《平和の守護者(書籍版タイトル:創世のエブリオット・シード)》第三十四話:妹ができました
「あー……あんまり外出が多いと、が鈍るなぁ。訓練してぇ」
訓練校に戻ってきた博孝は、開口一番にそう呟く。恭介あたりが聞けば、げんなりとするだろう。だが、博孝としては訓練に費やす時間が減れば、その分クラスメート達に置いていかれると思っていた。
時刻は正午前。訓練生は座學をけている時間だ。しかし、みらいの検査に付き合っていた博孝は、みらいを確保してから二日間病院に拘束されていた。
それでも、當初は三日かかると思われていた検査が二日で終わったことは喜ぶべきだろう。ここまで博孝達を護送してきた車から降り、をばしながら博孝はそんなことを思う。
「ここが……訓練校」
そんな博孝の傍では、みらいが僅かな興味を表に浮かべながら周囲を見回している。
検査の結果は、問題なし。みらいは普通の人間と同様に食事も睡眠も取り、長もしていくという結果だった。『ES能力者』であるため長の速度は不明だが、それは今後判明していくだろう。何か特別な病気を持っていることも、特定のウイルスに弱いということもなく、いたって健康だと太鼓判を押されている。
『構力』が不安定な一面はあるものの、博孝の『活化』によって押さえ込むことができ、今後訓練を重ねることで安定していくと思われた。
「そうだぞ、みらい。今日からここで生活していくんだ」
周囲を見回すみらいの頭をわしゃわしゃとで、博孝は笑顔を浮かべる。みらいは博孝にでられるままになっていたが、依然として興味を含んだ視線を周囲に向けていた。
「それでは河原崎、これから教室で河原崎の……」
博孝と里香同様、車に乗っていた砂原は護送の兵士達を送り返すと、傍に立つ二人に聲をかけてから頬を掻く。同じ苗字だと、呼ぶ時に紛らわしい。かといって、名字ではなく名前を呼ぶのはどうかと砂原は思った。
「同じ苗字だと紛らわしいな。河原崎兄、これから河原崎妹の紹介を行うぞ。丁度晝食前だ。し時間を取る」
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「なんかぞんざいなじが……いえ、フルネームで呼ばれるよりは良いんですけどね。とりあえず、みらいに自己紹介させれば良いと」
「じこ……しょうかい?」
博孝の言葉を聞き、首を傾げるみらい。その様子に、博孝は苦笑しながら答える。
「『河原崎みらいです』ってじで、自分のことを話すんだ。なに、気の良い奴らばっかりだし、不安に思うことはないからなー」
「……?」
不思議そうな顔をしているが、その場に立った時にサポートすれば良いだろう。博孝はそう判斷して、みらいの腕を引いて歩き出す。
博孝や砂原は任務の途中だったため、野戦服のままだ。対して、みらいは砂原が手配した子用の制服を著ている。さすがに、対面當初のボロボロな白いワンピースを著せておくわけにもいかない。しかし、砂原が手配した最も小さいサイズの制服でも丈が合わず、袖はぶかぶかで手が隠れ、スカートは若干ロングスカートのようになっている。
生徒達の中では小柄な里香と比較しても、みらいのは小さい。長も格も、博孝と同年代のの子に比べれば小さかった。
「しかし教、さすがにみらいが十三歳っていうのは無理があると思うんですが……その年齢だと、長期にっていると思いますよ」
みらいの姿を見ながら、博孝は愚癡のように言う。源次郎が用意した戸籍では、みらいの年齢が十三歳になっていたのだ。だが、外見年齢的には十歳を超えるかどうかであり、十三歳と聞いても大抵の人間は首を捻るだろう。
「長期と一口に言っても、中には長が遅い者もいるだろう? 河原崎妹は……そうだな、特別長が遅いんだ」
「なんで自分に言い聞かせるように言ってるんですか!? さては、教も無理があるなーって思ってるでしょ!?」
砂原は常識的なところがあり、博孝の言葉通り無理があると思っている。しかし、これは源次郎が決定したことなのだ。
「見た目通りの年齢にしたら、高くても十歳程度だ。そんない子供に“オリジナル”のESの適検査をした、などとは言えん。十三歳ならばまあ、ギリギリだな」
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何がギリギリなのか、と博孝は思う。それでも、砂原の言う通り外見通りの年齢にすれば十歳――下手をすればそれ以下にしか見えないみらいに対して、“オリジナル”のESの適試験を行ったというのは裁が悪すぎる。
「口八丁はお前の得意技だろう? 上手く誤魔化せ」
「……やっぱり、誤魔化す必要があると思ってるんじゃないですか。それじゃあみらい、答えられないことがあったら、俺に振るように」
一応はみらいに指示を出しつつ、博孝はため息を吐く。どうなることやら、と思いつつ、博孝達は教室に向かって進んでいく。
教室の中の様子を窺ってみると、タイミング良く授業が終わりに差し掛かっていた。砂原は博孝にその場で待機するよう言うと、扉を開けて教室へとっていく。
突然野戦服姿で現れた砂原を見て、生徒達から揺の聲が上がった。しかし、先日の任務の“後始末”から戻ってきた旨を告げると、それで納得したのか靜かになる。
砂原はそれまで座學を行っていた代理の『ES能力者』に禮を言うと、席に座る生徒達を見渡す。
「さて諸君、突然ではあるが、晝食の前に転生を紹介する」
砂原のその一言で、クラスの中がざわめく。生徒達の間には困の表と聲が飛びっており、ほとんどの者は傍の生徒と小聲で話し合う。
その困も仕方がないと、砂原は思った。ここは“普通”の學校ではなく、『ES能力者』の訓練生が通う訓練校。転生と言われても、一どこから転してくるのか、と疑問に思うのが當然だった。
もしも同盟関係にある國同士で換留學が行われていれば、転というのも理解できただろう。しかし、他國に帰屬する訓練生をけれることは機の関係上不可能だ。
