《平和の守護者(書籍版タイトル:創世のエブリオット・シード)》第九十五話:事前準備

――修學旅行。

それは、人によっては學校生活における最大のイベント。

それは、學生における大きな思い出とり得るイベントであり、一生の思い出にもり得るイベント。

學生として、年頃のとして、砂原の口から放たれた『修學旅行』という言葉を聞いた第七十一期訓練生達は大いに沸いた。歓聲に次ぐ歓聲。歓喜の聲が連鎖し、教室の窓ガラスを揺らす。

「待て、みんな! 油斷するな!」

そんな生徒達の中で聲を張り上げたのは、博孝である。博孝としても、周囲と同様に聲を上げてはしゃぎたい。修學旅行など、『ES能力者』の訓練校では行われるはずもないと思っていたのだ。

修學旅行と聞くだけで、テンションが上がる。そんな心を隠しつつ、博孝は砂原に視線を向けた。

「教、一つ質問があるのですが……」

歓聲を上げた生徒達は、一何事かと博孝を注視する。“この手”のイベントならば真っ先に騒ぐ博孝が、警戒心と猜疑心をわにしているのだ。

「“本當に”修學旅行なんですよね? 冬の雪山に放り出して、雪中訓練とかやらないですよね?」

そんな問いかけに対して、生徒達はハッとした様子で砂原を見た。確かに、砂原ならばやりかねない。そう思って視線を向けた生徒達を見返し、最後に博孝へと視線を向けた砂原は口の端を吊り上げて笑う。

「ほう……見上げた向上心だな。“普通”の修學旅行にする予定だったのだが、生徒の希となれば無視はできん。期待に応えて、五日間みっちりと雪山での訓練を行うよう変更するか? 今ならまだ間に合うぞ」

だが、本當に修學旅行を予定したらしい。護衛を“ける”必要があるとはいえ、それは修學旅行の修學の部分だろう。それを察した生徒達は、水を差す形になった博孝へと罵詈雑言を飛ばす。

「余計なことを言うな!」

「引っ込めアホ!」

「これで本當に変更されたら、一生恨むからな!」

「ぎゃああああああああああぁっ!?」

言葉だけでなく、近くにいた生徒達から袋叩きに遭う博孝。余程修學旅行という響きに惹かれたのか、博孝が抵抗する暇もないほどの暴の嵐だった。椅子から引き摺り下ろされ、數を恃みに降り注ぐ暴力が博孝を襲う。

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「ちょ、やめ、やめてっ、やめろって! 痛い痛いっ! ひ、卑怯だぞ! お前ら午後からの実技訓練で覚えてろがふっ!?」

私刑もしくはタコ毆りと形容すべき暴に、博孝は悲鳴を上げる。しかし、逃げ出すこともできずにその場で力盡きる羽目になってしまった。

「さて、しばかり線したが話を戻すぞ。まずは配った冊子を開け」

教室の床に沈んだ博孝を放置して、砂原は話を進める。博孝の周囲にいた生徒達は肩で息をしながら席に戻って冊子を開き、タコ毆りにされた博孝も席に戻って冊子を開いた。

表紙に『修學旅行のしおり』と銘打たれたその冊子は、修學旅行の日程や宿泊先、いつに何を行うかが記載されている。寸劇を終えた博孝はそれでも疑を込めて容を確認し、みらいを挾んで隣に座っている里香はそれを見て困ったように微笑んだ。

「もしかして、本當のスケジュールは縦読みとか暗號文になってるとか……あるいは、炙り出しで本當のスケジュールが出てきたり……」

「そんなに冬の雪山で訓練をしたいなら、お前一人だけ特別メニューにしてやるぞ?」

呟きが聞こえたのか、砂原が楽しそうに尋ねる。それを聞いた博孝は、砂原ならばやりかねないと判斷して首を橫に振った。

「ノーサー! 普通に修學旅行に行きたいであります!」

「それなら黙って話を聞け、馬鹿者が……まあ、與えられた報を疑う姿勢は悪くない。しかし、今回に限っては本當に修學旅行の話だ」

そう言って、砂原は冊子を読みながら話を進めていく。

修學旅行の日程としては、およそ一ヶ月後――十二月の上旬に四泊五日でスケジューリングされている。

初日に移し、早い時間帯から旅館に宿泊。

二日目は“社會科見學”と移を行い、ホテルに宿泊。

三日目はホテルが管理するスキー場にてスキーを験し、夜間に講演會。

四日目は午前中にスキーを行い、午後から移して市街地で三時間ほど自由行

五日目は夕方まで市街地で自由行を行い、そこから訓練校へと帰還。

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そんなスケジュールが冊子に書かれており、博孝としても信じざるを得ない。ここまで手の込んだ準備を行い、他のことを行う理由もないだろう。

