《平和の守護者(書籍版タイトル:創世のエブリオット・シード)》第二十七話:Date and Battle その3

それなりのスピードで走るタクシーから飛び出し、博孝は『防殻』と『探知』を同時に発現する。『探知』は周囲の『構力』を探知する五級特殊技能だが、使用者の合によってその範囲は大きく異なる。練者ならばキロ単位での探知も可能だが、博孝はまだ覚えたばかりの技能だ。

それでも三百六十度、半徑百メートルほどは『構力』を探知することができる。市街地ということで『探知』を行っていなかったのが、今となっては痛い。そもそも、あんな寂れた公園の傍に“都合良く”タクシーがいたことを疑うべきだった。

博孝達が飛び降りたことでタクシーが急ブレーキを踏むが、博孝達から多距離は離れている。逃げられるなら逃げたいが、車の中から一つ、そして、周囲の林からも一つ『構力』を探知したことで博孝は心舌打ちを零す。

「里香! けるか!? あと、『防殻』を張れ!」

「う、うんっ」

抱き締めていた里香を地面に下ろし、自分の足で立てることを確認。そして里香が『防殻』を発現したことを確認し、すぐさま攜帯電話を取り出すと、砂原宛に発信し――離れた位置に存在している『構力』から、小さな『構力』が複數分かれて飛來するのを探知した。

『こちら砂原。河原崎か?』

コール二回で電話に出た砂原の聲を聞きつつ、博孝は里香を再度抱き寄せる。そして地面を蹴りつつ、『盾』を発現させた。それと同時に“敵”が放ったらしいの矢が飛來し、『盾』と衝突して轟音を立てる。なんとか相殺できたが、敵の技量が高いのだろう。一撃防いだだけで『盾』が消失した。

『教! 現在敵『ES能力者』と戦中! 至急応援願います!』

『なんだと!? 場所は!?』

『市街地を中心として、訓練校とは反対の方にある山の麓です! 相手はおそらく二人! 周囲に一般人はいません!』

訓練校とは距離があるため、『通話』を使えないのがもどかしい。博孝は右手に攜帯、左手に里香を抱えながら、タクシーから距離を取る。タクシーからは悠々と運転手の男が降り、博孝の様子を見て目を細めた。

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「おいおい、まだヒヨっ子かと思ったら“あいつ”の『撃』を防いだのかよ」

それまで運転手として浮かべていた和な表を消し去り、男は表を引き締める。『ES能力者』のバッジをつけてはいないが、『探知』で『構力』をじる以上は『ES能力者』なのだろう。油斷はできない。

博孝がそうやって観察していると、飛來する『構力』が再度『探知』に引っかかる。それと同時に博孝は『盾』を発現するが、飛來する『構力』は先ほどよりも強く、速い。

首筋に悪寒をじた博孝は、『盾』をそのままに全力で後退する。すると、の矢が『盾』を貫いてアスファルトの地面に炸裂した。

「ちっ!」

アスファルトが散し、砕けたアスファルトが弾丸となって飛來する。博孝は咄嗟に攜帯をポケットにねじ込むと、里香を両手で抱き締めて真橫へと跳んだ。それと同時に、運転手の男が『防殻』を発現し、その上両手に『構力』を集め、二振りのナイフを生み出す。沙織が好んで使う、四級特殊技能の『武化』だ。

博孝はアスファルトの弾丸を回避すると、すぐさま攜帯を取り出す。

『敵『ES能力者』の、一人は『武化』! もう一人は『狙撃』!』

言葉を端折って相手の技量を伝えると、電話越しに砂原の息を呑む聲が聞こえた。技量差があるとはいえ、『盾』を簡単に撃ち抜いた以上、汎用技能の『撃』ではなく五級特殊技能の『狙撃』と見るべきだろう。

『すぐに向かう! 二分持ちこたえろ!』

その聲と同時に、電話越しに轟音が響き渡った。そして風切り音が聞こえ、砂原が『飛行』を使ったことが窺える。博孝は二分という時間の“長さ”に心で舌打ちし――至近までナイフを構えた男が接近していることに気付いた。

