《平和の守護者(書籍版タイトル:創世のエブリオット・シード)》第九十話:護衛訓練と進路

博孝達第七十一期訓練生が訓練校に校し、一年と半年の時が過ぎた。夏の猛暑も過ぎ、季節が秋へと移ろい始め、見上げてみれば空が高く見える。気溫も徐々に下がり始め、市街地では服裝にも変化が見られ始めていた。

『ES能力者』である博孝達にとっては、多の気溫の変化では風邪の一つもひかない。そもそも、『ES能力者』になってからは病気の類に罹ったことがなく――博孝達にとっては、気溫の変化よりも重視すべき変化があった。

「そんな様で護衛対象が守れるか! もっと周囲に気を配れ!」

そんな砂原の怒號と共に、生徒が三人ほど吹き飛んで行く。雑に見えてその実、丁寧且つ正確に繰り出された拳によって一撃で意識を絶たれ、路上に打ち捨てられた人形のように転がっていく。

下手をすれば死んだのではないか。周囲の生徒達がそう思う程に、砂原の攻撃は苛烈だった。

「貴様等が死ねば護衛対象も死ぬぞ! 気を抜くな! 常に周囲に意識を向けろ!」

そうびつつ、手近にいた生徒を次々に毆り倒していく砂原。生徒達から『撃』によって弾が放たれるが、一発たりとも當たりはしない。弾を弾き、避け、瞬く間に護衛対象――という名目で訓練に參加することになった一般の兵士へと接近していく。

そして、生徒達の抵抗を無視するような鮮やかさで一般兵士の元へ砂原が到達した。接近してきた砂原を青ざめた顔で見つめる一般兵士だが、そんな視線を無視して砂原は遠くで見學していた生徒達に聲をかける。

「任務失敗だな。次、第一、第三、第五の各小隊だ。所定の位置につけ。殘りの者は“死”になった者の治療を行え」

短く言い放ち、砂原が姿を消す。それを見送った博孝は、額から冷や汗を流しながら恭介に視線を向けた。

「なんか、最近の教って厳しくね?」

「そうっすね……俺もそう思うっすよ」

博孝の言葉に同意する恭介。その言葉の通り、ここ最近の砂原の訓練は厳しさを増すばかりだった。

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訓練校周辺での警邏任務が終わり、再開された授業。座學では普通だが、実技訓練における砂原の厳しさが増しているのだ。

新たな訓練として、要人の警護および護衛の訓練が開始されたのも理由の一つだろう。『ES能力者』は大抵が任務地で任務に就くが、場合によっては政府の高や要人に対する護衛を務めることがある。

通常兵弾等による暗殺も恐ろしいが、それ以上に恐ろしいのは『ES能力者』を使用した暗殺だ。『隠形』で『構力』を隠し、一般市民に紛れて接近されれば対応が難しい。手に何も持たず、服裝もいたって普通で、顔に笑みを浮かべて近づいてきた人が突然兇弾を放つ。並の『ES能力者』では防ぐことが難しい暗殺手法だ。

それを防ぐために要人の周囲を固め、守り、敵と戦する。訓練校のカリキュラムの一環として、その手の訓練が行われるのだ。さすがに実際に護衛任務を行うわけにもいかず、護衛役と襲撃役を設定しての訓練となる。

護衛役は第七十一期訓練生による一個中隊十二名。これは小隊をランダムに三つ組ませた形である。護衛対象を護衛しながら移し、襲撃者である砂原から守りきる、あるいは逃げて所定の位置まで辿り著けば合格だ。

グラウンドには木の板で作られた遮蔽が數多く存在し、砂原の姿を完全に隠している。実際の街並みを想定し、道路や建を意識して遮蔽が設置してあるのだ。さすがに高層の建などは作れないが、遮蔽は二メートル近い高さがある。隠れるには十分だった。

