《平和の守護者(書籍版タイトル:創世のエブリオット・シード)》第六十四話:海上護衛任務 その3

かつては人力や風力でかしていた船も、今の時代はほとんどが機械任せである。水をかくための櫂も、風をける帆もなくなり、機関室でエンジンが唸りを上げて船を進ませていく。

デッキに上がった博孝達は、すさまじい勢いで吹き付ける風に一瞬だけ目を閉じ、目を細めながら外の様子を確認した。

遮蔽が一つもない大海原は青々とした輝きを放っており、水面には太が反して煌めいている。吹く風は強く、高く跳躍すればそのまま船から落下しそうなほどだ。

「おお……速いな」

「速いっすね……」

呆然とした呟きをらす博孝と恭介。沙織は長い黒髪が風で攫われそうになり、面倒そうに手で押さえている。里香も、常ならば肩に屆きそうな栗の髪が風で波打ち、顔を真っ赤にして押さえていた。

「……おー……」

博孝達と行を共にしているみらいは、見渡す限り何もない海原を見て聲を上げている。沙織や里香と同様に髪が旗のようにたなびいているが、だしなみに気を遣う様子はない。

「あらあら……すごいわねぇ」

博孝率いる第一小隊と一緒に『いなづま』に配置された希も、髪を押さえながら困ったように笑う。

視線を船の斜め後方に投じてみると、今回の護衛対象である貨船が等間隔に並んで航行している姿が見えた。その數は、三十隻。橫一列に六隻が並び、五列で船団を形している。

現在は、大阪港で合流した船団と共に太平洋へ向かって航行中だった。晝前に『いなづま』に乗り込み、船団と合流してからは真っ直ぐに海を突っ切っていく。現在の時刻は午後四時。船団の四方を守るように護衛艦が展開し、船団の速度に合わせて青い海を進んでいく。

船が出している速度は、約三十ノット。時速に換算すれば、毎時五十五キロメートル程度だ。最大船速は四十ノットまで出るらしいが、船やエンジン、それに加えて燃料の消費も激しいため、『ES寄生』に遭遇した場合の離時ぐらいしか最大船速まで加速はしない。

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そんな貨船を護衛する護衛艦の最大船速は、六十ノットである。時速に換算すれば百キロを超える速度だが、そこまで加速するのは非常時だけだ。

負擔がかかり過ぎず、なおかつ出せる最大の速度。その水準を見極めながら、船団は海原を進む。貨船には船同士での衝突を防止するためのシステムも積んであり、互いの位置を相互にリンクさせて一定距離を保つようになっている。それによって貨船は等間隔に並び、衝突を防ぐようにしていた。

博孝が目を細めて空を見上げると、雲一つない青空の中にいくつかの人影が見える。『いなづま』だけでなく各軍船もそうだが、それに加えて船団の中心の空域を人影が『飛行』していた。

「護衛艦に、陸戦メンバー。その上『飛行』で空戦メンバーが飛んでいる、と。水上護衛任務ってのは、大変だねぇ……」

防衛制としては、破格のものだろう。訓練生を除いても、護衛艦一隻に混一個小隊が配備され、その上、空戦一個小隊が空を飛んでいるのだ。規模としては、増強中隊並に多い。

今回は訓練生の任務を兼ねているため厳重な防備が敷かれているが、通常時でも軍船一隻につき最低でも一個分隊が搭乗する。正規部隊員二名に加え、軍船自の攻撃力があれば、大抵の『ES寄生』は撃退できるのだ。

風に飛ばされないよう注意しつつ、博孝達はデッキの上を見て回る。一昔前の軍船と異なり、銃座に座る人員や砲撃手は配置されていない。銃弾や砲弾の補充は人力だが、発を行うのはレーダーとリンクした撃システムである。人間の手がるのは、システムの調整と発の指示ぐらいだ。