走って逃げられる技量差ではなく、博孝は『撃』での矢を三本発現して放つ。しかしすぐさま切り払われ、何の迷いもなく間合いを詰めてくる。

博孝は里香を背中に庇うと、腰を落として構えを取った。沙織のように近接用の武を発現できない以上、素手で渡り合うしかない。それでも、相手はナイフ。練者ならば、生半可な武よりも厄介な得だ。

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咄嗟の判斷で“両手”を包むようにして『盾』を発現すると、男は片眉を上げる。

「訓練生だと思ったが、中々用なことをするじゃないか」

「そりゃどうも……デートの最中に襲ってくるとか、しは空気を読んでくれよなまったく、こちとら初デートだったんだぞ?」

「おう、そりゃ悪いことをした。まあ、二人仲良くあの世に送ってやるから、それから思う存分いちゃついてくれや」

軽口を叩きつつ、博孝は両手を開いて前に突き出す。空手で言う前羽の構えに近い構えを取り、男のきを注視した。

一ヶ月の訓練を経た博孝が今の時點で同時に使えるES能力は、三つまで。『防殻』や『探知』、『盾』を維持している狀況では、他にES能力は使えない。それでも訓練生としては優れた部類であり、校から半年間で鍛えた集中力によってそれをし得ていた。

博孝は初の『ES能力者』相手の“実戦”に委しそうになるが、自分が負ければ里香も死ぬだろう。その一事を以って、気合で恐怖をねじ伏せた。

男は気軽に間合いを詰めると、博孝の正中線を狙ってナイフを繰り出す。それを見た博孝は、ナイフではなく、ナイフを握った男の拳を手の平でけ払った。それと同時にかし、しでも眼前の男を里香から離すよう導する。しかし、それを見たのか、『探知』で捉えていた山間部の『構力』がく。先ほどと同じ規模の『構力』が、同じ速度で里香へと飛來した。

「くそっ!」

博孝は『探知』と手の平の『盾』を消し、飛來する『狙撃』を遮るように『盾』を二枚発現させる。『狙撃』は『盾』の一枚を貫通するが、二枚目の『盾』によってその威力を完全に削がれた。

しかし、手の平の『盾』が消えたのを見て、博孝の眼前の男が口の端を吊り上げる。

博孝を攻め立てるナイフの速度が増し、再度手の平に『盾』を張る余裕がない博孝は必死に攻撃を捌いていく。

突き出されるナイフをけ流し、橫薙ぎに振るわれるナイフはを引いて避け、振り下されるナイフは踏み込んで相手の手首をけ止める。それでも時折ナイフが博孝を掠め、博孝は徐々に傷を負い始めた。

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「ひ、博孝君っ」

博孝に庇われる形になった里香は、くこともできず聲を上げる。博孝から離れれば、潛んだ『ES能力者』によって『狙撃』が行われる。里香には『防殻』以上の防手段がなく、『探知』もない以上飛來するの矢を無傷で回避しきるのは難しい。そして、『支援型』である里香は攻撃手段を持ち合わせていなかった。

「おらっ! どうした男! 彼が応援してんぞ!?」

「ぐっ!? く、そっ!」

ナイフを捌く両腕は、既に出で赤く染まっている。それでも博孝が致命傷をけていないのは、『ES能力者』としての能力と高い集中力、そして七ヶ月という短い期間ながらも真剣にに打ち込んだ果だった。例え傷つこうが、『防殻』を解かないためある程度の防力はある。その上で致命傷を避けるために敢えて攻撃をける部分もあり、博孝としては一秒一秒が長くじられた。

力と気力が徐々に削られる覚。を流す両腕はしずつきが鈍くなり、ナイフが深く腕を抉る回數も増えた。このままでは、遠からず致命傷をけるだろう。

そんな博孝の姿を見て、里香は“やはり”役に立てない自分に絶する。

もしも博孝と一緒にいたのが沙織ならば、眼前の男と対等に渡り合っただろう。

もしも博孝と一緒にいたのが恭介ならば、自は防を固めて博孝が自由にくことができただろう。

『支援型』として支援系以外のES能力を苦手とする里香は、眼前の敵に通用するだけの攻撃手段を持たない。だが、このままでは博孝が確実に死ぬ。今度こそ、確実に。

里香は、初任務以來訓練に集中できなかった己を泣きながら叩きたい気持ちになった。もしも『撃』を“まとも”に使えるようになっていれば、博孝の援護をすることも可能だっただろう。

(まとも……に?)

