《平和の守護者(書籍版タイトル:創世のエブリオット・シード)》第四十五話:Bloody white day その2

木の上から落下してきた男と対峙した博孝は、『防殻』を発現して構えを取る。男を挾んだ反対側では、恭介も『防殻』を発現して拳を構えた。

博孝は男と視線を合わせると、実に嫌そうに口を開く。

「クソ坊主とはご挨拶だな……まあ、いきなり真上から降ってくるような奴に禮儀は求めないけどさ」

『こちら河原崎。敵の『ES能力者』一人と遭遇。そっちに異常はないか?』

男に話を合わせつつ、博孝は里香達に向けて『通話』を行う。『探知』を切る直前までは、周囲に『構力』はなかった。『隠形』を使いながら接近してきたのか、それともこの場で気配を消して待ち伏せしていたのか。相手から見れば、二手に別れた博孝達は格好のカモに見えたことだろう。

『探知』を発現すると、五十メートルほど離れた場所に『構力』の反応が五つあった。里香達だけでなく、新たに二つの『構力』が出現している。

『あ、ひ、博孝君っ!? こ、こっちも敵の『ES能力者』と遭遇! 數は二人! い、今わたし達三人で戦ってる!』

里香から返ってきた言葉を聞き、博孝は心で舌を打つ。

『……相手の練度は?』

最悪を予想して尋ねると、里香はどこか戸ったような聲で答える。

『えっと……あんまり強くない、かな。沙織ちゃんが二人同時に相手をして、わたしとみらいちゃんはサポートをしてるけど……優勢みたい』

『こっちのは雑魚よ! すぐに片付けるから、博孝と恭介は自分のを守ることに集中して!』

『……ん。よわい』

三人からの報告を聞き、博孝は僅かに安堵。向こうは敵の『ES能力者』が二人襲いかかってきたようだが、練度は低いようだ。あるいは、練度は低くないものの沙織には敵わないと言うべきか。

『了解した。里香、以前戦った遠距離型の奴はいるか?』

『う、ううん。今のところ遠距離攻撃はないよ』

『そうか……それなら、目の前の敵に集中。こっちはこっちでなんとかする』

すぐさま砂原に連絡をれたいところだが、それにはまず合流するなりして連絡を行う要員を確保する必要がある。

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目の前の男と戦ったことがある博孝としては、例え恭介と二人がかりだとしても容易に隙を見せることができない。里香達の方は相手の練度が低いようなので、博孝達と合流するまでは連絡ができそうになかった。

そこでふと、博孝は疑問に思う。

――護衛についているはずの『ES能力者』はどうしたのか?

『ES寄生』が相手ならばともかく、目の前の相手は『ES能力者』だ。それも、犯罪者として顔寫真が出回る程度には兇悪である。

(以前の遠距離型の『ES能力者』も出張っていると考えれば、相手は一小隊。さすがに護衛とれ替わったってことはないだろうから……何か他のトラブルが発生したのか?)

男と対峙しつつ、博孝は狀況をまとめる。『探知』では、離れた場所にいる里香達と自分達の『構力』しかじ取れなかった。今のところ姿を見せたのが三人ということは、小隊単位でいていればあと一人いるはずである。

以前戦った時のことを考えると、遠距離攻撃を得意とする『ES能力者』がいるのだろう。『隠形』で『構力』を消し、森の中で狙撃の時を待っているのかもしれない。

「おいおい、つれないこと言うなよ……こっちは“あの日”から、テメェのことをバラバラに刻んでやりたくて仕方なかったんだぜ?」

両手にナイフを発現し、男は凄慘な笑みを浮かべた。その様子に鬼気をじ取り、恭介が僅かにを引く。それを見た博孝は、恭介に対して『迂闊にくな』と視線で叱咤した。

「おー、怖い怖い。まさか、こんな山の奧で會うとは思わなかったよ。男のストーカーは最悪だと思うんだけど……そこのところはどう思うよ?」

『恭介、こいつは接近戦が得意だ。俺が相手をするから、補佐と周囲の警戒を頼む。以前戦った時、遠距離攻撃が得意な奴がいた。『撃』と『狙撃』を使うから注意してくれ。あと、里香達も戦ってるけど、こっちよりは大丈夫みたいだ』