「うっわー、なんだコレ。ごっついなー」

「お、大きいね……」

見學するのは自由だが、手はれるなと言われている。そのため設備を見るだけに留めていた博孝達だが、船のあちらこちらに設置された砲塔を見て嘆の聲を上げた。

博孝達の目についたのは、対空用の兵である。拳がりそうな口徑の単裝速砲に、口徑は小さいものの連が可能な機関砲、五連裝の魚雷発管に、甲板に埋め込むように設置された大量のミサイル発機。それぞれが複數設置されており、対空戦闘および対潛戦闘に即座に使用できるようになっている。

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「やっべぇ……こういうの見るとテンション上がるな!」

「撃ってみたいっす! ミサイルとか、ポチっとやってみたいっす!」

「この機関砲……ファランクスか!?」

「なんだよ五連裝魚雷発管って! 中は短魚雷か!?」

博孝と恭介、第四小隊の男子はテンションを上げて騒ぐが、子達の反応は冷ややかだ。嬉しそうに騒ぐ博孝達を見て、一歩引いた位置から靜観している。

「機関砲は避けにくそうだけど、ミサイルが積んであるところに『撃』を撃ち込んだらして終わりじゃないの?」

「さ、さすがに対艦戦闘は意識しなくて良いんじゃないかな……」

沙織などは、各兵を軽く叩きながら目を細めている。そんな沙織の様子に里香が苦笑するが、沙織の脳では護衛艦を相手にどう戦うかがイメージされているのだろう。瞳が剣呑な輝きを放っている。

「……とびそう」

「危ないわよ、みらいちゃん」

が小さく、重も軽いみらいは時折風に押されて飛んで行きそうになっていた。その度に周囲の訓練生が抱きかかえ、今では希が楽しそうに抱き締めている。みらいはクラスの子に可がられることが多く、抱きかかえられるのもよくあることだ。そのため、みらいはリラックスしたように希を預ける。

「……ふかふか」

どこか満足そうに呟くみらい。それを聞いた希は、微笑ましげに笑うだけである。

「どこがふかふかなんっすかね!? みらいちゃん、どこがあだっ!」

それまで博孝と騒いでいた恭介は、耳ざとくみらいの呟きを拾ったのか興したような聲を上げた。その瞬間、沙織がツッコミとして軽く毆り飛ばし――恭介のが風にあおられて、船のデッキを転がっていく。

「あああああああああぁぁぁぁっ!? 落ちるっす! 落ちるっすよ!?」

ドップラー効果を殘しながら吹き飛び、デッキの端できを止める恭介。顔を上げると、冷や汗を掻きながら戻ってくる。

「もうちょっとで海に落ちるところだったっすよ!」

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「あら……毆るのも注意しないといけないわね。わたしや博孝なら落ちても『瞬速』で追いつけるだろうけど、恭介の場合、そのまま海に沈むわ」

「そして『ES寄生』がパクッといくわけか……海は怖いな」

デッキでの戦闘は危険があるな、と冷靜に頷く博孝。水中戦闘訓練も行っているが、高速で移している船に追いつけるかどうかはわからない。最悪、後方を航行する軍船に乗るしかないだろう。

任務というには穏やかな時間。これまで行ってきた任務は『ES寄生』の警戒區域の警邏などだったが、今回は自分達でくこともなく、周囲の警戒も正規部隊の『ES能力者』や上空を飛ぶ砂原達、それに加えてレーダーやソナーが擔當している。

場の空気に気が緩んだのか、第四小隊に所屬する男子は楽しげに笑った。

「それにしても、今回の任務はまるでクルージングみたいだな。乗ってる船が軍船の上、滅茶苦茶速いけど。あとは『ES寄生』が出なければ最高だ!」

男子は、軽く冗談のように言う。するとその瞬間、デッキにも伝わる大きさでブザーによる警告音が鳴り響いた。それと同時に艦橋に設置された赤いランプが発し、非常事態を告げる。

