《平和の守護者(書籍版タイトル:創世のエブリオット・シード)》第六十二話:海上護衛任務 その1

『ES寄生』という生についての報は、意外なほどにない。発生原因は諸説あるものの不明であり、『ES寄生』に変貌するの法則も皆無。共通することといえば、人間や『ES能力者』に対して敵対的な存在であるという一點のみである。

人為的に『ES寄生』を生み出そうとした國もいくつかはあったのだが、それらの実験は全て失敗していた。ただし、これらの報は公的に発表されているものであり、“真実”は伝わっていない。

どこの國が“製造”に功した、あの國では様々な実験を行っている。そんな噂も飛びい、國家間で疑心暗鬼になることも度々ある。

博孝達が住む日本は島國のため、他國が陸上の『ES寄生』を製造してもその脅威に曬される可能は大きくない。しかし、水生生や飛行可能な生を元にした『ES寄生』が製造されれば、大きな影響を被ることになるだろう。

日本の陸上でも、『ES寄生』は時折発見される。それらは『ES能力者』の部隊によって処理されているが、『ES寄生』というものは陸上にのみ生息する生きではない。

地球という星は、陸地が三割に海洋が七割という構である。その割合を考えると、陸上に『ES寄生』が三匹いれば、海洋には七匹の『ES寄生』がいるとも考えられる。海洋に存在する『ES寄生』の數の調査は行っても無駄に終わると考えられているため、行われていない。

海の中には、『ES寄生』が潛んでいる。その危険だけで十分だった。

海洋で初めて『ES寄生』が発見されたのは、1951年。それまでは天災や海難事故、あるいは戦爭で船が沈むことはあっても、“生きの攻撃”によって船が沈むことは極めて稀だった。

しかし、その年の四月に事件は起こる。太平洋を航行していた大型客船が、“何者”かの攻撃をけて沈沒。多くの犠牲者を出し、世界に落雷のような衝撃をもたらしたのだ。

當初は、航行していた大型客船を保有する國に敵対的な國の手で行われたと判斷された。それによって國家間に張が走り、第二次世界大戦が終戦してほんの數年で再度の戦爭が巻き起こる危険もあった。

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だが、決定的な証拠がない。証拠というのは見つけるものではなく“作り出す”ものだが、どの國も隙を見せまいと警戒をしていた。そんな警戒が続く中で、一報がったのである。

――『海に、巨大なタコがいる』。

その一報をもたらしたのは、大型客船が沈んだ周辺を捜索していた偵察機だった。その報告をけ取った者は、『寢言は寢て言え』と一刀両斷し――同様の報告が次々と飛び込んできたことで、その報が真実なのだと気付いた。

當時、『ES寄生』はほんの僅かに見つかる程度の生きだった。僅かとはいえ世界的に數が増えつつあった『ES能力者』と同様に、その數はない。しかし、『ES寄生』が見つかっていたのは全て陸上でのことだった。

――『ES寄生』が、海洋にも現れる。

その報に、世界は震撼した。件の巨大タコは、長が百メートルを優に超す巨である。そんな巨大な『ES寄生』に襲われれば、並の船ではひとたまりもない。

海洋に現れた『ES寄生』が人類に與えた影響は、人命や船等の資産に関するものだけではない。経済にも大きな打撃を與え、戦後の復興にも影響を與えた。

陸続きの國家間ならばともかく、海を隔てた國同士の貿易が困難になったのである。貨船を送り出しても『ES寄生』に襲われるとあっては、商魂たくましい商売人でも二の足を踏む。逆に好機と見て貿易業で財を築く者もいたが、その數は多くない。

中には『ES寄生』など恐れるに足りずと豪語する者もいた。『ES寄生』が出沒するといっても、海は広い。果てしなく広い大海原で『ES寄生』と遭遇するのは稀であり、百回に一回遭遇するかどうかだ、と。

一パーセントの確率を高いと見るか、低いと見るか。それは人それぞれだろう。だが、その一パーセントを引けばほぼ確実に船が壊滅する。各國は自國が保有する軍船を護衛に出したが、完全な解決策にはならなかった。