「なお、修學旅行には護衛役として陸戦と空戦から人員が派遣される。諸君らは旅行を楽しみつつ、実際にどうやって護衛が行われるかを學べ。見取り稽古とでも思えば良い」

話を進めるにつれて落ち著きを失う生徒達を見て、砂原は苦笑を浮かべる。生徒達はが開くほどの真剣さで冊子を見詰め、冊子に書かれている容を読しているのだ。近くの席の者と小聲で會話し、楽しそうな笑みを浮かべる者もいる。

ES訓練校では娯楽がない。むしろ、ほとんどないと言っても過言ではない。日々の授業や訓練以外では、食堂や売店しか存在しないのだ。

給料があっても使う場所がなく、日用品以外の購は売店の通販で注文するしかない。休日には外出も可能だが、事前に申請を行う必要があり、気軽に外出することは不可能だった。

それ故に、生徒達は修學旅行というイベントに大きな期待をしてしまう。ただの外出ではなく、修學旅行だ。任務を兼ねているが、それでも旅行の要素が大きい。

「……おにぃちゃん、しゅーがくりょこーってなに?」

そんな喧騒の中で、みらいは隣の席の博孝へと質問を行った。周囲の生徒が喜んでいるのはわかるが、その理由がわからないのだ。

「修學旅行っていうのはだな……みんなで遠い場所に行って、一緒に泊まったり、味しいを食べたり、珍しいを見たりするんだ」

「……たのしいの?」

「おお、そりゃもう楽しくて仕方がない行事だ」

修學旅行とはなんぞや、というみらいの問いに対し、簡潔に答えていく博孝。みらいは上手く想像できていないようだったが、それでも『楽しい行事』だということは理解した。

「……おいしいもの、たべれる?」

「修學旅行だからな。味しいがたくさん食べられると思うぞ」

楽しさよりも食事への興味を示すみらいに苦笑しつつ、博孝は頷いた。みらいはその言葉を聞くと、小さく笑って何度も頷く。

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「……たのしみ」

期待わにするみらい。しかし、それを見た博孝は苦笑を深めながらみらいの頭をでた。

「といっても、今から一ヶ月以上先の話だ。準備は必要だけど、今から楽しみにし過ぎても疲れるぞー。浮かれ過ぎて注意が散漫になって、訓練で怪我をしたら目も當たられないしな」

はしゃぎたいのは博孝も同様だが、修學旅行は一ヶ月以上先だ。浮かれた気分で訓練を行えば、怪我どころでは済まない可能もある。適度に楽しみにしつつ、実際に修學旅行が開始されてからはしゃげば良いだろう。

そんな博孝の聲が聞こえていたのか、教壇に立つ砂原は大きく頷いた。

「河原崎兄が“珍しく”良いことを言ったな。諸君、浮かれる気持ちはわかるが一ヶ月以上先の話だ。浮かれたままで訓練を行った場合、予期せぬ事故が起きやすい。心を落ち著けて訓練に勵みたまえ」

真剣な顔で砂原が注意を促す。生徒達は浮かれていた自覚があったため、顔を見合わせてから恥ずかしそうに意気消沈した。博孝はそんなクラスメート達の落ち込んだを読み取り、場の空気を変えるべく口を開く。

「ところで教……“珍しく”は余計であると愚考するのですが、どうでしょうか?」

「日頃の行いを鑑みれば、妥當な評価だろう」

「ひでぇ!?」

抗議するようにを尖らせる博孝だが、砂原は取り合わない。他の生徒達といえば、博孝と砂原のやり取りを聞いて頷いていた。砂原の言葉に賛同しているのだろう。

砂原は生徒達を見回し、落ち著きを取り戻したのを見てから真剣な表で言葉を投げかける。

「諸君、我々『ES能力者』の“一生”は長い。しかし、自由に旅行へ行くのも難しいだ。そのため、訓練生のに任務の一環として修學旅行が予定されている」

真剣な砂原の様子に、生徒達も背筋をばして真剣に聴きる。

「純粋な修學旅行とは言えん。しかし、それでも修學旅行だ。學を修め、それと同時に旅行を楽しむ。安全については正規部隊員が保証しよう」

砂原はそこまで言うと、真剣な表を崩してニヤリと笑う。

「喜びたまえ。『ES能力者』の訓練生が行う修學旅行に対しては、大きな予算が割かれている。諸君らに払われている給料からの積み立てもあるが、半分は國からの補助だ。旅行の容には期待できるぞ?」

