《平和の守護者(書籍版タイトル:創世のエブリオット・シード)》第六十九話:晴れのち雨 その1
“デート”當日、博孝は死んだ魚のような目をしながら外出の準備をしていた。里香と初めてのデートをした時は、朝から気合いをれて準備をしていたのだが、今日ばかりはやる気があまり出ない。
共に生活しているみらいに視線を向けてみると、朝からテレビの前に陣取っている。何を見ているのかと確認してみると、新人らしいアイドルがマイクを片手に歌って踴っているのを見ていた。肩までびた淡い茶髪がダンスに合わせてふわりと揺れており、そのダンスを見たみらいは見様見真似で踴り始めている。
マイクがないため、傍にあったボールペンを片手に無表で不用なダンスを踴るみらい。博孝はその姿に癒されると、不自然にならないよう気をつけながら窓から外の様子を窺う。そして、里香が私服で歩いているのを発見し、『これも後輩のためだ』と自分に言い聞かせながら出発することにした。
「それじゃあみらい、お兄ちゃんはちょっと外出してくるからな」
「……ん。おみやげ、よろしく」
テレビを見て覚えたのか、みらいは踴ることをやめて博孝にお土産を催促する。それを聞いた博孝は、笑いながらみらいの頭をでた。
「あっはっは。何か味しいでも買ってくるよ。みらいも、何かあったらすぐに連絡しろよ? すぐに帰ってくるから」
博孝がそう言うと、みらいは満足そうに頷く。みらいの様子を見る限り、『構力』のれは微塵もない。それを確認すると、博孝は靴を履いて外に出る。そして攜帯電話を取り出すと、二宮に向かってコールした。
「こちら河原崎。“目標”の外出を確認した」
『こちら二宮です。こちらも“目標”の外出を確認しました。遙と一緒に後を追います』
手短に會話を行うと、通話が切れる。市原達が利用している第七十二期訓練生用の施設は、博孝達が利用している施設よりも訓練校の出り口に近い。途中で里香と市原が合流し、そのまま訓練校の外に出るのだろう。
(ああ……なんか、本のストーカーみたいだ……)
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それも、組織的なきを可能とするストーカーである。『ES能力者』がストーカー行為を行うなど、能力の無駄遣いも良いところだろう。そんなことを思いつつも、博孝は極力『構力』を消すように努める。
『隠形』ができれば楽なのだが、博孝はまだ『隠形』をに付けていない。『構力』を作して一點に集めることは得意なため、『構力』を作して消すのもそれなりに得意ではあるのだが、『隠形』と呼べるレベルには至っていない。自分のから『構力』がれないように意識しながら、博孝は里香の後を追う。
里香の服裝は、いたって普通のものだった。夏ということで多薄手だが、博孝としてはどこか地味な印象を拭えない。半袖に、日除けのための白い薄手の上著、スカートを履いているが、制服に似たデザインだ。長さも膝下まで丈があり、以前博孝とデートをした時に比べれば落ち著いた――言い換えれば地味な服裝だった。
対する博孝も、ごく普通の服裝である。ポロシャツにジーパンという、きやすさを重視した服裝だ。尾行ということで迷彩服か野戦服でも著込もうかと思った博孝だが、そんな服裝で外出すれば一発で気付かれるだろう。そもそも、街中に野戦服を著込んだ『ES能力者』がいれば、即座に防衛部隊が飛んでくる。
ジリジリと真夏の太が日差しを振り撒く中、博孝はふと思う。何が悲しくて、自分はこんなことをしているのだろうか、と。こんなストーカーのような、出歯亀のようなことをするぐらいならば、自主訓練に勵んだ方が良い。
(いやいや、投げ出そうとするな俺! これも自主訓練の一環と思えば良い。そう、これは『隠形』の訓練なんだ)