「なあ、博孝よ。俺は護衛対象の役なんざやりたくねえんだが……」

「上である教の命令じゃないですか。諦めてくださいよ」

博孝達に守られながら、護衛対象である兵士――野口が嫌そうに呟く。生徒達が育館を使用しないということで、訓練に駆り出されたのである。博孝の言葉を聞いた野口は、遮蔽が設置されたグラウンドを見回してため息を吐いた。

「たしかに軍曹殿は上だけどよ……あんなおっかねえ剣幕で追いかけられると考えたら、今すぐにでも辭表を出したくなるっての」

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野口の目から見れば、砂地のグラウンドに木の板による遮蔽で作られたフィールドが林のジャングルのように思える。遮蔽の數は多いが、襲撃者は一人だ。しかし、その襲撃者が問題である。

薄っすらと、殺気のようなものが漂っているようにじられた。息を潛め、それでいて獲を狙う食獣が潛んでいるようだ。正直に言えば、すぐにでも逃げ出したい。

「いくら訓練つっても、あの『穿孔』に狙われるとか冗談じゃねえ……博孝、ちゃんと守ってくれるんだろうな?」

しばかりけなかったが、それでも『ES能力者』との力量差を知る野口は博孝にそう尋ねた。対する博孝は、視線を逸らして雲が高い青空を見上げる。

「……訓練ですから、余程下手なことをしない限り死にませんよ」

「死ぬ可能を否定しろよ!?」

視線を合わせない博孝に対して野口がぶが、博孝はそれを流して周囲の仲間に聲をかける。

「さて、どうやって守るかな……」

野口を護衛して移する距離は、約一キロメートルだ。グラウンドに設置された遮蔽が道を作り、周辺を警戒しながらその道を辿ることになる。走ればすぐに抜けることができるが、護衛対象はあくまで一般人という設定だった。その上、周囲を警戒しながら進むため、嫌でも時間がかかる。護衛対象が走って良いのは、襲撃者の姿が確認されてからというルールも存在した。

護衛方法には種類があるが、博孝達が學んでいるのはハイ・プロファイルと呼ばれる護衛方法だ。護衛対象と護衛者が姿を見せ、その警戒合を周囲に知らしめる方法である。反対に護衛対象と護衛者が周囲に溶け込むロー・プロファイルという護衛方法もあるが、訓練校の狀況としては訓練が難しい。そのため、ハイ・プロファイルの訓練を行っている。

『ES能力者』の護衛としては、護衛するための人數によって方法が異なる。最小で分隊、最大で大隊規模で護衛に就き、人員が陸戦か空戦かでも護衛方法に変化が起こる。要人警護となれば一個中隊程度が基準であり、人數の大小による変化は後々に學ぶ予定だった。

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スタート位置についた博孝達は顔を突き合わせ、護衛の方法を詰めていく。今回は小隊での訓練ではなく、中隊での訓練だ。そのため、指揮系統にも変化が生じる。

「それじゃあ、全の指揮を執る役割……中隊長についてだけど」

博孝が口火を切り、それぞれの視線がく。第一小隊、第三小隊、第五小隊の三小隊がいるため、小隊長が三人いる。普通ならばその三人から中隊長を選出するべきだが、多くの人が視線を向けた先にいたのは里香だった。

「里香にやってほしいと思ってるんだけど」

「異議なし」

「決まりね」

提案した博孝に対し、即座に肯定の言葉が返る。だが、名前を呼ばれた里香は大いに焦ってしまった。

「え、わ、わたし? 博孝君は?」

里香としては、博孝ならば中隊の指揮が執れるのではないかと思う。博孝はそんな里香の反応に苦笑すると、首を橫に振った。

「里香の方が適任でしょ」

「河原崎でも良いけど、相手が教だしな……」

「指揮に割り當てるぐらいなら、教への人供……もとい、貴重な戦力になってもらわないと」

一部の本音が酷かったが、博孝は努めて聞かなかったことにする。里香は相変わらず困していたが、周囲の言葉を聞いて表を改めた。すぐさま思考を巡らせ、中隊の戦力と襲撃者である砂原を脳裏に描く。