『わ、わかったっすよ! でも、無茶は止っすからね!』

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男と言葉をわしつつ、博孝は恭介にも指示を出す。博孝も恭介も、油斷はない。油斷がどんな結果につながるかは、砂原との訓練で學んでいる。

博孝は腕を覆うようにして『盾』を発現すると、僅かに腰を落とした。男はを開いて博孝と恭介にナイフを向けると、自然な足取りで間合いを調節する。『ES能力者』としての年季の差か、踏んだ場數の違いか――あるいはこれまでに殺しを行った経験の差異か。

男は當然のように機先を制し。

「さあ――楽しい楽しい殺し合いだ!」

真っ先に、恭介を狙って駆け出す。

男の口振りから、自分の方に向かってくると思っていた博孝は虛を突かれる。だが、すぐさま男目がけて『撃』で弾を放ち、地を蹴って間合いを詰めた。

「聲を掛けといてそっぽ向くたぁつれねぇな! 俺と遊んでいけよ!」

「はっ! 俺はメインディッシュは最後に食うんだよ!」

博孝の放った弾をナイフで弾き、男は恭介を間合いに捉える。そして首の頸脈目がけてナイフを振るった。

「っと!」

突然男が向かってきたことに直しかけた恭介だが、振るわれたナイフを引いて避け、逃げるようにバックステップ。しでも男と距離を取ろうと、汗を流しながらを引く。しかし、そのきは普段の訓練に比べるとだいぶ鈍い。恭介は、ある意味これが初めての実戦なのだ。

初任務の時も、二回目の時も、恭介は自分が矢面に立って戦うことはなかった。どちらの任務でも前に出て戦ったのは沙織であり、恭介が行ったのは沙織のサポート程度。特に、みらいと戦った時は命の危険まではじなかった。

訓練を重ね、模擬戦で経験を積んでも、実戦の空気というのは獨特のものだ。一瞬の油斷が命取りであり、瞬きの瞬間すら惜しむ必要がある。相手と自分、そして仲間の命がかかる実戦の空気は、訓練とは大きく異なる。

眼前の男は、獰猛に笑いながらナイフを振るう。恭介を殺そうと、その兇を振るってくるのだ。男の様子を見る限り、男は恭介を殺すことに何の斟酌も抱いていない。むしろ、趣味的な楽しさがじられた。男はただ純粋に、恭介を殺そうとしている。

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それが――堪らなく怖い。

恭介が恐怖に囚われ、そのきをさらに鈍らせる。恐怖から、足が震える。心臓が激しく脈打ち、それほどいていないというのに呼吸を早める。極度の張から、一気に視野が狹くなる。

(た、『盾』を張っていったん距離を……でも、他にも手が……)

思考も正常のものとは異なり、訓練ではできたことが実行できない。男はそれを好機と見て、恭介の心臓目がけてナイフを繰り出した。

「させるか!」

博孝の張った『盾』が、ナイフをけ止める。沙織の大太刀ほど『構力』が込められていないのか、ナイフは僅かに刃先を埋めただけでそのきを止めた。

男は博孝に向けて牽制代わりにナイフを振るうが、博孝はその軌道を冷靜に見切って紙一重で回避。男と恭介の間にり込ませ、お返しとばかりに至近距離で弾を三つ放つ。

「いいねぇ! 良い攻撃だ!」

笑い、迫る弾を両手のナイフで全て切斷。男が弾を切り裂く間に、博孝は恭介を連れて一度距離を取る。

「しっかりしろ恭介!」

男から目を離さず、博孝は叱咤の聲をかけた。その聲を聞いた恭介はを震わせると、無意識のに男から視線を外して博孝を見た。

「っ! あ、ああ。助かったっすよ……」

「余所見はするな! 気を抜いたら死ぬぞ! 予定通り俺が前に出るから、恭介は補助を!」

戒めの言葉を投げかけ、博孝は一気に前へと出る。それを見た男は嬉しそうに笑うと、博孝を切り刻むべくそれに応えた。

撃』で発現した弾をの周囲に待機させつつ、博孝は男に接近戦を挑む。博孝には、の他には『撃』しか攻撃手段がない。しかし、馬鹿正直に弾を撃っても男には通じないのだ。そのため、接近戦を行いつつ隙を見て狙い撃つことにした。

