《平和の守護者(書籍版タイトル:創世のエブリオット・シード)》閑話:『きょうすけ』の災い
名前というものは、個人を表す記號にして親から最初に與えられる贈りである。
どのような名前が與えられるかは両親の好みや生まれた狀況などに左右されるが、大抵の場合は子どものためを思って名前をつけるだろう。
中には珍妙かつ難解、奇妙奇天烈で訶不思議な名前を與えられることもあるが、それも親のの一種だと思われる。
彼――竹村京介にとって、名前というものは特別意識したことがない。
日本全國を探せば同名どころか同姓同名の者が百人単位で見つかるであろう、普通の名前だと思っている。
ただし、それは普通の人間であればの話だ。竹村は『ES能力者』であり、日本に所屬する『ES能力者』の中で同姓同名の者は聞いたことがない。
日本に所屬する『ES能力者』は約六千名。その半分がと考えれば、同は三千名前後。竹村という名字は珍しくもなく、京介という名前も珍しくないが、漢字まで含めて姓名が完全に一致するには人數がない。
そんな彼が自分の名前を意識したのは、周囲の同僚の態度が変化したことに端を発する。
『天治會』の襲撃に『ES寄生』の大規模攻勢、さらには室町によるクーデター。『星外者』と呼ばれる『ES能力者』を超える化けが暴れるなど、日本のみならず世界中が未曽有の大混に陥ったのがつい二週間前。
竹村は訓練校を第六十七期に卒業し、配屬先の部隊の中ではまだまだ新米扱いされていたが、『ES寄生』からすれば新兵も古參兵も関係ない。第三陸戦部隊に所屬する竹村は『ES寄生』の迎撃に駆り出され、必死に戦い抜いた。
『防型』に分類される彼は仲間と連攜し、敵の攻撃から味方を守るのが主な役割である。直接『ES寄生』と毆り合う機會はなく、『攻撃型』などの前衛と比べるとの危険はない。
普段の任務であれば、頼りになる隊長や先輩などの活躍によって竹村の出番はほとんどなかっただろう。だが、その時ばかりは狀況が異なる。
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通常の任務で戦する『ES寄生』は々一、二だが、様々な種類の『ES寄生』が暴れ、『天治會』の『ES能力者』が侵攻し、さらには何が起きたのか味方の『ES能力者』が襲い掛かってきたのだ。
それは激戦と呼ぶに相応しい戦場であり、竹村が死を覚悟したことは片手の指の數では足りない。両手両足の指でも足りるかどうかという頻度であり、骨折數か所に裂傷多數で済んだのはむしろ幸運な部類だっただろう。
第三陸戦部隊からは多數の重傷者に加えて十名ほどの死者が出ており、同僚や先輩の死は怪我に苦しむ竹村へ追い討ちをかける形になった。
しかし、『ES能力者』である以上そこで立ち止まるわけにはいかない。竹村は後々知ったことだが、『ES能力者』をる力を持つ『星外者』が倒され、『天治會』も壊滅に追い込まれたのだ。
それも、『星外者』を倒したのは二十歳になるかならないかという若輩の『ES能力者』と聞く。
「世の中にはすごい奴がいたもんだ……」
その話を聞いた竹村は、そう呟くに留めた。『ES能力者』は個人差が大きい生きであり、何より同じように激戦を生き抜いたとしては嫉妬する気にもならなかったのである。
無辜の人々を守る『ES能力者』としては膝を折ってなどいられず、竹村は怪我が治り次第即座に部隊復帰した。その神の強さは稱賛されるべきだろうが、前述となる周囲の空気の変化をじ取ったのである。
最初は仲間が戦死したことで空気が重くなっているのかと思ったが、明らかに自分の方を見ながらヒソヒソと言葉をわされること數度。一何事かと確認をしてみれば、名前を確認された上で想笑いを浮かべられた。
「あー……竹村上等兵、君の下の名前はなんだったか」
「京介でありますが……それが何か?」
「いや、うん、なんでもない。気にするな」
そう言ってそそくさと立ち去る先輩の背中に、苛立ちよりも不安を覚えたのは激戦を生き抜いて鍛えられた直に因るものか。腑に落ちないものをじたが、相手は先輩であり上だ。強く尋ねることもできず、この時は引き下がった。
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「竹村上等兵。君が『ES能力者』になる前の出地はどこかね?」
「小の出地、ですか?」
數時間後、今度は別の先輩に出地を尋ねられて心中の不安が膨らんだ。
先日の戦いによって大規模な部隊再編が噂されているが、出地を聞かれるということは異させられるのかもしれない。現在の部隊に著があるためそれは避けたいが、同時に、改めて出地を聞かれたことで警戒心が頭をもたげた。
それでも先輩の質問であり、竹村は素直に答える。するとその先輩は禮を言って立ち去り、離れた場所にいた同僚と話を始めた。
「……やっぱり……と同じ出地で……」
「……ということは……本當にあいつが……」
「……他に……って名前の……知らない……」
上や先輩の話を盜み聞きするつもりはなかったが、『ES能力者』は耳が良い。そのため竹村は斷片的ながらも會話を拾い、心で首を傾げた。
