慎重に腕を差しれると、丁寧な手つきで私の上半を起こし、背中の後ろに幾つもクッションを差し込んでくれた。

それから、サイドテーブルに置いてあった水差しの水をグラスに移し、私の口元まで運んでくれる。

私は両手をばしてグラスを摑んだけれど、落とすことを心配されているようで、フェリクス様もグラスから手を離さなかった。

そのため、3本の手で支えるようにしながら水を飲む。

こくり、こくりと水が元をり落ちていくと、が生き返ったような心地になった。

グラス半分ほどの水を飲んだところで、飲むのを止めると、フェリクス様は心得たようにグラスをテーブルに戻した。

そして、に堪えないといった面持ちで、私を見つめてきた。

「ルピア、……目覚めてくれてありがとう」

私はぱちりと目を瞬かせた。

まさかそのようなことでお禮を言われるとは、思わなかったからだ。

どうしたのかしら、とフェリクス様を見つめたところで、彼の髪がびていることに初めて気が付いた。

結婚當初は、きっちりと襟元で切りそろえられていた髪だったけれど、2年振りに戦場から戻ってきた時は、肩に付くほどになっていた。

けれど、今はさらに、腰の中ほどまで長くびている。

これほど髪がびるには、どれくらいの時間がかかるのかしら?

よく見ると、フェリクス様の顔立ちも、いくつも年齢を重ねたかのように深みのあるものになっていた。

以前から整った顔立ちではあったけれど、今は人としての魅力が付加され、得も言われぬほど魅力的にじられる。

……まあ、一どれほどの経験をしたら、このような顔立ちになるのかしら?

不思議に思って、私はフェリクス様を見上げた。

「私は……どのくらい眠っていたのかしら?」

フェリクス様はびくりと直させた。

それから、張した様子で口を開く。

「……10年だ。君は10年間、眠っていた」

「えっ?」

まさかそんなに長い間眠っていたとは思わず、驚いて聲が零れる。

「どうしてそんなに長く……」

けれど、その時、私は不思議なことに気が付いた。

フェリクス様を見上げているのに、何のも湧いてこないのだ。

これまでであれば、彼を目にするだけでがどきどきと高鳴り、嬉しくて楽しくて幸せな気持ちになっていた。

けれど、今は心が凪いでいて、全くかなかった。

どうしてかしら、と考えを巡らせたところで、眠る間際のことを思い出す。

……ああ、そうだわ。

私はフェリクス様を、私から解放してあげると決意したのだったわ。

だから……私はきちんと彼を解放できるよう、私の心を捨て去る時間の分だけ眠っていたのだろう。

は眠る時間を、自分でコントロールできるのだから。

私は落ち著いた気持ちで、つと彼から視線を逸らした。

私が的に引き止めさえしなければ、彼は完全に私から解放されるのだわ、と考えながら。

なぜなら結婚契約書の中に、私が2年間妊娠しなければ、彼は側妃を娶ることができるという條項があったからだ。

私は10年間も眠っていたのだから、彼の狀況が以前と同じであるはずがない。

彼はきっと、私がいない狀態の中で、新しい生活を始めているのだろう。

だから、私が別れを切り出しさえすれば、全ては上手くいくはずだ。

私はゆっくりと自分のお腹に片手を當てると、視線を落とした。

私が眠っている間、私の時間はかないため、お腹はぺたんと平たいままだった。

じられるほど赤ちゃんは育っていないけれど、それでも、不思議なことに赤ちゃんがお腹にいるのだということはじ取れた。

そのため、自然と微笑みが浮かぶ。

すると、私の作を黙って見守っていたフェリクス様の口から、掠れた聲が零れた。

「ルピア、……すまなかった。1つ1つゆっくりと謝りたいが、君は目覚めたばかりで疲弊しているから、今はそれぞれ1つずつ、謝と謝罪と訂正をさせてくれ。まずは……ありがとう。私の命を救ってくれたことに、心から謝する」

「……どういたしまして」

そう口にした私の顔には、自然と笑みが浮かんだ。

自分でも単純だと思うけれど、フェリクス様にお禮を言われたことで、痛かった記憶も、苦しかった思いも、全て消えていくような気がする。

にとって、お相手から謝されることはこれほど嬉しいのね、と心の中がほっこりした。

それから、フェリクス様は私の両手を両手で包み込むと、深く頭を下げた。

「それから、本當に申し訳なかった。謝って許されることではないし、君は決して私を許すべきでないが、君の腹の中にいる子の父親を疑ったことに対して、謝罪をさせてほしい。その子は間違いなく私の子だ」

