《平和の守護者(書籍版タイトル:創世のエブリオット・シード)》第五十八話:一手指南 その2

里香がグラウンドに到著した時、既に戦いは始まっていた。

突然みらいが駆け出したことにも驚いたが、そのみらいが見覚えのない相手と戦っていることにはさらに驚く。

みらいと市原は『固形化』で発現した棒で斬り合っているが、その攻防はみらいの優勢で進んでいる。

「っ!? なんだこの子!?」

市原が振るう棒と、みらいが振るう棒は長さが違う。市原が持つ棒が槍ならば、みらいが持つ棒は刀程度のサイズだ。間合いの違いは戦闘において重要な要素だが、みらいは外見に見合わぬ膂力でその要素を無視する。

みらいの振り下ろした棒が、地面を容易く陥沒させる。防に振るった棒が、市原の手から得を弾き飛ばそうとする。

『ES能力者』は外見で判斷するものではないが、さすがにみらいのい外見には市原も騙された。同じ『固形化』を使う者として、外見から判斷しても自分の方が上だろうと思っていたのだ。

みらいの技巧が優れているわけではない。純粋な格闘戦なら、市原に分がある。だが、みらいは戦いの定石など頓著せず、自覚だけで暴れ回るのだ。

遙かに格上の者からすれば積み重ねた経験から対応できるだろうが、市原から見ればみらいは非常に戦いにくいタイプだった。

それでも市原が打ち合いを続けているのは、紫藤から的確にサポートがるからである。みらいのきの間斷を狙い、『狙撃』でみらいに回避行を取らせる。それによって、戦況が致命的なものに陥らないよう努めていた。

理由は不明だが、眼前の景が小隊同士での模擬戦と推察した里香は、彼我の戦力差を確認。相手の力量から、なくとも上の期生ではないと判斷。だが、今年校したばかりの者にしては練度が高い。その點から、第七十二期訓練生の所屬だと看破した。

そして、一番近くにいた男子に説明を求める。

「こ、これは教の許可が出ている模擬戦?」

「岡島さん? いや、突然あいつらが男子寮に押しかけてきて、一番強い小隊と戦わせろって……」

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要領を得ない説明だったが、里香はそれで全てを察した。下の期の訓練生が、腕試しに訪れたのだろう。みらいが戦うまでは三対四だった點から、中村達がハンデをつけて戦い、劣勢に追い込まれたのを見てみらいが飛び出したのだ。

他の期の訓練生と“無意味”な接止されているが、今回はそれに該當しないだろう。相手は先輩――半年以上長く訓練を積んでいる『ES能力者』に対して、指導を求めてきたようなものである。

正規部隊ならばともかく、ここは訓練校。相手からすれば上級生に教えを乞い、中村達からすれば下級生に対して技の指導を行ったという名目も立つ。

それだけわかれば、里香の行は早い。『撃』を行っていた和田のもとへと駆け寄ると、肩を摑んで引き寄せる。

「わ、和田君っ、わたしと代して!」

正規の模擬戦でないのなら、遠慮をする必要はない。通常ならば模擬戦の最中に小隊のメンバーが変わることなどあり得ないが、今回は例外だろう。和田も、第七十一期訓練生の中では腕が劣るわけではない。里香との“戦闘力”を比較すれば、和田の方が上だ。

それでも、みらいが戦うのならば自分が座して待つことはできない。

「え? いや、岡島さん?」

「いいから早くっ」

「あ、はい」

里香に命令され、和田は素直に頷いた。なにせ、里香は博孝や沙織さえ頭が上がらない人。その気弱な外見と異なり、思考の回転では同級生の中でも隨一だ。逆らうのは怖い。

里香と和田の問答が聞こえていたのか、みらいの攻撃を捌いていた市原は楽しげに聲を上げる。

「こっちは構わないですよ! 強いなら大歓迎だ!」

突然してきたみらいだけでも、これほどの腕を持つのだ。わざわざ代を申し出るのならば、なくとも和田よりは強いに違いない。市原はそう判斷した。そして、楽しげに笑う市原に対して、二宮と接近戦を繰り広げていた城之ぶ。

