《平和の守護者(書籍版タイトル:創世のエブリオット・シード)》第十五話:小隊長 その2
訓練校の中央に設置された、教員用の校舎。
その中でも一番奧まった場所に造られたその部屋には『校長室』というプレートがかかっており、その部屋の中で二人の男が向き合っていた。
「それでは砂原君、報告を頼む」
「はっ!」
訓練校の校長である大場恵次の聲に、砂原が直立不で答える。その様子を見た大場は、思わず苦笑した。
「砂原君、ここは軍ではない。もうし、肩の力を抜いてみてはどうかね?」
「は……申し訳ございません。どうにも、長年の癖は抜けないようで」
大場の言葉に苦笑を返しながら、砂原は勢を楽なものにする。もっとも、それは足を肩幅に開き、腕を後ろで組むという、いわゆる『休め』の勢だった。そんな砂原を見て、大場は苦笑を深める。
「君は変わらないねぇ……子供の頃を思い出すよ」
「その節は、たいへん迷をおかけいたしました」
大場が懐かしむように言うと、砂原は頭を下げて謝罪した。
大場は教育畑を一筋に歩んできた人間であり、昔は実際に教壇に立って教師を務めていたこともあった。砂原はその頃擔任した生徒の一人であり、今では三十年以上も付き合いが続いている。そのため、互いの人柄はよく見知っており、大場は思わず懐かしむ様なを覚えてしまうのだ。
それでも、今は懐古する時間ではない。大場が表を引き締めると、それを見た砂原が手に持った書類の束を手渡す。
書類は現在砂原が教を務める第七十一期訓練生達についての報告資料であり、大場に対して定期的に提出しているものでもあった。
生徒達が校して早三ヶ月。普段は厳しい態度を取ることもある砂原だが、この時ばかりは表から険しいがなくなっている。
部隊に配屬された新人を鍛えるのとは違い、一から生徒達を『ES能力者』として鍛えるのは、砂原が想像していたよりもやりがいと楽しさがあった。
もともと家族のために極力時間が取れる部署を希していたが、砂原は腕の立つ『ES能力者』である。それこそ日本屈指の空戦大隊『零戦』の中隊長を務めていたほどだが、“様々な理由”から希が通り、今期の訓練生の教となっていた。
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大場は砂原が手渡してきた書類をじっくりと読み、容のれが一切ないように記憶していく。しかしその途中で気になったことがあり、書類を読みながら口を開いた。
「河原崎君は、まだES能力が使えないのかね?」
「はっ。河原崎は以前のままです。私の指導力が足りず、お恥ずかしい限りです」
砂原が『休め』の勢を止め、踵を合わせながら腰を折って頭を下げる。それを見た大場は小さく笑った。
「君を責めているわけではないよ。『ES能力者』の長は、本人の資質に因るところが大きいと聞いているからね。おや……しかし、彼はES能力以外は高い評価がついているようだね?」
話をしている途中で博孝について報告がされている書類を見つけ、大場は僅かに目を細める。
ES能力についてはクラスでも最低點。しかし、その他の実技および座學面ではクラスでも上位の績だった。特に、とリーダーに優れると記載されている。だが、最後に『調子に乗って失敗する傾向がある』とも記載されており、大場は思わず笑ってしまった。
新生については何度も砂原から報告をけていたが、その際にも博孝には『お調子者』やら『空気を読めるが、わざと読まないことがある』という評価がされていた。
「中々面白そうな子じゃないか。こういう子は、君が気にりそうだね?」
「毎日“指導”を行わなければならないほど手を焼かされていますが、まあ、鍛えがいはありますな。今のところ、と知識面ぐらいしか鍛えられませんが」
しれっと言ってのける砂原。それを聞いた大場は、どこか楽しげだ。
「だが、手のかかる生徒ほど可いものではないかね?」
「……素直には賛同しかねます」
博孝や恭介は、とにかくよく騒ぐ。二人の頭に拳骨を叩きこまない日はないほどに、だ。
「はっはっは。君はそういうところも変わらない」
