《平和の守護者(書籍版タイトル:創世のエブリオット・シード)》第五十七話:一手指南 その1

水中および水上での訓練が始まって、早二週間。第七十一期訓練生達は、その大半が疲労によってを引きずりながら日々を過ごしていた。

水中でく場合、陸上とは異なるきを必要とする。プールの深さが三メートル近くあるため地面を蹴ることもできず、『ES能力者』としての能力を駆使して勢を整えつつ、水を“掻き分けながら”進むことになるのだ。まともに泳いでいては、戦闘にならないのである。普通に泳いでいては、良い的にしかならない。

水中に『盾』を発現して足場にすればそれなりに早くくこともできるのだが、陸上ならばいざ知らず、水中でも陸上同様にES能力を運用できる者は限られていた。

ES能力を発現する際に、通常よりも多く消費する『構力』。

水中で素早く移しようとすれば大きくじる水の抵抗。

陸上のように安定した姿勢を保持することの困難さ。

それぞれが絡み合い、それまで行っていた訓練では意識しなかった繊細なES能力の運用が求められる。『構力』の制力も鍛えられるが、水中という不安定な場所でも姿勢を維持するバランス覚も養われた。

特に、水中ではきにメリハリがつけにくい。勢いがついたは止めようとしてもすぐには止まらず、瞬時の方向転換や移は困難だ。

さらに、訓練に使用するプールには水面を波打たせる機構も搭載されており、海の不安定な水面も演出できるようになっていた。

水上で訓練を行う場合、水面の上に『盾』を発現して立つ必要がある。その際、大きい波がくれば足元をすくわれて水中に落下する可能もあった。

第七十一期訓練生達の中でまともな訓練になっていたのは、常日頃から空中に『盾』を発現して跳び回っている博孝、博孝と同様の訓練を積み始めている恭介、それに加えて能力にを言わせてく沙織ぐらいである。

逆に問題を抱えていたのは、みらいだった。五級特殊技能である『固形化』を発現できる割に、『防殻』を除く汎用技能は使えない。そのため『盾』を足場にすることができなかった。しかし、それ以上に問題だったのが、みらいが“かなづち”だったことである。

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小學校や中學校に通っていた人間ならば、授業で水泳を行うだろう。中にはかなづちの人間もいるが、“泳ぐ”という點では最低限の知識と技能を有し得る。だが、みらいはその辺りの知識がまったくなかった。

みらいの記憶にある限り、人生において大量の水にれた機會といえば、風呂にる時ぐらいである。それでも好奇心からプールに飛び込み――五分ほど、浮いてこなかった。

これには笑って様子を見ていた博孝達も訝しみ、最後には博孝が頭から飛び込んでみらいをプールサイドに引き上げている。當のみらいはといえば、風呂とは比べにならない水の量に満悅だったが。

そんな経緯もあり、みらいだけはここ二週間ほど『盾』と水泳の練習をしていた。ビート板を両手に持ってばちゃばちゃと泳ぐみらいの姿は生徒達の目を和ませたが、みらいの姿を見て和む余裕がある生徒はそこまで多くない。

陸上と同様のきを再現するのは難しく、また、水中では常に全を使ってき続ける必要がある。その上ES能力も併用するため高い集中力が必要であり、生徒達は心ともに大きく疲労することになった。

『ES能力者』というのは、とにかく頑丈な生きである。人間離れした能力を持つが、それでも普段まったくしないきを何時間も連続で行うのだ。一年以上の訓練で力も十分に鍛えてはいたが、授業が終わると同時に膝をつく生徒が何人も出たほどである。

そのため、授業も訓練もない休日はほとんどの生徒が休養に充てていた。

男子寮の談話室に集まる男子生徒達も、その日は休養がてら適當に雑談をしていた。ベッドの上で寢て過ごすには勿なく、かといって自主訓練を行えるほどに力が回復していない。そんな思により、談話室にて馬鹿話で盛り上がっていた。

「失禮します!」

そうやって雑談をわすことしばし、突然男子寮のり口から大きな聲が上がる。その聲を聞いた男子生徒達は、互いに顔を見合わせた。聞こえてきたのは自分達とそれほど変わらない年代の年の聲だが、同期の中でその聲に該當する者がいない。

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なんだなんだと興味を惹かれ、何人かの男子生徒が談話室から顔を出した。すると、それに気づいたのか四人のが近づいてくる。