『ES能力者』の數が増え、海洋を航行する艦船を護衛することが可能となるまでかかった時間は約三十年。自由にとはいかないが、それでも目的地まで貨船を移させられるようになったのは大きな進歩だった。

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現在では『ES能力者』は國防の要であると同時に、旅客機や艦船の護衛、國に現れる『ES寄生』の排除も行う多忙な存在になっている。

「……というじだ。みらい、わかったか?」

「……うん。たぶん」

頷くみらいに、博孝は苦笑しながら説明を終了した。博孝達は授業で砂原から學んだことではあるのだが、みらいは何も知らない狀態で編した形である。そのため兄である博孝に知識の教授が命じられ、みらいに教え込んでいた。

みらいの様子から、重要なところは覚えたと判斷する博孝。翌日に四回目の任務を控え、自主訓練は控えめに行いながらみらいに知識をすることを優先していた。しかし、みらいとしては『ES寄生』や人類の歴史よりも、気になることが存在している。

「……うみって、なに?」

「海っていうのは……そうだなぁ、塩っ辛い水がいっぱいの場所だよ」

海とはなんぞや、と問うみらいに、博孝は非常に簡単に答える。みらいに難しい説明をしても理解するのが難しいだろうと、『とりあえず水がいっぱいの場所。それと、水が塩っ辛い』とだけ教える。

「……おっきいおふろ? ぷーる?」

「あっはっは。風呂やプールなんて目じゃないぐらい大きいぞ。まあ、明日実際に見られるんだから、それまでの楽しみにしておけばいいよ」

「……ん」

百聞は一見に如かずだ。実際に見ればわかると言う博孝に、みらいは素直に頷く。みらいの瞳が期待に輝いているように見えた博孝は、その晩、みらいを寢かしつけるのに苦労するのだった。

翌日、校舎の前に第七十一期訓練生達の姿があった。それぞれ野戦服にを包み、足元にはボストンバッグを置いている。三泊四日ということで、著替えの類を準備しているのだ。

「全員揃っているな」

集まっている生徒達のもとへ、砂原が歩み寄る。生徒達は既に整列しており、任務を前にしたを漂わせながら砂原に視線を向けた。

「まずはバスに乗って移する。全員、バスに乗れ」

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砂原が顎で示すと、生徒達は移用のバスに乗り込んでいく。その間に無駄口は叩かず、駆け足で移する姿に砂原は一定の満足を覚えた。今のところは適度なを維持している。任務地が近づけば違った種類の張を抱くだろうが、砂原としては満足だ。

生徒達が乗り込むと、砂原も乗り込んでバスが発進する。移の間に過度の張が続いては疲れるだけなので、ある程度の雑談は止されていない。そのため、生徒達は近くに座った仲間と言葉をわし合った。

「……うみ。たのしみ」

「あ、あの、みらいちゃん? 海には行くけど、海水浴じゃないんだよ?」

窓の外を見ながら呟くみらいに、里香が苦笑しながらツッコミをれる。それを聞いた博孝は、小さく笑ってしまった。

「昨晩も、海が楽しみだって言って中々寢付かなかったからなー。まあ、初めて海を見るんだし、仕方ないって」

「あー……そうっすよね。初めての海っすか」

みらいの事を知っている恭介は、どこか気まずそうに呟く。そんな恭介の言葉を聞き、今度は沙織が反応した。

「わたしも海に行くのは初めてよ?」

「マジで!?」

「マジっすか!?」

沙織の発言に、博孝と恭介は驚愕する。だが、沙織は二人の聲にも大きな反応を返さない。

「テレビでは見たことがあるわ。でも、家族で海水浴なんて行けないしね」

淡々と言い放つ沙織に、博孝はある種の納得をする。“長谷川”の家の人間として、気軽に遠出することもできなかったのだろう。沙織自、海水浴に行くことをむような格ではなかったため、機會がなかったのだ。

現在、第一小隊にみらいを加えた五人は、バスの最後尾の席に座っている。窓側の席にみらいと恭介が座り、真ん中に沙織。その左右に博孝と里香が座っていた。五人ということで、一列に座れる席を宛がわれたのだ。

