《平和の守護者(書籍版タイトル:創世のエブリオット・シード)》第七十八話:表彰式 その2

ハリドの被害者家族をえた會食は、二時間ほどで終わりを告げた。沙織とみらいは落ち著いて食事を取れたが、博孝に限ってはそうもいかない。ハリドの被害者家族が代わる代わる顔を見せ、禮の言葉を言ってくるのだ。そのため、博孝はほとんど食事を取ることもなく応対に當たっていた。

「あー……し疲れたな」

會食も終わり、肩を軽く回しながら博孝は呟く。的な疲労はないが、神的な疲労が大きかった。もっとも、博孝としては被害者家族の応対で忙しかったことで“助かった部分”もあったが。

「……おにぃちゃん、だいじょぶ?」

博孝の呟きが聞こえたのか、みらいが心配そうな顔で尋ねる。その言葉を聞いた博孝は、笑顔を浮かべてみらいの頭をでた。

「おう、全然大丈夫だ。みらいはしっかりとご飯を食べられたか?」

「……ん。おいしかった」

博孝が応対に手を取られている間、みらいは訓練校の食堂では見ることができない様々な料理を平らげていた。その健啖ぶりはすさまじく、制服の上からでもみらいの腹部が膨らんでいるのがわかる。突いたら破裂しそうなほどだ。

(でも、食べた量に比べてお腹の膨らみは小さいような……どこに消えてるんだ?)

ケーキや果などの甘味も食べていたが、そちらは別腹なのだろうかと博孝は思う。そんなどうでも良いことを考えながら博孝達が向かっているのは、日本ES戦闘部隊監督部を取りまとめる源次郎の執務室だ。源次郎が話したいことがあるらしく、砂原の先導に従って執務室へと向かっている。

「ここだ。中將閣下は気楽な席だと仰っていたが、羽目を外し過ぎるなよ。特に河原崎」

「名指しをされる辺りに、俺への評価が見え隠れしていますねー。といっても、この面子だと仕方ないですか」

博孝と沙織、そしてみらい。この三人で一番騒ぐのは博孝だろう。恭介が一緒にいればと思う博孝だが、その場合は名指しされるのが一人増えるだけである。

「失禮いたします」

砂原が執務室の扉をノックし、中からの返答を待ってから扉を開ける。普段は守衛の兵士がいるのだが、源次郎が話す容が重大なためか、人払いがされていた。

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「來たか。食事は味しかったかね?」

博孝達が執務室にるなり、源次郎からそんな言葉がかけられる。だが、室した博孝は驚きに目を見開いた。執務室の中にいたのは、源次郎だけではなかったのである。

置かれた応接用のソファーに、白髪の老紳士――山本が座っていたのだ。

「みらいのこのお腹を見てもらえれば、どれぐらい味しかったかはわかるかと」

「はっはっは、それもそうだ」

それでも博孝は表を取り繕うと、軽い冗談を飛ばす。引き合いに出されたみらいは恥ずかしかったのか、頬を膨らませて博孝の腰元をてしてしと叩いた。山本はそんな博孝と源次郎のやり取りを聞き、どこか楽しそうにしている。

「なるほど……室町大將とのやり取りでも思ったことだが、中々肝が據わっているようだね。砂原君の薫陶の賜かな?」

「……お恥ずかしい限りで」

穏やかに笑う山本に、眉を寄せて頭を下げる砂原。砂原を階級ではなく君付けで呼んだあたり、砂原の言葉通り気楽な席なのだろう。あるいは、博孝達の張を解すためかもしれない。

山本には訓練校の校長である大場とどこか似た雰囲気があるが、こちらは軍人ということで細かな所作が洗練されている。それでいて和な表の中にも巌のような趣があり、元帥刀を持つことが伊達ではないことを窺わせた。

「さて、諸君らをこの場に呼んだのは他でもない。今回の表彰についてだ」

そうやって室の空気が軽くなったのを見計らい、源次郎が口を開く。その聲はどこか軽く、重大な案件ではないのかと博孝は思った。

「“上”の連中から狀や報奨金をけ取ったが、我が日本ES戦闘部隊監督部としても諸君らの功績に報いたいと思う。何か希はあるかね?」

その口ぶりに、博孝はギョッとした目で山本を見た。山本は“上”の――それも最高位に位置するような人間だ。その山本を前にして、『“上”の連中』などと言い放つ源次郎に驚いてしまった。だが、山本はじることもなくティーカップに注がれた紅茶を飲んでいる。それどころか、補足説明をするように口を開いた。