「…………」

「…………」

「…………」

周囲の視線が、男子へと突き刺さった。無言で、まるで責めるような視線である。

「お、俺のせいじゃないだろ!? なあ、違うよな!?」

視線の圧力に耐えかねた男子がそうび、博孝はため息を吐きながら小隊をまとめる。

「ひとまず艦に戻るぞ。全員駆け足」

第一小隊だけでなく第四小隊にもそう指示を出し、駆け足で艦に戻ろうとする。しかし、それよりも先に艦放送のマイクからノイズが走った。

『『ES寄生』警報。『ES寄生』警報。総員戦闘配置。搭乗中の『ES能力者』は甲板に集合せよ』

放送で染みた機械音聲が響き、博孝達は足を止める。互いに顔を見合わせるが、『ES能力者』は甲板に集合ということでその場に待機することにした。

一分もせずに、町田や他の『ES能力者』が姿を見せる。そして整列している博孝達を見て、小さく苦笑した。

「任務中に実際に『ES寄生』の警報が聞けるなんて、運が良いね。実習としては最高じゃないか」

「これは運が良いと言えるんでしょうか……『ES寄生』が出たんですか?」

町田に向かって博孝が問うと、町田は首を橫に振る。

「“まだ”だよ。ただ、対空レーダーに引っかかるものがあった。ここから北西に向かって距離三十キロってところだね」

そう言われて、博孝達は揃って視線を北西へ向ける。だが、さすがの『ES能力者』といえど、三十キロ先まで見ることは不可能だ。

「『ES寄生』なのに対空レーダーに引っかかるんですね。あれ……対空レーダー? ソナーじゃなく?」

海に住む『ES寄生』なのに、何故“対空”レーダーに引っかかっているのか。それを疑問に思う博孝だが、し考えればその答えは見えた。

「今回の『ES寄生』って、もしかして空を飛んでるんですか?」

海に住む『ES寄生』ではなく、鳥類の『ES寄生』かもしれない。そう思って質問を行う博孝だが、町田は首を橫に振る。

「いや、ソナーには反応がないみたいだ。距離があるからね。でも、対空レーダーでは點滅するような反応がある」

「……もしかして、複數の『ES寄生』が出現したんですか?」

目を凝らしながらも質問を行う博孝。その様子を見ていた町田は、心したように口を開く。

「一匹だと思うよ。しかし、『ES寄生』が出たというのに落ち著いてるね」

「え? だって、相手は『ES寄生』なんですよね?」

きょとんと、不思議そうな顔で博孝が振り返る。周囲の訓練生を見てみれば、博孝と同じように落ち著いた様子だ。

「うん? いや、そうだけど……」

町田が陸戦部隊の人間に目を向けてみれば、町田と似たような顔で首を傾げている。例年の訓練生ならば、『ES寄生』の警報が出ただけで慌てふためいたのだ。

「油斷はしませんが、相手が敵の『ES能力者』でもないのなら、それほど警戒する必要もないかな、と思いまして」

「……ああ、そうか。君たちは既に実戦経験があるんだったね」

もしや、『ES寄生』程度には恐怖をじない程度に砂原から“教育”されたのでは、と疑いかけた町田は納得したように言う。博孝は希たちにも聲をかけてから、町田へと視線を向けた。

「それで、俺達訓練生は何をすれば良いんですか?」

「基本的には見ているだけさ。その落ち著き合なら攻撃に加わってもらっても良いけど、向こうがこっちに攻撃を仕掛けてくるとも限らない。三十キロも離れているなら、わざわざこちらから仕掛けて戦う必要もないしね」

無駄な戦闘は避けるということだろう。こちら側では船団を護衛しているため、下手に戦闘を行えば船団にも被害が出る可能がある。

「んー……さすがに『狙撃』でも狙えないしなぁ」

戦わずに済むのなら楽なものだが、『ES寄生』の反応を拾ったというのに何もしないのも落ち著かない。目視できれば『狙撃』できるかもしれないが、今のところは水平線に異常は見られなかった。