「それじゃあ、わたしが……頑張るね」

しばかり自信がなさそうだが、それでも里香は頷いた。次いで、膝を折って地面へと指をばす。

「護衛の配置としては、博孝君を先頭に置きます。その後ろに第三中隊、わたしと武倉君と野口さん、第五小隊、最後に沙織ちゃんの順番で。博孝君は『探知』を使っての索敵で、沙織ちゃんは目視での索敵」

配置を砂地に描きつつ、里香が説明を行っていく。

「前から教が來たら、博孝君が抑えている間に第三小隊が取り囲む。わたしと武倉君は野口さんを守りながら第五小隊に合流してゴールを目指す。沙織ちゃんはその殿に就きながら後方の警戒。教が後ろから來たらその逆で」

「教が橫から來たら?」

里香の説明を聞きつつ、博孝は質問をする。砂原が前からくれば博孝が、後ろからくれば沙織が初撃をけ止め、近くの小隊と共に迎撃を行う。それは良いが、砂原が橫から襲ってきた場合はどうするのか。

「その場合は武倉君が防して、わたしが野口さんを連れて出。小隊二つが取り囲んで攻撃している間に博孝君と沙織ちゃんがわたし達に合流。そのままゴールを目指す……という形でどうかな?」

護衛対象を守ることに主眼を置いた形だが、異論は出なかった。訓練が開始されてから日が淺く、砂原の方針としても生徒に考えさせることを優先させている。杓子定規な方法ではイレギュラーに弱く、逆もまた然りだ。そのため臨機応変に対応できるよう、生徒に考えさせながら訓練が行われていた。

「橫からは來ないでほしいっすよ……最初に一人で教の攻撃をけ止めるなんて、死ぬようなものっす……」

弱気を言葉にする恭介だが、他の方法を提案することもできない。里香の案は手堅く、大抵の局面には対応できると思ったのだ。

「そう言うなって。どうせ、教がどんな形で襲いかかってきても戦うことに変わりはないんだ」

「それはそれで嫌な現実っすねぇ……」

恭介が肩を竦め、それを見た博孝は笑い飛ばす。そして作戦を立案した里香に笑いかけ、中隊を盛り上げるように拳を突き上げた。

「よし、目指すは一発合格だ! いくぞ!」

『おう!』

気合いをれ、スタート地點から歩き出す。スタート地點は安全だが、一歩でも踏み出せばいつ砂原が襲ってくるかわからない。その恐怖を適度なと戦意に変え、博孝達は周囲を警戒する。

『探知』を発現しつつ周囲を見回す博孝だが、予想よりも遮蔽によって視界が遮られていた。護衛の訓練を行うにあたり兵士達が一晩かけて設置した遮蔽だが、見事に相手の姿が隠れるよう趣向が凝らされている。

グラウンドには車道や歩道を示す白線も引かれており、博孝達が歩いているのは歩道だった。車道では車が通るため、歩道を歩くしかない。『飛行』を発現して飛び上がればすぐに砂原が見つかるかもしれないが、今回のルールでは『飛行』止――つまり、全員が陸戦の『ES能力者』という設定だった。

「こうしてみると、テーマパークか何かに思えてくるな」

博孝の背後にいた第三小隊の男子生徒が呟くが、その聲には張が滲んでいる。訓練校に校して一年と半年が過ぎたからか、それとも別の理由があるのか、砂原が施す訓練は今まで以上に厳しくなっていた。

博孝達よりも先に挑戦し、け容赦無用と言わんばかりに叩きのめされ、襤褸雑巾のような姿になったクラスメート達の姿が張を強いる。無論、砂原が全力で襲いかかってくるわけではない。砂原が手段を問わないのならば、スタート地點から出た瞬間に『撃』で吹き飛ばされて終わりだ。もっとも、それを行えば間違いなく野口の命はないが。

