《平和の守護者(書籍版タイトル:創世のエブリオット・シード)》第二十八話:獨自技能
―――『ES能力者』の訓練生、襲撃される。
それは、博孝達の名前は伏せられたものの紙面に載るほどの一大事として世間に公表された。過去に“何度か”起きた事件ではあるが、各方面に大きな衝撃をもたらすほどの事件である。
隠蔽しようにも、いくら市街地から離れていたとはいえ山間部の道路をまるごと吹き飛ばすほどの規模だったのだ。隠しようもない。
これを好機と見た『ES抗議団』が非難の聲を上げたが、世間では訓練生のでありながらも敵『ES能力者』を撃退したことに対する稱賛の聲が上がったほどだ。過去に起きた事件では、襲撃をけた訓練生は多くが死亡している。
訓練校の各生徒には夜間にメールで通知が行われ、授業等は通常通り行われるものの當面は訓練校周辺の警戒を強める旨が知らされた。そして、調査等が完了するまでは外出が止されている。
そのため、第七十一期生の訓練生達は朝からどこか張したような、ざわめくような雰囲気で朝食を取っていた。なにせ、彼らは“誰が”襲撃をけたかを知っているのだ。
十九時を過ぎても訓練校に戻ることがなかった、博孝と里香。その存在を知っているためである。
當初は気楽に、『外出許可が出るなり規則破りか』、『あの二人、いきなり大人の階段を昇りやがったのか』等々雑談のネタにしていた。
しかし、戦闘によって服をに染めた博孝と、その博孝ので服を汚した里香が砂原に連れられて訓練校に戻ってきたのを見て、何事かの異変があったのだと悟る。
そして、それを肯定するように通知されるメール。彼ら、あるいは彼らは、多大な興味を惹かれながらも、クラスメートが無事に戻ってきたことに安堵した。だが、一夜明けてみると、野次馬とでも言うべきに支配され、博孝と里香の二人に々と聞きたくなっていた。
「おはよーっす……って、な、なんだよ? 何か俺の顔についているか?」
食堂に博孝が姿を見せるなり、クラスメート達から一斉に視線が集まる。その視線の強さに、思わず博孝は食堂にるのを躊躇ったほどだ。しかし、ちょうど里香も食堂に來たのでそちらに視線を向ける。
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「あ、おはよう里香。は大丈夫か? 昨晩は良く眠れた?」
「あ、う、うん……お、おはよう、ひ、ひろたか……くん」
そこでわされる、朝の挨拶。しかし、様子を窺っていたクラスメート達は、それまで聞きたいと思っていた事件ではなく、二人の様子に興味をこそぎ奪われた。
「り、里香?」
「博孝君……だぁ?」
名前で呼び合う二人の姿に、クラスメート達は否応にもテンションを高めてしまう。昨日までは名字で呼び合っていた二人が、突然名前で呼び合っているのだ。
男子は、博孝が無理矢理里香をデートにったと思っていた。
子は、里香が嫌々ながらも仕方なくそれをけたと思っていた。
そのため、デートと言っても大したことにはならないだろうと思っていたのだ。
しかし、しかしである。蓋を開けてみれば、そんな年の予想を裏切る結末が眼前に展開されていた。
「ま、まさか……デートで距離をめた上に、窮地を一緒に切り抜けた二人! そこに、が芽生えたというの!?」
「きゃああああああああっ!」
「なにいいいいいぃぃ!? 河原崎いいいいぃぃっ! テメエエエエエエエェェ!」
「ちょっと表に出ろやゴルァッ!」
一気に上がる怒號と悲鳴と奇聲。
男子からは驚愕と嫉妬と怨嗟と、一部から尊敬が。
子からは歓喜と祝福と興と、一部から羨が。
混沌の坩堝(るつぼ)と化した食堂。博孝は朝からテンションが振り切った様子のクラスメート達を見て、頬を掻く。隣を見れば、里香は顔を真っ赤にするどころの騒ぎではなく、そのまま湯気でも出しそうだ。
そんな里香の顔を見た博孝は、むくむくと悪戯心が湧くのをじた。
「まあまあ、諸君。靜まりたまえ。そんなに俺と里香の間に何があったか聞きたいのかね?
