《平和の守護者(書籍版タイトル:創世のエブリオット・シード)》第八十五話:兆し その2

博孝達が変した野犬――人狼と遭遇したのとほぼ同時刻。

中村率いる第六小隊は、目視による索敵で一匹の兎を発見していた。兎と言っても長は大きく、六十センチほどある。その程度まで長する種類の兎もいるのだが、中村達は兎といえば小柄なだと思っていたため、発見した兎を見て『ES寄生なのでは?』と警戒していた。

五十メートルほどの距離を取りつつ、互いに顔を見合わせる。

「あの兎……どう思うよ?」

「でかいよな? 『ES寄生』の可能が……」

中村と城之は意見をわすが、結論は出ない。第六小隊には『探知』を使える者がいないため、至近距離まで接近しなければ相手が『構力』を持っているかわからないのだ。もしも相手が砂原のように巨大な『構力』を持っているなら話は別だが、兎との間には距離があったため、中村達は兎が『ES寄生』であるという確信が持てずにいた。

「確認をするぞ。全員、念のために『防殻』を発現しろ」

中村が指示を出し、小隊員が『防殻』を発現していく。すると、『防殻』を発現すると同時に兎は中村達がいる方向へと視線を向け、後ろ足を地に付けた狀態で立ち上がった。そして何かを警戒するように耳をかし、音を探る。

「ちっ、気付かれたか……え?」

小さく舌打ちをしつつ、中村は兎に警戒の視線を向け――そのまま絶句した。

長が六十センチ程度だと判斷した中村だが、後ろ足で立っている兎は一メートルほどの大きさがある。それどころか、“今もなお”その大きさを変えつつあった。

兎の短い手足が人間のようにび、指が生える。その指の先には、鉤爪とでも呼ぶべき長大で鋭利な爪が生えていく。や顔も形を変え、人間に近い姿へと変貌していく。そして僅かな時間で姿を変え、そこには白い並みに覆われた人型に近い異形の存在が屹立していた。

人間と呼ぶには、小柄だろう。びた“長”は一メートルを多超えた程度で収まっており、い小學生程度だ。だが、人間の腕のようにびた手足は束ねた鋼線のように引き締まっており、その発達合が窺われた。

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兎は自分のの変化を確認するように、その場で手足を折り曲げる。その頃には兎から『構力』をじ取っていた中村達だったが、目の前の景があまりにも異質過ぎたために、反応が遅れてしまった。

なんだアレは、と中村は思う。

『ES寄生』とは戦したことがあるが、間違っても“変”するような生きではなかったはずだ。それも、巨大化するならばともかく、人間に近い姿に変わるなどとは想像もできなかった。

「なんだよ……あれ……」

兎が発する『構力』は、なくとも中村自が持つ『構力』よりも大きい。同期の中で言うならば、恭介と同等レベルの『構力』がじ取れた。

驚愕する中村達に対して、兎が一歩前へと踏み出す。そのきを見た中村達は反的に構えを取り――兎が姿を消した。

「っ!?」

三十メートルほどあった距離を瞬く間に潰し、兎が中村の真橫へと姿を見せる。そして中村の“首”を叩き落とすべく、右手を一閃し、鉤爪を空へと走らせた。

不幸があるとすれば、『ES寄生』が『瞬速』を使ったことだろう。中村が戦ったことがある『ES寄生』は、『防殻』しか使ってこなかった。そして、座學で學んだ限りでは、『ES寄生』が使えるのは々汎用技能の『防殻』や『撃』程度。特殊技能に屬するES能力を使うなど、想像の埒外だった。

そして、幸運があるとすれば。

「おっと! あぶねえ!?」

中村にとって――否、第七十一期訓練生にとって、『瞬速』は“見慣れた”ES能力だということだ。

振るわれた鉤爪を回避し、中村は小隊を連れて一気に距離を取る。

博孝に沙織、恭介にみらい。第一小隊に所屬するこの四人。特に博孝と沙織は『瞬速』を覚えたのが早く、模擬戦でも毎回のように使用してくる。そのため相手が『瞬速』を使おうとも、それが教クラスの『瞬速』でないのならば対応は可能だった。