『周囲に気配はない……沙織、そっちはどうだ?』

博孝が『通話』で全員に聞こえるようにしながら、最後尾の沙織に尋ねる。沙織は『探知』を使えないが、気配に敏だ。下手な『探知』よりも正確に察知することができる。

『こっちにはいないわね。まあ、教が本気で隠れているのなら見つかりそうにもないけど』

『気付いた時には人數が減っていたりしそうっすよね』

『なんだよそのホラー……教が相手だと灑落になってねえぞ』

張を解すように軽い聲を上げる恭介だが、まったく冗談になっていなかった。砂原が相手ならば十分にあり得ると判斷し、博孝や里香はさり気なく人數を數え直す。

そうやって歩きつつ、博孝は足元に視線を向けた。グラウンドには白いラインが引かれているが、ところどころに円が描かれているのだ。それは歩道の真ん中だったり、遮蔽の間だったり、道路だったりと、様々な場所に描かれている。

『ところで、さっきからずっと気になっていたんだけど……グラウンドに丸が描いてあるけど、なんだこれ?』

『わたしも気になってたけど……』

里香も同様の疑問を覚えていたのか、博孝の言葉に首を傾げた。規則もなくグラウンドのあちらこちらに描かれた円は、大きさが一メートルほどだ。博孝は脳裏に市街地の景を思い浮かべ、地面に描かれている円が何かを思考する。そして、その答えはすぐに見つかった。

『もしかして、マンホールの代わりに線が引いてあるのか?』

――博孝がそう呟いた瞬間だった。

護衛対象である野口の後方にいた第五小隊が、突如真上へと吹き飛ぶ。地面を、円が描かれた場所を真下から拳で打ち抜き、地中から姿を見せた砂原が周囲にいた第五小隊を瞬く間に毆り飛ばしたのだ。

『っ!? た、武倉君と沙織ちゃんが防いで! 博孝君と第三小隊は合流!』

吹き飛んだ第五小隊は、既に戦闘不能に追いやられている。それを見た里香は、即座に『通話』で指示を飛ばした。それと同時に、野口の手を引く。

「野口さん、走ります!」

「お、おうっ!」

里香に促され、野口が走り出す。指示をけた恭介と沙織が砂原へと挑み、第三小隊は里香や野口と合流し――博孝は沙織と恭介の元へと駆けていく。

『二人じゃ抑えきれねえ! 俺も抑えに回る!』

『う、うんっ!』

博孝の視線の先では、『撃』によって二十発近い弾を発現している砂原の姿があった。沙織と恭介では手數が足りず、防できる量ではない。博孝も同數の弾を発現しつつ、砂原へと放った。

空中で弾が激突し、轟音と共に炸裂していく。その間に『武化』で大太刀を発現した沙織が砂原の背後から斬りかかり、恭介は博孝が合流したことで後ろへと引く。博孝は前へと足を踏み出し――砂原が怒號を上げた。

「馬鹿者共が! 相手に挑むのではなく時間を稼げ! 貴様等の目的は護衛対象を守り抜くことだぞ!」

そんな注意を行いつつ、切りかかった沙織の大太刀をかわして腕を摑む砂原。そして沙織が抵抗を行うよりも早く、接近しようとした博孝へと“沙織を”叩きつけた。

「っとぉっ!?」

沙織を回避するわけにもいかず、博孝は咄嗟に沙織をけ止めてしまう。だが、砂原の膂力で加速した沙織のけ止めた博孝のを宙に浮かせ、真橫へと吹き飛ばした。傍に設置されていた木の板をこそぎ破壊し、博孝と沙織の姿が消える。そんな景を目の當たりにした恭介は、頬を引きつらせてしまった。

「じ、地面からとかそんなのアリっすか!?」

「アリだ。マンホールに限らず、地形を利用した襲撃は有効だぞ。このようにな」

遮蔽を設置すると同時に、マンホールを示す円の下にを掘っていたらしい。それを利用した砂原を褒めるべきか、前後左右だけでなく“下”に意識が向かなかった里香が責められるべきか。