「ここ、第七十一期訓練生の男子寮で合ってますよね?」

そんな言葉を投げかけてきたのは、先頭に立つ一人の年。外見から年齢を考えれば、第七十一期訓練生の男子達と差はほとんどない。々長めのスポーツ刈りにした黒髪が逆立っており、活発そうな印象をける年だった。

「ああ、そうだけど……君ら誰?」

談話室にいた中村は、和田や城之と共に応対する。年の背後にはもう一人の年と、二人のの姿があった。

「俺は第七十二期訓練生の第一小隊隊長、市原(いちはら)一樹(かずき)って言います。後ろの三人はうちの小隊のメンバーです」

「ども、二宮(にのみや)四葉(よつば)です」

「三場(さんば)俊郎(としろう)です……いや、突然押しかけて本當にすいません……」

「紫藤(しどう)遙(はるか)」

年――市原に紹介され、小さく頭を下げる面々。

二宮はスポーツという言葉が似合いそうな、黒髪のショートカット。その風貌は明るく、友好的な雰囲気だった。

三場はどこにでもいそうな外見の年である。適度にばした黒髪と、どこか苦労人染みた哀愁と疲労からにじみ出ている。

紫藤はどこか冷たい雰囲気をじさせるだった。肩口までばした黒髪をヘアピンで留めており、観察するような視線を中村達に向けている。

「一期下の訓練生か……それで、何の用だ?」

中村が代表して尋ねると、市原は勢い込んで口を開く。

「第七十一期訓練生の中で一番強い小隊と戦わせてください!」

「……は?」

市原の言葉に、中村は呆気に取られたような聲をらした。いきなり押しかけてきたと思えば、模擬戦の申し込みだ。それも、一番強い小隊との模擬戦を希している。

中村が他の三人に視線を向けてみると、二宮はやる気満々、三場は申し訳なさそうな様子、紫藤は表が読みにくいが模擬戦を希しているように見えた。

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期が異なる訓練生同士での流は、非常にない。むしろ、まったくないと言っても過言ではないだろう。中村だけでなく、他の男子達も他の期生――上級生や下級生といった存在と顔を合わせたことはなかった。あるとしても、々市街地に出かける際に顔を見るぐらいだ。直接話したことはない。

以前砂原からけた説明では、“無意味”に他の期の訓練生と接することはじられている。しかし、それが“無意味”でない、例えば教えを乞うといった形ならば問題はないとされていた。

市原達がこの場に訪れたのもそれが理由なのだろうと中村は悟るが、申し出をけたからといって実際に戦うかは別である。

「休日にわざわざ上級生のところにきて模擬戦を申し出る努力は買うけどよ、まずは自分達だけで腕を磨いたらどうだ?」

面倒だ、とは思わない。中村達とて、力を求めているのだ。それ故に市原達の希も理解するし、納得もする。だが、さすがにいきなり上級生のもとへ乗り込んで模擬戦を希するのは如何なものか。まずは、自分達だけで鍛えてみるべきではないか。そう思い、出直すことを勧める。

中村の言葉は、あくまで善意によるものだった。第七十一期訓練生の中で“一番強い小隊”と戦いたいと言うが、それはほとんど年齢が変わらない下級生達にとって良い影響にならないのでは、と思ったのである。主に、何を仕出かすかわからない小隊長と、前衛として大太刀を振り回す小隊員がいるからだ。

市原は中村の言葉を聞くと、どこか挑発するように鼻を鳴らす。

「同期の連中は歯応えがないんですよ。俺の小隊、教以外には負けなしなんです。この前の任務では、『ES寄生』を一倒しましたし。先輩方は戦ったことあります? 『ES寄生』って滅茶苦茶強いんですよ。あれは並の訓練生じゃ勝てませんね」

市原の言葉と態度に見えたのは、絶対の自信と大きな過信。それに加えて、敬語を使っているものの中村達を先輩どころか同格の相手として見ていない節があった。

それを察した中村は、『ES寄生』と戦うことはそんなに珍しいことなのか、と心で首を傾げる。中村はそれほど気が長い方でなく、挑発をければ喜んで喧嘩を買うタイプだ。しかし、市原の言葉を聞いてじたのは怒りではなく困である。

中村の同期には『ES寄生』を単獨で數屠る者や、數回とはいえ敵の『ES能力者』と殺し合いを演じた者もいる。中村自も、三回目の任務では『ES寄生』との実戦を経験している。そのため、市原の言葉に怒りをじずに困したのだ。

