《平和の守護者(書籍版タイトル:創世のエブリオット・シード)》第五十五話:自主訓練

訓練校に校して一年と々。博孝達第七十一期訓練生達は相変わらずの生活を送っていたが、ここ一ヶ月で多の変化が起きていた。

博孝や沙織は元々自主訓練を行っていたが、それに恭介と里香が加わり、他にも自主訓練を行う生徒の姿が見られるようになったのである。

三回目の任務の際に『ES寄生』と戦ったことが切っ掛けなのか、それとも博孝達が自主訓練に勵む姿を見たことが切っ掛けなのかはわからない。それでも、多い時はクラスの半數ほどが自主訓練に勵むようになっていた。

いつまで続くかはわからないが、それでも生徒達の意識を改めるだけの効果はあったのだろう。その中でも、恭介と里香は特に集中して自主訓練に勵んでいた。

「『防壁』っていうのは、慣れると簡単なものよ? 『盾』みたいに一ヶ所に『構力』を固めるんじゃなくて、の周囲に『構力』を張れば良いだけ。の中心……そうね、わたしの場合は臍あたりを基點にして、そこから円狀に『構力』を張ることで『防壁』を発現しているわ」

「ふむふむ……臍の辺りっすか」

沙織の講釈を聞いて頷くのは、恭介である。攻撃型の割に『防壁』まで発現できる沙織に対して、教えを乞うているのだ。沙織はそれに快く頷き、自が『防壁』を発現する際のコツを話している。

「円狀に『構力』を張る時は、全方位に均一に、満遍なく『構力』を発現するの。どこか一カ所が弱いと、そのまま破れるわ」

「むむむ……難しいっすね」

沙織のアドバイス通りに『防壁』を発現しようとした恭介だったが、自の周囲に円狀に『構力』を発現するというところで躓いた。恭介は防型の『ES能力者』のため防系のES能力は得意とするのだが、まだ発現していないES能力の習得を可能とするかは本人のセンスと努力の問題だ。

それでも、恭介は弱音一つ吐かずに『防壁』の習得に汗を流す。三回目の任務の時にも、敵の『ES能力者』が自する際に沙織の『防壁』によって守られてしまったのだ。防型の『ES能力者』としては恥ずべきことである。

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「いきなり発現しようとしても、難しいかもしれないわね。もっと『構力』の制を磨かないと」

「『構力』の制っすか。博孝がよくやっている、『盾』を足場にして跳び回る練習でもするっすかねぇ」

「ああ、あれは良い訓練になるわ。教から教わったらしいけど、瞬時に『盾』を発現するための発現速度の向上、自分が『盾』を発現したい場所に発現する制力の向上、あとは連続で『盾』を発現することで『構力』を扱う“スタミナ”が鍛えられるから」

恭介と沙織は顔を突き合わせ、話を進めていく。しかし、不意に沙織が聲を潛めた。

「あとは、博孝に『活化』を使ってもらうと良いんじゃない? コツを摑むのにかなり有効よ?」

「『活化』っすか……そうっすね、博孝に余裕がある時にお願いするっす」

そう言って二人が視線を向けた先では、博孝が里香に対してES能力の教授を行っている。

恭介は沙織に『防壁』の教授をみ、里香は博孝に『撃』の強化や『探知』、『通話』の教授をんでいた。恭介は防型の『ES能力者』として、里香は支援型の『ES能力者』としての力量の向上を願ったのである。

余談ではあるが、里香は當初博孝に対してえた『撃』の教授を願っていた。しかし、教授の最中に“とある事件”が発生してしまい、それは斷念されたのだった。

それは、偶然という名の不幸から起きた事件である。

撃』で発現した弾を自の周囲に保持しつつ組手を行っていた際に、起こってしまった。

博孝と里香のの力量には大きな差があり、格差もある。そのため里香は防戦一方になり、博孝は組手を通して里香の防が薄いところを教えるように突いていた。無論、組手とはいえ相手は里香である。そのため博孝はきちんと寸止めをしており、里香にダメージを與えるようなことはしない。用心のために『防殻』も発現しているため、寸止めに失敗しても痛みはないだろう。