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「日本ES戦闘部隊監督部は防衛省の管理下にあるが、半ば獨立した組織でもある。そのため、防衛省……“上”から“だけ”褒賞を渡すというのもバランスが悪いのだよ。もっとも、“上”も一枚巖ではないがね」

山本は親『ES能力者』の筆頭だが、“上”の中には様々な派閥が存在する。博孝達への褒賞についても、訓練生には必要ないと主張した者もいた。逆に、信賞必罰の神に則って褒賞を與えるべきだと主張した者もいた。

今回の件については室町達が押し切ってしまったのだが、常日頃から権謀數染みたやり取りを強いられることもある。

日本ES戦闘部隊監督部は防衛省の管理下にある組織だが、通常の軍隊とは異なる『ES能力者』を取りまとめるとあって、大きな権力が與えられている。そこで、防衛省から博孝達に褒賞を與えたというのに、日本ES戦闘部隊監督部から何もないというのも外聞に関わると判斷されたのだ。

防衛省が褒賞を出したのだから、などと考えれば日本ES戦闘部隊監督部が“下”になってしまう。組織の統制をしたいわけではないが、唯々諾々と防衛省に従うわけにもいかない。そのためにも、日本ES戦闘部隊監督部としては“対等”な立場として振る舞う必要がある。

「はぁ……つまり、“上”と日本ES戦闘部隊監督部のパワーゲームに俺達は巻き込まれていると」

「噛み砕いて言うとそうだな」

博孝が疲れたように言うと、源次郎は否定もせずに頷く。訓練生に言うべきことでもないが、“上”と日本ES戦闘部隊監督部の力関係を理解した上、それを口にしている以上は博孝も“自分の立場”を理解しているのだろう。

「室町大將以下、各將に滅茶苦茶見られていたんですが、それも関係あるんですか?」

博孝が気になっていたことを尋ねると、今度は山本が頷く。

「室町大將達の思は調査中だがね……ここ一年ほどできが活発化している。まったく、何を企んでいるのやら」

そう言って冷め始めた紅茶を飲む山本。その言葉が本當なのかはわからないが、博孝としては嫌な予が増すばかりだ。

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「そういうわけで、日本ES戦闘部隊監督部からも諸君らに褒賞を與えたいと思う。何か希はあるかね?」

博孝が悩んでいる中、源次郎からそんな言葉を投げかけられた。“上”が博孝達に贈った狀に報奨金という形式通りの褒賞よりも、本人の意思を尊重した褒賞を與えるつもりらしい。

「ありがたい話ですが、突然そんなことを言われても……」

褒賞と言われても、すぐに思い浮かぶものなどない。それでも博孝は頭を捻ると、要を二つほど見つけた。

「二つあるんですが、聞くだけ聞いてもらっても良いですか?」

「ほう……二つか。何かね?」

一つではなく二つという博孝の言葉に、源次郎は興味を惹かれたように目をらせる。

「まず一つ目。訓練校に『飛行』を訓練するための施設がしいです」

「『飛行』を訓練するための施設か……理由は?」

興味深そうに尋ねる源次郎。それを聞いた博孝は、前々から思っていたことを告げる。

「現在俺の小隊……第七十一期訓練生第一小隊は自主訓練で『飛行』を習得しようとしているのですが、訓練校って高い建がないじゃないですか。だから訓練用の施設……プールの飛び込み臺みたいな形でも良いし、鉄骨を組んだだけの形でも良いので、高さがある施設がしいんです」

「ふむ……なるほどな。しかし、高さがある施設は“外”からの攻撃の危険もある。その點はどうするのかね?」

即座に否定されない辺り、源次郎としては面白いと思っているようだ。その代わりに危険について問われるが、博孝としてはその點は問題ないと思っている。

「“外”から攻撃をけたとして、仮に弾速が速い『狙撃』でも命中までに時間がかかりますから回避は容易かと。通常の狙撃用ライフルなら撃たれる可能がありますが、施設の利用者に『防殻』の使用を徹底させれば問題はないでしょう」