「そういえば、河原崎君は『狙撃』が使えるんだったね。狙撃可能な距離は?」

「最近まともに使えるようになったぐらいなんで、測ったことはないですね。訓練校の中だと、長距離狙撃も難しいですし。その口ぶりだと、町田佐も使えるんですか?」

自己紹介で二級特殊技能を使えると申告した町田だが、得意分野が異なっていれば撃系のES能力が苦手ということもある。攻撃型の『ES能力者』らしいが、沙織のように接近戦が得意な可能もあった。

しかし、博孝の質問を聞いた町田はどこか遠くを見るように目を細める。

「……昔、非常にお世話になった先輩の方針で、苦手な分野は極力なくすようにしてね。おかげで『狙撃』も『砲撃』も『撃』も使えるようになったよ」

町田の全から、立ち昇るような哀愁が漂う。その雰囲気に押される博孝だが、気になる點があったため質問することにした。

「『撃』というのは?」

「ああ、知らないかな? 撃系ES能力の三級特殊技能だよ。その名の通り、撃を行うのさ。有視界に『構力』を集めて、そのまま発させるんだ」

その説明を聞いた博孝は、避けるのが難しそうだと思った。『探知』を使っていれば反応はできるだろうが、発の範囲から逃げ出せるかわからない。傍で話を聞いていた沙織なども同じ想を抱いたのか、眉を寄せている。

『甲板の戦闘員へ告ぐ。レーダーに引っかかった『ES寄生』は、進路をこちらに向けている。相手の速度も考えると、このままいけば十分もかからずに接敵する』

町田と言葉をわしていると、鈴木の聲が響き渡った。十分もかからないという部分に、甲板にいた『ES能力者』達に張が走る。

「かなり速いな……」

「マグロですかね」

「マグロが空を飛ぶか?」

三十キロという距離を十分程度で詰めてくるということは、時速で言えば百八十キロ程度は出ていることになる。貨船はおろか、軍船の最大船速でも逃げられない速度だ。

「……いた」

そんな中で、地平線を見ていたみらいが小さく呟いた。その言葉を聞き、博孝はみらいが見ていると思わしき場所に視線を向ける。

「どこだ……っと、お? お……おおっ!?」

『ES能力者』として視力も人間離れしている博孝は、はるか遠くに存在するを見て我が目を疑う。みらいの言う通り、船団に向かって突き進んでくるものがいた。

――いたのだが、その姿が予想外だったのだ。

「なんじゃありゃあああああああああぁぁっ!?」

現狀では豆粒よりも小さいが、博孝は確かに見た。巨大な魚が、水面を跳ねては空し、一直線に向かってくるその姿を。

「トビウオ!? トビウオなのか!?」

言葉の通り、博孝の視界が捉えたのは巨大なトビウオだった。長は五十メートルを超えており、中型の艦船程度の大きさである。

水面で跳ねてはビレを広げて空するその姿は、まるでバタフライをしているようだ。巨大な魚がバタフライをしながら接近してくるという景を前に、博孝は絶していた。

「うわっ!? なんっすかアレ! バタフラってるっす! きが気持ち悪すぎるっすよ!」

同じようにトビウオの姿を発見した恭介も、悲鳴に近い聲を上げる。今まで見たことがある『ES寄生』よりも遙かに巨大で、それでいて普通のトビウオだった時と同じように水面を跳ねては空するその姿。一言で言うならば、気持ち悪かった。

