《平和の守護者(書籍版タイトル:創世のエブリオット・シード)》第八十二話:雷雲

調に変調があればすぐに報告しろと言っただろう。何故黙っていた?」

「すいません……倒れるほど疲れが溜まっているとは思いませんでした。倒れた時も、本當に突然だったんです……」

「つまり、お前は自己管理もできないということか?」

「はい……弁明のしようもないです」

早朝の保健室。顔を見せた砂原から淡々と説教をけ、博孝はベッドに寢た狀態でひたすらに謝罪を行っていた。

今回の件については生徒の不調について気付けなかったため、砂原としても口調はそれほど厳しくない。それでも言葉に大きな棘があり、博孝としてはを小さくすることしかできなかった。

「まったく……とりあえず、今日が休日で良かった。今日はしっかりと休め。明日以降の授業や訓練への復帰は、お前の調次第だ」

「了解です……」

今回の件については反論もできず、博孝は素直に頷く。突然気を失うほどに疲労が溜まっていたのだから、休むのは當然だろう。無理をしようとすれば、“強制的”に休まされる可能もある。

保健室には、砂原以外にも里香やみらい、それに砂原が呼んだの醫療の姿があった。砂原の説教を聞き、醫療は苦笑を、里香は申し訳なさを表に浮かべている。みらいは昨晩から博孝の傍を離れず、砂原が説教を行っている間も博孝のベッドに潛り込んで博孝にしがみ付いていた。

梃子でもかないと言わんばかりのみらいを見て、砂原は片眉を上げる。

「それと、これは今回の件には関係ないが……お前は妹を甘やかしすぎではないか?」

博孝の妹として戸籍をねつ造した時は、まさかここまでみらいが懐くとは思わなかった。人工の『ES能力者』のため実年齢は不明だが、戸籍に記したように十三歳ということはないだろう。“家族”である博孝に懐くのは良いことだが、々行き過ぎではないかと砂原は思う。

そんな砂原の言葉を聞くと、博孝は笑顔でサムズアップした。

「自慢ではないですが、俺はシスコンのケがあったみたいです。なにせ一人っ子なので、年下の妹が可くて仕方ありません」

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「本當に自慢にならんぞ」

砂原はため息を吐くと、醫療へと視線を向ける。醫療はその視線をけ止めると、一つ頷いてから博孝の元へと歩み寄った。醫療が訪れたのも、博孝に対して點滴を行うためである。

「それじゃあ、腕を出して。點滴を打つから」

「あ、了解です」

言われるままに左腕を差し出すと、醫療はアルコールで消毒した點滴用のチューブやを博孝の傍に置く。そして博孝の左腕を駆帯で縛り、親指を中にれる形で拳を握らせ、浮かび上がった太い管を見つける。皮もアルコールで消毒すると、今度は『構力』を集めて『武化』で注を発現した。

沙織のような大太刀ではなく、注という小型のを作り出す技量に博孝は目を見開く。里香もそれを興味深そうに見ており、が開くほどに見つめていた。

「はーい、しちくっとしますよー」

そんなことを言いつつ、醫療は手早く博孝の腕に注を刺し、點滴の準備を終える。みらいなどは注が怖いのか、博孝の腕に刺さった注針を未知ののように怯えた目で見ていた。

「……いたくないの?」

「正直に言って、教に毆られる方が遙かに痛い」

「……なんだ」

普段の訓練に比べれば、注など痛いとは思えない。博孝の言葉に安心したのか、みらいは安堵の息を吐いた。

「それじゃあ、勝手に抜いたりしないでね? 二時間もすれば終わるから」

「ありがとうございます」

醫療にそう言われ、博孝は小さく頭を下げる。これまで點滴をけたことはなかったが、注針が刺さったままというのはくすぐったいものがあった。それでも我慢するしかなく、博孝は暇つぶしも兼ねて注針が刺さっていない右手でみらいの髪を弄ぶ。みらいはくすぐったそうに笑い、飼い主にじゃれる貓のようにベッドの上を転がった。