しかし、そこで里香は弾かれたように顔を上げる。支援系以外のES能力は苦手だが、まったく使えないというわけではないのだ。それでも、『防殻』を発現している男には通用しないだろう。どこかに隠れている『ES能力者』にも、通用しないに違いない。

(ううん……それでも……)

できることはあると、里香は集中して自の『構力』を高める。そしていつでも『撃』ができるよう集中すると、博孝が戦う男を見た。

遠距離系のES能力を使えないのか、それとももう一人に任せているのかはわからない。今でも時折『狙撃』が飛來するが、博孝が『盾』でなんとか防いでいる。しかし、それ以上強力なES能力を使わない以上、『狙撃』が最も威力のあるES能力なのだろうと里香は判斷した。

里香が『構力』を高めているのは、男も理解している。それでも、里香の服に訓練生の『支援型』を指すバッジがつけられているのを見て、脅威はないと判斷していた。

それよりも、と男は博孝を見る。“この國”の訓練生を“狩る”つもりだったが、予想以上に粘られている。このままでは、応援が駆けつけるのも時間の問題だろう。

故に、男はフェイントをえつつも博孝にとどめを刺そうと前へ踏み込み。

「っ! そこっ!」

それを見た里香が、『撃』によっての矢を放つ。そのの矢は速度こそあるものの、威力は大したことはない。なくとも、その男にとっては『防殻』で弾けるレベルの『撃』だ――“その男”にとっては。

里香が狙ったのは、男の足元。正確に言えば、踏み込もうとした部分のアスファルトである。『ES能力者』にとっては威力が低いとはいえ、それ以外の“質”に対しては絶大な威力を誇るES能力だ。

里香の狙い通り、放ったの矢がアスファルトを砕し、踏み込んだ男のバランスを崩させる。

「なっ!?」

踏み込んだはずの足場が、ない。近距離で放たれた『撃』によって足場が吹き飛ばされ、男は上を前へと泳がせた。

「オラァッ!」

その好機を、博孝は見逃さない。両腕がまともにかないため、姿勢を崩して上を前に倒した男の顎を膝で蹴り上げる。手加減する余裕もない、全力の膝蹴り。それをけた男は上をのけ反らせ―――それでも、戦意喪失には至らない。むしろ、遙かに格下の訓練生に一撃をけたことに怒りを覚えた。

ナイフで細切れにしてやる、と痛みを怒りで抑え、男は態勢を建て直し――それよりも早く、博孝が全力で『撃』によって生み出したの矢を叩き込んだ。

もしも男の意識が怒りに染まっていなければ、例え近距離での矢を撃たれても対処できただろう。しかし、一瞬とはいえ思考が怒り一に染まった時を狙ったように放たれたの矢は、避けようがない。

の矢は男の腹部に直撃し、そのを大きく吹き飛ばす。男が『防殻』を発現しているとはいえ、博孝も全力で『撃』を行っている。男は腹部から伝わる激痛をじながら宙を飛び、五十メートルほど吹き飛ばされた。

(今のに――っ!?)

時間を稼ぐために里香と共に駆け出そうとするが、それよりも早く、『構力』をじ取った。博孝が視線を向けてみると、八本のの矢が飛來してくる。

すべてを防ぐ手段は、今の博孝にはない。

それでも『防殻』を発現したままで傍にいた里香を抱き締めると、ありったけの『構力』を使って『盾』を二枚発現する。

放たれたのは『撃』だったようだが、それでも轟音と共に『盾』を揺らした。しかし、何本かは地面を狙って放たれたらしく、アスファルトを散させて土煙を巻き起こす。

博孝は里香を押し倒し、しでもダメージを減らせるように努めたが、アスファルトが散したためを宙に巻き上げられた。

「きゃああああああっ!?」

腕の中の里香が悲鳴を上げる。博孝はそれでも地面に著地するべく視界を巡らせ――その途中で、誰かに抱き留められた。

「――無事、か」

空中で博孝と里香を抱き留めた人――砂原は、安堵したような表でそう呟く。それを見た博孝は、一気に気が抜けるのをじた。

「教……」

「よく生き延びたな。偉いぞ」

混じり気なしに褒める砂原。敵の『ES能力者』二人に襲われたと聞いた時は肝を冷やしたが、間に合ったらしい。博孝は多の怪我を負っているようだが、里香には傷一つない。博孝ので、その服が汚れているぐらいだ。