當然ながら、男も博孝の戦法には気づいている。“以前”戦って、まだ半年も経っていない。その短期間で新しいES能力を発現しているとは思わなかったのだ。

(他にも敵がいることを考えると、『活化』は極力溫存したい……沙織達の様子を聞く限り、向こうはある程度早く勝負がつきそうだな。ということは、俺達ができるのは……)

男が繰り出すナイフを『盾』を発現した掌で捌き、弾き、け流しつつ博孝は思考する。

博孝達は、“今”勝つ必要はない。沙織達が合流するまでの時間を稼げば、それで一気に逆転できるだろう。五人がかりといわずとも、沙織と協力するだけで眼前の男を打倒できる可能が高い。

仲間の力量を知る博孝は、そう判斷して無理をせず防戦に徹する。

(でも……)

男の猛攻を防ぎつつ、博孝は恭介からの補助がないことに危機を覚えた。恭介は防型の『ES能力者』である。その防力は、博孝よりも高い。『盾』を使って男の攻撃を防ぐなり、きを妨げるなり、できることは多いのだ。

その時恭介は、博孝とナイフ使いの男の戦いを見ながら、どのタイミングで補助の手をれるべきか判斷できないでいた。『盾』はある程度離れた場所にも発現することができる。恭介も自分の周囲から離れた場所に『盾』を発現することは可能としており、博孝を防するなり男のきを阻害するなり実行できるのだ。

(やべぇ……どのタイミングで『盾』を張れば良いっすか……)

自分の張った『盾』が、逆に博孝のきを妨げることにならないか。男の攻撃を防ぐことができずに、博孝に傷を負わせることになるのではないか。

初めての実戦――初めての殺し合いが恭介を弱気にさせ、手を出すことを戸わせる。博孝と男が至近距離で戦っているというのも大きい。博孝は防を固め、男はそんな博孝の防を削ろうと次々に攻撃の手を繰り出している。

ナイフは突く作と引く作の両方で相手に攻撃ができる武だ。刀が短いため取り回しも容易で、練者が使えば恐ろしく厄介な武になる。男はナイフの扱いに習しているのか、蛇のように不規則なきで両腕をかし、ナイフを振るい、博孝を攻め立てた。

ただ、博孝は男との間に圧倒的な技量差があるようにはじなかった。沙織と比べると、どちらに軍配が上がるか悩む程度である。砂原と比較すれば、それこそ差の大きさが目立つだろう。

しかし、男は妙に戦い慣れていた。命を賭けて戦うことに、何の恐怖も抱いていないようにじられる。その差は、非常に大きかった。

今のところ、辛うじて有効打はない。博孝の『防殻』を切り裂き、僅かに傷を與えているものの、戦闘に支障が出ない程度の傷だ。二の腕や頬などからはが流れているが、『接合』ですぐに塞がる規模の裂傷である。

“以前”戦った時、博孝は両腕を切り刻まれた。それこそ両腕がかなくなり、最後には蹴り技と『撃』を叩き込むぐらいしかできなくなった。砂原の救援により助かったが、今回は砂原に対して連絡もできていない。

を言えば、博孝は恭介から砂原に対して連絡をれてほしかった。だが、未だに姿を見せていない遠距離型の『ES能力者』のことを考えれば、恭介が連絡に気を取られた瞬間に撃たれる可能がある。

(こいつは……まずいな……)