砂原の態度を微笑ましく思いつつ、大場は書類を読み進めていく。書類には各生徒の近況がまとめられており、大場はその中でも一人のに注目した。
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「長谷川沙織、か。彼については“さすが”と言うべきだろうか……」
『武神』長谷川源次郎の孫にして、今期の訓練生の中では飛び抜けた存在。僅か三ヶ月で正規の『ES能力者』に劣らぬES能力をに付けつつあるというのは、驚愕すべき事態だ。しかし、砂原はそれに首を橫に振って応える。
「ES能力の習得速度については異常でしょう。ですが、それも打ち止めになりつつあります。なにより、まだまだ能力の練が足りません」
砂原がそう評した沙織は、書類上の評価はクラスでもトップだ。何期か上の訓練生と模擬戦を行わせても、良い勝負になるだろう、とも評価されている。だが、砂原の目から見ればまだまだヒヨっ子。他の訓練生と大差はなかった。
「厳しいね。しかし、君が言うからにはそうなんだろう」
そう言いつつ、大場は書類をめくる。そして、最後の書類を見て僅かに眉を寄せた。
「校して三ヶ月で小隊の訓練に移る、か……早すぎではないか?」
「小もそう思います。しかし、あと三ヶ月も経てば任務にも出るようになります。それを思えば、遅くはないかと」
「嘆かわしいことだ。こんな、年若い年を戦いの道にするなど……」
全て読み終わった書類を機の上に置き、大場は手を組む。そこには教育者として、一人の大人として、憂慮の表が浮かんでいた。それを見た砂原は、しだけ相好を崩す。
「校長の働きかけによって、生徒達に割り振られる任務も非常に簡単なものとなっております。危険もほとんどなく、経験を積むには良い機會でしょう。“昔”に比べれば、多は余裕がある証拠です」
「それはそうだが……昨今の各國との軍事バランス、國の安定を考えれば、これが限界か……」
砂原の言葉を聞き、大場はため息を吐く。訓練生を一人の『ES能力者』ではなく、一人の人間、一人の年として捉えている大場としては、現狀に対してやりきれない思いがあった。
「“先生”は、相変わらずお優しいですな」
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そんな大場に、砂原が笑みを浮かべながら言う。それを聞いた大場は、思わず苦笑を返していた。
「ふふ、君に先生と呼ばれるのも久しぶりだ。しかし、今の段階ではこれ以上難しいのも確か、か」
大場はもう一度だけため息を吐くと、自が信頼する“教”へと視線を向ける。
「せめて、彼らがしでも健やかに育ってくれることを願うとするよ。君ならば、心共に育ててくれるだろう?」
「はっ。全力を盡くさせていただきます!」
そう言いながら敬禮を向けてくる砂原に、大場は何度目かになる苦笑を浮かべた。
『ES能力者』ではない彼にできるのは、しでも訓練生達のためになる方法を模索し、実行するぐらいなのだから。
第七十一期訓練生第一小隊の小隊長に任命された博孝だが、彼は新たに発生した問題に直面し、その問題の難解さに心を折られかけていた。
「だーかーらー! 一人で突っ込むんじゃねえよ! 袋叩きに遭うぞ!?」
「ふん、その前に敵を全員叩き伏せればいいのよ」
グラウンドで訓練に勵んでいた訓練生達の間で、そんな聲が上がる。聲を上げたのは博孝であり、それに答えたのは沙織だった。
博孝が小隊長に任命されて一週間。博孝や他に小隊長に任命された者達は、通常の座學や実技の他に、小隊長向けの授業が追加されていた。
容としては小隊の連攜に関するものが主で、他にも様々な狀況を想定しての小隊のかし方や戦を學んでいる。そして學んだ結果をもとに機上演習なども行っており、小隊長としての在り方を叩きこまれていた。
もちろん、隊員になる生徒達にも似たような授業は行われている。そのため沙織も小隊としてのき方や意味を理解しているはずなのだが、彼は博孝の指示を全く聞かないのだ。
恭介と里香はそんな二人を見て、また始まったかと苦笑する。