んん?」
大仰に両手を振りつつ、博孝がそう言う。すると、沙織や希などを除くクラスメート達は一斉に頷いた。
『うんっ!』
「大変素直でよろしい! ならば、聞かせて進ぜよう! 俺と里香の間に何があったかをなっ!」
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「ひ、博孝くーん……」
突然ノリノリで話し始める博孝に、里香は顔を真っ赤にしたままで泣きつくように首を橫に振る。そんな二人を見て、それまでクラスメートに混じってテンションを上げていた恭介などは、『あ、なんか大変なことがあったみたいっすね』と冷靜さを取り戻した。博孝がこういった行を取る場合、大抵は周囲がむのとは違うオチが待っている可能が高い。
訓練校にってからの付き合いだが、それを良く知る恭介は朝食が冷める前に食べることにした。
そんな恭介の視界に収めつつも、博孝は遠くを見るように目を細める。
「そう、昨日俺と里香は、初デートということで市街地に行った。正門で兵士のおっちゃんにからかわれ、バスの中で先輩にからかわれ、立ち寄った雑貨屋でも店員のお姉さんにからかわれ、それでも初デートを敢行したんだ。あ、あとそこで目を輝かせている子連中、お前らが待ち合わせをしているところを出歯亀していたのはわかっているんだからな! あとで職員室に來いよ!」
『お前教師じゃないじゃん』と思ったのは、クラスメートの大半である。それでも博孝は振り手振りをえつつ、話を進めていく。
「いやぁ、カラオケで顔を真っ赤にしながらも歌う里香は可いらしかったね……カメラを買っておけば良かったと、あれほど後悔したことはないぜ。ウインドウショッピングをしたり、里香にプレゼントを買ったり、あとは夕暮れの公園で二人並んで話をしたりな」
話はしたが、その容は甘いものが一切ない、真剣なものだった。しかし、博孝は敢えてそのことは言わない。言う必要も、ないと思っている。
「そして、だ……そのあと、俺と里香は……」
博孝は、聲を潛めるように言う。すると、特に子連中がを乗り出した。
『そ、そのあと?』
興味津々です、と顔に書いたほとんどのクラスメートが息を呑む。沙織などは、クールに味噌を飲んでいたが。
博孝は十分に間を置き、そして言い放つ。
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「なんかいきなり『ES能力者』に襲われた! 以上!」
ぐっと拳を握り締め、博孝は大きな聲でそう言った。前のめりになっていたクラスメート達は、コントのように崩れ落ちる。
「って、なんじゃそりゃあああああ!?」
「何もないの!? 結局何もないの!?」
「このヘタレ! 期待させておいてなんだそのオチは!?」
「引っ込めチキンが! お前はそれでも男か!?」
瞬間、食堂で罵詈雑言の嵐が吹き荒れる。里香などは顔を真っ赤にして床にへたり込み、何も聞きたくないと言わんばかりに両手で耳を塞いだ。昨日博孝が『名前か稱で呼び合う』ことを罰と言ったが、まさかここまで大慘事になるとは思わなかったのだ。
「何もないって、『ES能力者』に襲われたって言ってんだろうが! それともなにか? 君らは何を期待したというのかね? ん? ほれ、言ってごらん?」
挑発するように博孝が言う。すると、さすがに年頃の年として直接口に出すのは恥ずかしいらしい。口を閉ざし、もごもごとするだけだ。
「うっせ! 手ぐらいつながなかったのかこのボケ!」
しかし、その中でも以前“沙織の件”でからかわれた中村が野次るように言った。それを聞いた博孝は、ニヤリと笑う。
「アホなこと言ってんじゃねえ! ちゃんと手をつないで、肩を抱いて、正面からも抱き締めて、押し倒したわ!」
ここで、弾を投下する博孝。
正確に言えば、敵の『ES能力者』に『通話』を悟らせないために『手をつないで』、敵を欺くために『肩を抱いて』、敵の攻撃から里香を守るために『正面から抱き締めて』、その上『押し倒した』のだ。
だが、それをわざわざ説明する博孝ではない。言葉を端折り、ノリノリで言ってのける。もっとも、昨晩起きた事件の“詳細”は言いふらすなと言われているのだ。
(あ、恭介はともかく、沙織っちまで味噌噴いてら)
非常に珍しいことに、沙織まで博孝の発言に驚いたらしい。他にもテーブルに置いていた攜帯を落下させるものも多數いて、博孝は満足そうに頷き―――それまで顔を真っ赤にしてへたり込んでいた里香に、ぽかぽかと叩かれる。
