《平和の守護者(書籍版タイトル:創世のエブリオット・シード)》第三話:ES訓練校

『ES能力者』のための訓練校は、博孝が住んでいた県からそれほど離れていない場所にあった。市街地や主要な道路から離れた郊外の土地を使ったその“學校”は、初めて見た博孝が思わず口を開けて呆然とするほどに大きい。

広大な土地を五メートル近い壁がぐるりと囲い、その壁よりも高く造られた校舎らしき建育館らしき建が見えた。

「なんだこれ……なんだこれ……」

どれほどの稅金がかかっているのだろうか、などと下世話な考えが頭に過ぎるほど、博孝は強い驚きを覚える。さらに、ES保管施設と同様に、壁の周りを巡回している兵士の姿も見えた。おそらくは、清香が言っていた素人の『ES能力者』を拐されないようにするための措置なのだろう。兵士だけでなく、あちこちに監視カメラも設置されている。

そのことを頼もしいと思うべきか、それとも大げさだと思うべきか、今の博孝には判斷できなかった。

「それでは、これから中にりますので」

「あ、はい」

ここまで車で連れてこられたが、中にっても車で移する必要があるらしい。軍事基地並の広さがあるため、門から校舎まで距離があるのだろう。そう思った博孝は、車に乗ったままでり口となる門を通る。事前に話が通っているのだろうが、警戒するように周囲へ視線を向けている『ES能力者』の姿を見るとしばかり張した。

それでも“學校”の敷地ると、博孝は小さく嘆のため息を吐いた。

今しがた通った門は正門になるが、正門からまっすぐ桜並木になっており、丁度満開となって咲き誇っている。道に沿って等間隔で桜の木が植えてあり、もしも花見ができれば、さぞや人気スポットになるだろうと思わずにはいられないほどの咲きっぷりだった―――そのすぐ傍に、裝甲車らしきやら何故かが開いた武骨な鉄材が置いてなければ、だが。

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兵士の詰所だろうか、コンクリート造りの建もちらほら見える。しかし五十メートルも進むと視界が開け、やけに大きな運場へと到著した。

博孝がいた中學校の運場の十倍はありそうな広さの運場である。直線だけで四百メートル走ができるのでは、と思わずにはいられない広さに、博孝は再度となるため息を吐く。

視線をかしてみれば、同じ広さの運場がまだいくつか點在しているようだった。そして、そのすぐ傍に校舎らしき建育館らしき建、そして外からは見えなかったが、二階建てのマンションらしき建も見えた。さらに、遠くを見てみれば飛行機の発著路らしき場所まで見える。

博孝を乗せた車はその中でも最も奧の運場を目指して走り出す。窓の外へ視線を向けてみると、いくつかの人影を見ることができた。もしかすると同じ『ES能力者』、それも世間一般で言うところの“先輩”なのだろう。清香からも、例外を除いて半年ごとにまとめて訓練校に放り込むと言われていたので、大きな驚きはない。

そうやって博孝が車の中から観察を続けていると、車が徐々に減速してマンションの前で止まる。他に車は止まっておらず、博孝は首を傾げた。

「ここで降りるんですか?」

「はい。校は明日になりますので、今日のところはあなたがこれから住む場所の説明になります。まずは部屋に案します」

そう言うなり車に同乗していた“人間”の兵士が降り、博孝もそれに倣って車から降りる。そして、案されるままにマンションへと向かう。

マンションは鉄筋コンクリート造りの二階建てとなっており、エレベーターも備えられていた。

一階は八部屋、二階は十部屋造られており、一階のの一部屋は大家の代わりに兵士が常駐している。一階には二十畳ほどの談話室があり、そこにはソファーや、飲みや攜帯食糧、お菓子などを販売する自販機が設置されていた。談話室の隣には救護室と書かれた部屋も設置されている。

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兵士の案に従い、博孝は二階へと向かう。そして『203』と書かれたプレートがかかった部屋の前で止まると、兵士が鍵を開けて中へと通された。