「ほら、目を瞑らない。目を瞑ると、防も回避もロクにできないぞ」

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「う、うんっ」

それでも、里香は博孝が繰り出す掌底に思わずを固めてしまうことがある。いくら博孝が寸止めをするといっても、博孝は組手を真剣に行う。時折里香に打ち込ませつつ、組手を行っていたのだ。

「『撃』の維持にも気を配りつつ、相手のきを見て。ほら、がら空きだ!」

「きゃっ!」

その時の博孝は、里香が構えた両手をすり抜けるようにして掌底を放った。防のために構えていた両腕の中間に対する意識が薄かったため、そこを突いたのだ。博孝の掌底は里香の部に命中する――直前で、寸止めする。

沙織との組手ならば手加減抜きで行わないと非常に危険なため寸止めをする余裕はないが、里香が相手なら容易なことだった。しかし、里香は自分の防を抜けて迫る掌底を見て、驚愕から勢を崩した。それも、前に。

「あ」

「え?」

寸止めした博孝の掌底に、里香のが當たっていた。むしろ當たりにいった形になるのだが、周囲から見ればそうは見えないだろう。

里香は自分のに當たっている博孝の手を見て、博孝の顔を見て、もう一度に當たっている博孝の手を見る。そして最後にもう一度博孝の顔を見て――現況を理解した。

里香はそのまま三歩後ろに下がると、を隠すようにして腕を差し、そのまま首から上を真っ赤にして、目の端に涙を溜めていく。

それを見た博孝は、全が開いて冷や汗が一気に噴き出るのをじた。

――何か、とても、いけないことをやってしまった気がする。

自分に非はない、と博孝は思った。きちんと寸止めをした。でも里香のに手が當たっていた。もしかすると、寸止めに失敗したのか。いや、きちんと寸止めをした――はずだ。

もしかすると、無意識のうちに“雑念”が博孝の脳を占拠し、寸止めすることを放棄したのではないか。求不満なのか、そんなに自分は飢えていたのか――などと考えた瞬間、後頭部に強烈な衝撃をけて博孝は吹き飛ぶ。

「いくら博孝でも、里香を泣かすのは許さないわ」

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恭介の指導をしていたはずの沙織が一瞬で博孝の背後に移し、跳躍しながら後頭部に膝蹴りを叩き込んだ結果である。その速度は『瞬速』と見紛うほどのものであり、恭介などは一瞬で目の前から消えた沙織を慌てて探すほどだ。

博孝は地面を転がり、後頭部を押さえながらゆっくりと立ち上がる。

「てめ……この、いくらなんでも後頭部に膝蹴りはやめろ! 死ぬわっ!」

そして、すぐさま沙織に抗議をした。だが、沙織は里香の肩を抱き締めつつ冷たい言葉を返す。

「平気でしょ。『ES能力者』は頑丈だし、『防殻』も発現してたし。博孝だって他人とのスキンシップは大事、みたいなことをよく言うでしょ? これはそのスキンシップなのよ」

「こんなバイオレンスなスキンシップを推奨した覚えはねえよ……」

真顔で恐ろしいことを言う沙織、博孝は戦慄した。そんな恐ろしいことを推奨した覚えはまったくない。

「ほら、里香。もう大丈夫よ。変態は退治したわ。だから泣かないで」

慈しむような笑みを浮かべながら里香の涙を指で弾く沙織。博孝はそれを見て、ため息を吐いた。

「……誰が変態だ」

「え? 博孝がでしょ? 子のるような奴は変態って呼べって、クラスのの子に聞いたわ」

「自分かららせにいくような奴が不思議そうな顔で答えんじゃねえ!?」

そう言いつつも、博孝は必死に里香に謝罪したのである。

里香とて、『ES能力者』として一年間訓練を積んできた。もしも相手が博孝――意中の異でなければ、同じことが起きてもここまで揺しなかったのだろう。そのぐらいで揺していては、組手を行うこともできない。しかし、さすがに突発的な接は里香の思考をフリーズさせた。