「も、もうっ、もうっ! ご、誤解を招くような言い方しちゃだめっ!」
「な、なんですとっ!? すべて真実だというのに!?」
「そ、そうだけどっ! う……うぅ~~~」
顔を真っ赤にして涙目で見上げてくる里香を見て、博孝はほっこりとした気持ちになった。やっていることは割と外道だが。
それでも博孝は周囲の反応を確認すると、一転して真剣な表になる。
「でも、敵の『ES能力者』に襲われたのは本當だ。お前らも注意しろよ? 今回は教がすぐに駆けつけてくれたから助かったけど、下手をしたら死んでたんだからな」
「……いや、博孝? いきなり真顔でそんなことを言われても、反応に困るっすよ」
「はっはっは。そうだよねいだっ!?」
恭介の呆れたような聲に答えていると、その途中で後頭部に激痛をじて博孝は前のめりに倒れる。何事かと倒れたまま視線を巡らせてみると、砂原が拳を構えた狀態で立っていた。
「朝から何を騒いでいる」
「いやぁ……クラスのみんなに、俺と里香の初デートについて掘り葉掘り聞かれまして」
後頭部を押さえながら博孝が立ち上がると、砂原はため息を吐く。昨晩命のかかった戦いを切り抜けたばかりだというのに、この図太さは一何なのか、と。
『ES寄生』ではなく『ES能力者』を相手にしたとは思えない、博孝の態度。“わざと”やっている部分もあるのだろうが、大部分は素の格なのだろう。張して実戦で実力が出せないよりはマシだが、と砂原は自分を納得させる。
「もうすぐ授業が始まるぞ。急いで朝食を済ませろ。それと、河原崎と岡島、お前らは朝食を取ったら教室に來い。そのあと、大場校長のところへ行く」
「了解です……って、教も一緒に? 授業はどうするんです?」
「お前達二人は午前の授業は免除だ。他の者は、代理の者が授業を行う。きちんとけろ。良いな?」
『はい!』
「よろしい」
生徒達の返事を聞き、砂原は踵を返す。
博孝と里香は顔を見合わせたものの、まずは朝食を取るべく、調理を行っている榊原に聲をかけるのだった。
朝食を取った博孝と里香は、砂原に連れられて訓練校の中央にある教員用の校舎へと足を運んだ。そして奧まった場所にある校長室に通されると、大場が安堵したような表で迎えてくれる。
「おお……河原崎君、岡島さん、無事で良かった」
「あー……“また”ご心配をおかけしまして、申し訳ないです」
「も、申し訳ございません……」
大場の心底安堵したような聲に、博孝と里香は頭を下げた。それを見た大場は、思わず苦笑する。
「そんなに畏まらないでくれたまえ。君達は無事だった。それ以上のことはないんだからね。ああ、立ち話もなんだ。ソファーに座りたまえ」
「失禮します」
大場の言葉に甘え、博孝と里香は革張りのソファーに並んで腰を掛けた。砂原は座らず、博孝達の傍で『休め』の姿勢を取っている。そんな砂原の様子を見た大場は再度苦笑すると、自は博孝達の対面に置かれたソファーに腰を下ろす。
「さて、今日二人を呼んだのは他でもない。昨晩の事件についてだ」
大場がそう言うと、校長室の扉がノックされて四人の男が室してくる。そのきは明らかに軍人のものであり、博孝の隣に座った里香が僅かに怯えたように震えた。すると、それを見て取ったのか、軍人達―――バッジをつけている『ES能力者』が、一緒にいた同僚を小突く。
「おい、お前の顔が怖いからの子を怯えさせちまったじゃねえか!」
「ああ、ゴメンな……って、この顔は生まれつきだよ!?」
場の空気を軽くするように、軽口を叩き合う。そのやり取りを聞いた博孝は、何かに発されたように目を輝かせる。階級章を見る限り伍長と兵長のため、階級差がある人間同士でやることではない。それでも階級差を超えた仲の良さが見て取れ、おそらくは訓練校の同期なのだろうと博孝は思った。
「いやぁ、すいませんね。この子、男の人に慣れてないんですよ……俺以外は。なので、昨日は苦労しました。何せ男の『ES能力者』が襲ってくるんですから。必死に撃退しましたよ」
「な、ひ、博孝君っ」
さらっとボケに乗っかる博孝。それを聞いた『ES能力者』達は吹き出すと、博孝の頭をぐしゃぐしゃにかき回す。
「はっはっは! いやいや、良い格をしてるなお前! だが、敵『ES能力者』を相手に彼を守りきったんだ! その臺詞を言う資格は十分だぞ!」