「ああん? 寢惚けんなよ下級生! 岡島さんはなぁ、うちのクラスで一番強い男が教を除いて唯一頭を垂れる人なんだぞ! 覚悟しろ!」

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「それは楽しみですね!」

「へ、変なこと言わないでっ」

クラスメートからのまさかの評価に、里香は涙目になった。

第七十一期訓練生の中で誰が強いかと聞かれれば、それは博孝と沙織のツートップである。しかし、里香はそんな二人に対して非常に“強い”。普段は博孝がよくからかっているが、その博孝も何度も土下座をしている。

クラスメートの中には、実は博孝と沙織が素直に従う里香こそが一番強いのでは、というも葉もない噂も広がっていた。里香が聞けば、顔を真っ赤にして否定するだろう。

里香はこの模擬戦が終わったら、クラスメートが自分をどんな目で見ているのか確認しようと思う。

それでもすぐに意識を切り替えると、『撃』で弾を一発だけ発現する。そして、誰もいない方向に山なりの軌道を描くよう発した。

「ん? 今のは?」

攻撃かと思った三場だが、何も起こらない。仲間を狙ったのならばともかく、誰もいない場所に向かって放たれる弾を防ぐような余裕はなかった。そのため、第七十二期訓練生達は特に気にしない。『構力』の作に失敗したのかと疑問を覚える程度だ。

里香は“狙い通り”に弾を発できたことに満足すると、今度は紫藤に目を向ける。相手の小隊で鍵を握っているのは、間違いなく紫藤だ。彼がいるからこそ、一期上の訓練生を相手に彼らが戦える。

――ならば、紫藤を無力化すれば良い。

そう決斷し、即座にく。何も、紫藤を戦闘不能に追い込む必要はない。里香の実力では、それは難しい。しかしながら、いくらでも“手”は打てる。

里香は意識を集中すると、自の周囲に弾を三発発現した。里香は治療系のES能力を除けば、『撃』が一番得意だ。もっとも、支援系の『ES能力者』のためその威力は低い。里香自も、保有する『構力』の規模はそれほど大きくはない。

だが、それは“戦えない”、“弱い”とイコールにはならないのだ。

ぶつかり合う小隊のきを観察し、把握し、里香は時折弾を放つ。それは相手を狙ったものではない。しかし、確実に相手“小隊”の力を削ぐためのものだ。

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そんな里香の行に真っ先に気付いたのは、相手小隊で後方に控える紫藤だった。里香の行っていることを認識すると、紫藤は驚愕から目を見開く。

隙を突いて放っている『狙撃』による弾が、ことごとく妨害されている。それも、『撃』で発現された弾相手にだ。

弾に込められた『構力』の規模だけで判斷するなら、相手は防型か支援型。攻撃型である紫藤の攻撃を防ぎきるのは困難なはずだ。だが、里香はそれを可能とする。

相手が味方の隙を突いて弾を放つのなら、里香も同様のことをすれば良い。味方の隙を見抜き、紫藤が放つ弾の軌道を予測し、その“進路上”に自弾を置けば良いだけだ。

言葉にすれば簡単で、実際に行うのは難しい。しかし、里香はそんな蕓當を即座にやってのける。

博孝のように同時に複數の弾を放つタイプならばともかく、単発で狙撃をしてくる相手ならば里香でも十分に対応可能。相手の弾ならば里香の弾を撃ち抜くことも容易だが、撃ち抜かれるよりも先にさせれば良い。

目視してから弾を放ったのでは間に合わないが、“先んじて”放っていれば問題はない。かつて博孝と共に戦った敵の『ES能力者』や教クラスならばともかく、紫藤が里香の放つ弾を突破するためには、純粋に威力を高めるか數を増やす必要があった。