『ES能力者』の訓練生は將來の國防を擔う要であり、他國の刺客が優先的に狙うほどである。博孝や里香が襲われたように、訓練生のように仕留めやすいに仕留めておくというのは常道であり、將來自國にとって大きな障害になるようならば、その優先度は高まる。
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大きな障害になるという點では、源次郎や砂原は他國からの注目が高い。もっとも、源次郎や砂原を仕留めるためには多大な被害を覚悟する必要があるため、逆に手出しをされないのだが。
「りたまえ」
砂原が教室の扉に向けて、聲をかける。それを聞いた博孝は扉を開け、みらいの背中を押しながら教室へと足を踏みれた。そして教壇の傍まで歩み寄ると、生徒達を見るようみらいに促す。
「河原崎みらい君だ。諸君、仲良くするように」
黒板に『河原崎みらい』と書き、砂原が告げる。クラスの大半は驚愕と疑問を浮かべており、例外は第一小隊の隊員達だけだ。里香や恭介は目を輝かせているが、沙織は興味なさそうに窓の外を見ている。
博孝が促すと、みらいはゆっくりと口を開いた。
「河原崎……みらい、です」
たどたどしく自分の名前を告げ、沈黙する。博孝はみらいを見ながら思わず苦笑すると、あちこちから視線をじて顔を上げた。
「河原崎って……」
「偶然? でも、兄妹にしては似てないし……というか、日本人?」
疑問の聲と視線が博孝に集中する。それをけた博孝は、不敵に笑いながら両腕を広げつつ、クラスメートを見渡した。
「ふふん、俺の自慢の妹だ。どうだ、可かろう?」
を張り、自慢げに言い放つ博孝。しかし、すぐさま何かを思い出したように両手を打ち合わせる。
「あ、みらいが可いからって、ちょっかい出したら容赦しないんで悪しからず。その時は、全力で“悪い蟲”を殺蟲するからな?」
「殺蟲……博孝、さすがに殺すのはどうかと思うっすよ」
初っ端から釘を刺す博孝に若干引きつつ、恭介は一言だけツッコミをれた。しかし、それを聞いた博孝は真顔で手を振る。
「大丈夫大丈夫。半分だけにしておくから」
「それって半殺しじゃないっすか!?」
「そうとも言う。そんでもって、『接合』を使って回復させてからまた半分を叩き潰す。そうすることで、半分と半分で合計一人分だ!」
「そんな足し算は嫌っすよ……」
拳を握りしめて言い放つ博孝。恭介は頭を抱えているが、クラスメート達の興味はその程度で薄れるほど生易しいものではない。
真っ白のと髪に、赤い瞳。そして、い顔立ち。博孝の妹であるということもそうだが、気になる點は多々あった。
「質問っ。みらいちゃんは何歳なの? 河原崎君の妹って言っても、だいぶ年下に見えるけど?」
そんな中、一人の子生徒が質問を飛ばす。その質問を聞いたみらいは首を傾げると、博孝の袖を引いた。
「……おにぃちゃん」
「みらいは十三歳だ。ちょっと長が遅いけど、ピチピチの中學生だぞ?」
みらいの意をけて、博孝が答える。すると、質問した子生徒は驚いたように目を見開いた。
「ピチピチって……死語じゃない? というか、十三歳? 五歳引いても通じるわよ」
「五歳引く? つまり、八歳だと? みらいが小っちゃいからって馬鹿にするなよぅっ! みらいは長が遅いんですー、これから長するんですー。十年経ってナイスバディに長したみらいを見て、涙ながらにハンカチを噛むと良いわっ!」
「えー……馬鹿にしてないし、なによそのリアクション……」
博孝の意味がわからないハイテンションに対して、子生徒は気が削がれたように下がる。『ES能力者』として十年の歳を重ねても、それほど長するとは思えないというツッコミは控えた。言えば、博孝がさらにヒートアップすると思ったからである。
「それじゃあ質問! みらいちゃんは日本人? 目のとか髪のとか、日本人とは思えねぇ」
今度は男子生徒――以前博孝にちょっかいをかけていた城之が質問をした。たしかにみらいの目のは赤であり、髪のは銀にも見える白だ。日本人とは思えないだろう。
その質問を聞いた博孝は、やれやれと言わんばかりに肩を竦める。
「おいおい城之よ、世の中、特に大人には々とあるんだよ。みらいは間違いなく俺の妹だけど、ワケありなのさ。なあ、わかるだろ?」
的には語らず、相手に想像させることで納得させようとする博孝。事実、博孝の言葉を聞いた城之は、バツが悪そうに頭を下げる。
「そ、それもそうか……すまん。気になってつい……」
城之の頭の中では、妹ではあるもののがつながっていない――いや、つながってはいるが、“半分”だと想像していた。親の“片方”は一緒だが、と。
「気にするなよ。みらいが俺の妹ってことに違いはないんだからさ。それとも聞くか? 聞くも涙、語るも涙の俺達兄妹の語を……」
「いや、いいよ……遠慮する」
引き下がった城之を見つつ、博孝は心で両親に対して謝罪する。これで、クラスメートの大半に“勘違い”されただろう。もっと上手く言い逃れできれば良いのだが、“家庭の複雑な事”を盾にした方が深く詮索されないと思ったのだ。
恭介は呆れたような目で博孝を見ているが、博孝はまったく気にせずにいる。
「彼は河原崎兄が“オリジナル”のESに適合したことで、特別に適検査が行われたのだ。その結果、彼も適合した。しかし、『構力』が不安定でな。家族である河原崎兄の傍にいると『構力』が安定することが確認されているため、第七十一期訓練生として“転”することになった。仲良くするように」
博孝が誤魔化しているのに被せるように、砂原が言う。しかし、僅かに表を厳しいものにすると、言い含めるようにして言った。
「ただし、この子が“オリジナル”のESに適合したことについては、報規制が行われている。諸君らも口外するな」
砂原がそう言うと、訓練校に校して半年以上経つ生徒達は、言葉の意味を理解して頷く。年齢や“オリジナル”のESに適合したという點で、匿が高いと思ったのだ。