(何だ? 俺、何かしたっけ……)
伝わってくる雰囲気だけで判斷するならば、悪評ではないと思う。隠しているようだが好奇心をヒシヒシとじる程度で、今のところは悪いを抱いて噂しているようには思えなかった。
噂好きなおば様方の井戸端會議のような、『ちょっと、聞いた?』というような軽い雰囲気である。
竹村は噂に敏ではなく、周囲の噂も気にする質ではない。上や先輩、あるいは同僚達も常にヒソヒソと話しているわけではなく、職務中はそのような素振りを見せないのだ。そのため竹村は深く追求することもなく、戦後の復舊作業に従事していた。
しかし、である。その三日後、第三陸戦部隊が所屬する基地で復舊作業に當たっていた竹村は、遠くから聞こえる聲に首を傾げることとなった。
「あれ? 先輩、なんか表が騒がしくないですか?」
「ん? たしかに……なんだろうな」
傍で瓦礫を撤去していた先輩に話を振るが、竹村の聞き間違いではなかったらしい。遠くから押し問答するような聲が聞こえており、周囲にいた同僚達も首を傾げていた。
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『ES能力者』が所屬する基地は當然ながら軍事基地であり、部外者が侵できないよう壁や鉄柵で囲われている。そのため部にるには正門などを通る必要があるのだが、どうやら正門前でめ事が起こっているようだ。
機の問題もあり、部外者が基地にるためには許可を取る必要がある。『ES能力者』や兵士ならばまた話も別なのだが、民間人などは基本的にることができない。ることができるとすれば、々が基地部で働く職員程度だ。
『――! ――!』
「なんかんでますよ。れろだの誰かを呼べだの」
「『ES抗議団』でも來たのか? 正式なアポもなしに來たんなら、銃殺されても文句は言えねえぞ」
國防を擔う『ES能力者』だが、その存在を良く思わない者も一定數存在する。『星外者』との戦いでは民間人の死者こそ皆無だったものの、負傷者や建の破壊は大量にあった。
それらの被害に関して、近隣の町からクレームをつけに來たのだろうか。そんなことを考える竹村だったが、耳を澄ましてみると何やら聞き逃せない単語が聞こえてきた。
『……に……『きょうすけ』と……』
『……を出して……インタビュー……』
――今、何故か、自分の名前が呼ばれたような。
竹村は思わずその場でフリーズするが、何かの聞き間違いだろうと思い直して再起した。
「……おい、お前の名前を呼んでないか? お前の下の名前って京介だろ?」
だが、同じようにして聞き耳を立てていた先輩から現実に引き戻される。
「いやいやいや! たしかに俺の名前は京介ですけど! インタビューがどうとかんでますよあいつら!」
遠目に見てみると、テレビカメラやマイクを手に持つ集団を目視することができた。どうやら『ES抗議団』ではなく、どこかのテレビ局のインタビュアーらしい。
「……あ、なるほどなぁ」
混していた竹村だったが、傍にいた先輩が何やら納得したような聲をらす。その呟きが聞こえた竹村は反的に視線を向けると、即座に詰め寄った。
「なんです? 何か知ってるんですか? そういえば最近先輩方って俺に冷たいですよね? 何か含むことがあるなら是非言ってください。さあさあ早く言ってください」
自分が理解できていないところで、何か致命的な事態が進行している。まがりなりにも激戦を生き抜いた竹村の脳裏に、エマージェンシーを告げるサイレンが鳴り響いていた。
「んん? あー、そのだなぁ、俺は特に気にしてなかったんだが……」
「俺は気になります。ものすごく、切実に、かつてないほど気になります。『ES寄生』に毆られて骨が折れた時よりもヤバいって俺の勘が言ってます」
遠くから聞こえる聲に気を取られていたが、周囲を探ってみると復舊作業をしていたはずの同僚や上達から視線を向けられていた。興味や好奇心、そして何故か嫉妬が多分に含まれた視線は、の危険を覚えるほどである。
目を走らせて詰め寄る竹村の姿に、先輩はため息を吐いた。ついでに『俺は信じてないよ?』とでも言いただけな雰囲気を漂わせつつ、聲を潛めて尋ねる。
「お前さ、神楽坂優花って“知ってる”か?」
「……? は、はい? なんでその名前が?」
実は知らないに何か重大なミスでもしていたのではないか。そんな危懼を抱いていた竹村は、先輩の言葉を聞いて思わず怪訝そうな顔をしてしまった。
(神楽坂優花って、歌手の? いや、この前出した曲もミリオン突破したからそりゃ知ってるだろ……俺もCD持ってるし)
を張ってファンだと言えるほどではないが、最近流行の歌ということで竹村も優花が発売したCDを買っていた。年齢に見合わぬ歌唱力と可らしいルックスは、一度目にすれば忘れることはないだろう。
「“優花ちゃん”がどうかしたんですか?」
ファンがアイドルを呼ぶ時特有の、名前にちゃん付け。先輩の質問に虛を突かれた竹村は反的にそう答えていたが、それを聞いた瞬間、それまで気遣う態度を見せていた先輩の目が瞬時に細まった。
「……そうか、知ってるのか」
「え、ええ……」
――先輩だってファンでしょう?
