《平和の守護者(書籍版タイトル:創世のエブリオット・シード)》第十八話:初任務 その2

―――『ES寄生』。

それは、第二次世界大戦終戦後、『ES能力者』が世界的に確認されると同時に出現した、ES能力を使うを指す。

何故『ES寄生』が出現したのかは、未だに解明されていない。

どこぞの國が、発見した『進化の種』を実験としてに與えてしまった。

落ちていた『進化の種』をが取り込み、そこから繁してしまった。

『ES能力者』の出現と共に現れたのだから、『ES能力者』の影響をけて生まれた。

そんな、様々な憶測が飛びっている。

近年では三つ目の、『ES能力者』の影響をけて生まれたという説が主流となっているが、その真実は定かではない。

問題なのは、この『ES寄生』が人間に対して敵の存在であるという一點だけだ。『ES能力者』と同様に人間の常識から外れたこの生きによって、人的被害が出ることも稀ではない。特に、『ES寄生』が市街地などに下りてしまった場合、その被害は甚大なものになる。

『ES能力者』の保有數のない國が、『ES寄生』によって大きな被害を被ってしまったという事例もあった。國土の広さに対して『ES能力者』の數がない場合、その上質も悪い場合、被害は一つの街に留まらないのだ。さすがに一國が滅ぶような事態にまでは発展していないが、『ES能力者』を保有していない國ならばそれも有り得てしまう。

もちろん、他國もその國が滅ぶのを指を咥えて見ていることはない。その國が滅んだ場合、次はその隣接國に『ES寄生』の被害が広がるからだ。故に、大量の『ES寄生』が発見された場合や、強力な『ES寄生』が発見された場合は速やかな救援を行うこととなる。

過去に起きた大事件として、『タンポポ事件』と呼ばれるものがある。一見可らしい名前なのだが、その実、『ES寄生』の脅威を世界中に知らしめた事件だ。

外見は三メートルを超す巨大なタンポポなのだが、『ES寄生』として、手近な人間に蔓をばして捕食するという特を持っていた。さらに、通常のタンポポと同じように綿の生えた種子を風に乗って拡散させるため、広範囲に渡って“増”したのだ。

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なのだから自ら移するようなことはなかったが、種子をばら撒いて増することは可能である。そのため、現地に『ES能力者』が駆けつけた時には一つの街が壊滅。多くの死傷者を出し、その上風に乗った種子は長と種子の散布を繰り返し、一國を超えて多數の國へ被害を拡大させていった。

この時ばかりは、その國の面子など蹴り飛ばして周辺各國が強制的に『ES能力者』を投。自國に飛來したタンポポの『ES寄生』を殲滅すると、その勢いのままその國へ毆りこんだ。もちろん、これは戦爭のためではなく、人道に基づいた行である。その國のタンポポの『ES寄生』を絶やしにしないと、その國の國民は全滅し、その上自國まで危険に曬されるからだ。

その國は國土が広く、人民の數も非常に多かった。それに見合った『ES能力者』の數を揃えてはいたが、その質は他國から笑われるレベルである。

そのため対処が間に合わず、最終的には『ES能力者』の質、量ともに優れている歐米諸國、海を挾んだ位置に存在した、『ES能力者』の數は國土に見合ったものながら質が非常に優れている日本にも救援要請が屆いた。

もしもこれが『ES能力者』を投した戦爭だったならば、その國は滅んでいただろう。しかし、各國とも『ES寄生』による大規模な被害を目の當たりにして、そして時を追うごとに増するタンポポの『ES寄生』の脅威を前にして、そんな余裕はなかった。

一種の天災として各國からの人道支援も行われたこの『タンポポ事件』は、三ヶ月近い時を経て収束する。死傷者の數は軽く萬を超え、行方不明者も多く出た。

そしてこの事件をきっかけに、『ES能力者』による國際的な互助組織である『ES國際連合』も誕生している。これは『ES寄生』や、『ES能力者』でありながら罪を犯す者によって被害があった場合に、各國から出した戦力を當てて対処する組織だった。