里香の妨害により、戦況は完全に膠著する。みらいは市原を完全に抑え込み、中村や城之も互角に渡り合っている。

「三場君、相手の狙撃手を妨害して」

紫藤は里香が一番厄介だと判斷して、三場に指示を出した。だが、三場は中村に攻撃をけており、余裕がない。

「今先輩と毆り合いをしてるのが見えてるよね!? 無茶を言わないでよ!」

市原の相手をみらいが務めているため、中村が相手の防型である三場を仕留めようとしているのだ。三対四だった時ならば妨害も容易だったが、今の狀況では難しい。

「大丈夫。あなたは無茶を押し付けられると悅ぶはず」

「僕の評価ってどうなってるの!?」

無表でサムズアップする紫藤に、三場は驚愕する。三場は市原が率いる小隊の中では一番の常識人だ。そして、それ故に苦労の大半を背負い込むことになる。

「あまり期待はしないでよ!」

それでも、三場は紫藤の指示に従って里香が放つ弾を『盾』で阻害し始めた。だが、里香も素直に妨害をける理由はない。立ち位置を変えつつ、放つ弾の軌道を調整しつつ、紫藤の『狙撃』を無効化し続ける。

「はははっ、楽しくなってきました! 能力は低くても実力が高い! 素晴らしいです!惚れ込みそうですよ!」

紫藤からの援護がなくなったものの、気分を高揚させてみらいと切り結ぶ市原。彼はみらいを相手にしつつ、里香の取った行の意味を理解して稱賛する。

市原が率いる小隊でも、紫藤が要であることをすぐさま見抜く察力。相手の隙を狙って紫藤が放つ『狙撃』を予見する集中力。一瞬のズレもなく弾を炸裂させ、『狙撃』を無効化する度

みらいといい里香といい、“先輩”として相応しい実力だと市原は思った。しかし、同時に殘念にも思う。

たしかにみらいと里香は手強いが、中村や城之は訓練生として並の域を出ない。それに加えて、本來の小隊というわけではないのだろう。連攜に難がある。特に、みらいは周囲との連攜を無視して戦っている。それを里香が上手く補佐しているが、市原としては十分に隙を突けるレベルだ。

市原はみらいが打ち払おうとした『構力』の棒を、接する瞬間にわざと手放す。みらいは“これまで通り”に抵抗があると思っていた棒を呆気なく弾き飛ばし――相手の抵抗を予想していたため、力をれ過ぎて勢を崩した。

「隙あり!」

即座に『固形化』で棒を再度発現し、今度は市原から打って出る。みらいは態勢を崩しつつも地面を蹴って距離を取ろうとするが、市原が使うのは長だ。みらいを追うようにして突きが放たれる。

「みらいちゃん!」

里香がみらいの窮地を救うべく弾を放つが、今度は逆に紫藤がそれを狙った。市原の邪魔はさせまいと、里香が放つ弾や里香本人を狙って『狙撃』を敢行する。

中村や城之もなんとかみらいに救援の手を出そうとするが、二宮と三場によって邪魔がって思うようにけなかった。

「ぁっ!?」

強かに右肺を突かれたみらいが、息の詰まった聲をらす。後ろに向かって跳んでいたため骨は折れなかったが、それでも衝撃だけで呼吸困難を起こしそうだ。

みらいは衝撃を逃がすために地面を転がるが、痛みをじてすぐさま起き上がることができない。

みらいも第七十一期訓練生として訓練に混ざるようになったが、その扱いは通常の訓練生とは大きく異なる。

通常の訓練生は『ES能力者』として、將來的には正規部隊へ配屬されるのがほとんどだ。そのため、正規部隊員として相応しい実力をに付けるために訓練している。だが、みらいは自の『構力』の制を學ぶのが第一だ。

訓練校に來て、既に半年近くが経過している。その間は博孝の努力もあり、『構力』の暴走は起こしていない。しかし、みらいは第七十一期訓練生で構される八小隊のいずれにも所屬していなかった。三回目の任務では第一小隊に配屬されたが、それは例外である。

つまるところ、みらいは普段の訓練で相手から攻撃をけることがない。小隊に混ざって訓練を行うとしても、みらいの技量は第七十一期訓練生の中でも上位の部類だ。

それに加えて、クラス中から可がられているみらいに全力で攻撃できる生徒はいない。訓練ということで手加減はしないが、寸止めや攻撃が當たる瞬間に手を抜くことがほとんどだ。

――故に、みらいは“痛い”というをそれほど知らない。

博孝や第七十一期訓練生達と過ごすことで、喜怒哀楽といったしずつ発されるようになっていた。甘いを食べれば喜び、今回のように一方的に攻撃される仲間を見れば怒りを覚え、博孝や沙織が重に陥った時は哀しみ、料理を作る時は楽しく思う。