そんなことがあったため、組手については同同士で行うこととなった。現在博孝が里香に教えているのは、純粋にES能力についてだけである。

「『通話』は自分の『構力』を相手に飛ばしてつなぐイメージ。そうだなぁ……糸電話ってあるだろ? あれをイメージしてくれ。二人をつなぐのが糸な。これを不特定多數の『ES能力者』につなげようとするなら、自分の周囲に向けて均等に『構力』を飛ばす」

里香にそんな説明をしながら、博孝は『通話』を発現した。

『『通話』が可能な距離は、使用者の力量と慣れ次第だな。俺も最初の頃は『活化』を使っても百メートルぐらいが限界だったけど、今では倍はいけるし。あと、『通話』の利點はつないだ相手が『通話』を使えなくても問題ないってことか。それと、対象と接している場合は『構力』が周囲にバレにくい。これは里香も知ってるだろうけど』

博孝が手を差し出すと、里香は頷きながらその手を取った。

「最初は接した狀態で『通話』が使えるようになれば……」

『こ、こう?』

「お? そうそう。なんだ、接した狀態なら使えるじゃないか」

『えと……うん。博孝君が何度も『通話』を使ってくれたから、それでコツがつかめたみたい……』

博孝が何度も使用したことでコツを摑んだのか、里香は接狀態での『通話』を簡単にに付けた。しかし、不意にポツリと『博孝君と手をつなげて嬉しいな』という里香の“心”らしき聲が聞こえて、博孝は慌てて手を離す。

「え……」

突然手を離された里香は、驚いたような、傷ついたような顔をした。それを見た博孝は、気まずそうに頬を掻く。

「あー……『通話』ってほら、聲に出さずに喋るじゃん? なんというか……気をつけないと、“心の聲”も相手に伝わるんだよな。考えていることが筒抜けになるというか……」

「……え?」

里香は博孝の言葉にきょとんとした顔で首を傾げ、次いで、頬を赤く染める。そんな反応を見た博孝は困ったように視線を逸らし――何故か弾が飛んできたため、慌てて『盾』で防した。

「ごめんなさい。手がって弾を飛ばしてしまったわ」

「どんな風に手がればそんな現象が起きるんだよ!?」

しれっと言ってのける沙織に、すぐさまツッコミをれる博孝。沙織はそんな博孝の言葉を聞いて、小さく鼻を鳴らす。

「事故よ事故。里香が真っ赤になっているのを見て、何故か博孝に対してイラッとしたから『撃』で頭を撃ち抜こうとしたわけじゃないのよ」

的に説明した!? というか、イラッとしてから行おうとした所業が怖い!」

沙織なりの冗談なのだろう。事実、沙織から放たれた弾は威力が弱く――々、『ES寄生』ならそのまま仕留められるのではないか、という程度だ。

(……あれ? でもそれって、下手したら死んでいたような)

脳裏に浮かんだ考えを、博孝は必死に霧散させる。きっと、気のせいなのだろう。

(ま、まさかね! 今更沙織がそんなことをするわけがないよな! ハハハ……)

自分に言い聞かせながら、博孝は気を取り直して里香へと視線を向ける。

「離れた相手にでも『通話』で話しかけられれば、あとは距離をばしていくだけだ。次に『探知』についてだけど……」

そうやって、様々なドタバタを巻き起こしながら博孝達は自主訓練を続けていくのだった。

その一週間後、博孝と恭介は二人で自主訓練を行っていた。もっとも、自主訓練と言っても今は休憩の最中である。

里香と沙織は共にグラウンドで組手を行っており、遠目に見ればどこか幸せそうな沙織の姿を見ることができる。その傍では、みらいが二人の様子をぼんやりとした表で眺めていた。