そう言いたかったが、目の前の先輩の雰囲気があまりにも急変していたため言葉にならない。
「お前、神楽坂優花の出地って知ってるか?」
「は、はぁ……一応は。今は違いますけど、以前住んでた俺の実家に近かったはずです」
優花のプロフィールに関しては公表されており、有名なアイドルと比較的近い場所で生まれたと知った時は竹村も妙な嬉しさを覚えたものだ。
し年齢が離れているため小學校や中學校で會ったことはないが、気付かなかっただけでどこかですれ違っていた可能もある。運が良ければ友達ぐらいにはなれていたかもしれない、などと空想するぐらいには出地が近かった。
「そうか……そうか」
「あの、先輩? なんか目が怖いんですが……」
ついでに言えば、聲も怖い。竹村は獰猛な『ES寄生』を前にしたような張を覚えたが、相手は同じ部隊の先輩だ。恐れる理由はない――はずである。
現に、先輩は目を閉じて數回深呼吸をすると、落ち著きを取り戻したように靜かな聲を発した。
「……気をつけろよ竹村。あと、強く生きろ」
そう言って背中を向けた先輩に、竹村は思わず手をばす。
「な、何がどうなればそんな話に!? 先輩!? 一なんだっていうんです!?」
悲鳴のようにんでしまうが、先輩は振り返らなかった。
運が悪いのか間が悪いのか、激戦の真っ最中でラジオなどを聞く余裕がなかった竹村は、優花の“弾発言”に関してはまったく知らなかったのである。
戦いが終わった後も、院してを治すことに専念していた。ニュースや新聞に目を通してはいたが、日本各地の被害狀況や復興狀況ばかり確認していたため、気付きようがなかったのだった。
さらに三日後のことである。
竹村は部隊長に呼ばれ、駆け足で部隊長の執務室へと向かっていた。夕食を食べている途中、苦蟲を噛み潰したような顔をした部隊長に食事後に顔を出すよう言われたのだ。
(俺だけを呼ぶなんて……)
何かしたのだろうか、などと疑問に思えればまだ幸せだっただろう。呼び出された理由はここ數日の部隊の空気に関してに違いない。
竹村は復舊作業に集中していたものの、ふとした拍子に視線をじる。さらには自分の方を見ながらヒソヒソと言葉をわしている姿も散見され、困っていたのだ。
一何故かと理由を尋ねてみても、全員が曖昧に笑って距離を取っていく。中には『彼とはいつからの付き合いなんだ?』などと尋ねてくる者もいたが、竹村には付き合っている彼などいない。
年齢イコール彼いない歴を更新中のだ。そのため逆に何かを聞かれても首を傾げることしかできず、そんな竹村の姿に何かを納得したように頷いて去っていく同僚達の姿を何度も見る羽目になった。
「竹村上等兵、室いたします!」
予想と呼べるほど大したものではないが、間違ってもいないだろう。竹村は部隊長の執務室に到著すると聲を張り上げ、返事を待ってから室する。
「……來たか」
竹村のことを待ち構えていたのだろう。第三陸戦部隊を指揮する部隊長は椅子に座って機に両肘をつき、表を隠すように口の前で両手を組んでいる。
部隊長の雰囲気に含まれているのは、困と疑念。外見は二十代前半の男だが、部隊長は今年で四十歳を迎え、陸戦佐としてこれまで戦い抜いてきた『ES能力者』だ。そんな部隊長に負のを滲ませながら視線を向けられた竹村は、音を立てて唾を飲み込んだ。
「……命令につき、出頭いたしました。佐殿、小に何か……」
それでも黙っていては何も解決しない。そのため竹村が用件を尋ねると、部隊長は竹村の目をじっと見つめる。
それは何かを探るような目だ。噓偽りを許さず、的確に真実を暴こうとする追及の眼差しだ。
(な、なんだ? 本當に何がどうなってるんだ? 俺は一何をしたんだ?)
先輩や同僚だけでなく、部隊長にまで疑問の目を向けられた竹村は心で激しく揺する。こうして単獨で呼び出されたのは初めてであり、部隊長の態度を見る限り部隊再編に伴う異などの用件ではなさそうだった。
部屋の中にいるのは部隊長と竹村だけであり、他の者はいない。部隊長が使用するということもあり部屋は防音で、誰かが部屋の外で聞き耳を立てていても聞こえることはないだろう。
「まあなんだ、まずは楽にしたまえ」
「は、はあ……失禮いたします」
直立不だった竹村だが、部隊長から促されて『休め』の勢を取る。勢はともかく、その心中はまったく休まりそうになかったが。
「最初に言っておくことがある……俺は部隊員の友関係についてとやかく言うつもりはない。無論、『ES能力者』として機の保持を徹底する必要はあるが、な」
「それは……ごもっともかと」
一般的な認識として、『ES能力者』や『ES寄生』に関する報はほとんどが機に該當する。家族など近なところに『ES能力者』がいるならばともかく、民間人が知ることができる報は高が知れていた。
かといって『ES能力者』と民間人の友をじるということもなく、“節度”を持っていれば大きな問題にはならない。他國のスパイが報を得ようと接近してくるならば話は別だが、その辺りの防諜に関してはES訓練校でも習うことだ。
それ故に、部隊長からこのような話を振られる意味がわからない。ES訓練校に校するまでに得た友人へ機報をえいした覚えもなく、こうして部隊長に一対一で詰問染みた會話をする理由が思い浮かばなかった。
「しかし、だ。部隊を預かるとしては、部隊の規律をす要因を放置しておくこともできん」
「? ……? …………ッ!?」
部隊長の言葉を理解しかねた竹村だったが、數秒の間を置いてようやく理解する。
“原因”については全くに覚えのないことだが、自分の存在が部隊の規律をす要因だと言われたのだ。
「しょ、小がでありますか?」
「ああ……部下からも何度か報告があってな」
揺した様子の竹村とは対照的に、部隊長は重々しく頷くだけである。
(報告って……一何を言われたんだ?)