それでも、痛覚というのはみらいにとって慣れない覚だった。

右肺――肋骨を突かれ、痛みと苦しみで呼吸が荒くなる。勝手に涙が溢れそうになり、視界が歪む。立ち上がらなければと思うものの、がいうことを聞かない。

「これで終わりです!」

けないみらいを見て、市原が『構力』の棒を振りかぶりながら間合いを詰める。あと一撃叩き込めば、意識を奪うことができるだろう。そう判斷して、市原はみらいの肩口に狙いを定める。

「させないっ」

みらいの危機を見て、里香が市原の前に割り込む。それを阻害するように紫藤から弾が放たれるが、里香は自弾を放って相殺した。だが、紫藤からの攻撃を阻害するのが一杯で、里香自の攻撃手段が殘されていない。そうなると素手で戦うしかないが、里香はが苦手だった。

(でも……それでも!)

みらいを傷つけたのだ。靜かな怒りをに、里香は市原のきを注視する。

里香が脳裏に思い浮かべるのは、素手で沙織と渡り合う博孝の姿。里香は『構力』を掌に集めるという技は持たないが、博孝は様々な解決法を示していた。

割り込んできた里香に狙いを変え、市原は棒を振り下ろす。里香は震えそうになるを抑えこみ、冷靜に思考し――“前に”踏み込んだ。

というものは、振るえば必ず相手に痛みを與えられるわけではない。刀とて、重や勢いを乗せて打ちで斬らなければ碌に斬れない。

そして、沙織と組手を行うことに比べれば、市原のきは里香でも対応できる。踏み込みからの振り下ろし。その一連の作は、沙織と比べれば鈍重極まる。“見慣れている”速度よりも、はるかに遅いのだ。

無論、何も防手段がなければ多なりの手傷は負うだろう。里香はそう判斷し、博孝を真似て左腕に『盾』を発現した。それと同時に、振り下ろされた棒に対して左腕を合わせ、らせながら外にけ流し、棒の軌道を逸らす。

「なっ!?」

まるで里香を避けるように棒の軌道が変わり、市原は驚愕の聲をらした。里香はそれを隙と見て、さらに一歩前へ踏み込む。

「そこっ!」

鋭く呼気を発し、市原が踏み込みのために前に出していた左足に対しての下段蹴り。『ES能力者』として十全の威力が込められたその蹴りは、容易に市原の足を刈り取る。市原は勢いよく足を払われ、その場で半回転して地面へ落下した。

里香は追撃を仕掛けようとするが、それよりも早く紫藤から弾が放たれる。さらに、二宮や三場からも支援撃が飛び、里香は慌ててその場から退いた。

「やってくれますね……」

地面に転がった市原は即座に跳び起きると、里香を睨んだ。その瞳には大きな怒りと、僅かな敬意が込められている。

「驚きましたよ。まさか、ここまで“できる”方だとは思いませんでした」

「そ、それはどうも……」

里香としては、無我夢中だったとは言えない雰囲気だった。市原は油斷をなくしたように棒を構え直し、里香と対峙する。みらいはそんな里香の背中を見ていたが、痛みと嬉しさで泣きそうだった。

みらいは痛みで大半が占められる思考の中で、里香の背中に博孝の姿を重ねる。みらいは生まれてからほとんど記憶がないが、博孝と出會ってからは、博孝の“妹”として生きてきた。その兄の姿を咄嗟に思い浮かべ、聲をらす。

「……おにぃ、ちゃん」

呼吸が定まらず、聲が掠れる。それでも、みらいは博孝を呼んだ。

里香はみらいの聲を聞き取ったが、振り向くこともできない。みらいが膝をついたため、里香は市原と紫藤を一人で相手にしている狀態だ。市原は油斷なく間合いを詰め、紫藤は里香の隙を狙っている。

