《平和の守護者(書籍版タイトル:創世のエブリオット・シード)》第七十七話:表彰式 その1

ヘリコプターでのフライトは、目的地まで二時間ほどかかるとのことだった。みらいは當然ながら、博孝もヘリコプターに乗るのは初めてであり、束の間の空中飛行を楽しむ。

みらいは最初こそ怖がっていたものの、ヘリコプターが空を飛び、上空から眼下を見下ろした時の景に見っていた。

「おにぃちゃん、とんでる!」

「おお。ここまで高い場所を飛ぶと、気分も良いなぁ」

「あれは!?」

「あれは……サッカースタジアムだな」

かつてないほど興した様子のみらいから質問攻めをけ、博孝は苦笑しながら答えていく。沙織もみらいを微笑ましい顔で見ており、三人の中では一番大人しかった。

「こうしてみると、普通の子供ね」

「そりゃそうさ。でも、こうやって々と経験ができるのは良いことだよな」

砂原の様子から表彰式には警戒が必要だと思っているが、みらいの喜びようを見られただけでも大きな価値があるだろう。海を初めて見た時や船に乗った時のように、みらいはを発させている。今のみらいが浮かべているに名前をつけるとすれば、それは“好奇心”だろう。

「みらい、『飛行』を発現できるようになったら、いつでもこんな景が見れるんだぞ?」

「ほんと!? なら、がんばる!」

博孝の言葉に大きく反応し、みらいは目を輝かせる。博孝としては、みらいが『飛行』の訓練に集中して取り組めばすぐに『飛行』を発現するのではないか、と思っていた。

「いや、待てよ……そうなると、再び兄の威厳がピンチ?」

ハリドとの戦いでコツを摑み、『飛行』に関しては博孝の方がリードしている現狀。それを覆されるかもしれない。

「ふふ……お兄ちゃんは大変ね? でも、わたしだってすぐに追いつくわ。うかうかしていると、あっさりと抜いちゃうわよ?」

「……やべぇ。表彰式なんて放り出して、訓練校で自主訓練をしたくなってきた」

負けん気を発揮して、博孝はそう呟く。みらいや沙織に負けても悔しくはない――などとは言えず、博孝は訓練校に戻ったらこれまで以上に自主訓練に勵もうと思った。それに加えて、砂原がこれまで以上に手ほどきをしてくれるらしい。

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「教の特訓は怖いけど、こうなったら背に腹は代えられねえ……兄の威厳を守るためにもな!」

「え? 博孝、教から特別に訓練をけるの?」

博孝が間違った方向に決意していると、沙織が不思議そうに尋ねた。その問いをけた博孝は、苦笑しながら頷く。

「……まあ、々あってな。もっと強くなりたいんだよ」

さすがに機までは話す気になれず、曖昧に誤魔化す。しかし、それを聞いた沙織はを尖らせた。

「ズルいわ。教の施す訓練なら、わたしも參加したい。言ったでしょう? 一緒に強くなっていくんだって」

「それは教に聞かないとわからないけど……まあ、教え子の頼みを斷る人じゃないしな。『飛行』を使った空中戦闘について教えてくれるらしい」

「ひこう? それならみらいもさんかする!」

『飛行』と聞いて、みらいが參加を表明する。だが、博孝としてはみらいが砂原の訓練についていけるのだろうかと心配してしまう。

(でも、教に毆り飛ばされるみらいか……うーん、何故かその景は想像できないな。みらいには優しいんだよな)

みらいが人工の『ES能力者』だからか、それとも外見がいためか。砂原がみらいに施す指導はそれほど厳しくない。

(小っちゃい娘さんがいるって言ってたし、無意識に手加減しているのかも……)

以前、博孝には砂原が“戦う理由”と稱して家族の寫真を見せてくれたことがある。その寫真に寫っていたのは小さいの子であり、砂原からすればみらいは自の娘を連想してしまうのかもしれない。

(娘を抱っこして、デレデレになる教……こっちはもっと想像できん……)

