《平和の守護者(書籍版タイトル:創世のエブリオット・シード)》第五十二話:強くなりたい その1
三回目の任務から一週間が経ち、授業が再開されることになった。様々な方面で“処理”を終えてきた砂原が訓練校へ戻り、生徒達も表面上は回復したように見えたからである。
久しぶりの授業、久しぶりの実技訓練ということで、生徒達の集中力は高いものだった。教室に集まって行う授業やグラウンドでの実技訓練は、『ES能力者』の訓練生としての“日常”に戻ってきたのだと生徒達に強く実させる。
そんな生徒達の中でも、博孝と沙織の集中力は頭一つ抜けていると言って良い。
強くなると互いに誓ってから、自主訓練は行ってきた。それでも調や『構力』の回復狀況を考慮し、激しい訓練は控えている。しかし、実技訓練が再開されたということで、博孝と沙織は戦意を高めてぶつかり合っていた。
「おおおおおおおおぉぉっ!」
「はあああああああぁぁっ!」
気合いのこもった聲が響き、博孝の『盾』を発現した掌底と沙織の『武化』で発現した大太刀が空中で激突する。組手のため沙織は刃を返して博孝に峰を向けているが、訓練にかける気迫は本だ。金屬同士がぶつかるような音を立て、空中に『構力』が白く散る。
博孝は沙織の懐に飛び込もうと隙を窺い、沙織は博孝に間合いを詰められないよう大太刀を振るう。互いにフェイントを混ぜつつ、距離を測りつつ、掌底と大太刀を繰り出し続ける。
小隊同士の模擬戦ではなく、各自の技を磨くためのES能力の使用を含めた組手。博孝は沙織との組手を希し、グラウンドの上で激しい火花を散らしていた。
「ふむ……」
そんな二人が戦う様子を見て、砂原は何も言わずに『撃』で発現した弾を二発発する。弾速はそれなりに速いが威力は弱く、當たってもよろける程度のものだ。
『っ!』
視界の外から放たれた弾に、博孝と沙織は反応する。博孝は『盾』で防ぎ、沙織は大太刀をもう一振り発現して切り裂き――それでも、二人の激突は止まらない。
沙織が片手で大太刀を振るったことに隙を見出し、博孝が果敢に攻め始める。それに対して、沙織は発現したばかりの大太刀を握り込んで二刀流で迎え撃った。
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二人の組手の激しさは、周囲の訓練生達が思わず手を止めて見るほどだった。それぞれグラウンドに広がって組手を行っているが、博孝と沙織の激突音はグラウンド中に響く。そのあまりの激しさに、思わず手を止めてしまうのだ。
そうやって博孝と沙織がぶつかり合うこと五分。博孝が沙織の大太刀を掻い潛って懐に飛び込み、沙織の鳩尾に掌底を當てる――直前で寸止めした。だが、沙織の大太刀も博孝の首に當てられており、両者は視線をぶつけながらきを止める。
「引き分けだな」
「そうね」
短く言葉をわし、両者とも殘心を取ってから構えを解く。そして呼吸を整え、互いに気になった點を指摘し始めた。
「沙織の大太刀はリーチがあるけど、懐に潛り込まれると取り回しが難しいだろ。もうし短く発現したらどうだ?」
「そうね……でも、これぐらい間合いが広く取れると、相手にとってはプレッシャーになるでしょう? 博孝だって、懐に飛び込むのに時間がかかったじゃない」
「まあな。けど、『瞬速』を使える相手だと致命的な隙になるぞ? あとで試してみるか?」
「博孝が失敗しなければ良いけどね。でも、武の長さか……あらかじめ二振り発現しておくのも手なんだけど、発現した武の維持に気を取られるから二刀流って難しいのよね。一振りなら全然苦じゃないんだけど」
顔を突き合わせ、あれやこれやと意見をぶつけ合う。博孝は『撃』での遠距離攻撃をえた接近戦、沙織は大太刀を使っての接近戦が得意だ。そのため、様々な意見が出てくる。