「いきますよ」

宣言するように言って、市原が地面を蹴る。それに合わせて紫藤は『狙撃』を行い――里香ではなく、みらいを狙った。

市原の攻撃に意識を割けば、紫藤の『狙撃』を防ぐのが難しい。かといって紫藤の『狙撃』に意識を割けば、市原の攻撃を避けられない。

里香は最低でもみらいへの攻撃を防ぐべく、立ち位置を変えて『撃』を行おうとした。だが、三場がそのきを狙ったように『盾』を発現して足を取られてしまう。

まずいと思うには、既に遅い。里香は勢を崩し、市原の攻撃を避けられない。それでもなんとかみらいを守るべく弾を放とうとして――不意に聲が響いた。

「そこまでだ」

靜かな、怒りを含んだ聲。それが市原の背後から聞こえて、里香は目を瞬かせる。

「だ、誰だ!?」

後ろから腕を摑まれ、きを強制的に止められた市原は揺しながら振り返る。揺しすぎたのか、慇懃無禮な敬語もなくなっていた。そして、振り返った先には笑顔を浮かべた年――博孝が立っていた。

「どうも、可い妹に呼ばれてやってきたお兄ちゃんです」

「だから誰だよ!?」

気さくに気軽に、されど隠しきれない怒気を込めた挨拶だった。紫藤が放った弾も博孝が発現した『盾』で弾かれており、紫藤は驚きのを覚えている。

「ビックリしたわよ、里香。いきなり里香の『構力』らしき弾が飛んできたから、何があったのかと思ったわ」

市原は突然背後に現れた博孝に驚愕し、そこからさらに驚愕することになった。博孝に視線を向けたほんの數秒の間に、今度は正面に沙織が立っていたのだ。

気配に気づけず、きが見えなかった。そのことにますます驚愕するが、それでも博孝が摑んだ腕を振りほどき、なんとか距離を取る。博孝と沙織は市原を追わず、周囲に目を向けた。

「あれぇ……おっかしーなー。みらいは飲みを買いに行っただけのはずなのに、なんでこんなことになってるんだろうなぁ」

にこやかな笑顔で周囲を見回し、博孝は獨り言のように呟く。外見だけを見れば非常に穏やかで友好的だったが、発する雰囲気はまったく逆のベクトルのものだった。

なにせ、自主訓練をしていたら里香の『構力』で発現された弾が飛來し、何事かと思って駆けつければ見知らぬ訓練生相手に里香とみらいが追いつめられていたのだ。里香としては、“想定通り”に博孝達が駆けつけたことに安堵するべきか、予想以上に憤っているのを見てどう宥めるべきか迷う。

博孝はひとまず報収集に努めているが、その怒りは非常に大きい。意識して笑顔を浮かべなければ、そのまま即戦闘に突しそうなほどに。

「ちょっ……二人とも、足速すぎっすよ。って、なんすかこの空気!?」

僅かに遅れ、恭介も駆けつける。しかし、笑顔を浮かべて殺気を放つ博孝を見て恭介は一歩後ろに足を引いた。沙織は博孝の様子を気にせず、呆れたような聲をかける。

「アンタが遅いのよ恭介。早く『瞬速』を覚えなさい」

「いや、俺はつい最近『飛行』の訓練を始めたばっかりなんっすけど……」

姿を見せた三人に、それまで行われていた模擬戦が完全に停止した。市原は警戒しながら距離を取り、様子を見ている。

中村は凍ってしまった空気に苦笑すると、市原に向かって投げやりに言葉をぶつけることにした。

「ほら、おみの、うちの同期で一番強い小隊だよ。良かったな、あんなに怒っているところを見るのは俺も初めてだ。死なないように気をつけろよ」

みらいと里香を巻き込んだ時點で、こちらにも矛先が向くだろう。中村はそう思ったが、それは仕方がないと甘せざるを得ない。みらいを傷つけた市原は許せないが、最初に油斷してみらいを巻き込んだのは自分達なのだ。

あとから博孝にどんな無理難題を言われるか。それを思えば憂鬱になるが、この場は任せるしかないだろう。下手をすると、沙織と共に中村達も巻き込んで模擬戦を再開しかねない。