「……おねぇちゃん、あれってたべれる?」

「た、食べちゃだめっ! たしかに“アゴ”は味しいけどっ! アレはだめっ!」

みらいが指を指して里香に問えば、里香は慌てたようにみらいを叱る。第四小隊のメンバーも顔を引きつらせており、腰が引けていた。

「あの巨……斬り甲斐がありそうね」

巨大なトビウオを見て、騒なことを呟く沙織。トビウオを指差して騒ぐ訓練生達の姿を見て、町田は安堵の息を吐いた。

「一人騒な子もいるけど、意外と普通の子供達だったな……」

初めて見る海洋の『ES寄生』を見た時、大抵の『ES能力者』は博孝達と同じように驚く。通過儀禮のようなものであり、町田以外の『ES能力者』達も微笑ましいものを見るような顔で博孝達の騒ぎようを見ていた。

「あー、あの顔を見ると、昔を思い出すな」

「俺達も、初めて海の『ES寄生』を見た時はあんなじだったんですよね」

現場験としては、最上の形だろう。トビウオの長は五十メートル程度だが、彼らにすれば見慣れたものだ。むしろ、し小さいかな、と安心するほどである。

「こちら町田。目視で『ES寄生』を発見。相手はトビウオです」

町田が聲を張りあげると、その聲は集音マイクで拾われて艦橋に伝わった。艦橋にいた鈴木は雙眼鏡で確認すると、たしかにと頷く。

『こちらでも確認した。どうやら奴さんはこちらを襲う気らしい』

可能なら戦闘は回避したかったが、向かってくるのなら仕方がない。海洋上の『ES寄生』は、倒せば世界五十四ヶ國が加している國際ES連合から報奨金も出る。倒した『ES寄生』は研究にも使われるため、國から褒賞も出るのだ。

『町田佐。相手は『防殻』を発現しているかね?』

「目視では確認できません。今のところは使っていませんが、攻撃を行わなければ判斷できないかと」

それを聞いて、鈴木は先制攻撃を行うか悩む。件のトビウオは、既に『いなづま』の程範囲だ。ミサイルで熱烈な“おもてなし”をすることも可能だが、今回の任務では多くの『ES能力者』が搭乗している。マイクから顔を離すと、鈴木はぼやくように呟く。

「訓練生の諸君に『いなづま』のひのき舞臺を見せてやりたいが、『ES能力者』だけでも十分に対応可能か……贅沢な悩みだが、どうしたものか」

例え『ES能力者』が搭乗していなくても、今回の『ES寄生』は軍船単で対処可能だ。しかし、ミサイルもタダではない。むしろ非常に高いため、撃つ必要がないなら控えなければならない。

『町田佐、迎撃をお願いできるかね?』

「この船が一番近いですかね。あまり傷つけずに仕留めた方が良いですか? 研究用に引き渡せば、褒賞が出るのでしょう?」

『可能なら、だ。諸君らの安全を最優先とする。安全な方法で仕留めたまえ』

「了解しました」

鈴木からの命令を聞き、町田は甲板に集まっている全員を見回す。そして表を引き締めると、吹き付ける風に負けない大きさで聲を張り上げた。

「艦長からのオーダーだ! あの『ES寄生』は俺達だけで仕留める! 正規部隊員は配置につけ!」

町田の聲を聞き、陸戦部隊の三人が駆けていく。空戦部隊の一人は『飛行』で浮き上がると、『いなづま』に速度を合わせながら五十メートルほど上昇して元々飛んでいた隊員と分隊を組む。

『こちら砂原。援護は必要でしょうか?』

事態を察しているのだろう。砂原から『通話』で聲が飛んでくる。それを聞いた町田は、砂原の手を煩わせる必要はないと判斷した。

『せんぱ……軍曹はそのまま周囲の警戒を頼む。訓練生については、こちらで指示を出しても問題ないか?』

『お任せいたします。例え水中に落ちても問題なく戦える程度には“仕込んで”ありますので、扱き使ってください』

『……了解』

聲の響きから、砂原が口元を吊り上げている様を想像する町田。相手の脅威度や自分達の戦力を考えて、訓練生に安全に経験を積ませることができると判斷したのだろう。

「たしかに、訓練生に経験を積ませるという意味では最高のシチュエーションだな。よし、訓練生は全員傾注!」

『はっ!』

町田の聲に、訓練生はすぐさま反応する。姿勢を正し、町田の言葉を一言たりとも聞き逃すまいとしていた。その態度を見れば、先ほど大騒ぎしていた訓練生と同じようには見えない。