みらいは外見相応にいため、深夜や早朝の自主訓練に加わることはほとんどない。博孝も、余程のことがない限りその時間帯は寢かせるようにしている。

それでも、それ以外の時間については博孝にくっついて自主訓練に混ざっているのだ。みらいは発現しているES能力が非常に偏っている。五級特殊技能の『固形化』を発現できるのに、それ以外ではES能力でも基本中の基本である『防殻』しか発現できない。

そのアンバランスさは早急に是正する必要があり、最低でも『盾』と『接合』を覚えるべきだろう。そう思う博孝ではあるが、當のみらいがあまり興味を示していない。『接合』については博孝が重になったことで思うところがあるのか、やや乗り気ではある。しかし、それ以上に『飛行』の訓練の方が気にっていた。高いところから飛び降りるのが、どうにも楽しいようだ。

博孝がみらいのことを考えていると、隣に立っていた恭介が口を開く。

「博孝、俺も『飛行』の訓練をしてみたいっすけど……教えてもらえるっすか?」

「別に良いけど……先に『防壁』を習得した方が良いんじゃないか?」

博孝がそう言うと、恭介は僅かに誇らしげな表になった。

「ふっふっふ……そう言うと思ったっす。さあ、見るが良いっすよ! これが沙織っちに教わった『防壁』っす!」

そう言うなり、恭介は『防壁』を発現してみせる。それはどこか不安定な印象があるものの、たしかに恭介が言う通り『防壁』だった。

「おお! ついに覚えたんだな!」

「いや、まあ、これでも防型っすからね。沙織っちからコツを聞いて、博孝から『活化』をかけてもらったから簡単に覚えられたというか……それでも、『盾』を発現してから一年近く経ってるっすけど」

“本気”で學ぼうと思えば、上達も早い。それを実しつつ、恭介は『防壁』を解除する。これからは、実戦でも使えるように練度を上げていく必要があるだろう。今のままでは、博孝の『撃』を一発け止めただけで破られそうだ。

恭介が『防壁』を発現したのを見て、博孝は何度も頷く。

「そうか。恭介が『防壁』を覚えたとなると、次に必要となるものがあるな」

「そうっす! だから、俺も『飛行』の訓練をやりたいっす! その過程で『瞬速』も覚えられるって話だし、是非訓練したいっすよ! いくら時間がかかってもやり遂げるっす! 移系のES能力があれば、生存率も高まるっすからね!」

勢い込んで言い放つ恭介だが、博孝は聞いていない。顎に手を當て、真剣な様子で口を開く。

「次に恭介に必要なもの。それはつまり――必殺技だな?」

「ちげぇっ!? さすがにそんなボケた回答はいらないっすよ!」

瞳をらせ、真剣に発言した博孝に恭介はツッコミをれた。だが、博孝はそんな恭介の肩を軽く小突く。

「照れんな照れんなー。やっぱり男としては、一つぐらい必殺技がしいよな。俺もしい」

「いや、たしかにしいっすけど……俺、防型の『ES能力者』っすよ? 防型が必殺技って……」

博孝の言葉に心惹かれるものの、それはどうなんだと冷靜な思考が告げる。博孝はそんな恭介に対して、パタパタと片手を振った。

「バッカオメー、防型なのに必殺技があるっていうのが格好良いんじゃないか。防型を仕留めようと接近してくる攻撃型を、逆に倒してしまう……うん、格好良い」

「俺、博孝って実は単なるアホなんじゃないかと時折疑問に思うっすよ……」

真剣に悩む博孝を見て、恭介は思わず辛辣な発言をした。だが、言葉に疑問を覚えて首を傾げる。

「でも、“必殺”技っすよね? 必ず殺す技っすよね?」

「……うん。それなら、相手を殺さないけど必ず戦闘不能にする必殺技とか」

「トンチっすか?」

ゲーム等で必殺技と聞けば響きが良いが、『ES能力者』が必殺技と言い出すと騒に過ぎた。もしも砂原に『これから必殺技を食らわせる』などと言われたら、全力で逃げ出すだろう。そのため、博孝は自の発言を修正する。