「あの……」

「ん? なにかしら?」

博孝が點滴を打たれるところを見ていた里香は、醫療に聲をかける。醫療は不思議そうな顔をするが、里香は真剣な様子で口を開いた。

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「今日は、すぐに帰るんですか?」

「今日? そうねぇ……あの子以外に急患もいないし、この保健室で待機かしら。點滴も一回だと足りないでしょうし」

の醫療は頬に手を當て、困ったような顔で博孝を見る。彼としても、ここまで衰弱した訓練生というのは珍しいものだった。そのため、今日一日はしっかりと様子を見る必要があると思っている。

「それなら、空き時間だけでも良いので支援型の『ES能力者』として話を聞かせてもらえませんか? お願いしますっ!」

醫療の言葉を聞いた里香は、勢い込んで頼み込む。目の前の醫療が使った、『構力』をもとにした注の発現。四級特殊技能である『武化』を醫療用に転用するその技量には、里香としても大きな興味が湧く。

醫療は里香の頼みごとを聞いて目を白黒させていたが、許可を求めるように砂原に視線を向ける。砂原としては、生徒が休日に現役の醫療に話を聞くというのだ。拒否する理由もなく、すぐに頷きを返す。

次いで、醫療はベッドの上の博孝にも視線を向ける。里香がここまで必死に頼み込む理由を“の勘”で察知し、口の端を吊り上げた。

「そうねぇ……わたしもやることが限られているし、あなたも今日は訓練もないんでしょう? それなら、支援系『ES能力者』の先輩としていくつかお話をしてあげましょうか?」

醫療がそう言うと、里香は表を輝かせた。そして、すぐに頷く。

「是非っ!」

「ふふふ……それなら、まずは食事でも取りながら話をしましょうか。朝一で呼び出されたから、まだ何も食べてないのよ。お姉さんが奢ってあげるわ」

「え? でも、その……良いんですか?」

話を聞けるだけでもありがたいというのに、醫療は食事も奢ってくれると言う。さすがに申し訳なく思う里香だが、醫療は聲を潛めて“理由”を口にした。

「“好きな人”のために頑張ろうっていう姿勢に心しちゃったのよ。頑張ってね?」

「あ……うぅ……」

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はわからずとも、博孝が倒れたことで里香が起していることぐらいは一目でわかる。そのため醫療は微笑ましく思い、この年若い“後輩”に可能な限りの話をしてあげようと思った。

ついでに、若い子を弄るのが楽しいというのもあったが。

「つまり、治療系のES能力を鍛えるには他の系統と同様に數をこなすことが重要なのよ」

「そうなんですか……」

醫療――川(せんだい)清(はるみ)と名乗ったの話を聞きながら、里香は懸命にメモを取っていた。教である砂原も支援系のES能力に関して高い技量を持っているが、川は現場で働く醫療である。階級も陸戦中尉と高いものであり、訓練校だけでなく現場の部隊にも派遣されるらしい。

「里香ちゃんは『接合』しか使えないのよね?」

「はい……訓練はしているんですけど……」

「それだと、支援系の『ES能力者』としては辛いわねぇ。『探知』や『通話』が使えるのは及第點だけど、やっぱり支援系の『ES能力者』なら治療系の能力も鍛えないと」

コーヒー片手に話す川に、里香は眉を寄せた。支援系の『ES能力者』としては、まだまだ未に過ぎるということだ。落ち込んだ様子の里香を見ると、川は勵ますように微笑む。

「訓練生としては上出來な部類だけど、せめて『療手』までは覚えましょう。毎日『接合』を発現して、込める『構力』を増やす覚を摑むこと。『療手』ができれば、今度はそれを発展させて『治癒』ね」