そこでフェリクス様は顔を上げると、私をまっすぐ見つめた。

再び彼の目から、涙がぽろぽろと零れていく。

「私の子であることが、心の底から嬉しい」

私はびっくりして目を見開いた。

……まあ、眠っている間に、何もかもが変わってしまったのね。

あれほどお腹の子の父親を疑っていたのに、今は信じてくれているなんて。

けれど、不思議なことに、どれほど自分の心の裡を眺めてみても、喜びの気持ちが湧いてこなかった。

フェリクス様に信じてもらいたい、とあれほど願っていたにもかかわらず、もはや私にとってそのことはどうでもいいことであるかのように、喜びのが湧いてこないのだ。

自分の心のきに戸っていると、フェリクス様が再び口を開いた。

「最後に私がはっきりと明言しなかったため、誤解させた容を訂正させてほしい。私の妃は君一人だ。10年前も、今も、君以外の妃はいない。私にとって大切なのは君だけだ」

フェリクス様の表は真剣で、噓をついているとは思わなかったけれど、私は首を橫に振った。

「それは違うわ。あなたは私を大切にしてくれるけれど、私でなくてもいいのよ」

10年前、フェリクス様はアナイスを側妃にすると決めていたはずだ。

あるいは、フェリクス様は同意していなかったかもしれないけれど、宰相や騎士団総長はアナイスが側妃になることを希していた。

この國の要となる2人の重臣が同じむのならば、それがフェリクス様にとって1番いい相手なのだろう。

10年前は、私の心が邪魔をしたけれど、今は心が凪いでいて、彼のためになることを素直にれることができる。

「あなたは王なのよ。國のために最も利になる方と結婚すべきだわ」

素直な気持ちでそう言うと、フェリクス様は衝撃をけたようにをはねさせた。

「それは……いや、だが、確かに君は最上級に貴重な存在だが、私が君に妃でいてほしいのは、我が國に利するからではない!!」

なぜだか話がかみ合っているようで、かみ合っていないように思われる。

私は私以外のの話をしているのに、フェリクス様はあくまで私の話をしているようだ。

そのため、彼にも分かるようにはっきりと説明する。

「私のことは、考えてもらわなくてもいいのよ。私はあなたの邪魔をしないし、必要ならばすぐにでも、この國を出ていくから。ただ、その場合は……この子は私に引き取らせてもらえないかしら。この子から王位継承権を剝奪してもらって構わないから」

私の言葉を聞いたフェリクス様は、びくりと全を強張らせた。

それから、噛みしめた歯の間からきしんだ聲を出す。

「…………何の、話をしている?」

彼の聲はかすれ過ぎていて、聞き取れないほどだった。

強張った彼の顔の中、瞳だけがぎらぎらとしていて、必死に何らかのを抑えつけているように思われる。

そんな彼を見つめ続けていることが苦しくなり、私はつと目を逸らした。

「ギルベルト宰相から、結婚契約書に側妃の條項がっていると聞いた際、結婚契約書に目を通したの。契約書には、側妃の條項とは別に……私が10年間妊娠しなければ、離縁できる旨の條項もあったわ」

彼の荒々しい呼吸音が、靜かな部屋に響く。

「……無理だよ。君の腹には私の子がいるのだ」

彼の言葉を聞いた私は、困してフェリクス様を見つめた。

「ええ、でも、その事実は10年前から変わらないでしょう?」

「え?」

言われている意味が分からない様子で聲を零すフェリクス様に、私は丁寧に説明した。

「先ほども言ったように、あなたは王なのよ。そして、王の希は真実よりも優先されるの。10年前、この子はあなたの子でないと、あなたは私に言ったわ。そうしたら、誰もがそれを真実として扱った。同じことでしょう。あなたは10年前のように、この子はあなたの子でないと言えばいいのよ」

フェリクス様は一瞬にして顔面蒼白になると、震える手で痙攣しているを押さえた。

それから、しばらくの沈黙の後、絞り出すようにして苦し気な聲を出した。

「ルピア、……ルピア、後生だ。その子は私の子だ」

大変長い間、お待ちいただきありがとうございます!

また、たくさんの溫かいコメントをありがとうございます!

本當に元気をいただきました。

そして、ブックマークが1萬件に!

こんなにたくさんの方をお待たせして……と非常に申し訳なく思っております。

ちょこちょこ手を付けているのですが、このところ忙しくしておりまして、なかなか更新できないでいます。今後の更新も不規則になるかと思いますが、お付き合いいただけましたら幸いです(*ᴗˬᴗ)⁾⁾

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