「大太刀を振るいながら『撃』を撃つとか? 俺みたいな相手の懐に潛り込もうとする相手なら、かなり有効な牽制になるぞ」
「あれって地味に難しいのよね。博孝は『撃』系のES能力も満遍なく使えるから、それで良いんでしょうけど……わたしは大太刀を振るう方がに合ってるわ」
二人がそんな話をしていると、再度弾が飛來した。だが、今度は沙織はかず、博孝一人で『盾』を二枚発現して防ぎきる。
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「戦闘中でもそれ以外でも、きちんと外部に気を配っているな。良い傾向だ」
先程から隙を見つけては弾を放っていた砂原が、褒めるように言う。それを聞いた博孝と沙織は、揃って首を橫に振った。
「ありがとうございます。でも、沙織もまだ本調子じゃないですからね。組手の最中に沙織が本気になったら、周囲に気を配れるかどうか」
「あら、わたしはこの調なりに本気だったわよ? 博孝だって、まだ調子が戻ってないんじゃない? いつもよりスピードが落ちてたわ」
そう言って笑い合う博孝と沙織。その姿を見た砂原は、眩しいものを見るように目を細める。
(二人とも目つきが変わったな。“本當に”命がけで戦ったことで一皮剝けたか、それとも敗北の味を覚えたからか……)
命がけの実戦で得られる経験値というのは、訓練に比べて遙かに大きい。一の実戦は、百の訓練にも勝る。特に、相手がラプターのような本當の実力者ならばなおさらだ。
博孝と沙織は、目に見えて腕が上がったわけではない。むしろ、負傷の治療でが鈍り、三回目の任務を行う前よりも劣化しているだろう。それでも、“今”の方が神的に充溢している。戦いにおける余裕と心構えが整いつつある証拠だった。三回目の任務に赴く前と現在ならば、確実に後者の方が強いだろう。のキレは劣っているが、経験値で勝っているからだ。
それをじた砂原は、周囲の生徒に訓練を続けるように促してから博孝と沙織を見る。
「二人とも、調は悪くないんだな?」
「ええ。が鈍っているじはしますけど、痛むところはないです。『構力』もほとんど回復しましたしね」
「わたしも。鈍っているから、に違和があるぐらいです。痛みはほとんどないです」
その回答を聞き、砂原は口の端を吊り上げるた。
「そうか……では、俺と二対一で組手をするか? 鈍ったの錆落としに丁度良いだろう」
そして、そんな申し出を行う。それを聞いた博孝と沙織は顔を見合わせ――瞳をぎらつかせながら頷いた。
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「是非」
「お願いします」
以前の博孝ならば、砂原と組手をすると聞けば込みをしただろう。沙織は嬉々として戦っただろうが、どちらかというと自分のきを確かめるためにけたようだ。
二人の反応の変化を見て、砂原は獰猛な笑みを浮かべる。
「これからは生徒達と多くの組手を行おうと思っていたが、丁度良い練習になるな。まあ、今のお前達なら加減を誤っても死なんだろう」
博孝と沙織にとっては笑えない冗談を口にする砂原。三回目の任務での一件をけて、砂原は生徒達の訓練に対する方針を改めることにした。生徒に見合った訓練を施すことに変わりはないが、鍛えられる者はとことん鍛える。だろうがES能力だろうが神面だろうが、しでも生徒達の腕を引き上げるつもりだった。
今後ラプターのような強者と戦うことがあれば、“今のままでは”生徒達は間違いなく死ぬだろう。なすもなく、逃げることすらできずに殺されるだろう。
――それならば、死なないようにすれば良い。
砂原の決斷はシンプルで、強さを求める生徒からすれば地獄のような決意だった。
そんな砂原の様子を見て、博孝は冷や汗を流しながら呟く。
「あれ? 俺達実験臺?」
「強くしてくれるってことでしょ? 教が手加減を誤っても、死ななきゃいいのよ」