もっとも、これには自國の『ES能力者』の技量を誇示する側面もある。他國の『ES能力者』の前でES能力を使うことは報を與えることにも等しいが、それが優れているのならば警戒もするだろう。

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自國で発生する『ES寄生』の対処だけでなく、他國への牽制も兼ねる。

そんな、様々な狀況と各國の思によって『ES國際連合』が誕生したのだ。

このように、放っておくと大きな被害が出てしまう『ES寄生』。その『ES寄生』が発生していないか、また、発生している場合は速やかな報告と殲滅を行うのが陸戦部隊の役目である。

そう話を締めくくった藤田は、しばかり苦笑した。

「まあ、『ES國際連合』の部分は蛇足だったけどね。俺達陸戦部隊の人間は、日夜警戒區域を巡回することで『ES寄生』の発生に備えているんだ」

「へぇ……てか、タンポポがそんなおっかないものになるなんて、ビックリですよ」

「そうっすよね。けないのが救いっすけど、『ES寄生』になったことで種子を飛ばす速度も上がっているのがなんとも……怖い話っす」

「う、うん……き、驚異的、だよね」

藤田の話を聞いて、博孝や恭介、里香はそれぞれ想を口にした。沙織は話だけは聞いていたものの、それほど興味がなかったのか反応が薄い。

博孝達がいるのは、バスから降りて十分ほど走った場所にある山の中だ。道は舗裝されていないが、藤田の部隊の人間によってある程度踏み固められた細い道ができている。

陸戦部隊は市街地に近い山林を見回ることで『ES寄生』に対する警戒を行っており、今回博孝達が行っているのもその一環である。『ES寄生』がいないか、警戒區域で異常がないか、それらを『ES能力者』としての探知能力と、目視にて確認していく。

例え技能として『探知』が使えずとも、『ES能力者』は他の『構力』を持つ存在をある程度探知することができる。その距離は『探知』に比べれば圧倒的に短いが、警戒任務の際は役に立つのだ。

そうやって博孝達が周囲の狀況を確認しながら進むこと一時間。博孝の攜帯に対して、砂原からの信がって小さな電子音を上げる。博孝はすぐさま攜帯を取り出すと、攜帯の側面についているボタンを押して応答した。

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『―――こちら指揮所の砂原。狀況を報告せよ』

電話としてではなく、トランシーバーとして使用しているのだ。任務の際はトランシーバーの信機能を常にオンにしておくと、他の部隊や指揮所との連絡が可能となっている。それでも、指揮所からかなり離れており、その上木々の生い茂る山の中でも問題なく連絡が取れるというのはありがたかった。

『こちら第一小隊の河原崎です。異常ありません』

『そうか。いくら危険度が低いと言っても、油斷をするな。あと、今後は一時間ごとに指揮所へ報告をれろ』

『了解です』

その言葉を最後に、通信が途切れる。博孝は攜帯をポケットにしまうと、藤田に視線を向けた。

「藤田先輩が実際の任務を行う時も、こうやって連絡をれるんですか?」

「そうだなぁ……トランシーバーでも報告するけど、手が離せない場合は―――」

『こうやって、ES能力を使って報告もするかな』

言葉が途中で途切れ、代わりに、脳に聲が響く。その聲は小隊全員に聞こえていたらしく、沙織ですらも不思議そうな顔をしていた。

『五級特殊技能の『通話』だよ。これは『構力』を電波のように飛ばして“通話”する技能さ。小隊で誰かが使えると便利だよ。こうやって聲に出さず意思疎通ができるからね』

「へえ……すごいですね! これって、一人が使っていれば、周囲の『ES能力者』から話しかけることもできるんですか?」

博孝がそう問うと、藤田は満足そうに頷く。

「そうだよ。もちろん、『通話』を使っていないと無理だけどね」

「はぁ……便利っすねぇ……」

恭介は、呆けたように呟いた。博孝は、これがあれば小隊としての連攜を高めることにつながるだろうと判斷する。もっとも、それでも沙織が指示を聞かないので、まずは『通話』よりも先にそちらを片付ける必要があるが。

