《平和の守護者(書籍版タイトル:創世のエブリオット・シード)》第九十三話:進路相談 その3

里香の進路相談が終わり、次は沙織の番になった。沙織は里香に促され、會議室へとっていく。その足取りは軽く、表張のはない。自然のままに室し、そのまま椅子へと腰を下ろした。

「次は長谷川か……」

室した沙織を視界に収めつつ、砂原は沙織が提出した進路調査の用紙を取り出す。そこに書かれているのは、空戦部隊への配屬を希する旨だ。しかし、砂原としては疑問が殘る。

「卒業後は空戦部隊への配屬を希するとあるが……やはり、『零戦』へりたいのか?」

最近は落ち著いているとはいえ、以前は『零戦』にって源次郎の役に立ちたいと公言していた沙織である。その“願い”は博孝や他の仲間との関わりによってなくなったと砂原は思っているが、もしかすると心の片隅では未だに諦めきれていないかもしれない。そう思って尋ねた砂原だが、沙織は躊躇もなく首を橫に振った。

「以前のわたしなら、『零戦』へりたいと思っていました。でも、今のわたしにとってはどうでも良いことです」

「どうでも良い、か。本音か?」

沙織が源次郎に対して自分の進む道を宣言した場に、砂原もいた。だが、時間が経てばその決意も変わっている可能がある。それを危懼して尋ねたが、沙織の表が揺らぐことはなかった。

「教も“あの場”にはいたと思いますが、わたしがんでいるのはもっと強くなることです。當面の目標は、お爺様を一発毆れるぐらい強くなることですね」

「……つまり、強くなることが目的で卒業後の配屬先の希はないと?」

僅かに顔をしかめてしまう砂原。空戦部隊を志する旨が調査用紙に書かれているが、沙織にとってはどこの部隊でも良いのだろう。それこそ、例え陸戦部隊に配屬されようとも自力で腕を磨くに違いない。

砂原の問いかけに対して、沙織は無言で頷く。砂原は額に手を當ててため息を吐き、話を聞いていた大場は苦笑する。

「仮に長谷川中將を毆れるぐらい強くなったとして……そのあとはどうするつもりだ?」

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「お爺様よりも強くなります。その過程で、教よりも強くなってみせます」

淡々と答える沙織だが、砂原の表が一変した。沙織の言葉を聞き、口の端を吊り上げて獰猛に笑う。

「ほう――吠えたな、小娘。貴様に俺や“隊長殿”を超えられると?」

殺気にも似た気配が砂原から溢れ、鋭い眼差しで沙織を抜く。訓練生風が、よくも吠えたものだ。そんな意図を込めて睨み付ける。

『武神』の名も『穿孔』の名も伊達ではない。『ES能力者』として長い年月を生き、生と死に満ちた戦場を駆け抜け、潛り抜けた死線は數えきれない。大真面目に『武神』や『穿孔』を超えると口にする者など、砂原の記憶になかった。

砂原かられ出す圧迫に押され、大場は思わず手に持っていた書類を落としてしまった。しかし、沙織はじずに頷く。

「――はい。今はまだ、背中も見えません。しかし、いずれは追い抜いてみせます」

砂原の視線を真っ向から見返し、涼しげに沙織は答えた。砂原はしばらく沙織と視線を合わせていたが、一分ほど時間が経ってからその視線を緩めて笑みを浮かべる。

「くくくっ……そうか、俺はお前の目標の“過程”か」

思わずといった様子で、砂原は笑う。大場は砂原から放たれる圧迫が消えたことで額の汗を拭い、困ったように口を開いた。

「砂原君、驚かせないでくれ」

「はっ、申し訳ございません。しばかり長谷川を試したくなりました」

大場に対して頭を下げ、謝意を示す砂原。普通の人間である大場にとっては、隣に座っていた砂原が突然獰猛な熊にでも変貌したような気持だっただろう。それでも手に持った紙を落とすだけで済んだのは、訓練校の校長らしい度を持っている証左だ。