聞きたいが、聞くのも怖い。
品行方正とまでは言わないが、竹村としては自分なりに真面目な勤務態度で任務に邁進してきた。訓練で手を抜いたことはなく、部隊での新米なりに必死で勵んできたのだ。
「改めて言うが、俺としては個人の友関係にまで口を挾む気はない。相手の立場も立場だ。お前が周囲に“その関係”を明かさず、黙っていたのも當然だろう」
それまでの空気を和らげ、理解を示すように口元を緩める部隊長。若者の行いを微笑ましく思うような、好意的な反応である。
――これ以上なく、何かが、おかしい。
竹村は背中に冷や汗が浮かび上がっていくのをじた。自分の與り知らぬところで、取り返しのつかないことが進行している気がする。
「し、佐殿? 小の友関係と言われましても……」
「ああ、構わん。隠そうとしているものをわざわざ暴く趣味もない。まったく、このような話で浮つきおって……いくら部隊に被害があったからといって、このような話題で統制をすなど訓練が足りん」
不満そうに言うと、部隊長は機の上に置いてあった煙草を手に取った。そして火を點けて紫煙を吸い込むと、苛立ちごと吐き出すように煙を吐く。
「部隊の再編も控えているというのに……ああ、すまんな竹村。俺が言いたかったのは、部隊を引き締め直すからお前は気にするなということだ。別に糾弾するだとか、彼と別れろなどと言うつもりはない」
――激戦の後だからこそ気を引き締めるべきだというのに。
不満そうにブツブツと呟く部隊長の姿に、竹村は額にまで冷や汗が浮かび上がるのをじた。何がどうなっているのかわからないが、一つだけ誤解が解けそうな部分がある。
「佐殿……その、小の彼がどうとかいうのは……?」
「ん? 彼は彼だろう……っと、別に言う必要もない。どこから嗅ぎ付けたのかマスコミが押し寄せてきたが、そちらもシャットアウトしてある。お前が気にすることではない」
竹村を安心させるように微笑む部隊長だが、すぐに再び不満そうな顔になった。
「ここ最近、防衛省へのハッキングが集中していると聞いたがその関係かもしれんな……長谷川大將閣下に陳して“モグラたたき”の準備もしなければならんだろう。部隊の者にも注意を促すが、お前も注意しておけ。どこにモグラが潛んでるかわからんからな」
モグラとは報の竊取を目的としたスパイのことだろう。竹村にもそれは理解できた――が、やはり部隊長の言っていることが理解できない。
「佐殿、その、まことに申し上げにくいことなのですが、小と佐殿の間に深刻な認識の齟齬がある気がしてならないのですが……」
むしろ、自分以外の部隊員全員と認識の齟齬がある気がする。竹村はそうびたいのを堪え、今は部隊長との會話に集中する。
「認識の齟齬だと? ふむ……何かあるのかね? まさかモグラが専任のスパイではなく、うちの部隊かららした者がいると? 俺の部下に仲間の報をらす間抜けはいないと思うが……」
違う、そうじゃない。モグラが第三陸戦部隊の部隊員などとは一言も言っていない。
そうびたくなったが、竹村は激戦を生き抜いた神力を以って必死に抑え込んだ。
「いえ、モグラの話ではなく……小のその、彼がどうとか……」
「俺は詮索しないと言っただろう? たしかにお前も肩が狹いかもしれんが、人の噂も七十五日だ。基地の復舊作業が終わる頃には収まっているだろうよ」
だから気にするな、と言わんばかりに笑う部隊長。そんな部隊長の笑顔に、さすがの竹村も自制をなくした。
「違います! 小には彼などいません! 生まれてこの方、一度たりとも!」
思わずんでしまった竹村だったが、後半は必要なかったと気付いて自決したくなった。どうして人生で一度も彼ができたことがないとぶ必要があったのか。竹村は後悔したが、後の祭りである。
部隊長はそんな竹村のびに何を思ったのか、深々と紫煙を吐き出す。
「なるほどな……」
「わ、わかってくれましたか!?」
恥じる理由はないのだが、どうしても恥ずかしいことをんでしまった気がしてならない。だが、その甲斐はあったようだ。部隊長は目を下げて優しげに笑うと、灰皿に煙草を押しつけながら鷹揚に頷いた。
「ああ……ここに至っても報を匿しようとするその姿勢、稱賛に値する。上には卓抜した機保持能力があると報告しておこう」