例え対『ES能力者』用の弾丸を使われても、『防殻』を撃ち抜けるほどの威力はない。それに加えて、『飛行』の訓練を行おうと考えるレベルの『ES能力者』の『防殻』ならばなおさらだ。

「しかし、『飛行』の訓練を行おうと考える訓練生はごく僅かだろう。作る意味はあるのかね?」

源次郎としては、面白い頼み事だと思う。しかし、利用者がない施設を作ることに対して予算が下りるかどうか。博孝は源次郎の疑念を察すると、首を橫に振る。

「逆です。その施設があるからこそ、『飛行』の訓練をするんです。『飛行』を習得するためには、高所からの落下中に重力を“無視”する訓練が一番向いていると思います。その過程で『構力』の制を習させることも可能ですし、『飛行』は無理でも『瞬速』をに付けることもできます」

第七十一期訓練生の間では、博孝達を真似して『飛行』の訓練に取り組む者も出始めている。そのため、時折育館の屋から次々に人が飛び降りるという珍現象も発生するのだが、高さが稼げないことに不満の聲もあった。

「予算が下りにくいというのなら、テストケースとして一つだけ設置するのもアリかと。それで『飛行』を発現する訓練生が例年よりも増えるのなら、効果があるという判斷材料になりますし」

実のところ、現時點で『飛行』を発現できそうな訓練生というのは存在する。博孝は既にコツを摑んでおり、みらいや沙織、恭介もそれほど時間をかけずに習得するだろう。そのため、例年よりも多くの訓練生が『飛行』を発現するという條件はすぐに満たせる。

「『構力』の制につけば、訓練生の質の底上げにもつながります。これは國の利益にも寄與するのではないでしょうか?」

既に『飛行』の発現に王手をかけている博孝としては、その手の施設は必要ない。だが、他の仲間や後輩達、そして、今後現われるであろう新たな『ES能力者』達のためにも必要だと思ったのだ。

博孝個人に対する褒賞ではないが、今回の提言で訓練生の技量が向上し、任務で命を落としたり傷ついたりする者が減れば良いと思う。源次郎は博孝の話を聞き、僅かな間を置いてから山本へと視線を向けた。

「私は良い案だと思いますが、山本閣下はどう思われますか?」

「良いと思う。訓練生の技量の向上にもつながるし、予算もそれほどかからんだろう。今度の會議で挙げてみる。それで河原崎君、二つ目の希は?」

源次郎も山本も、肯定的な表である。山本からはもう一つの褒賞について聞かれ、博孝は頭を掻いた。

「後出しみたいで申し訳ないんですが、俺はもうしで完全に『飛行』の発現ができそうなんです。そうなったら『飛行』を使った自主訓練もしたいのですが、訓練校の上空を無斷で飛び回るわけにもいかないでしょう? だから、そのための許可がしいです」

博孝がんだのは金銭や地位ではなく、自分や仲間の訓練環境についてだった。これ以上お金をもらっても、使う場所もアテもない。自分自の立場も理解しているため、地位などは無用の長だろう。そのため、自分のためにもなる願いを口にした。

「『飛行』の許可か。その件については安心したまえ。既に砂原軍曹から申請が出ている」

博孝の二つ目の願いを聞くと、源次郎は口の端を吊り上げながらそう言う。

「あ、そうなんですか?」

「ああ。君がそろそろ『飛行』を発現するから、徹底的に鍛え上げると聞いてね。許可もその日のうちに出した。軍曹の訓練は“々”厳しいと評判だが、必ずや君のためになるだろう。頑張りたまえ」

々という部分に微妙な含みをじたが、博孝は藪を突くまいと引くことにする。博孝からの希はそれで終わりだと判斷した源次郎は、今度はみらいへと視線を向けた。

「みらい君。君から希はあるかね?」

博孝が話している間中、みらいは考え事をしていた。希と言われても、みらいとしてはむことはない。それでも何かを挙げるとすれば――。

「……ばいてんに、あまいものをもっとふやして」

こちらは純粋に、自分のに走ったものだった。売店で売っている、それも、甘いを増やしてほしいとみらいは言う。

「売店に? それは訓練生の環境向上に関する提言かね?」

「……? あまいものすくないから、すぐにうりきれるの」

源次郎の言葉が理解できなかったのか、みらいは首を傾げた後に意見を続ける。売店ではそれほど日持ちがしない生菓子も売っているが、子生徒に人気があるためすぐに売り切れるのだ。もっとも、購された甘いが貢の如くみらいのもとに集まったりもするのだが。

