《平和の守護者(書籍版タイトル:創世のエブリオット・シード)》第七十話:晴れのち雨 その2

時を僅かに遡る。

博孝達と同様に食事を取ろうと考えた里香と市原は、目ぼしい店がないかを確認しながら歩いていた。

せっかく街に出てきたのだ。見栄えも良く、味も良さそうな店がないかと市原は考えている。みらいへのプレゼントを選ぶのが主目的だが、里香とのデートという一面は無視できない。そのため、意中のに良いところを見せたい、と市原はしばかり背びをしていた。

「中々良さそうなお店がないですね」

「あの、わたしは別にどこでも良いけど……」

場所よりも、誰と一緒にいるかが重要なのだが、市原は気にした様子もない。里香に笑顔を向けると、任せろと言わんばかりにを叩く。

「せっかくの機會なんです。味しい店にりましょう。なんなら、タクシーで移して探しても良いですし」

「た、タクシーはちょっと……危ないよ?」

以前タクシーに乗った際、ハリドに襲われたのだ。里香は博孝と同じように、タクシーの利用に難を示す。

「危ないですか? たしかに、訓練生の移にタクシーは推奨されていませんけど……」

市原からすれば、里香の懸念は々大げさではないかと思う。タクシーという限られた空間にを投じるのは警戒すべきかもしれないが、日もまだ高く、街の防備も整っているのだ。

「その、詳細は話せないけど、タクシーで移しようとしたら敵の『ES能力者』に襲われたことがあって……」

「敵の『ES能力者』に!? それは……大変でしたね。その時はどうやって助かったんですか?」

里香の言葉に市原は驚くが、敵の『ES能力者』に襲われて何故無事だったのかが気にかかる。その問いをけた里香は、當時のことを思い出して相好を崩した。

「博孝君が、わたしを守ってくれたの」

博孝の行いを誇るような笑顔。里香としては博孝の無鉄砲さ――命を惜しまないような部分に危懼を抱くが、博孝に守られたことまで否定しようとは思わない。博孝に守られ、助けられたことは、里香にとって大事な思い出だ。

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里香の表を見た市原は、何かに気付いたように一歩下がる。それは里香の博孝に対する想いに気付いたのか、それとも、そこまで明瞭でなくとも好意の一端を読み取ったのか。

それでも市原は気を取り直すと、負けん気と里香への好意から告げる。

「だったら、今度は俺が岡島先輩を守ってみせますよ」

里香が危難に遭うというのなら、その危難を祓ってみせようと思った。市原は年若い年らしい真っ直ぐさと、自の腕に関する自負からそう言って――聲が聞こえた。

「――そうかい。それじゃあ、早速守ってみな」

その聲は唐突に、市原の背後から響く。

いくら隣の里香に集中していたとはいえ、市原は腐っても『ES能力者』。訓練生とはいえ、『ES能力者』なのだ。背後、それも至近距離まで接近され、聲をかけられて気付かないなど――そこまで思考して、市原の脇腹に痛みを通り越した灼熱のような衝撃が伝わる。

「あ……え?」

辛うじて振り返った市原の視線の先。自の脇腹に、ナイフのようなものが突き立っていた。ナイフは刃の本まで埋まり、市原が著ていた洋服をしずつ深紅に染め始める。

狀況が理解できず、市原は呆然としながら視線をかし、眼前に立つ男を視界に捉えた。

「ヒヒヒッ。こんなお末な腕じゃあ、誰も守れはしねえなぁ」

眼前に、嘲るように笑う男が立っていた。ギラギラとした、殺意と歓喜が混ざった目で見てくる一人の男。その男を見て、里香も驚愕から目を見開く。

「久しぶりだなぁ、お嬢ちゃん。ちょっと顔を貸してもらうぜ?」

そう言って男――ハリドは凄慘に笑った。

市原は自の腹部に刺さったナイフに視線が釘付けになり、思考が全くまとまらない。何故、どうして、こんな場所で。そんな言葉が脳裏を飛びうが、激痛と混で指先一本かすことができない。