「それと、河原崎妹については途中からの転ということで、知識や技が不足している。諸君らも、彼から質問等をけたら教えてやるといい。人數の関係もあるし、當面は小隊にも所屬させずに座學や訓練に勵むことになるだろう」
そこまで言うと、砂原は時計を確認する。丁度食事の時間となっており、話を切るには都合が良かった。
「それでは、この場は解散とする。折角だ、質問等は晝休みに食事でも取りながら行え。河原崎兄、妹の攜帯端末は現在発注しているが、屆くまで時間がかかる。食事代や服代は出してやれ。ああ、ベッドや布団はお前の部屋に運び込むよう指示を出しておく」
さらりと弾発言を行ってから、砂原は教室から退室していく。生徒達は砂原の言葉を反芻し、最後におかしいところがあることに気付いた。
「ベッドや布団を……」
「河原崎の部屋に運び込む?」
なんだそれは、と生徒達は顔を見合わせる。それではまるで、博孝とみらいが一緒の部屋に住むようではないか。そんな疑問を浮かべる生徒達を見て、博孝は笑顔で告げた。
「あ、みらいは俺の部屋に住むんで。おら、男連中はの子の目があると思って生活しろよ。それと、萬が一みらいに夜這いを仕掛けたら、もれなく第一小隊による私刑(リンチ)が行われた上で、顔面に油ペンで『私はロリコンです』と書いてやるからな?」
「ちょっと、勝手にアホなことにわたしを駆り出さないでくれる?」
博孝の言葉を聞いた沙織からクレームの聲が上がるが、博孝はさらりと聞き流す。
「一緒に住むのは、みらいの『構力』を安定させるためだ。それに、兄妹だから一緒の部屋で生活しても問題ないだろ?」
博孝が他意はないように言うと、実際に兄弟姉妹を持つ何人かの生徒は同意するように頷く。
「まあ、兄妹ならな」
「そうだな。別に気にならないし」
うんうんと頷く何人かの生徒。しかし、他の生徒は疑わしそうに博孝を見る。
「いくら兄妹と言っても……ねえ?」
「みらいちゃん、可いし……」
「俺なら手を出すね」
「おいちょっと最後にこっそり言ったやつ前に出ろ! 今すぐにだ! 出てこないと無差別に男子を叩きのめすぞゴラァッ!」
聞き逃せない発言を耳にした博孝は、そう言うなり機を踏み臺にして跳躍する。そして聲が聞こえたと思わしき男子生徒の傍に著地すると、歯ぎしりをしながら瞳孔が開いた目を向けた。
「お前か? それとも……お前かあああぁぁっ!?」
「うわっ!? 河原崎がキレたぞ!」
「ええい! 『盾』で押さえ込め!」
「毆れ毆れ! 囲んで毆れ! 気を失わせろ!」
博孝が暴走し、途端に騒がしくなる教室。
結局、教室が靜かになったのは、戻ってきた砂原によって騒いだ全員が毆り倒されてからだった。
「いやぁ、ノリが良いクラスメートって素敵だよね」
「本気で暴れていた人間の言う臺詞じゃないっすよ。てか、なんで俺も教に毆られたんだか……今回は騒いでないっすよ……」
場所は変わって、第七十一期訓練生達が利用する食堂。そこで博孝は、第一小隊にみらいを加えたメンバーで晝食を取っていた。その周囲にはみらいに質問をしたい子生徒が中心となって集まっており、かつてないほど騒がしい晝食になっている。
男子生徒は全員、砂原の手によって頭にたんこぶを作っており、その元兇である博孝の脇腹を一発ずつ毆ってから晝食の席についていた。それだけで済ませるクラスメート達に、心では謝する博孝である。
博孝と恭介は鶏ももの唐揚げ定食、里香と沙織は鯖の塩焼き定食、そしてみらいは、榊原が作った特製のお子様ランチを選んだ。榊原などは、食事を注文するときにみらいの姿を見て僅かに驚いたものの、『よく食べて大きくなるんだよ』という一言で済ませていた。さすがに博孝が申し訳なく思っても、榊原は気にしない。
「いやぁ、悪いですねおねーさん。みらいのために特別メニューを作ってもらっちゃって……手間でしょう?」
「なんだいヒロ坊、そんなこと気にするんじゃないよ。あんたの妹なんだろう? そんな水臭いこと言うもんじゃないよ」
あっはっは、と笑いながら博孝の肩を叩くだけである。博孝はそんな榊原に謝すると、定食のトレーをけ取ってきたのだ。
「それじゃあみらい、『いただきます』だ。箸は使えるか? スプーンとフォークがついてるけど、そっちを使うか?」
「いただき……ます? はし? すぷーん使う」
「そうかそうか。おっと、服が汚れたら大変だな。ちょっと紙エプロン取ってくる」
「……ん」
みらいの返事を聞き、ダッシュで汚れ防止用の紙エプロンを取りに行く博孝。席に戻ると、それを手ずからみらいの首元にかける。そして口元が汚れれば紙ナプキンで口元を拭い、飲みがなくなれば自ら取りに行くという獻ぶりだ。
そんな博孝とみらいを挾んだ反対側の席には里香が座り、食べ方などを教えている。博孝の妹というよりもい子供に対する扱いだったが、事を知っている第一小隊のメンバーは特に口出しをしなかった。
甲斐甲斐しく世話を焼く博孝を、どこか微笑ましく見る恭介。しかし、隣の席に座っていた沙織が、どこかつまらないように目を細めていることに気付いた。
「お? 博孝を取られて妬いてるんっすか?」
そしてすぐさま冗談を飛ばす。堅で、普段はからかう機會がない沙織をしでもいじってみようと思い――その代償はすぐさま払われることとなる。
「っ!」
ズドン、というおよそ人が立ててはならない音が辺りに鳴り響く。控えめに言えばプロボクサーがサンドバックを全力で毆ったような、控えずに言えば加速したトラックが激突したような、そんな音だった。それと同時に恭介が崩れ落ち、機へと突っ伏す。
「ちょ……お、ま……座った狀態の、零距離リバーブローでこの威力とか、マジ、かんべ、んっす……」
「あんたがアホなことを言っているからよっ!」
突然響いた音にクラスメート達が目を丸くしているが、機に突っ伏したのが恭介だとわかるとそれぞれ食事に戻る。博孝同様、『またいつもの病気か』と流されたのだ。