それでも、砂原は自の教え子を傷つけられたことに怒りを燃やす。可能ならばすぐさま捕獲して全の骨を圧し折って、ついでに“風”の一つでも開けてやりたいが、今は博孝達の保護を優先するべきだった。

『探知』を使って付近の『構力』を探すが、引っかかるものはない。おそらくは『構力』を隠しているのだろう。五級特殊技能の中には、『隠形(おんぎょう)』という『構力』を隠すES能力もある。砂原が駆けつけたのを悟り、砂煙に紛れて撤退したのか。

砂原がそう考えていると、市街地の方から『構力』が近づいてくるのをじた。博孝からの連絡をけるなり要請した応援が來たのだろう。砂原は地面に下りて博孝達を解放すると、周囲の警戒をしつつも博孝の怪我を治療するべく視線を向けた。すると、里香が首を振る。

「そ、その、わ、わたしが……」

里香は顔を青くしながらも、そう言う。それを聞いた砂原は眉を寄せたが、博孝は痛みを堪えて笑みを浮かべた。

「あー……教、ありがたいんですが、“里香”に治療をお願いしたいです」

博孝がそう言うと、名前を呼ばれた里香は僅かに顔を赤くする。他の人がいる前で名前を呼ばれるのは、想像以上に恥ずかしかった。これは確かに罰になるかもしれない、と思いつつも、名前を呼ばれたことで多張が解れる。

砂原はそんな二人の様子を見て、しだけ口の端を吊り上げた。

「なんだ、助けに來なかった方が良かったか?」

「いやいや、それはマジで助かりました! あと三十秒も遅かったら死んでましたって!」

からかいの言葉に、博孝は本気で答える。

砂原の接近を探知したから撤退したのだろうと、博孝は思う。そうでなければ、空中に巻き上げられた時點で『狙撃』をされたに違いない。引き際を弁えている辺りは、相手が“こういった”事態に慣れていることをじさせた。

「う、かないでっ」

「あ、はい、すいません」

治療を行おうとしていた里香から聲をかけられ、博孝はきを止める。初任務の時ならば『接合』が扱えなかったが、と一抹の不安を覚える博孝だが、里香はこれ以上ないほど真剣な表で博孝の傷口にれる。すると、里香の両手に白いが集まり、博孝の傷を癒し始めた。

そのことに里香はほっとするが、戦闘を行ったことで神が安定していないのか、『接合』の力が弱い。それを見た里香は僅かに表を歪めるが、博孝は苦笑しながら里香の手に自の手を重ねた。

「楽になってるよ。ありがとう」

「で、でも……」

「この調子なら出多量で死ぬこともないし、大丈夫だ。でも、里香ももっと訓練が必要かな? “もっと力があれば”、自分のを守ることも簡単になるよ。でも、さっきの『撃』は助かった。ありがとう」