三回目の任務で恭介が一人だけ違う列に配置されたため、今回はその辺りも考慮された席順になっている。

バスは順調に高速道路を進み、いくつものトンネルを抜けて目的地へ向かっていく。その間、生徒達は張を紛らわせるように言葉をわしていたが、任務地が近づくにつれて言葉がなくなっていく。バスの中の空気を察した博孝は、顎に手を當てながら天井を見上げる。

「いかんな。『俺、この任務が終わったら……』の後に続く言葉が思いつかない」

「また死亡フラグを立てるつもりっすか!? 前回それをやって、本當に死に掛けたじゃないっすか!」

「死んでないんだから死亡フラグじゃないって。言わばそう、“お約束”ってやつだろ」

空気を軽くしようとボケに走る博孝だったが、今回はネタが思いつかなかったようだ。恭介がすぐさまボケに乗ってツッコミをれるが、周囲からの反応は薄い。乾いた笑い聲がいくつか上がる程度だ。

「くっ……っちまった」

「なんでそんなに悔しそうな顔をしてるっすか!? 博孝が目指しているのは蕓人じゃないっすよね!?」

場の空気を持ち上げようと闘する博孝だが、中々上手くいかない。しかし、その空気を一新させるように、みらいが大きな聲を上げた。

「……あっ! おにぃちゃん、あれ、うみ? うみ?」

ずっと窓の外を見ていたみらいが、窓の外を指差しながら博孝へと振り返る。みらいが大きな聲を上げたことに驚く博孝だが、みらいの表を見てさらに驚いた。

――あまり表を変えることがないみらいが、期待に満ちた笑顔を浮かべている。

窓の外を指差し、はしゃぐようにして博孝に答えを求めていた。そんなみらいの様子に、博孝だけでなく里香も驚く。みらいはの表現ができないわけではないが、それがとても下手だ。それだというのに、まるで“普通”の子供のように表を輝かせている。

「あ、ああ。そうだよ、あれが海だ」

「う、うん。みらいちゃん、あれが海だよ」

博孝と里香が肯定すると、みらいは窓に張りつくようにして海を眺め始める。遠目に見える程度だが、青い海が太を反し、キラキラと輝いているのが見えた。

「……うみ……あれが、うみ。おおきい……」

みらいは何かを噛み締めるように呟く。その聲に変化をじ取った博孝は片眉を上げると、席を立ってみらいのもとへと近づいた。

「みらい?」

「……なに?」

博孝の聲にみらいが振り向き――博孝は、思わず驚愕した。

何があったのか、みらいは涙を流している。頬に伝うほどの涙を流しながら、博孝へと振り返ったのだ。

「み、みらい!? どうした!? 何があった!? どこか痛いのか!? り、里香! みらいの治療をしてくれ!」

「お、落ち著いて博孝君っ!」

みらいが泣いている。そのことに気付いた博孝は、悲鳴を上げるようにして飛び上がった。そんな博孝を見て里香も慌てるが、みらいは何故博孝が驚いているのかわかっていない。ただ、首を傾げるだけだ。

「……おにぃちゃん、どうしたの?」

「それはこっちの臺詞だよ!? なんで泣いてるんだ!?」

「……なく?」

慌てる博孝の聲に、バス中の視線が集まる。バスの前方に座っていた砂原もさすがに放置できず、博孝達のもとへと歩み寄った。

「騒がしいぞ。何事だ?」

「あ、きょ、教! みらいが泣いてます!」

「なに? どういうことだ?」

砂原も確認をしてみるが、確かにみらいが涙を流している。何かしらの変調があったのかと警戒する砂原だが、みらいの『構力』にれはない。暴走を起こすような事態ではないようだ。

「河原崎妹、何があった?」

『どうすれば』と騒ぐ博孝を毆って黙らせると、砂原はみらいに話しかける。みらいは砂原の言葉を聞くと、砂原から視線を外して窓越しに海を見た。

「……きょーかん、うみって、すごい。おおきい」

「それは……まあ、大きいな」

みらいの言いたいことがわからず、さすがの砂原も困した聲を返す。しかし、みらいの境遇と本人の言葉から、ある程度の推測を立てた。

「初めての海を見て、したか?」

「……かんどう?」

という言葉の意味がわからなかったのか、みらいは首を傾げる。砂原とみらいの會話を聞いた博孝は毆られた頭を押さえつつ立ち上がると、毆られたことで冷靜になった頭を働かせて問いかけた。