対面の席でそんなやり取りが行われていることを気にせず、みらいはお子様ランチを食べることに熱中し、博孝と里香はそんなみらいを見て穏やかに笑顔を浮かべている。
「みらいちゃん、味しい?」
「……おいしい」
「そ、そう。なら、これも食べる?」
「……たべる」
時折みらいが口元を汚すのを見て、里香も紙ナプキンで口元を拭いてやりながら自分が食べていた鯖の塩焼きを見せる。みらいは目を輝かせながら頷き、里香はみらいの箸を使って鯖のをほぐし、その口元に運んだ。
「は、はい。あーん」
「……あー」
ん、と言いつつ、みらいは鯖の塩焼きを口にする。そして味わうように咀嚼すると、しだけ眉を寄せた。
「おいしい……けど、からい」
「あ、し、塩辛かった? はい、お茶だよ」
里香がお茶のったコップを手渡すと、みらいはゆっくりと飲み干す。しかし、食はまだ満たされないのか、博孝が選んだ鶏ももの唐揚げ定食にしそうな視線を向けた。
「おっと、食べたいのか?」
みらいの視線に気づき、博孝が問う。すると、みらいは何度も頷く。
「意外と大食いなのかな? まあいいや。ほら」
唐揚げが乗った皿をみらいに差し出すと、みらいはフォークで唐揚げを突き刺す。唐揚げのがザクッと音を立て、僅かにが飛んだ。だが、みらいはそんなことを気にせず、目を輝かせながら唐揚げを口に運ぶ。
「おー……」
味しかったのか、みらいが小さな聲をらす。その様子を遠巻きに見ていた子生徒達は、自が食べていた料理を手に持ってみらいの傍に群がり始めた。
「みらいちゃん、こっちも食べてみる? 味しいよー」
「……ん。たべる」
「それじゃあ、こっちはデザートのプリンをあげちゃう! ほら、甘いよ」
「ん……おいしい」
子生徒達が差し出す料理を、はむはむと食べるみらい。その様子を見た子生徒達は頬を緩め、我先にと料理をみらいに差し出していく。
「おーい、こっちにも味しいものがあるからおいでー。なーに、怖いことはしないからさぁ」
「って、だからさっきから誰だ!? 表に出ろ! 『撃』を十発連続で叩き込むぞ!」
子生徒と一部の男子生徒から聲がかかり、みらいは差し出される料理を次々に平らげていく。その小柄なのどこにるのかと不思議なほどだが、博孝は先ほどから不穏な発言をしている不屆き者を探すことに夢中だった。
「……おにぃちゃん」
そうやっていると、不意にみらいが博孝の袖を引いて名を呼ぶ。博孝はそれで我に返ると、いつの間にかみらいが食べて空になった皿がテーブルに積まれていることに気付き、目を瞬かせる。
「よく食べるなぁ……それで、何かな?」
俺より食うかもしれん、などと思いつつ、博孝は首を傾げた。すると、みらいは子生徒達のうちの一人、希に視線を向ける。
「なんで……この人はみんなと違うの?」
「違う? 違うってーと……」
みらいの視線の先を辿り、博孝は希を見た――正確には、その部を。
みらいの目は不可解だと言わんばかりの怪訝さを含んでおり、それを見た博孝はしたり顔で頷く。みらいの疑問ももっともだと、たしかに他の子に比べれば大きいな、と心の底から同意する。
「ああ、なるほど。それはだね……松下さんには、男の夢と希がたくさん詰まってるからでげふぅっ!?」
良からぬことを口走った瞬間、周囲の子生徒および一部の男子生徒から袋叩きに遭う博孝。椅子から床へと引き倒され、暴の嵐に巻き込まれる。
「あっ、やめっ、ごめんなさい! 冗談です! いや、夢と希が詰まっているのは本當だけどって顔はやめてっ! って、おい子! あんまり蹴るとスカートの中を覗くぞ――噓ですごめんなさい冗談です! 許してっ!」
「自分の妹に何を教えてるの!」
「前から思ってたけど、あなた馬鹿でしょう!? 本當に馬鹿でしょう!? 心の底から馬鹿でしょう!? あと覗くなっ!」
「やーい、バーカ。河原崎のバーカ。よし、みらいちゃん、あっちでお兄さんが味しいものを奢ってあげるから、こっちにおいで?」
食事の場が一転、袋叩きの死刑場に変貌した。博孝の言葉を聞くなり攻撃が激しくなり、博孝は必死に床を転がって逃げう。
「ええいちくしょう! 思わず口がったぜ! ここは戦略的撤退だ! あとさっきから危ない発言をしているやつ! みらいに近づいたら、我が師匠である『里香お姉ちゃん』が恐怖のコマンドサンボを叩き込むから絶対に近づくなよ!」
「た、叩き込まないよっ!?」
食事もそこそこに、食堂から逃げ出す博孝。ちなみにコマンドサンボ――サンボは、ソビエト連邦で軍隊格闘としても発展した格闘技である。突然名指しで話を振られた里香は、そんなものは習ったことがないと首を橫に振って否定する。
博孝が袋叩きに遭い、食堂から逃げ出してもみらいはじず、自分のをペタペタとって首を傾げる。
「ゆめと……きぼう?」
「み、みらいちゃん? 博孝君の言うことは気にしたら駄目だよ。めっ、だからね」
「うん……りかおねぇちゃんがそう言うなら……」
里香が言い含めると、みらいは納得したのか頷く。その様子を苦笑して見ていた希は、博孝が座っていた椅子に腰を掛けた。
「みらいちゃん、か……ふふ、可らしい。でも、この子が河原崎君の妹さんかぁ……あまり、似てないかな?」
希がそう言うと、みらいは不思議そうな視線を希に向ける。その視線をけた希は、申し訳なさそうに頭を下げた。
「自己紹介がまだだったわね。わたしは松下希。わたしがみんなと違うのは、わたしが年上だから……かな?」
「……年上?」
「そう。わたしは、十八歳の時に『ES能力者』の適検査に引っかかったの。だから、周りのみんなと違うのは、その分長しているから」
そう言って微笑む希。対面の席に座っていた恭介は、鼻の下をばしながら頷く。
「そうっすよみらいちゃん。希さんは他のみんなに比べて長して――いや、例え三年経っても追いつけないほどに長してるだけで……はっ!?」
自慢げに話をしていた恭介だが、先ほど博孝を袋叩きにしていた子生徒達から剣呑な視線を向けられていることに気付く。その視線の鋭さに、恭介は思わず席から立ち上がった。