「そうだな。どうだ、訓練校を卒業したらうちの部隊に來ないか? 『ES能力者』二人を相手にして、応援が駆け付けるまで凌ぎ切ったんだ。即戦力になるだろう。諸手を挙げて歓迎するぞ?」
「お、マジっすか!? 將來の就職先が決まってるって素敵!」
そうやって博孝が『ES能力者』の二人と話していると、さすがに目に余ったのか砂原が鋭い視線を向ける。
「伍長、兵長、そこまでにしておけ。それと、如何に正規の任務ではないとはいえ、階級を考慮しない話し方は止めろ。訓練生に間違った認識を與える」
砂原がそう言うと、それまで博孝に構っていた伍長と兵長が直立不の勢を取る。
「はっ! 申し訳ございません軍曹殿!」
「うむ。それと河原崎、お前の“考え”はわかるが、さすがに自重しろ」
「すいません、教」
いつも通りに頭を下げる博孝。砂原はそんな博孝の隣に座る里香にも視線を向けるが、當初の張はなくなったようだ。それを確認した砂原は、大場に視線を送る。
「いやはや、本當に君は元気が良いね。もうし委するかと思ったんだが」
「生まれつきの分なもので、つい」
「はっはっは。いや、気にしなくて良い。今日は授業を休んでまで來てもらったんだ。“多”は目を瞑るとも」
つまり、“多”を超えるなということか、と博孝は思った。大場は博孝がしっかりと理解したのを見て、一つ頷く。
「では、話を戻そう。河原崎君、岡島さん、彼らは昨晩砂原君の要請をけて応援に駆け付けた部隊の者だ。今日は現場検証の結果を踏まえて、君たちに確認したいことがあってね」
そう言って、大場は伍長に視線を向ける。その視線をけた伍長は、手に持っていたファイルをテーブルの上に置いた。
「これは重要機事項になる。當然だが守義務が課せられるから、決して口外はするなよ?」
「了解です」
「は、はい」
伍長の言葉に頷く博孝と里香。それを見た伍長はファイルを開き、二人に見えるようにする。
「過去に我が國の訓練生および正規の部隊員を襲ったことがある、“他國”の『ES能力者』だ。直接顔を見た君達に、この中から事件の犯人を捜してもらいたい」
そう言われて、博孝と里香はファイルに目を通す。事前の聴取から、おそらくはアジア人のみに絞ってあるのだろう。ってある顔寫真は、全てアジア人の者ばかりだ。
必要以上の報を與えるつもりはないのか、顔寫真だけが並んでいる。その數は數十人分あり、他國の『ES能力者』がこれほど自分の國に潛り込んでいるのか、と博孝は戦慄した。しかも、これはアジア人だけに絞っている。全を見れば一何人になるのかと思った。
「……ん?」
何枚かページを捲ると、そのの一人に視線が向く。それは、昨晩博孝と里香を襲った『ES能力者』の顔寫真だった。
「里香、コイツだよな?」
「ん……う、うん。この人……だよね」
博孝と里香が揃って見解を示すと、伍長はその顔寫真を確認する。
「コイツか……運が良かったな。コイツは“モグラ”の中でもかなり危ない――」
「伍長」
砂原が、伍長の言葉を止めた。それを聞いた伍長は、喋り過ぎたかと姿勢を正す。
「はっ! 申し訳ございません!」
「まったく……河原崎、岡島、コイツで間違いはないんだな?」
謝罪をする伍長の姿に驚きつつも、博孝は頷く。
「間違いないです。俺も里香もしっかりと覚えていますよ。そうだよな、里香?」
「う、うん」
博孝が話を振り、里香が頷く。それを聞いた砂原は、ファイルにられた顔寫真を見て獰猛に笑った。
「――そうか、コイツか」
ギシリと、空気が軋む。校長室の空気を一変させ、砂原から濃な“死”の臭いが溢れる。
笑顔とは、本來は攻撃的なものだと実させるほど迫力のある笑み。笑顔とはが相手に牙を見せるためのものだと思わずにはいられない砂原の様子に、里香が『ひっ』と短い悲鳴を上げる。
「……教、さすがにこの空気は恐ろしすぎるんですが」
里香の悲鳴を聞き、なんとか、博孝はそれだけを口にした。すると、砂原は自制を取り戻したように表を消す。それと同時に濃な殺気も消え、頭を下げた。
「申し訳ございません、大場校長。しばかり自制心が外れました」
その言葉に、直していた大場や伍長、兵長も我に返ったようだ。
「ふぅ……まったく、心臓に悪いよ砂原君。君が生徒達を大事に思っているのは理解しているが、今は姿を消している相手だ。そこまで“やる気”になられても、私としても困る」
「は……申し訳ございません」