博孝が周囲との連攜を重視するタイプならば、沙織は機を見れば単獨でも突撃するというタイプである。なまじ沙織の実力が突出している部分もあって、ほとんどの場合は沙織の思い描いた結果になるのだが、博孝としては頭を抱えざるを得なかった。
しかし、博孝は砂原の采配が間違っていないことも確信する。もしもこの小隊の小隊長が沙織だった場合、真顔で『全員突撃』と言いかねないのだ。
「大、アンタの指示は消極的過ぎるのよ。攻めるべき時に攻めないと、勝てるものも勝てなくなるわ」
「攻撃一択のお前が言うか!? 攻めるべき時に攻めるじゃなくて、常に攻めてるじゃねーか! なんですか!? 攻められるのは嫌だってか!?」
博孝と沙織が顔を突き合わせて口論を行っていると、それを聞いた恭介が興味深そうに頷く。
「攻めるのが好きで、攻められるのは嫌……なるほど、沙織っちはドSってことっすかね……」
「はいそこー! アホなこと言ってんな! 俺もちょっと思ったけどね!」
「さり気なく沙織っちって言ってんじゃないわよ!」
「ぎゃあああああ!?」
恭介の臺詞を聞いた沙織が毆りかかり、恭介が大きく吹き飛ぶ。それを見た里香は、おずおずと沙織の傍へと近づいた。
「で、でも、河原崎君の言うことも、その、間違ってないよ? えと、沙織ちゃんは、前に出過ぎだと思う……」
里香がそう言うと、沙織は僅かに狼狽えたような表へと変わる。苦手意識というわけではないが、小的な雰囲気を振り撒く里香を前にすると、どうにも強く出れないのだ。強く出た結果、それで泣かれでもしたら困る。
「う……で、でもね岡島さん。わたしは『攻撃型』なのよ? 河原崎の出す指示は、防に偏り過ぎだわ」
「う、うん。でも、それは『相手に勝つ』ためじゃなくて、『自分達のを守る』ためだと思うの……わ、わたし達はまだまだ弱いから、攻勢よりも守勢に重きを置いているんだと思う」
弱いという言葉に、反発しかける沙織。しかし、じっと見つめてくる里香の瞳を見て、言葉を飲み込んだ。
「いいぞいいぞー。岡島さん、もっと言ってやってくれー」
その後ろでは、博孝が里香を応援していた。沙織は自分の言うことはまったく聞かないが、里香の言うことならば“比較的”聞いてくれるのだ。
虎の威を借る狐のようでけない限りだが、しでも考えを改めてほしい、と博孝は思っている。沙織の言うことも一理あるのだが、言い換えれば、一理しかない。自の技量を信じるのはけっこうだが、それが原因で一人突出し、他の隊員を危険に曬すことは避けたかった。
博孝の言葉を聞いた沙織は、ぎろりと博孝を睨む。
「うっさいわよ! そもそも、アンタがまともにES能力を使えれば、わたし一人で『攻撃型』として突っ込む必要もないんだから!」
「ぐっ……うぅ……それが真実だけに、心が痛い……で、でも、ES能力と指揮の適は関係ないって教も言ってたもんねー! つーか、心を抉らないでください! この鬼! 悪魔! 沙織っち! つーか、どうせ他の『攻撃型』がいたとしても、沙織っちは一人で突っ込んでいくだろ?」
沙織の言葉に心を抉られる博孝だが、沙織の格を分析してそう言った。間違いなく、沙織は単獨で突っ込むだろう。周囲のサポートを借りるよりも、自分一人の方が早い。実力と自からそう思っていると、博孝は見ている。
「だから……沙織っちて呼ぶな!」
「おっと失禮! って、『武化』はやめて! 俺死ぬから! 本當に死ぬから」
薙ぎ払うように振るわれる大太刀を、必死に避ける博孝。それを見た沙織は、ますます怒って大太刀を振りかぶる。
「死にたくなかったら、大人しく斬られなさい!」
「なんてバイオレンスな発言!? というか、斬られたら死ぬっての!」
大太刀を持って博孝を追いかける沙織と、それを避ける博孝。そんな二人を見て、里香は困ったように右往左往する。
「あ、け、喧嘩は駄目だよ……な、仲よくしようよぉ……」
しかし、か細いその聲は、二人の耳には屆かない。里香は助けを求めるように視線を彷徨わせるが、殘りの隊員である恭介は、沙織の拳が良い合に決まったのか地面に転がったまま起き上がってこない。