「あ、お、俺、教室に忘れをしてたっす!」
言うなり、恭介は博孝と同じように食堂から逃げ出す。しかし、それよりも早く子生徒の一人が放った足払いによって、床へと転がった。
「ひいぃっ!? い、命だけは助けてほしいっすよ!」
殺気が迸る目つきの子に囲まれた恭介は、も蓋もなく命乞いを始める。躊躇なく命乞いをできるほどには、その場の空気が恐ろしかった。男子は恭介に対して黙とうを捧げ、巻き込まれないように食堂から退散していく。
「いや、武倉は良い奴だったよ……馬鹿だったけどな」
「ああ、明るくて気さくなムードメーカーだった……馬鹿だったけどな」
「ちょっと!? 過去形で言いながら逃げるのはやめてほしいっす! 助けてほしいっす!」
恭介が手をばすが、男子生徒達は合掌しながら食堂から出ていく。恭介が絶の表を浮かべていると、その周囲を囲んでいた子生徒が口を開く。
「大きければ偉いの? 大きければ正義なの? 小さいことは悪だとでも言うの?」
「希さんが大きすぎるからいけないの。わたし達は正常なのよ!」
「そう、わたし達はこれからまだまだ長するんだから!」
「あれ? なんか、ただ不満をぶつけられているだけのような気がしてきたっす……」
の危険をじたものの、不満をぶつけられるだけの恭介。これは無事に切り抜けられると判斷し、この場を収めるべく言い放つ。
「そ、そうっすよ! 將來絶するかもしれないっすけど、そう思っていれば大きくなる……かも……」
言葉の選択を間違えたと、恭介は思った。數人の子が無言で毆りかかってくるのを見て、恭介は生きて午後の授業が迎えられるように願う。
そんな恭介や苦笑している希を、みらいは不思議そうに眺めていた。
一日の授業が終わり、部屋へと戻った博孝は疲れたようにため息を吐く。
「いやはや、なんとも騒がしい一日だった……半分以上は自業自得だけど」
午後からの実技訓練では、小隊同士の模擬戦が行われる傍らで砂原がみらいに対して指導を行っていた。『構力』の扱いについては、教である砂原が最も優れている。その砂原が指導を行うことで『構力』の暴走を起こさないよう注意していたのだが、予想に反してみらいの『構力』が暴走することはなかった。
他者の『構力』をじ取ったことで多『構力』が不安定になったものの、砂原や博孝が危懼したような事態には陥っていない。それでも、訓練が終わった後は博孝が『活化』を使い、みらいの『構力』を安定させた。
時刻は午後八時を回っており、既に夕食は食べ終えている。夕食でもみらいは子生徒に大人気だったのだが、みらい自は食べることに集中していた。どうやら食事という行為を気にっているらしく、博孝が驚くほどの健啖ぶりを発揮している。
そのみらいは今、博孝の部屋で運び込まれたベッドの上に立ち、スプリングが自のを押し上げるを楽しんでいる。楽しむと言っても、無表のままベッドの上で飛び跳ねているだけだが。
(寢るまでの訓練でもしておきたいところだけど、みらいから目を離すわけにもいかないし……先に寢かせたら大丈夫か? 『構力』が暴走している時に気絶させるならともかく、平常時なら寢ていても『構力』を暴走させないだろうし……)
無無表ながらも、元気にベッドで飛び跳ねているみらいを見つつ、博孝はそんなことを考える。そんな博孝の視線をけたからか、みらいはベッドの上で用に後方宙返りを始めた。まるでトランポリンのようにベッドのスプリングを利用し、その場で何度も後方宙返りをする。
「こらこら、そんなことをしたらベッドが壊れるでしょ。というか、パンツが見えてる。はしたないぞー。お兄ちゃん、みらいをそんな子に育てた覚えはないぞー」
恥じらいどころか普通の人間が持つであろうを置き去りにしたみらいは、宙返りを止めて床に降り立つと博孝の言葉に対して首を傾げた。
「はした……ない?」
「そう、はしたない。清楚にしていろとは言わないけど、ほどほどにな? あと、宙返りをするのは良いけど、ベッドの上は駄目。というか、せめてズボンを履くかスカートの中にスパッツをだなぁ……」
子に言い聞かせる親のような口振りで言う博孝。しかし、そこでふと気になることがあって眉を寄せた。
の子用のズボンやスパッツなど、博孝は持ち合わせていない。それは當然であり、持っていたら々と問題なのだが、みらいのことを考えると洋服の一つや二つは用意して然るべきだろう。
「そういえば、教が制服の手配はしてくれたけど……服とかはどうなってるんだ?」
ベッドと一緒に一つの段ボールが運び込まれており、博孝は蓋を開けて中を確認する。段ボールの中にはSサイズの子制服と運著、それと野戦服がっていた。みらいの型を考えると今後オーダーメイドする必要があるが、當面著る分には問題ないだろう。ダボダボの制服を著て、ちょこちょことき回るみらいの姿は子生徒達に大人気だった。
「んー……ん、んん? あれ? これだけ?」
段ボールの中を漁っても、出てきたのは授業や訓練、任務で著る服だけだ。私服の類も、下著の類もなかった。博孝はその事実を理解すると、額に冷や汗が浮かぶのをじる。
「いやいやいやっ! せめて下著とパジャマくらいはれといてくださいよ教! 嫌がらせ? これはもしかして嫌がらせ?」
用意する時間がなかったのか、それとも普段ふざけることが多い自分に対する嫌がらせなのか。博孝はどちらだろうと悩みつつも、事態の解決を図るべく思考を働かせる。
「『服飾』宛にメールを送ったら……でもこの時間だし、屆くのは明日以降……大、俺が使っている攜帯から子用……むしろ児用? の下著を注文するとか……注文をけ取った方も困るだろ! 『え? なにこの子、こんなの注文して何に使うの?』とか『おいおい、相手は思春期だ。複雑なんだよ。わかってやれよ』とか、そんな會話が繰り広げられたら……死ねるっ!」
頭を抱え、のた打ち回る博孝。みらいはそんな博孝を不思議そうに見ると、その肩を小さな手で叩く。
「……おにぃちゃん」