博孝も沙織も、砂原が訓練で手加減を誤るなどとは思っていない。しかし、それでも口に出して言われれば、警戒が出てきた。
「さーて、どう攻めるかねぇ……」
「“さっき”言ってたことを試してみれば?」
博孝と沙織は顔を突き合わせ、簡単ながら作戦を練る。二対一で組手を行うとはいえ、砂原を相手にしてまともにぶつかっても勝機はない。そのため博孝と沙織は言葉をわし、作戦を決めた。
「さあ……どこからでもかかってこい」
二人が作戦を決めたのを見て、砂原が『防殻』を発現しながら靜かに告げる。そのは適度に力しており、どんな攻撃にもすぐさま対応できるだろう。
「よし、それじゃあ――いきますか!」
博孝と沙織がき出すと同時、博孝の姿が消えた。そして一瞬後に砂原の一メートルほど手前の地面が足の形に陥沒し、急制をかけた博孝が掌底を繰り出しながら姿を見せる。
「ほう……『瞬速』か」
だが、砂原は全くじない。博孝が繰り出した掌底を弾き、博孝の顔面を狙って拳を繰り出す。
「のわっ!? ち、ちょっとは驚いてくださいよ!?」
「何を言う。それを教えて既に三ヶ月近くだ。紛いでも形にはするだろうと思っていただけだ」
首を傾けて砂原の拳を回避しつつ、抗議の聲を上げる博孝。砂原はそれを適當に流すと、次々に拳を繰り出す。博孝は防戦一方になりながらも砂原の拳を捌き――再度、その姿を消した。
「はああああああぁっ!」
博孝が姿を消すと、その背後から沙織が大太刀を振りかぶって突っ込んでくる。組手のため峰を返しているが、沙織は加減もせずに上段から大太刀を振り下ろした。
「まあ、以前よりは腕を上げているか」
柏手を叩くような音が響き、大太刀が空中で制止する。その音の正は、振り下ろされた大太刀を砂原が両手で白刃取りした音だ。白刃取りをするぐらいなら避けた方が早いのだが、砂原は様々なシチュエーションを通して生徒に學ばせるつもりらしい。
大太刀を挾んだまま、砂原は僅かに手の位置をずらす。そして力を込め、大太刀を捻りながら叩き折った。
「どんな馬鹿力!?」
「力ではなく技だ。“慣れれば”これぐらい誰でもできるようになる」
大太刀を折られた沙織は、刀が半ばから折られた大太刀を手放し、追撃を警戒してすぐさま下がる。砂原はそれを追おうとしたが、そんな砂原目がけて再度博孝が『瞬速』で接近してくる。
「“著地”が荒い! それでは狙い撃たれるぞ!」
しかし、博孝が急制をかけようとした瞬間に足元に『盾』を発現され、博孝の足を引っかけた。
「ぬわあああああああああああぁっ!?」
『瞬速』で加速したが『盾』によってバランスを崩し、一気に吹き飛ぶ。『盾』によって足を引っ掛けられた博孝は縦に高速に回転しながら宙を飛び、五十メートルほど空中飛行を味わう。それを見た沙織は気を取られそうになるが、博孝の心配をするよりも砂原に挑むことを選んだ。博孝が復帰するまで、時間を稼がなくてはならない。
縦に回転しながら空を飛ぶ博孝を、組手をしていた生徒達が口を開けて見送る。一何が起きればそんなことになるのかと、心底不思議そうだった。
「こんにゃろ!」
『活化』を発現しつつ『飛行』の訓練通り重力を制し、僅かに減速。そして空と地面が互にれ替わる視界の中で『盾』を発現して足場にすると、無理矢理“空中”に著地した。
「くっそー……やっぱり『瞬速』は要練習だな! 足を引っ掛けられただけでこんなに飛ぶとは思わなかった!」
急速に回転したことで僅かに視界が揺れるが、すぐに収まる。博孝は沙織と砂原が打ち合っているのを確認すると、の周囲に弾を生み出しつつ『盾』を足場に宙を駆けた。
『活化』を併用して生み出した弾の數は、二十を超える。その上で弾一発一発に可能な限り『構力』を込め、威力を高めていた。
その上で、博孝は右手に意識を向ける。
(さーて……組手で試すことじゃないけど、上手くいくかな?)