「おお……」

部屋にった博孝は、思わず小さく聲をらす。

マンション自が大きな造りとなっていたため予想していたが、部屋の中は博孝が思っていたよりも広かった。

玄関からって右手に小さなキッチンがあり、その対面には別々に設けられた風呂場とトイレ。風呂場は所が別になっており、そこには新品の洗濯機も置かれていた。

博孝が部屋の方を覗いてみれば、これまた新品のテレビやベッド、冷蔵庫やテーブル、簞笥などが置かれている。部屋の広さ自は十五畳近くあり、博孝の実家の部屋よりも二倍以上広かった。さらにクローゼットも備え付けられており、ベランダも用意されている。

「え? あの、ここに住むんですか?」

「はい」

「俺一人で?」

「ええ」

「おおう……」

部屋の広さ的に、もう一人ぐらいは住めそうだった。そんな部屋に一人で住んで良いと言われ、博孝はしばかり及び腰になる。

「鍵はこちらになりますので、なくさないでください。なくした場合は速やかに常駐している兵士へ報告を。私などは実家から送っていただいでも良いですが、検閲がりますのでご注意ください」

手渡された鍵を怖々け取り、博孝は手の中の鍵を見つめる。いずれ一人暮らしをすることがあるかもしれないと思っていたが、それがここまで早まるとは思っていなかった。

兵士は部屋の中にると、簞笥やクローゼットを開ける。

「當面著る下著や訓練著、制服はここにっています。破損したり足りなくなったりした場合は……」

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そう言いつつ、簞笥の上段から小さな段ボール箱を取り出す。そして蓋を開けると、中から手の平よりもしばかり大きい攜帯電話が出てきた。緑一で、折りたたむことはできそうにない。一見しただけで、頑丈だとわかるほど“ゴツい”造りだった。

「こちらに『服飾』という名前のメールアドレスと、メールのテンプレートを用意しています」

「これでメールを送ったら屆けてもらえるんですか?」

「はい。名前や部屋番號、必要なの數量を書いて送信していただければ、速くて當日、遅くても三日以に屆きます」

「……無料(タダ)で?」

「はい。これらは全て支給品となっています。ただ、悪戯などで発注された場合は給料から天引きされるのでご注意を。もっとも、屆ける際に破損したものをけ取るので、あまりないことですが」

攜帯を手渡され、博孝は思わず攜帯に視線を向けた。

「頑丈そうですね」

「拳銃程度なら、直撃をけても作に支障がない造りになっています」

(鈍になりそうだ……)

心中だけで呟く博孝。兵士はそんな博孝に構わず、話を続ける。

「攜帯電話が故障した場合は、可及的速やかに近くにいる兵士もしくは『ES能力者』に報告してください。その攜帯電話にはGPSが積まれているため、故障する、電源が切れるなどあった場合は、所有者に“なにか”があったものとして付近の『ES能力者』が急行します。また、防衛、保護の観點からも常に攜帯電話を所有することが義務付けられています」

「それはまあ、なんというか……首みたいですね?」

思わず博孝がそう言うと、兵士は苦笑した。

「訓練生の時は、拐される危険もありますからね」

「なるほど」

「攜帯電話は大型バッテリーを積んでいるため、最大まで充電すれば一週間はもちます。しかし、こまめに充電をしていたほうが良いですね。電話やメールを含めて、訓練や任務に関することが伝達されるので、持ち歩かないと不便な面もあります。トランシーバーとしても使えるので、任務では重寶しますよ」

そう言われて、博孝は再度手に持った攜帯電話へ視線を向ける。

(これ一つ作るのに、一いくらかかるんだろう……)

純粋な疑問から、そんなことを考えた。畫面を起してみれば、白黒ではなく高い解像度のディスプレイが使われていることがうかがえる。適當に番號を押してみると畫面に數字が表示され、普通の電話としても使えるようだった。

「これって、実家に電話もかけられるんですか?」

ES適検査をけてから二ヶ月近くが経過しているが、いまだに両親と連絡が取れていない。通知は言っていると聞いたが、さすがにそろそろ両親の聲が聞きたかった。

博孝の質問に、兵士はしだけ表を変える。

「ご両親が心配だというのはわかるのですが、『ES能力者』……いえ、『ES適合者』の場合、拐される可能もあります。そのため、住所や電話番號なども変更していまして……」

