《平和の守護者(書籍版タイトル:創世のエブリオット・シード)》第二十一話:初任務 その5
治療に當たっていた『ES能力者』が博孝の狀態を確認し、意識がしっかりしていること、脈拍は弱いがそれでも『治癒』をかけ続けることでしずつ回復していること、それらを確認し、驚愕の表を砂原に向ける。
「……このまま治療に専念すれば、數日で完全に回復すると思います。しかし、信じられません……一何が起きたのか……」
博孝は『防殻』を発現することもできず、『ES能力者』としては生の狀態で『ES寄生』の『撃』を五発もけている。訓練生同士で使うような、手加減した『撃』ではない。一切の手加減がない、『防殻』を発現していても負傷は免れないような攻撃だった。
人間で例えるなら、近距離でショットガンを五発撃ち込まれたようなものである。『ES能力者』としての頑丈さがあったからこそ、即死という事態は免れている。それでも、博孝の場合は沙織を庇う際にけた右腕、そして額の怪我が深刻だった。臓部分もやられていたが、そちらは砂原の『治癒』で破れた臓も塞いでいる。
右腕は辛うじてつながっているレベルであり、完全にちぎれていたら『治癒』で治すのは難しい。『復元』という支援系の技能もあったが、それは二級特殊技能に分類されるもので、並の『ES能力者』では使える技能ではなかった。日本の中でも十本の指で足りる『ES能力者』しか使用できない、超高等技能である。
額の方は脳への影響と、出の多さが問題だった。外傷はすぐに塞ぐことができたが、その“中”に対する影響は詳しく調べてみないとわからない。
博孝の治療に當たった『ES能力者』も、それまで多くの『ES能力者』を治してきた。その経験によって、博孝が“もたない”ことを悟ったのである。しかし、結果はそれを裏切っていた。博孝は目を覚まし、喋ることまでできている。
脳は検査、右腕は『治癒』をかけ続けることが必要だとしても、先ほどまで博孝に浮かんでいた死相が綺麗になくなっていた。
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「ひ、博孝……良かったっすよ! あのまま死んだらどうしようかと思ったっす!」
寢臺の上で眠そうに目をる博孝を見て、恭介が聲をかける。本來重傷者に対して勧められる行為ではないが、怪我が酷いだけでいつもと変わらない様子の博孝を見て、思わず聲が出たのだ。
「いやー、俺も死ぬかと思ったわー。三途の川とかお花畑で婆ちゃんが手を振っていたりはしなかったんだけど……ってやべえ、婆ちゃん生きてるわ……でも、なんかやたら眠くてさー。でも、教の怒鳴り聲が聞こえて飛び起きたわ」
あのまま眠っていたら死んでいたね、と明るく言い放つ博孝。それを聞いた恭介は、“いつも”と変わらない博孝の様子に心底安堵して、力が抜けたように座り込んだ。
「ははは……はぁ……いや、博孝らしいというか、なんというか……ホント、良かったっす」
目の端に涙を溜めながら呟く恭介を見て、博孝は本當にありがたいと思った。そして、ここまで心配してくれる友人を持てたことを、嬉しく思う。
そうやって博孝が心で謝していると、里香が博孝の前に立った。床に座り込んだ恭介を見ていた博孝は顔を上げ―――思わず、絶句する。
「……ぅ……っ……っく……ひっ……うぅ……」
涙ぐんだ恭介と違い、里香は完全に泣いていた。ぽろぽろと涙を流し、それを両手で拭っている。長時間泣いていたのか、目は真っ赤だった。
「お、お!? ちょ、岡島さん!? なんでそこまで泣いて……ど、どこか痛いのか!? はっ! まさか、俺って『ES寄生』の攻撃を防ぎきれず、岡島さんがどこか怪我を―――」
その言葉で、限界だった。
里香は飛び込むようにして博孝へ抱き著く。本當に博孝が生きていることを、確かめるように。
だが、抱き著かれた博孝は思考を停止させた。里香が怪我をしている様子はなく、そうなると自分を心配してくれたのだと判斷できる。しかし、だからといって、里香の行は予想外だった。
「……ほ、本當に、よ、良かった……か、河原崎君、し、死んじゃうって……」