「が、頑張りますっ」

「そうそう、その意気よ」

場所は保健室だが、博孝が眠っているわけでもないので普通に會話をする二人。博孝も參考になると思いつつ、二人の會話に耳を傾ける。だが、不意に川が聲を潛めてしまった。

「それに、支援系の『ES能力者』って“々”な面でも有利よ?」

ニヤニヤとしながら言われ、里香は何を指して言っているのだろうかと首を傾げる。そんな里香を微笑ましく、それでいてからかうように川は話を続けた。

「今回の件も、ある意味ではチャンスなのよ。傷ついた、あるいは疲弊した想い人に対して親に世話をする……そうすることでお互いの距離がまり、やがては……」

「な、何の話ですかっ」

「え? 何って……やあねぇ、も殺し合いも攻めた者勝ちって話よ」

騒な単語を並べられ、里香としてはどう答えれば良いかわからない。しかし、親に世話をすることで、という部分には大きく納得してしまった。

「そうやって距離をめるのも良いけど、男ってのは、胃袋を摑まれると降參するしかなくなるわ。餌付け……もとい、手作りの料理を振る舞うのもポイントが高いわ」

「あ、そ、それはその……もう、やっていると言いますか……」

里香としてはそんなつもりはなかったが、年上の川にそう言われると違う意図があったのではないかと思ってしまう。顔を赤くして俯いた里香を見て、川は笑みを深めてしまった。

「ああ……若いって良いわねぇ。いじらしいというか、微笑ましいというか……」

何を話しているかはわからなかったが、その聲だけは聞こえた博孝が首を傾げる。

「あれ? 川さんって外見的に滅茶苦茶若いですよね。何歳――」

疲れていたのか、それとも栄養が足りていなかったのが原因か、ベッドから起き上がった博孝は最上級クラスのタブーを口にしようとした。だが、次の瞬間空中に金屬の煌めきが走り、博孝の頬を掠めるようにして“何か”が壁に突き刺さる。

「んー? そこのボク? 今、何を言おうとしたのかなぁ?」

ニコニコと笑みを浮かべ、それでいてとてつもない威圧を伴った川が尋ねた。恐る恐る博孝が振り返ってみると、醫療用メスの形をした『構力』の塊が壁に突き刺さっている。

『武化』によって発現し、投擲したその技量。手から離れても形を保っている醫療用メスを見れば、川の『ES能力者』としての技量を窺わせた。その上、博孝には川が醫療用メスを投擲したきが見えなかったのだ。

下手をせずとも、同じように『武化』をる沙織よりも高い技量を持っているのではないか。そんなことを考えた博孝は、引きつったような笑みを浮かべる。

「な、なんでもないですよ?」

「あら、そうなの? わたしの聞き間違いかしら?」

おほほ、と口元に手を當てて笑う川。博孝は、余計なことをは言うまい、口は災いのもとだと判斷して口を閉ざす。

だが、そんな博孝と川のやり取りを見ていた里香は目を輝かせた。

「それ、どうやってに付けたんですか?」

「これ? 『武化』を覚えた上で、『構力』の制力を高めるとできるようになるわ。『構力』を集めて、形を整えるだけだもの」

なんでもないことのように言うが、ベッドの上で話を聞いていた博孝としては、心で嘆せざるを得ない。言うほどに會得が容易な技ではないはずだ。

里香は川の話を一言一句とて聞き逃さないようにメモを取り、自分の中で考えをまとめていく。

(『武化』……つまり、沙織ちゃんに師事をすれば覚えられるかも……でも、その前に『構力』の制についてもっと腕をばして……『療手』も覚えないと……)

凄まじい勢いでメモを取り、自分の“今後”について考える里香。それを見た川は、苦笑を浮かべてしまう。

「もしかして、支援型の『ES能力者』としての方向に悩んでいるの?」

「え? わ、わかるんですか?」

「顔を見ればわかるわ」

揺する里香に、川は苦笑を深めるだけだ。

「支援型の『ES能力者』って、方向が限られているからねぇ……治療系のES能力に特化するか、『探知』みたいな支援系のES能力に特化するか、均一にばしたバランス型にするか……支援型でありながら、攻撃型や防型の『ES能力者』を毆り倒す人もいるけど、それは例外だしね」

「その例外が川さんですね、わかりまうおわっ!?」

再度醫療用メスが飛來し、博孝は悲鳴を上げる。そんな博孝に対して、みらいが安靜にしろと言わんばかりに博孝の元を叩き、頬を膨らませた。

「外野は放っておくとして……里香ちゃんは訓練生だから、方向を決めるには早いわ。せめて卒業までは様子を見なさい。あ、好きな子へのアプローチはいつでもオッケーよ?」

途中まで真剣な顔をしていたのに、途中で笑みを浮かべる川。それを聞いた里香は、頬を赤く染めながら困ったように首を傾げた。

「え、と……頑張ります」

支援型の『ES能力者』である里香は、他の仲間――例えば、第一小隊に所屬する面々と比べて戦闘力が低い。

萬能型の博孝は、攻撃に防、支援の全方面で実力をつけている。『構力』の制も得意であり、その上で獨自技能の『活化』を発現しているため、瞬間的な火力も高い。接近戦も遠距離戦も得意なため、様々な局面で力を発揮できる。