ここ半年近くの訓練の賜か、一分近く戦い続けても博孝は有効打を浴びていない。僅かな裂傷など、気にする必要もない。しかし、博孝は焦りのを強くする。

恭介はかない。否、けない。博孝にどうやって補助を行うかを思考し――それが、恭介の視野を著しく狹めた。

博孝の『探知』の範囲の外から、一直線に『構力』が接近してくる。その速度から遠距離攻撃だと悟った博孝は、僅かに意識を逸らしてしまった。

「恭介!」

「――え?」

飛來する『構力』の狙いは、恭介だった。しかし、恭介は博孝の言葉に反応できない。何故博孝が聲をかけたのかと、驚きをわにしている。

迫る『構力』は、弾速を重視したのかそれほど発現規模が大きいものではない。それでも、訓練生の『防殻』を撃ち抜くには十分な威力だった。

「おっと、隙ありだ」

「っ!?」

博孝の揺を見かし、男が博孝のを狙って右のナイフを突き出す。左のナイフは、首を薙ぐようにして振るわれた。

防がなければ、首を斬られた上に――それも正中線を貫かれる。

博孝は咄嗟に『防殻』に対して全力で『活化』を行うと、を捻りつつに迫るナイフを左手で捌く。それと同時にの周囲に待機させていた弾を、恭介の背後を狙って放った。

放たれた弾は恭介の背後から迫っていた敵の弾に命中すると、を起こして消滅する。

「……なに?」

博孝と戦っていた男は、僅かに聲をらした。を狙ったナイフが捌かれ、首を狙ったナイフは薄皮一枚斬ったところで止まっている。それを確認して、男は疑問を覚えた。訓練生程度の『防殻』ならば余裕を持って切り裂き、そのまま首を落とすことも可能だと思っていたのだ。

「おおおおぉっ!」

その疑問の間隙を突き、を捻ってナイフを避けた博孝は捻ったを元に戻しつつ、前に出る。男の懐に潛り込んでいたため、掌底を叩きつけるには距離がない。そのため、博孝は捻ったを元に戻す勢いを利用し、回転しながら肘打ちを男の脇腹へと叩き込んだ。

脇腹を抉るような、鋭い肘打ち。『ES能力者』の腕力で振るえば、まさに必殺の一撃だ。だが、直撃を許すほど男は愚かではない。放たれた肘と同じ方向にを倒しつつ、地面を思い切り蹴りつける。

「ぐっ!?」

直撃は避け、衝撃をけ流したものの、博孝の肘は男の『防殻』を打ち抜いて脇腹を強打する。『活化』によって高められた博孝の能力と『防殻』を前に、男の『防殻』では対抗できなかったのだ。

男は避けた反と博孝の打撃の反を利用し、地面に片手をついてそのを回転させる。そして足から著地すると、博孝の肘をけた脇腹に手を當てた。

「いってぇなぁ……肋骨にヒビがっちまったよ。ちったあ腕を上げたようじゃねぇか」

「はぁ……はぁ……通り魔に褒められても、嬉しくねぇよ」

僅かに斬られた首の傷を治しつつ、博孝は荒い息を吐く。最初に『盾』で男のナイフを止められたことから、『活化』を併用した『防殻』ならば斬撃程度は防げると思っていた。それでも僅かに刃が屆き、博孝は神的に疲労をじる。いくら恭介を助けるためとはいえ、一歩間違えば死んでいたのだ。

博孝は『活化』を使って『探知』の範囲を一気に広げるが、狙撃手の『構力』はじ取れなかった。攻撃を放つと同時に『隠形』を使い、移することで狙撃場所を気付かれないようにしているのだろう。

『早く立て恭介! 周囲を警戒しろ!』

博孝が相殺したものの、至近距離で弾が炸裂する衝撃をけて地面に膝をついていた恭介に博孝は聲を飛ばす。その聲には、余裕がなくなりつつあった。

『え……あ、わ、わかったっす……』

恭介の返事には彩がない。博孝はそのことに気を取られそうになるが、再度隙を見せるわけにはいかなかった。男と対峙しつつ、冷靜になるよう自分に言い聞かせる。

そして、『探知』で周囲の『構力』を探り――その顔に小さな笑みを浮かべた。

沙織達の『構力』がすぐ傍まで移してきている。そのことに気付くと同時に、森の中から沙織達が姿を見せた。

「そっちはなんとかなったか……」

「ああ、この覗き魔? 不浄の瞬間を狙ったように襲ってきたから、とりあえず大太刀の峰で毆って気絶させといたわ」

博孝の聲に答えた沙織は、その両手に二人の男を引きずっている。完全に気を失っているのか首を摑まれているのにき一つしない。覗き魔と聞いて、博孝は無に告げる。

「オッケー。うちの妹に対して覗きを働くなんざ良い度だ。あとで俺もボコるから、その辺に置いといてくれ。沙織は加勢を。里香と恭介、それにみらいはそいつらの見張りと周辺の警戒だ。遠距離型が潛んでる」