「全然わかってない!?」
思わずその場でって床に倒れ込みかけるが、竹村は辛うじて堪えた。部隊長はそんな竹村を見て首を傾げていたが、僅かな間を置いて理解したように手を叩く。
「たしかに、俺としたことが報の確認を怠っていたか。この忙しさで々ボケていたらしい。いくら際は個人の自由とはいえ、まずは事実確認から始めるべきだったか」
「そうです! まずは相互の認識をすり合わせましょう!」
「だがな、やはり俺としては個人の事に立ちる気はないのだ……若者の事について深く聞くなど、反発必至ではないか」
「反抗期の子供を持った父親ですか!?」
相手が部隊長で佐ということも忘れ、竹村はその場で地団駄を踏んでしまう。明らかに話が噛み合っておらず、竹村の限界を超えたのだ。
「ううむ……そこまで言うなら確認をしておくか。竹村上等兵、君と神楽坂優花氏の関係についてなのだが」
「…………は?」
何故そこで優花の名前が出るのか。呆然と聲をらしながらそう考える竹村だったが、話を聞きに來た先輩からも似たような質問をされたことを思い出す。
「先輩方からも同じような質問をけましたが……どうしてそこでその名前が?」
「……?」
竹村と部隊長は互いに無言になり、同時に首を傾げる。
「どうしても何も……付き合っているのだろう?」
「……?」
再度竹村と部隊長は互いに無言になり、同時に首を傾げた。
「……?」
「……?」
右に、左にと首を傾げ合う。互いに致命的な勘違いに気付いた時特有の、奇妙な沈黙が場を満たす。
「付き合ってるんですか?」
「そうなんだろう?」
「誰と誰が?」
「お前と神楽坂優花氏が、だ」
一分ほど時間が経ってから質問を行った竹村だったが、頭が容を理解してくれない。
「いつから付き合ってるんです?」
「俺が知るわけないだろう」
「どうして付き合ってるんです?」
「俺が知るわけないだろう」
ノーガードで毆り合うような問答を続ける二人。そうして再び一分近い沈黙が訪れたが、竹村も部隊長も同時に頷く。
「お互いの認識に齟齬があるというよりも、前提條件が致命的なまでに狂っていると愚考いたします」
「奇遇だな。俺もそう思ったところだ」
部隊長はそう言うと、機の引き出しを開けて冊子を取り出した。そしてそれを竹村に向かって放ると、竹村は冊子をけ取るなり即座に表紙に目を通す。
冊子は何の変哲もない週刊誌だ。蕓能人のゴシップ記事を取り扱っているらしく、表紙にはデカデカとした煽り文句やマスコミのターゲットになった蕓能人の寫真が掲載されている。
――熱発覚か!?
――ミリオンヒットアイドル優花ちゃんの大膽告白!
――お相手は『ES能力者』の『きょうすけ』氏!
そんな煽り文句と、優花の寫真が表紙に描かれていた。
「……………………」
竹村は無言になり、目を閉じる。そして疲労を解すように両目を指でマッサージすると、何度か瞬きをして己の視力が正常であることを確認した。
パラパラとページをめくると、特に探すこともなく表紙の特集ページが見つかる。
――ラジオ越しの告白!
――お相手は『ES能力者』!
――噂の『きょうすけ』氏とは!?
大きな文字が紙面に踴り、更に細かく“一連の騒”に関して記述されていた。
先日の戦いの際、ラジオに出演していた優花が個人的に『きょうすけ』なる人へ応援メッセージを送り、それを聞いたマスコミが喜び勇んで記事にしたらしい。
大人気アイドルにしてミリオンセラーを記録した歌手の騒となれば、ここまで騒がれるのも納得だろう――竹村は奇妙に冷めた頭の中でそう思考する。
「……『ES能力者』に関しては報規制が行われるのでは?」
「……先の戦いでゴタゴタしていてな。検閲が間に合わなかったらしい」
靜かに言葉をわし合う竹村と部隊長。その様子だけで竹村が“シロ”だと察したのか、部隊長は恐る恐る尋ねる。淡々と言葉を吐き出す竹村の瞳が、ガラス玉のようにき通っていながらも虛無を孕んでいるのが恐ろしかった。
「……付き合っては、いないのだな?」
最初に確認しなかった自分の落ち度だ。それを自覚するが故に、尋ねる部隊長の聲は弱々しい。
(つまり、なにか……俺は別人の『きょうすけ』君とやらに間違われて、先輩達にも余所余所しい態度を取られた……と?)