「今回は諸君らにも戦闘に參加してもらう。『撃』での遠距離攻撃だ」

『狙撃』でなくとも、『構力』を調整すれば數キロ先まで弾を飛ばすことは可能だ。威力を重視しなければ、十キロ程度までは余裕だろう。相手は一直線に向かってくるだけのため、外す要素もない。

「極力頭を狙え。『ES寄生』といえど、頭を吹き飛ばせば生きてはいられない。なお、死骸は研究用に引き渡す。殘念ながら食卓には上がらないので、その點は諦めたまえ」

「……えー……」

張を解すように町田が冗談を言うと、みらいが心底殘念そうに呟く。それを聞いた博孝達は思い切り噴き出すと、代わる代わるにみらいをでた。

「大丈夫だみらい。海軍の食事は味しいって評判だぞ」

「……ほんと? ほっぺ、おちる?」

晝食はバスの中で食べたため、『いなづま』に乗り込んでからは何も食べていない。博孝の言葉にみらいは瞳を輝かせ、その聲を集音マイクで拾ったのかスピーカーから笑い聲が上がった。

『料理の味については艦長である私が保証しよう。なお、今晩のメニューはカレーだ』

その言葉に、甲板ではなく艦から笑い聲が上がる。海軍のカレーは有名だが、艦の人員にはツボにハマったらしい。

「あっはっは。それじゃあ、ぱぱっと片付けますか。小隊の指揮はどうしますか?」

博孝が問うと、町田は肩を竦める。

「せっかくの実習なんだ。指揮も任せよう」

「了解です。それじゃあ松下さん、どちらかの小隊は甲板の前方、もう片方は後方に配置しようか」

「わかったわ。それじゃあ、わたしの小隊が後方で」

言葉なく配置を決め、それぞれ持ち場につく。その頃にはトビウオの姿もだいぶ近づいており、もうしで十キロを切るだろう。

『総員、『撃』準備』

町田が『通話』で指示を出し、持ち場についた全員が『撃』を発現する。練習の果か、みらいも一発だけ弾を発現していた。その傍らでは博孝が十発を超える弾を発現しており、それを見た町田は目を細める。

(いくら『撃』とはいえ、訓練生で十発以上同時に発現できるのか。練り込んでいる『構力』も申し分ない。先輩は、どんな訓練を施しているんだろうなぁ……)

博孝に一瞬だけ同の視線を向け、町田はトビウオに意識を戻す。訓練生がいるのだから、下手な真似はできない。

『頭を狙え……よし、撃て!』

町田の號令のもと、迫りくるトビウオ目がけて弾が飛翔していく。トビウオは危険をじたのか、慌てたように進路を斜めに変えた。だが、巨の全てが線上から退避するには遅く、尾の周辺に弾が著弾する。

『相手が逃げる前に仕留めるぞ! 全員――ッ!?』

第二を行うよりも先に、トビウオが水面を跳ねて跳躍する。そして『いなづま』に向かって口を開けると、『構力』を集めて撃ち放った。

五十メートルという巨の口から放たれた『構力』は、外見だけ見れば『砲撃』と見紛うほどの巨大さだ。しかしその実態は『撃』であり、それほど威力があるわけではない。それでも、船に直撃すればそれだけで沈沒しかねない威力があった。

――直撃すれば、だが。

「やれやれ……仕方ないなぁ」

博孝が町田の呟きを聞いた瞬間、町田の姿が消える。それと同時に巨大な『構力』をじ取り、博孝は咄嗟に海上へ視線を向けた。いつの間に移したのか、トビウオが放った『撃』の線上に町田が移している。