自分に言い聞かせるように心で呟くと、不意に里香が足を止めた。そのきを知覚するよりも先に、博孝はに隠れる。そして様子を窺って見ると、里香は不思議そうな視線を遠くへ向けていた。博孝も視線の先を確認してみるが、そこにはに隠れて紫藤と話す二宮の姿があった。
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『里香に見られてるぞ! 自然な作を裝って、早くそこを離れろ!』
『通話』でそれだけを伝えると、紫藤が突然二宮の頭を軽く叩いた。そして、引きずるようにして寮の中へと引き返していく。それを見た里香は不思議そうに首を傾げたが、特に気にすることでもないと思ったのだろう。市原と合流して、訓練校の出り口へと向かっていく。
博孝は里香に気取られないよう距離を取りつつ、二宮や紫藤と合流する。二宮は頭を押さえており、それを見た博孝はため息を吐いた。
「紫藤、よくやった。二宮、里香は勘が鋭い上に察力が高い。下手なきをするな」
そうやって注意を促すと、二宮は涙目で紫藤を見る。
「うぅ……遙ぁ、なんで叩いたの?」
「四葉は市原を見ることに集中しすぎ」
訓練校から出るよりも先にバレていたのでは、話にならない。博孝は、今からでも帰りたいと思いながらもアドバイスをすることにした。
「良いか? 里香は『探知』が使える。街中で『探知』を発現し続けることはないだろうけど、に『構力』を持った人が隠れていると判斷されれば、大騒ぎになるだろう。それでも追うのか?」
ここで諦めてくれれば、と博孝は思う。しかし、二宮は決意がこもった瞳で頷いた。
「わたし、やります! 絶対に気付かれないようにします!」
「よし! 言ってることはモロに犯罪なんだが、その意気はよし!」
やけくそのように答えながら、博孝は二宮の肩を叩く。紫藤については、問題ないだろう。元々騒ぐような格でもなく、狙撃手として気配や『構力』を隠すことは得意としている。
それならば、あとは二宮次第だ。博孝はため息を吐くと、里香達の後を追うのだった。
訓練校から最寄りの街までは、往復バスが出ている。だが、そのバスに乗り込んだら即座に気付かれてしまうだろう。そのため、博孝達は里香達が正門を出てからバスに乗るまで訓練校の敷地に潛伏し、里香達がバスに乗って移を始めたところで正門を出ることにした。
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「おや、両手に花とは羨ましいねぇ。でも、バスは丁度出ちまったよ。タクシーに乗っていくのかい?」
「はははっ、片手の花は毒を持ってるんですけどね!」
外出許可を確認していた守衛の兵士にからかうように言われるが、博孝はやけくそのように笑って答える。
二宮は市原達の姿が遠ざかっていくことに焦れているのか、爪先で何度も地面を蹴っている。紫藤はそんな二宮を宥めることもなく、博孝の袖を引いた。
「先輩、任務の話を聞きたい」
「このタイミングで話を聞こうなんて、ある意味すげえな!?」
マイペースな紫藤にツッコミをれつつ、博孝は周囲を確認する。バスは今しがた出発したが、路肩には何臺かのタクシーが停まっていた。それを見た二宮が突撃しようとするが、博孝は後ろから肩を摑んで止める。
「はいストップ。二宮クン、どこに行こうというのかね?」
「タクシーですよ先輩! 早く追いかけないと!」
肩を摑んだ博孝を、そのまま引きずる勢いで前に進む二宮。博孝は年下のの子に理的に引きずられ、慌てたように口を開いた。
「この力を訓練で出せよ!? あと、タクシーには乗らんぞ!」
「なんでですか!?」
「タクシーには良い思い出がないんだよ! というか、俺達訓練生はタクシー移は推奨されてないんだって! ええい、紫藤!」
「ラジャー」
博孝が紫藤に指示を出すと、紫藤は二宮に向かって手刀を振るう。首筋を打たれた二宮は、首を押さえながら涙目で紫藤を見た。