「この『通話』は特定の個人に対して行う場合と、今回のように小隊全員に対して行う場合がある。通信の距離は使い手の技量によるけど、人によっては何十キロ離れていても問題がない。有事の際、付近にいる『ES能力者』に対して救援を求めるためにも使えるよ」

「な、なるほど……」

「ふーん……」

今度ばかりは、沙織も多の反応を示した。もっとも、『參考にはなるか』という空気が駄々れである。

そうやって話している間も、博孝達は山の中へと進んでいく。険しい道のりだが、『ES能力者』にとっては平坦な道とさほど変わらない。博孝達は息一つ切らせることなく山道を進む。

藤田は時折任務についての解説をえつつ、時折軽い冗談をえつつ、博孝達を先導していった。その姿を見れば、今回の引率として選ばれたのも納得である。そして、雑談を行っていると博孝達第七十一期訓練生の話に移った。

「でも、君たちの代は三十二人か……けっこうないね?」

「あれ? そうなんですか? 先輩の代は何人だったんです?」

「俺の代かい? 俺の時は五十六人だったなぁ……」

「へー……あれ? でも、その人數だと寮とか大変じゃないっすか? りきらないんじゃ……」

現在博孝達が住んでいる寮は、十八部屋用意されている。そうなると、人數的に一人一部屋とはいかないのではないかと思ったのだ。

「そうなんだよね……まあ、相部屋ってやつさ。広かったからね。中には一人部屋の奴もいたけど、相部屋っていうのも慣れると楽しかったよ。ちなみに、俺の代は平均的な人數だったそうだから、多い時はもっと多かったんだろうね」

「もっと多いんですか……」

「そう。その時は、護衛の兵士用の宿舎を間借りするんだってさ」

博孝達の張を解すためか、藤田は様々な話をしてくれる。博孝達はその話を聞くことでリラックスしており、藤田の話には大きな効果があった。沙織も時折會話に參加するほどで、藤田は話し上手と言えただろう。

それでも締めるところは締め、藤田は博孝達を連れて警戒區域の調査を進めていく。時折目印としてインクのつけられた木や巖があり、それを目安に進んでいるのだ。そうやって進んでいると、頭上の木の枝に止まっていた鳥が博孝達に驚いて飛び立つ。

すると、沙織がすぐさま臨戦態勢を取った。ほぼ同時に藤田と博孝も鳥に視線を向けるが、険しい表の沙織に藤田が苦笑を向ける。

「長谷川さん、確かに鳥型の『ES寄生』もいるけど、さすがに警戒し過ぎだよ。いつも気を張っていては、疲れが溜まって肝心な時に失敗する。しは肩の力を抜いたほうが良い」

「……はい」

“先輩”からの助言に、沙織は渋々ながらも頷く。それでも警戒心を殘す沙織に、藤田は苦笑を深めた。

藤田も警戒していないわけではないが、今いる場所は警戒區域の中でも特に危険度が低い場所だ。特に、今回のように訓練生を連れてくるのだから、その危険度の低さは推して知るべしである。

藤田も正規の部隊に配屬されてそれほど長い年月が経っていないが、この區域で『ES寄生』に遭遇したことはない。部隊の仲間や先輩も、同じだった。

それでも、沙織のように実際の任務を想定してくのは良いことだと藤田は思う。博孝も、自分と同じレベルで飛び立った鳥に反応したのは評価できる。表面上気を抜きながらも、適度にを持っているのだろう。その點では、張り詰めっ放しの沙織よりも警戒心が長く持てるため、小隊長向きだと思った。ES能力がまだ使えないということだったが、これならば訓練生の指揮としては十分に“使える”と藤田は判斷する。