「ああ、お前さんはどうでもいいや」

そんな聲が耳に屆き、市原が顔を上げた時にはすべてが遅い。腹部に蹴りがめり込み、大きく真後ろへと弾かれる。

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「い、市原君っ!」

里香は咄嗟に聲をかけるが、ハリドから視線を外すわけにもいかない。ハリドから僅かに距離を取ると、『防殻』を発現しながら両手を構えた。

「ああ? なんのつもりだ? お嬢ちゃんにゃ何の期待もしてねえよ。あのクソ坊主を呼ぶのに使えりゃあ、それで良い」

ハリドは里香が構えたのを見て、不思議そうな顔をする。しかし、里香としてはハリドの言葉に引っかかるものがあった。ハリドの言葉が指す人――該當するのは、一人しかいない。

「ひ、博孝君を……どうするつもりですか?」

ハリドが何を求めているかを悟って問うと、ハリドは楽しげに笑う。

「それもお嬢ちゃんには関係ねぇなぁ。まあ、抵抗しなけりゃ痛くはしねぇよ」

そう言って無造作に距離を詰め始めるハリド。里香は周囲に助けを求めるべきかと考えるが、近くにいるのは一般人だ。助けを求めても、無駄な人死にを増やすだけである。攜帯電話で助けを求める隙も、ありはしない。『通話』を使おうにも、ハリドの攻撃の方が速いだろう。

「わ、わたしだって、戦える……」

「あん?」

故に、里香は拳を構えたままで呟いた。ハリドは足を止めて片眉を上げるが、里香は真剣にハリドを見據える。

博孝を探しているようだが、その目的は不明だ。しかし、どう考えても友好的な話ではないだろう。それに加えて、抵抗することが可能ならば、その間に防衛の任務に就いている『ES能力者』が駆けつける可能が時間を追うごとに増えていく。

「あなたの目的が博孝君だと言うのなら、絶対に會わせない! わたしが……」

里香の脳裏に、だらけになった博孝の姿が思い浮かぶ。だからこそ、里香は恐怖を抑えつけて言い放つ。

「あなたを倒す」

無理だということは、百も承知だ。それでも、やる。

逃げようにも、負傷した市原を置いてはいけない。一人で逃げられるほど、里香は薄ではない。戦略的に見れば市原を見捨てて助けを呼ぶべきだが、それを実行できるほど里香は達観していなかった。

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「ヒヒッ……なるほどなるほど。大層な口を利くじゃねぇか。だが――」

里香の決意を聞いて、ハリドは笑う。敵の『ES能力者』を相手にして冷靜に思考を巡らせるその姿は、訓練生としては破格だろう。以前、“通常”では役に立ちそうもない貧弱な『撃』で不意を突かれたこともある相手だ。

だが、ハリドと至近距離で相対した時點で、里香の敗北は決まっていた。ハリドは瞬時に距離を詰めると、気絶しない程度の威力で里香の腹部に拳を突き立てる。

踏み込み、拳を振るうという一連の作。里香は辛うじて反応したが、捌ききるだけの技量はない。け流そうとした腕は用をなさず、鉄球を叩きつけられたような衝撃と激痛が腹部に伝わる。

「かっ……ぁ……」

腹部を毆られたことで息がれ、里香の力する。それでも意識を失わず、里香は地面に膝を突いた。そんな里香を見たハリドは、凄慘に笑う。

「足りねえなぁ……そんなんじゃあ、全然足りやしねえ。あの坊主を守ろうとする気概だけは認めてやってもいいが、肝心の腕がお末過ぎるねぇ」

そう言いつつ、ハリドは里香のを抱き上げる。そして市原が“死んでいないこと”を確認すると、里香を抱えたままで走り去るのだった。

地面に倒れ、溜まりに沈む市原を見た時の反応は二つに分かれた。

「な、何やってるのよ市原!? 岡島先輩に手を出そうとして返り討ちにでもあったの!?」

一つは、現狀を否定するようにぶ者。二宮は市原が陥った危機を直視できず、眼前の景を否定しようとする。

しかし、博孝と紫藤の行は異なった。すぐさま市原のもとへ駆け寄ると、容態を確認し始める。

「しっかりしろ! 意識はあるか!?」

「先輩、これ」

博孝は市原の意識をはっきりさせようと大聲を上げ、紫藤は市原の脇腹に刺さったナイフを指差す。『武化』で発現したものではなく、軍用のものらしい武骨なナイフだ。だが、ナイフという兇を見て、博孝は直的に事態を悟る。