攻撃型の沙織は、単での攻撃力に特化している。防型ほどの防力はないが、『防壁』も発現できるため“盾”としても“矛”としても対応可能だ。『構力』の発現規模も大きく、単純な攻撃力だけなら並の正規部隊員すらも上回る。

型の恭介は、第一小隊の中では一番里香に近い――と思っていたのも、つい最近までだ。今では『防壁』を発現し、『瞬速』や『飛行』に適を見出している。博孝や沙織ほどではないが、接近戦も得意なため“壁役”として優秀だろう。

その三人に比べると、里香は極端に戦力の差がある。それが嫌で努力を重ねているが、支援型の『ES能力者』だからか、それとも里香本人の資質か、中々芽が出ない。牛歩の歩みとも呼べないほどに、長が遅かった。

しかし、それ以外にもできることがあるはずだ。里香は自分にそう言い聞かせ、気合いをれる。『ES能力者』としてある程度の武力は必要だと思うが、その方面でびが悪いのなら、自分が得意な分野をばすべきだ。

(うん……自分ができることを、一杯やろう)

里香は一人ではなく、第一小隊のメンバーだ。自分以外のメンバーの方が腕が立つのなら、自分は別の分野で活躍すれば良い。ポジティブに考えるようにして、里香は川を質問責めにするのだった。

翌日、博孝はだいぶ調が回復していた。相変わらず眠ろうと思っても眠れなかったが、その點は砂原が解決したためにしっかりと睡眠時間が取れたのである。

「眠れないというのなら、俺が解決してやろう」

博孝の容態を確認しにきた砂原は、眠れずにいた博孝に対してそんなことを言い出す。それを聞いた博孝は、思わず首を傾げてしまった。

「え? 何か名案があるんですか?」

砂原は博孝とは比べにならないほどの間、『ES能力者』として活している。こういった事態でも、それを打開する策を持っているのかもしれない。そう思って問いかけた博孝だが、砂原は真顔で答えた。

「毆って気絶させる」

「あっはっは、さすが教冗談が上手い!」

砂原の言葉を聞き、博孝は膝を叩いて笑った。それは眠らせるというよりも、気絶させるだけと言った方が正しい。そう思って笑った博孝だが、砂原は真剣な表を崩さなかった。

「……え、マジですか?」

さすがに冗談だと思いたかった博孝だが、砂原は真剣だ。

「戦場で錯した新兵を“寢かせる”のと一緒だ。毆られるのが嫌なら、絞めて落とすぞ?」

そう言って腕をばしてきた砂原が、前日における博孝の最後の記憶である。余程深く気絶させられたのか、翌日まで目を覚まさなかったのだ。

本來、睡眠と気絶は大きく異なる。前者は自然な現象だが、後者は一時的な意識障害だ。そのため砂原は博孝を気絶させた後、『治癒』を発現しての機能を正常に戻し、気絶から睡眠狀態へと移行させている。そうすることで、無理矢理にでも“睡眠”を取らせた。

「でも、毎日気絶させられるのは勘弁だ……」

しっかりと睡眠が取れたことで、博孝の頭はすっきりとしている。一度みらいを連れて自室に戻り、シャワーを浴びて著替えも済ませたのでなおさらだ。しかし、今度は睡眠ではなく食が頭をもたげ始めていた。

「腹が減ってきたな……でも、食堂で食べるとまた戻しそうだし……」

購買でゼリー飲料のお世話になろうと思う博孝だが、それはそれで栄養が偏ってしまう。そうなると、再び川のお世話になるだろう。極力消化の良いものを食べるようにして、それでも“戻す”なら再び點滴を打ちに來るそうだ。ただし、去り際に意味深な笑みを浮かべていたのが引っ掛かったが。