中村は大きな誤解をしているが、通常の訓練生が任務で『ES寄生』や敵の『ES能力者』と戦うことはほとんどない。

訓練校に在籍している間に『ES寄生』と遭遇せず、正規部隊に配屬されてから初めて実戦を経験するという『ES能力者』もザラにいた。割合としては、正規部隊に配屬されてから初めて実戦を経験する者の方が多い。

その上、敵の『ES能力者』と戦ったことがある者となると、その割合は一気に低くなる。現在はかつて起こった『ES世界大戦』のように、『ES能力者』のほとんどがにそのを浸すような時代ではない。『ES寄生』と戦ったことはあっても、敵の『ES能力者』と戦ったことがない者は非常に多かった。

「さあ、誰が一番強いのか教えてください」

そんな中村の困に気付かず、市原は『強い者を出せ』と道場破りのように繰り返す。故に、中村は視線を巡らせた。一番強い訓練生を出せと言われれば、答えは決まっている。

「あー……あの馬鹿は?」

扱いは雑だが、博孝のことだった。第七十一期訓練生の中で腕が立つ者と言われれば、男子では博孝が挙がる。子では斷トツで沙織だろう。そして、小隊同士での模擬戦を希するなら一番強い第一小隊が適任と言える。中村が和田と城之に話を振ると、二人は首を橫に振った。

「いつも通り自主訓練じゃね? 水中水上訓練で疲れてないのかと、本気で疑問に思うけどな。元気が良いのか、苦しさに悅びを見出しているのかは謎だ」

「武倉もみらいちゃんもいないし、自主訓練だろ。どこにいるかは知らねぇ」

しかし、博孝だけでなく恭介やみらいも不在だった。そのため中村達は『いつものように自主訓練に出ているのだろう』と結論を出す。子の方にも確認を取ってみないとわからないが、沙織も同伴しているだろう。第一小隊の殘りメンバーである里香も、寮にはいないかもしれない。

「わざわざ來てくれて悪いんだけど、うちで一番強い小隊は出払ってるんだ」

談話室にいた他の男子達に聞いても、博孝達の行方を知る者はいない。平日ならば育館やグラウンドで自主訓練をしているのだが、休日になると姿を消すのである。

中村の言葉を聞いた市原は、肩を竦めて首を振った。

「はぁ……仕方ないですね。他の先輩方じゃ訓練になりそうにないですし、出直します」

無駄骨だったと態度で示す市原。しかし、さすがにその発言には中村も腹が立つのをじる。

「へぇ……戦いもせずに相手の実力がわかるのか、すげぇなお前。一期下の訓練ではそんなことまで教えてんのか?」

「わかりますよ。あ、それとも先輩はわからないんですか?」

中村の心の変化をじ取ったのか、市原はどこか挑発するように笑う。

「――相手が自分よりも弱いってね」

笑いながらそんなことを言われれば、中村としては是非もない。鼻のびきった下級生に灸を據えてやろうと、売られた喧嘩を買うことにした。

「上等じゃねぇか……いいぜ下級生。先輩として、その思い上がりは矯正してやるよ。表に出ろ」

「あれ? 怒っちゃいました? 俺としては事実を口にしただけなんですけどねぇ」

中村の様子を見て、市原は挑発混じりに尋ねた。事実を指摘されて怒るなんてが小さいなぁ、と呟いてすらいる。それを見た和田と城之も怒りを覚え、模擬戦に賛同した。

「調子に乗んなよ。ハンデとして、俺達三人だけで相手になってやらぁ」

「こっちとしてはハンデなんかいりませんけど……ああ、負けた時の言い訳のためですか。それなら仕方ないですね」

バチバチと視線で火花を散らしながら、中村達はグラウンドへ向かって歩き出す。休日ということで私服だったが、下級生相手なら問題あるまい。

その増長を叩き潰してやると決意し、模擬戦を開始するのだった。

時を遡ることしばし。

博孝率いる第一小隊とみらいは、飛行機の発著場で自主訓練を行っていた。訓練の容は、第一小隊が『飛行』と『瞬速』、みらいはそれと並行して汎用技能の習得に取り組んでいる。