「あ……ぐっ……か、河原崎……先輩?」

博孝の言葉に反応し、市原は目を開けた。博孝は『接合』を発現すると、傷口の治療を行いつつ二宮に視線を向ける。

「何をぼうっと突っ立ってるんだ! 支援型のお前が治療に參加しなくてどうする!」

「え、あ、は、はい!」

していた二宮は、博孝の一喝によって我に返った。そして慌てて市原のもとへと駆け寄るが、市原の脇腹に突き刺さったナイフと溢れるを見て、顔を青ざめさせる。想い人が重傷を負っているという事態を前にして、二宮は今にも倒れそうだった。

「四葉、しっかりして」

そんな二宮に対して友人である紫藤が聲をかけるが、二宮からの反応は薄い。博孝は手早く処置を施していくが、里香がこの場にいないことも無視できなかった。

『探知』で探っていた『構力』は、博孝の『探知』可能範囲から抜け出そうとしている。このままでは見失うかもしれないが、方角さえわかれば『瞬速』で追いつくこともできる。しかし、市原を放って追いかけるわけにもいかない。

「市原、意識はしっかりしているか?」

「……ぁ……なん、とか……」

「まずは傷口を塞ぐ。ナイフを抜くから、意識を保て!」

通常の治療ならば、刺さったナイフは抜かない方が良い。ナイフを抜いた途端、大量に出する危険があるからだ。しかし、博孝達は『ES能力者』である。多の出では死なず、傷口もES能力で塞ぐことができる。

「せん、ぱい……それよりも、岡島先輩を……変な、男に攫われて……“クソ坊主”が、どうだとか……」

その言葉を聞いて、博孝は確信を深めた。わざわざナイフを使い、市原を殺さずに放置した時點で、博孝の中にはハリドの姿が思い浮かんでいる。

市原が『防殻』を発現していなかったとはいえ、『ES能力者』のに刺さるということは対『ES能力者』用の武裝なのだろう。そんな武裝をハリドが振るえば、訓練生の程度は貫ける。

「すい、ません……俺、岡島先輩を、守れ……なくて……」

口元からを流しながら、市原は悔やむように呟く。本まで刺さったナイフが、臓を傷つけているのだろう。何度か似たような経験がある博孝としては、市原の狀態もある程度はわかる。

「喋るな。力を消耗する」

治療系ES能力を得意とする支援型『ES能力者』である二宮は、まともにけない。そのため、博孝は『活化』を併用しながら『接合』を行う。臓の傷さえ塞いでしまえば、あとは紫藤でも防げるだろう。

紫藤は友人が重傷を負っていても冷靜さを保っており、二宮と比べれば突発的な事態に強いことが窺えた。さすがに顔が悪いが、取りさないだけ上出來である。

「紫藤、トランシーバー機能の出力を最大にして無差別に発信。救援を求めろ。近場の部隊が通信を拾ってくれるはずだ」

『ES寄生』警報が発令されているため手が取られているだろうが、無視されることはないだろう。そう思って指示を出すと、紫藤はすぐさま攜帯電話を手に取る。しかし、すぐに眉を寄せた。

「先輩、電波が遮斷されてる」

「ちっ……またジャミング裝置を持ち込みやがったか」

吐き捨てるように言って、助けを求めることを諦める。『探知』で探れる範囲に『構力』の反応はあるが、『通話』で話せる距離ではない。

「あ、い、市原……」

呆然自失となっていた二宮はそう呟き、『接合』を発現しようとした。しかし、神がれているためか出力が安定しない。それでもないよりはマシであり、市原に最低限の処置を終えた博孝は立ち上がった。

「ひとまずはこれで良し。二宮は治療を続けろ。俺は里香を攫った奴を追う」

二宮が『接合』を続けていれば、死ぬことはない。そう判斷した博孝はそう言うが、それを聞いた紫藤が顔を上げた。

「わたしも行く」

「わ、わたしも行きます!」

置いていかれると思ったのだろう。二宮も追従するように言う。博孝は二人の言葉を聞くと、厳しい表を浮かべて首を橫に振った。

「駄目だ。お前達は負傷した市原を連れて、防衛部隊に合流しろ。二宮は市原の治療の継続、紫藤は周囲の警戒とその護衛だ。『ES寄生』に対する警報が出ている。街中でも安全じゃない。それと、防衛部隊に合流したら訓練生が一名拐されたこと、それを追っていることも伝えて人員を出すようにしてほしい」