「ということは……って、それじゃあ連絡がつかないじゃないですか!?」

理解するのに數秒を要したが、それでも博孝は両親が置かれた狀況―――自分が原因で“お引越し”をさせられたのだと悟った。

「うっわー……父さん、引っ越しは良いだろうけど職はどうなるんだろ。まさか、無職になっていたり?」

母親は専業主婦のため影響は大きくないだろうが、父親は別だった。息子が『ES能力者』ということで、職すらも変わっている可能がある。さすがにこれは問題だと思った博孝だが、説明をしていた兵士は小さく微笑んだ。

「安心してください。引っ越しも無事完了し、職の方も國からの紹介で新しいものになっています。電話番號については……」

兵士が博孝から攜帯をけ取り、作をしてアドレス帳が表示される。その中には博孝の両親の名前が登録されていた。

「この番號にかければ連絡できますよ。ただ、『ES能力者』には機保持の義務が課せられるので、その點はご注意ください」

「……驚かさないでくださいよ。あと、機保持?」

「はい。まあ、親子として話す分には何も問題ありません。『ES能力者』として知り得た報などをらさなければ、特に問題はないです」

「ついうっかり喋ってしまった場合は?」

容の程度によりますが……最悪」

兵士はそこで言葉を切り、肩を竦めてみせた。それを見た博孝は、調子に乗って下手なことを口にしないようと心に誓う。自分だけで済めば良いが、報を話した相手も罰せられそうだった。

「攜帯電話の詳しい説明については、付屬の説明書を読んでください。一緒の箱に『ES能力者』の扱いや訓練校の施設についてまとめた資料もれてあるので、そちらも。もうしすれば攜帯電話に明日の校に関して指示が來ると思いますので、あとはそれに従ってください」

「わかりました」

「あと、今日のところはこの部屋から出ることができませんのでご了承ください。食事については後程弁當が屆けられますので……それでは、小はこれにて失禮します」

最後にさらっと、本日は外出止と口にして兵士が部屋から出ていく。おそらくは他の『ES能力者』と接させないためだろうと判斷した博孝は、非常に広くじられる部屋の隅に設置されたベッドに腰を掛け―――とりあえず、両親に電話をかけることにしたのだった。

両親からは元気にしているか、近況がどうなっているのかと聞かれたので、特に問題はないことを伝える。

反対に、両親―――特に父親からは、職が変わったこと、そしてその職が以前のものよりも給料が良くて助かっていること、何かやお金が必要であれば仕送りを行うと言われた。博孝が『ES能力者』は訓練生でも給料が出ることを伝えたら、驚きと共にけ止められることになったが。

それでも久しぶりに両親と話して落ち著いた博孝は、攜帯をベッドに放り出して説明書と『ES能力者』の扱いや訓練校の施設についてまとめられた資料を手に取る。ついでに冷蔵庫を漁ってみると、ペットボトルにった水やお茶、缶の果のジュースや炭酸飲料がれてあったので、とりあえずはと炭酸飲料を取り出した。

プルタブを開けて缶を傾けつつ、博孝は攜帯の説明書を開く。しかし、基本的には先ほど兵士から聞いたことを詳細に書いているぐらいで、目新しい報はなかった。それならば、と『ES能力者』の扱いや訓練校の施設についてまとめられた資料を開いてみる。

『ES能力者』の扱いについては、外出の際は申請すること、“人間”のいる場所でES能力を使用しないこと、可能な限り『ES能力者』の証として支給されるバッジをつけることなどが記載されている。

ただし、外出については訓練生になっても當面は止、“人間”がいる場所でのES能力の使用については有事の際は除くとなっていた。バッジについては、支給されるのは校してから一定期間が経ってからとなっている。