無言で記事を読み進める竹村だったが、その間にふつふつと怒りのが湧き出てくる。
なるほど、たしかに自分は『ES能力者』で、『きょうすけ』という名前だ。もしも自分が部隊の人間ならば、同じような態度を取るに違いない。
なにせ有名アイドルとの熱を噂される人が傍にいるのだ。良きにせよ悪きにせよ、興味を抱いて聲をかけるだろう。付き合っている相手が可いアイドルで、歌手としても大人気となれば聲をかけるなと言う方が無理だ。
肩書きも然ることながら、『きょうすけ』という“大切な人”にメッセージを送って無事を願うその格。自分の立場が悪くなることを恐れず、これほどまでに想うその一途さと度。
アイドルや歌手という肩書きを抜きにしても、羨ましい限りである――竹村京介とは別人の、『きょうすけ』とやらが。
「ぐうううううううううるるるああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁっ!」
火山のように怒りが噴出し、竹村は手に持っていたゴシップ誌を縦に引き裂く。そして『ES能力者』の腕力に任せて橫にも引き裂くと、床に叩きつけて何度も何度もストンピング。コンクリート製の床にヒビがる勢いで何度も踏み付ける。
「お、れ、じゃ、ねええええええええええええぇぇぇっ! 『きょうすけ』違いだごらあぁぁっ! どこの『きょうすけ』だっ! いっぺんツラ見せろおおおおぉっ!」
竹村としては気にしていないつもりだったが、知らず知らずのにストレスが溜まっていたのだろう。我を忘れたように千切れたゴシップ誌を踏み付け、興した獣のように荒い息を吐き出す。
「お、落ち著きたまえ竹村上等兵! 錯するな!」
そのあまりの変貌振りに、部隊長は毆り倒してでも止めるべきか迷う。同名の別人が原因で部隊の人間に何日も疑われていたのだ。ここまで荒れる理由としては十分だろう。
それでも竹村は數十回ほどゴシップ誌を踏み付けると、何とか自制を取り戻した。狀況が狀況だけに部隊長も強く言わないが、今いるのは部隊長の執務室で、目の前の部隊長は上にして佐だ。
竹村はその事実を思い出すことでなんとか怒りを抑え込むと、深呼吸を數回繰り返しての熱を吐き出す。
もしもこのタイミングで『ES寄生』の襲撃に関する警報が鳴れば、竹村は喜び勇んで飛び出していただろう。今ならどんな『ES寄生』が相手でも余裕で毆り殺せる気がした。
「……落ち著いたか?」
「……はっ。失禮いたしました」
腫れにるような、距離をじる聲だった。それに気付いた竹村だったが、今しがたの兇行を思い出してそれも當然だと自分を納得させる。毆って気絶させなかったのは、部隊長の溫だろう。
「いや、いい。さすがにな……不問とする」
別人と勘違いされて“々と”疑われたのだ。ヒビがった床の修理費はポケットマネーで出しておこう、と部隊長は思った。
それでも、最終確認として聞くべきことは聞かなくてはならない。
「では、この件は全て不幸な勘違いだった……それで間違いないな?」
「優花ちゃんみたいな子が彼なら隠さず自慢してます! 彼しいです! 今まで彼がいたことないんですよおおおおおぉっ!」
「お、おう、そうか」
落ち著いたと思いきや、早速の発である。部隊長は若干を引いてしまったが、この否定振りを説明すれば部隊員も納得するだろう。むしろ、納得しなかったら毆ってでも納得させるつもりである。
「部隊長、俺はですね、自分の名前を気にっていました。割と普通なじですけど、その普通さが好きだったんです。でもですよ? さすがに“コレ”はないと思うんですが」
「わかった、十分にわかったから目を走らせながら近づいてくるな」
ギラギラと走った目を向けながら近づいてくる竹村に、部隊長は両手を向けて落ち著けとポーズで示す。竹村はなんとか踏み止まると、再び深呼吸をすることで自制を取り戻した。
「……とにかく、これで誤解は解けましたよね?」
「ああ、部隊の者にも周知徹底する。ご苦労だったな……下がって良いぞ」
部隊長がそう言うと、竹村は心底疲れた様子で頭を下げて退室する。的にはともかく、神的な疲労は先日の激戦に勝るとも劣らないだろう。
「……今度、部隊全員で酒でも奢ってやるか」
肩を落として去っていく竹村の姿に、部隊長はぽつりと呟くのだった。
こうして、『きょうすけ』という名前を発端とした騒は無事に終結した。竹村はそのことに安堵し、しばらくの間はこのネタを元に同僚達をからかうこともできるだろう、などと前向きに考えたのである。
――その二ヶ月後、己の名が原因となって新たな災難が降りかかるまでは。
“その日”は、突然やってきた。
「本日よりこの部隊へ配屬となった砂原陸戦中尉だ。よろしく頼む」
そんな挨拶と共に姿を見せた男――砂原の姿に、臨時のブリーフィングで集められた第三陸戦部隊の者達は靜かに息を飲んだ。