ラプターの『防壁』を破った時のことを強く思い出し、博孝は弾だけでなく右手にも『構力』を集める。砂原がる『収束』に比べれば『構力』の度がないが、それでも博孝に制が可能な限り『構力』を集めていく。
『撃』などで放つ弾の威力を高めるのは、実はそれほど難しくない。弾を発現する時にどれぐらいの『構力』を込めるかを“”で割り振り、“外”に『構力』を吐き出すことで弾を発現するからだ。
しかし、『構力』をの“一點”に集中させるというのは非常に難しかった。ある程度は『構力』の“度”を高めることができる。だが、“一點”に集めるというのは難しい。弾の場合は一度発現すれば、あとは待機と発にリソースを割くだけで良い。『構力』を集中“させ続ける”ことに比べれば、非常に容易だ。
(そう考えると、『収束』で全に『構力』を発現し続ける教ってのは本當にバケモンだな……どれだけ訓練を重ねればそんなことができるんだか)
砂原が使う『収束』は、常に一定の『構力』を集中させて“固める”技能だ。『防殻』は『構力』を発現させて纏うだけのため、難易度を比べれば天と地ほどの差がある。
宙を駆けつつ思考した博孝は、砂原の背後に迫りながら沙織にアイコンタクトを送った。沙織はそれを見逃すことなく、意味を正確に把握。砂原に向かって牽制代わりに大太刀を振るうと一気に後方へ下がり、下肢に力を込めて前傾姿勢を取る。
博孝は砂原の背後、頭上を取った狀態で待機させていた弾を出した。砂原は視線を向けずともそれを察知していたのか、『防壁』を三重に発現する。
放たれた弾と、それを遮る『防壁』が激突。博孝が出來る限り威力を高めて発した弾は、その半數を失いながらも“一枚目”の『防壁』を打ち破る。そして、殘った半數を叩きつけることで“二枚目”の『防壁』も打ち破り――“三枚目”を破るのは、博孝自の仕事だ。
『構力』を込めた右腕を振り下ろし、砂原の発現した『防壁』を力任せに引き裂いていく。博孝が相手の防を抜き、沙織が相手を仕留めるための連攜。死の間際でそれをし遂げた博孝と沙織は、阿吽の呼吸で実行に移す。
「沙織!」
あとは、沙織の仕事だ。ラプターに対して行った時の焼き回しのように、沙織は博孝がこじ開けた防を潛り抜けて接近する。沙織は大太刀を橫薙ぎに振るい、砂原の腹部を強打し――。
「まだまだ、だな」
砂原が振り下ろした掌底が、再度沙織の大太刀を砕く。“ついで”と言わんばかり流れるようなきで沙織の鳩尾に一撃を加え、『防壁』を打ち破って地面に著地していた博孝の懐へと踏み込む。
「やば――げふぅっ!?」
力強く踏み込み、重と勢いが十二分に乗った掌底が博孝を捉える。博孝の『防殻』を打ち破った掌底は、博孝の肋骨を圧し折り、臓を破裂させる――直前で力が抜かれ、博孝は腹部に痛みをじながら背後へと吹き飛ばされた。
「ぎゃっ! あだっ! っ! ぬぁっ!?」
悲鳴を上げつつ、何度もバウンドしながら転がっていく博孝。最後は砂煙を上げながらグラウンドをり、十メートルほど進んだところで停止する。
「あいたたた……もっと加減してくださいよ!?」
「何を言う。ちゃんと加減したぞ? なにせ、死んでないからな」
跳ね起きた博孝が駆け寄りながら抗議をすると、砂原は涼しい顔で答えた。加減をしなかったのなら、砂原の掌底はそのまま博孝の腹部を貫通していた可能もあった。砂原に鳩尾を打たれた沙織も顔が悪く、痛みを堪えながら口を開く。
「そう何度も大太刀を砕かれると、さすがに落ち込んでしまいそうになります」
「ならば、もっと『構力』を込めてから発現しろ。あの程度なら、技だけで折れる」
沙織の言葉にも、砂原は手厳しい。博孝が傍に寄ると、砂原はそれぞれの課題について口にした。
「先ほども言ったが、河原崎は『瞬速』の“著地”をもっとスムーズにしろ。今のままでは、せっかくの速度が臺無しだ。あれでは容易く迎撃される」
「了解です。といっても、移は良くてもブレーキが効かないんですよね……直線移しかできないですし」
「その辺りは今後修練を重ねることで改善される。それと、最後に『構力』を右手に集めていたな。あれは?」
砂原に水を向けられ、博孝は頭を捻りながら答える。
「教の『収束』を見様見真似で使った……みたいなじですかね? 毆る蹴ると『撃』ぐらいしか攻撃手段がないんで、『構力』を一點に集めて攻撃力が増せればと」
