《平和の守護者(書籍版タイトル:創世のエブリオット・シード)》第十四話:小隊長 その1

訓練校へ學して三ヶ月。その間、博孝達は砂原の元で『ES能力者』としての訓練に勵み続けていた。

午前中は座學で知識面を鍛え、午後は実技で面とES能力を鍛える。もっとも、博孝についてはES能力が未だに使えないため、知識面と面での鍛錬しかできていなかった。

それでも他の生徒達はES能力を順調に鍛え、今では『防殻』以外のES能力も扱うことができる者がほとんどだ。しかし、その容は自の得意な方面に限定されているのか、『防殻』に加えて『撃』か『盾』、『接合』のいずれかが使えるというレベルでしかない。

卒業までに汎用技能を全て使えるようになり、なおかつ実戦で使用できる練度まで“使いこなす”ようになれれば良い、とは砂原の弁である。中には沙織のような例外もいたが、生徒のほとんどは砂原の言葉に納得していた。

『防殻』まではスムーズに習得できたが、そのあとが上手くいかないのである。自分が得意な技能以外は発現が難しく、その上、『防殻』を発現していない狀態ならば他の技能を扱うこともできたが、『防殻』を発現しつつ他の技能を使うまでは至っていない。

『攻撃型』ならば『防殻』を発現しつつ、『撃』を行う。

『防型』ならば『防殻』を発現しつつ、『盾』も発現させる。

『支援型』ならば『防殻』を発現しつつ、『接合』を行う。

二つの技能を同時に使用するのが、非常に難しいのだ。しかもこれはあくまで基本であり、將來的には『防殻』と『防壁』を発現しつつ『撃』を行い、隙を見ては『治癒』を使うなど、三つ以上の技能を同時に使う技量も必要となる。

「まあ、俺には微塵も関係ないことですけどねー」

「ん? どうしたっすか? いきなり訳のわからないことを呟いて」

なんでもない、と恭介に向かって手を振りつつ、博孝は食堂の機に突っ伏した。晝食も終わり、今は午後の授業に向けて休憩しているところである。

三ヶ月経っても『防殻』はおろか『構力』の探知もできない博孝は、自の知識や知略、そしてを鍛えることに重點を置いていた。

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以前、育館で監督をしていた兵士から、練の『ES能力者』は睡眠を必要としなくなるという話を聞いて以來、なくともここ二ヶ月は限界まで休まず自主練に勵んでいる。そのおかげというべきか、午後の実技でもについてはクラスの中でもトップクラスの一人になっていた。ただし、そこにES能力を加えられると一気に弱くなるのだが。

それでも博孝は、自の経験から『防殻』を発現しているだけの『ES能力者』ならば、自がES能力を使えなくとも打倒し得ることを悟りつつあった。“攻撃”は通らないが、腕力にそれほど違いはない。むしろ、今では鍛えた分博孝の方が有利だ。ならば、あとは相手の攻撃を避けつつ投げ技や絞め技、関節技で攻撃すれば良い。多対一ならば、敵の一人を武代わりに振り回せば良い。攻撃をければ、丁度良い盾にもなる。

そうやって博孝は『ES能力者』としてではなく、ある意味人間らしい鍛錬を重ねていた。そのおかげか、クラスの中でしつこくちょっかいを出してくる者もいなくなった。それでも時折絡んでくる者もいるが、その時は煙に巻いている。

しかし、相手が『撃』が得意だったりすると、博孝は手も足も出なくなる。ES能力ありで組手を行った際、実際にそのパターンでボコボコにされた。初回以降、の組手をする際はクラスの中から適當に選ばれた者同士で二人組を組むようになっており、その場合は大抵互角以上に戦える。だが、ES能力使用可の場合は、『攻撃型』にはほぼ確実に負けていた。

特に、沙織はでもほぼ互角。ES能力を含めると一気に攻めたてられ、一分ももたずに負けるのだ。『武化』で大太刀を作り出した挙句、沙織自は『防殻』で防を固めて攻めてくれば、博孝には逃げるぐらいしか打つ手がない。一応は峰打ちだが、それでも大太刀で毆られれば非常に痛かった。