日本の『ES能力者』において、砂原と言えば一人しかいない。『ES能力者』という“狹い業界”の中では非常に有名な名前であり、その名前を知らない者がいるとすれば訓練校を卒業したての新兵ぐらいだろう。
最近の訓練校でも知らない者はいないぐらいに有名なのだが、なくとも竹村が訓練生の時は聞いたことがなかった。しかし、部隊に配屬されるにあたり、先輩達から有名な『ES能力者』については聞き及んでいたのだ。
曰く、『収束』と呼ばれるES能力を編み出した天才。
曰く、かつての『ES世界大戦』で単獨にて中隊を撃破し、その技量から『穿孔』と謳われた練達の士。
曰く、『零戦』の元中隊長にして狀況が違えば『零戦』の隊長にもなり得た男。
曰く、一対一ならば『武神』とも互角に渡り合える強者。
そして、最も新しい風評で言うならば、『ES能力者』でありながら『星外者』を追い詰めた技量を持ち、なおかつ“最新の英雄”を鍛え上げた辣腕の指導者である。
『ES能力者』の中でもその技量を聲高らかに謳われる存在であり、日本どころか世界を見渡しても最強の一角として數えられるほどだ。
ただし、『星外者』との戦闘において致命傷を負い、その傷が原因で『構力』が激減しているとも聞く――が、『穿孔』を目前にした第三陸戦部隊の面々は、その噂を知った上で息を飲んだ。
噂に聞いた通り、砂原からじられる『構力』の量は多くない。々並の陸戦と同等程度であり、第三陸戦部隊の中でも下の方から數えた方が早いだろう。
だが、砂原がに纏う風格が侮ることを許さない。數えきれないほどの死線を潛り抜けた者だけが持つ、圧倒的な存在。それが第三陸戦部隊の面々を圧し、迂闊に口を開くことを許さなかった。
「……砂原中尉には中隊長として第三中隊を率いてもらうつもりだ」
部隊員へ説明を行う部隊長の聲も、普段と比べてどこかい。表は平靜を保っているものの、僅かな張が滲んでいるのだ。
(第三中隊……俺の上になるのか)
竹村は第三中隊に所屬しており、砂原が中隊長になると聞いて自然と背筋をばしていた。見れば、他の中隊員も似たような狀態である。
「知っている者は知っていると思うが、先日の戦いで砂原中尉は負傷をされてな。『構力』の減が大きいらしく、本人の希で空戦から陸戦へ異されたそうだ」
微妙に敬語が混ざっているのは、部隊長も無意識のに砂原を“上”だと思っているからだろう。しかし、そんな部隊長の心を察したのか砂原が小さく笑う。
「佐殿、小は敵の不意打ちを避け損ねて心臓を持っていかれた間抜けであります。教え子のおかげでこうして生き永らえておりますが、『ES能力者』としては死んだも同然の。“きちんと”階級と職責に則った対応をしていただければと思います」
「はっ……あ、いや、うむ。そうだな」
釘を刺す砂原に、部隊長は反的に敬禮を取りかけた。すぐに我に返って取り繕ったが、それを笑える者は部隊の中にいない。
(もしかして、砂原中尉なりの冗談……とか……)
釘を刺しつつも、風聞に囚われず接してほしいと言いたかったのかもしれない。砂原も笑みを浮かべているため、本人としては著任の挨拶として軽い冗談を飛ばしただけなのだろう。
聞き間違いでなければ心臓を破壊されたのに生きているらしいが、竹村はきっと自分の聞き間違いか砂原の言い間違い、あるいは冗談だと思うことにした。砂原の浮かべた笑みが間抜けな獲を目前にした狩人のようにも見えたが、目の錯覚だと思うことにした。
主に自分の神安定のために。
「怪我は治っているが、『構力』の減によって以前ほどの力が発揮できん。戦う際の覚もしばかりズレている……が、すぐに現狀に合わせるつもりだ。小が率いる中隊には特に迷をかけると思うが、よろしく頼む」
自の狀態を簡潔に説明し、砂原の挨拶が終わる。そのため部隊長は第三中隊の面々に挨拶をするよう促すと、場を譲るように、あるいはこの場から逃げるように、砂原から離れてしまった。
そのことを笑える者はいない。部隊の再編に伴って補充要員が來るとは聞いていたが、これほどの“大”が相手では歴戦の陸戦部隊員でも腰が引けてしまう。
それでもこれから部下になるということもあり、第三中隊の面々は階級が高い者から順番に自己紹介を開始した。己の階級と名前、それに加えて部隊での役割などを話していく。
「訓練校第六十七期卒、竹村京介陸戦上等兵であります!」
そして、とうとう竹村の番が來た。そのため竹村は姿勢を正し、聲を張って己の名前を告げる――と、これまで自己紹介を行った先輩達とは異なる反応を砂原が示した。
「竹村……京介?」
「はっ、そうでありますが……何か?」
その砂原の反応に、まさか“優花の弾発言”の件が耳に屆いているのかと心で恐々とする。部隊の人間に関しては誤解が解けたものの、それ以外に関してはどう転ぶかわからないのだ。
初対面のため砂原の趣味嗜好は知らないが、もしかすると優花の大ファンということも有り得る。
(その場合、俺は『穿孔』に敵視されることに……?)