本來は恭介や里香も二人と同じようにするべきだが、今日はあくまで現場の空気に慣れることが主目的だ。藤田もそこまでは求めない。

藤田は時計を見て時間を確認すると、道の先を示す。

「そろそろ、晝食には丁度良い時間になる。あと十分も歩けば開けた場所に出るから、そこで晝食を取ろうか」

そう言って、藤田は自の背負うリュックを叩いてみせた。中には野戦食(レーション)がっており、簡単な任務の中の息抜きになるだろう。殘念ながら、味の方までは保証できないが。

(なるほど、教がピクニック気分で行ってこいと言うわけだ……)

以前砂原から言われた言葉を思い出して、博孝は苦笑した。

『ES寄生』が出現する可能が非常に低く、その上引率として訓練校の卒業生の中から若い者。普通の人間にとっては辛い山道も、『ES能力者』にとってみれば良い散歩道だ。

ピクニックとは言い得て妙だ、と思いつつも、博孝は表面上は気楽に、しかし面では沙織同様に警戒心を持つ。

恭介は完全に気楽な様子で、里香もどこかリラックスしている様子である。半年ぶりに訓練校の敷地から出て、今度は山の中と言えど、開放があるのだろう。その表は明るい。

「よし、あそこだ。あの場所で晝食を取ろう」

そうやっているに、藤田が目的とする場所についたようだ。視線を向けてみると、たしかに開けた場所になっている。周囲を木々に囲まれているが、休憩用なのか腰を掛けるのにちょうど良さそうな巖も置かれていた。

「しかし、野戦食っすか……食べたことないけど、味いんすかね……」

「ど、どうだろ……へ、兵士の士気を保つ面もあるから、そ、その、味は悪くないんじゃないかな?」

恭介が呟くと、里香がそれに答える。里香は料理人を目指しているぐらいだから、その味に興味があるのだろう。博孝はやれやれと思いつつも、その會話に參加しようとする。

―――その時だった。

「―――ん?」

不意に、博孝の視界の端で白いが瞬く。そのは博孝達が反応するよりも先に藤田を貫くと、そのを大きく吹き飛ばした。藤田のは木の幹に叩きつけられると、そのまま落下する。

一瞬の沈黙。

藤田が地面に転がり、白いで貫かれた腹部や上腕部からを噴き出す。それと同時に臭が辺りに広がり、博孝達の鼻をついた。

「…………?」

「…………?」

恭介と里香は沈黙し、互いに顔を見合わせて首を傾げる。

はて、何か、非常におかしい景のような気がするのだけれど、と互いに不思議そうな顔をした。

街中を散歩していて、肩を叩かれたと思って振り返ったら、そこに熊が立っていたような非現実。恭介と里香は眼前の景を理解できない、否、理解したくないと言わんばかりに思考を停止させる。

「っ!?」

そんな二人の様子に構う余裕もなく、“事態”に気付いた博孝は聲を張り上げた。

「長谷川! 恭介! 倒れた藤田先輩を守るように防態勢を組め! 岡島さんは『接合』で治療をしろ! 俺は教に連絡をれる!」

博孝は、咄嗟の判斷で小隊員にそう“命令”する。狀況を一瞬で判斷し、それだけの“命令”を出せたのは、初陣の小隊長としては稱賛すべきだった。なくとも、小隊長として最低限の指示を出せている。

恭介や里香のように呆然としていれば、聲すら出せなかった可能もあった。しかし、なからず警戒心を維持していたのが役立ち、博孝は小隊員に対して聲をかけることができた。

沙織と恭介を負傷者の防に回し、里香はその治療。博孝は指揮所への連絡という役割を即座に割り振る。恭介と里香が訓練通りにけるかが不安だが、沙織ならば平常通りにけるだろうと博孝は考えた。

「―――っ!」

そして沙織は、“平常通り”博孝からの“命令”など聞いていないように、前傾姿勢を取る。『ES能力者』としての覚を利用して、今の『撃』が飛んできた位置を逆算し、當たりをつける。