「しかし、もう三ヶ月っすかぁ……」

すると不意に、隣の席に座っていた恭介が慨深そうな聲をらす。それを聞いた博孝は、顔を上げてそちらに目を向けた。

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「いきなりどうしたよ?」

「いや、なんというか、あっという間だったなぁ、と思っただけっす」

そう言いつつ、恭介は食堂にいるクラスメート達へ視線を向ける。

「もうすぐ夏になるっすねぇ……」

「ん? さっきからどうしたんだ?」

脈絡のないことを口にし続ける恭介を心配に思いつつも、博孝もクラスメート達へ視線を向けた―――正確には、クラスメートの子たちへ視線を向けた。

気溫も上がってきたこの季節、訓練校でも替えが行われている。男子は白い半袖のシャツに、薄手の長ズボン。子は半袖の白いセーラー服に、薄手のスカートに変わっていた。

博孝は恭介の視線がしっかりと子に向いており、そして鼻の下がびているのを見てため息を吐く。

「いやぁ……恭介って気楽でいいよなー……何事かと心配して損したわー」

「む? 博孝に気楽って言われるのは心外っすよ!」

「さすがに、子の夏用制服を見て鼻をばす余裕はなかったわー」

恭介に対する悪い意味ではなく、博孝は自に対して呆れるようなを覚えた。しばかり、余裕を失っていたのかもしれない。

相変わらずES能力が使えず、無意識のに焦っていたのか。そう判斷した博孝は、意識を切り替えてクラスメートの子たちへ改めて視線を向ける。休憩時間ということで気を抜いているのか、各々が楽しそうに食事と雑談に興じていた。

「ふむふむ……それで、恭介クンよ。君は誰を見ていたのかね?」

「え? 俺っすか? そりゃもちろん、希さんっすよ! 上の服が半袖で、なおかつ白っすからね! 目を凝らせば、ちょっとけて―――」

「おっとシャラップだボーイ。言いたいことはわかるし、その気持ちはよくわかる。だが、それを言えば午後の訓練で子と組まされた時、全力でボコボコにされるぞ? 死にたくなかったら黙りたまえ」

「う、うっす! 口がるところだったっす……」

普通の高校生ならほとんどありえないことだが、クラスメートは全員『ES能力者』。冗談も誇張も抜きに、ボコボコにされる可能があった。

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それでも博孝と恭介は子たちへさり気なく視線を送り、會話を続ける。

「でよ、夏って言ったら、やっぱ“アレ”だよな?」

「“アレ”っすね……でも、授業であるんすかね?」

「ないかなー……水中戦の訓練とか言って、やってくれねーかなー」

「是非ともやってほしいっすね……プールで子の水著が見たいっす」

博孝達がそんな會話をしていると、周囲の男子もしばかり興味を惹かれたのか聞き耳を立てた。博孝はすぐさまそれに気づくと、手近にいた男子の肩に手を乗せる。

「ヘイ、そこの聞き耳立ててるムッツリボーイ。君なら誰の水著姿を見たい?」

自分もボーイであることを無視して、博孝は尋ねた。すると、クラスメートの男子は慌てたように視線を彷徨わせる。

「え、お、俺? い、いや、というか、別にそんなの興味なんて……」

「恥ずかしがんな恥ずかしがんなー。あ、でも、大聲で言っちゃ駄目だからな? ほら、本人に聞こえたら、卒業まで気まずい狀態になっちゃうだろ?」

そう言いつつ、博孝は聲を潛める。

「もしかして、本當に興味ない? 男な方?」

「……いや、ある……けど……」

「おう、良かった。もしも男とかだったら、クラスメートとして今後の付き合い方を考えなきゃいかんところだった……で? 誰の水著姿が見たい?」

肘で突きつつ、博孝が尋ねた。すると男子はしばかり言いよどんでいたものの、顔を赤らめながら口を開く。

「ま、松下さんとか、良いよな?」

小聲でそう呟く男子。それを聞いた博孝は、一気に笑顔になる。

「おーい恭介ー。ここにお前のライバルもしくは同士がいるぞー」

そして、すぐさま傍の恭介にパスした。

「なんですと!? 俺のライバルもしくは同士っすか!?」

「え? ちょっ!?」

博孝の言葉を聞くなり、瞬間移でもしたかのように男子生徒の隣に姿を見せる恭介。そして、楽しげに話しかける。

「いやぁ、趣味が合うっすねぇ! あ、でも本気で希さんを狙うならライバルっすよ!?」

「そ、そんなわけじゃ……」

恭介と男子生徒がアレコレと言葉をわす。博孝はそれを橫目に見ながら苦笑を浮かべ―――子の一部から突き刺さる視線に気づいて、笑顔で食堂から逃げ出すのだった。

その日の午後、いつも通り著に著替えた博孝達はグラウンドに整列していた。気溫がだいぶ上がっており、遠くでは空気が揺らいで見える。

「ひどいっすよ博孝……自分だけで逃げ出すなんて、薄っす……」

「すまん。子の眼力に勝てなかった」

恭介から恨みがましい聲が上がり、博孝は遠い目をしながら現実逃避を試みた。さすがに騒ぎ過ぎたらしい。そうやって小聲で話していると、いつも通りきっちりと軍服を著こんだ砂原がやってくる。