「たしかに、兵站は重要だな。訓練生にしても、士気に関わるやもしれん」

みらいの言葉を聞き、真面目な顔で頷く源次郎。明らかにみらいが意図したことと違った方面で納得しているが、訓練校の中には娯楽がないことも理解している。そのため、売店の仕れを調整するだけで不満が解消するのならと快諾した。

「最後に……長谷川訓練生。君の希は?」

やや固い調子で源次郎が尋ねる。祖父と孫ということで、一線を引いているのだろう。それでも源次郎は、沙織の心を見極めるように視線を鋭くする。

“以前”の沙織は、『零戦』に隊して源次郎の役に立つことをんでいた。あるいは、それ以外をんでいなかったと言い換えても良い。それだというのに、砂原から挙げられるここ數ヶ月の報告では、まるで人が変わったような変貌ぶりだ。

沙織が本當に変わっているのなら、卒業後の進路以外について話すだろう。だが、沙織の希する部隊には配屬させられないと言ったが、褒賞という形ならばあるいは葉うのでは、と考える可能もある。

沙織は俯いたままでしばらく沈黙を保っていたが、やがて決然とした様子で顔を上げた。そして心配するような様子の博孝と視線が合うと、飾らずに微笑む。

「長谷川中將閣下。わたしがむのは、一つだけです。今この場で、孫として閣下に接することをお許しいただきたい」

微笑んだままで、沙織は自の願いを口にする。中將と訓練生ではなく、祖父と孫として接したいと。その願いを聞いた源次郎は、予想外の願いに目を瞬かせた。

「……それが、君の願いかね?」

「はい」

確認を取る源次郎に対して、沙織は真っ直ぐな眼差しで頷く。その眼差しに、“以前”にはなかった強さを源次郎は見出した。それでも中將の立場にある人間として、れるべきか迷い――山本が笑い聲を上げる。

「はっはっは。どうせなら、この場は堅苦しいのは抜きにしたいと仰っていたじゃないですか“先輩”。折角のお孫さんの願いだ。聞いてあげましょうや」

紅茶をテーブルに置いた山本が、非常に楽しげにそう言った。それを聞き、源次郎はため息を吐きつつ頷く。

「山本元帥閣下もこう仰っている……それで、一なんだ沙織」

階級が上の人間から“許可”が下り、源次郎は一時的に中將という肩書きをぐ。そして椅子から立ち上がり、沙織と対面した。

沙織は源次郎の顔を見上げ、笑みを深め――前兆もなく無拍子で右拳を繰り出した。

「……これは、なんのつもりだ?」

しかし、源次郎は余裕を持って沙織の拳をけ止めて問う。下から顎を抉るようにして放たれた拳をけ止め、沙織を睨み付ける。沙織はそんな源次郎の視線を真っ向から見返すと、決意を込めて口を開いた。

「お爺様。わたしは、わたしの道を往くことにしました」

「……何の話だ?」

沙織の言葉の意味がわからず、源次郎は僅かに首を傾げる。その言葉とこの行に、何の意味があるのか。

「わたしは、お爺様の後を追っていました。強くなって、お爺様の役に立てる人間になる。い頃から、ずっとそう思っていました」

そこまで言って、沙織は振り返って博孝を見る。博孝は沙織の突然の兇行に驚いていたが、沙織の話す容を聞いて額に手を當てていた。

たしかに、博孝は以前沙織の心が折れた時に『いつかあの爺さんに拳の一発でも叩き込んでやれ』と言ったことがある。だが、それをこの場で実行するとは思わなかった。沙織は博孝のリアクションを見ると、ますます笑みを深めてしまう。そして、困した様子の源次郎へと向き直る。

「でも、そう考えるのはやめました。わたしの大切な仲間が教えてくれたんです。自分のを張ってでも、教えてくれたんです。それは間違っているって。間違いなんだって、気付かせてくれたんです。だから、わたしはそれからずっと考えていました」