そして『武化』で右手に大太刀を発現した沙織は、すぐさま地を蹴った。すると、予想通りの位置に白いを纏うを発見する。

なんの冗談か二メートル近い、巨と呼べる犬らしき化け―――そう、化けだ。そう形容せざるを得ないようなシルエットの『ES寄生』を発見すると、沙織は躊躇なく突撃する。それに遅れて、博孝も『ES寄生』を目視した。

沙織の姿を目視した『ES寄生』は、すぐさま意識を沙織へと向ける。

人間などひと噛みで喰いちぎることができそうなほど兇悪な牙に、もはや刃と呼んで差支えない程にびた鋭い爪。目は爛々と赤く輝き、博孝達という獲を前にして興したのか荒く吐き出される鼻息。

見た目からして、博孝達の恐怖をう。そんな『ES寄生』に対して躊躇なく突撃できる沙織の神経もまた、稱賛すべきかもしれない―――博孝の“命令”を無視していなければ、だが。

「あの馬鹿! こんな時に“命令”を無視しやがって!」

「ひ、博孝っ、ど、どうするっすか!?」

思わず怒鳴る博孝に、恭介が震えた聲で問いかける。それを聞いた博孝は恭介へと振り返り―――そこで、恐怖を瞳に浮かべた恭介と視線がぶつかった。里香に視線を向けてみると、こちらも表に恐怖のを浮かべ、地面に座り込んで呆然自失としている。

そんな二人の様子を見た博孝は、逆に自分の心が落ち著くのをじた。正直に言えば、博孝も怖い。しかし、恐慌を起こすほどの恐怖はじなかった。

それは、ここで博孝まで取りせば更なる危険に陥るという危懼。小隊長として、博孝は自分を無理矢理に律する。それができなければ、最悪の事態もあり得るのだ。

一度深呼吸をして頭を落ち著かせると、忙しなく視線を彷徨わせている恭介の頬を力任せに引っ叩き、倉を摑んで引き寄せる。いきなり頬を叩かれた恭介は、何が起きたのかわからない様子で目を瞬かせた。

「しっかりしろ恭介! お前は『防殻』を発現しつつ、可能なら『盾』も出して周囲の警戒だ! 他に『ES寄生』がいないとは限らないぞ!」

「あ……お、おう! 了解っす!」

博孝に頬を叩かれて我に返ったのか、恭介はなんとか自の『防殻』を発現する。それを確認した博孝は、力が抜けたのか地面に座り込んでしまった里香の傍へ膝をついた。

「岡島さん! しっかりしろ!」

「ぅ……あ、か、河原崎、くん……」

里香は返事をするものの、その反応は鈍い。狀況を理解したのか、を震わせ、目の端には涙が溜まっていた。震えて歯のが合わないのか、カチカチという音が小さく響く。

本人の格が問題なのか、恭介よりもショックの度合いが大きい。そう判斷した博孝は、時間があれば冗談の一つでも飛ばしてしは気を和らげさせることができるのに、と歯噛みをした。しかし、現実はそんな時間的猶予を與えてはくれない。

『ES寄生』の攻撃をけた藤田は腹部から大量のを流し、ピクリともしない。気絶しているのか―――既に、死んでいるのか。それでも、それを確認せずには前にも進めず、博孝はすぐさま考えをまとめる。

「恭介! そのままついてきてくれ! 岡島さん、ちょっとごめん!」

丁寧に抱きかかえる余裕もなく、博孝は正面から抱き締めるようにして里香を持ち上げた。そして藤田の傍まで移すると、未だに呆然としている里香を地面に下す。だが、里香は大した反応をしなかった。

博孝はそんな里香の様子に顔をしかめるが、恭介に再度警戒の指示を出す。そして自は藤田のすぐ傍に膝をつくと、怪我の狀態を確認しつつ腰のホルダーから攜帯を取り出し、トランシーバーの機能をオンにした。