そんな評価をけた博孝は、冷靜に怒りながら現狀の把握に努めていた。

『里香』

『う、うん。相手は一期下の訓練生。目的は腕試しだよ』

『サンキュ。それだけわかれば十分だ』

阿吽の呼吸で報を提供する里香に、博孝は禮の言葉を返す。次いで、市原を小隊長と判斷して目を細めた。

「俺達が留守にしてる間に、ずいぶんと楽しそうなことをしてるじゃないか。仲間外れは良くないぜ? 俺達も混ぜてくれよ」

そう言うなり、博孝と沙織が『防殻』を発現する。その『構力』をじ取った市原は、強がるように口の端を吊り上げた。

「なるほど……先輩方が、先ほど話に聞いた第七十一期訓練生で一番強い男ですね。これは手合せのし甲斐がありそうです」

じ取れる『構力』の規模は、自分達よりも確実に上。そう判斷した市原は、更なる強者と戦えると歓喜する。市原に従う小隊員は眉を寄せているが、逆らうつもりはないのだろう。三場を除き、二宮も紫藤もやる気に満ちた目つきをしていた。

『構力』の規模で勝負が決まるわけではない。例え『構力』の規模に差があろうと、“実力”で上回れば良いだけだ。

しかし、市原の言葉に対して博孝は手を振って否定する。

「ん? いやいや、そんな大したもんじゃないよ。俺らなんてまだまだだっての」

同期の中で一番強いなどと言われても、博孝としては“どうでも良い”。他者との実力差を知るのは重要なことだが、博孝からすれば重視すべき點ではない。

なにせ、上には上がいるのだ。それも、今のままでは足元にも及ばないような実力を持つ者が、いくらでもいる。それを思えば、増長などしている暇はない。

それでも、それでもだ。目の前の後輩には決して負けられないし、負けないと博孝は思った。先輩を相手に指導を求めているというのなら、結構なことである。

博孝と沙織は互いのコンディションを確認すると、挑発するように軽口を叩く。

「朝から訓練漬けで多消費しているけど……まあ、後輩相手なら丁度良いハンデだな」

「そうね。どうせ時間もかからないでしょうし。さっさと終わらせて、里香とみらいに土下座させて、訓練に戻りましょうか」

「ついでに飲みも買って行こうか。それが目的でみらいと里香がこっちに來たんだし」

既に終わったあとのことを考える博孝と沙織。口ではそう言いつつも、油斷は微塵もしない。里香は負傷こそしていないものの、みらいが痛手をけているのだ。一期下の訓練生といえど、油斷はしない。全力を以って相手をしようと思った。

「野次馬は自分でを守れよ。恭介、里香とみらいの防は任せた。里香はみらいの治療を頼む」

中村達と市原達が模擬戦を行うということで顔を出していたクラスメートに、軽く注意を促す博孝。恭介には里香とみらいの防を、里香にはみらいの治療を頼んだ。

「俺も戦いたいっすけど……まあ、今回は譲るっすよ」

みらいが苦しそうな顔をしているのを見て、恭介も怒りをじていた。しかし、それも博孝の放つ雰囲気をじれば萎んでしまう。沙織はみらいだけでなく、里香も傷つきかけていたことに立腹の様子だ。

「……まさかとは思いますけど、二人で俺達の相手をするんですか?」

恭介と里香が下がり、みらいの治療を施し始めたことで市原が眉を潛めた。たしかに博孝と沙織の『構力』は自分達よりも規模が大きいが、小隊に対して分隊で勝てると思っているのか。そう憤る市原だが、博孝は“わざと”曲解する。

「あ? つまり分隊が相手でも嫌だってか? 仕方ねえな。沙織、ここは俺に譲ってくれ。みらいのためだ」

「駄目よ博孝。それなら、わたしだって里香のために譲れないわ」

顔を見合わせ、博孝と沙織は互いに譲れと頼み合う。もちろん、本気ではない。相手を挑発し、しでもその集中力を削ぐためだ。

一対四でも勝てるかもしれないが、博孝と沙織の二対四ならばその確率は非常に高くなる。それに加えて、グラウンドに駆け付ける間に市原達の戦闘スタイルも見ることができた。

実力を隠している可能もあるが、今まで見せたものが実力の上限ならば博孝としては恐れることは何もない。々、中村が率いる第六小隊と同程度かそれを若干上回る程度だろう。それでも念には念をれ、挑発まで行った。

そして、二四をむ一番大きい理由。それは、博孝と沙織ならば、互いにカバーしつつも“心配”する必要がないからだ。連攜訓練は一番長く積んでおり、実力も拮抗。戦闘スタイルも互いを補える。