砂原ならば、にやけた顔はせずに穏やかな顔で娘を抱き上げることだろう。そんなことを考えていると、遠目に大きな都市が見えた。巨大なビルが立するその都市は、首都である東京である。

みらいが更なる歓聲を上げる中で、ヘリコプターは首都の上空を飛行していく。そして一際大きなビルへと機首を向けると、その屋上へと移した。屋上にはヘリポートが設置されており、ヘリコプターはゆっくりと高度を下げていく。

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「……ついた?」

どこか殘念そうにみらいが問う。博孝はそんなみらいの頭をでると、めの言葉を吐き出した。

「帰りもヘリコプターに乗るんだし、そんな顔をするなって。それより、わざわざ呼びつけたんだ。表彰式のあとに、味しい料理が出るかもよ?」

「……おいしいもの?」

「出なかったらどうするのよ?」

「時間的にそれはないだろ。出なかったら……最悪、飯抜き?」

さすがに街中で買いなどできないだろう。だが、時刻はもうじき正午である。何かしらの段取りがされていると思われた。

博孝達は砂原の先導に従い、ビルの中――日本ES戦闘部隊監督部へと足を踏みれる。護衛のためか、ここまでついてきていた空戦一個小隊は博孝達の背後を固めており、ビルの中にいた『ES能力者』達が驚いたような目で博孝達を見ている。

もちろん、ビルの中にいるのは『ES能力者』だけではない。普通の人間も職員として勤務しており、博孝はそれとなく周囲を観察する。

(ここが日本ES戦闘部隊監督部……てっきり強面の『ES能力者』が大勢いるもんだと思ったけど、案外普通だな……)

なにせ、かの『武神』長谷川源次郎が統括する部署だ。腕の立つ『ES能力者』がいるのだろうと思ったが、博孝の勘に引っかかるような人はいなかった。もっとも、源次郎の部下として砂原のような人が大勢いれば、それはそれで怖い。

しばかりここで待て」

そんな指示を出し、砂原は更室と書かれた部屋へっていく。そしてさほど時間もかけずに出てくると、ここまで著てきた野戦服ではなく、濃い緑を基調とした禮裝に著替えていた。頭には服と同の帽子を被っており、普段の砂原の姿を見ている博孝達からすれば違和が大きい。

「へぇ……それが禮裝ですか」

「窮屈で敵わんがな」

博孝がしげしげと眺めると、砂原はどこか不機嫌そうに言う。砂原としては、もっときやすい服の方が良いのだ。

「しかし、この場所で訓練校の制服を著ているとかなり浮きますね」

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周囲から向けられる視線に辟易としながら博孝は言うが、砂原は小さく苦笑するだけだ。

「日本ES戦闘部隊監督部に務めている者ならば、お前達の表彰式が行われるのを知っているだろうからな。注目が集まるのは仕方ない」

本來ならば、このビルではなく“上”が用意した場所で表彰式が行われる予定だった。しかし、要らぬちょっかいをかけられては堪らないと思った源次郎が抗議し、日本ES戦闘部隊監督部の大會議室を使うことになっている。

“上”が言うままに従っていれば、どうなるかわからない。“上”が用意した場所に足を運べば、最悪テレビカメラが待ちけている可能もある。砂原が引率としてついているが、教である砂原の階級は軍曹だ。高を相手にした場合、不利は否めない。

「――來たか」

それ故に、聲をかけてきた人は博孝達を驚かせた。沙織が思わず足を止め、博孝は眉を寄せる。みらいだけは特に反応をせず、首を傾げるだけだ。

「ご苦労だったな、砂原軍曹」

そう言って砂原を労ったのは、源次郎だった。博孝達が到著したのを知り、自ら出迎えに來たのである。権限的に砂原で難があるのならばと、『ES能力者』の最高権力者である源次郎が矢面に立つことにした。砂原と同様に禮裝にを包んでいるが、砂原の禮裝とは異なり、肩に將校用のモールがっている。