何の意図もなく、博孝はそう言う。これを機に、里香ももっと長できるのではないか。“小隊長”としてそんなことを考え――次の瞬間、博孝から薄緑れ出す。

「あ?」

「え?」

薄緑は、里香の腕を包み込む。それと同時に、『接合』を行っていた傷口が瞬く間に塞がり始めた。例え里香が正常の時だろうと、それを上回る速度で。

「え? ちょ、あれ?」

「わ、わわ……ひ、博孝君っ、な、なにこれっ」

「お、俺に聞かれても!?」

に違和を覚える博孝だが、薄緑の『構力』は消えない。それでも博孝の傷が方塞がり、里香が『接合』を解除すると薄緑も消失した。

「河原崎……お前……」

そんな二人の様子を見ていた砂原は、真剣な表で呟く。驚愕するような視線を向けられるが、博孝としては首を傾げるばかりだ。

「い、いや、別に何もしてないんですけど……んん?」

砂原に弁明する傍ら、博孝は今までじていた『構力』とは違う違和をはっきりと知覚する。

「なんだこれ?」

里香の手に自の手を重ねたまま、『防殻』を発現する要領でその“違和”をってみた。すると、今度は里香のが薄緑に包まれる。

「……え?」

「あぅ……ひ、博孝君っ、こ、これなに?」

うような里香の聲に、博孝は里香の手を離す。すると、今度は博孝のが薄緑に包まれた。

「お? おお?」

意識して『防殻』を消すと、その『構力』も消える。もう一度『防殻』を発現すると、今度は通常の白い『構力』がを覆った。

「おー……」

納得したような、それでいて理解できていないような聲をらし、博孝は『防殻』を消す。そして、今度は先ほどと同じように“違和”のある『構力』に意識を向けつつ、『防殻』を発現した。

「あ、なんかコツが摑めたかも」

を覆う薄緑の『構力』を見て、博孝は呟く。一人納得する博孝を見ていた砂原だが、『構力』がこちらに近づいているのを探知した。

「ひとまず“それ”を消せ。応援の『ES能力者』が接近している」

「うす、了解です――あれ?」

博孝のから、薄緑が消える。だが、その瞬間大きな疲労をじ、博孝はから力が抜けた。

「ひ、博孝君っ」

倒れそうになる博孝を、里香が抱き留める。博孝はそれでなんとか踏みとどまったが、抱き留めてくれた里香の“らかさ”に、ぽろっと口をらせた。

「んー……らかい。あと、良い匂いですね、ええ」

「~~~っ!」

顔を真っ赤にした里香が素早くを離す。博孝はいきなり支えを失ったことでバランスを崩すと、そのまま地面に倒れ込んだ。

「ぎゃっ!?」

「……お前は何をしているんだ?」

砂原の視線と聲が冷たい。博孝は地面に倒れたままで顔を上げ――“以前”のように、低い視點から傍にいた里香を見上げることとなった。

「あ、二ーソックスだったのげふっ!」

顔を真っ赤にしたままの里香から追撃をくらい、博孝は地面を転がった。砂原はため息を吐くと、博孝のぐらを摑んで片手で持ち上げる。

「お前は本當に馬鹿だな……いや、図太いと言うべきか。まずは立て」

「うい」

呆れたような砂原の様子に、博孝は自の足で立つ。しかし、薄緑の『構力』を使うまではじなかった疲労に、眉を寄せる。それでも気合いで直立すると、砂原に視線を向けた。

「敵の狙いはわかったか?」

一応は周囲を警戒しつつ、砂原が尋ねる。それを聞いた博孝は、疲労で鈍る思考を頑張って回転させた。

「狙いですか……多分ですけど、訓練生を狙っただけで特定の“誰か”を狙ったわけじゃないと思いますよ」

「ふむ……拠は?」

「狙うなら……まあ、俺を狙うんじゃないですか? でも、相手は俺だけではなく里香も狙っていました。なんとか守りきれましたけど、殺せるなら“どっちでも良かった”ってじでしたね」

「そうか。岡島も同意見か?」

砂原に話を振られた里香は、未だに赤い顔で頷く。

「は、はい……わたしがひ、博孝、君と距離を取ろうとすると、すぐに『狙撃』が飛んできました。その、ひ、博孝君の意識をわたしに割くというよりも、単純に、わたしを狙ったようにじました」

「なるほどな。それで、相手の顔は見たんだな?」

今度は、博孝に話が振られる。

「ええ、一人だけですけどね。二十歳を超えたぐらいの男で、顔立ちは日本人……いや、アジア人って言った方が適切か……パッと見たじは日本人でしたけど、確証はないです。髪のは俺と同じぐらいの長さで、目印になるような傷とかはありませんでしたね。あと日本語を流暢に喋っていました」

「現場検証をして何か出てくれば良いが……」

「あ、それなら、膝蹴りを顎に叩き込んだ後、最後に全力で『撃』を撃ち込みました。死んでは……いないでしょうけど、探せば痕があるかもしれません」

手応えからして死んではいないだろうが、それでも下手をすれば死にかねない攻撃を加えたことに今更気付く博孝。戦闘の興が冷めると、それはとてつもなく恐ろしいことにじた。相手は明らかに自分達を殺す意図があったようだが、だからといって、それならば殺し返すという発想は“まだ”できない。