他の『ES能力者』がいる方向を教えて、博孝はそう命令する。既に『探知』の範囲から里香の『構力』が消えており、これ以上時間の消費はできなかった。

「相手が敵の『ES能力者』なら、先輩一人じゃ危ない。わたしも行く」

博孝の命令を聞き、紫藤が反論する。その反論を聞いた博孝は、それでも首を橫に振った。

市原が負傷し、里香が攫われた現狀。しかし、それでも博孝は冷靜に彼我の実力差を計算する。本當ならば、紫藤や二宮と言わず街で『ES寄生』の迎撃に當たっている『ES能力者』の応援をけたいところだ。

――だが、時間が足りない。

市民の避難に、『ES寄生』の排除。それらにかかる時間を思えば、里香の救出に赴くための人員を集められるのは一どれほど先のことになるか。

その上、一介の訓練生であり、階級を持たない博孝では正規部隊員を従えることはできない。例え涙ながらに懇願したとしても、追跡の人員を揃えることは不可能だ。かといって、警報通りに行している時間もない。

訓練生には一般市民の導を行うよう指示が出されているが、それでは里香が連れ去られてしまう。

戦力と時間的制約。それらを勘案し、博孝は単獨での追跡に向かおうとする。しかし、それを見た紫藤は止めようとした。

「それでも、危険」

「危険は承知の上だ」

「でも……やっぱり、わたしも行く」

紫藤は博孝の腕を取って止めようとするが、博孝は向けられた手を優しく摑み、そのまま紫藤に鋭い視線を向けた。

「相手は敵の『ES能力者』だ。危険すぎる……いや、言葉を飾るのはやめよう」

冷靜に、冷徹に、博孝は告げる。

「足手まといになる。俺は里香を攫った相手と二回戦ったことがあるが、お前らを庇いながら戦うのは無理だ」

を言えば、連れて行きたいとは思う。紫藤は『狙撃』を使えるため、戦力にはり得るかもしれない。だが、『ES能力者』の戦闘では連攜が重要な要素だ。異なる期の訓練生である紫藤や二宮とは、連攜訓練も積んでいない。

それに加えて、紫藤は敵の『ES能力者』と戦った経験がない。以前の恭介のように恐怖に囚われる危険があり、博孝としては不安要素を持ち込もうとは思えなかった。

もしもこの場にいたのが沙織や恭介ならば、博孝は頭を下げ、膝を地面に突いてでも共に死地へ赴いてくれと頼んだだろう。沙織ならば喜んで頷き、恭介も仲間の里香のためならば決意するに違いない。

博孝はそれ以上の問答は止めて、里香が連れ去られた方角へと視線を向ける。そして『瞬速』を発現すると、紫藤達の前から姿を消した。

その日、砂原は今回の任務に関する報告のために様々な場所に足を運んでいた。

日本ES戦闘部隊監督部や“上”の本拠地である防衛省、対『ES能力者』用の尋問部署など、『飛行』の発現許可が下りているのを良いことに、様々な場所に赴いて報告書の提出や口頭での報告を行っていた。

訓練生の任務に関する報告だけならば、日本ES戦闘部隊監督部に報告するだけで事足りる。しかし、今回は『ES寄生』の撃破だけでなく、襲撃してきた敵の『ES能力者』に関する報告まで行わなければならないのだ。

現場検証も行われているが、そちらについては問題ない。浮いていたコバンザメの死を回収してきたらしく、小型の海洋『ES寄生』の資料ということで研究者大喜びしているほどだ。

町田が仕留めた『ES能力者』の死についても、解剖班のもとへ回されている。町田がしばかり“派手に”対応したため、こちらについては不評だったらしい。

任務に參加した『いなづま』の船員や『ES能力者』の正規部隊員、それに加えて訓練生への特別報奨金に関しても様々な話が出ており、砂原としては頭が痛くなる。

特に、訓練生でありながら、コバンザメの『ES寄生』を二仕留めて『いなづま』の危機を救った博孝や沙織、みらいに対して最下級ながらも勲章を授與してはどうかといわれた時には、階級差を無視して『寢言は寢て言え』と怒鳴りつけたくなった。