つまり――暴れるには最適というわけである。

冷靜に、油斷なく、判斷した結果。それは、博孝と沙織ならば二人だけで相手に勝てるという確信だ。さらに言えば、連攜を取る必要すら認めなかった。

「っ! いいですよ、そこまで言われたらこちらも引けません! 負けてから言い訳はしないでくださいね!」

博孝の挑発に乗り、市原は戦うことを決意する。ES訓練校に校して以來、周囲を見下すような日々を送っていたのだ。見下されるのは、非常に癪だった。

合図もなく、模擬戦が再開される。沙織は前に出て『武化』で大太刀を発現すると、悠然と構えた。

「『武化』ですか……これは手強そうだ」

集中した素振りもなしに大太刀を発現したのを見て、市原は警戒心を強める。市原が使えるのは五級特殊技能の『固形化』だが、沙織が使った四級特殊技能の『武化』は『固形化』の上位技能と言って良い。つまり、対峙した時點で相手の力量が見て取れるのだ。普通に考えるならば、明らかに格上である。

しかも、沙織の挙には余裕が溢れている。『武化』を発現してからも、長い期間訓練を積んでいるのだろう。市原は発現した棒を構えつつ、沙織の出方を窺う。

「沙織、そいつは任せる。俺は他の奴を相手にするから」

「了解。でも、片付いたら加勢するから」

沙織が市原と対峙したのを見て、博孝は悠々と歩き出す。そして、博孝と沙織が相手に対して同じ程度の距離を詰めた瞬間、二人の姿が消えた。

「っ!」

「え?」

市原から驚愕が、三場から呆然とした聲が、同時にれる。

市原は瞬きの間に沙織が眼前に迫ったことに驚愕し、それでも棒を掲げて防姿勢を取った。なくとも、その反応速度は稱賛に値するだろう。『瞬速』で踏み込んできた相手に、多なりとも反応ができたのだから。

三場は、気がつけば博孝が懐に潛り込んでいたことに思考を停止させる。気付けば、既に懐に潛り込まれていたのだ。攻撃も、防も、回避も。どれかを選択するには、遅きに失した。

「かふっ!?」

腹部に激しい衝撃。三場は『防殻』を抜かれ、尋常ではない衝撃をけて後方へと吹き飛ぶ。せめてもの幸いは、痛みをじるよりも先に意識を失ったことか。

博孝が実技訓練で砂原から何度もけた打撃技である。模倣するのは容易く、未な博孝の腕でも三十分は意識が戻らないだろう。

市原は三場の聲を聞き取ったが、そちらを気にする余裕はない。踏み込んだ沙織が躊躇なく大太刀を振り下ろし、その防に意識を取られたからだ。

沙織は上段から大太刀を振り下ろし――市原が手に持つ『構力』の棒を、容易く両斷する。そのまま大太刀を振り切れば肩から下まで真っ二つになるため、肩口にれる直前で寸止め。斬られたと錯覚してきを止めた市原に前蹴りを叩き込み、地面へと蹴り倒す。

「まず一人!」

「いけない。あまりにも『構力』の度が薄いから、ついうっかり、そのまま斬るところだったわ。ねえ博孝、手加減に失敗したら、自主訓練中の事故ってことで処理してもらえるのかしら?」

「それはさすがに庇えねえぞ!」

手応えから三場の意識を奪ったと確信する博孝に、腹部を蹴られて地面を転がる市原を眺めながら騒なことを呟く沙織。博孝は即座にツッコミをれるが、沙織はそれで納得したのか大太刀を消して拳を構えた。『構力』の棒さえ切斷すれば、あとは毆り倒すだけである。

そこまで狀態が進んで、ようやく二宮や紫藤が我に返った。市原が倒れ、三場が気絶するまでかかった時間はおよそ三秒程度。実技訓練にて、博孝が常日頃から使う『瞬速』に慣れていた第七十一期訓練生の面々は目で追っていたが、市原達からすれば驚愕の一言だろう。