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そして博孝の耳元で囁かれる涙聲。橫から抱き著かれる形になった博孝は、の子らしいらかいと、ほのかに香る里香の匂いに、停止した思考を混させる。
「ふおおおおぉぉっ!? ちょっ! 岡島さん!? え? なにこの嬉し恥ずかしのシチュエーション!? 実はここって天國!? ここ天國なのってぐああああああああああああああっ!? ち、ちょ、お、岡島さん、傷口を握るのは……やめてっ! やめてくださいお願いします! いだだだだだだっ! ここは地獄!?」
抱き著いてきた里香が右腕の傷にれ、博孝は悲鳴を上げる。これで死んだら灑落にもならないが、抱き著いてきた里香のが震えているのを見て、博孝はなんとか痛みを気合いで抑え込んだ。
「っとと……ゴメン、心配かけた」
そう言って、博孝は里香の背中を左手で軽く叩いた。
自分を庇って仲間が傷つき、そのまま死にそうだったのだ。里香の格を思えば、さぞ苦しみ、心を痛めたに違いない。そのことを、博孝は申し訳なく思った。
里香はしばらく博孝のに顔をうずめていたが、しばらくしてその震えも止まる。それを博孝が不思議に思うと、里香は靜かに寢息を立てていた。
初の実戦に、仲間の負傷。そして、博孝の治療の間にずっと張り続けていた張の糸が切れたのだろう。まるで気絶するように、里香は眠りに落ちていた。
「まったく……お前は死に掛けても元気なんだな」
傷に障ると判斷した砂原が里香を抱き起こし、博孝から離れたところに設置されている寢臺へと寢かせながら呟く。その聲には紛れもなく安堵のが籠っており、それを聞いた博孝は頭を下げた。
「心配をおかけしたようで……すいません」
「まったくだ。さて、これはお前の怪我が治ってから言おうと思っていたが、そこまで元気が有り余っているなら問題はなさそうだな」
「えぇー……いや、まさか、お説教ですか?」
砂原の顔が真剣なものになったのを見て、博孝は心底嫌そうな顔をした。さすがに、このタイミングでのお説教は勘弁してほしい。なにせ、つい數分前まで死の淵を彷徨っていたのだから。
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しかし、『ES能力者』である博孝のは、一度死の淵から抜け出してから非常に安定している。『治癒』によって、峠を越えているからだ。ここでもう一度攻撃を食らえば間違いなく死ぬだろうが、戦闘行を取らない限りは死にそうにない。
砂原は博孝の傍まで歩み寄ると、その頭に拳骨を振り下そうとして止める。脳の検査が終わるまでは、そういった類の“指導”はできない。代わりにため息を一つ吐いて、博孝を見た。そんな砂原の視線をけて、博孝は痛むで背をばす。
「今回、お前は良くやれていた。初陣でありながら、引率である藤田伍長を庇いつつ、その上二の『ES寄生』と戦しながらも全員生き延びている。これは小隊長であるお前の手柄だ。誇れ」
「……え、あ、はい。ありがとうございます」
どんなお説教かと構えていた博孝は、砂原の言葉に拍子抜けしたように頷く。しかし、砂原はそこから視線を鋭くした。
「だが、お前自は死に掛けた。そうだな?」
「……はい」
鋭い視線と聲を前にして、博孝は再度頷く。それは、間違えようのない事実だからだ。
「仲間を庇って死ぬ。それは、ある意味素晴らしいことかもしれん。稱賛されるべきことかもしれん―――庇われた仲間のことを考えなければ、な」
そう言いつつ、砂原は里香や恭介、沙織に視線を向けた。その視線を追って、博孝は砂原の言いたいことを悟る。
もしもあのまま博孝が死んでいれば、どうなっていたか。
里香は間違いなく、深い心的外傷(トラウマ)を負っただろう。
恭介も、里香と同じようになったかもしれない。
沙織は―――どう思うか、博孝にはわからなかった。それでも、何かしらの影響があっただろう。
「理解したようだな」
博孝の表に納得のを見たのか、砂原が問いかける。その問いに対して、博孝は深く頷いて見せた。
「お前の取った行は、確かに人として誇るべきものかもしれん。だが、それでお前が死んでしまえば、元も子もない。特に、岡島のような格の者からすれば、それこそ一生引きずるだろう。岡島は、お前に庇われた當事者だからな」