暑くないのかと思う博孝だったが、『ES能力者』として年齢を重ねていくと、徐々に自に対する“外界”からの干渉が弱くなっていく、というのを授業で聞いた。この場合は、夏でも暑くなく、冬でも寒くない、といった合である。“地球上”のあらゆる法則に影響されなくなる、と言っても良い。

ただし、『ES能力者』や『ES寄生』が相手だとそれも適用されないため、注意が必要だ。車を簡単に持ち上げることができても、『ES能力者』を持ち上げようとすれば重たいのである。

砂原は生徒達が整列しているのを見て、全員揃っていることを確認していく。そして全員がいることを確認すると、表を引き締めた。

「諸君らも訓練校に校して三ヶ月だ。ES能力もも、しは様になってきた。そこで、だ。次のステップとして、今度は小隊ごとの訓練に移る」

なんでもない伝達事項のように、砂原が言う。それを聞いた生徒達は、しだけざわめいてしまった。

最初の一ヶ月間で『ES能力者』としての自を理解し、次の二ヶ月間で知識と、ES能力の向上。合計で三ヶ月経ったと思えば、今度は小隊での訓練に移るという。

さすがに早すぎではないかと思ったが、博孝がそれを口にするより先に希が挙手した。

「教、質問というわけではないのですが……その、三ヶ月で小隊での訓練というのは、さすがに早すぎるように思うのですが……」

生徒達もほとんど同じことを思っていたのか、砂原に揃って視線を向ける。生徒達の視線をけた砂原は、表を引き締めたままでそれに答える。

「早いと思うか? だが、これからさらに三ヶ月後……つまり校して半年になるが、その頃には諸君らも授業の一環として任務に出ることになる」

今度こそ、生徒達は本気で慌てたようにざわめいた。

校から半年で、『ES能力者』として任務に出る―――それは、生徒達は誰も予想していなかった話である。心構えも、できてはいない。まだ三ヶ月ほど時間があるが、それでも不安に思うのは當然だろう。

砂原は生徒達がざわめくのを手で制すと、話を続ける。

「以前授業で話したが、『ES能力者』の數はない。しかし、近年ES能力を使った犯罪者や『ES寄生』による被害が増大しつつある。そのため、訓練校に所屬する訓練生も任務に駆り出されるわけだ……もっとも、『ES能力者』としても軍人としてもヒヨっ子の諸君らに、いきなり危険な任務は不可能だ。そのため、正規の『ES能力者』が行う任務とは異なり、危険度が非常に低いものを任務として行っていくことになる」

そこまで言うと、砂原は生徒達を安心させるように表を緩めた。

「安心しろ。諸君らは訓練校の中でも一番“下”の存在だ。正規の任務にもならない、危険度が低い任務……その中でもさらに安全なものが割り振られる。気軽に、ピクニック程度と思っていたまえ。無論、訓練は卒業まで継続する。任務はその合間に行われるだけだ」

砂原の口ぶりでは、あくまで訓練生は訓練に勵み、時折簡単な任務に駆り出されるだけらしい。

(まあ、そりゃそうだよな……)

いきなり、訓練校卒業後の『ES能力者』が行うような正規任務を割り振られても、訓練生が対応できるわけがない。これは、いわば予行演習のようなものだろう。そう判斷した博孝は、生徒達の間に漂う不安の気配をじ取って挙手した。

「はい、教。質問です」

「河原崎か……なんだ?」

博孝の挙手に、砂原が“何かしら”の意図を込めて視線を向けてくる。それをけた博孝は、おどけるように笑った。

「任務と言うと、アレですかね? 敵地へ潛せよ、とか、囮捜査だ、とか、要人警護だ、とかですか? 俺としては、可い有名人の護衛を希したいんですが! そしてあわよくば―――あだっ!?」