「有事の際?」

どんな狀況を指すのかとページを捲ってみれば、『敵の『ES能力者』に遭遇した場合』、『駆除すべき『ES寄生』に遭遇した場合』、『自に危険が及ぶ場合』、『市民に危険が及ぶ場合』となっていた。

「『ES寄生』? なんだっけ……」

他の項目については理解できたが、記憶が怪しい単語が出てきたのでさらにページを捲る。すると、ES能力を持つのことを指すと書いてあった。

「あー……そういえば、『ES寄生』が原因での事件がニュースで流れてたっけ」

『ES能力者』が出現して以來、いつしかES能力を持つも出現していた。の場合は姿形も変化するが、攻撃も高くなって危険である。様々なが『ES寄生』と化しているが、人間の『ES能力者』と同じく伝で増えることもあるため世界各地で発見されていた。ただし、その発祥についてだけは不明らしいのだが。

については、巨大で兇悪なハエ取り草のようなものだ。こちらは移する足を持たないため、発見されるとすぐさま殲滅される。しかし、タンポポが『ES寄生』と化し、その種が風に乗って広範囲に拡散した、という事例もあったため油斷はできない。

「ふむふむ……勉強になる」

の知識を補足する部分、新たに知る部分があり、博孝は集中して読みふける。『ES能力者』については趣味のような気分で調べていたため、ある程度の知識があるのが幸いだった。

一時間ほどかけて資料に目を通した博孝は、炭酸飲料を飲み干し、今度は訓練校の施設についてまとめた資料を開く。

訓練校については校から卒業まで三年かかるとなっており、ここは一般の高校と同じらしい。分は『ES能力者』でありながら、“高校生”になるとも書かれている。驚いたのは、ES能力だけでなく一般教養として國語や數學、英語や理科社會などの授業もあることだろう。勉強嫌いな博孝にとっては嫌なことに、數がないながら試験もあるらしい。

そして施設自の説明については、一期生ごとに校舎と運場、育館と寮が與えられているとのことだった。

校舎には職員室や教室だけでなく、食堂や売店も用意されていると書かれている。これからはここで食事を取るのだろうとアタリを付け、食堂の料理が味しければ良いけど、と思った。

あとは同時期に校してくる同輩次第で“學生”生活がどうなるか決まるが、さて、と首を捻る。さすがに資料にも校生の人數や素については書かれておらず、こちらは実際に顔を合わせてみないとわからない。

一期ごとの校生の數は、機に該當するのだろう。毎年どれぐらいのペースで『ES能力者』が増えているかわかれば、今後の増加予想も立てやすい。他國にとってみれば、それは重要な報になる。

そうやって博孝が資料を読みふけっていると、不意に攜帯電話から『ピー』という機械音が連続して上がる。それを聞いた博孝は攜帯を手に取り、畫面へと視線を落とした。そこにはメールで明日の九時に第一教室にて校式を行うこと、十分前に案の兵士が來ることが書かれており、博孝は畫面を遷移させて必要なをチェックする。

「えーっと、とりあえず制服を著ていけば良いのか……」

朝食は朝の八時に弁當が屆けられるとも書かれており、メール畫面を閉じた博孝は攜帯をテーブルの上へと置く。

明日から本當に『ES能力者』としての生活が始まるのだと理解して、嬉しいような、不安のようなを覚えた。

「それでもまあ、なんとかなるでしょ」

そう呟いて、壁に設置された時計へと視線を向ける。資料を読みふけったことでだいぶ時間が経っており、もうじき日が暮れる時間だ。そこでふと、博孝は額に手を當てた。

「……晩飯の弁當は、何時に屆くんだろう」

詳しい時間を聞いておけば良かったとため息を吐き、最悪の場合は冷蔵庫の飲みで腹を膨らませておこうと思う。

「よし、とりあえず資料を読み直しておくか!」

そう自分に言い聞かせて、博孝は再度資料を手に取る。

もしかすると、落ち著いて資料を読む時間すらもなくなるかもしれないのだ。

明日の校式でどんな人と出會うのか。それを楽しみに思う気持ちを頭の片隅に移させて、博孝は資料を開くのだった。

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