「く、首はやめてよ! 下手したら死ぬわよ!?」
「大丈夫。四葉は頑丈だから」
抗議する二宮に、クールに返事をする紫藤。博孝は二人のやり取りを聞き、本日何度目かになるため息を吐いた。
「タクシーに乗った訓練生がそのまま連れ去られたり、殺されたりすることもあるんだ。タクシーは使わない。走っていくぞ」
「えー……でも先輩、わたしは良いとしても、遙は走りにくいと思います」
そう言われて紫藤の服裝を確認してみると、上は水の長袖に、下は灰のロングスカートという格好だった。二宮はほっそりとしたジーパンのため、走るのは問題ないだろう。しかし、紫藤のロングスカートは走りにくい。足が引っ掛かって転ぶ可能もある。
「最初にツッコミをれようと思ってたけど、なんで尾行をするのにロングスカートなんだ……」
「わたしの目的は、先輩の話を聞くことだから?」
「あっさりと二宮を切り捨てたな!?」
淡々と自分の目的を語る紫藤に、博孝はすぐさまツッコミをれた。しかし、それを聞いた紫藤は首を傾げながら言う。
「なんなら、スカートを捲って走っても良い。スカートの中はスパッツだから、恥ずかしくない」
「ロングスカートにスパッツって何かおかしくね!?」
「……おかしい?」
「捲って見せようとするな! はしたないでしょっ!?」
おかしいと言われて、ロングスカートを捲ろうとする紫藤。それを博孝は慌てて止めるが、まるで沙織とみらいを同時に相手にしているような錯覚に囚われる。
今日一日でとても疲れそうだと博孝が考えていると、正門が開いて一臺の車が出てきた。軍用車ではなく、普通の乗用車である。その乗用車から博孝達に向けてクラクションが鳴らされ、邪魔になったかと考えた博孝達は慌てて道を開けた。
「君ら、訓練生だろ? 街まで乗せていこうか?」
しかし、助手席の窓が開くなりそんなことを言われた。車には運転席と助手席に男の『ES能力者』が乗っており、移手段でもめている博孝達に聲をかけたのだろう。
聲を掛けられた博孝は、タクシーで移するよりは余程安全だと判斷する。訓練校から出てきたということは、相手は訓練校の防衛に就いている『ES能力者』ということだ。
「助かりますけど……良いんですか?」
「別に構わないさ。こっちも休暇でね。街まで乗せていくだけなら、手間でもないし」
笑いながらそう言われ、博孝達は厚意に甘えることにした。後部座席に乗り込むと、車がき出す。
「デートかい? それにしては、人數のバランスがおかしいけど……あ、もしかして二? 彼達もそれを了承しているクチかな?」
助手席に乗った男からからかうように言われて、博孝は苦笑する。気さくな格のようで、博孝としても話しやすい。二宮は見えなくなったバスを睨むようして前を見ており、紫藤は普段接しない相手には大人しいのか、黙っている。
「いやいや、後輩を街に案するだけですよ。というか、俺って二をかけるような奴に見えます?」
「んー……特定のの子には好かれそうなじかな? クラスの子からの評判はあまり良くないけど、それでも親しいの子が複數いる……みたいなじ?」
男の言葉を聞き、博孝は思わず沈黙してしまった。當たらずしも遠からず――という話ではなく、見事に的中している。
「は、ははは……い、嫌だなぁ。俺ってば、クラスの子にも大人気ですよ?」
主に、間違った方向で。そんな言葉を飲み込み、博孝は虛ろに笑う。訓練や任務の際には頼りにされるが、日常生活では『河原崎? ちょっと“アレ”よね』という評価をけているのだ。
博孝が誤魔化していると、隣に座る紫藤がその袖を引いた。そして、真顔で言う。
「大丈夫。先輩は格好良い」
「ああ……めてくれるなんて、紫藤は良い子だなぁ」
紫藤からのフォローの言葉を聞き、博孝は思わず目頭を押さえてしまった。
そうやって雑談をしながら街まで向かうと、車が路肩に停車する。