おどけるように告げる砂原に、それまで真剣な様子で聴きっていた生徒達も再度の歓聲を上げる。砂原の言葉を聞いた博孝も、今度こそは遠慮なく歓聲を上げるのだった。

それからというもの、第七十一期訓練生達は授業や実技訓練に対してこれまで以上に意的に取り組んだ。

一ヶ月後には、修學旅行がある。そんな希を合言葉に、眠たくなりそうな午前の授業も、砂原によって地獄絵図が描かれる午後の実技訓練も、これまで以上の気迫と気合を以って乗り越えていく。

無論、浮かれて事故を起こす真似はしない。その點については砂原が口にした通り、気を引き締めている。心が躍るイベントを前にしているからこそ、平常心が重要なのだ。喜怒哀楽の全てをせと言われると難しいが、それでも目の前の授業や訓練だけに集中することはできる。

一ヶ月近い期間があるにも関わらず修學旅行の予定を公表したのは、砂原なりの配慮と神修養を兼ねてのことだ。何が一つでも楽しみがあれば、やる気も出る。しかし、浮ついた気持ちも浮かぶだろう。『ES能力者』として、どんな狀況でも落ち著いていられるようにと思ったのだ。

だけ鍛えても意味はなく、神も鍛えなければならない。もっとも、生徒達からすれば一年以上砂原に鍛えられたことで神的な“タフさ”は十分にに付けていたが。

生徒達が修學旅行を楽しみに思い、日々の授業や訓練に勵む中。教であり修學旅行でも引率を務める必要がある砂原は、様々な雑事に追われていた。

訓練生と云えど、『ES能力者』だ。三十三名もの『ES能力者』が四泊五日で訓練校を離れるとなれば、懸念事項が多々発生してしまう。

これが正規部隊員ならば、それほどの問題にはならない。しかし、修學旅行に行くのは訓練生なのだ。宿泊施設の手配などは面倒の一言で済むが、護衛の手配はそうはいかない。

手配する陸戦および空戦部隊の選別に、往路復路での護衛勢の確認。有事の際の対応手順など、“外敵”に対する備えも十全に行う必要がある。

基本的に、修學旅行を行う訓練生に宛がう正規部隊員は期毎に変わる。実際に護衛任務を行ったことがあり、訓練生を守れるだけの技量を備えた部隊が選ばれるのが通例だ。しかし、訓練生の護衛を兼ねて自分達も観地に行けるため、修學旅行の護衛任務は人気が高いという“裏側”もあった。

通例では陸戦から一個大隊、空戦から一個中隊が護衛に就く。それに加えて普通の兵士も隨伴するため、総勢で百名近い人數で移することとなる。

訓練生も數に數えれば、『ES能力者』だけで二個大隊以上だ。訓練生を抜いたとしても増強大隊規模であり、戦力としては非常に大きい。

だが、砂原としては大きな懸念があった。それは任務の度に発生する“問題”への懸念であり、長年『ES能力者』として生きてきた砂原には無視し得ないものだ。

戦力的に問題はない、と考えるのが普通だ。これだけの戦力が集まれば、並大抵の敵は手出しすら控えるだろう。砂原はそう思うが、それでも懸念は潰しておくに限る。故に、砂原は一つ手を打つことにした。

護衛に參加する部隊の選別について、『ES能力者』を取りまとめる源次郎に陳を出したのだ。そしてその日、護衛の打ち合わせも兼ねて一人の男が訓練校を訪れることとなる。

『飛行』を使わずに車で正門を通り、訓練校の中央にある教員用施設へと訪れた一人の男――町田は、苦蟲を噛み潰したような顔付きで車から降りた。そして、町田が接近していることに気付いた砂原がそれを“笑顔”で出迎え、敬禮をわす。

「わざわざご足労いただき申し訳ございません、町田佐殿」

「出迎えご苦労、砂原軍曹」

他の教員が通る可能もあるため、儀禮通りにやり取りをわす二人。砂原は會議室へと町田を通すと、手ずからコーヒーをれて町田へと差し出す。コーヒーをけ取った町田は、劇薬でもけ取ったような顔付きでコーヒーに口を付けた。そして、早々に階級という仮面をぎ捨てる。