『瞬速』は瞬間移ではない。あくまで瞬間的に速度を高めるES能力であり、地表を移する時は自分の足で走ることになる。

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訓練校のグラウンドならば、僅かとはいえ砂埃が立つ。ほんの僅かな変化だが、それでも“予兆”を見切ることができる。それに加えて、中村達がいるのは山の中だ。生い茂る草花や落ち葉が兎の移によって揺れき、あるいは舞い上がり、『ES能力者』の視力や反神経を以ってすれば対応可能な技能になる。それだけは、中村達にとって幸運だった。

「城之は俺のサポート。和田は牧瀬を守りつつ『撃』。牧瀬は教に連絡をれろ」

小隊員に指示を出し、中村は『防殻』を発現しながら前へと出る。それを見た牧瀬――第六小隊に配屬されていた子生徒は、腰ホルダーから攜帯電話を取り出した。

「絶対に深追いをするなよ! 相手はこっちを殺す気の河原崎か長谷川だと思え!」

「それは怖いなぁ……」

接近戦が得意な中村の注意に、防型である城之は苦笑しながら返す。同期の中でも頭一つ以上突き抜けた存在である博孝と沙織の名前を聞き、第六小隊は気を引き締めるのだった。

「さてさて……どうしたもんかね」

姿を変えた野犬――人狼を油斷なく見ながら、博孝は小さく呟く。『ES寄生』が変するというのも驚きならば、人狼がに纏う『構力』の力強さも驚きだった。

(沙織と同じぐらいか……犬の時は『構力』をじなかった以上、『隠形』も覚えているのか? そう考えると、知っている『ES寄生』とは別と判斷した方が良さそうだな)

『ES寄生』が、汎用技能以上のES能力を使う。そう結論付けた博孝は、人狼の一挙すら見落とすまいと視線を鋭くした。

『里香は周辺を警戒しつつ教に連絡。『第一小隊は姿を変化させる『ES寄生』……“アンノウン”と遭遇。防中心に戦闘を行う。指示を乞う』とな。恭介とみらいは里香の防。俺と沙織が抑え込む――恭介!』

『通話』で指示を出していた博孝だが、その途中で人狼が姿を消す。そのきが『瞬速』によるものだと“目視”で見切った博孝は、咄嗟に恭介へ注意を促した。恭介も人狼のきを見切っており、反的に『防壁』を発現する。

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「な、何っすかコイツは!?」

しかし、人狼が腕を振るうと同時に『防壁』が引き裂かれ、恭介は驚愕の聲を上げた。人狼の手には『構力』が爪狀に発現しており、それを見た博孝は沙織が使う『武化』だと看破する。

人狼は『防壁』を切り裂くなり、恭介へと薄した。恭介は拳を構え、人狼を迎え撃とうと腰を落とす。

「防ぐな! 避けろ!」

それを見た博孝は、そうびながら地を蹴った。人狼が振るう爪は、防型の『ES能力者』である恭介の『防壁』を切り裂いている。攻撃力を見ても、沙織と同レベルだろう。

地を蹴った博孝に合わせて、沙織も地を蹴る。同時に、里香とみらいは人狼から距離を取るために背後へと跳んだ。

『構力』を掌に集めた博孝と大太刀を発現した沙織が、恭介へと攻撃を繰り出す人狼へと踏み込む。そして同時に攻撃を仕掛けるが、人狼は博孝と沙織の『構力』をじ取ったのだろう。恭介に対して深追いをせず、すぐさま後退する。