どうしたものかと悩む博孝だったが、そんな博孝を探していたのか、里香が駆け寄ってくる。

「博孝君、おはよう。もう大丈夫なんだよね?」

「おはよう、里香。見ての通り、調はだいぶ回復したよ」

そう言って笑う博孝だが、僅かな違和を覚えてしまう。何かが明確に変わったというわけではないが、里香の表や仕草に違和を覚えるのだ。悪い意味ではなく、良い意味で。

「ご飯、まだ食べてないよね?」

「あ、うん」

首を傾げていた博孝だが、里香の言葉には素直に頷く。丁度悩んでいたところだったのだ。何が起きたかは里香に知られているため、隠す必要もない。

「えっと、ね……これ」

そう言って、里香は布包みを差し出す。博孝は布包みをけ取るが、そのまま質問をすることにした。

「これは?」

「消化に良いと思って、おかゆを作ったの」

「ほう……おかゆですと?」

おかゆと聞くと、病人のように思ってしまう。

(って、俺は病人みたいなもんか)

おかゆならば、食べられるかもしれない。そう思った博孝は、笑みを浮かべた。

「ありがとうな。んじゃ、早速食べさせてもらおうかな……って、そういえば、一昨日は悪かったね。またお弁當を作ってきてくれたんだろ?」

まさか立ち食いするわけにもいかず、里香と共に食堂へと向かいながらそんなことを話す博孝。里香もこれから朝食を取るらしく、博孝と並んで歩き出す。博孝は里香が作ってくれた弁當が無駄になったのではないかと思ったが、里香は首を橫に振った。

「ううん、自分で食べたから……でも、博孝君が倒れた時は本當にビックリしたんだからね?」

「その節は大変申し訳なく……」

僅かに拗ねたように言われ、博孝は頭を下げた。その際に博孝は橫目で里香を確認するが、里香の雰囲気が僅かに変わっている。心境の変化が原因なのか、それとも別に何かがあったのか、明るい雰囲気が宿っているように思えた。

「うーっす、おはようさん」

食堂にいたクラスメート達に聲をかけつつ、博孝は席を確保する。クラスメート達は倒れた博孝に対して聲をかけるが、そのどれもが心配を含んだものだった。

「河原崎、の頑丈さが取り柄なんだから倒れたら駄目だろ。しっかり飯を食えよ?」

「岡島さんやみらいちゃんにも心配をかけて……倒れる前に一聲かけなさいよ」

「河原崎が倒れるなんてな……明日から天気が崩れるのはそのせいか?」

訂正するならば、クラスメート達なりに心配を含んだものだった。からかうような言葉が混じっているが、その表や聲はいつもに比べて心配そうである。

「馬鹿にしているのか、それとも心配してくれているのか……真剣に悩むな。というか、倒れる前に一聲かけるって難しくね?」

首を捻る博孝だが、心配をかけたのは事実なので謝罪はしておく。聲をかけてくるクラスメート達に言葉を返し、里香から渡された布包みをテーブルの上に置いた。出來立てなのか、布越しにも溫かみをじる。

里香が朝食をトレーに乗せて近づいてくるのを確認してから、博孝は布包みの開封に取りかかった。布包みの中にはプラスチック製のタッパーがっており、多ワクワクしながら蓋を開ける。

「おー……」

おかゆと聞いていたため、博孝が想像していたのは真っ白なおかゆに梅干しが乗っているようなイメージだった。しかし、その想像は裏切られる。

細かく刻んだ人參や白菜、栄養をつけるためか鶏卵や鮭がっており、おかゆというよりは雑炊にも見える。消化にも良さそうで、も暖まりそうだ。

里香からスプーンを手渡され、博孝は手を合わせてから食べ始める。

「……味い」

ぽつりと呟くが、まるで胃に染み込むような味だった。不快はまったくなく、吐き気もない。これならば完食も容易だろう。無言でおかゆを食べる博孝を見て、里香も嬉しそうにしている。