そのことに思い至った博孝は、無理矢理押さえ込んでいた恐怖でを震わせる。すると、それを見た砂原が博孝の頭に手を乗せた。

「気にするな、とは言わん。割り切れ、とも言わん。俺もかつては悩んだ問題だ」

そう言いつつ、博孝の頭を暴にでる。

「だが、死んでは元も子もない。おそらくは格上であろう『ES能力者』を相手に戦い、仲間を守りながらも生き延び、その上一撃れることもできたんだ。を張れ」

暖かい笑みを浮かべ、砂原は言う。博孝は顔を伏せると、歯を噛み締めながら頷く。

「……もっと、進します。次は負けないように」

「はっはっは、そんなところだけは真面目で、負けず嫌いな奴だ」

砂原がそう言うと、博孝もしだけ笑みを浮かべた。

「ん? どうやら応援が到著したようだな」

博孝の頭から手を離し、砂原が呟く。砂原の視線の先では、『ES能力者』らしき人が一小隊と、アサルトライフルを肩に下げた兵士がダース単位で駆けつけていた。

「“先ほど”の件については、訓練校に戻ってから話すぞ。まずは事聴取をけねばならん」

「……うわぁ、面倒ですねぇ。俺、もう帰って寢たいんですが」

『ES能力者』になってから久しくじていなかった大きな疲労に、博孝はそう呟く。そんな博孝の言葉を聞いて、砂原は苦笑した。

「諦めろ。これも『ES能力者』の義務だ」

「了解っす……」

「り、了解です」

博孝と里香は返事をする。しかし、博孝はそこで何かに気付いたように里香を見た。

「そういえば里香、手荷は?」

「えっ? あ、ああっ!?」

慌てた様子で里香も周囲を見回すが、既に日が落ちている。周囲の街燈はまばらで、見つけるのは難しいだろう。

博孝達がタクシーから飛び出した時には持っていたのだが、そこから戦闘に移行し、手に荷を持っている余裕がなかったのだ。そのためその場に放り出したのだが、敵が最後に放った『撃』によってアスファルトが散しており、荷がどこに行ったかわからなくなっていた。

幸いと言うべきか、里香もトートバッグに分証明の証になるようなものはれていない。『ES能力者』は常にに著けているバッジと攜帯電話で十分な分証明ができるため、必要ないのだ。

のお金をれていた財布は、まだいい。しかし、博孝が里香に贈ったうさぎのぬいぐるみも、一緒になくなったかもしれない。

「ぅう……」

それに気づいた里香は、目の端に涙を溜める。折角のプレゼントだったのだ。初デートの記念、というわけではないが、可らしい見た目に著が湧きかけていたため、悲しさがある。

「多分、どこかに転がっているだけだと思うけど……まあ、なんだ」

博孝は頬を軽く掻くと、照れ臭さを隠すように視線を逸らす。

「里香さえ良ければ、またデートに行こうか。今度は悩み相談とかなしで、ちゃんと。その時、また良いものを見つけてプレゼントするよ」

しばらくは訓練校から外出できそうにないが、と博孝は心で思う。それでも、あれほどまでに里香が喜んでくれたのだ。外出が可能になれば、また市街地に足をばしてみたい。

里香は博孝の言葉を聞き、目を瞬かせ、首から徐々に顔を赤くしながらも頷いた。

「う、うんっ」

博孝の申し出を聞き、里香はすぐに頷いた。食堂でデートのいをけた時とは違い、その決斷に迷いがない。

“何故”迷いがないかは自覚していなかったが、それでも、どこか嬉しさをじたのだ。

「やれやれ……本當に図太い奴だ」

応援を導しながらも、二人の様子を見ていた砂原は呆れたように呟く。

これから詳しい事聴取が行われ、訓練校でも警戒態勢が取られるだろう。それでもどこか甘酸っぱい雰囲気が漂う二人の様子に、しだけ見逃してやろうと思った。

“今後”のことを考えれば問題は山積みだが、今、しだけは。

年若いの邪魔をしないように、砂原は駆けつけてきた応援の者達と向き合う。

そして、幸いにもぬいぐるみは無事に見つかり、それを見た里香が嬉し泣きをしてしまうのだが――それはまた、別の話である。

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