「この辺で良いかな?」
「ありがとうございました。助かりましたよ」
ここまで乗せてくれたことに禮を言って、博孝達は車から降りる。運転手の男はそれに頷くだけだったが、助手席に乗った男は軽く手を振ってくれた。そして走り出す車を見送ると、博孝達は里香達の姿を探し始める。
車は博孝達から見えない位置まで移すると、靜かに停車した。
「それじゃあ、俺は車を駐車場に止めてくる。お前は先に監視を頼む」
「了解。しかし、仕事とはいえから訓練生のデートを監視するなんてねぇ……」
男達――砂原が手配した護衛は、そんな會話を行ってから行を開始する。『隠形』を発現できる彼らに、博孝達が気付くことはなかった。
里香と市原は、すぐに見つかった。バス停の近くにある店のショーウインドウを二人で覗き込み、話し込んでいる。
「ところで、みらい先輩って何歳なんですか?」
「え、と……十三歳、だよ」
「へぇ……十三歳ですか。さすがに、ぬいぐるみとかは子供っぽいですかね?」
「こ、子供っぽいかな?」
真剣な様子でみらいへのプレゼントを選ぶ市原。その様子は、里香が想像していたよりも真面目なものだ。デートと言うよりは、本當にみらいへのプレゼントを選ぶためだけに里香に協力を頼んだのだろう。その姿勢は、里香としては非常に好ましいものだ。
「みらい先輩が好きなっていったら……やっぱり食べですか?」
「うーん……みらいちゃんはよく食べるけど、食べっていうのも……」
そのため、里香も市原からの質問には極力答えるようにした。みらいの“事”にれない程度で、みらいについて知ることを話していく。
「そ、そういえば、この前の任務で海に行ったんだけど、みらいちゃんは海が気にったみたい」
「海、ですか。うーん……」
口元に手を當てて考え込む市原。そして、そんな市原達を遠くから見守る影があった。
「何を話しているんだろ……先輩、読で実況してください」
「なあ、俺ってどう思われてるんだ? 読が使えるように見えるのか?」
訓練で學んだハンドサインならば、ある程度の意思疎通はできる。しかし、読など使えるはずもない。
「先輩なら、『こんなこともあろうかと』と言いながらやってくれそうだったので。これはそう、いわば先輩への信頼です」
「そんな信頼はドブに捨てちまえ!」
本當に、どんな風に思われているのだろうか。博孝は額に手を當ててしまうが、それを見た紫藤が肩を叩いてめてくれる。
「先輩、頑張って」
「お前も頑張ってくれよ……頼むから」
ため息を吐くようにして言ってから、博孝はから里香と市原の様子を窺う二宮へと視線を向けた。
里香と市原の様子を窺う二宮からは、『構力』が微塵もじられない。博孝から注意をけて以降、二宮は自分の『構力』を無理矢理抑えている。『隠形』を覚えているわけでもないのに、意思の力だけで『構力』を抑えているのだ。する乙の底力を垣間見て、博孝は肩を落とす。
「その努力を訓練に使えよ……」
「先輩、四葉のことは良いから任務について話を聞かせてほしい」
「お前はブレねえなぁ! 沙織を相手にしている気分だよ!」
マイペースな紫藤にそう言いつつも、博孝は前回の任務について話せる部分を話すことにした。どこか期待するような眼差しが、みらいに重なって見えたのである。
「そうだなぁ……紫藤が食いつきそうな話といえば、海上における撃系ES能力の有用についてかな」
「是非とも聞きたい」
『狙撃』が大好きな紫藤のことを考えて話し始めると、博孝の予想以上に食いついてくる。そんな紫藤に苦笑すると、博孝は自分がじたことを話し始めた。
「海で遭遇する『ES寄生』は、とにかくデカい。その上、中には『防殻』を発現する奴もいる。そんな奴を相手にするとしたら、『撃』だと厳しいな。同時に多くの弾を撃てるなら話は別だけど、それでも致命傷は與えにくいだろうさ」