博孝と沙織の援護をけた恭介は、博孝の指示を守るべく後退して里香の前面へと移した。それを音だけで把握した博孝は、士気を上げるべく口を開く。

「恭介! 絶対に里香を守り抜けよ!」

「當然っすよ! 岡島さんには指一本れさせないっす!」

小さく笑いながら言うと、恭介は當然と言わんばかりに頷く。そんな二人の會話を聞き、沙織も口を開いた。

「里香に傷一つでも負わせたら、わたしが叩き斬るわよ?」

「それは勘弁してほしいっすよ!」

恭介の反応から、それほど張を覚えていないと博孝は判斷する。これならば、砂原への連絡を行う里香の防は問題ない。みらいも『固形化』によって『構力』を棒狀に発現し、里香の傍で警戒に當たっている。

「さて……それじゃあ、油斷なく行くぞ」

「當然よ。退屈な警邏任務かと思ったら、骨がありそうなのが出てくるなんてね。腕が鳴るわ」

博孝と沙織は言葉をわしつつ、適度に力しながら人狼と相対する。それを見て、里香は腰ホルダーから攜帯電話を取り出した。

『こちら第一小隊の岡島です。現在、犬型から人型に姿を変えた『ES寄生』と戦中。河原崎小隊長と長谷川が対応しています。撃破あるいは捕獲の指示を願います』

任務中ということで、名字での報告を行う里香。特殊技能を用いる『ES寄生』となれば、可能なら捕獲する必要がある。そう判斷した里香が報告を行うが、返ってきたのはため息のような聲だった。

『……そちらでも現れたか』

『こっちでも、ということは他の場所でも?』

砂原の聲に疑問を呈すると、風切り音に混じって砂原の聲が響く。音から判斷する限り、砂原は『飛行』によって空を翔けているのだ。

『現在第六小隊の救援に向かっている。なんでも、兎が人型になって襲ってきたとな……相手の戦力を報告しろ。河原崎や長谷川の手に負えないほどか?』

自分達以外にも、“アンノウン”と遭遇した小隊がいると聞いて里香は息を呑む。一匹ならばともかく、複數となると偶然とは言えないだろう。それでも、悩むよりも先に砂原の問いに答えるべきだと里香は判斷した。

『相手は移に『瞬速』、攻撃に『武化』で発現した爪、防に『防殻』を発現しています。河原崎小隊長と長谷川の二人で相手をしていますが、余裕を持って抑え込んでいます』

里香の視線の先では、人狼と同じように『瞬速』を発現してぶつかり合う博孝と沙織の姿があった。高速でき回りつつ、『構力』を込めた掌底や大太刀で互角に渡り合っている。人狼の振るう爪は厄介だが、博孝も沙織も打ち合えるだけの力を持っていた。

『特殊技能を使う『ES寄生』か……突然変異か、それとも別の何かか。生きたまま捕獲したいところだが、安全には代えられん。河原崎達には撃破を優先するように伝えろ。捕獲はこちらでも行うので、余裕がなければ仕留めて良い、とな』

『わ、わかりました』

撃破――殺せと聞いて、里香の聲が僅かに震えた。しかし、すぐさま恐怖を意思の力で抑え込むと、砂原との通信を終了して『通話』を発現する。

『博孝君、沙織ちゃん、撃破を優先して! 捕獲は“極力”行わなくて良いから!』

『了解。それじゃあ里香は引き続き周囲の警戒をしてくれ。みらいは里香の防を継続。恭介はこっちを手伝ってくれ。派手な暴れっぷりだが、多怪我を負わせれば大人しくなるだろ』

『了解っすよ』

極力行わなくても良いと言われたが、彼我の力量差を把握した博孝は捕獲も可能だと判斷した。さすがに無傷で取り押さえるのは難しいが、多の手傷を負わせて『盾』で押さえ込めば大人しくなるだろう。あるいは、人狼は人間に近いをしているため、毆って気絶させるのも一つの手だ。

風を切って振るわれる爪を紙一重で回避しつつ、博孝はそう結論付ける。

「沙織、斬り殺すなよ! 毆って止めろ!」

「わかってるわよ! わたしをなんだと思ってるの?」

放っておくと、人狼を切り捨てそうだ――などとは言えず、博孝は人狼への対処に集中することで黙殺した。

沙織はそんな博孝に不満そうな表を浮かべるものの、指示通り大太刀の刃を返して峰を人狼へ向ける。

恭介は博孝と沙織の後方に控え、人狼が博孝と沙織を無視して里香やみらいのもとへと向かおうとした際に対応するつもりだ。それに加えて『盾』を発現すると、人狼が行う攻撃に対する防や行の阻害を行う。