「みらい、海を見て何かじることがあったか? ワクワクするとか、が苦しいとか」

「……よく、わからない。でも、むねがへん」

に手を當て、みらいは困したように呟く。それを聞いた博孝は、思わず満面の笑みを浮かべてしまった。

「それが“”だ。良かったな、みらい。初めて海が見れて。そのは大事にするんだぞ?」

「……ん」

博孝の言葉を聞いて、みらいは再度海へ視線を向ける。

「……これが、かんどう」

に渦巻くを、みらいは言葉にすることができなかった。が締め付けられるような、それでいて切なくなるような喜び。初めて覚えたそのは、という言葉らしい。

最近、どうにもの波が不安定なみらいである。市原と模擬戦で戦った時に覚えたは、言わば恐怖と苦痛だった。以前は、そんなを覚えることはなかったというのに。

みらいは心で首を傾げるものの、そんなみらいを見つめる周囲の視線は溫かい。海を見てし、涙を流すみらいの姿に、それまでバスの中を漂っていたは霧散していく。

「わたしも初めて海を見たのだけれど……今からでも泣いた方が良いのかしら?」

「沙織がそれをやるとみらい以上の大騒ぎになりそうなんで、やめてください」

そして、それまで沈黙していた沙織が呟き、それに対する博孝のツッコミで、生徒達のは完全になくなるのだった。

みらいが涙を流すというハプニングがあったものの、第七十一期訓練生達を乗せたバスは目的地に無事到著した。バスから降りると風がを包み込み、獨特の匂いをじる。波が打ち寄せる音も聞こえ、夏の日差しと相まって気分が高揚しそうになる。頭上ではウミネコが鳴いており、その聲に反応したみらいが顔を上げた。

「……みゃーみゃー。ねこ?」

「あれはウミネコっていう鳥だよ」

「……でも、なきごえが……」

心底不思議そうにしているみらい。博孝は苦笑しながらみらいの頭をでると、小隊員達を促して歩き出す。今回もみらいは第一小隊に配置されており、博孝の指揮下にあった。

バスから降りた博孝達は、砂原先導のもと進んでいく。視線を遠くに向けてみれば、灣岸に停泊する巨大な軍船が見えた。

百五十メートル近い灰の船に、ところどころに見える砲塔。艦橋はそれほど高くないが、代わりに巨大なメインマストが屹立しており、いくつものアンテナが設置されている。船には番號が書かれており、遠目に見た限りではその程度しか違いがわからない。

「すごいっすね……あれが今回乗り込む船っすか」

「一、二、三、四……四隻だな。あれだけ大きいと、さすがに壯観だ」

停泊する軍船を見て、博孝と恭介が呟く。その言葉を聞き、主に男子達が同意を示した。やはり、男としては大きいものには目が惹かれるのだ。反対に、子達の反応はそれほど大きくないが。

「総員整列!」

砂原が大きな聲を上げ、それを聞いた生徒達はすぐさま整列する。そしてそのまま待機していると、數人の男が姿を見せた。

白い海軍服にを包んだ男が五人に、『ES能力者』がに付ける野戦服にを包んだ男が二人。彼らは僅かに張している第七十一期生達に近づくと、顔を見回して相好を崩す。そして、その中でも一番年上と思われる男が口を開いた。

「訓練生の諸君、我が基地へようこそ。私はこの基地の責任者である大久保將だ。諸君らの著任を歓迎する」

髭を生やした男――大久保はそう言って挨拶を行うと、同じように海軍服を著込んだ男達を紹介していく。それぞれ、停泊している軍船の艦長達だ。階級は中佐クラスがほとんどで、訓練生達は背筋を正して自己紹介をける。

海軍側の自己紹介が終わると、今度は『ES能力者』の二人が前に出る。

「第五空戦部隊を指揮する町田空戦佐だ。今回、諸君らの任務に同行する空戦部隊の指揮を執る。連れてきたのは二個小隊だが、この道にって長い。安心したまえ」

そう言って、町田は訓練生達を安心させるために微笑む。だが、博孝には町田の微笑みが引きつっているように見えた。その理由はわからなかったが、町田はもう一人の男へとバトンを渡す。