里香は泣きたい気持ちになるが、それと同時に、自分の中で沙織に対する認識が若干変わっていることにも気付いた。
最初沙織を見た時は、冷たそうな人だと思った。周囲との間に壁を作り、一人黙々と訓練に勵む姿は、気な里香にとって話しかけ辛い。しかし、同じ小隊の仲間として顔を合わせて話していくうちに、それが間違っていたのだと悟る。
たしかに、冷たい面もある。しかし、それ以上に不用なのだとわかったのだ。
何か理由があるのだろうが、愚直に訓練に勵むその姿は真剣そのもの。訓練に沒頭するという點では博孝にも重なる部分があるが、その格は大きく異なる。
話せば答えてくれるし、同だからか、態度も多はらかい。だが、人嫌いというわけではなさそうだった。自分と同じで、他人との距離をつかむのが下手で苦手なのだと、里香は判斷していた。自分もそんなところがあるから、なおさらに。
でも、怒って男子を毆り飛ばすような勇気はないなぁ、と沙織に毆られて宙に舞う博孝の姿を見ながら、里香は思うのだった。
小隊の訓練というのは、小隊としてのき方だけを學ぶものではない。実際に他の小隊と模擬戦を行い、予定通りのきを確認することもあった。
だが―――。
「だーかーらー! 一人で突っ込んでいくんじゃねえええ! ……あれ? この臺詞、今日だけで何回言ったっけ?」
小隊同士の模擬戦を開始するやいなや、真っ先に敵小隊へ向けて突っ込んでいく沙織。それを見た博孝は魂を振り絞るようにび、そのあと首を傾げた。何度も言い過ぎて、最早覚えていない。それほどまでに、沙織が博孝の指示を聞いていなかった。
敵小隊は遠近の『攻撃型』が二人に、『防型』と『支援型』が一人ずつという理想の組み合わせだ。
それでも、『武化』にて大太刀を作り出した沙織は戸うことがない。敵の『攻撃型』から『撃』が行われるが、『防壁』を展開することでそれを防ぎ、時折大太刀で切り払い、あっという間に間合いを詰めて斬り伏せていく。
「うわー……俺達の出番、ないっすねー……」
「う、うん……」
呆れたように言った恭介の視線の先で、敵の小隊長である『防衛型』の生徒を大太刀で毆り倒す沙織の姿があった。その周囲には小隊員である他の生徒達が転がっており、全員ピクリともかない。
「よし、それまで」
その様子を見ていた砂原が、模擬戦終了を告げる。沙織は大太刀を消すと、さっさと第一小隊へ戻ってきた。それを見た博孝は、額に手を當てながら口を開く。
「おーい、そこの斬殺大好きっ子の長谷川さんよ」
「……あんまり阿呆な呼び方するようなら、おみ通り“斬殺”してあげるわよ?」
「んなこたどーでも良いんだよ。俺が模擬戦始まる前に言った指示、聞いてたか?」
博孝がジト目で尋ねる。
博孝は模擬戦を開始する前に、『一當てして相手の戦力を確認後、指揮を狙う』という指示を出していた。まずは相手の戦力を調べ、次に指揮を潰すことで継戦を不可能にするという狙いだったのだ。
そんな目論見を崩された博孝を見て、沙織は鼻で笑う。
「アンタのおみ通り、一當てしてから指揮を潰したじゃない」
「一當てってのは、『一度の攻撃で相手を倒す』ことじゃねえええ!? なんなの? 何が不満なの? 君は定期的に誰かを毆り倒さないと死んじゃうの?」
もしや、沙織は誰かを傷つけなければ自分が死んでしまう病にかかっているのではないかと、博孝は半ば本気で心配になる。
たしかに、沙織の言う通り“一當て”したあとに指揮を潰しているが、もしも敵がそれを凌いでいたらどうなっていたのか。第一小隊の攻撃の要である『攻撃型』が敵戦力に拘束され、殘ったのは『防型』と『支援型』、それにES能力が使えない指揮だけだ。
相手に沙織以上の技量を持つ者がいれば、負けていたのは自分達である。しかし、沙織にしてみれば、現実は見た通りのものだ。敵小隊の隊員および小隊長を全員毆り倒し、それで終わりである。
それのどこが不満なのかと、言語の通じない人間を見るような目で見てくるほどだった。
「あー……もう、いいや……」
故に、博孝は沙織を自分達に合わせるよう作戦を立てるのを止めた。ここまでくれば、沙織の攻撃に合わせてその補佐ができるよう小隊をかすべきだろう。沙織の実力は訓練生の中で突出しているため、沙織を軸としてけば“當面は”通じると思われた。