『飛行』の訓練ということで、恭介や里香にも飛行機の発著場にある格納庫を紹介しにきたのだ。高さ四十メートルほどの格納庫に登った恭介と里香は、真下を見下ろして唾を飲み込む。

「た、高い……ね?」

「高いっすねー……」

育館の屋に登った時と比べれば、倍の高さだ。恭介は驚いているだけだが、里香は腰が引けている。“普通”の人間だった頃には、中々お目にかからない高さだ。里香は高所恐怖癥というわけではないが、いきなり飛び下りるには一定以上の度が必要だろう。

込みしている里香を見て、博孝は楽しそうに笑う。

「なんなら、慣れるまではお姫様抱っこして飛び下りようか?」

「えっと……それは、ちょっと……」

博孝の申し出に、里香は恥ずかしそうに俯く。博孝に橫抱きに抱えられたまま飛び下りるなど、“別の意味”で張してしまう。

「駄目よ博孝。里香をお姫様抱っこするのなら、わたしがやるわ」

そこに、博孝の発言を聞いた沙織が真顔で割り込んだ。それを見た博孝と里香は、僅かにを引きながら首を振る。

「いや……冗談だぞ?」

「そうなの?」

沙織は首を傾げるが、何かを思いついたのか両手を打ち合わせた。

「ではこうしましょう。博孝が里香を抱きかかえる。そして、わたしは二人を抱きかかえる。そして飛び下りれば……」

「冗談って言ったよな!?」

沙織に対してツッコミをれ、博孝はため息を吐く。時折沙織が口にする冗談は、冗談とは思えない。なにせ、目が本気なのだ。しかし、冗談として済ませなければ別の意味で怖くなる。

「それじゃあ、俺はお先に飛び降りるっすよ」

ため息を吐く博孝を殘し、恭介は逃げるように跳躍した。そして自由落下を始め、『飛行』の訓練に取り掛かる。

意外と言うべきか、恭介の『飛行』に対する適は高い。あるいは、才能と言うべきだろうか。

『飛行』は通常ならば年月を経た『ES能力者』の方が習得しやすいが、恭介は『飛行』というES能力に向いているのか、みらいほどとは言わないが博孝や沙織に対して猛追を行っている。

『活化』なしならば、博孝と同レベルまで『飛行』の訓練狀況が追い付くのは遠くないことだと思えた。

博孝は『ES能力者』として、全的に用な部類にる。攻撃、防、支援。萬能型の『ES能力者』としてそのどれもが均等に扱えるが、逆に言えば突出したものがない。『活化』がなければ、用貧乏の一言で終わりそうな狀態だ。

『活化』があるためにある種のアドバンテージを得ているが、それも時間が限られた優位である。

『活化』を発現したての頃に比べれば発現可能時間はびているが、それでも全力で戦闘を行えば五分もつかどうか。『構力』の出力を絞り、要所のみで全力で発現する形にしても三十分もてば良い方だろう。

その上、これらの時間はあくまで博孝一人で『活化』を発現した場合だ。『活化』は複數の対象に対して発現することもできるが、それを行うと一気に『構力』が消費される。第一小隊全員に全力で『活化』を行えば、一分ももたない。

(『活化』に使用するための『構力』も増やさないとな。これでも毎日ガス欠寸前まで使ってるんだけど……)

実技訓練に、みらいの“治療”、そして自主訓練。『構力』は時間を置けば回復するため、限界ギリギリまで『構力』を使うのは日常茶飯事と言える。

長はしている――が、それは遅々とした歩みだ。

著実に長していると言い換えれば聞こえは良い。だが、訓練量に見合った長を遂げているかと聞かれれば、博孝は素直に頷けなかった。

(焦っても仕方ないけど、また“あの男”みたいな奴と戦うことになったら……)

ラプターの姿を思い返し、博孝は拳を握り締める。おそらくは砂原と同程度の実力を持ち、みらいを“扱い”した男だ。

博孝や沙織からすれば重まで追い込まれた相手でもあり、次回會うことがあれば雪辱を晴らすとまではいかずとも、一矢報いるだけの力がしかった。

そこまで考えた博孝は、頭を振って意識を切り替える。今は自主訓練の時間だ。他のことに気を取られていては、訓練の効率も上がらない。

意識を集中し、里香に見本を見せようと格納庫の屋から飛び降り、『飛行』の訓練を行う。『瞬速』についてはだいぶ形になっており、現在は直線移だけでなくある程度自由にけるよう進している。沙織も『瞬速』をに付けつつあり、移速度を上げるだけならばすでに問題はない。これも、すべては『飛行』の訓練による果だろう。