「そしてようこそ、河原崎博孝訓練生、河原崎みらい訓練生。それに――長谷川訓練生」

沙織の名を呼ぶ時に僅かな間があったのは、“以前”のやり取りが影響しているのか。博孝は沙織に対してそれとなく視線を向けるが、沙織は大した反応をしていない。靜かに、落ち著いた眼差しで源次郎を見ている。

「お招きいただき恐です、中將閣下」

いつまでも沙織を見ているわけにもいかず、博孝は挨拶用の笑顔を浮かべて謝の意を示す。源次郎は博孝の言葉を聞くと、僅かに口の端を吊り上げた。

「訓練生の段階でこのビルに足を踏みれたのは、君達が初めてだ。だが、君達はそれだけのことを行った。それは誇ると良い」

「それはなんとも栄なことで」

恭しく一禮する博孝。それを見た源次郎は、心だけで笑う。沙織が博孝に重傷を負わせた際、沙織の処罰を言い渡しにきた源次郎に博孝は噛み付いている。だが、その時の確執などなかったかのように振る舞う博孝の姿は、源次郎にとっては新鮮なものだ。

『武神』を前にして飄々と振る舞えるその度だけは、相変わらず評価ができると思った。

「マスコミなどは規制しているが、“上”から何人もの將や佐が顔を出している。私としては、大人しく表彰けることを勧めよう」

「ご忠告に謝いたします。しかし中將閣下、それでは普段が大人しくないと言われているようにじますが?」

博孝が真面目な顔でそう言うと、砂原と源次郎が同時に噴き出した。博孝としては冗談のつもりではなかったのだが、砂原と源次郎は冗談とけ取ったらしい。

「はっはっは。軍曹、相変わらず君の教え子は面白いな」

「恐です、閣下」

“以前”とは異なる、和気藹々とした空気。それが自分達の張を解すためのものだと判斷した博孝は、心で首を傾げる。

(沙織の爺さんが、わざわざ俺達の張を解す? もしかして、これから行われる表彰式ってそんなに張するものなのか?)

博孝は“上”と接する機會などなく、どんな人員が存在しているかもわからない。今まで“人間”で見たことがある高位の階級者は、海上護衛任務の際に利用した基地の隊長である大久保や、『いなづま』の艦長である鈴木ぐらいだ。だが、その両者は共に人格者であったために、博孝としては張する理由がいまいちわからない。

もしや、“上”は伏魔殿染みた魑魅魍魎が蔓延っているのではあるまいか。そんなことを考えながら、博孝は先導する源次郎についていく。

エレベーターに乗り込み、大きく階をぎ、目的の場所へと到著する。源次郎と砂原が前後を固め、間に挾まれるようにして博孝達は歩いていく。博孝を先頭に、みらい、沙織という順番で歩き、『大會議室』というプレートがかかった部屋へと足を踏みれた。

會議室の中には多くの人間が集まっており、源次郎や砂原と同様に禮裝にを包んでいる。『ES能力者』を示すバッジをつけている者はなく、ほとんどが“普通”の人間だと思われた。しかし、居並ぶ面々の階級章を確認した博孝は心で驚きの聲を上げた。

將、大佐、中將、中佐、大將……げっ、あの人、元帥刀を持ってる……なんで訓練生の表彰式に元帥府の人が出張ってるんだよ!?)

部屋にり、向かって右側の上座に元帥刀を持った人が立っていた。一見高齢に見えるが、短く刈り込んだ白髪に微塵も曲がっていない背筋は詳細な年齢を悟らせない。それでいて表和であり、老紳士という言葉が似合いそうな男だった。その男の隣には中將や將、佐が並んでおり、その中には『いなづま』の艦長である鈴木の顔もある。

そして、その対面にも一列に並んだ人々がいた。元帥の男の対面に立つのは、五十歳に屆くかどうかという風の男だった。適度にばした黒髪が軍帽から僅かにはみ出ており、百八十センチ程度の長に禮服の上からでも鍛えていることがわかる軀をしている。表は元帥の男同様和なものであり――博孝は、そこで不意に違和を覚えた。

(……なんだ? やけに見られているけど……)