三対一という構図を、博孝は卑怯だとは思わない。これは一騎打ちや模擬戦ではなく、殺し合いだ。その上、相手は人型に姿を変えた“未知”の『ES寄生』である。

博孝は『撃』で発現した弾で人狼を牽制しつつ、直接切り結ぶのを沙織に任せた。

接近戦における力量は、沙織の方が高い。隙を見つければ躊躇なく踏み込むつもりだが、沙織と戦いながら遠距離攻撃を加えられるのは辛いだろう。そう判斷して、博孝は沙織のきを阻害しないよう注意しながら弾を放っていく。

人狼は人の姿に近いが、きは獣と同然だった。優れた能力を駆使して沙織と戦うが、多対一という狀況に慣れないのだろう。眼前の沙織に集中すれば博孝から放たれる弾が避けられず、かといって博孝の弾に意識を向ければ沙織が大太刀で強打する。

これまで培ってきた連攜を以って、博孝達は人狼を追い詰めていく。人狼が遠距離戦用のES能力を使用する気配もなく、接近戦一辺倒だったのも戦いを優勢に運べた理由だろう。

沙織が振るう大太刀が人狼の左上腕骨を砕き、博孝が放つ弾が炸裂することで打撲と裂傷を與える。人狼の反撃は恭介の『盾』が阻害し、一撃たりとも有効打を許さない。

もしも人狼が三人の攻撃や防を無視できるだけの技量や『構力』を持っていれば、例え三対一だろうと互角に渡り合えた。だが、博孝達にとっての幸いと言うべきか、人狼にとっての不幸と言うべきか、そのどちらも人狼は持ち合わせていない。

四級特殊技能に分類される『瞬速』や『武化』は厄介だが、博孝達も同様の技能を有している以上、數の差というのは致命的なものだった。

「ガ……ギギギ……」

人狼の口から、苦悶に近い聲がれる。鋭い歯を噛み合わせ、痛みに堪えているのだ。勝機がないことを悟って逃げようにも、博孝が放つ弾が邪魔をする。そして、負傷した狀態では『瞬速』を使用しても追いつかれる。そう判斷するだけの知能はあった。

唸り聲を上げながらしずつ後退しようとする人狼を見て、博孝は右手に『構力』を集中させていく。

「さて……これで終わりだ」

殺しはしない。だが、一撃を以って意識を斷つ。そう決斷した博孝だが、人狼からすればとどめの一手に見えた。

――故に、人狼は痛みを堪えて口を開く。

「シニタク……ナイ……」

零れるような、小さな聲。それを聞いた博孝は思わずきを止め、目を見開いて人狼を注視する。沙織や恭介も驚きのを顔に浮かべており、思わずきを止めてしまった。

「お前……喋れるのか?」

の聞き間違いかと思い、博孝は警戒を解かないままに尋ねる。『ES寄生』が喋るはずもないという先観が博孝にはあり、事実、喋る『ES寄生』がいるとは聞いたことがない。

これまで遭遇したこともなく、座學で習ったこともなかった。もしもそんな存在がいるのならば、砂原が真っ先に教え込むだろう。

「コロサ、ナイデ」

博孝の言葉を聞き、人狼が対話と呼べる返答を行う。それを聞いた博孝は、言葉が通じるという事実に再度驚愕した。

沙織と恭介も驚きのを強くするが、小隊長である博孝へ隙にならない程度に視線を向ける。博孝は二人の視線をじ、どうしたものかと思考を巡らせながら口を開いた。

「……こっちの言葉がわかるなら、答えてくれ。そうだな……名前は?」

本當ならば砂原に指示を仰ぎたいところだが、現在中村達の救援に向かっているため手一杯だ。そのため、博孝は報の収集を優先する。

「……ヘイヒトフタハチゴウ」

答えるかどうか不安にも思ったが、人狼は素直に自の名前を口にした。『ヘイヒトフタハチゴウ』という名前を聞き、沙織と恭介は首を傾げる。博孝も心で首を傾げ――引っかかるものをじて思考を掘り下げた。

(ヘイヒトフタハチゴウ? ヘイ……兵? 丙? いや、待て……ヒトフタハチゴウっていう點から考えると、丙128號……か?)