「ふむ……それなら、もっと『構力』を集めろ。俺が意識を割かずに発現した『防壁』を一枚破りはしたが、あれでは実戦で役に立たん。三枚同時に破れるぐらいの威力がないと、敵の防を破っている間に狙い撃たれるぞ」
「それは『構力』の制をもっと磨かないと無理ですね……進します」
それなりに手応えはつかめているが、まだまだ訓練を重ねる必要があった。そうでなければ、“実戦”で使用するのは危険だろう。博孝は今後の自主訓練のメニューを考えながら頷く。
(早く『飛行』を覚えたいけど、戦闘面を考えると『構力』の制を磨いた方が良いか……『瞬速』もじゃじゃ馬過ぎるし、まずは制の訓練だな、うん)
『構力』の制力を磨けば、『飛行』の習得にもつながるだろう。博孝は今後の方針を確認する。
「長谷川は戦い方が正直すぎる。接近戦ばかりでなく、他の手も混ぜろ。河原崎と協力して戦っているからまだ良いが、遠距離攻撃が得意な相手だったらどうするんだ?」
「わたしの欠點は博孝が補ってくれるって信じてますから。でも、遠距離攻撃はどうにも苦手で……博孝みたいに『撃』をえながら戦うことができれば、戦い方の幅も広がるとは思っているんですが。あと、遠くからちまちま撃ってくるような奴は無理矢理にでも近づいて毆り倒します」
真顔で沙織が応えると、砂原は頭痛を堪えるようにこめかみを叩く。その傍では、博孝が無意識のに腹部を押さえていた。
「信じてくれるのは嬉しいけど、その戦い方はさすがに脳筋過ぎるだろ。仕方ない、今度『撃』を使いながら戦う訓練をしてみるか?」
「以前は苦手なりにも使えたんだけど……そうね、博孝と一緒に訓練をしたら、自然と使えるようになってそうだわ」
博孝が言うと、沙織は素直に頷く。沙織も遠距離攻撃の必要は理解しているのだが、他にできる者がいるのならば任せれば良いのでは、と思っていた。それを察した博孝は、言い含めるように言う。
「沙織が遠距離攻撃を使いながら戦うことに練してくれたら、小隊としての戦の幅も広がるしな」
第一小隊は全員『撃』を使えるが、防型の恭介や支援型の里香が放つものは威力が低い。本來なら攻撃型である沙織が一番習していて然るべきなのだが、弾數の多さや威力の高さが最も優れているのは萬能型の博孝だった。だが、博孝は小隊の指揮を執りつつ接近戦も行うため、『撃』ばかりに集中するわけにもいかない。そうなると、遠距離の攻撃手段が嫌でも乏しくなる。
(沙織と恭介が前衛で、俺が中衛。里香が後衛ってのが一番の理想なんだけどな……)
接近戦も行えるため、博孝は前に出ることが多い。問題は、沙織と恭介を組ませて前に置くと、その力量差から沙織がきにくい點だろう。沙織が恭介に合わせることはできても、恭介が沙織に合わせることができない。それは、三回目の任務で博孝がじたことだった。
「本來、攻撃型の長谷川の方が攻撃系のES能力には優れるはずだ。得手不得手はたしかにあるだろうが、訓練生のから他の者に丸投げするのは控えろ。十年訓練して、それでも無理なら他の者に託すんだな」
砂原が厳しい聲で言うと、沙織は確かにと頷く。
(さすがに、十年かけて『収束』を編み出した人は言うことに“重み”があるな)
『収束』が生み出された経緯を知る博孝は、沙織と同様に頷いた。小隊の運用については、まだまだ頭を悩ませる必要があるだろう。
そうやって悩んでいた博孝だが、橫合いから聲を掛けられる。
「博孝……教との組手が終わったら、今度は俺と組手をやってほしいっすよ」
その聲がやけにくじて、博孝はやや驚きながら視線を向けた。視線の先では恭介が鋭い眼差しを向けてきており、それをけ止めつつ博孝は心で首を傾げる。
(なんだあの目……焦り? 以前の沙織みたいな目をしてるな……)
恭介の目を見た博孝は、そんなことを思った。砂原は博孝と沙織への助言を終えて移をしようとしたが、恭介の目を見て足を止める。それは、博孝と同様に恭介の瞳に複雑なを見たからだ。
「おう、いいぜ。沙織は……恭介が組手をしてた相手とやってこいよ」
博孝が指で示すと、その先にいた中村が僅かに顔を輝かせる。沙織に気がある中村ならば喜ぶのではと思った博孝だったが、予想が的中したようだ。
「え? 嫌よ。中村ってそれほど強くないじゃない。それなら教と組手をするか、里香が組手をしているところを眺めた方が良いわ」
すげなくそう答えると、沙織の言葉を聞いた中村がその場に膝をつく。さすがにそれを憐れにじた博孝は、たしなめるように言う。