大將の男に、その右側に一列に並んだ將達。それらの人々から視線を向けられ、心で首を傾げる。今回の表彰に呼ばれたということで、視線を向けられるのは仕方がないだろう。だが、向けられる視線の“質”を博孝は不思議に思う。

左右両側から向けられる視線の數には、明確な差があった。そして、その視線の質にも大きな違いがある。

右側――元帥の男と共に並ぶ將から向けられる視線は、好奇や好意の合いが強い。その視線は博孝やみらい、沙織に分散しており、一見すれば張した様子に見える訓練生を微笑ましく思っているようだ。鈴木などは共に戦った経験があるからか、周囲よりも強い親が見て取れる。

左側――大將の男と共に並ぶ將から向けられる視線は、大半が博孝に集中していた。視線の一部がみらいに向いているが、沙織には向いていない。源次郎の孫ということで注目されそうなものだが、まったく興味を示されていなかった。

それに加えて、まるで“値踏み”をするように博孝とみらいを見ている。骨に注視しているわけではないが、瞳の奧に濁ったの輝きが見えた。

博孝は怪訝に思っているだけだが、源次郎と生徒を挾んで列の最後を歩く砂原は違った想を抱く。

(“以前の失態”で俺の糾弾に顔を見せた佐達はいない……やはり、彼らはただの使い走りだったか。しかし、訓練生の表彰で何故山本元帥閣下まで顔を出している? それに、あの男は……)

砂原はそれとなく、周囲から意識を向けられない程度に視線をかす。

(室町大將閣下……“上”の中でも過激派の筆頭だぞ? 何故彼が……)

元帥の男――山本がいることに驚くが、それ以上に大將の男――室町(むろまち)正玄(しょうげん)がいることに砂原は疑問を覚えた。室町は非常にやり手の人だが、『ES能力者』を一個の兵と見ている節がある。そんな人が、訓練生とはいえ『ES能力者』の表彰式に出ていることが疑問だった。

ここまで博孝達を先導してきた源次郎は、山本の隣へと移する。博孝達はその場で待機すると、室町が口を開いた。

「それでは、これより第七十一期訓練生の河原崎博孝君、河原崎みらい君、長谷川沙織君の表彰を行いたいと思います」

開催の宣言を行い、室町が壇上に上がる。大將という役職に就く人が開催の挨拶を行い、その上表彰まで行うようで、博孝は驚きのを強くした。

「それではまず、河原崎博孝君。前へ」

「……はい」

それでも揺するを抑えこみ、博孝はポーカーフェイスで前に出る。そして室町の前に立つと、室町は狀を博孝へと差し出した。

「君の偉業を、私は稱賛する。これからも訓練に勵んでくれたまえ」

「ありがとうございます。今後も進いたします」

和な笑みと共に差し出される狀。博孝が両手で狀をけ取ると、室町はどこか楽しげに口を開いた。

「本來ならば勲章の授與も行いたいのだがね。訓練生には早いと抗議をけてしまった。だが、君が訓練校を卒業した暁には、戦功に見合った階級と勲章を與えることを約束しよう」

博孝のことを稱賛し、それでいてどこか挑発するような響きを含んだ聲だった。それを聞き、源次郎と砂原の表が僅かにく。當てこすられた形になるが、源次郎や砂原としても、卒業後に勲章をけたりや昇進したりする分には博孝の利になると判斷した。もちろん、分不相応な場合は抗議するが。

室町の言葉を聞いた博孝は、小さく苦笑しながら頷いた。

栄です、閣下」

「よろしい。それと、これは君が仕留めた『ES能力者』にかかっていた懸賞金だ。後日振り込まれるので、確認をしておいてくれたまえ」

そう言って、一枚の紙が渡される。博孝は懸賞金と聞いて戸うが、ハリドは國際テロリスト扱いされている『天治會』の『ES能力者』だ。被害に遭った『ES能力者』も多く、懸賞金がかかっていた。