「……そう、ですね」
里香の格ならば、そうなるだろう。心優しい里香ならば、きっと一生引きずっていたに違いない。
そのことを深く心に刻みつけ、博孝はもう一度だけ頷く。そんな博孝の表を見て納得したのだろう、砂原それまで厳しかった表を緩めた。
「良かったな、『ES能力者』の“一生”は非常に長いぞ?」
口調も和らげて、笑えない冗談すら口にする。それを聞いた博孝は、眠ってしまった里香を見て肩を竦めた。
「いや、ホント良かったですよ。さすがに、の子に一生モノのトラウマを植え付けたら、死んでも死に切れません」
砂原の言葉に冗談を返して、博孝は苦笑する。そして、そんな博孝を見て、砂原はその頭に手を乗せてしだけ暴にでた。
「―――だが、よく生きて戻ったな」
様々な思いが込められた聲。そこに大きな心配のをじ取った博孝は、頭をでられていることも含めて照れくさく思う。
砂原にも心配をかけたのだろう。それでも、あまりに照れくさくて、話を逸らすように沙織を見た。
「それで、なんで長谷川はそんなに拗ねてるんだ?」
「……拗ねてないわよ」
治療室にはっていたが、黙って恭介や里香、砂原のやり取りを見ていた沙織は、どこかバツの悪そうな顔だった。その博孝の言葉を聞いた恭介は、目の端に浮かんだ涙を指で払って笑顔を浮かべる。
「教にこっ酷く叱られたからっすよ」
「なぬ? てことは、馬鹿者呼ばわりされたのは長谷川かよ」
そう言いつつも、今回博孝が死に掛けたのは沙織の“獨斷専行”が原因である部分が大きい。そのことを理解している博孝は、どこか悄然としている沙織の顔を見て、ふむと頷いた。
「やーい、沙織っちの馬鹿者ー。怒られてやんのー」
そして、ひとまずからかうことにした。いつもと違う様子の沙織を見て、悪戯心が湧いたのである。
「……っ!」
博孝の言葉を聞いた沙織は“いつも”のように目つきを鋭くするが、それも數秒すれば元に戻る。それを見た博孝は、『これは思ったよりも重傷なのかね?』と首を傾げた。さすがの沙織も、思うところがあるらしい。
(やれやれ、これも小隊長の役目なのかねー)
たしかに、沙織の獨斷専行で自分は死に掛けた。これに対しては博孝も怒りをじるが、思ったよりも怒ってないのだ。自分のことだが、その點は非常に不思議に思う博孝である。故に、冷靜に思考して話しかけることができた。
「まったく……これに懲りたら、俺の言うことにもしは従ってくれよ? そうすれば、もっと楽に勝てたんだから」
これは、心からの本心である。沙織が指示に従ってくれれば、今回の事態はなかっただろう。そのため、博孝はそれだけを口にした。
最初に攻撃をけて負傷した藤田を除けば、小隊全員が負傷せずに切り抜けることも可能だったはずだ。沙織が指示に従うならば、今回のようなことがあっても無事に済む可能が高い。
そう判斷した博孝は、自を治療してくれたと思わしき『ES能力者』のに視線を向ける。
「治療をしてくれて、ありがとうございました。おかげさまで、なんとか生き延びましたよ」
「あ……いえ、わたしが出來たことはしだけでしたので……」
しかし、そんな博孝の禮には複雑な顔で首を振った。博孝を治療したが、自分では助けることができないと判斷したのである。それが無事に起き上がって禮を言うものだから、としては複雑な心境にもなる。
「それで、俺っていつぐらいに退院……いや、病院じゃないのかここ。とりあえず、いつぐらいに訓練校に戻れますかね?」
「そ、そうですね……容態は安定していますし、『ES能力者』用の病院に搬送して、そこから検査と再度の治療。それらは三日もあれば終わると思います」
まるで死人に話しかけられたような心境だが、それでもは答えた。
「そっか、三日ですかー……短いような、長いような。三日もじっとしてたら、が鈍りそうだなぁ……あーあ、また鍛え直すかぁ」
ES能力もそこまで萬能ではないのか、と博孝は思う。しかし、普通の人間なら社會復帰すら絶的な怪我であることを、博孝は理解していなかった。
「…………なのよ」
不意に、沙織がぽつりと呟く。