事実、博孝も『ES寄生』を仕留めることはできなかった。『防殻』を撃ち抜けても、命を奪うことは到底不可能だったのである。
「『狙撃』でも無理?」
「同時に複數撃てるなら有効だと思う。ただ、単発だとそれほど効果はないな。四級特殊技能の『砲撃』は知ってるか? 『砲撃』が使えれば、相手が『防殻』を発現していようが、海に潛っていようが有効打になる。その上に『撃』もあるけど……さすがに三級特殊技能を覚えられるのはかなり先だろうしなぁ」
博孝自の経験と、他者から聞いた話。それを噛み砕いて伝えると、紫藤は興味深そうに頷く。
「先輩、もっと」
「他の話か? そうだなぁ……割と小型の『ES寄生』にも遭遇したけど、そっちは接近戦でも対応できる。小型って言っても、十メートルはあったけどな」
「テレビで見た。トビウオとか、サメの『ES寄生』が出たって言ってた」
紫藤が言う通り、博孝達が遭遇した『ES寄生』についてはテレビでも報道された。『天治會』率いる敵の『ES能力者』と遭遇したことについては、機があるため報道されてはいない。博孝も、その點については紫藤に話すつもりはなかった。
「先輩に遙! 騒な話をしてないで、ちゃんと市原達を監視してくださいよ!」
「監視ってお前……そっちの方が騒だぞ」
任務については一般人に聞こえない聲量で話していた博孝だが、二宮の言葉を聞いたカップルがギョッとした目で二宮を見ている。それに気づいた紫藤はカップルに頭を下げると、二宮の首を摑んで博孝のもとへと引きずっていく。
「四葉、目立ってるよ」
「『構力』は消せているのに、隠行に向かないよな」
二宮に注意を促し、博孝達は距離を取って里香達の後をついていく。博孝や紫藤は周囲から見ても不自然に見えないよう注意しているが、里香達に――正確には市原に意識を集中している二宮は、明らかに挙不審だ。博孝と紫藤がいなければ、確実に警察から聲をかけられているだろう。
里香と市原の會話を聞くために、段ボールでも被って接近しようかと呟く二宮。それを聞いていた博孝は、呆れたように言う。
「というか二宮。そんなに市原のことが気になるなら、告白したらどうだ?」
「え? ええぇっ!? い、いや、そんな……告白なんて、は、恥ずかしいじゃないですかっ」
今自分が行っている行為は恥ずかしくないのか、という言葉は飲み込む博孝。二宮は頬を赤く染め、視線を彷徨わせながら自分の髪を指でいじる。普段の訓練では男勝りな言や行を取ることが多い二宮だが、ごととなると話は別らしい。二宮はボーイッシュな外見だが、照れる姿はとても可らしいの子のものだ。
そのことを微笑ましく思いつつ、博孝は可い後輩のためにもうし骨を折ってやるかと考える。紫藤が文句を言わないのは、二宮のこういった一面をよく見ているからだろう。
「おっと、二人がいたぞ」
「え!? すぐに追いましょう!」
博孝が促すと、二宮は正気を取り戻して歩き出す。
里香達は裝飾店やケーキ屋を中心に見ており、気になるものが見つかる度に意見をわしている。気の弱いところがある里香も、今回ばかりはみらいのためと考えており、積極的に意見を出していた。
「や、やっぱり、食べは避けた方が良いかも。みらいちゃんって、うちのクラスの子に々と食べをもらってるから」
第七十一期訓練生達の妹分兼マスコットであるみらいは、子を中心にお菓子などをもらうことがある。特に、最近はの発が顕著だ。目を輝かせ、ハムスターのように頬を膨らませながらお菓子を食べる姿は、子達にとって非常に大きな癒しとなっている。
男子達もみらいのことは気にかけており、売店や食堂で出會えば何かしらの甘味を奢ることがあった。
博孝が『みらいが太ったらどうしよう』と頭を抱えていることを里香は知っており、それらの経緯も知っているため、食べ関係は避けた方が無難と判斷したのだ。