「ありがとうございます……っ!?」

だが、紙に記載されている額を見て博孝は目を見開く。何の冗談か、紙には五千萬円という數字が躍っていた。

「……これは、さすがに多すぎるのでは?」

「なに、相手は十人近い『ES能力者』を殺してきた『ES能力者』だ。妥當な金額だよ」

學生に渡す額ではないと博孝は思う。しかし、そんな博孝に対して室町は笑顔で問うた。

「君ぐらいの年齢ならば、しいも多くあるだろう。これは君が自力で摑んだ功績だ。好きなを買いたまえ」

笑顔で、それでいて瞳の中には値踏みするようながある。博孝はそれに気づき、あまりにもその瞳に不審をじたために、突然大金をもらって揺する學生を演じることにした。

「す、好きなですか……いやぁ、困りました。何を買おうかなぁ……」

さも困ったと言わんばかりに、博孝は頭を掻く。しかし、室町が瞳に値踏みだけでなく好奇のも混ぜたことで、博孝は演技を止めることにした。“気付いた”ことに“気付かれた”らしい。

「土地と家でも買いますかね……両親向けに、ですが」

「ほう……若いのに大変親孝行なことだ。素晴らしいことだね」

僅かに空気が張する。理由はわからないが、室町に試されているのだと博孝はじた。室町はしばらく博孝を見つめていたが、表和なものに戻して頷く。

「それでは、君の今後の長と武運長久を祈る」

「ありがとうございます」

室町に一禮し、博孝は踵を返す。巨額の懸賞金には驚いたが、それ以上に引っかかるものをじる博孝だった。

みらいと沙織の表彰は何事もなく終わり、表彰式は終了となる。みらいは初めてもらった狀を見て、引っくり返し、最後には丸め始めた。

「こらこら、狀で遊んじゃ駄目だぞ」

「……でも、これはなににつかうの?」

狀に何の意味があるかわからないらしく、みらいは首を傾げる。

「何に使うと言われると困るな。額縁を買って飾るぐらいしか……」

「……ふーん」

どうでも良さそうな反応だった。そうやって博孝とみらいが話している間に、室町とそれに従う將が退室していく。自とみらいに対して向けられる視線をじた博孝だが、敢えて気付かない振りをすることにした。

「やあ、お疲れ様」

そうやって博孝が室町達のことを警戒していると、鈴木が聲をかけてくる。その顔には親しげな笑みが浮かんでおり、対する博孝も隔意なく笑みを浮かべた。

「鈴木艦長! どうもお久しぶりです!」

「久しぶりというほど時間は経ってないがね。表彰おめでとう。中々見どころがある生徒だとは思っていたが、まさか敵『ES能力者』の最年撃破記録を更新するとはなぁ……うちの船に來てもらうのは難しくなったかな?」

「ははは、相変わらずですね。でも、艦長の下で戦うのは楽しかったですよ」

楽しげに博孝と鈴木が話をしていると、鈴木のことを覚えていたみらいが頭を下げた。

「……かんちょう、おひさしぶり……です」

「おやおや、お嬢さんも久しぶりだね。前に見た時は野戦服だったが、訓練校の制服も似合っているじゃないか。可らしいよ」

子供か孫にでも接するように鈴木が笑顔で言うと、みらいはどこか照れた様子で博孝のに隠れた。鈴木は沙織にも聲をかけ、それから博孝達を促す。

「それでは會食場に移しようか」

「會食場……ですか?」

その言葉に博孝が首を傾げると、鈴木は苦笑しながら頷く。

「會食と言っても、テーブルマナーをそれほど必要としない立食形式だから安心したまえ。私のように海軍の人間ならばテーブルマナーも學んでいるのだが、『ES能力者』の方々には格式ばった形式は不評でね」

そう言われて、博孝は鈴木から隠れて腰にしがみ付くみらいの頭をでる。

「良かったな、みらい。味しいが食べられそうだぞ?」

「……ほんと?」

博孝のから顔だけを出し、鈴木に確認を取るみらい。それを見た鈴木は、ますます笑みを深めてしまった。

「もちろんだとも。ただ、『いなづま』で食べる料理には負けるかもしれんがね?」

自分が乗る『いなづま』の自慢をさらりと行う鈴木に、今度は博孝が笑みを浮かべた。どうやら、相変わらずらしい。

そうして移を始める博孝達だが、源次郎や山本もついてくる。室町達は先に退室したが、會食には參加しないようだった。だが、會食場に到著した博孝は思わず困することとなる。