會話のあとに何か続くと思っていた博孝の言葉―――自を罵るであろう言葉に構えていたら、あっさりとその矛先を変えてしまったのだ。気軽に自分の退院予定を尋ねる姿など、まるで馬鹿にしているようにじられた。
「なんなのよっ! アンタはわたしが勝手にいたから死に掛けたのよ! 他に言うことがあるでしょう!?」
沙織のび聲が、治療室に響き渡る。沙織としても、自分の行によって人ひとりが死に掛ければ思うところがある。自分の言った言葉が、如何に理不盡なものかもわかっている。それでも、言わずにはいられないのだ。
砂原と博孝の會話を聞いて、もしも博孝が死んでいれば、里香や恭介がそのことを一生引きずるということに思い至っていなかった自分に気付いたのだ。
普段の小隊での訓練でも、博孝は口うるさく連攜を重視するように言ってきた。沙織はそれを煩わしく思って無視し、博孝が諦めて沙織の行に合わせた作戦を執るようにも仕向けた。だが、今回は負傷者がいたため、その作戦も執れていない。
沙織はいつものように一人で飛び出し、『ES寄生』を倒したと思ったら博孝に庇われ、その上、里香の護衛を指示されたのすら無視して周囲の警戒を行っていた―――その警戒が役に立たず、博孝が里香を庇って死に掛けるというおまけ付きで。
それだというのに、博孝は何も言わない。いや、これからは指示に従うように言ってきたが、それも強制ではなかった。もっと聲高に非難するなり、罵るなりあって然るべきだと沙織は思ったのだ。
「……なんだろう、俺の人生の中でも、かつてないほど理不盡な理由でキレられている気がするぞ……」
そんな沙織の言葉と態度をけて、博孝はそんなことを呟いた。沙織が突然“キレた”理由がわからず、困する。
「あ、もしかして、それでも俺の指示に従うのが嫌だって? おいおい、頼むぜ長谷川。今回は助かったけど、同じようなことが何度もあったら生きていける自信ねーぞ俺」
「いや、長谷川が言っているのはそんなことじゃないと思うっすけど……」
「え? そうなの?」
本當にわかっていない様子で、博孝が首を傾げた。しかし、すぐに“何か”に思い至ったのか、博孝は左手で沙織を拝む。
「あ、あー! なるほど! さっき沙織っち言ったことを怒ってるのか。いや、ノリで言っただけだから、毆るのは勘弁な。そしたら本當に死ぬから」
博孝がそう言うと、沙織からの怒気が膨れ上がる。それを見た博孝は降參のポーズとして両手を上げようとしたが、右手が碌にかず諦めた。そして、やれやれと頭を振る。
沙織の高いプライドを考えると、さらっと流しておきたかったところだ。それでも沙織が食いついてくるので、博孝は“冗談”を止める。寢臺に背を預け、ため息を吐いた。
「はぁ……まったく、長谷川にも困ったもんだよ。普段から俺の指示を聞かないし、本番でも俺の指示を聞かないし。沙織っちって言ったら怒るし。融通も利かない格だし。怒ったらすぐに毆るし。負けず嫌いだし。俺よりよっぽど喧嘩っ早いし。むしろ戦闘狂と言っても過言ではないね、うん」
とりあえず、沙織が“む”であろう斷罪の言葉―――というよりも、ただの愚癡を博孝は口にする。
「正直、扱いに困って教とかにも相談したんだぜ? でも、『それを考えるのも小隊長の役目だ』ってつき返されてさぁ。いやはや、悩み過ぎて禿げるかと思ったよ」
そう言って、博孝はため息を吐いてみせた。そして、あと何か言うことがあったかと考え込み、思っていたことは大口にしたと判斷して言葉を切る。そのまま、博孝の愚癡のような言葉を怒りもせずに聞いていた沙織に視線を向け、博孝は苦笑した。
「今回の件は、まあ、運が悪かった。いや、長谷川がいつも言っていたように、俺がES能力を使えれば問題なく終わらせることができただろうな。『ES寄生』が出てきたのは本當に運が悪かったけど、それでも長谷川の力があったからこそ切り抜けられたんだろ。俺の指示を無視したのだけはいただけないけど、長谷川以外の『攻撃型』が小隊員だったら、もっと大慘事になっていたかもしれないし」
沙織にそう言いつつ、もしも沙織以外の生徒が小隊員だったらと考えて、博孝はゾッとする。沙織が単獨で『ES寄生』を抑えられたからこそ、博孝以外が無事だったと捉えることもできた。もしも沙織以外の『攻撃型』だった場合、『ES寄生』を相手に無事だったとも思えない。最悪、恭介や里香を正気に戻す余裕もなかっただろう。