(しかし……“隊長殿”の気持ちもわかるな)

まっすぐに自分を見つめてくる沙織を見て、砂原は心で苦笑する。今ならば、先にこの宣言をぶつけられた源次郎が大笑した理由がわかった。

源次郎にとっては孫が、砂原にとっては教え子が、自分達を超えると言う。後進たる『ES能力者』が、未だく雛のような『ES能力者』が、河を切り抜けた自分達を超えると言うのだ。

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『穿孔』の砂原が山の中腹ならば、『武神』の源次郎は山頂だろう。困難と呼ぶにも険しいその山道を、沙織は踏破すると言う。

――それが砂原には嬉しく、誇らしかった。

その充足、あるいはと呼ぶべきか。部隊にいた頃、部下を鍛えた時には覚えなかったが砂原のを満たす。むずいようなを覚え、砂原は自分の両拳を自然と握り締めていた。

「だが……そこまで強くなって何をする?」

それでも、先達として尋ねる。力を、強さを求めた『ES能力者』は過去に何人も見てきた。そして、その“末路”はほとんどが一緒だった。力に溺れ、己を過信し、挙句には命を落とす。そうやって何人も命を落としたのを、砂原は見知っている。

「今はまだ、わかりません……でも」

砂原が何を危懼しているのかを悟り、沙織は神妙な顔で口を開いた。だが、その途中で表に仄かな笑みが宿る。

「自分のためではなく、仲間のためにその力を振るうと思います」

微笑みすら浮かべて答える沙織に、砂原は嬉しさよりも驚きを覚えた。學から一年と半年、砂原は沙織の指導に攜わっている。

最初の頃は我が強く、周囲に馴染まず、良くも悪くもマイペースな格をしていた。強さに固執し、いずれは源次郎の役に立とうと周囲を省みずに訓練に沒頭していた。當時はES能力が使えなかった博孝の命令を無視して行し、博孝が死に掛けたこともある。その後も格は変わらず、挙句の果てには博孝と殺し合い染みた戦いまで演じたのだ。

源次郎から“夢”を否定され、博孝に救われ、人が変わったように丸くなった。戦いを好む傾向に変わりはないが、それでも周囲の聲に耳を傾け、今では何の問題もなく生活を送っている。

教え子の中で一番手を焼かされ、その反面、一番“変わった”のは沙織だろう。様々な意味で博孝にも手を焼かされているが、それでも沙織には及ばない。

そんな沙織が、得た強さを仲間のために振るうと言う。進路や目標として『強くなりたい』と口にする點は相変わらずだが、大きな変化だ。あるいは、変貌とすら呼べるかもしれない。

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「仲間のために、か……」

「はい。仲間と共に強くなって、仲間と共に戦います。そして、仲間を守ります。強くなったら何をするのか……それは明確に考えていませんでしたが、今この場で口にしてみると、それが一番わたしのしたいことだと思います」

穏やかに告げる沙織。それを聞いた砂原は、手元の紙にペンを走らせる。

「例えばの話だが……『零戦』へ配屬されるのと、お前にとっての仲間……そうだな、第一小隊のメンバーがいる部隊。この二つならば、どちらの部隊に配屬されたい?」

「後者です。卒業後も博孝達と一緒にいられるのなら、それが一番です」

『零戦』以外の部隊へ配屬されることにまったく迷わない沙織を見て、砂原は大きく頷く。

「その部隊に配屬されると、“様々な面”で辛く厳しいかもしれないぞ?」

「逆境はチャンスだと思っていますので」

淡々と答える沙織から、源次郎に似た頑固さをじ取る砂原。しかし、いくら『ES能力者』でも戦うことばかりが人生ではない。そう思った砂原は、肩の力を抜きつつ口を開く。

「長谷川が何を思っているかについては、よくわかった。だが、強くなることだけが『ES能力者』の役割ではない。他に目標はないのか?」

強くなるのは構わない。『ES能力者』である以上、ある程度の強さは必要だ。沙織の場合は『ES能力者』としての強さに固執しているため、他の事柄にも目を向けてほしいと思う。