中隊の誰もが、まさか地面から砂原が出てくるとは思わなかった。そのため、全員の責任だろう。そんなことを考えつつ、恭介は迫りくる砂原に相対するのだった。

「みんな、ごめんね……」

護衛訓練が終わりを告げた放課後、里香が頭を下げて謝罪する。三回ほど護衛に挑戦したのだが、そのどれもが失敗に終わっていた。継続して里香が指揮を執ったのだが、ことごとく裏を掻かれたのである。

一キロ近い行程だったが、最も進めた場合でも五百メートルに屆かないほどだ。組む小隊はその都度変わったが、どれもが上手くいかない。中隊の中には、最短記録としてスタート地點を出て一分で全滅した中隊もあった。

「訓練だから助かったが、実際には護衛が全滅した上に護衛対象も殺されたわけだ。護衛任務の重要とその難易度、理解したか?」

生徒達にそう語った砂原に対し、反論できた者はいない。砂原は理論よりも実踐を優先する格をしているが、今回はその最たるものだろう。

自分達のを以って護衛任務の困難さを教え、そこから徹底的に鍛え上げていく。習うより慣れろと言わんばかりに実踐的だが、『ES能力者』というのは良くも悪くも常識に縛られない。普通の人間が行う護衛とは、本から異なるのだ。

「なあに、里香が謝ることじゃないって。教に裏を掻かれたのは俺達全員だし、これから上達していけば良いだろ?」

里香の謝罪に対して、博孝が苦笑しながら答えた。里香は手堅い采配で砂原を迎え撃ったが、砂原の行が予測を超えていたのだ。さすがに地面から姿を見せた時は『そんなのアリか』と思った博孝だが、市街地では十分にあり得る攻撃方法である。

そんなことを話しつつ、博孝達は教室へと向かった。普段ならば訓練後に自主訓練を行うのだが、今日に限っては砂原から教室に集まるよう言われたのだ。

訓練後に教室に集まるということは、ほとんどない。そのため何事かと首を傾げつつ、博孝達第七十一期訓練生は教室に集まる。他の生徒達も集められた理由を予想して話しているが、その答えは出ない。

そうやってしばらく時間を過ごしていると、紙束を持った砂原が姿を見せた。そして全員が著席していることを確認すると、紙束を示しつつ口を開く。

「全員揃っているな。訓練が終わった後に集まってもらった理由だが……」

そう言いつつ、砂原は手に持っていた紙を配り始める。最前列に渡された紙は後ろへと回され、ほどなくして全員の手に渡った。博孝は砂原に意識を向けつつ、け取った紙に視線を落とす。紙面には、『進路希調査』と書かれていた。

「このES訓練校は『ES能力者』としての技量をばすのが目的だが、同時に、諸君らは“學生”でもある。今回渡した紙は、それに関するものだ」

生徒達の顔を見回し、砂原は説明を行っていく。

砂原が口にした通り、ES訓練校は『ES能力者』を鍛え育てるための場所だ。しかし、“対外的”には高校でもある。進路調査と稱して、卒業後の進路を確認するのも當然と言えた。

もっとも、『ES能力者』の進路は非常に限られている。そのほとんどが正規部隊へと配屬され、極數の者が研究職等に進むだけだ。一般企業への就職などは、有り得ることではない。

砂原が黒板に向かい、チョークを走らせる。そこには第七十一期訓練生達が行ってきた警邏任務や海上護衛任務、そして學び始めた護衛任務等が記されていく。

「今回の調査で確認するのは、諸君らが卒業後にどんな任務を主としてけたいのか……という點だ。また、任務地の希についても聞く」

そう言われて紙面を確認する博孝だが、紙面にあるのは名前や希の進路を書く欄ぐらいだ。

「今回の進路調査が諸君らの今後の人生を左右することもある。そのため、じっくりと悩みたまえ。もっとも、期限は三日間だ。三日後に配布した紙を回収し、実技訓練のあとに個別に面談を行っていく」