「第十六陸戦部隊の第二中隊を率いる林原だ。階級は陸戦大尉。諸君らの著任を歓迎する」

林原の様子は普通だった。町田と異なり、博孝には引っかかるものをじない。何が違うのかと博孝が注視していると、砂原が口を開く。

「林原大尉殿が所屬する第十六陸戦部隊は、主に艦船の護衛任務に就いておられる。言わば、今回諸君らが行う任務のスペシャリストだ。よく學ぶように。町田佐殿が率いる第五空戦部隊は、諸君らの護衛と任務を兼ねている。空戦部隊でも指折りの練度を誇る部隊だ」

砂原が両者の所屬と説明を行い、訓練生達は嘆したような聲を出す。だが、町田は酷く居心地が悪そうだ。砂原の言葉を聞き、胃に手を當てている。空戦部隊の人間ならば、砂原に褒められれば喜びそうなものだが、と博孝は首を傾げた。里香も同様の疑問を覚えているのか、博孝と同じように首を傾げている。

「今回の任務では、軍船一隻につき二小隊ずつ乗り込む。割り振りについてだが……」

博孝が不思議に思っている間に、砂原の話は進む。任務中に訓練生が戦闘に駆り出される可能は低いが、ないわけではない。『ES寄生』と遭遇して、その個が訓練生でも手に負えるならばとどめを刺させる程度だ。そのため、各艦に割り振る二小隊は合計した戦力を極力均等にする必要がある。

「第一小隊と第四小隊、第二小隊と第五小隊、第三小隊と第八小隊、第六小隊と第七小隊でわける。それぞれ『いなづま』、『さみだれ』、『いかづち』、『あけぼの』に乗り込め」

第一小隊は第四小隊を組むことになった。第四小隊は希が小隊長を務める小隊だが、希の指揮力が目立つ程度で、小隊員の能力は第七十一期訓練生の中では高い方ではない。能力的に突出した第一小隊と組ませたのは、平均すれば十分任務に耐え得るという判斷からだった。

「船の名前を言われても、見分けがつかねぇ……」

『いなづま』に乗れと言われた博孝だが、見分けがつかない。違いがわかるのは、船の側面に書かれた番號程度だ。戸う生徒達の姿を見ると、各艦長が微笑ましいものを見たように笑いながら先導を始める。それによって生徒達は移を始めるが、砂原はその場からかなかった。

「あれ? 教はどの船に乗るんですか?」

博孝が疑問の聲を上げると、砂原は口元に笑みを刻みながら空を見上げる。

「俺は空(うえ)に上がる。『通話』で指示を出すし無線で報告もけるが、周囲の警戒も行う。各人は先輩方に迷をかけず、任務に邁進せよ」

そう言うなり、砂原は殘っていた町田のもとへと歩き出す。任務中は各艦にいる『ES能力者』の指示に従えということだろう。そう納得する博孝だが、腑に落ちない點もあった。

「教が空に上がる、か……」

砂原も護衛任務に混ざるということだろうか。生徒の監督を行いつつ、任務も行う。そんなことが可能なのかと疑問に思うが、相手は砂原だ。可能なのだろうと自分を納得させ、博孝は小隊を率いて『いなづま』へと乗り込んでいく。

生徒達を見送った砂原は、引きつった顔で直立不勢を取っている町田に向かって口を開いた。

佐殿……どうかなされましたか? なにやら、表が引きつっておられますが」

「いえ! なんでもありま……なんでもないぞ軍曹」

言葉の途中で砂原の目がり、町田は慌てて上として接する。かつて砂原の部下として扱き抜かれた町田は、気を抜くと砂原を上位者として認識しそうになる自分に心で苦笑してしまった。砂原からの視線は誤魔化し笑いでかわそうとするが、町田の心境を読んだ砂原は、周囲に他人がいないことを確認してから口を開く。