心に余裕を持たず、心を凍らせて戦いに挑むような人生を送ってほしくないのだ。戦場ではそういった面も必要だが、平時においては無用の長である。

「それ以外の目標ですか……」

砂原に問われ、沙織は視線を宙に彷徨わせた。

現在の生活では午前に座學をけ、午後には実技訓練。放課後から翌朝まで自主訓練を行い、休日も自主訓練を行っている。趣味と呼べるものもなく、日々の訓練が趣味のようなものだ。

他の目標が浮かばず、真剣に悩む沙織を見て今度は大場が口を開く。

「そんなに難しく考えなくても良いんだよ? 『ES能力者』の生活から離れた分野での目標でも良い。そうだね、例えば部隊の宿舎ではなく一人暮らしをしてみたいとか、將來は結婚をしたいとか、そういったものでも良いんだ」

冗談混じりに大場が言うと、沙織は首を傾げた。

「一人暮らしや結婚ですか……」

「まあ、人間としては普通の目標……人生の選択ではあるな」

基本的に『ES能力者』は部隊ごとの宿舎で生活するが、結婚した場合や申請をした場合はアパートやマンション、一軒家に住むこともできる。その場合は部隊が駐屯する施設の近くで、なおかつ『ES能力者』が居住することをれている地域のみという制約があるが、後者はともかく前者は大きなネックでもない。

「一人暮らし……結婚……」

視線を飛ばして考え込む沙織を見て、そんなことを考えたことはないのかと大場は思った。しかし、僅かではあるものの沙織の頬が赤く染まっていく。

「そういえば……お爺様から博孝のもとへ嫁ぐことを勧められました。これも目標ですか?」

「えぇっ!?」

沙織の発言を聞き、大場は目を剝いて驚きの聲を上げる。かつての恩師が悲鳴のような聲を上げるのを聞きながら、砂原は真顔で首を橫に振った。

「あれは閣下の冗談……とも思えなかったが、お前や河原崎の意思が最優先だろう。たしかに、お互い結婚相手として適切なのかもしれんが……」

獨自技能を発現している博孝と、『武神』の孫娘である沙織。なくとも、“上”は大喜びしそうな條件だ。しかし、そういったものは両者の意思こそが大事だと砂原は思っている。

「わたしは別に構わないのですが」

「か、構わないのかい!? いや、最近の若い子は進んでるんだねぇ……」

大場が遠い目をしながら呟く。私が若い頃は、などと口にする大場を見て、砂原は苦笑しながらその肩を叩いた。

「大場校長、今は長谷川の進路の話が先です」

「そうだった……うん、そういう目標でも良いと私は思うよ。とにかく、長谷川さんは『ES能力者』として強くなることだけでなく、日常生活の中でも目標と呼べるものを見つけると良い」

「わかりました。ありがとうございます」

頭を下げる沙織。その言葉を最後に、沙織の面談は終わりを告げるのだった。

「なんか、扉越しに教の殺気や笑い聲が伝わってきたんですが、何かあったんですかね?」

そんなことを言いながら室してきたのは、最後の面談者である博孝だった。その傍にはみらいの姿もあり、博孝の服の裾を握っている。

「気にするな。しばかり確認事項があっただけだ」

「そうですか……あ、どうも、お久しぶりです校長先生」

みらいと並んで椅子に腰かけつつ、博孝は大場へと挨拶をする。顔を合わせたのは久しぶりだったが、張もせずに世間話を始める博孝に大場は苦笑した。大抵の生徒は進路の面談ということで張するが、博孝にとっては日常の延長でしかないらしい。