「お土産なら消えが一番ですけど、プレゼントは違う方が良いですかね。しかし、そうなると中々……」
市原は困ったように笑い、それを見た里香は首を傾げる。
「そ、そういったプレゼントは、したことないの?」
「お恥ずかしながら、渡す相手がいなかったもので……そうだ、岡島先輩ならどんなをもらうと嬉しいですか? 今日のお禮に、何かプレゼントしますよ」
話の途中から水を向けられ、里香は慌てて手を振る。
「い、いいよっ。わたしも、みらいちゃんのためって部分が大きいから」
「そうですか? しかし、移費と食事代だけを出すというのも心苦しいです。岡島先輩さえ良ければ、是非とも何かを贈らせてください」
押す市原に、引く里香。里香は頑なにプレゼントを拒否し、それを見た市原は『慎ましいなんだな』と思いながら引き下がる。痘痕(あばた)も笑窪(えくぼ)と言うべきか、は盲目と言うべきか、市原は里香の態度を非常に好意的にけ取った。
しかしながら、今日の目的はみらいへのプレゼント選びである。二度と怯えた目で見られないよう、素敵なを贈りたいと市原は思った。それでみらいの態度が変わるかは賭けだが、何もしないよりはマシだろう。何もしなければ、ずっとこのままなのだ。
「食べではない、別の……海に興味があるって岡島先輩も言っていたし、海関係……イルカやペンギンのぬいぐるみ? いや、河原崎先輩の目に留まって、出所を探られたら……どの道バレそうだし、その辺は諦めるか」
イルカやペンギンのぬいぐるみならばしいと思ってしまった里香だが、聲には出さずに市原が悩む姿を見守る。アドバイスはするが、せっかくの贈りなのだ。市原が真剣に悩んで選んだなら、みらいも無礙にはすまい。
市原はしばらく周囲の店を見回っていたが、不意に何かを思いついたように書店へと足を向ける。そして図鑑が売られている一角へ足を運ぶと、厚みがある一冊の本を手に取った。
「こういうのはどうでしょう?」
市原が選択したのは、『海の生き図鑑』というタイトルの本である。中を確認してみると、海に住む様々な生きが寫真と解説付きで載っていた。さすがに『ES寄生』については載っていないが、これならばみらいも喜ぶだろうと里香は思う。
「うん、良いと思う」
「そうですか! では、早速買ってきますね!」
里香がお墨付きを出すと、市原は喜んでレジカウンターへと向かった。プレゼントということでラッピングも頼み、手提げ用のビニール袋にれて戻ってくる。
「あとはみらい先輩に渡すだけですね。喜んでくれるかなぁ……」
どこか楽しげに目を細める市原に、里香も微笑んだ。そして、それを遠くから見ていた二宮が歯ぎしりを立てる。
「やばいですよ先輩! やばいです! マジでやばいです!」
「落ち著け。お前は『やばい』しか言えないのか」
ひたすらに『やばい』と連呼する二宮を面倒そうにかわし、博孝は首を傾げた。遠くから監視しているため詳細はわからなかったが、市原が購した本はだいぶ厚みがある。
(デートに來て、書店で買い? 厚さから考えると、図鑑か何かの専門書だろうけど……)
デートの一環として書店に訪れるのはおかしなことではないが、わざわざデートの最中に買うには思えない。一瞬、里香に対するプレゼントかと思ったが、渡す素振りもなかった。
だが、それにしては里香も嬉しそうである。混じり気のない笑顔を市原に向けており、それを見ると博孝としても妙なを覚える。
「先輩、次は任務で乗った船について聞きたい」
「紫藤はし自重しような?」
心で首を捻る博孝の袖を引き、紫藤が話をせがむ。博孝がツッコミをれると、紫藤は不思議そうな顔をした。
「これがわたしの今日の目的」
「いや、うん……まあ、そうだよな。あー……仕方ないなぁ」
じっと見つめてくる紫藤に、博孝は苦笑を向ける。
「さすがに気疲れしてきた。どこかにって休もうぜ。その間に話そう」