「お久しぶりです、先輩」

「おや、階級が下の者に対して――」

「それは良いじゃないですか!? こっちの方が話しやすいですし、他に誰もいないんですから!」

ギラリと視線を鋭くする砂原に、町田は慌てて抗弁した。砂原はそんな町田の様子に苦笑すると、自分も椅子に腰を掛けてコーヒーを飲む。

「さきほども言ったが、わざわざ訓練校まで來てもらってすまんな」

「いえ、久しぶりにドライブができて楽しかったですよ……拒否できるとは思えませんし、斷われても後が怖いですし……」

後半は小聲で呟き、コーヒーを飲むことで誤魔化す町田。それが聞こえたのか聞こえなかったのか、砂原の眉が僅かにく。それに気づいた町田が、慌てたように口を開いた。

「というか先輩、なんで第五空戦部隊(うち)が訓練生の修學旅行に隨伴するんですか? 予定にはありませんでしたよね?」

誤魔化すための話題だったが、町田としても気になった點である。先日、源次郎からの直接指名で第五空戦部隊が第七十一期訓練生の修學旅行の護衛を務めることになったのだ。

さすがに第五空戦部隊全員で赴くわけではないが、可能な限り優秀な人員で構した中隊を同行させるよう言い含められている。ついでに言えば、中隊の指揮を町田が執るよう源次郎に言われており、その言の裏に目の前の“先輩”の影が見え隠れして仕方がなかった。

“後輩”からの質問をけた砂原は、コーヒーカップを機に置きながら口を開く。

「訓練生の修學旅行には、陸戦からの一個大隊に空戦からの一個中隊を護衛に配するのが基本だ。第五空戦部隊が選ばれたのは……まあ、偶然ではないか?」

「予定では第七空戦部隊でしたよ。事前に通知が出ていましたし。突然うちの部隊に変わったから、あそこの佐に文句と愚癡を言われたんですが」

とぼける砂原に、文句を言う町田。その文句を聞いた砂原は、一拍置いて椅子から立ち上がった。

「“これまで”のことを考えれば、空戦部隊ぐらいは信頼が置けて腕が立つ部隊を選びたい。さすがに俺の古巣には頼めんし、お前なら生徒達とも面識がある。だからこそ、第五空戦部隊が適任だと判斷した……迷をかけてすまんな」

そう言いつつ姿勢を正して下げられた砂原の頭を見て、町田は驚愕のあまりコーヒーカップを床に落としかけた。砂原が、自分に対して頭を下げている。その事実を前に、町田は畏れと恐怖を抱きながら首を橫に振った。

「い、いや、『零戦』の方々を訓練生の修學旅行に宛がうのは無理でしょうし、止めてほしいですから良いですし、うちの部隊の連中も味いが食えるって喜んでるから良いんですけど……」

砂原に謝罪と共に頭を下げられた記憶など、ほとんどない。これは砂原が町田に対して橫柄、あるいは高圧的な態度で接しているからではなく、謝罪に値するようなことを砂原が行わないからだ。

町田からすれば、例え階級差があろうと砂原の方が“上”の存在だ。年齢、『ES能力者』としての技量、人格など、様々な點で町田自がそれを認めている。長年部下を務めていたこともあり、町田は砂原という人を良く知っていた。

端的に言えば、町田にとって砂原は尊敬に値する人だ。地獄のような錬には閉口せざるを得ないが、それも町田や他の部下を鍛えたのは生存確率を増すためであるし、“昔”は砂原一人しか使えなかった『収束』を惜しみなく教授された恩もある。

訓練では厳しくともそれ以外のところでは融通が利き、任務では率先して危険な場所へ飛び込む豪膽さもあった。指揮先頭の神で敵『ES能力者』達とぶつかり合い、部下の負擔を軽くする配慮もあった。

「せ、先輩? 頭を上げてくださいよ!」

そんな砂原に頭を下げられ、町田としては慌てて頭を上げるよう促すしかない。だが、砂原は中々頭を上げようとしなかった。

砂原が源次郎に陳を行い、必要を認められて護衛擔當部隊の変更が行われたが、それは様々な方面に迷をかける行為だ。第五空戦部隊は護衛による危険があり、第七空戦部隊は突然護衛から外されたことで不満が殘る。その辺りは源次郎が上手く執りしているが、砂原からすれば橫紙破りに近い。