源次郎は、聲をかけることができない。“あの”沙織に、一何があったのか。最後に顔を合わせてから半年近く経っているが、人は、これほどまでに変わるのか。源次郎にしては珍しく、彼は本當に困していた。

「今のわたしの目標は――」

そこまで言って、沙織は左手で拳を作り、源次郎のへと當てる。

「――お爺様を毆り飛ばせるぐらい“強くなる”ことです」

晴れ晴れとした顔で、沙織はそう宣言した。源次郎を追うべき相手ではなく、乗り越えるべき相手として。これから強くなって、いつの日か乗り越えてやるんだと宣言した。

源次郎はしばらく呆気に取られていたが、徐々にその口の端が釣り上がっていく。生まれた時から知っている沙織が、ずっと自分の影を追いかけていた沙織が、自分を、『武神』を毆り飛ばせるぐらい強くなると宣言したその姿。決意をめ、一廉の『ES能力者』としても通じる眼差しで宣言したその姿。

――それを、源次郎は嬉しく思う。

「ふ――はははははははっ! そうか、俺を毆り飛ばすか! いいぞ、それでこそ俺の孫だ!」

楽しげに、嬉しげに源次郎は笑う。源次郎には多くの孫がいるが、この時ほど強く実したことはない――眼前の子供は、間違いなく自分の孫だ、と。

源次郎はひとしきり笑うと、沙織の頭に手を乗せて暴にでた。すでに中將の肩書きなど欠片もない。孫に接する祖父として、源次郎は笑う。

「強くなれ、沙織。俺を毆り飛ばせるぐらいにな」

「はいっ!」

沙織が元気良く返事をすると、源次郎は満足そうに椅子に座る。そして笑みを含んだままで博孝へ視線を向けると、愉快だと言わんばかりに問う。

「どうだね、河原崎君。うちの孫娘は?」

沙織が言った“大切な仲間”が博孝であることは、源次郎とてわかっている。それが故の問いだったが、博孝としては肩を竦めることしかできない。

「どうしてそこで俺に振るんですかね……まあ、“以前”よりよっぽど生き生きとしているし、良いことだと思いますよ」

「そうだな……しかし、こうなると將來的に君に嫁がせようかと思っていたのも惜しくなるな」

――そして、そんな弾を投下した。

「……は?」

真顔で聞き返す博孝。

(イマ、ナニカ、ヘンナコトヲイイマシタヨネ?)

思考が停止し、心でも片言の疑問しか浮かばない。嫁ぐというのは、結婚的な意味で嫁ぐのだろうか。それとも、何かの隠語だろうか。そんなことを現実逃避気味に考える博孝だが、源次郎は固まった博孝を他所に沙織へ問う。

「沙織、お前はどうだ? 河原崎君のことをどう思う? 彼なら、お前のことを任せても良いかと思っているんだが」

やめてくれと博孝は思った。こんな場で何を言い出すんだと思った。普段は冷徹な仮面を被っているが、実はお茶目な人なんだろうかとすら思う。

魚のように口を開閉させる博孝に視線を向け、沙織は博孝をじっと見つめる。そして、僅かに頬を赤らめてから照れたように視線を逸らした。

「は、恥ずかしいわお爺様……でも、博孝ならわたしも文句はないというか……」

両手を前面で組み、指をこねくり回す沙織。普段ならば毅然としていそうだが、祖父である源次郎の前だと勝手が違うらしい。頬を赤く染め、照れたように口ごもる沙織の姿を見て、博孝としても平靜ではいられない。

「……だめっ」

しかし、そこでみらいから聲が上がった。博孝の前に出て両手を広げると、威嚇するように源次郎を見る。

「おにぃちゃんには、おねぇちゃんがいるの!」

そして、妹からのそんな抗議に博孝は膝から崩れ落ちたくなった。みらいがこの狀況を理解できるまで長したことを喜べばいいのか、それとも嘆けば良いのかわからない。源次郎は顎に手を當てると、青ざめた博孝を愉しそうに見る。

「なるほど、河原崎君は中々にモテるようだな。しかし、そうか……『ES能力者』といえど、重婚はできん。そうなると、縁の妻か……まあ、俺の孫なら自力で捕まえるから心配はないか」