「わかったわ。腕が鳴るわね」

「う、うん」

沙織がぞんざいに男二人を放り出し、嬉々とした様子で大太刀を構える。放り出された男二人は両手両足をタオルで縛っているため、目が覚めても即座に行することはできないだろう。ナイフ使いの男は、その様子を見て肩を竦める。

「おいおい、あと五分ぐらい時間を稼げなかったのかよ」

呟く男の表に、諦めのはない。諦めというよりは、呆れのが濃かった。三人というより、沙織一人に気絶させられたことを呆れているのだろう。それを見た博孝は、調子を取り戻すべく軽口を叩く。

「うちのクラスきっての、斬り合い大好きっ娘の存在を軽視したな」

沙織は総合的に見れば劣るが、近接戦闘の腕だけならば正規部隊員に手が屆くどころか凌駕する。さすがに本職の攻撃型には敵わないが、正規部隊員の支援型や防型よりも高い戦闘力を持つのだ。襲いかかる際、子生徒が三人ということで手練れを博孝達に差し向けたのが間違いだった。

「そんな……褒めないで、照れるわ」

「自分で言っといてなんだけど、褒めてねぇよ!? 沙織の照れるポイントがわからない!」

頬に手を當てて照れる沙織に、博孝はツッコミをれた。それを聞いて、それまで表を強張らせていた恭介が僅かに張を和らげる。“いつも通り”の博孝と沙織の様子に、恭介も自分のペースを取り戻そうとする。

恭介から多なり張が抜けたことを見て取った博孝は、沙織と共に男を間に置いて対峙する。

「さて……これで形勢逆転だな」

『里香、今のに教に連絡をれてくれ』

『わ、わかった』

『通話』で指示を出すと、里香は攜帯電話を取り出して砂原に向けてトランシーバー機能で発信する。

「こ、こちら第一小隊の岡島……あ、あれ?」

だが、すぐに里香は顔に疑問のを浮かべた。攜帯電話からは、砂嵐のようなノイズ音しか聞こえない。攜帯電話として発信しようともするが、圏外の文字が表示されていた。

「ひ、博孝君っ、で、電話が通じない!」

里香が焦ったように言う。それを聞いた博孝は、眉を寄せて男を見た。

「……何をした?」

「ヒヒヒッ、なんだろうねぇ?」

博孝が問うと、男は口の端を吊り上げて笑う。それを見た博孝は、無線通信を妨害するための通信機能抑止裝置を使っているのだろうと推測した。

(そうなると、今回の襲撃は計畫されたものだったってことか……)

博孝は『通話』を使えるが、接続可能な距離は『活化』を使っても百メートル程度。到底、砂原がいる指揮所には屆かない。

それでも、今回は小隊での行だったのがせめてもの幸いだろう。當初は距離を離したために別々に襲われたが、合流してしまえば博孝にとっての不安はだいぶ軽減される。

「にしても、そっちの嬢ちゃんの武は……ああ、そういえば『武神』の孫が訓練生だって話だったな。ヒヒッ、楽しめそうじゃねぇか」

五人の訓練生を相手にしても、ナイフ使いの男はじない。それどころか、沙織が手に持つ大太刀を見て嬉しそうに笑った。その言葉をけて、沙織は不愉快そうに眉を寄せる。

博孝では目の前の男に勝てないが、沙織は別だ。一対一でも十分に渡り合うことが可能であり、博孝が補助すれば打倒することも十分に可能に思えた。

(遠距離型を見つけたいけど、ここで小隊を分けるのは悪手だ。まずは、目の前の障害を排除するべきだな)

沙織とアイコンタクトを行い、二人は同時に駆け出す。それを見た男は楽しそうに笑うのだった。

「……妙だな」

生徒を訓練校から護衛してきた『ES能力者』や兵士と共に指揮所にいた砂原は、一人呟く。

もうじき正午になるが、十分前に第一小隊から報告があってから、次の報告対象である第二小隊の報告がない。時間を間違えているのか、それとも何かアクシデントが発生したのか。