博孝は『活化』を行わずに空中で落下速度を減速させ、地面へ著地する。砂原から『飛行』について教わった頃に比べればしは様になっていると言えるが、空中で靜止できるようになるだけでも當分時間がかかりそうだった。

そこでふと、博孝は頭上を見上げる。一向に里香が飛び降りてこないが、何をやっているのだろう、と。

『おーい、里香? まだ踏ん切りつかないか?』

『あ、ひ、博孝君……えっと、その……』

『通話』で聲をかけるが、返事は芳しくない。やはり、四十メートルもの高さから飛び降りるのは怖いようだ。『ES能力者』ならば無事だとわかっていても、“普通”の人間だったころの常識が拒否しているのだろう。

その點を考えると、問答無用で博孝を崖から突き落とした砂原の行は理に適っていたのかもしれない。逡巡する暇もなく、無理矢理でも慣れる羽目になったのだ。さすがに、博孝はそんなことをしようとは思わないが。

地を蹴り、宙に発現した『盾』を蹴り、博孝は一息に格納庫の上まで登る。すると、格納庫の端で沙織と顔を見合わせている里香の姿がそこにあった。

「本當に大丈夫だから。例え頭から落ちても、死にはしないわ。なんなら、わたしが下に降りてけ止めるわよ」

「で、でも、それじゃ訓練にならないよ……」

どうやら沙織が継続して説得を行っているようだが、里香からすれば素直には頷けないのだろう。

「飛び下りるのだって、大したことないわ。例えるなら……そう、アレよ。遊園地? っていうところにある、ジェットコースター? だったかしら。それの安全裝置をなくしたまま乗り込んだと思えば……」

「逆に怖いよっ!」

沙織自は乗ったことがないのか、ところどころで疑問形のニュアンスをえた説得だった。それを聞いた博孝は、苦笑しながら歩み寄る。

「やっぱり、抱きかかえたまま下りようか? 一度飛び降りれば、あとは慣れみたいなもんだし」

「うぅ……そ、それはちょっと……」

どうにも踏ん切りがつかない里香。その様子を見た博孝は苦笑を深め、左手を差し出す。

「じゃあ、ほら」

「え?」

差し出された手を見て、里香は目を瞬かせた。

「『活化』を使えばゆっくりと下りることができるから、まずは落下することに慣れよう。『飛行』の訓練はそれからだ。里香は『防殻』を発現してくれ。『活化』も使うから、絶対に安全だよ」

そう言いつつ、博孝は里香の右手を取る。そして手を引いて格納庫の屋の端に足をかけると、里香の張を解そうと笑って冗談を飛ばす。

「飛び下りるのが不安なら、抱き著いてくれても良いけど?」

「え……う、それは、その……」

里香は視線をあちこちに彷徨わせる。それを見て博孝が和んでいると、沙織が不機嫌そうに里香の左手を握った。

「ずるいわ博孝。それなら、わたしは反対側ね」

「なんでそこで“ずるい”って言葉が出てくるんだろな……まあいいや。んじゃ、沙織にも『活化』を使うぞ」

深く考えないようにして、博孝は『活化』を発現する。それも、里香が初めて飛び降りるということで全力での発現だ。同様に里香と沙織に対しても『活化』をかけ、スリーカウントしてから屋を蹴る。

博孝と沙織が同時に飛び降りたため、手をつないだ狀態の里香も覚悟を決めて飛び降りた。そして重力に引かれて落下するが、博孝と沙織は半年近く『飛行』の自主訓練を行っている。その果によって落下速度を減速し、里香を支えながらゆっくりと地面へと降り立った。

地面に著地した里香は、驚いたような顔で博孝と沙織を互に見る。しかし、博孝と沙織も驚いたような顔をしていた。

「す、すごいねっ。今、ゆっくり降りたよ!」

全力で『活化』を発現した上、里香に格好悪いところは見せられないと博孝と沙織が起した結果、最高記録と言えそうなほどにゆっくりと地面に降り立つことができた。それでもみらいと比べれば若干劣るが、現時點では上出來と言えるだろう。

「『活化』を使えば、これぐらいゆっくり降りられるんだよ……なんて格好つけたいところだけど、今のはかなり上手くいったじだな。でも、『飛行』は『活化』なしで習得しないと意味がないからなぁ……」