「岡島さん、あとで陣形を相談したいから時間を作ってくれるか? あと、俺の心を癒すために膝枕をしてください、お願いします」
「え……っと、その、相談は、うん、良いよ。でも、ひ、膝枕はちょっと……」
「くっ! この神的逆境を乗り切るためには必要だというのに……」
博孝の申し出に対して、顔を赤くしながら承諾と拒否をする里香。
「博孝って、ホント自由っすよねぇ……」
「恭介に真顔でそんなことを言われるとは思ってもみなかった。よし、それなら恭介も參加な。自腹で俺と岡島さんの飲みを用意してくれたまえ。それとも何か? 俺の飲みはともかく、岡島さんの飲みを用意できねえってか!? ああん!?」
「なんっすかそのキレ方!? てか、なんで岡島さんにはそんな低姿勢なんっすか!? 何か岡島さんに弱みでも握られてるんっすか!?」
突然キレ出した博孝に、それから必死に逃げようとする恭介。だが、恭介の言葉を聞いた博孝は、きを止めて震え出した。
「ば、ばばば馬鹿野郎! よ、弱みなんて握られてねーですよ!? 理的社會的に抹殺とかされねーっすよ!?」
「うわ……そのリアクションは逆に気になるっすよ……」
博孝の反応に、恭介は里香の方へ視線を向ける。
本當に理的社會的に博孝を抹殺できるようなネタを握っているのか、と視線で尋ねた。
「そ、そんなの知らないよっ。も、もうっ! か、河原崎君も変なこと言わないでっ」
視線を向けられた里香は、大慌てで否定する。だが、博孝はそんな里香の前に跪くと、深々と頭を下げた。
「何を仰いますか。私めは、の卑しい下僕に座います。その命令とあらば、例え火の中水の中、喜んで飛び込みましょうぞ」
理的には抹殺されないが、社會的には抹殺されそうなことを以前してしまったのだ。的には、土下寢したところ“とある事”からサッカーボールキックをもらった件である。それでも、悪ノリをしてそんなことを口走る博孝。それを聞いた沙織は、面白そうに目を細めた。
「じゃあアンタ、ちょっとプールで十分ぐらい潛ってきなさいよ」
「沙織っちの命令はけ付けられません。むしろこっちの言うことを聞いてください。いやマジで」
さすがに冗談を止め、膝についた土を払いながら沙織へ視線を向ける博孝。沙織っちと呼ばれたことで沙織は頬を引き攣らせていたが、博孝の向けてくる視線が思ったよりも真剣だったため、口をつぐんだ。
「相手が同じ訓練生レベルなら問題ないだろうけど、それ以上の強さを持つ小隊とぶつかったら、間違いなく負けるぞ? それは理解しているだろ?」
博孝が言い聞かせるように言うと、沙織は顔を背ける。
「負けないわ。わたし一人でも、勝ってみせる」
「相手が教クラスの『ES能力者』でも、か?」
沙織は、模擬戦で砂原に負けている。挑発ではなく、事実としてそう尋ねてみるが、沙織は不快そうな表をするだけだ。
「次は負けないわ」
不機嫌そうに、不愉快そうにそう言う沙織。それを聞いた博孝は、大きく、深いため息を吐いた。
「……はぁ……何か考えがあるのかもしれないけど、小隊長である俺の指示も聞いてくれ」
「アンタが小隊長に見合う実力を手にれたら、考えてあげるわ」
にべもなく言い捨てる沙織に、博孝は両手を上げる。これは駄目だと、諦めにも似た表で白旗を揚げた。
ES能力を使えない博孝など、小隊長として認める気はないらしい。學以來継続してES能力を発現できるよう努力している博孝だが、それが実を結んでいない以上、沙織の態度は化しないだろう。
こうなったら、早急に新しい小隊としての戦い方を考えなければならない。そう判斷して里香に視線を向けると、里香も同様のことを思っていたのかすぐに頷く。
(今度、教にも相談してみよう……)
こういう時は、先達の知恵を借りるべきだ。砂原ならば、的確なアドバイスをくれるに違いない。
博孝は自分にそう言い聞かせると、もう一度だけため息を吐くのだった。
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