そこまで考えた時、博孝の脳裏に一つの答えが浮かび上がる。

(まさか……)

浮かんだ考えに押され、僅かにみらいへと意識を向ける。みらいと初めて出會った時、みらいは『乙1024號』と名乗っていた。丙というのも、甲乙丙丁と十の干(かん)が連なる十干(じっかん)の一つである。

(みらいが乙、こいつが丙……そう考えると、こいつは人工の『ES寄生』か? いや、しかし、『ES寄生』を人間が生み出す? 技的に可能か? 方法は? だが、みらいという前例も……)

人狼が本當のことを話している保証はないが、博孝としては噓を吐いているようにも思えなかった。そのため油斷しない程度に視線を逸らして里香を見ると、里香も同様の考えを持ったのか、眉を寄せている。

『里香、どう思う?』

みらいに気を遣い、博孝は里香にだけ『通話』をつなげた。その言葉を聞くと、里香は迷うような口振りで答える。

『噓は言ってないと思う……でも、そうなると……』

何故そんな存在がこの場にいるのか。

何故襲ってきたのか。

、どこの誰が眼前の人狼を“造り上げた”のか。

様々な疑問が浮かぶものの、答えは出ない。だが、眼前の人狼が語った言葉が真実ならば、訓練生程度が関われるような話ではなかった。機という點でも、軍の上層部――それこそ、佐でようやく知り得ることが可能かどうかというレベルである。

『藪を突いたら、とんでもないものが出てきたな……仕方ない。戦闘中かもしれないけど、里香は教に連絡。俺達では判斷ができない……いや、“してはいけない”話だ。俺達は相手が逃げられないように――』

博孝が里香に対して指示を出そうとした時、それほど遠くない位置に『構力』を探知した。それは五十メートルも離れていない場所からであり、一秒すらかけずに弾が飛來する。

「全員防!」

咄嗟にびつつ、博孝は『撃』で弾を放つ。飛來する弾の數は十を超えており、咄嗟に迎撃するには弾速がある。じ取れる『構力』の規模から考えると、『撃』と『狙撃』を織りぜた複合的な遠距離攻撃だ。

狙いも正確であり――博孝達と向かい合っていた人狼が多いたところで、背後から撃ち抜ける軌道だった。

博孝が弾を放ったことに反応し、人狼は攻撃を避けようとする。だが、背後から迫る弾には気付くことができない。博孝の行に気を取られ、気付くことができなかった。

「グゥッ!?」

何者かが放った弾が、人狼の背面から貫く。博孝によってほとんどの弾が迎撃されたものの、二発撃ちらし、その一発が人狼の心臓を撃ち抜いた。

人狼を撃ち抜いた弾はを貫通し、そのまま博孝へと迫る。しかし、それを見た博孝は怒りを顔に浮かべながら手刀を斜めに振るい、弾を叩き潰した。

「クソッタレ! どこのどいつの仕業だ!?」

口汚く罵りつつ、博孝は思考を巡らせる。

直前まで『構力』をじなかった以上、『隠形』で隠れていたのだろう。博孝と里香の『探知』を潛り抜けるだけの『隠形』を行うことができ、なおかつ『撃』や『狙撃』での攻撃。攻撃を行うなり、再度『隠形』で『構力』を隠すその手腕。

弾は俺でも迎撃できる威力だった……そうなると、今のはハリドの相方か?)