『ES寄生』と遭遇して戦闘を行っているとしても、砂原に対して報告があるはずだった。生徒が報告をする余裕がなくとも、から護衛を行う『ES能力者』から何かしらの報告が行われる手はずになっている。任務といっても訓練校の実地研修の一環であり、結果次第で生徒の評価を下す必要があるのだ。

生徒が警邏を行う範囲は、砂原が『探知』で『構力』を探ることが可能だった。そのため、任務開始と同時に生徒達の『構力』を追いかけてはいる。砂原の『探知』は博孝のものと異なり、その習に大きな差があった。そのため『隠形』で護衛を務める者達が“わざと”僅かにらしている『構力』もじ取ることができる。

それらの結果を踏まえると、異常はない。全員の『構力』がじ取ることが可能であり、異常が起きている兆候はない。

それでも砂原は無線機を手に取ると、第二小隊に向けて発信する――が、ノイズ音が走ったことで、椅子を蹴立てて立ち上がった。

「総員傾注!」

砂原が聲を張り上げると、その場にいた人員すべてが砂原へ向かって姿勢を正す。砂原の様子から、“何か”が起こったのだと察したのだ。

「無線が妨害されている。各員、小隊の後を追え。俺は空に上がる」

砂原が引きつれていたのは、陸戦の『ES能力者』が四人に銃を裝備した一般の兵員が十二名。『ES能力者』を臨時の小隊長とし、その下に一般の兵員三名をつけて四小隊を編する。

「諸君らは第五から第八小隊の救援へ。俺は第一から第四小隊を救援する」

『はっ!』

砂原が命令すると、臨時に編された小隊はすぐさま指揮所から飛び出す。生徒達が森にって二時間近くが経過しているが、警戒しながら進む生徒と違って現場への急行だ。十分とかからずに到著するだろう。

砂原は『飛行』を発現して空に舞い上がると、再度『探知』を発現して周囲の構力を探った。

(俺も鈍ったものだな……無線を妨害されるまで異常に気付かんとは)

任務を開始して二時間。それまで予定通りに任務が進んでいたため、僅かに気が抜けていたようだ。それを自省し、砂原は『探知』の範囲にある『構力』を探る。

そして――練の『ES能力者』である砂原を驚愕させた。

(『構力』が増えている――『ES寄生』だと!?)

無線を妨害されたことに気づき、配下の人員に指示を出して空に上がるまでの短い間。その間に何が起きたのか、砂原がじ取った『探知』の範囲の中で『構力』の數が大きく増えている。そして、それらの『構力』は各小隊と急速に接近し、ぶつかりあった。

(無事なのは第四小隊だけか……『構力』の規模からして相手は『ES寄生』に間違いはない。だが、ここまで同時に『ES寄生』が発生する? 何の冗談だ?)

あまりのタイミングの良さに、砂原は作為的なものをじた。しかし、生徒達の護衛についていた『ES能力者』達も周囲の異常を察したのか、各自が生徒と協力して迎撃に當たっているようだ。

砂原は各小隊の様子を『探知』で探り、“今はまだ”死亡者がいないことを確認する。だが、確認の過程で大きな違和を覚えた。

(第一小隊の周辺だけ『構力』の規模が大きい……『構力』が五つに、し離れた場所に三つ。だが、これは『ES寄生』のものではないな。護衛の『ES能力者』でもない)

博孝と恭介、里香と沙織とみらい。それぞれが一度距離を取ったことは、砂原も『探知』でじ取っていた。その人員の配分から誰かしら――おそらくみらいだと砂原は予想したが、生理現象を満たすために距離を取ったのだろうと思っていた。

今しがたじ取った『構力』では、二手に別れた狀態で“誰か”と戦っているらしい。砂原は舌打ちを一つ零すと、他の小隊は問題なく『ES寄生』と戦えていることを確認して飛翔する。