博孝が喋っている途中で、砂原の拳骨が振り下される。それをけた博孝は頭を押さえて蹲り、オーバーに痛がった―――が、実際にはほとんど痛くない。砂原も博孝の意図を理解し、博孝も砂原の求めることを行ったのだから、手加減は十分にされていた。それでも周囲の生徒にはわからなかったようで、しばかり笑い聲が上がっている。

博孝や恭介がふざけて砂原に指導をけるのは“いつも通り”のことであり、生徒達にとっては最早日常風景の一つだった。その証拠に、それまであった不安の気配はだいぶ払拭されている。

「お前は周囲の生徒を見習って、もうし神妙にしろ」

「すいません……でも、気になるところじゃないですか。任務って言われても漠然としてますし……あ、任務に出たらお給料に上乗せがあったり?」

人差し指と親指でっかを作りながら、博孝が尋ねた。すると、今度は手加減なく拳骨が振り下され、博孝は地面へと崩れ落ちる。すると、今度は周囲からしっかりと笑い聲が上がった。『馬鹿』や『アホ』といった臺詞も聞こえたが、博孝は聞こえなかったことにした。

「まったく……質問としては良い點をついているから教えるが、任務の容としては『ES寄生』が出現する可能がある地域の見回り程度だ。『ES寄生』が出現すると言っても、その可能が低い地域になるがな。そして、任務の際は現場付近を管轄としている部隊の『ES能力者』が指導役として同行する。諸君らの先輩も同任務を行ったが、怪我人すら稀な任務だ」

そんな話を聞きながら、博孝はゆっくりと立ち上がる。拳骨をもらった頭が痛かったが、それはいつものことなので慣れで無視した。砂原は立ち上がった博孝に対して『やりすぎだ』という視線を向けてきたが、言っても無駄だと話を続ける。

「それと、任務に出た場合は手當てがつく。簡単な任務だから金額は安いがな」

博孝の質問にすべて答える形で砂原が言うと、生徒達は現金なもので、手當てという言葉に目のを変えた。

「きょ、教! 手當てはいくらぐらいなんですか!?」

「今もらっているお給料ぐらいですか?」

生徒達がこぞって手を上げ、質問する。それを聞いた砂原は苦笑を浮かべた。

「それは実際に任務をけ、無事に終えてから確認しろ。今聞くよりもやる気が出るだろう?」

現在訓練生として博孝達がもらっている給料は、一ヶ月で三十萬円。食費や売店での買いぐらいしか金の使い道がない生徒にしてみれば、十分以上に高給だ。それに加えて手當てがつくと聞き、生徒達は先ほどまでの不安を完全に忘れ去る。

それを見て取った砂原は、釘を刺すように口を開いた。

「だが、決して油斷はするな。怪我人が出ることすら稀だとはいえ、仮に『ES寄生』と遭遇すれば戦闘もあり得る。その際下手を打てば、死ぬぞ」

冷や水を浴びせるような、砂原の言葉。そこに含まれた真剣さをじ取った生徒達は、騒ぐのを止めて真剣な顔つきになる。生徒達の顔つきを見た砂原は、今はこのぐらい脅しておけば良いかと一つ頷く。

「では、本題に移る。任務は小隊単位で行うことになる。そのため、今日から小隊での訓練を行っていく。つまり諸君らを一小隊四人ごとに分けるわけだが……」

そう言いつつ、砂原は生徒の考課表を書いたノートを取り出す。

「この三ヶ月で、諸君らの格や『ES能力者』としての能力、方向は理解した。その結果をもとに、各小隊のメンバーを伝える」

その言葉に、生徒達は顔を見合わせた。クラス替えの直前のような雰囲気が流れ、仲の良い友人と同じ小隊になれればと顔に出てくる。

(一小隊四人で、このクラスは三十二人……ちょうど八小隊か。誰と組むことになるやら……)

博孝は人數を計算し、綺麗に割り切れるなと一人頷く。これでもし、一人だけ余ったりしたらどうなっていたのか―――考えるに、自分がその余りの一人になっていただろうと、博孝は笑えない想像をする。

できるなら、恭介のように見知った生徒が同じ小隊にいれば良いが、と博孝は思う。

以前喧嘩を売ってきた三人組と組まされたら、斷固として教に陳しなければならないと博孝は思うが、個人の好悪が原因ではそれも通りそうにない。むしろ面白がって組まされる可能もあり、博孝は砂原の発表を冷や冷やとした心境で待つ。