「久しぶりだね、河原崎君。元気そうでなによりだよ。最近は大きな怪我もないみたいだしね」

「あっはっは。まあ、元気なのが取り柄みたいなものなんで。あと、々とご心配をおかけしまして……最近は教にボコボコにされるぐらいで、あとは健康そのものですよ」

冗談を口にしながら笑い、博孝は自分のを軽く叩いてみせる。椅子に座ったみらいは無言でそんな博孝を見つめており、口を開くことはなかった。砂原は博孝と大場の會話を聞いて苦笑すると、博孝とみらいから提出された進路希の調査用紙を手で叩く。

「さて、それでは面談を行おう。しかし……」

場を仕切って話し始めた砂原だが、すぐに言葉を切ってしまった。博孝とみらいが提出した調査用紙には、々と聞くべきことがある。

「河原崎妹は……河原崎兄と同じ部隊への配屬か。まあ、これは仕方がないな」

みらいが提出した調査用紙には『おにぃちゃんといっしょのぶたい』と書かれていた。最近は安定しているが、『構力』の制に不安があるのだ。萬が一を考えると、博孝と違う部隊に配屬することはできない。その“出自”を考えると、博孝とセットにして扱うのは當然と言えた。

砂原はそう結論付けるが、問題は博孝が提出した調査用紙である。

「それで河原崎兄、お前が提出した用紙に書かれている、『できれば空戦部隊』とはなんだ? お前は既に『飛行』を発現している。できれば、と書いた理由は?」

博孝が提出した調査用紙には、『できれば空戦部隊』と書かれていた。そう、“できれば”である。教として、砂原は確認を取る必要があった。

そんな砂原の疑問に対して、博孝は先ほどまで浮かべていた軽い表を消して真剣に尋ねる。

「教、こういうことを聞いて良いものか迷うんですが……俺やみらいって、“普通”の部隊へ配屬されるんですか?」

その問いを前にして、砂原も表を真剣なものへと変える。

「興味深いことを言うな……その疑問はどこから出てきた?」

噓を吐くことは許さないと言わんばかりに、砂原は真剣な目で博孝を見據えた。対する博孝は、砂原の視線をけて肩を竦める。

「自分で言うのもなんですけど……俺って々と“問題”があるじゃないですか。仮に空戦部隊への配屬を希して、それが通るのかなと思いまして」

言葉を濁しているが、砂原にはそれだけで伝わった。

任務に限らず、訓練校から外出する度に発生する“問題”。それは『ES寄生』との戦闘や、敵の『ES能力者』――『天治會』の者との戦闘のことを指している。

訓練校から外出して何事もなかったのは、校して一年目の年末年始に帰省したときぐらいだ。もっとも、その時は砂原から『飛行』の訓練方法を教わったことで沙織に決闘を挑まれ、死に掛けたが。

「部隊側からすると、問題を呼び込む生徒はしくないんじゃないですかね?」

自嘲するように博孝が言うと、砂原は懐から數枚の封書を取り出す。そして機の上をらせて博孝へと渡すと、小さく苦笑した。

「たしかに、お前の周りでは々と問題が起きている。しかし、現時點で卒業後の部隊配屬を求める推薦狀を出している部隊もあるのだぞ?」

言われるままに博孝が視線を向けると、封書のいくつかには見覚えのある名前があった。

「第三十五陸戦部隊の原田陸戦佐に、『いなづま』の鈴木中佐ですか。第二十陸戦部隊の高尾陸戦中佐というのは……ああ、“三回目”の時の」

見覚えのある名前は、過去の任務で関わりがあった部隊の部隊長からだった。高尾の名前を見た博孝は、三回目の任務を行った際に敵方の自から救えなかった陸戦部隊の人員について思い出す。だが、今は故人を偲ぶ時ではないと判斷して頭を振った。