「貴様は何年軍にいるんだ? 今は貴様が“上”で、俺が“下”だ。そこを間違えるな」

「はっ! 申し訳ございません!」

敢えて階級を取り払い、“先輩”として指導を行う砂原。砂原は何故町田がそこまで怯えているのかがわからず、心では首を捻る。

(それほど厳しく接した記憶もないのだが……何故會う度にこうまで張するのか)

自分が行った“教育”の果を実できず、砂原は自分が部下の指導に向いてないのだろうかと思う。軍隊における階級差は絶対だ。『ES能力者』はその辺りの束縛がかなり緩やかな部分があるが、町田の態度は度を越している。たしかに階級が下だとしても先達には敬意を払うべきとはいえ、これほどまでに張されては階級という言葉が霞んでしまいそうだ。

「訓練生が見れば悪影響があるぞ。現に、貴様の態度を不思議に思っていた者もいる」

「はっ! 申し訳ございません!」

砂原の言葉にひたすら謝罪をする町田。新兵のように背筋を正して謝罪をするその姿を見れば、どちらの階級が上かわからない。

信頼できる人ということで町田が率いる第五空戦部隊の人員を借りたが、失敗だったかと砂原は後悔しそうになる。前回の任務で遭遇したラプターのような強者の存在を考えれば、訓練生の護衛としては腕が立つ人員がましい。

信頼ができ、砂原が訓練生の護衛を任せられると思う程度には腕が立ち、なおかつ部下を持っていて、ある程度融通が利きそうな人として町田を選んだ砂原だった。前回の任務では一個小隊を貸し出し、その小隊が敵にられるという失態もある。その汚名返上にも丁度良いと判斷した砂原だが、下手をすると訓練生以上に固まっている町田を見ると、人選ミスかと思わざるを得ない。

「まあいい。貴様が今回の話を引きけてくれて助かった。頼りにしているぞ」

砂原はため息を吐くと、そう言って町田の肩を軽く叩く。そこには長年で培った信頼関係がけて見え、そこでようやく町田も張を解いた。久しぶりに砂原に會うということで、張していたのである。

「先輩が突然うちの部隊に來た時は、一何事かと思いましたけどね。前回の件もありますし、汚名を返上させてもらいますよ」

砂原の様子に、町田はニヤリと笑って言う。それを聞いた砂原も笑うと、表を引き締めた。

「“積み荷”は?」

「抜かりなく」

二人の間だけで通じるやり取りだが、砂原はそれだけで納得する。そして軍曹としての顔に戻ると、町田に向かって敬禮した。

「それでは、小は『飛行』で隨行しながら周囲の警戒を行います」

「了解した。乗船している『ES能力者』の指揮は任せてもらおう。あとで一個小隊を空に上げるので、その際は簡単な指導も頼む」

町田の返答を聞き、砂原が『飛行』を発現して空へと舞い上がる。それを見送った町田は、胃を押さえながら自分が乗船する『いなづま』へと向かって歩き出す。

砂原ならば、周囲の警戒を行いながら生徒へ指示を出すことも容易だろう。ついでに部下の練度も確かめてもらえる。その點を町田は微塵も疑っておらず、ぼやくように呟く。

「陸戦が一個中隊に、空戦が二個小隊。それに加えて『穿孔』かぁ……一個小隊は空を飛ばせるにしても、一隻あたり陸戦三人に空戦一人の混一個小隊。護衛任務としては大盤振る舞いだな。先輩の警戒心が強いのか、それともそれほどまでに訓練生を大事に思っているのか……」

あるいは、その両方だろう。町田としては後者のような気もしたが、その優しさを砂原の錬けた自分と他の同僚にも分けてほしかった、と昔を思い出しながらため息を吐くのだった。

どうも、作者の池崎數也です。

『第六十話:自主訓練 その2』で名前の修正を行いましたので、そのご報告です。

南雲忠一→山本忠一

設定の時點では山本忠一だったのですが、実際に書く時に『忠一と言えば南雲』とうっかり脳で誤変換をしていました。

南雲忠一と聞いてピンとくる方は、ご理解いただけると幸いです。ピンとこない方は、作者がまたうっかりをしたとだけご理解いただきたいです。申し訳ございませんでした。

それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。

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