他の空戦部隊を信用していないわけではない。空戦部隊――すなわち『飛行』を発現している『ES能力者』となれば、その実力は陸戦部隊の者を超える場合がほとんどだ。訓練生の護衛ならば、どの空戦部隊が行っても大差はないだろう。

通常ならば、砂原とてそう思う。しかし、砂原が擔當する第七十一期訓練生は通常でも普通でもない。校してから半年で獨自技能を発現した博孝に、人工『ES能力者』のみらい、『武神』の孫である沙織。他の生徒とて、平均的な訓練生の技量と比較すれば高い水準にある。

訓練生はやがて正規部隊へと配屬される。卵から雛鳥への変化程度だが、卵の時點で割ってしまえばどうなるか。それは一時的な損失に留まらず、將來的には大きな損失へとつながってしまう。

訓練生が卒業しなければ正規部隊員の數は増えず、『ES能力者』の數によって影響が出る國際バランスも偏ってしまう。それも、悪い方向に。

だからこそ訓練校という塀に囲まれ、『ES能力者』や兵士が守る場所で訓練生を鍛えるのだ。任務の時も留意すべきだが、今回は修學旅行である。訓練生には羽をばさせ、護衛である正規部隊員はそれを守り抜く必要がある。

砂原は教として、一人の『ES能力者』として、一人の“大人”として、最善の手を打つ必要があった。

修學旅行ということで、今回ばかりは海上護衛任務の時のような“裏技”が使えない。さすがに伝手のある者達に休暇を取らせ、旅行を裝って護衛に就かせるわけにはいかなかった。

最善は外部から手出しができない、あるいは手出しをしようと思えない護衛をつけることだ。町田が言ったように、『零戦』を護衛に呼べれば最善だろう。しかし、『零戦』は日本の『ES能力者』の中でも最鋭。訓練生の護衛任務に引っ張り出せるはずもない。

それならばと選んだのが、町田が率いる第五空戦部隊だった。部隊長の町田については砂原も信頼できる。“以前”の任務で第七十一期訓練生に迷をかけた點から、融通を利かせやすい。

相手が真正面から挑んでくるのならば、ダース単位で相手にしてやろうと砂原は思う。敵対して“教え子”に手を出すのならば、相手をするついでに風をこじ開けてやろうとも思う。だが、真正面から挑んでくる相手ばかりではないのだ。

「今回は……いや、今回も俺の我儘だ。俺に力を貸してほしい」

顔を上げて真摯に頼み込む砂原に、町田は安堵しつつ苦笑する。

「決まったことですから、嫌と言われてもついていきますよ。何かあったら、先輩のサポートぐらいはさせてもらいます。まあ、先輩の教え子は“元気が良い”ですからね。サポートも必要はないかもしれませんが」

「そう言ってもらえると助かる。なにせ、修學旅行だ。生徒は護衛について學ばせるが、生徒以外にも懸念すべき點があるしな」

そう言いつつ、椅子に座り直す砂原。町田は修學旅行のしおりを手に取ると、その中を確認して納得したように頷く。

「今期の生徒も“あの人”のところに行くんですね。そうなると、“ネズミ取り”が必要ですか」

「そうだ。もっとも、こっちでネズミを狩らなくても自分で狩ってしまうがな」

町田の言葉に笑って返す砂原。それを聞いた町田は、思わず苦笑してしまう。

「“あの人”も大概ですよね……この國の『ES能力者』としてはありがたい存在ですけど、あまり無茶なことはしないでほしいですよ」

「本人に言え。長谷川中將ぐらいしか言うことを聞かせられん」

砂原はそこまで言うと、頭を振って気分を切り替える。話が線してしまったが、今日は護衛に関する打ち合わせを行うために町田を呼んだのだ。電話で話をしても良いが、顔を合わせて話をした方が報がれない。

「では、生徒を護衛する際の配置について決めるか……」

本來ならば陸戦部隊を率いる部隊長もえて話をしたいところだが、陸戦部隊と空戦部隊ではき方が異なる。事前に町田と話をしておき、後日に陸戦部隊と話を詰めれば良いだろう。

そう判斷した砂原は、町田との會話に集中をする。ここでの會話が、しでも教え子達から危険を遠ざけることになるのだから。

そして一ヶ月後、第七十一期訓練生達は修學旅行へと旅立つことになる。

ある者は待ちに待った修學旅行に喜び、ある者はこれからの修學旅行に思いを馳せ、ある者は何も問題が起きないように祈る。

冬らしい寒さと旅行日和の好天の下で、第七十一期訓練生の修學旅行が始まるのだった。

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