以前戦したことがある、『隠形』と遠距離攻撃を駆使して戦う『ES能力者』だろうと博孝はアタリをつける。なくとも、ラプターのような強者が潛んでいる気配はない。じ取った『構力』も威圧も、々ハリドと同等か多劣る程度だ。

ハリドと共に行していた以上、『天治會』の一員だろう。顔も名前もわからず仕舞いだったが、ここにきて出張ってきたのかと博孝は思う。

數秒でそこまで思考した博孝は、すぐに小隊員へ指示を出すことにした。地面に倒れた人狼に視線を向ければ、かすかに息をしているのが見て取れる。『ES寄生』としての頑健さで、命をつないでいるのだ。

「里香はそいつを治療してくれ! みらいと……」

一瞬、博孝は判斷に迷った。このまま人狼を放置するわけにもいかず、里香に治療を命じるのは間違っていない。しかし、弾を放ってきた何者かや他の脅威の可能があるため、里香を単獨にするわけにもいかない。

強襲をかけるのなら、沙織と分隊を組んで向かうべきだ。しかし、もしも他の脅威が潛んでいた場合、恭介とみらいの二人では対応できる範囲が狹い。そのため、博孝は手早く決斷する。

「……沙織が里香の護衛に就け。人狼が暴れたら殺さない程度に鎮圧しろ。それと教への連絡を頼む。恭介は俺と今の攻撃の犯人を見つけるぞ。だが、深追いはしない。危険ならすぐに離だ。最悪、俺が恭介を抱えて飛んで逃げるぞ」

『了解!』

相手のおおよその力量と、即座に追わなければ逃げられる可能。捕縛できれば得られる報の価値と、戦闘による危険。それらと砂原に連絡をれる間に失われる時間を量りにかけ、博孝は即座に追撃に向かうことを決斷。それでも、危険が高い場合は即座に離すると付け加えた。

本來ならば砂原に報告をして指示を仰ぐべきだが、そんなことをしていれば相手に逃げられる。追いかけながら連絡をしても良いが、戦闘を行う可能がある以上、他のことに気を取られれば致命的な事態に陥る可能があった。

指示を出せば、くのは早い。博孝と恭介はアイコンタクトをわし、『瞬速』を発現して地を駆ける。里香は人狼の治療に移り、みらいは人狼に注意しつつ周囲へも意識を向けた。沙織は腰ホルダーから攜帯電話を取り出し、砂原への連絡を開始する。

そうやって各自が自の役割を果たしている中、博孝は恭介と共に『探知』で一瞬だけ『構力』をじ取った場所へと急行した。博孝が前衛として前に出て恭介を先導し、恭介は背後や左右の警戒である。

『瞬速』を使っているため數秒もかけずに到著した博孝達だが、その場には誰の姿もなかった。攻撃を行うなり、即座に移したのだろう。地面を確認してみると、僅かに靴の跡らしき凹みが存在している。それでも移した方向がわからないように隠蔽されており、博孝は眉を寄せた。

「ちっ……どこに消えた?」

「他の痕跡は……ないっすね」

それ以上の痕跡がないかを探す二人だが、すぐには見つからない。これ以上の深追いは避けるべきかと考えた博孝だが、最後の悪あがきと考えて『活化』を併用して『探知』を発現した。

引っかかれば儲けものと思った博孝だが、微かな『構力』の揺らぎをじ取る。極小な、通常に『探知』を行っていたのでは気付けないほどの小ささの『構力』が、高速で移しているのを発見した。

「……いた。相手は完全に逃げるつもりだな。かなりの速度で遠ざかっていってる」

「追うっすか?」

相手は走って移しているのか、博孝が探知可能な範囲の外へと急速に近づいていく。かなければ、あと十秒もかからずに離するだろう。そう思った博孝は、『構力』が遠ざかっている方向へ視線を向けた。

「一當てだけだ。それで無理そうなら退くぞ」

「了解っす」

博孝達ではなく、人狼へ攻撃を加えた相手だ。博孝達を助ける義理もないはずであり、そうなると、人狼に対する“見張り役”ではないかと博孝は推察した。可能ならばと思っていたが、そうなると出來得る限りは捕縛したい。