「ん? お、おおっ! 大丈夫だぞみらい! お兄ちゃんは元気だ!」
「おふろ……りたい」
「追い打ちですね! さっすが俺の妹、容赦がねえや!」
みらいも実技訓練を行ったため、汗をかいている。そのため、お風呂にりたくなったのだろう。博孝がそう考えていると、みらいは博孝のリアクションを承諾と取ったのか、その場で服をぎ始める。
「ストーップ! はいストップ! みらいさん、ストップ! ここでいだら駄目! 服は所でぐこと! あと、著替えがないからちょっと待ってくれ!」
「……おふろ」
博孝が止めると、みらいはどこか悲しそうな目をした。その目を見た博孝は、怯んだように後ずさる。
「こ、こんな時だけそんな顔をするなんて、ズルいぞみらいっ! 十分で買ってくるから、服を著て待っていてくれ!」
それだけを言い殘し、博孝は売店を目指して走り出す。幸いと言うべきか、売店は生徒達のことを考えて午後九時ごろまで営業している。お菓子や軽食、文に雑貨、それに加えて多ならば服も売っているため、子の利用が多かったりもする。
博孝は一分とかけずに売店の傍まで駆け抜けてきたが、こっそりの売店の中を覗いて絶した。
「ぐぐぐ……子が多い。というか、子ばっかりだ。この狀況でみらい用の、いや、子用の下著を買う? 社會的に死ぬね、それは」
みらいを連れてくるべきだった、と博孝は後悔する。今から戻ってみらいを連れてくるべきかと悩み、そして、僅かとはいえみらいの傍から離れている現狀を不安に思う。
「さすがに大丈夫だとは思うけど……一応、『探知』でみらいの『構力』を確認しておこう」
『探知』を発現して、博孝は自分の部屋がある方向に意識を向ける――と、自の背後にいつの間にか『構力』が存在していることに、博孝は気付いた。
「あ、あの、博孝君? 何してるの?」
「うおっ!? び、ビックリした……俺の背後を取るとは、さすがは我が師匠。服いたしました」
聲をかけてきた里香に対して、博孝は驚いた後に折り目正しく一禮する。それを聞いた里香は、困ったように眉を寄せた。
「ま、前も言ってたよね? 師匠って、何?」
「何……とは、冷たい仰りよう。昔、この下僕めに放った、あの見事なローキック。あれ以來、この下僕めは心の中で師匠とお慕いして――」
「し、慕わないでっ!」
博孝が悪ノリを始めたのを見て、里香はすぐさま止めにる。博孝としても、誤ってスカートの中を覗いてしまった時のように、ローキックを食らっては堪らないと冗談を止める。
「さて、冗談はさておき……ちょっと、買いに來てて」
「買い? 博孝君も、その、お、お菓子とかを買いに來たの?」
甘いもの、味しいよねと里香が微笑む。それを聞いた博孝は、大いに焦りながら頷いた。子用の下著を買いにきました、とは言えなかった。
「そ、そうなんだよ! 甘いものを買いにきたんだ! 甘いもの味しいよね! チョコレートとかもう最高! あの蟲歯になりそうな甘さがたまらない!」
「う、うん……」
勢い込んで熱弁する博孝に、里香は一歩後ろへ引く。それを見た博孝は心で傷つきつつ、中斷していた『探知』でみらいの『構力』を確認する。
本來、博孝は『構力』だけで個人まで特定できるほど『探知』という技能を習しているわけではない。しかし、みらいに限っては、その『構力』の大きさから判別がついた。男子寮にいる生徒の中で、みらいと同程度の『構力』を持つ者はいないのだ。
博孝はみらいの『構力』が不安定になっていないことを確認すると、こうとしない博孝を見て怪訝そうにしている里香に視線を向ける。
(下著は買いにはいけない……こうなったら、里香に事を話して買ってきてもらうとか……いや、どんな顔して『下著を買ってきてください』なんて言うんだ? そうなると――あとは、持っている人からもらうとか?)
かつてないほど神的に揺さぶられる事態を前に、博孝は自分の思考が正常のものとは異なっていることに気付かない。
例えるならば、思春期の男の子が初めて“大人の本”を買いに行き、口から心臓が飛び出るほど張しながら“お目當ての本”を手に取ってレジに向かったものの、レジの擔當が人のだった時のような神狀態だった。
それ故に、博孝はこれから放つ言葉を特に味せずに口にする――口にして、しまった。
「里香、下著をくれないか?」
「――え?」
ピシリ、と石にでもなったかのように、里香のきが止まる。
そして、里香の顔が首から上に向かって徐々に赤く染まっていく。最初はその様子を不思議そうに見ていた博孝だが、自分が言った言葉を振り返り、理解し、里香とは逆に顔を青ざめさせた。
(え? 俺、今なんて言ったの? 里香に下著をくださいって言ったの? え? なんで? 馬鹿なの? 何を考えてたの? 何も考えてなかったんですねハハハ)
南國の青い海よりも顔を真っ青にしつつ、博孝は心で呟く。そして、里香が顔を真っ赤にしながら目の端に涙を溜め、プルプルと震えているのを見て、すぐさま行を起こした。
「いやいや違うんです誤解なんです言葉が足りなかっただけなんです決して邪な考えから言ったわけではなくあくまでみらいのことを思っての発言でして俺が里香の下著をしいと思ってるわけじゃなくてですねだから涙目にならないで俺が悪かったから!」
一息に言いつつ跳躍し、土下座を敢行する博孝。これでますます社會的に抹殺されるネタを里香に提供することになってしまったが、そんなことを気にするよりも、里香に與えた誤解を解く方が先決だった。
こんなことならば、素直に里香に事を話して頼めば良かったのだ。そう思うが、既に後の祭りである。それでも博孝は振り手振りをえつつ、みらいのために売店にきたことを説明していく。
里香は顔を真っ赤にしていたが、博孝の説明を聞いたことで徐々に熱が引いていったようだ。最後には、納得したように頷いている。
「み、みらいちゃんが著る下著とかパジャマが、ないんだね? う、うん。そういうことなら、わたしが買ってくるよ」
「マジで!? さすが里香さん! してる!」