結局は學生の分を盾にして、勲章を授與するならばせめて卒業して正規部隊に配屬してからにするよう話を著地させている。まるで話を引き延ばすような相手の態度に苛立ったものの、砂原は表面上は平靜そのもので乗り切った。

そして、最後に足を向けた尋問部署でフレスコと対面した時、砂原は自分が疲れているのかと思った。戦った際は溢れ出るほどの殺意を向けてきたフレスコが、顔に笑みを浮かべて砂原を見ているのだ。

決して友好的な笑みではないが、顔を合わせれば罵詈雑言をぶつけてくると思っていた砂原としては、虛を突かれた思いである。“上”からも、『面識がある貴ならば、報を得られる可能が高い』と催促されて訪れたのだが、不快さが目立つものの笑顔を以って迎えられるなど思ってもみなかった。

「『穿孔』か……お前が“來てくれる”とはな」

「貴様と雑談をわすつもりはない。『天治會』の規模、構員の數や保有する施設について吐きたまえ」

フレスコは、抵抗する様子もない。両手足を拘束され、周囲を『ES能力者』に囲まれているが、砂原が姿を見せれば暴れるのではないかと危懼されていた。あまりにも靜かな反応に、応対する砂原としても心で首を捻る。

話を聞けば、いくら尋問を行ってもフレスコは何も話さなかったらしい。それは他に拿捕したフレスコの部下も同様で、沈黙を守っている。『構力』を暴走させて自決することもなく、舌を噛んで死のうとする様子もない。もっとも、舌を噛んでも窒息する前に治療が施されるため、行う意味はないのだが。

「つれないじゃないか。俺は、お前が“ここに來ること”をずっと待っていたというのに」

「……どういう意味だ?」

「さて、どういう意味だろうな?」

とぼけた様子のフレスコに、砂原は眉を寄せた。報を隠すためにとぼけているのか、それとも別の意図があるのか。自白剤も効かない『ES能力者』が相手の場合、尋問で報を聞き出すのは難しい。フレスコは軍部にも所屬していたため、自白する可能はほとんどないだろう。

どうしたものかと砂原が思考していると、腰のホルダーにれてある攜帯電話が振を始める。場所が場所だけに通話は止されているが、訓練校の教である砂原の攜帯電話は暗號化された電文ならば場所を問わずに信できる。電波が遮斷されているとさすがに無理だが、現在砂原がいる場所は國が管理する施設だ。

こんな時に誰からだと思いつつ、フレスコの相手を尋問に任せて砂原は攜帯電話を取り出す。そして、目を見開いた。

――後続の分隊に任務の引き継ぎ完了。

その一文に、砂原は一瞬思考を停止させる。電文を送ってきた相手は、博孝をかに護衛させている分隊からだ。

何かあれば報告をれるように言い含めているため、電文が屆くことは問題ない。しかし――後続の分隊など、“用意していない”。

砂原は尋問室から出ると、すぐさま分隊に向けて通話機能で発信した。だが、相手の攜帯電話からの反応はない。『電波が屆かない場所にいる』と、無機質な機械音聲が応答するだけである。

続いて、攜帯電話が再度の振を放つ。砂原がすぐさま確認すると、『ES寄生』警報についての報だった。訓練校に勤務しているため、訓練校の周辺で発令される警報については自で転送されるようになっている。その容に目を通し、砂原は尋問室の扉を荒々しく開けた。

「貴様等は、一何を企んでいる!」

フレスコの態度に、分隊から送られてきた覚えのない引き継ぎ報告。それに加えて、『ES寄生』警報だ。何もないと思う方が無理である。最悪なことに、博孝や里香といった“教え子”が市街地に出かけているのだ。