それでも必要以上の危険は冒せず、一當てした結果次第だと思った。

『――見つけた』

恭介と共に『瞬速』を発現して移していた博孝だが、背を向けて走る人を発見して『通話』で恭介に伝える。常に『隠形』を用いて遠距離攻撃を行ってきた點から考えると、接近戦が苦手か、それほど長けてはいないと博孝は考えた。そのため、『構力』を掌に集めて一撃で防を抜き、痛手を負わせようと判斷する。

しかし、相手も博孝達が接近しているのに気付いているのだろう。走りながらも肩越しに後方を窺っている。だが、その人は不意に足を止めて振り返った。

今まで逃げの一手を打っていたというのに、突然足を止めたことを訝しく思う博孝と恭介。博孝達が訓練生ということで、二一でも勝てると思ったのか。

(接近戦でも自信があるのか? そうなると、こちらも危険か……あの犬が無事なら報を得られるかもしれないし、恭介を抱えて飛んで逃げるか……ん?)

ある程度まで近づいた時、博孝は心で首を捻った。相対している相手の顔を見て、何かが引っ掛かったのである。

長はそれほど高くなく、百七十センチを超えない程度。型は中中背と言える程度で、以前戦ったハリドのようなギラギラした殺気を振り撒くこともない。しかし、なによりも注目するべきはその顔立ちだった。

びた黒髪に、茶がかった黒い瞳。外見だけを見れば、二十歳を超えているかどうか。目鼻立ちは博孝達と似たようなものであり、一目見て日本人男と判斷できた。

――そして、その顔にはどこか見覚えがある。

どこかで見たような、記憶の端に指先が掠めるような覚。だが、すぐに名前が浮かばない以上はこれまでに顔を合わせたことがないはずだ。悩む博孝を見て、男が口を開く。

「……『天治會』には気をつけなさい。特に、君達兄妹は」

落ち著いた、靜かな聲だった。そして、『兄妹』という単語を聞いて博孝は眉を寄せる。

「突然何を……っ!」

男の言葉を聞き返そうとする博孝だが、男が腰元から“何か”を取り出す。そしてピンを抜くと、博孝達へと放り投げた。

宙を舞う、円筒型の。男の言葉に対する疑問と突然の行に虛を突かれ、博孝と恭介の反応が僅かに遅れる。男が背を向けて駆け出し、次の瞬間には投じられた――スタングレネードが炸裂した。

「うおっ!?」

「なんっすか!?」

目を焼くようなと、鼓を破るような轟音。普通の人間ならば気絶する威力だったが、『ES能力者』である博孝と恭介は多視覚と聴覚を阻害されるだけで済む。それでも攻撃されれば危険なため、背を向けて走り去る男の位置を『探知』で探りながら『撃』で弾をばら撒き、それと同時に恭介を抱きかかえて跳躍した。

『上空に離する! 舌を噛むなよ!』

『通話』で短く警告し、『飛行』を発現して上空へと舞い上がる博孝。男からの攻撃はなく、避難を阻害されることもない。そして一分ほど警戒を続けてから、博孝は恭介を抱えたままでため息を吐いた。

『まさか、『ES能力者』が普通の兵を使うなんてな……とりあえず、目と耳が元に戻るまではこの場で待機しよう。それから里香達に合流だ』

『了解っす……うぅ、目がチカチカするっすよ……』

拳銃程度ならば驚きもしないが、至近距離で炸裂するスタングレネードにはさすがに対応ができなかった。そのことを反省しつつ、博孝は心で疑問を思い浮かべる。

(それにしても……今の男は、どこかで見た顔だった。どこで見たんだ? それに、兄妹……この場合は俺とみらいだろう。注意しろっていうのは……)

引っかかった點は、一つではない。しかし、すぐに答えが出るわけでもない。

視力と聴力が元に戻るまで、周囲を警戒しつつも博孝は深く悩むのだった。

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