「安全第一、ってね」

『構力』を『収束』させ、迫りくる線に突っ込んでいく町田。線は町田を飲み込もうとするが、町田が発現している『構力』に容易く散らされて霧散する。町田は線を辿るようにして一直線に突っ込むと、トビウオの口に飛び込み、“部”を切削しながら頭上まで突き抜ける。

トビウオは自部を貫かれる激痛に悶えるが、一撃で脳を破壊されて即死した。『収束』を発現していた町田はに汚れることもなく海上に移すると、鯨の吹きのように噴き上がるトビウオのを見て口を開く。

しばかり、派手にやり過ぎたかな?」

呆気に取られたような視線を向けてくる訓練生達を見て、町田は苦笑するのだった。

町田が撃破したトビウオは、日本本土に通信を行った結果、回収用の船が回されることとなった。陸地から距離がある場合は、撃破した船が対象の『ES寄生』の死にアンカーを打って曳航していくことになる。しかし、現狀では大阪港を出てからそれほど距離が離れていない。そのため、回収用の船が向かってくるのだ。

死んだことで海面を漂う『ES寄生』の死骸にビーコンをつけ、あとは回収用の船に任せるだけである。時間が経ち過ぎると沈んでしまうが、回収用の船には浮力を與えて運ぶための設備も整っている。

トビウオを撃退した後、『ES寄生』の警報が解除されてからは船団を含めて通常の航行に戻っており、訓練生達は夕食を取るために食堂へと集合していた。

「それにしても、トビウオが口からビームを撃った時はどうしようかと思ったぜ……」

「あれには驚いたっすよ。でも、魚がビームを撃つなんて、ちょっと格好良いと思ってしまったっす」

セルフで食事を盛りつけ、椅子に座った博孝と恭介はそんな言葉をわし合う。跳躍し、口から線を発するトビウオの姿は博孝達の琴線にれたようだ。

ちなみに、食事のメニューは鈴木の言った通りカレーである。牛がふんだんに使われただくさんのカレーであり、サラダと果、それに炒めと牛がついている。食をそそる匂いが食堂に満ちており、一戦をえ、が解れたことで腹の蟲が盛大に鳴いていた。