止めていた息を吐き出す大場に、自然と溢れ出た冷や汗を拭う伍長達。実戦経験があるであろう伍長達でも、今の砂原は恐ろしかったらしい。博孝としても、もし今の砂原が敵として登場したらすぐさま逃げの一手を打つだろうと思った。
大場の言う“やる気”が別の意味にしか聞こえなかった博孝は、目の端に涙を溜めた里香を落ち著かせるように軽く背中を叩く。里香はびくりとを震わせ、顔を真っ赤にした。それでなんとか意識が正常になったと判斷した博孝は、小さく『ごめん』と呟いて背中から手を離す。
そこからは、昨晩に行われた事聴取の繰り返しのような容だった。
「それで、この男が使っていたのは『防殻』、『武化』の二つ。潛んでいた奴が使ったのが『撃』と『狙撃』の二つ、か……」
「遠距離タイプの方は、目視でこっちを狙っていたとは思えないです。『探知』でこっちの位置を調べながら撃っていたんじゃないですかね」
「ふむ、なるほどな……お前の方からは目視で相手の姿を確認できなかったんだな?」
砂原や大場、伍長達をえて事実確認を行っていく。大場がこの場にいることに疑問を覚える博孝だったが、訓練校の校長ともなればこういった報も知る必要があるのだろうと自分を納得させた。
「俺は『探知』を使って相手の位置を調べました。そのあと目視でも確認しようと思ったんですが、無理でしたね。なにせ、目の前でナイフを振り回すおっかないお兄さんがいたんで。里香も見てないよな?」
「くすっ……う、うん、わたしも、目視で見つけられなかった。た、多分、『探知』だと思う」
博孝の言葉に小さく笑い、里香も自分の考えを述べた。
「それで、最後に『撃』八発を置き土産に逃走、と。『撃』だったんだな? 『狙撃』や『砲撃』じゃないんだな?」
「じた『構力』の規模からして、『撃』でした。というか、『砲撃』ってなんです?」
疑問を呈する博孝。伍長は砂原に視線を向けると、砂原が頷く。
「遠距離戦が得意な『攻撃型』が使う四級特殊技能だ。狙いの正確では『狙撃』に劣るが、程距離と威力に優れる。まあ、その威力を考えれば多狙いが逸れても問題ないほどだ」
そんな説明をしつつ、砂原は伍長に視線を向けながら答える。
「昨晩、敵の攻撃の破壊痕を見たが、あれは『撃』だろう。八発も撃ち込んであの規模なら、『狙撃』や『砲撃』ではあるまい」
「はっ、了解であります」
調書に文字を書き加える伍長。それを見た博孝は、答えてもらえるかわからなかったが質問を飛ばす。
「それで、昨晩俺達を襲ったうちの一人、さっきの顔寫真の奴は痕とか見つかりましたか?」
「あー……それがなぁ、見事に『撃』で全部吹き飛ばされていた。証拠などは全て消す辺り、手馴れてやがるよ」
「タクシーはどうです?」
「そっちも綺麗にスクラップだ。まあ、しは報が取れるかもしれないから、警察の鑑識にも協力を頼んでいる」
こちらは答えても問題なかったのか、兵長が答えた。しかし、その顔を見れば結果は一目瞭然である。
伍長はそれからいくつかの質問や確認を行い、調書を書き上げていく。そして兵長や砂原と容に間違いがないことを確認すると、現場に戻るのか立ち上がった。
「それじゃあ、良かったら卒業後の進路にうちの部隊も考えておいてくれ。績優秀者なら、大は希した部隊に行けるからな」
「はははっ、ありがとうございます」
最後に勧を行い、伍長達は校長室を後にする。それを見た大場は、一つ息を吐くと線でお茶を運んできてくれるよう連絡をした。
「ご苦労様、疲れたかね?」
「いや、これぐらいだったら大丈夫です」
「わ、わたしも、大丈夫です」
大場の労いの言葉に、博孝と里香は首を橫に振る。すると、すぐ近くで待機していたのか用のスーツを著たがお盆に急須とポット、それにカップを四つにお茶請け用のお菓子を乗せて室してきた。さすがに、伍長達がいる時はテーブルを調書や資料などで占拠されていたため、運べなかったらしい。
はカップにお茶を注ぐと、一禮して靜かに退室する。それをなんとなく見送る博孝だが、興味はすぐにお茶へと向いた。
「まだ聞きたいことがあるが、し休憩にしよう。砂原君も座りたまえ」
「いえ、小は……」
「君が立っていたら、彼らも寛げないだろう?」
「……はっ。それでは、失禮いたします」
大場の言葉に頷き、砂原が大場の隣に腰を下ろす。博孝は砂原が座ったのを見ると、お茶とお菓子に手をばした。
「それじゃあ、いただきます」
「い、いただきます……」
里香はお茶だけに手をばし、靜かに飲む。博孝はお茶を飲み、次いでお茶菓子――和三盆糖の干菓子を口に含む。優しい甘さが、し疲れた脳に沁みた。