「特に、鈴木中佐はお前をスカウトする気満々だ。どうやら『いなづま』の一件でお前を気にったらしいな。その封書で三通目だぞ。それと、これは非公式の話だが町田佐もお前を部隊にしがっている。もちろん、どの部隊でも河原崎妹を一緒にれる気だ」

「それはなんとも栄なことですね。中を読んでも?」

博孝が確認を取ると、砂原は無言で頷いた。それを見た博孝は、『いなづま』の艦長である鈴木が提出した封書を開ける。封書の中には、博孝が卒業した際はみらいと共に『いなづま』が所屬する部隊へ配屬を希する旨が書かれた手紙がっており、それを認めるために鈴木の上である大久保將のサインも添えられていた。

待遇面での相談にも応じるとされており、訓練生に提示するものとしては破格の容だろう。階級についても、ある程度考慮するとされている。

「おお……なんとも熱烈なラブコールですね。嬉しいやら驚くやら……」

『ES能力者』の數はなく、ES訓練校の卒業生は各部隊での取り合いに近い。通常は部隊員の數が減っている部隊へ配屬されるが、それだけでは済まないのも當然だった。

自分の部隊に、極力有能な者を配屬させたい。『ES寄生』や敵の『ES能力者』と戦う危険を考えれば、そう思うのも無理はない。『ES能力者』の能力は個人差が激しいため、各期の訓練生の中でも績が上位の者は獲得のために將の間で駆け引きが行われているのだ。

博孝はそんな“裏側”を読み取りつつ、鈴木からの手紙を封に戻す。そして、苦笑を浮かべながら砂原に尋ねた。

「それで、俺がいずれかの部隊を選んだとして――その希は通りますか?」

「通らんだろうな」

尋ねた聲は、短く切り捨てられる。大場が驚いたように砂原を見ているが、砂原は博孝から視線を外さない。

「お前ならば、そのぐらいは気付いているだろう?」

「買い被りですね。まあ、無理だろうとは思っていましたけど」

進路を希しても、それは葉わない。博孝はため息を吐きたくなるが、今は他に聞くべきことがある。

「“何か”があるんですよね?」

「機事項だ」

素気無く応える砂原だが、それは博孝の問いを肯定したも同然だった。そのため、博孝はあっさりとを引く。

「了解です。それじゃあ、俺の進路希は空戦部隊への配屬を希する……という“建前”でお願いします」

「“本音”の方は、そうなるとも限らん。場合によっては、“建前”通りになるだろう」

「それじゃあ、俺にできることといったら、これまで通り訓練に勵むことぐらいですか」

的な機にはれられないが、それでも“何か”があるのだと知らされた。それで十分だと思い、博孝は椅子に背を預けて大きく息を吐く。

「というか、これなら俺って面談の必要があったんですかね?」

「ポーズは重要だろう? それに、一番“面倒”だったから最後にしたんだ」

手元の紙にペンを走らせつつ、砂原は言う。しかし、その途中でペンが止まり、砂原は顔を上げた。

「ところで河原崎兄。お前の“進路”については々とあるが、何か希する進路や目標はあるのか?」

砂原がそんなことを聞いたのは、先ほど沙織と話をしたからか。大場も興味を持ったようにを乗り出している。

「お前はこの訓練校に校する前から、『飛行』を発現して空を飛んでみたいと発言していたそうだな。だが、その“夢”も既に現実のものとなっている。これからは何を目標とするんだ?」