「……かれー」

みらいが期待に満ちた瞳でカレーを見つめ、その隣に座った里香は苦笑している。

「だ、大丈夫かな? し辛そうだけど……」

「牛もあるし、問題ないんじゃないかしら?」

沙織も里香の隣に座り、カレーに視線を落としている。沙織はそれほど食にこだわる方ではないが、興味を惹かれているらしい。

「やあ、相席して良いかな?」

そんな第一小隊のもとに、金屬トレーを持った町田が聲をかけてきた。博孝達は立ち上がって敬禮をしようとするが、町田はそれを苦笑して押し留める。

「ああ、気にしなくて良いよ」

「了解です。しかし、佐なら士食堂が使えるのでは?」

博孝達が利用しているのは兵員用の食堂だ。士には別に食堂があり、そちらを利用することができる。

「せっかくの機會だし、訓練生の諸君と話をするのも良いと思ってね」

そう言って、町田は穏やかに笑う。その言葉を聞いた博孝達はそれで納得すると、町田は博孝の隣に著席する。

「それでどうだった? 初めての水棲の『ES寄生』は」

「いやぁ……でかかったですね」

「でかかったっす」

大きかった、とだけ答える博孝と恭介。シンプルな返答を聞いた町田は、小さく笑う。

「あれはまだ小さい方だよ。水棲の『ES寄生』ってのは、百メートルを超えるようなやつも珍しくはないからね」

あれで小さいのか、と博孝達は顔を見合わせた。そんな中で、みらいだけは違うことを聞きたかったのか、町田に目を向ける。

「……あれ、たべれるの? たべられる……ですか?」

相手が目上ということを思い出したのか、みらいは言い直す。それを見た町田は、思わず笑みを深めてしまった。

「食べようと思えば食べられるみたいだよ。味の方は……まあ、普通らしいね。昔は『ES寄生』を捕まえたら、そのまま食用にしようって話もあったぐらいだし」

現在では『ES寄生』を食べるなどとんでもない話だ、と立ち消えになっている。そんな言葉を付け足す町田に対して、博孝は聞きたいことを聞くことにした。

「ところで町田佐。佐がトビウオに突っ込んで行った時、『収束』を使ってましたよね?」

砂原が『収束』を発現するところを見たことがある博孝は、興味を持って尋ねる。それを聞いた町田は、驚いたように目を見開いた。

「驚いたなぁ……『収束』を知っているんだね」

「教が使っているのを見たことがありまして……訓練中にも使ってきますし」

模擬戦で『収束』を発現していた砂原を思い出し、博孝は眉を寄せる。だが、その話を聞いた町田は頬を引きつらせるだけだ。

「訓練生相手に何をやってるんだあの人……」

間違っても訓練生を相手に使うES能力ではないと町田は思った。それでもなんとか気を取り直すと、話題を変える。

「それにしても、今回の任務で実際に『ES寄生』と遭遇するなんて運が良いね。良い経験になるよ」

「運が良い……んですかね?」

毎回何かしらの“アクシデント”と遭遇している博孝からすれば、運が良いと言われても素直には頷けない。

「いつものことよね」

「いつものことっすね」

「い、いつものことで片付けて良いのかなぁ……」

沙織達は顔を見合わせて頷き合うが、その話を聞いた町田としては驚くしかない。前回の任務については自分の部下が関係しているため、町田も知っている。しかし、それ以外の任務についての報は、一部隊の隊長には回ってこないのだ。みらいについては砂原から聞かされているため知っているが、博孝達の話が本當ならば々と納得できることがある。

「そうか……だから『ES寄生』と戦う時も落ち著いてたんだね。いやはや、訓練校の先輩としては頼もしい限りだ」

『訓練生にしては』という但し書きがつくが、『ES寄生』と一戦をえたばかりだというのに平常に戻って食事を取れるというのは大したものだ。町田は素直に評価する。

「恐です……ん?」

町田に対して頭を下げる博孝だが、同じように食堂で食事を取っている者の中で目を惹かれる者がいた。他の水兵と同じ服裝だが、纏っている雰囲気が異なる。しかし、『構力』はじない。

「どうかしたのかい?」

眉を寄せた博孝に対して、その思考を遮るように町田が聲をかける。博孝はもう一度その水兵を見たが、“問題”はないと判斷して視線を外した。

「いえ、なんでもないです。それにしてもこのカレー、滅茶苦茶味いですね!」

思考を遮った町田の様子に目をやりながら、博孝は大げさにカレーを稱賛する。だくさんのカレーは、見た目と匂い相応に味だった。

「……おいしいけど、からい」

みらいには、しばかり不評だったが。

そうして、任務初日の夜は更けていく。その夜は何事もなく、博孝達は宛がわれた水兵用の個室で眠りを取るのだった。

今回の話の補足など。

・ノットについて

速さの単位ですが、拙作では國際単位系における定義のものを使用しています。

時代や國によっては差異がありますが、國際単位系の1ノット=1852メートル毎時として計算しています(細かい數値は登場させていませんが、念のために)。

つまり、拙作における『いなづま』は最大船速で111キロもの速度が出たりします。

・里香が言っていた“アゴ”とは?

トビウオの別名です(九州や日本海側で使用)。

余談ですが、島県の県の魚になっていたりします。お土産として取り扱っていたりしますし、非常に味しいので、島県に立ち寄られる方は是非ご賞味ください。

名前の由來には諸説ありますが、『顎が外れるほどに味しい』から“アゴ”と呼ばれるぐらいの味しさです。

それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。

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