『こちら第七十一期生第一小隊小隊長の河原崎! 『ES寄生』と遭遇! 引率の藤田伍長がやられました! 至急応援をお願いします!』

本來ならば、襲撃をけた時點で連絡をれるべきである。しかし、隊員がまともにけない狀態ではそれもできず、襲撃から僅かに遅れる形でその一報が砂原の元へと屆くことになった。

『こちら砂原。狀況を報告せよ』

攜帯から響く、砂原の落ち著いた聲。それを聞いた博孝は、手早く藤田の容態を確認する。

『『ES寄生』の攻撃により、引率の藤田伍長―――負傷! 意識なし、呼吸および脈拍あり、腹部および上腕部の二ヶ所に敵『ES寄生』の攻撃を被弾。うち、腹部が重傷。出多量。殘っている小隊員には防態勢を取るよう指示を出しています」

幸いにも、藤田の脈はあった。しかし、治療を施さねば危険である。いくら『ES能力者』が頑丈と言えど、出が続けばやがて死に至るのだ。

『了解した。治療は可能か? 『ES寄生』のタイプと現狀は?』

『治療は……岡島さんが呆然自失としており、困難です。『ES寄生』はおそらく犬をベースとしています。現在長谷川が戦中です」

『なに? 戦を指示したのか?』

『“いつも”のやつですよ』

『つまり―――“命令違反”だな?』

砂原の聲が、僅かに冷たくなる。それを聞いた博孝は、己の失言を悟った。

『“獨斷専行”……というやつですよ』

故に、砂原の言葉を訂正する。その意図を汲み取った砂原は、小さくため息を吐いた。

『……そうか。すぐに応援を―――いや、し待て』

言葉の途中で、砂原の様子が変わる。それを聞いた博孝は、しだけ嫌な予を覚えた。それでもポケットから止用の布を取り出し、藤田の腕部分の止を行っておく。怪我をしている場所が上腕部のため、怪我の部分よりも上の、心臓により近い部分を布できつく縛る。

そうやって博孝が止を行っていると、すぐに砂原から言葉が屆いた。

『他の場所でも『ES寄生』が確認された。そちらにも応援を向かわせているが、もうし時間がかかる』

『……了解です。腕の止は行いました。腹部の治療については、なんとか岡島さんにやってもらいます』

『他の區域の狀況を確認後、俺も向かう。『ES寄生』は複數いる可能もあるから、注意しろ』

『了解、こっちもそれは織り込み済みです。恭介にも、複數の敵に対する警戒を行うよう指示を出しています……いないことを願いますけどね』

『上出來だ。付近の正規部隊員が駆け付けるまでは、最短でも十分かかる。油斷をするな』

そう言って、砂原からの言葉が途切れる。博孝は念のためにトランシーバーを切らずにおくと、傍で警戒している恭介に手渡した。

「悪いけど、持っててくれ」

「り、了解っす! 教は、なんて?」

「他のところでも『ES寄生』が出ているらしい。応援はもうし時間がかかる」

「え? ということは……」

恭介は、頬を引き攣らせながら博孝を見る。その視線をけた博孝は、それに答えず里香の傍へ膝をつき、その肩を揺らす。

「岡島さん!」

「……ぁ……ぇ……」

里香は博孝の方を見るが、相変わらず反応が鈍い。

無理もない、と博孝は思った。博孝自転しすぎて逆に落ち著いているような狀態だ。半年前までは普通の生活を送っていたが、いきなり目の前で人がを撒き散らしながら倒れるような事態に遭遇すれば、その揺も理解できる。

だが、今は一刻を爭う。他者の治療を可能とする技能を持つのは、この場には里香しかいない。博孝は、この時ほどES能力を使えないことを悔んだことはなかった。だが、悔やんでもES能力が使えるようになるわけではない。ならば、“できる”人間にやってもらうしかない。