二宮は市原の救援を、紫藤は博孝の足止めを行うべくき始める。三場は完全に気を失っているため、そのまま放置された。

紫藤は距離を取ったままで『狙撃』を発現し、弾で博孝を狙う。『瞬速』を使われれば、命中させるのは困難だ。だが、博孝は何を考えているのか、のんびりとした歩調で紫藤に歩み寄っていく。

――舐められている。

そう判斷した紫藤は、怒りを弾に変えて放つ。可能な限り『構力』を注ぎ込み、避けにくいようにを狙った『狙撃』だ。

弾が、博孝目がけて飛來する。その弾は、訓練生が放つものとしては十分に驚異的だろう。速度と正確、その二つは稱賛に値する。先ほどまでよりも『構力』を込めたのか、威力も高い。

だが、博孝は『盾』で防をしなかった。『構力』を集めた右手をかざし――弾を“摑んで”握り潰す。

紫藤は、思わず目を見開いた。同期の訓練生相手ならば、まともに防がれることがなかった『狙撃』。それを防ぐでもなく握り潰すなど、予想外にもほどがあった。

弾を握り潰した自の手を何度か開閉し、博孝は口の端を吊り上げる。『狙撃』をけ止めて潰したというのに、痛みもない。多の衝撃はあったが、それだけだ。

『構力』を制して集中させるのは、『飛行』よりも適があるのかもしれない。そう思えるほどに、博孝にとって『構力』の制は容易だった。普段から『構力』の制に意識を割き、集中して訓練をしている結果だろう。

ついでとばかりに吊り上げた口をそのまま開け、まるで悪役のように楽しげに笑う。

「溫い……まったくもって溫すぎる。この程度か下級生。俺を撃系のES能力で仕留めたいなら――せめて『砲撃』ぐらい撃ってこいやあああああぁっ!」

咆哮し、博孝は『活化』を併用して『撃』で弾を発現。その數は三十を超え、紫藤の揺を驚愕まで昇華させる。

怒り心頭の博孝だが、怒りのに反して弾の威力は非常に抑えている。訓練で使用する時よりも、その威力は低いほどだ。

間違っても下級生を負傷させるわけにはいかないという配慮であり、威力を押さえることで弾の數を増やすためでもある。いわば、ハッタリだ。

――しかしながら、展開された弾の數は驚異的だった。

博孝の周囲に三十を超える弾が発現されたのを見て、紫藤ははっきりとわかる程度に怯えのを抱く。博孝が『活化』を使っているため、博孝自が放つ『構力』の規模も大きい。それほどの『ES能力者』が放つ弾をければ、そのまま死にかねない。

いくら博孝が発現したのが『撃』とはいえ、下手に當てれば十分な殺傷力を持つ。博孝のハッタリに飲まれて、紫藤は數歩後ろに下がった。

博孝は容赦なく、弾を出する。それも、四方八方から覆い盡くすような軌道でだ。紫藤は咄嗟に『防殻』に全力で『構力』を回し、防態勢を取る。しかし、すぐに全を同時に毆りつけられるような衝撃が響き、『防殻』が揺らぐ。

それでも弾の雨を凌ぎ切り、紫藤は博孝に視線を向けた。今なら、しでも反撃できるかもしれない。そう思った紫藤が見たのは、先ほど全弾が放たれたにも関わらず、再度博孝が発現した弾の群れだった。

さすがに二度目の『撃』の雨には耐えきれず、紫藤は意識を失って地面へ沈む。

それとほぼ同時に、沙織は市原の救援に駆け付けた二宮の相手をしていた。支援型ながら、接近戦に秀でた二宮である。市原が立て直すぐらいの時間は稼げると思い――沙織を前にして、全くの無力だった。

大太刀を発現することもなく素手で対峙した沙織は、微塵の容赦も見せずに二宮の意識を奪いにかかる。元々、においては博孝と同程度の技を持つのだ。鼻歌でも歌いそうな気軽さで二宮が突き出す拳を掻い潛り、鳩尾に拳を突き立てて強制的に意識を奪う。そして二宮のを地面に橫たえると、ようやくを起こした市原に視線を向ける。

「まだやるの?」

どうでも良さそうに尋ねる沙織に市原ができたのは、自分達の敗北を認めることだけだった。

    人が読んでいる<平和の守護者(書籍版タイトル:創世のエブリオット・シード)>
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