(……あれ? そう考えると、長谷川の行も問題ない気がしてきた……)
獨斷専行および博孝が死に掛けたことさえ除けば、“結果的に”は問題がないのだ。
「……でも」
しかし、沙織らしくないことに、博孝の態度と言葉では納得しかねるらしい。それを聞いた博孝は、お手上げとばかりに苦笑した。
「あーもうめんどくせー。沙織っちめっちゃめんどくせー。俺も生きてたし、藤田先輩も無事っぽいし、『ES寄生』も倒せたし、それでいいじゃん。俺も、さすがに死んでたら文句の一つも言ってたけど……って、死んでたらそれも無理か。ま、とにかく獨斷専行さえなければ良かったんじゃね?」
死に掛けた人間の言う言葉とは思えず、沙織は絶句する。もしも自分が博孝の立場に立ったら、烈火の如く怒っただろう。
そして、博孝の言葉を聞いた砂原は、しばかり眉を寄せた。
「そうもいかんぞ。もしも正規の軍だったならば、“命令違反”は重罪だ。お前は俺に報告を行った時から長谷川の行を“獨斷専行”と言っているが、今回は明らかな命令違反。クラスメートとはいえ、お前は“小隊長”なんだ。長谷川の上に當たる。その命令や指示を無視したとなれば、通常の軍ならば軍法會議ものだぞ」
そう言われて、博孝は視線を逸らす。小隊長として専用の授業をけている博孝としては、“命令違反”ではなく“獨斷専行”として押し通したかった。
獨斷専行という言い分が砂原に通れば、沙織の取った行は敵戦力である『ES寄生』の拘束を行ったことで、他の隊員が立て直す時間や藤田を治療する時間を捻出したと解釈できる。
だが、命令違反となれば罰せられる対象となるだろう。いくら訓練校とはいえ、將來的なことを考えれば、命令違反を繰り返す沙織など軍組織からすれば厄介者に過ぎない。特に、今回は上に當たる博孝が直接“命令”を出したにも関わらずそれに従わなかったのだ。命令違反として、十分にり立つ。
『ES能力者』の正規部隊は他の軍に比べて軍規が緩い部分があるが、それでも看過できない問題だった。
「軍法會議って言われても……俺達は一応、“學生”なんですよね?」
「そうだな。だが、授業の一環とはいえ任務に出ていた。“學生”だからという言い分は通じんぞ」
「むぅ……困りましたね。そうなると、長谷川には何かしらの罰が與えられるわけですか?」
見逃してもらえそうにないため、博孝は砂原の言葉に追従するように言った。しかしそれは、砂原の言葉には何かしらの意図がじられたためである。
砂原は博孝が自分の意図をじ取ったのを見て取り、しばかり口の端を吊り上げた。
「そうだな……たしかに罰は必要だ。だが、“學生”という分を超えて罰を與えることもできん。そこで、だ。今回は、“上”であるお前に長谷川がける罰の容を一任してやろう。どうだ?」
沙織からは見えない角度で砂原が笑ったため、それを見た博孝は大仰に喜んで見せる。
「おお、なるほど。死に掛けた俺に対するご褒ってわけですか。いや、教の“ご厚”に謝します」
砂原の“演技”に乗り、博孝は顎に手を當てて沙織への罰を考え始める。
「あくまで學生の範疇に収まる容で、だぞ?」
「わかっていますよ。うっわー、何にしようかなぁ……」
とても楽しそうに悩む博孝を見て、沙織は戸ったような表を浮かべた。気がつけば、自分に対して何かしらの罰が下るという話になっている。それでも正規の軍に比べれば遙かにマシだろうと判斷して、沙織は博孝の決定を待った。
「うーん……」
そんな沙織の心を読んだのか、博孝は勿ぶったかのように沙織へ視線を向ける。そして沙織の頭からつま先までをじっくり見て、“わざと”好そうなを浮かべた。
「っ!」
その視線をけて、沙織は自分のを両腕で庇いながら一歩後ろに下がった。そんなの沙織の反応を見て、博孝はニヤリと笑う。
「……よし、長谷川への罰が決まった」
「な、なによ……」
『ES寄生』と戦うものとは別種の恐怖をじて、沙織はしだけ表を曇らせる。學生の範疇に収まる“罰”らしいが、博孝の様子を見ていたらを求めてきそうだった。