「たまには違う相手と組手をするのも良いんじゃないか? 新しい発見があるかもよ?」
「……まあ、そうね。博孝が言うなら、きっとそうなんでしょうね」
僅かに不満そうなを見せつつも、沙織は中村のもとへと歩み寄る。博孝はそれを見送り、恭介と向かい合った。
「待たせたな。そんじゃ、いっちょやるか」
掌底を構え、腰を落とす博孝。恭介は無言で拳を構え、半開いて軽くステップを踏む。
「それじゃあ……行くっすよ」
低い聲で告げ、恭介が地面を蹴って博孝へと接近する。そのきを見た博孝は、“余裕を持って”迎え撃つ。
恭介が繰り出す拳を弾き、け流し、間合いを測る。蹴りはけずに避け、勢が崩れるのを待つ。そうやって一分ほど打ち合いを続けていると、恭介の目に激しいが宿った。
「ああああああああぁっ!」
それまでの空手のスタイルを捨て、聲を上げながら毆りかかる。踏み込みも重移もおざなりに、恭介は力任せに毆りかかったのだ。博孝は恭介の突然の行に驚き――それでも自然とがいていた。
繰り出された右の拳を自の右の掌でけ流し、びた右腕を摑んで引き、恭介の上が泳いだことを瞬時に察知して足を払い、腹部に左手を當て、持ち上げるようにして投げ飛ばす。
博孝は恭介が頭を打たないようにと摑んでいた右腕を上に引くが、恭介は背中から地面に落ちて苦痛に眉を寄せた。
「っと……恭介、大丈夫か? いきなりきを変えたから、滅茶苦茶驚いたぞ」
「けほっ……ああ……悪いっすね。ちょっと、意表を突いてみたかっただけっす。博孝には通じなかったっすけど……」
博孝が聲をかけると、恭介は顔を伏せながら誤魔化すように言う。博孝は恭介の様子に訝しげな表を浮かべると、腕を引いて立ち上がらせながら口を開く。
「意表を突くのは良いけど、そのあとがおざなりだったんじゃないか?」
「……そうっすね。博孝の意表を突けて、喜んだのかもしれないっす」
まったく喜んでいない表で恭介は言う。恭介は服に著いた砂埃を落とすと、何かを堪えるように歯を噛んだ。
「やっぱり、中村と組手をしてくるっすよ。いきなり悪かったっすね」
落ち込んだ様子で告げ、博孝に背を向けて歩き出す。そんな恭介の背中を見て、博孝は何かを思案するように頭を掻くのだった。
その日の夜。自主訓練を一度切り上げた博孝は、みらいと共に自室へ戻っていた。そろそろみらいを風呂にれて、『活化』で“治療”を行ってから寢かせないといけない。みらいは外見相応にいため、夜が更けてくると眠気を訴えるのだ。
みらいの機嫌によっては、添い寢の一つでもしながら寢かしつけなくてはならない。特に、最近のみらいは甘えん坊だ。博孝が心置きなく夜間の自主訓練に勵むためには、きちんと寢かしつける必要がある。そうしなければ、みらいは眠気(ねむけ)眼(まなこ)をりながらでもついてきかねない。
(ふらふらしながらついてくるみらいも可いけどな! でも、ちゃんと寢かせないと……寢る子は育つっていうし)
そんなことを考えていた博孝だったが、その夜に限って部屋のチャイムが音を立てた。
「ん? 誰だ?」
時刻はもうじき十時になる。誰かが來るとも聞いておらず、博孝は首を傾げながら玄関へと向かった。
「新聞はいらないですよ、と」
冗談混じりにそんなことを言いつつ、覗きから誰が來たのかを確かめる博孝。しかし、すぐに表に驚きのを浮かべた。
扉の前に立っていたのは、別段不審者というわけではない。ただ、その様子に気にかかるものがあったのだ。
――そこには、真剣な表をした恭介が立っていた。
12ハロンの閑話道【書籍化】
拙作「12ハロンのチクショー道」の閑話集です。 本編をお読みで無い方はそちらからお読みいただけると幸いです。 完全に蛇足の話も含むので本編とは別けての投稿です。 2021/07/05 本編「12ハロンのチクショー道」が書籍化決定しました。詳細は追ってご報告いたします。 2021/12/12 本編が12/25日に書籍発売いたします。予約始まっているのでよかったら僕に馬券代恵んでください(切実) 公式hp→ https://over-lap.co.jp/Form/Product/ProductDetail.aspx?shop=0&pid=9784824000668&vid=&cat=NVL&swrd=
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