「まずは第一小隊のメンバーだが……長谷川、岡島、武倉、河原崎の四人だ」

そして、砂原が告げたメンバーは、博孝としては最上に近かった。

「そして、まだ仮だが……小隊長は河原崎、お前がやれ」

―――続いた言葉がなければ、だが。

博孝は一瞬何を言われたか理解できなかったが、すぐさま砂原の言葉を理解すると慌てて挙手する。

「お、俺ですか!?」

「お前だ。何か文句があるか?」

「いや、文句というか……小隊長って、小隊長ですよね?」

「そうだな、小隊長だ」

が収まっていないのか、要領を得ない質問をする博孝。それを聞いた砂原は、その通りだと頷く。

「俺、ES能力使えないんですけど?」

「指揮能力とES能力は別だ。実際、正規の部隊でも、“人間”の上が指揮を執ることはよくある」

淡々と、砂原が答えた。博孝としては、そのメンバーなら沙織が小隊長に相応しいのではと考え―――それはないか、と自分で否定した。

沙織は周囲に馴染まず、自分のことを優先する節がある。小隊長として小隊員を指揮するには向いていないだろう。

恭介は周囲によく馴染み、率先してけるタイプではある。だが、指揮を執れるかと言えば、微妙なところだった。時折ポカをやらかすので、それが任務で出たら致命的である。

そして最後に里香。里香の場合は、博孝よりも視野が広く思考の回転も速い。しかし、本人の格が壊滅的に指揮に向いていなかった。聲を張り上げて小隊員に指示をする里香の姿が、まったく想像できないのである。

そうなると、消去法で自分が小隊長となる―――と博孝は考えたが、砂原の考えはしばかり違った。

各人の格分析については博孝と同じだったが、各人の能力を見た場合、博孝が最も適任だったのである。

『攻撃型』の沙織と『防型』の恭介、『支援型』の里香に“何もできない”博孝。しかし、砂原の目から見れば博孝は『ES能力者』としては落第點だが、指揮としては及第點を與えても良いと思っていた。

しばかり調子に乗る面があるが、それをムードメーカーとして作用させることもできる。里香を例外として、他の生徒と比べても視野が広い。狀況の判斷能力もそれなりにある。あとは実際に小隊長として使った結果次第だが、三ヶ月あれば形にはなるだろう。

小隊の一人がES能力を使えないのは痛いが、それを補えるメンバーで構してある。

「納得したか?」

「……はい」

砂原が確認を取ると、博孝はしだけ逡巡してから頷く。

それを見た砂原は、次の小隊のメンバーの発表に移るのだった。

各小隊の発表が行われた後、ひとまずは小隊で今後の立ち回りについて話し合う時間を與えられた。それをけ、博孝達も四人で集まって顔を合わせる。

「んじゃ、折角チームになったんだし、これを機に呼び方を変えないっすか?」

そして、いきなり恭介がそんなことを言い出した。それを聞いた博孝は、おやと片眉を上げる。

「呼び方? 的には?」

「うーん……博孝は小隊長とか隊長で、他は名前で呼ぶとかどうっすか? てか、隊長ってなんかカッコイイ響きっすよね!」

「その“カッコイイ”名前で呼ばれることになる俺に対して何か一言ください」

「頑張るっすよ隊長! カッコイイっすよ隊長!」

「うわっ、なんか恥ずかしっ!? 鳥が!?」

隊長と呼ばれ、博孝は鳥が立つのをじた。気持ち悪いというか、恥ずかしかったのである。

「……くだらないわね。名前なんて、どうでもいいでしょう?」

すると、そんな博孝と恭介の會話を叩き斬るように沙織が言った。腕を組んで眉を寄せ、苛ついているのか人差し指で腕を叩いている。

「えー……そんな冷たいこと言わないでほしいっすよ! これから苦楽を共にする仲間なんっすから」

そんな沙織の様子にめげず、恭介が沙織に絡み始めた。しかし、沙織はそんな恭介に向かって冷たい視線を向ける。

「この小隊も、まだ本決まりってわけじゃないでしょ。今後の狀況次第では、他のメンバーと小隊を組むこともある。呼び方なんていちいち気にしてられないわ」

そう言って、博孝に視線を移す沙織。小隊長がES能力を扱えないということで、何か思うところがあるらしい。だが、名前の話を振った恭介は、そんな沙織の剣呑な雰囲気を気にしなかった。