「そうね。『活化』があれば『構力』の制も楽だけど、いつも博孝が近くにいるとは限らないわ。飛べるに越したことはないけど、自力で飛べないとね」

「あ、今のでまだまだなんだ……」

博孝と沙織の言葉を聞き、里香は小さく眉を寄せた。『飛行』は數年単位で修得するものだと聞いたが、自分に発現することができるのだろうかと不安に思う。『構力』の制は得意な方だが、難易度が高すぎるように思えた。

「こ、今度は一人で飛び下りてみるね」

それでも、里香は弱気に蓋をする。

博孝や沙織のように強くなるため――ではなく、“置いていかれない”ために。

里香は自分に気合をれて、『飛行』の訓練に勵むのだった。

自主訓練を開始してしばらく時間が経った頃、格納庫の屋から地面へ降り立った博孝のもとにみらいが駆け寄る。そして、博孝の服を引いて口を開いた。

「……おにぃちゃん、のどかわいた」

言いつつ、みらいは空になったペットボトルを掲げる。それを見た博孝は、苦笑しながらみらいの頭をでた。

「持ってきた飲み、全部飲んじゃったのか?」

「……ん」

夏が近づいてきているとあって、最近の気溫は徐々に上昇している。訓練でかせば、大量に汗をかくほどだ。みらいは汎用技能の訓練を行っているだけのため汗はそれほどかいていないが、ペースを考えずに飲みを飲んでしまったらしい。

博孝が口をつけたもので良いなら飲みはあるのだが、自主訓練はまだ続く。気溫を考慮して、追加で飲みを用意した方が良いだろう。

「この近くには自販機はないし……仕方ない。寮の自販機で買ってくるか」

今度からは予備の飲みも何本か買ってこようと決めて、博孝はみらいと共に歩き出そうとする。しかし、それを見た里香が手を挙げた。

「あ、そ、それならわたしが行くよ。し休憩もしたいし」

「そうか? それじゃあ、悪いけど任せても良いかな?」

「ま、任せて。みらいちゃん、行こう?」

「……ん」

里香が促すと、みらいは里香の腕にしがみ付く。甘えるようなその仕草に、里香は思わず相好を崩した。だが、さすがにそれでは歩きにくいため、しがみ付かれるのではなく手を握る形に落ち著く。

そうして手をつなぎながら歩く姿は、外見に共通點はなくとも姉妹のように見えただろう。互いに饒舌というわけではないが、里香もみらいが相手ならば特に気負うこともなく、みらいも里香には非常に懐いている。

時折みらいが里香の背中によじ登ろうとするが、それもただのスキンシップだ。そうやってゆっくりとしたペースで二十分ほど歩くと、第七十一期訓練生が使用する校舎や寮が見えてくる。

「あれ……なに?」

だが、それらの施設が目視できる距離まで近づいたところで里香は疑問を覚えた。グラウンドに複數の人影があるのだが、まるで実技訓練で小隊同士の模擬戦でも行っているように『構力』のが瞬いている。

自主訓練を行うことは許可されているが、大規模なES能力を使うのは控えるように砂原にも言われている。それは自主訓練での事故を防ぐためであり、なくとも相手に重傷を負わせるレベルのES能力は使用を控えるべきだった。しかし、遠目に見えるES能力の発現規模は、その範疇に収まるかどうか。

「……りかおねぇちゃん、さきにいく」

「え? 先に行くって……み、みらいちゃん!?」

里香が怪訝に思っていると、みらいが里香とつないでいた手を解いて急に駆け出す。

それとほぼ同時刻、中村は目の前の下級生の実力に舌を巻いていた。大口を叩くだけあって、その実力は中村の予想よりも高い。

小隊長である市原は『固形化』を発現し、『構力』を二メートルサイズの棒にして繰り出す攻撃型の『ES能力者』。中村が迎撃しているが、市原は近距離戦を得手としているのだろう、やや分が悪い。間合いが異なるため、市原の攻撃に対して中村は防戦一方だ。

二宮は支援型の『ES能力者』だが、本人の気質なのか『撃』で牽制をしつつ時折接近戦を挑んでくる。これによって、防型である城之が接近戦で迎え撃つ羽目になっている。相手がほぼ同年代の異ということもあって、城之も若干戦い難そうだ。