進路の相談というよりは、世間話のように尋ねる砂原。博孝はその質問に対して、思わず首をかしげてしまう。

「うーん……困りました。ここまで駆け足できたんで、“先”のことをそこまで考えてないんですよね」

今のところ、一に訓練、二に訓練、三四がなくとも五に訓練だ。沙織同様、毎日を訓練漬けで送っている。

「私生活でも良いんだよ? 好きな子がいるとか、その子と結婚したいとか」

大場が煽るようなことを言っているのは、やはり沙織の影響があるのか。それを聞いた博孝は、指を弾いて笑う。

「ああ、それは良いですねぇ。『ES能力者』とは別の、俺個人の將來の目標は、人で家事が上手な嫁さんを貰うこととか?」

「幸せな家庭を築くんだね。いやはや、素晴らしいことじゃないか。卒業したらすぐに実現しそうなところが、笑って良いのか嘆いて良いのか悩むところだがね」

「え? なんですかそれ」

大場の発言に首を傾げる博孝。大場はなんでもないと言わんばかりに手を振り、そんな二人の話を聞きながら砂原はみらいへと話を振る。

「河原崎妹にも聞いておくが、進路の希や今後の目標はあるか?」

「……おにぃちゃんといっしょのところ」

「それ以外では?」

調査用紙に書いたことを復唱するみらいだが、砂原から踏み込んで尋ねられた。そのため、僅かに考え込んでから答える。

「……おいしいもの、いっぱいたべたい」

「食道楽?」

「……ん、んん……うん」

博孝が口にした食道楽という言葉の意味が理解できなかったが、それでもニュアンスは伝わったのだろう。頷いたみらいは、その瞳を期待で輝かせている。

『ES能力者』の目標としてそれはアリなのか、などと思った博孝だが、砂原は口元を緩め、大場ははっきりと笑みを浮かべて膝を叩いた。

「はっはっは。いや、良い目標じゃないか。日本全國津々浦々、北から南まで。味しいや珍味を食べ歩くと良い。君達『ES能力者』なら、日本だけでなく世界中の味しいを全て口にすることも可能だろうしね」

『ES能力者』の“一生”は長い。現在の研究では壽命が存在するかも不明であり、なくとも、人間と比較すれば數倍は長生きすると考えられている。戦いで命を落とさなければ、日本中どころか世界中の味珍味を口にすることができるだろう。

『ES能力者』である以上、自由に旅をすることはできない。それでも、永い一生を送ればいくらでも機會が訪れる。

(將來を悲観するよりは、そうやって明るく考えた方が良いな……)

目を輝かせるみらいを眺めつつ、博孝は心で呟く。『天治會』に関することだけでも頭が痛いというのに、砂原の様子では“何か”があるらしい。それが何なのかはわからないが、ロクなことではないだろうと博孝は思う。

(結局、今の自分にできるのはこれまで通り訓練で腕を磨くことだけ、か)

そんなことを博孝が思っていると、表に不安や不満のが出ていたのか、砂原がニヤリと笑う。

「安心しろ、河原崎兄。これからはよりいっそう、可能な限り厳しく鍛えてやる。以前は可能ならば、というぐらいにしか考えていなかったが、殘りの一年と半年で空戦技能を叩き込み、『収束』も扱えるようにしてやるぞ」

「うわーい、嬉しくて涙が出ますよー……お願いですから、勢い余って殺さないでくださいね? 俺、まだまだ死にたくないですよ?」

引きつった笑みを浮かべて懇願する博孝だが、砂原からの返答はない。最近の訓練以上に厳しくなるであろう今後を思い、博孝はため息を吐く。

そうやって、第七十一期訓練生の進路調査は終わりを告げた。

以前からの目標を強く思い定める者、新たな目標を見つける者、狀況に流される者。それぞれが、様々な目標をに訓練に勵むこととなる。

訓練校の卒業まで、殘り一年と半年。卒業までに、また、卒業後に自分の思い描く目標を達できるかどうかを知る者は、まだ誰もいなかった。

どうも、作者の池崎數也です。

前話のあとがきに対して様々なコメントをいただき、ありがとうございました。

博孝に対する評価の話を見てみたいという意見が一番多く、二番目は先に進んでほしいという意見が多かったです。

それらを踏まえ、當面は話を進め、キリが良いところで閑話を投下できればと思います(今回の話が終わったことでキリが良いですが、次に書きたい重大イベントがありまして……)。

ご協力いただきありがとうございました。

こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。

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