「そうっすねぇ……長谷川さんの場合、沙織っちとか!」

笑顔で弾を投下する恭介。沙織の頬が僅かに引きつり、會話にりきれなかった里香がしだけを笑みの形に変えた。それを見た博孝は、危険と思いつつも恭介の話に乗ることにした。

「沙織っち……おいおい、いくらなんでも嫌がるだろ。な? 沙織っち?」

「さ、沙織っち……」

里香も小さく呟く。そのあと、非常に小さな聲で『可い』と付け足すが、沙織の目つきが危なくなっていたので慌てて口を閉ざした。そして、里香が怯えるような目を沙織に向けると、その視線をけた沙織はため息を吐く。

「岡島さんに言われるのはそれほど気にならないけど、男二人に言われるのはなんでこんなに苛つくのかしらね……」

「お、良かったね岡島さん。沙織っちで良いってよ」

「え、え……いいの、かな?」

博孝の言葉に、里香は首を傾げた。沙織は博孝に殺気すらこもった視線を向ける。

「次にそのくだらない呼び方をしてみなさい―――叩き斬るわよ?」

本當に、今にも『武化』を行って大太刀で斬りかかってきそうな沙織の様子に、博孝は両手を上げて降參のポーズを取った。

「冗談だから叩き斬らないでください。まぁ、名前については各自が好きに呼ぶってことで……って、これも冗談だから、そのごっつい刀を消してもらえませんかね?」

各自で好きに『沙織っち』と呼ぶように指示を出そうとすると、沙織が『武化』で大太刀を発現させて振りかぶる。それを見た博孝は、速やかに白旗を上げた。

「でも、名字を呼び捨てにするぐらいは許してくれよ? 長谷川さんって呼ぶの、長いし」

「博孝、博孝。河原崎君って呼ぶ方が文字數多いっすよ」

「……なんてことだ、失念してたぜ」

「そんでもって、俺は呼び捨てにする度がないんで長谷川さんって呼ぶっす。時折口がって沙織っちって呼ぶかもしれないっすけどね! ってうおわぁっ!?」

沙織っち、と口にした瞬間、峰打ちながら大太刀が振り下される。恭介は飛び上がりながらそれを避けると、慌てたように距離を取った。

「冗談っす! 冗談っす!」

「……次はないわよ」

恭介に鋭い視線を向ける沙織。しかし、里香と視線を合わせると、困ったように眉を寄せた。

「えっと……あなたのことは、岡島さんって呼ぶわね?」

「う、うん……そ、それじゃあわたしは沙織っちって呼んで……良い?」

長の関係で見上げるようにしながら、里香が尋ねる。博孝はまさか里香がそんなことを言うとは思わなかったが、どうやら『沙織っち』という響きが里香の琴線にれたらしい。沙織は頬を引き攣らせたが、さすがに子相手に実力行使に出るつもりはないらしく、額に手を當てた。

「……お願いだから、普通に呼んでちょうだい……」

「……だ、駄目?」

そこからさらに、里香は押し込んだ。上目遣いで、沙織に許可を求める。

博孝は、里香に上目遣いでお願いされたらどんな名前で呼ばれても良いな、と他人事のように思った。だが、沙織はそう思わなかったらしく、首を橫に振る。

「じゃ、じゃあ、沙織ちゃんで……」

「……それなら、まあ……いいわよ」

結局、ちゃん付けで落ち著いたらしい。それでも喜ぶ里香を複雑な目で見た沙織は、博孝を見て鼻で笑う。

「アンタは河原崎ね」

「なんて即斷即決! じゃあ俺は姐ってのぉっ!?」

橫薙ぎに大太刀が振るわれ、博孝は上を反らしてなんとか避けきる。そしてブリッジの勢を取ると、それを見た沙織が大太刀を上段に構えた。

「名字をそのまま呼ぶんでしょうが……」

「そうだった! そう呼ぶんで、その振り上げた大太刀を振り下さないでね! 絶対だよ!?」

心の底から博孝は懇願する。大太刀が峰ではなく刃の方を向いているのが、いっそう恐怖を煽った。

沙織は疲れたようにため息を吐くと、大太刀を下ろす。

「教も、なんでこんな奴を小隊長に……」

そして博孝にも聞こえる大きさで愚癡を言った。それを聞いた博孝はを起こすと、笑顔を浮かべる。

「そんなこと言わずに! これからよろしくな!」

なるべく親しみを込めてそう言ったが、返ってきたのは冷たい視線だけだった。

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