三場は防型の『ES能力者』らしく、徹底的に仲間の防を行っていた。自の防だけでなく、『盾』を二枚発現して市原と二宮の防にも努めている。和田が時折『撃』で弾を放つのだが、それは三場の手によって有効打にり得ていない。

そして最後に、紫藤が厄介だった。市原と二宮が前衛を務め、三場が中衛。紫藤は後方に控え、淡々と中村達を『狙撃』で狙い撃ってくる。この『狙撃』が曲者で、威力はそれほどではないものの弾速が速い。それでも直撃を許せば『防殻』を抜かれかねず、中村達は眼前の敵だけでなく、紫藤のきにも目を配る必要に追われた。

市原達は小隊としての連攜も取れており、中村は防戦一方であることを自覚するしかない。三対四とハンデをつけたが、同數でも抑えきれるかどうか。なくとも、大口を叩くだけの実力は持っていた。

「ほら、どうしたんです! 本気を出してくださいよ先輩!」

を固める中村を嘲笑い、市原は次々と『構力』の棒を繰り出す。二メートルの長さを持つそれは、もはや棒というよりは穂先のない槍だろう。中村はなんとか回避を続けているが、それも長くはもたない。

追い込まれているというプレッシャーから力を消耗し――ついに、勢を崩す。すると、それを見計らったかのように紫藤が弾を放った。

弾速は速く、狙いは正確。それはまさにスナイパーが放つ狙撃弾であり、勢を崩した中村の部へと飛來する。

――これはまずい。

中村はそうじて、なんとか防を試みようとする。死にはしないだろうが、多の痛手は負う威力の『狙撃』。自主訓練で使うには、騒な威力だ。

しかし、どうやっても防は間に合わない。放たれた弾は中村に命中する――直前でみらいが割り込み、『固形化』で発現した棒で弾き飛ばした。

「っと……なんだ、この子」

紫藤が放った弾をいとも容易く弾き飛ばしたみらいを見て、市原はいったん距離を取る。みらいの外見が、訓練校に所屬するにはすぎたというのもあるだろう。それに加えて、も髪も真っ白なだ。日本人かどうかも怪しい。

みらいは棒を一振りすると、市原に向けて構えてみせる。

「……いじめ、だめ、ぜったい」

「いや、いきなりそんな標語みたいなことを言われても」

外見相応か、それよりもいか。淡々と、拙く紡がれた言葉に、市原は困ったようにツッコミをれた。しかし、すぐに合點がいったように頷く。

「そうか、つまり先輩の小隊の最後の一人ってことですか。酷いな、こんなに強そうな子がいるのなら、初めから呼んでくださいよ」

みらいが発現している『防殻』や『固形化』からじ取れる『構力』の規模を察して、市原は楽しそうに笑った。みらいがに纏っている『構力』の規模は、市原達と比べても遙かに大きい。市原達の教導を行っている教ほどとは言わないが、その半分には屆きそうな量だった。訓練生としては破格と呼べるレベルだろう。

対するみらいは、武を構えたままでかない。市原が言っている言葉の容が、まったく理解できなかったのである。しかし、市原と対峙することに違いはない。

みらいからすれば、博孝や里香に限らず第七十一期訓練生全員が自分に優しくしてくれる兄や姉のようなものだ。みらいが近くにいればお菓子を差し出し、食堂にいればデザートを買ってくれる。話しかける時は大抵笑顔で、口調もらかい。

博孝が聞けば『それ餌付け?』と首を傾げたくなるような狀態だが、子を中心にみらいは貓かわいがりされていた。みらいもそんな彼らに心を許しており、甘える姿が時折目撃されている。

そんなみらいからすれば、理由はわからないが三対四で劣勢に立たされている中村達に助太刀するのは當然のことだった。

――みらいの“兄”である博孝も、同じ狀況なら同じようにしただろうから。

だが、みらいが飛び込んできたのを見た中村達は、絶から小さな聲をらす。

「やべぇ……」

自主訓練での模擬戦とはいえ、みらいに戦わせたと兄馬鹿(ひろたか)が知れば一どんな行に出るか。それも、普通の模擬戦ではない。半ば喧嘩のような模擬戦だ。もしもみらいが傷でも負えば、博孝がどんな行に出るか――それを考えるだけで恐ろしい。

「……いく」

そんな中村達の危懼を他所に、みらいは市原に向かって駆け出すのだった。

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