「ええい! いいか岡島さん! あと十秒以に元に戻ってくれ! そうしないと、俺は最終手段を使うぞ!」

「ちょ!? 何をする気っすか!?」

「俺があとで岡島さんに理的社會的に殺されそうなことだよ!」

そうびつつ里香の反応を待つが、里香は呆然としたままだ。博孝はしだけ待つが、里香の様子は変わらない。博孝は沙織が走っていった方向へ視線を向けるが、戦闘は継続しているのか時折轟音が聞こえてくる。そちらにも、応援が必要だろう。

(ああもう! こんなことしたくないんだけどなぁ!)

心の中でび、博孝は右手を開く。これで自我を取り戻してくれと、切に願いながら―――。

「―――ていっ!」

博孝は、里香の慎ましやかなに、自の手の平を重ねた。効果音で例えるなら、ふにゅ、というが博孝の手の平に伝わる。

もしも未來の博孝が同じ場所、同じ時間に戻れたとしたら、実は自分自も大きく揺していたのだ、と思うことだろう。ショック療法と呼べるほど高尚なものではないが、里香がけたショックを上回るショックを與えれば、と思ったのだ。

「…………え?」

里香が、小さく聲をらす。服越しながらも自れた博孝の手を見て、そこから博孝の顔を見て、もう一度博孝の手を見て、最後に博孝の顔を見る。

恭介は博孝が取った行に驚愕したのか、言葉を失っている。

里香はしずつ狀況を理解していき、それに合わせて、顔が真っ赤に染まっていく。

「……え……え、え? えぇっ!? き、きゃあっ!」

悲鳴が上がると同時に、里香が博孝の頬に平手を叩きつける。博孝は甘んじてその平手をけると、すぐに里香のから手を離した。

「岡島さん、意識はしっかりしているか? 俺の言っている言葉、わかるか?」

「え? えっと、あの、その……え? な、なんで、河原崎君、わ、わわ、わたしの、む、に……」

「いや、それについては本當にすまん。あとからいくらでも謝罪するし、いくらでも毆ってくれて良い。今は、俺の話を聞いてくれ」

里香の肩に両手を置いてそう言う博孝。それに対する里香は、先ほどとは別の理由で揺しているものの、その瞳に理が戻っている。それを確認した博孝は、すぐ傍に倒れる藤田へ視線を向けた。

「藤田先輩が重傷だ。腕の方は止をしたけど、腹部の出はすぐに治療する必要がある。“何が”必要か、わかる?」

博孝がそう言うと、ようやく狀況を理解したのか里香は目を瞬かせる。

ES能力は本人の集中力や神狀態に左右される面があるため、里香が呆然自失したままでは使えないのだ。だが、里香はすぐさま何を求められているものを理解し、赤い顔のままで頷く。

「う、うん。『接合』……だよね?」

しっかりとした回答。それを聞いた博孝は、安堵したように息を吐く。

「ああ、その通り。『接合』で治せるかわからないけど、なくとも応援が來るまではもつと思う。お願いできるね?」

「わ、わかった……」

里香は博孝の言葉に頷くと、藤田の怪我にしだけ怯えながらも自を集中させる。そして、自に汚れることを厭わず、藤田の腹部に手を當てた。

里香のが白くり、その手に集まっていく。それを見た博孝は、大丈夫そうだと判斷して立ち上がった。

「よし! それじゃあ岡島さんは藤田先輩の治療を続行、恭介はその護衛を頼む!」

「って、博孝はどうするんすか?」

「俺? 決まってるだろ」

恭介の問いに、博孝は沙織が姿を消した方向へ視線を向ける。そして、ため息混じりの聲を吐き出した。

「あの特攻馬鹿娘の援護だ……と言っても、俺にできることはないかもしれないがね」

援護も重要だが、沙織が不利なようなら毆ってでも連れ戻さないといけない。

そう判斷して、博孝は沙織のいる方へと駆け出すのだった。

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