「必殺技ならぬ、非殺(ひさつ)技(わざ)がほしい。もしくは、もうちょっと強力な攻撃系のES能力を発現できればなぁ……さすがに『撃』だけじゃあ心許なくなってきた」

必殺技は冗談としても、博孝としては自分も新しいES能力を習得したい。『瞬速』もだいぶ形になってきているが、攻撃力の不足という點は以前からの課題だった。

「うちの小隊では沙織っちと並んで攻撃の要っすからねぇ……あ、でも最近は『構力』を集める訓練をやってるじゃないっすか。あれは?」

「あれなぁ……あれは『飛行』以上に形にするのが難しいんだよ。なにせ、教が十年かけて編み出したES能力だからな。かといって、みらいの『固形化』や沙織の『武化』を覚えて長を作っても、それを振るうだけの腕前がないし。攻撃系のES能力なら、次は『狙撃』かな……」

博孝の戦闘スタイルとしては、砂原がる『収束』が理想形だった。撃系のES能力も発現したいが、『撃』で弾をばら撒きつつ『瞬速』で接近して毆るという方がに合っている。その際に『収束』を使えれば、一撃で勝負が決まるだろう。

「俺が言うのもアレっすけど、あれこれ手を出すのはまずいんじゃないっすか? 用貧乏っつーか、二兎を追う者一兎も得ずって言うっすよ」

「うーん、そう言われるとそうなんだよな。まずは『瞬速』を完全に使えるようになって、次に『飛行』。でも、そうなると今度は攻撃と防の手段が貧弱にじるし……『防壁』や『狙撃』も覚えないと」

覚えることがいっぱいだ、と博孝は頭を掻く。強くなりたいと願うのは、恭介や里香だけではない。博孝も、そして沙織も、常々強くなりたいと願ってきたのだ。だが、悩む博孝に恭介は笑ってみせる。

「別にあれこれ手を出さなくても良いんじゃないっすか? 防は俺が、攻撃は沙織っちが、そして支援は岡島さんが擔當するっすよ。博孝は俺らが萬全の力を発揮できるように指揮を執ってくれれば、それだけで困難を乗り切っていけるっす」

こともなげに言い放つ恭介に、博孝は目を瞬かせた。

「それは……そうだな。攻撃を沙織、恭介が防、支援を里香。そしてその指揮を執るのが俺、と」

一瞬反論しかけて、すぐに納得する。なにも、自分一人で全てをこなせるようになる必要はない。それこそ“仲間”を頼るべきだろう。

博孝が頷いていると、里香と沙織の組手を見るのに飽きたのか、みらいが走って近づいてくる。そして、博孝の袖を引いて育館を指差した。

「……おにぃちゃん、とぶ」

「それだけを聞くと、若干騒に聞こえるな」

「カツアゲをしようとしたチンピラが、『その場で跳ねてみろ』って発言したようなじっすね」

「……んー?」

博孝と恭介の言葉の意味がわからなかったのか、みらいは小さく首を傾げた。博孝はそんなみらいの頭を笑いながらでると、恭介を促して歩き出す。

「せっかくだし、恭介もやってみようぜ。紐なしバンジージャンプ」

「あの高さなら問題はないと思うっすけど、そう言われると不安になるっすよ……」

博孝の言葉にげんなりとする恭介に笑って返し、博孝達は育館の傍へと移する。そして壁面を駆け上がると、屋の端で足を止めた。

「『飛行』の練習の目的は、重力に逆らう覚を摑むことなんだ。その過程で『瞬速』も習得できるけど……まあ、すぐには覚えるのは難しいし、回數をこなしてしずつに付けるしかないな」