「えっと……その、あ、は、いらない……かな?」
「そしてあっさりを切り捨てられた!? さ、さすが我が師匠……切れ味が半端ないっす」
冗談混じりに言い放った言葉を切り捨てられ、博孝は床へと沈む。そんな博孝を見て里香は照れたように微笑むと、その場にいるよう言い殘して売店へとって行った。
「いやぁ……最初から里香に頼んでおけば良かったね、うん」
悩んでいたことが馬鹿らしいと言わんばかりに博孝は呟く。そして五分もすると里香が売店から出てきて、抱えていた紙袋を博孝へと渡す。博孝は寶を下賜される部下のように膝をついて紙袋をけ取ると、そのまま頭を下げる。
「里香には非常にお世話になりまして……このお禮はどうしたものか。そうだ! 売店のお菓子を全部買い占めてプレゼント――」
「い、いいからっ。みらいちゃんが待ってるんでしょ? その、早く戻ってあげて」
「うぅ……里香の優しさがに沁みる。でも、本當にありがとな。このお禮はまた後日ってことで!」
立ち上がり、笑顔で禮の言葉を口にして博孝は走り出す。里香はそんな博孝を苦笑しながら見送ると、自の買いを済ませるべく再度売店へと足を踏みれるのだった。
部屋に帰るなりみらいに紙袋を渡した博孝は、冷蔵庫にれていたお茶を飲んで一息吐く。神的に、非常に疲れた。妹というよりは娘でもできたような気分だが、世の中の父親はこんなにも大変なのかと、深く同のようなものを覚えてしまう。
みらいは紙袋の中を見て不思議そうな顔をすると、そのまま引っくり返して中を床へとぶちまける。博孝は疲れたままでその様子を見ていたが、みらいは里香が買ったを一つ一つ眺め、首を傾げた。
「……どれ、使うの?」
「そこから!? そこからなのか!?」
みらいはある程度の一般常識は持っているものの、時折博孝が予想もしなかったことを口にする。シャワーやトイレの使い方は問題ないのに、著る服の選択ができないのはどうしたものか。いっそ、また里香に頼んでその辺りの“常識”を教えてもらうか、と博孝は思う。それでも、さしあたって今のところは博孝が選ぶしかないだろう。適當に下著を選び、パジャマと一緒にみらいへ手渡す。
「ほら、お風呂にってきなさい。タオルは所に置いてあるから、それを使うこと」
「……ん」
みらいは素直に頷くと、風呂場へと歩き出した。博孝はそんなみらいの背を見送り、ぼやくように呟く。
「里香……買ってきてくれたのは嬉しいけど、まさかウサギの著ぐるみっぽいパジャマをチョイスするなんてな……」
里香がパジャマとして選択したのは、ウサギをデフォルメした上で人間大に引きばしたようなパジャマだった。顔の部分がフードとして被れるようになっており、が白いみらいが著ればきっと似合うことだろう。しかし、そんなものを扱っている売店に対して苦を言うべきか、それともわざわざそれを選んだ里香に対して何事かを言うべきか、博孝は苦心する。
「でも、里香のことだから『可い』っていう一點で選んだんだろうなぁ……可いもの好きだからなぁ……」
最終的には諦め、攜帯電話を取り出す博孝。そして砂原の番號を選択すると、発信した。
『こちら砂原』
『こちら河原崎です。定時の連絡です。みらいに異常はなし。現在浴中。『活化』を施してから、寢かしつけます』
『了解した。引き続き対応を頼む――油斷はするなよ?』
言葉短く會話を終え、通話が切れる。みらいの狀態が安定するまでは、定期的に砂原に連絡をれるように義務付けられている。今のところ何もないが、有事の際にすぐさま対応できるようにするためだ。やれやれ、と頭を振り、博孝はお茶を飲み干す。
そしてしばらく気を抜くようにぼーっとしていると、風呂場につながる所からみらいが出てくる。里香の買ったウサギパジャマを著ているが、のと相まって非常に似合っていた。
「おー、似合う似合う。可いぞ、みらい」
「かわ……いい?」
自の格好を見下ろし、みらいは首を傾げる。そこで博孝はみらいの髪が濡れたままになっていることに気づき、その手を引いて所に連れて行く。そして髪を痛めないように注意しつつ、ドライヤーで手早く乾かしていく。みらいはなされるがままにしていたが、髪が乾いたのを確認するとウサギのフードを被り、鏡で自分の姿を確認した。
「おー……」
どこか目を輝かせているように見えるみらいに、博孝は穏やかに苦笑する。
「ほら、こっちにおいで。『活化』を使ってみらいの調子を整えるからなー」
「……ん」
素直に近寄ってくるみらいの手を取り、博孝はみらいに対して出力を調整しながら『活化』を発現した。それに伴い、みらいのが薄緑の『構力』に包まれる。
「違和とかはないか?」
「……ない」
「そっか。それじゃあ、このまま続けるぞ」
みらいの『構力』を安定させるように、博孝は『活化』を発現し続ける。博孝自、『活化』の練習には丁度良い。みらいの『構力』が落ち著いているのを確認しつつ、博孝は『活化』の継続時間をばすことを意識する。
『活化』を自分に使えば、一時的とはいえ『ES能力者』としてや技能を底上げすることができる。もっとも、発現するには普段使用している『構力』とは別の『構力』を使っているため、慣れておかないとすぐに疲労するのが難點だ。
今のところは短期決戦には向いているが、長期戦には向いていない能力と言える。それでも、『活化』を使い続けていくに発現可能な時間もびていくのでは、というのが砂原と博孝の共通した認識だった。事実、『活化』を発現したての頃よりも、今の方が発現可能な時間がびている。この調子で訓練を続ければ、持続時間はさらにびるだろう。
「継続は力なり、ってね」
「……?」
博孝の呟きを聞き、みらいは首を傾げた。博孝は不思議そうな目を向けてくるみらいの頭を一ですると、そのまま『活化』を続ける。今のところ、出力を絞れば十分程度は継続することが可能だ。全力で『活化』を行えば三分程度で限界がくるが、今は全力を出す必要はない。