砂原がそう言うと、生徒達の間にざわめきが広がる。『ES能力者』になり、日々の座學や訓練に追われているものの、的に卒業後のビジョンを思い描いていた者がないのだ。

「教、質問です」

生徒達がざわめく中、博孝が挙手をして発言の許可を求めた。それを見た砂原は、鷹揚に頷いて許可をする。

「河原崎か。なんだ?」

「この進路調査っていうのは、卒業後の配屬先の希に関する確認ということで良いんですか?」

「その通りだ。進路が思いつかないという者については、その場で相談にも乗る」

訓練校に校して一年と半年。既に訓練生としての期間の半分を折り返し、卒業へ向けて突き進んでいる。個々人の進路希を聞き、技量や特と照らし合わせてアドバイスをする。そんな目的もあった。

「進路相談って聞くと、保護者をえた面談ってイメージがあるんですが……教との面談は、一対一ですよね?」

砂原の回答を聞き、博孝は質問を重ねる。“普通”の學生ならば、進路については教師よりも先に保護者と相談するだろう。しかし、博孝達は『ES能力者』だ。そうではないと思いつつ尋ねた博孝に対し、砂原は頷く。

「面談には大場校長も同席されるが、保護者は含まれない」

あっさりと言ってのける砂原だが、何かを思い出したように博孝とみらいに視線を向ける。

「ただし、河原崎兄妹については二人一緒に面談を行う。分けても良いが、河原崎妹については聞き取りに苦労しそうだしな」

冗談混じりに言う砂原だが、博孝は言葉の裏にある意図を汲み取った。みらいは人工の『ES能力者』であり、『構力』を暴走させる危険がある。訓練校に來て、博孝の妹になってからはその手の兆候が減ったが、もしものことを考えれば博孝と同一の進路先に配屬されるだろう。そう博孝は判斷した。

博孝の質問以外に聲が上がらず、砂原は他に質問がないかを確認してから教室を後にする。砂原の姿が見えなくなったことを確認すると、生徒達は一斉に息を吐いた。

「進路かー……といっても、配屬先の希調査って言った方が正しいんだろうけどな」

そんなことを口にしつつ、博孝は里香に視線を向ける。雑談がてらに話を振ったつもりだったが、里香からの反応は薄い。博孝の聲が聞こえていないのか、『進路希調査』と書かれた紙を注視している。

「里香?」

「……え? な、なに?」

再度博孝が聲をかけると、里香がようやく反応を返す。それを見た博孝は、僅かに首を傾げてしまった。

「いや、配屬先の希をどうするのかって話だけど……考えごとか?」

博孝と里香の間に用意された席に座るみらいも、不思議そうに里香を見ている。里香はそんな二人の視線をけ止めると、小さく首を橫に振った。

「うん……進路というか、今後のことを考えてたの」

「……こんごー?」

里香の言葉を聞き、みらいが首を傾げた。里香はそんなみらいの様子に苦笑を浮かべ、優しい手つきで頭をでる。

「そう、今後のことだよ……」

「……ふーん」

理解したのか、していないのか。みらいはあいまいな聲をらした。博孝はそんなみらいに苦笑しつつ、心でため息を吐く。

(進路ねぇ……俺って、普通に卒業して正規部隊に配屬されるのか?)

『飛行』を発現した以上は空戦部隊になるのか、などと考えつつ、博孝も里香のように思考の海に沈む。

『ES能力者』になって、空を飛びたかった。しかし、その夢は現実のものとなっている。それならば、今後の夢――目標は何なのか。

(むう……ここまで全力疾走できたから、後のことを考えてなかったな)

訓練校を卒業した後に、何をしたいのか。それを考え始めた博孝は、まったく思い浮かばない自分がいることに気付く。

かつての沙織のように、誰かの役に立ちたいと強く願うわけでもない。

紫藤のように、復讐を目的としているわけでもない。

々、現在のように心許せる仲間と共に面白おかしく過ごしたいと願う程度だ。

(三日後、か……ちょっと悩んでみるかね)

すぐには何も思いつかず、博孝は心でそう呟くのだった。

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