「……あの人達は、どちら様で?」

會食場には、日本ES戦闘部隊監督部という場所には似つかわしくない人々の姿があった。老若男を問わず、百人ほどの人が集まっているのである。場所を考慮しているのか、大人の男はスーツ、子供は學校の制服を著ている。中には小學生未満の子供もいたが、著飾った格好をしていた。

彼ら、あるいは彼らは、正式な館者であることを示すゲストカードをに付けている。博孝は足を止めて砂原を見るが、首を傾げていた。

「さて……中將閣下、何か存知ですか?」

砂原が問うと、源次郎は僅かに不機嫌そうな顔になる。

「室町大將閣下の手配だ。ハリドが襲った『ES能力者』の家族らしい。ハリドを倒した河原崎訓練生に、是非とも禮を言いたいと集まったそうだ」

「……そんな予定はなかったはずですが?」

確認を取ってみると、室町が手配したらしい。ハリドを――家族の仇を取ってくれた博孝に対して、どうしても禮を言いたいと被害者の家族から懇願されたそうだ。砂原は聞いていないと言うが、源次郎は不機嫌さを増すだけである。

源次郎の顔を見た砂原は、“上”から――室町から何か面倒なことを言われたのだと察した。それも、おそらくは理に適い、斷り辛いことを。

ハリドを、家族の仇を倒した博孝に會って禮を言いたいと懇願されれば、余程のことがない限り斷り辛い。博孝の報規制を優先したいところだが、それを行えば被害者家族のがどうくかわからない。そのことで騒がれれば、世論にも影響がある。下手なことはしないだろうが、“弾”はない方が良いのだ。

「私も知ったのは今朝だ。前々から準備をしていたらしい。元の調査がしてあるのだけはありがたいがな」

そう言って嘆息する源次郎に、砂原はそれ以上言葉をかけることができなくなった。問題は、被害者の家族よりも博孝がじる影響だろう。そう思って博孝に視線を向けると、砂原と源次郎の會話を聞いていた博孝は真面目な顔で頷く。

「家族の仇を取った相手に禮を言いたいのなら、斷るわけにもいかないでしょう。俺は大丈夫です」

「……そうか」

博孝の落ち著いた様子に砂原は安堵するが、室町の意図が読めずに心で不審に思う。あるいは被害者の家族に配慮しただけかもしれないが、腑に落ちないものをじる博孝だった。

そうやって砂原が思考していると、集まっていた被害者家族の中から小さな男の子が飛び出してきた。そして一目散に博孝の元へと駆け寄ると、澄んだ眼差しで博孝を見上げる。

「……お兄さんが、お父さんの仇を取ってくれたの?」

突然飛び出してきた男の子を見て、その母親らしきが慌てて近寄ってきた。しかし、博孝はそのに笑顔を向けると、膝をついて男の子と目線を合わせる。

「ああ……そうだよ」

なるべく優しく、それでいて男の子を安心させるように博孝が頷く。男の子は博孝が頷いたのを見て、子供には似つかわしくない、悲しみを堪えたような笑みを浮かべた。

「そう、なんだ……お兄さん、ありがとうっ!」

「……どういたしまして」

の父が殺されたことに対する悲しみと、その仇を取った博孝への謝。それらがないぜになった笑みに、博孝は言葉なく答えることしかできない。

「本當はぼくが『ES能力者』になって、お父さんの仇を取りたかったけど……お兄さんが仇を取ってくれて、嬉しかった」

「そっか……君は、『ES能力者』になりたいのかい?」

「うん! お父さんみたいな立派な『ES能力者』になるんだ!」

『ES能力者』になって、父親の仇を取りたかったと語る男の子。それを聞いた博孝は、不意にどうしようもなく悲しみに似たを覚えてしまった。

博孝は『飛行』を覚えて空を飛びたいと思い、『ES能力者』になることを願った。しかし、眼前の男の子がんでいたのは『ES能力者』になって父親の仇を討つことである。

自分よりも遙かに年が、父親の仇を殺すことを笑顔でんでいるのだ。博孝がハリドを倒したことにも謝をしているが、それならば次は父親のような立派な『ES能力者』になりたいと言う。