博孝はここで『今度エプロンで俺に給仕をしてくれ!』とアホなことを口走ろうと思ったが、砂原の手前止めておく。折角“妥協”してくれたのだから、それを活かさないとならない。
それまでの“演技”を止めて、博孝は真面目な表を浮かべた。
「長谷川に対する罰は二つ。一つは、今後は任務の際にちゃんと上の“命令”に従うこと。また勝手な行をしたら、今度こそ“本當”の罰をけることになるからな?」
まず博孝は、今後沙織が任務の際に命令違反を起こさないことを罰とした。本來なら罰にもならない、守って當然の容ではあるが、沙織が相手ならばしっかりと言い聞かせる必要がある。
さすがの博孝も、今回のような命令違反は勘弁してほしかった。
そんな博孝の“罰”に、沙織は不承不承な様子ながらも頷く。さすがに、今回の件で懲りたのだろう。
「そしてもう一つは―――」
さも重要そうに、真面目な顔の博孝。しかし、それも途中で笑顔に変わる。
「俺の小隊での、長谷川に対する各自の呼び方を自由にする。だから、沙織っちって呼ばれても怒るの止な」
「……はぁっ!?」
二つ目の罰に、沙織は理解するのに數秒の時を要した。
「ちょっと! 何を馬鹿なことを言ってるのよ!」
理解すると同時に、博孝に食って掛かる。そして砂原に対しても、そんな罰はないだろうと視線に込めて尋ねた。すると、砂原は真面目な顔で顎に手を當てる―――しばかり、頬が笑みの形に歪んではいるが。
「そうか……河原崎、その二つの罰で、長谷川の“命令違反”を許すんだな?」
「はい。これで第一小隊も完璧になりますね」
言外に、沙織を小隊から外さないでほしいと博孝は言う。それを聞いた砂原は、困ったように頭を掻いた。
「小隊の構は考え直したかったところだが……いや、“丁度良かった”のかもしれんな」
「んん? 丁度良かったって、どういうことです?」
砂原の言葉に疑問を覚えた博孝が尋ねる。すると、砂原は意味ありげに笑った。
「お前の傷がすべて治って、問題がないとわかれば教えてやろう。いや、その前に“自分で”気付くかもしれんがな」
「ちぇー……了解です。々早く治すようにしますよ」
聞きたい気持ちがあるが、砂原がそう言うからにはが治ってからの方が良いのだろう。納得する博孝に、砂原は笑みを深める。
今回の沙織に與えられた“罰”は通常で考えれば甘いどころの話ではない。減俸や営倉り等の処罰もないのだ。だが、博孝達はあくまで“學生”。砂原だけでなく博孝すらも“甘すぎる”と思っているが、今は“學生”という分を利用することにした。
「さて、お前は『ES能力者』用の病院に移しないといけないな。俺も付き添う必要があるが……」
そう言いつつ、砂原は沙織や恭介に視線を向ける。
「お前達は訓練校に戻れ。その間、第一小隊の指揮は武倉が執れ」
「えー!? きょ、教~、俺も病院についていきたいっすよ!」
砂原の言葉に恭介がそう言うと、砂原は苦笑した。
「河原崎の容態が気になるのはわかるが、ここまで安定すればあとは怪我を治すだけだ。安心して戻れ。なに、三日もすれば訓練校に戻れるだろう」
「う……わ、わかったっすよ。大人しく訓練校に戻るっす……」
「岡島は……長谷川、抱えることはできるか?」
「……問題ないです」
博孝の下した罰に対して流されたことに不満を覚えていた沙織だが、いつまでも騒いでいるわけにもいかない。一見元気になったように見えるが、博孝はいまだに重傷を負っているのだ。
そう自分に言い聞かせて、沙織は里香を背負う。本來なら沙織よりも力のある恭介が背負う方が良いのだろうが、それはさすがの沙織でも里香に悪いと思った。
「それじゃあ、元気になって戻ってくるっすよ!」
「おうよ。俺がいないからって訓練サボるなよ」
「當然っす!」
最後に拳を軽く打ち合わせる博孝と恭介。沙織はそんな二人を見て、小さく鼻を鳴らす。
博孝に々と言いたいことはあるが、それでも、博孝が回復しなければそれも無理なのだ。
だから、今回ばかりは見逃そうと憤りを隠し―――そして、博孝に対して抱いた申し訳なさも、一緒に隠すのだった。
僕はまた、あの鈴の音を聞く
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