そうやって博孝は五分間ほど『活化』を行うと、大きく息を吐いてから『活化』を止めた。いつもの訓練ならば限界まで『構力』を振り絞るのだが、今はすべての『構力』を使い切るわけにもいかない。みらいに変調があった時に、力盡きていては意味がないのだ。
「これでよし、と。みらいは……眠そうだな」
『活化』を終えると、みらいは眠そうに頭を揺らし始める。それを見た博孝は、みらいの手を引いて所の水面臺へと連れて行く。
「ほら、寢る前に歯を磨きなさい。蟲歯になるぞー……っと、『ES能力者』って蟲歯になるのか?」
ちょっとした疑問を覚えつつも、博孝はみらいに歯を磨くよう促す。あらかじめ予備として買っていた歯ブラシを取り出すと、みらいが歯を磨くのを見屆け、そのままみらい用に運び込まれたベッドに寢かしつけた。
まだ夜更けと言うには早く、博孝はみらいを寢かせたら育館での訓練でもしようと思う。そう思いつつ部屋の電気を落とすと、みらいが僅かに怯えたような聲を上げた。
「っ……くらいの……いや……」
「え?」
震えた聲を聞いて、博孝は電気をつける。すると、みらいはベッドの上でを丸め、そのを震わせていた。それを見た博孝は、みらいの傍まで歩み寄り、安心させるように頭をでる。
「まえ、いたところも、まっくらだった……くらいの、いや」
「そっか……暗いところは嫌か。じゃあ、電気はつけておくな」
きちんと話を聞いたわけではないが、博孝は源次郎と砂原の口振りからみらいの出自を察していた。が薄く、注意しなければ気付けないというのも、その“扱い”によるものだろう。
憐憫と同を等分に覚え、博孝はなんと聲をかけたものかと迷う。めの言葉を口にすることは容易いが、それで心の底からみらいが安堵するか。博孝は僅かに思案すると、力したように肩を落とす。
「――よし、それじゃあし待っててくれ。俺も寢る準備をするから」
博孝はそう言うと、手早く浴や歯磨きを終え、寢間著に著替えて戻ってくる。そして自分のベッドへ乗ると、みらいに向かって笑いかけた。
「俺ももう寢るよ。一人にしないから、安心して。なんなら、子守唄でも歌おうか?」
博孝にできることといえば、みらいを一人きりにしないことぐらいだ。そのため、時間は早いが博孝も眠ろうとする。みらいはそんな博孝をじっと見ていたが、やがて納得したのかベッドに戻る。博孝は電気をしだけつけて、完全に真っ暗にならないように注意してから自分もベッドに潛り込んだ。
「おやすみ、みらい」
「おやすみ……なさい」
聲をかけると、小さな聲が返ってきた。博孝はそれに対して小さく笑みを浮かべると、自も眠りにつく――と見せかけて、寢たふりをした。
みらいが寢付くまで待つためではない。“萬が一”を考え、寢たふりをしているだけだ。
そうやって三時間ほど経つと、さすがに博孝も眠くなってきた。ベッドの中でじっとしているだけというのは、意外に苦痛である。
(用心のし過ぎかな……っと?)
部屋の中では規則正しいみらいの寢息が響いているが、不意にそれが変調した。それを察した博孝は、寢たふりを続けたままで様子を窺う。
みらいがゆっくりと起き上がり、床へと降り立つ。ふらふらとした足取りでトイレに向かい、すぐに出てきた。そして博孝が橫になっているベッドの傍で足を止めると、博孝の顔を見る。
博孝は揺が悟られないよう、注意して呼吸した。寢ている人間の呼吸には特徴があり、起きていることが気付かれないようにする。
みらいはしばらく博孝の顔を眺めていたが、不意に、音を立てないよう博孝のベッドへとのぼった。そして、ゆっくりと博孝の首元へ手をばす。
(……くるか?)
みらいがいた気配をじ取り、靜かに『構力』を練り、博孝はいつでも『防殻』を発現できるようにする。
博孝はみらいの境遇に対して、人並みに義憤をじていた。憐憫も同もじており、戸籍上は“妹”になった縁もあって、みらいのことは気にっている。
しかし、だ。初めてみらいと出會った時、みらいは問答無用で襲ってきた。その理由は未だに不明で、みらい自は他人に指示されたと言っている。
博孝としては、“妹”を疑いたくはない。しかし、拠もなしにみらいが無害な存在だと斷じることもできなかった。その警戒心から寢たふりをしていたのだが、みらいは博孝が危懼した通り、何かしらの行を始めている。
みらいは博孝の首元に手をばし――布団を剝ぎ取ると、そのを布団の中に潛り込ませた。
(……んん?)
博孝にとっては予想外の行。敵意も殺意もないため理解が遅れたが、みらいは布団に潛り込み、貓のようにを丸めて再び眠りに落ちる。その際、何かを振り払うように博孝の寢間著を握り締めており、博孝はくことができなくなった。
「……んぅ……にぃ……ちゃ……」
小さな寢言が聞こえ、博孝は張していたから力を抜く。そして、自己嫌悪を覚えつつみらいの髪を梳くようにでた。
(あっちゃー……考えすぎ、か。そうだな……みらいは妹だ。それだけで良い。そう信じて裏切られるなら、まあ、それでいいや)
結局、博孝は警戒することを止めて眠ることにした。砂原の言葉もあり、油斷せずにみらいの行を監視していたが、ここまでくると馬鹿らしい。
河原崎みらいは河原崎博孝の妹であり、それ以上でもそれ以下でもない。恭介に言った自分の言葉を思い返し、博孝はみらいの肩まで布団をかけるとため息を吐く。
「明日、甘いものでも食べさせるか……」
みらいを疑った申し訳なさからそれだけを呟いて、博孝も眠りに落ちていく。
こうして、河原崎兄妹の夜は更けていった。
博孝、々とはっちゃける回。
前話にて、誤って「完結」表記にしていました。
想欄にてご指摘いただいた方々、ありがとうございました。
今後はこういったミスがないようにしていきます。
それでは、拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。
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