――それが、博孝にはとても悲しいことに思えた。

ハリドを殺したためか、それとも元々の博孝の気質だったのか、博孝は男の子が口にした願が酷く歪なものに思えてしまう。

殺された父親の仇を取る、その仇が取られたのなら、父親のような『ES能力者』になる。子供の願いとしては殺伐で、ある意味では純粋無垢な願いだ。

『ES能力者』になれるかどうかは、歳を取らないとわからない。母親は普通の人間らしく、確率で言えば非常に低いものとなるだろう。それでも、男の子が口にした願いは本人を“歪める”願いだ。

博孝は、どう答えて良いか迷った。眼前の男の子は、自が味わった悲しみと悔しさを元に願いを思い定めたのだろう。だが、その願いは酷く歪んでいるように思えた。

相手が子供とはいえ、思い定めた“夢”を否定するのは良くないことだ。それでも博孝は、自分にとって正しいと思う答えを口にする。男の子の目を覗き込み、真剣に口を開く。

「君は……君のお父さんが守った平和な世界で、幸せに生きなさい。君のお父さんだって、それをむはずだ」

「……え?」

男の子は、何を言われたのかわからないように首を傾げる。その背後では、母親であるが驚いたような目で博孝を見ていた。

「君ぐらいの歳で、父親の仇を取る、それが無理なら父親のような『ES能力者』になると願うのは立派なことだと思う。でも、それは危険なことなんだ。俺は君のお父さんの仇を取った……この手で殺したんだよ」

訓練校にる前ならば、思いもしなかった現実。『ES能力者』というのは非常に危険な存在であり、『ES寄生』や敵の『ES能力者』を相手として戦う。文字通り、命を賭けてだ。

博孝は、『ES能力者』になれたことを後悔しているわけではない。ハリドを殺したことも、強く後悔しているわけではない。それでも、『ES能力者』になることを無垢な心で願うのは諌めてやりたかった。

「君は、お父さんは好きかい?」

「……うん」

「それなら、お母さんは?」

博孝が問うと、男の子は振り返って自の母親を見る。そして博孝へと視線を戻すと、大きく頷いた。

「大好き!」

「そうか……それなら、その気持ちを大事にした方が良い。これからは、お父さんの代わりに君がお母さんを守っていくんだ。いいね?」

“オリジナル”のESに適合した自分が言って良い臺詞かと、博孝は迷った。『ES能力者』になったことで、両親には大きな心配をかけていると思う。しかし、博孝は短い人生経験ながらも、目の前の男の子のために言葉を盡くす。

男の子はしばらく悩んでいたようだが、時間を置いてから頷いた。それを見て、博孝は笑顔で男の子の頭をでる。

「よし、良い子だ。でも、もしも……もしも『ES能力者』になることがあったら、そして何か困ることがあったら、俺を頼ると良い。その時は力になるよ」

「……うん。ありがとう、お兄さん」

そう言いつつ男の子の背中を叩き、母親ののもとへと帰す。は僅かに迷った後、博孝に対して頭を下げた。それに対し、博孝も會釈を返す。

手を引かれて集団へと戻っていく男の子の背中を見て、博孝は心でため息を吐く。偉そうに説教が出來る立場ではなく、そんな立場ではないとわかっていながらも、口に出して男の子を諌めてしまった。

そんな自分に苦笑しつつ、博孝は思う。

(俺がハリドを殺したことで、救われた人達もいる。そう思って……良いのかねぇ?)

疑問を押し殺しつつ、博孝は禮を告げに來る人々に応対するのだった。

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