食事も取らずに尾行していたため、そろそろ何かを食べたいところだった。そのため、博孝は目を皿のようにして監視している二宮へ聲をかける。
「そろそろ食事にするぞ。二宮も休憩しろよ」
「いえ、目を離すと見失いますから」
「この距離なら『探知』で追跡できるってーの。向こうも移は遅いし、休め」
々無理矢理に二宮を納得させると、博孝達は二人を連れて軽食屋にった。そしてサンドイッチと飲みを選び、二人の分も料金を払ってからテーブル席に座って食べ始める。
「せっかく街に來たんだから、店ぐらいらないとな」
「それはそうですけど……うぅ、気になる」
「あ、ここのサンドイッチ、味しい」
未練がましく店の外に視線を向ける二宮に、サンドイッチを齧って想を呟く紫藤。博孝もサンドイッチを口に運ぶと、その味しさに嘆した。茹でた鶏に、レタスとパプリカ、他數種類の野菜をバジルソースで味付けして挾んだサンドイッチは、訓練校の売店で売られているサンドイッチよりも味しい。
食堂だと定食類は富だが、パンを使った料理は売っていない。そのため、味しいサンドイッチを食べられたことに博孝は満足だった。
「いや、このサンドイッチを食べられただけで外出した甲斐があったな。あとで、みらいのお土産に買って帰ろう」
サンドイッチだけでなくクッキーやプリンも売っているようなので、博孝はそちらも買って帰ろうと思う。なんだかんだで一番みらいに食べを食べさせているのは、博孝である。
いくら食べても太ったり長したりする様子がないみらいを見て、ついつい『たくさん食べて大きくなるんだぞ』と食べを買い與えてしまうのだ。みらいが喜んで食べるというのも、それを後押ししている。
「……ん?」
サンドイッチを食べ終わり、コーヒーを飲んでいた博孝は不意に眉を寄せた。
「先輩、どうしたの?」
博孝の反応を見て、紫藤がすぐさま反応する。博孝はその聲に答えず、目を閉じて意識を集中した。
この街は訓練校に近いため、訓練生やその防備を行うための『ES能力者』が多くいる。博孝の『探知』にもいくつかの『構力』が引っ掛かっており、その數は十人程度だ。そのの二人が里香と市原なのだが、そのきがおかしい。
片方の『構力』が一ヶ所に留まり、もう片方の『構力』がすさまじい速さで移を始めている。トイレだろうかと首を捻る博孝だが、移している『構力』は一直線にいており、トイレを探しているようにも思えない。
(それに今、僅かに『構力』の反応があったような……)
瞬間的に、里香達の傍に『構力』が出現したように博孝はじた。しかし、『構力』をじたのはほんの一瞬である。里香達の『構力』と間違ったのかと思うが、一ヶ所に留まっている『構力』が急激にれ、酷く不安定な印象を博孝にもたらした。
「……どうやら、二宮の希通りにしていた方が良かったみたいだな」
「え? どうかしたんですか?」
「先輩?」
博孝から発せられる雰囲気が変わり、二宮と紫藤は困したように聲をかける。まずは狀況を確認する必要があると判斷した博孝は席を立ち、すぐさま駆け出す。二宮と紫藤も慌ててそれに続き――街のいたるところに設置されたスピーカーから、空気を裂くような警報音が鳴り響いた。
『『ES寄生』警報。『ES寄生』警報。街の近くで『ES寄生』の『構力』を知しました。正規部隊員は防衛に當たってください。訓練生は民間の導を行ってください。繰り返します――』
続いて、事を知らせるアナウンスが流れる。そのアナウンスが流れた頃には、博孝も目的の場所へと到著していた。そして、表面上は冷靜さを保ちながらも、心では大きく驚く。
追いついてきた二宮と紫藤は、突然駆け出した博孝への抗議と警報への疑問を口にしようとして――無意識のに、息を呑む。
――そこには、溜まりに沈む市原の姿があった。
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