砂原が焦りを込めた怒號を浴びせると、それをけたフレスコは裂けんばかりに口元を吊り上げた。

「ああ……その顔が見たかった。お前をこの手で殺せなかったことは殘念だが、その顔を見られただけでも満足だ」

それだけを言うと、フレスコは狂ったように笑い始める。突然の狂態に周囲にいた尋問は驚いたような目を向けるが、フレスコはしばらく笑い続け、不意に力する。

それを訝しく思った尋問が傍に近寄り、様子を確認し――呆然とした聲を上げた。

「……こいつ、死んでいます」

その呟きは尋問室に靜かに響く。砂原は歯を噛み締めると、息絶えたフレスコを力の限り睨み付けるのだった。

「さあて、ここまでくれば良いかねぇ」

市街地から離れた、寂れた道路脇。以前、ハリドが博孝達を襲った時と同じ場所だ。あの時の戦いの痕は綺麗に補修されており、アスファルトにひび割れ等はない。道路の傍には木々が立しており、遠くからの視界を遮っていた。

ハリドは擔いでいた里香を道路脇に放り投げると、今まで走ってきた方向へと視線を向ける。里香は毆られたダメージが抜けておらず、また、里香の腕では奇襲をかけても効果が薄いため、ハリドはそれほど意識を割いていない。

(逃げ……なきゃ……)

痛みを堪えて逃げようとするが、僅かにでも周囲に意識を向けるとハリドから視線が向けられる。ハリドは里香が冷靜に退路を探していることを見抜き、楽しそうに笑った。

「お嬢ちゃんが武神の孫ぐらいの腕があれば、楽しく殺し合えそうなんだがなぁ。いやはや、まったくもって殘念だ。でも――逃がすわけにはいかねぇんだよ」

里香目がけて、ハリドが手を振るう。空中に金屬のが反し、それに気づいた里香は反的に『防殻』を発現しながらを橫に倒す。だが、ハリドが投じたナイフは速く、狙いも正確だった。里香の太ももにナイフが刺さり、激痛を走らせる。

「あ……うっ……」

太ももに走った痛みに、里香は悲鳴を噛み殺した。『防殻』を発現していたためにそれほど深く刺さっていないが、それでも機力を殺されるのは痛い。里香は『接合』で治療を行おうとするが、それよりも早く、ハリドがナイフを投げつけてくる。

「お嬢ちゃんみたいな雑魚にゃ勿ない代だが、『武化』で作るとそのまま切り刻みたくなっちまうんでな。まあ、我慢してくれや」

高いんだぜ、と笑いながら、ハリドは手に持ったナイフを投げつけた。里香は太ももから伝わってくる痛みを堪えてナイフを回避しようとするが、全てを回避することはできない。ハリドは持っていた五本のナイフを投げ終えると、つまらないを見るように目を細めた。

「あんだけ大口を叩きながら、なんてザマだよオイ。そんなんじゃ、俺を倒すどころか傷もつけられねえぞ?」

「ぐ……ぅ……」

五本の三本は回避したが、二本のナイフが里香のを捉えていた。一本は脇腹、一本は背中に刺さっており、里香の服を真紅に染めていく。

痛みを堪えて『防殻』を発現し続けていたため、致命傷ではない。それでもハリドの腕力から投じられたナイフは刃の半ばまで刺さり、里香に多くの出を強いていた。

「そんなにいてると、出が増えて死ぬのが早まるぜ。お嬢ちゃんには、エサとして頑張ってもらわねぇと」

楽しそうに笑いかけるハリドの神が、里香にはよくわからない。何故そんなに楽しそうに笑っていられるのかと、頭が理解を拒む。それでも里香は苦痛でれる思考をまとめ、神を立て直して『接合』を発現しようとした。

「っと、その狀態でも治療系のES能力が使えるのか。しは長してんじゃねぇか」

里香が『接合』を発現したのを見て、ハリドが地を蹴る。そして優しく、丁寧な作で、里香の脇腹に刺さったナイフの柄を“蹴り込んだ”。

「ッ――――――!?」

聲にならない絶が響く。ナイフの元まで刃がめり込み、里香は『接合』に回していた集中力が途切れてしまう。を橫倒しにしてナイフが地面に當たらないようにすると、そのまま痛みから逃げるようにを固めた。

「ヒヒッ……ここまですると、斬りたくなってきたなぁ……」

舌なめずりをして、ハリドは『武化』でナイフを発現する。

しなら問題はないだろう、とハリドは自分に言い聞かせ――倒れた里香へナイフを振り下ろした。

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