「うわっ、なんだこれ! 口の中で溶けるぞ!?」
口にれ、唾にれると和三盆糖がさらりと溶ける。そしてじる甘味に、博孝は目を輝かせた。
「味しいかね?」
「めっちゃ味いっす!」
「はっはっは。それは良かった」
博孝の様子に相好を崩す大場。砂原はやれやれと言わんばかりにため息を吐き、里香は恥ずかしそうにしている。だが、そんな里香を見た博孝は、干菓子をつまんで里香を見た。
「ほら、味しいから里香も食べてみろよ」
「え、う、うん……た、食べるけど、その、“ソレ”は?」
「え? 決まってるだろ? はい、あーん」
「あうぅ……」
にこやかに笑って言うと、里香は顔を真っ赤にして俯いてしまう。その様子を見た大場は微笑むが、砂原が真顔で拳を鳴らしたので、博孝は慌てて自分の口に干菓子を放り込んだ。砂原の目が、自重しろと言っている。
「ふふふ……河原崎君は岡島さんと仲が良いんだね?」
「そりゃまあ、大切な仲間ですから」
大場の言葉に、博孝は笑顔で答えた。その言葉に大場は意味ありげに微笑むが、砂原が咳払いをして場の空気を変える。
「さて、お前達二人に殘ってもらったのは他でもない。河原崎、お前の“力”についてだ」
砂原がそう言うと、大場も博孝も表を引き締める。里香も、赤くしたままの顔を上げた。
「今、あの力を使えるか?」
「ちょっと待ってください……」
言われて、博孝はすぐに集中する。そしていつも発現している『構力』とは異なる“違和”を摑むと、その“違和”を作した。
瞬間、博孝のが薄緑の『構力』に包まれる。それを見た大場は、目を見開いた。
「おお……これが……」
嘆したように呟く。それを聞いた砂原は、小さく頷く。
「はい。おそらく、獨自技能に分類されると思われます。効果については、まだまだ検証する必要がありますが……」
そう言いつつ、砂原は博孝を見る。
「河原崎、お前はその“力”をどう見ている?」
博孝は、自のを見下ろす。そして両手を握って開き、の調子を確認した。すると、普段に比べて遙かに力が溢れているようにじる。
「うーん……多分ですけど、『防殻』とかみたいに防系の能力じゃないですね。かといって、攻撃系の能力でもない。支援系の能力だと思います」
「効果は?」
「効果は……里香、ちょっと手を貸してくれ」
「え? う、うん」
博孝に言われて、里香が手を出す。博孝は里香の手を優しく握ると、薄緑の『構力』を里香に移した。すると、里香のが薄緑のに包まれる。
「こうやって、他の『ES能力者』に対しても発現することが可能ですね。あと、この狀態で里香に『接合』を使ってもらったら、効果がかなり上がりました。多分、『療手』と同じぐらいはあったんじゃないですか?」
事前に心構えができていたからか、昨晩使った時に比べて疲労もない。それでも長時間は使えないな、と博孝は思った。
「俺も同意見だ。昨日お前が負った傷、あれを治すところを見ていたが、『療手』……いや、『治癒』並の回復力があった。そう考えると、治療系のES能力を増幅する力に見えるが……」
砂原は顎に手を當て、何かを考えるように沈黙する。そして、すぐさま博孝を見た。
「お前は初任務の際、死に掛けたな? その時、お前のをその『構力』が覆っていた。おそらくだが、自の怪我を治す力もある……いや、それだと辻褄が合わんな。あの時は怪我を治すというよりは、生命力そのものを増加させていたようにも見えた」
初任務の際、死に掛けた博孝が目を覚ましたのは薄緑の『構力』が理由なのだろうと砂原は見ている。しかし、自の怪我を治せると仮定すると、その後も博孝に対して『治癒』を行う必要があったのはおかしい。
「そうだな……立て、河原崎。そして、ここに來い」
砂原が立ち上がり、校長室の隅へと導く。博孝は何をする気だと思いつつも移すると、砂原が博孝を囲むようにして『防壁』を発現させた。
「その中で、“両方”の『構力』を発現しろ」
「……いきなり無茶振りしますね。ちょっと待ってください」
砂原の指示を聞き、博孝はひとまず“普通”の『構力』で防殻を発現する。そして、その上で先ほどの“違和”を探し出す。それが中々に難しかったが、それでも博孝はなんとか“違和”を見つけ、『防殻』と同じように発現させた。
その瞬間、博孝が最初に展開していた白い『防殻』が一気に力強いものへと変わる。それをじ取った砂原は、驚きから目を見開いた。