「重力に逆らう覚っすか……難しそうっすね」

「教の話では、數年がかりの訓練になるってさ」

恭介に『飛行』の訓練について説明をすると、博孝は屋の端からを乗り出す。

「習うより慣れろだ。高さを稼ぐために空中に『盾』を発現するけど、恭介はどうする?」

「そっちのほうが々と訓練になりそうっすね。それじゃあ、俺もそれで」

そう言って、恭介は空中に『盾』を発現して足場にする。みらいは『盾』が発現できないため、代わりに博孝が『盾』を発現した。

「それじゃあ、早速飛び下りてみるっすよ……うわ、たけぇ」

恭介は視線を下に向けると、ポツリと呟く。二十メートルほどの高さがある育館の屋の上からさらに高さを稼ぎ、地表からの高さは三十メートルほどだ。普通の人間だった頃、日常生活を送る上では中々お目にかかれなかった高さである。

それでも意を決して飛び下り、それに合わせて博孝やみらいも飛び下りた。

「うおっ!? あ、足がし痺れたっすよ!」

三人は同時に落下を開始するが、三秒程度で地面に到達した恭介は思わず悲鳴を上げる。普通の人間ならば十分に死ねる高さだったが、『ES能力者』といえど三十メートルの高さは々堪えた。それでも、僅かに足が痺れる程度である。地面が土だったならば足が痺れることもなかっただろうが、育館の周囲の地面は全てアスファルトで覆われている。

恭介から一秒ほど遅れて、博孝が地面に著地した。『活化』を使わずとも僅かに落下中の減速ができるようになり、初めて挑戦した恭介とは異なる結果を示している。

そして、最後に地面に著地したのはみらいだった。博孝よりも遅く、恭介と比べると二秒以上の差をつけて地面に降り立つ。

「……え?」

自分よりも遅れて著地したみらいに、博孝は思わず真顔で振り返った。

「……たのしい」

博孝から視線を向けられたみらいは、どこか楽しげな雰囲気で答える。しかし、博孝としては言葉が出ない。

「あれ……みらい、今、かなりゆっくりと下りてこなかったか?」

「……?」

問うと、みらいはきょとんとした顔で首を傾げる。

「……まえから、こんなかんじ?」

博孝が何故疑問の眼差しを向けてくるのかわからず、みらいは正直に答えた。

「おー、みらいちゃんはすごいっすね。博孝よりも『飛行』の訓練を積んでるっすか?」

みらいがゆっくりと下りてきたのを見た恭介は、暢気に稱賛する。

「馬鹿、な……」

だが、博孝は素直に稱賛できない。みらいが自主訓練に費やす時間は、博孝よりも遙かにない。『飛行』の訓練に絞っても、それは同様だ。だが、みらいは著々と『飛行』の発現に向かって歩を進めているらしい。

(『防殻』と『固形化』……そして、次は『飛行』? なんてアンバランスな……それに、このままだと……)

――兄としての尊厳がやばい。

博孝は、切にそう思った。みらいが先に『飛行』を発現したとしても、何のデメリットもないだろう。しかし、しかしである。博孝は“兄”としてみらいの後塵を拝するわけにはいかなかった。

みらいにとっては頼れる兄で在りたいと思ってしまうのは、博孝が兄馬鹿だからか。このままではまずいと、“妹”に先んじられるのはまずいと、博孝は『飛行』の訓練時間を増やすことを決意する。

(『活化』を使えばまだ俺の方がゆっくり下りられるけど、それはそれで負けなじがするし……ぐぬぬ)

再度屋に登り、ふわふわと舞い降りてくるみらいを眺めながら博孝はもっと努力をしようと決意する。

こうして、その日も自主訓練を行って夜が更けていくのだった。

どうも、作者の池崎數也です。

拙作を読んでいただき、ありがとうございます。

當面ではありますが、諸事により拙作の更新速度が一気に遅くなります。

四月の半ばぐらいには再び更新速度を上げられると思いますので、それまではゆっくりとした更新になると思います。

それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。

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