指揮所の上空から第一小隊がいる場所までは、一分もかからない。無線が通じず、『通話』で話すには距離があるため各地に待機させた空戦部隊と連絡が取れないのが痛い。

それでも第一小隊の人員の練度ならば、余程の敵が相手でない限り大丈夫だろう。じ取った『構力』の規模も、大したものではない。訓練生の上位程度の『構力』が二つに、正規部隊員の並程度の『構力』が一つ。博孝と恭介の相手が気にかかるが、分隊で相手をするのならば防戦程度は可能のはずだ。砂原がそう確信できる程度に、“仕込み”を十分に行っている。

しかし、そう判斷した砂原の思を裏切るように、第一小隊の周辺に“新たに”三つの『構力』が出現した。その『構力』は非常に微弱なものであり、砂原だからこそ気付けたレベルの『隠形』だ。

現場にいる博孝では『探知』できないほどに、優れた『隠形』だった。

「なんだ……っ!?」

同時に、砂原は自向かってに飛來する弾を『探知』した。放たれたのは、遠距離からの『狙撃』。同じように弾を放って撃ち落すと、砂原は眉を寄せた。砂原に向かって、高速で四つの影が飛來してくる。

それは、各地に配置したはずの空戦小隊だった。

「――貴様ら、何のつもりだ」

周囲を取り囲まれ、砂原はを凍らせた聲を出す。それと同時に怒りを伴った『構力』が砂原の周囲に湧き上がり、周囲の男達を威嚇する。

砂原が発したのは、ある程度練した『ES能力者』でも怯まずにはいられないほどの殺気。砂原がかつて所屬した『零戦』の部隊員ならばともかく、第五空戦部隊の部隊員では耐えられないほどの殺気だった。

だが、男達は怯まない。

無表に、が見えない顔つきで砂原と対峙している。砂原が発する殺気を気に留めないように――覚えるすらないように、砂原と対峙していた。

(なんだ、こいつらは……)

男達の反応を見て、砂原は訝しく思う。今回の任務に同行させるにあたり、砂原はあらかじめ周囲の男達と顔を合わせていた。しかし、その時は“普通”の人間だったのだ。

かつては同じ空戦の人間として、互いの顔を見知っている間柄である。だからこそ、周囲の男達の反応が解せない。砂原がどれほどの力量を持つかを、彼らは知しているのだから。

そのの一人と、砂原は目を合わせた。そして、相手の男の瞳から意思がじられないことに気付く。

(まさか……何者かにられているのか?)

脳裏に浮かぶ、一つの考え。砂原といえど、そんなES能力は聞いたことがない。

(あるとすれば、獨自技能か……はてさて、“北”か“西”か)

なくとも、自國の『ES能力者』で他者をるような獨自技能を持つ者はいない。“裏の世界”にもどっぷりと浸かっていた砂原でも、そんなものは聞いたことがなかった。

各國が公開している獨自技能保有者の報は全て知っているが、馬鹿正直に全ての戦力を報告する國はいない。いずれかの國が隠し持つ、獨自技能者の仕業だろうか。

(目的は俺の足止めか……空戦のである以上、殺すわけにもいかん。報を吐かせる必要もある)

できるのならば、すぐさま第一小隊のもとへ駆けつけたかった。しかし、いくら『零戦』の部隊員に劣るとはいえ、相手も『飛行』を発現した『ES能力者』である。容易に抜けるとは思えなかった。

かつて砂原は一人で空戦の一個中隊を叩き潰したことがある。しかし、それは相手の練度に救われた部分が大きかった。

その時砂原が遭遇したのは、『ES能力者』の數こそ多いものの練度が非常に低い國の部隊だった。『飛行』こそ発現していたが、その実力は二線級。砂原からすればターキーシュートに近かった。

だが、日本の空戦部隊の練度は高く、砂原といえどそこまで簡単に話が進まない。殺さずに叩き落とすとなると、かかる時間は大きくなるだろう。すり抜けて向かうことも可能だが、それを行うと生徒達を巻き込む危険があった。

「そこをどけ――今の俺は加減ができんぞ」

それでも、教え子達を救うべく砂原は空を翔ける。しでも早く教え子達のもとにたどり著こうと、その拳を振るうのだった。

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