「あ、博孝。ここにいたのね」

猛然と里香お手製のおかゆを食べていた博孝だが、そんな聲がかかってきを止めた。視線を巡らせてみれば、沙織が近づいてくる。

「沙織? どうしたんだ?」

沙織も様子を見に來たのかと思ったのだが、その手には“何故か”布包みが握られていた。

「博孝は調を崩しているでしょう? だから、消化に良いものを作ってみたのよ」

誇らしげに布包みを差し出す沙織。まさか沙織が料理を作ってくるとは思わず、博孝は思考を停止させながら布包みをけ取る。沙織は博孝が布包みをけ取ったのを確認すると、照れ臭そうに笑った。

「わたしが料理をできることを疑ってたし……料理ぐらいはできるって、教えたかったのよね」

沙織が家庭の事で家事全般が出來ることは聞いていたが、まさか手料理を作ってくるとは思わなかった。そのため、博孝は機械のように布包みを開け、中を覗き込む。

(みらい並の腕前じゃないことを祈る……お?)

失禮なことを考えていた博孝だが、里香が持ってきたものと似たようなタッパーにっていたのは、野菜を主としたスープだった。しっかりと煮込んであるのか、らかそうな白菜やジャガイモ、人參が黃金のスープに沈んでいる。僅かに香るのは、コンソメの匂いか。

「どうかしら?」

「……いや、驚いたな」

見た目や匂いは、とても味しそうだった。そのため純粋に驚きつつもスプーンでスープをすくい、味を確認してみる。

「お……」

見た目と匂いが良くても、味が壊滅的という珍妙な事態に陥る可能もあった。しかし、博孝がじたのは里香が作った料理とは別種の旨味である。胃に負擔をかけないことを考慮しているのか、コンソメは薄くした上で野菜の旨味を活かしている味だった。

「……あ、滅茶苦茶うめぇ」

その味は、博孝にとって衝撃だった。言葉なに想を口にすると、スープに沈んだ野菜も口に運ぶ。野菜も程よくらかくなっており、するりとを通る。

「そう、良かったわ」

沙織は博孝の想を聞くと、嬉しげに微笑んだ。自分で家事を擔っていたというのは伊達ではないらしく、博孝は純粋に味しいと思う。

「へぇ……沙織ちゃん、料理が上手なんだね」

そんな博孝と沙織のやり取りを見て、里香が微笑みながら言う。しかし、その微笑みを向けられた博孝は、何故か冷や汗が流れてしまった。

(あれ……おかしいな? 味しいはずなのに、急に味をじなくなったぞ……)

未知の圧力をじ、博孝の味覚がマヒする。里香はニコニコと笑っており、他意はない――はずだ。

「……おにぃちゃん、ごはん……あ、あっちでたべてくる」

そんな博孝達の元にトレーを持ったみらいが近づいてくるが、その足が行く先を変えてしまう。みらいは怯えたような顔になると、子達が集まっている場所に移していく。

「おっ! 博孝! 食事を取れるようになったんすね! 一緒に飯を……いや、やっぱり中村達と食ってくるっすよ」

続いて恭介が姿を見せ、博孝が食事を取っているのを見て嬉しそうに聲をかけた。しかし、何かしらの危機が働いたのか、不意に真顔になると回れ右をして離れていく。

「二人とも、どうしたのかしら?」

「どうしたんだろうね?」

沙織は不思議そうに、里香は笑みを浮かべたままで首を傾げた。その間に、博孝は無心でおかゆと野菜のスープを食べていく。

結果から言えば、博孝が“戻す”ことはなかった。

ただし、それが料理の味しさや食べやすさによるものなのか、それとも謎のによるものなのかは、本人にもわからなかったのである。

どうも、作者の池崎數也です。

気が付けば、いただいたご想が500件を超えていました。とてもありがたく、また、とても嬉しく思います。

懲りもせずに以下のものを投下いたしました。ご興味のある方はどうぞ。

・砂原浩二

http://29.mitemin.net/i110292/

なお、読者の方からツッコミがりそうなので、先に答え合わせなど。

Q.何故タンクトップなのか?

A.二の腕を描きたかったんです。

誰か、筋を上手く描く方法を教えてください……。

拙作に対するご想やご指摘、評価等をいただけると作者のやる気がアップいたします。

それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。

……最近、ふと思いました。このままだと、予定の二百話を軽くオーバーするのではないか、と。

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