「……気分はどうだ? 痛みや不快はないか?」
「いや、そういったのはないんですけど、これ滅茶苦茶しんどいです。なんか、力がどんどん抜けているじです」
「ふむ……よし、『防殻』を消せ」
言われるがままに、博孝は『防殻』を消す。それを見た砂原は、思考を巡らせた後に次の指示を出す。
「では、次は『撃』だ。“両方”の『構力』を使っての矢を生み出してみろ。ただし、発はするな」
「……了解です」
疲労をじるが、それでも指示には従う博孝。目を閉じて意識を集中させて、二つの『構力』を使いながら『撃』を行う。そして可能な限りの矢を生み出して目を開き――驚愕した。
博孝の周囲には十を超える數のの矢が浮いている。砂原の発現した『防壁』にギリギリりきる數のの矢が浮かぶ景を見て、砂原は唸るように聲を上げた。
「これは……いいぞ、『撃』を止めろ」
慎重に、の矢を霧散させる博孝。すると、一気に疲労が襲いかかってきた。思わず、地面に膝をつく。
「っ……はぁ……はぁ……」
「立てるか?」
「ちょっと……しんどいです……」
足に力がらず、なんとかそれだけを口にした。それを見た砂原は、博孝に肩を貸してソファーに座らせる。
「ひ、博孝君っ。だ、大丈夫?」
「んー……おー、なんとか、な。疲れた、お菓子ちょーだい」
をかす気になれず、博孝は目を閉じながらそう言った。里香はその言葉に戸ったものの、干菓子をつまんで博孝の口元に持っていく。
「あーん」
「うぅ……あ、あーん」
恥ずかしそうにする里香だが、博孝から大きな反応はない。糖分を摂取し、お茶でを潤すと、なんとか目を開いた。
「ふぅ……ありがと、里香。それで教、さっきの“実験”はなんだったんですか?」
「うむ……」
砂原は重々しく頷く。長年『ES能力者』として生き抜いてきた彼は、博孝が見せた“力”について、大の見當がついていた。
「自分あるいは他の『ES能力者』のおよび『構力』、ES能力を強化する……いや、言わば『活化』する力だと思われる」
「『活化』……強化とは違うんですか?」
疲労を堪えながら博孝が言うと、砂原は首を橫に振った。
「いや、強化ではなく『活化』だな。死に掛けたお前がなんとか生き延びたのも、を『活化』させたことで自己治癒力を増進させたのだろう。普通の『構力』を発現した時、やけに『防殻』がいのを見た時からもしやとは思っていたんだ」
「はぁ……」
が重く、博孝は里香にもたれかかる。里香は顔を赤くして両手で押しのけようとするが、博孝はそれに構わなかった。
「えと、つまり……どういうことです?」
疲労で頭が回らず、博孝は直截に尋ねた。すると、砂原は苦笑する。
「一時的なドーピングが出來ると思え。まだまだ調べることはあるが、やES能力を一時的にとはいえ向上させることができるんだ。範囲や効果時間は調べていけばわかるだろうが、小隊長向きの能力だな」
「と言っても、これ本當に疲れるんですけど……」
里香に両手で押されつつ、博孝は言う。それを聞いた砂原は、僅かに眉を寄せた。
「そうか……使いこなせれば強力な能力になるだろうが、『構力』の消費が激しいのか? それとも、普通の『構力』と違って量がないのか……あるいは、今後の訓練次第で保有量が増えるのか……ふむ、ますます鍛えがいが出てきたな」
「うわーい、悲鳴を上げたいのに聲が出ねー。教、なんか目が輝いてますよー」
「なんだ? 泣き言か? しかしそれは聞けん。この能力は、敵対勢力からすればかなり厄介だ。お前自に強くなってもらわんとな」
「自分のは自分で守れってことですね。うわー、助けて里香―」
砂原の言葉に泣き言を言いつつ、博孝は里香に助けを求めた。しかし、顔を真っ赤にしながら博孝を押し返していた里香は、そこでふと表を変える。
「あ、あの……この話って、わ、わたしが聞いて良かったんですか?」
「そうだな……そこは悩んだのだが、クラスメートにも一人ぐらいは事を知る者がいた方が良いだろう。河原崎も気軽に相談ができる相手はしいだろうし、第一小隊の中でも岡島が最も多く河原崎の能力を目撃している。迂闊に言いふらすことがなければ、それで良い」
「は、はい……」
なんとか頷く里香。それを見た砂原は、大場に視線を向けた。
「大場校長、こういう理由がありまして……」
「うむ……獨自技能保持者か。“オリジナル”のESに適合した者は、多と言えど発現する者がいるらしいが……やはり、貴重なのかね?」