「……これ以上は勘弁してください」

結局、博孝にできるのは頭を下げることだけだった。

表彰式も終え、會食や源次郎達との會談も終えた博孝達は、往路と同様にヘリコプターで訓練校への帰途へついていた。沙織は何かを吹っ切ったように良い表をしているが、それとは対照的に博孝の顔は悪い。

往路とは異なり、博孝の隣の座席に座ったみらいも、警戒するように沙織を見ている。源次郎の弾発言以降、博孝の傍から離れなくなってしまった。

「なんでそんなに警戒されているのかしら?」

「……じぶんのむねに、きいて」

頬を膨らませたみらいが答えるが、沙織は首を傾げるだけである。博孝は大きくため息を吐くと、みらいの頭をでて落ち著かせた。それと同時に、自分も落ち著くよう努める。

(まったく……あの爺さんときたら、どこまでが本気でどこまでが冗談なのか……)

冗談だろうと博孝は思いたかった。しかし、源次郎の笑い聲やこめかみを指で叩く砂原の姿を見れば、噓とも思えない。

(沙織を嫁がせるって……)

そういうのは當人同士の意思が重要ではないか。そう思いつつ沙織に視線を向ける博孝だが、その視線をけた沙織が微笑みながら首を傾げる。その際に黒髪がさらりと揺れ、博孝は僅かに見惚れてしまった。

人だとは思う。里香とは方向が異なり、里香が“可い”なら沙織は“綺麗”という言葉が似合いそうな容姿だ。時折突拍子もない発言をして博孝を困らせるが、それは退屈しないということでもある。プロポーションとて、出るところは出て引っ込むところは引っ込んだ、モデル型だ。すらりとした立ち姿は、抜の刃を思わせる鋭さもある。

それでいて、『ES能力者』としての力量も高く、共に死線を潛り抜けた仲でもあった。長い間自主訓練を一緒に行ったことで、今では合図もなく阿吽の呼吸でくこともできる。

(あれ? 沙織を異として見ると、かなり惹かれるような――)

「……えいっ」

「痛いっ!? な、何をするのかなみらいさん!?」

不機嫌そうなみらいに頬を指で突かれ、博孝は揺したような聲をらした。みらいは博孝の抗議をけると、頬を膨らませたままでそっぽを向く。

「……はなのした、のびた」

「噓だろっ!?」

咄嗟に鼻の下に手を當てるが、その作が証拠のようなものだ。結局、博孝は訓練校に戻る間、みらいの機嫌をなおすことに注力することとなる。

そうやってみらいの機嫌をなおし、訓練校へと帰還したヘリコプターがグラウンドへと著陸する。博孝達はヘリコプターから降り、護衛を務めた空戦小隊に禮を言ってから解散することとなった。

「そうだ、河原崎兄」

「はい? なんです?」

だが、解散するなり砂原から聲をかけられる。博孝は不思議そうに振り返るが、砂原は僅かに笑いながら告げた。

「明日の放課後から、『飛行』を使った稽古をつけてやる。だから、今晩はゆっくりと休め」

「……了解です」

ハリドの一件も、今回の表彰式で終わりだ。そのため、砂原も前言通りに博孝へ『飛行』を使用した空戦格闘を伝授しようと思っていた。

「教、わたしも參加したいです」

「……みらいも」

砂原の言葉を聞き、沙織とみらいも參加を申し出る。博孝のように『飛行』の発現に手をかけた狀態ではないが、それでもあとしと思えるところまで修練が進んでいるのだ。それならば、砂原との稽古を通した方が早く習得できそうである。

「構わんが……お前らはまず、『飛行』で宙に浮けるぐらいになれ」

「わかりました」

源次郎を毆り飛ばすと宣言したためか、沙織はやる気満々だった。みらいも、ヘリコプターに乗ったことでやる気に満ち溢れている。

「まあ、河原崎兄は長谷川中將にわざわざ『飛行』の訓練施設と訓練許可を申し込んだぐらいだ。教としては、やる気があって嬉しいぞ。その心意気に免じて、空戦格闘を徹底的に叩き込んでやる」

口の端を吊り上げて獰猛に、そして楽しげに笑う砂原だが、博孝にできたのは乾いた笑いを浮かべることだけだった。

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