事の重大さを噛み締めるように、大場が尋ねる。
「獨自という名が指す通り、世界で一人だけしか持たない技能です。なくとも、河原崎が見せた『活化』、これを小は見たことがありません」
それに対して、砂原は真剣に答えた。大場はそんな砂原の様子に、しだけため息を吐く。
「そうか……昨晩起こった事件といい、今回の件といい、“それとなく”訓練校の防を増やした方が良さそうだね」
「疑念を招かない程度でお願いいたします。表向きの理由は、昨晩の事件についての懸念ということで良いでしょう」
「そうしよう。やれやれ、また々と調整事が増えそうだよ」
肩を竦めるように大場が言うと、博孝は里香にもたれかかる冗談を止めて、姿勢を正して頭を下げた。
「なんと言いますか……本當に々とご迷をおかけして、申し訳ないです」
頭を下げる博孝を見ると、大場は苦笑して手を振る。
「はっはっは。河原崎君が気にすることはないよ。生徒が安心して生活を送れるようにするのは、校長である私の役目だ。君はこれまで通り、“のびのび”と訓練に勵みなさい」
「はい! ありがとうございます!」
心から謝を込めて頭を下げる博孝。その博孝の様子を見た砂原は、しだけ視線を鋭くした。
「また、河原崎については當面休日の外出ができなくなるだろう。そこは我慢しろ。いいな?」
「それはまあ、仕方ないですよね」
砂原の言葉に博孝は頷く。さすがに、この狀況ですぐ外出したいとは思わない。
「だが、任務の際は外出せざるを得ない。そして、訓練でも任務でも、可能な限り『活化』は匿しろ」
「了解です。使ってみたじだと、自分のES能力を増幅させるだけなら見た目も変わらないですし、隠すだけならなんとかなると思います」
『活化』だけを使えば薄緑の『構力』が見えてしまうが、普通のES能力と合わせれば外見は力強いだけの普通のES能力だ。そこはなんとかなるだろうと、博孝は思った。博孝の言葉に砂原は頷くが、しだけ迷ったように視線を逸らし、すぐに力強い目で博孝を見る。
「しかし、だ。もしも命の危機に瀕する場合は、『活化』の存在が周囲に見しようとも遠慮なく使え」
その言葉は、博孝だけでなく周囲の者も含んでいた。それを聞いた博孝は、片眉を上げる。
「良いんですか?」
「構わん。どうせこの四人だけで匿するわけにもいかんからな。どの道、“上”にも報告は行く。その際、どこに“モグラ”がいるかわからん。どんなに匿に徹しても、お前が訓練校を卒業する頃には周囲に気付かれるだろう」
「わかりました。それなら、“その時”は遠慮なく使わせてもらいますよ」
殘念ながら、通常の白い『構力』と違って『活化』は目立つ。上手くやればES能力等を増強するその力も、他者や自のを対象とした場合は薄緑の『構力』が見えてしまうのだ。
納得する博孝だが、砂原は最後に意地悪く笑って見せる。
「あとは、その力を使いこなすために訓練が必要だな。『活化』を使うとしても、常に全力で使うと疲労が大きいだろう。面でも鍛える必要がある。ES能力も、もっと鍛えないといけない。喜べ河原崎、お前が『飛行』を覚えるのも、そう遠いことではないと思うぞ?」
「『飛行』が使えるのは嬉しいですけど、どんだけスパルタにする気なんですか……」
「安心しろ。普通の授業の範疇に抑えてやる。あと、お前はよく自主練習を行っているが、『活化』を使うのは自室の中だけにしろ。周囲に気付かれないようにな。當面は『活化』で消費する『構力』の保有量を増やすようにしろ。限界まで使えば、最大量も増えるだろう。その際は、『構力』が盡きないように注意するんだ。枯渇すれば、死ぬぞ?」
「うわぁ……自主練で死ぬ可能があることに、戦慄しますよ」
なんとか冗談で返し、博孝はため息を吐く。覚として自の『構力』の量は把握しているため、枯渇するような事態にはならないだろう。そもそも、それ以前に疲労で倒れる方が早い。
「あとは、そうだな……都合が合えば、個人的に稽古をつけてやろう」
「え? マジっすか!?」
「ああ。ならば得意だ。叩き込んでやる」
「怖いけどありがたいです!」
今後の展を考え、怖いやら嬉しいやら複雑である。それでも博孝は、自を鍛えなければそれが災いとなって自に返ってくると判斷して、気合いをれた。
それでも、砂原との稽古で死ななければ良いなぁ、とこっそりため息を吐くのだった。
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