最後に書を認めたのはいつだったか、と反的に考えてしまった。説明すればわかってくれるとは思うが、それよりも先に噂の『収束』で砂原の伝説の一幕に加えられそうである。
だが、そんなことを危懼する竹村の心とは裏腹に、砂原は何故かその瞳に純粋な興味のを浮かべていた。
「得意なことは何かね?」
「『防型』ですので、防系ES能力には自信があります」
他の者が自己紹介をした時は、そこまで聞かなかった。これは竹村の自己紹介が足りなかっただけという可能もあるが、砂原の聲にはそれだけでは済まない何かが潛んでいるようにじられる。
「――ほう」
ニヤリと、砂原のが弧を描く。竹村としては一何が砂原の琴線にれたのかわからなかったが、砂原の纏う気配が急激に変化したことだけは理解できた。
できれば、理解したくなかったが。
「『防型』か……訓練校の席次は?」
「だ、第四席であります!」
何故訓練生時代の席次など聞くのだろうか。そんな疑問を抱くものの、答えないなどという選択肢は存在しない。
「そうか、そうか……」
何が面白いのか、砂原は口元に笑みを浮かべたままで數回頷く。それと同時に『構力』とは異なる、殺気とも戦意とも取れない圧力をじ、中隊の面々は思わず一歩後ろに下がってしまった。
「これも奇縁か――面白い」
その圧力を直にけた竹村は、膝から崩れ落ちそうになる。それでも震える膝を叱咤し、なんとか姿勢を保つことに功した。
「佐殿、中隊の人員に関しては小の“好きに”してもよろしいですな?」
「はっ……いや、その、砂原中尉、君の中隊だ。訓練なども見てやってくれると助かる……ただ、潰してくれるなよ?」
「無論です。これでも部下を扱くのは得意ですので」
続く部隊長と砂原の會話を聞いた瞬間、竹村は膝を突いていた。以前の騒を上回る危機がを貫き、抵抗する気力を奪ったのである。
(ヤバい……どうしてわからないけど、非常にヤバい!)
己の中でかつてないほど警鐘が鳴り響いている。しかし逃げ道など存在せず、竹村は震える足で何とか立ち上がった。
「俺は“リハビリ”の途中でな。力不足だろうが、諸君らに迷をかけることがないよう努力する」
そして竹村は見た。満面の笑みを浮かべ、溢れ出んばかりの覇気を滾らせる砂原の姿を。
殺されることなどないはずだ。いくら中隊長で上と云えど、訓練で部下を殺すなど指揮として失格どころの話ではない。
だから、死ぬことはないはずだ。死ぬよりも酷い目には遭うかもしれないが。
「さあ――共に強くなろうではないか」
「は、はひ……」
結局、竹村にできたのは半泣きになりながら頷くことだけだった。
これから三年後、當時を振り返った竹村京介空戦曹長は述懐する。
「砂原中尉殿のおかげで俺は強くなれた。『飛行』を覚えたし、昇進もしたし、完璧には無理だけど『収束』の発現に関してコツも教えてもらえた。『防型』としてだけでなく、どんな狀況で戦い抜けるよう徹底的に鍛えてもらった……でも、でもだ」
それは懐かしくもほろ苦い、思い出す度に全から冷や汗が噴き出て胃がを逆流しそうになる日々。砂原本人を前にしたら反的に直立不になり、砂原に命令されれば敵『ES能力者』の集団が相手でも笑顔で突撃するようになってしまった、地獄の日々。
その日々を気力を振り絞って思い返した竹村は、結局砂原本人に尋ねることができなかった疑問を吐き出す。
「なんで俺だけ集中的に鍛えられたんだろう……」
他の中隊員も砂原に鍛えられていたが、何故か自分は徹底的に鍛えられていた気がしてならない。どんな理由が飛び出すかわからず、竹村は砂原に確認することができなかったのである。
運が悪いのか間が悪いのか竹村がその理由を知ることはなく――“もう一人の『きょうすけ』”の存在を知るのは、まだまだ先のことだった。
なお、伊織同様竹村が本編に絡むことはありません。
どうも、作者の池崎數也です。
本編完結後の後日談も5話目になりました。容が軽めだったからか、文章量の割に手早く書き上げることができました。
今回は想欄の返信および前話のあとがきにて書いていた『きょうすけ』についてです。終盤に砂原も出てきましたが、砂原の詳細に関しては次の後日談で書ければと思います。
『ES能力者』という人口がない職種に対し、特定の名前をんでしまった優花が原因になりました。本編を書いている時からこの後日談は書きたいと思っていたので、実際に書けて満足です。
それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。
モテない陰キャ平社員の俺はミリオンセラー書籍化作家であることを隠したい! ~転勤先の事務所の美女3人がWEB作家で俺の大ファンらしく、俺に抱かれてもいいらしい、マジムリヤバイ!〜
【オフィスラブ×WEB作家×主人公最強×仕事は有能、創作はポンコツなヒロイン達とのラブコメ】 平社員、花村 飛鷹(はなむら ひだか)は入社4年目の若手社員。 ステップアップのために成果を上げている浜山セールスオフィスへ転勤を命じられる。 そこは社內でも有名な美女しかいない営業所。 ドキドキの気分で出勤した飛鷹は二重の意味でドキドキさせられることになる。 そう彼女達は仕事への情熱と同じくらいWEB小説の投稿に力を注いでいたからだ。 さらにWEB小説サイト発、ミリオンセラー書籍化作家『お米炊子』の大ファンだった。 実は飛鷹は『お米炊子』そのものであり、社內の誰にもバレないようにこそこそ書籍化活動をしていた。 陰キャでモテない飛鷹の性癖を隠すことなく凝縮させた『お米炊子』の作品を美女達が読んで參考にしている事実にダメージを受ける飛鷹は自分が書籍化作家だと絶対バレたくないと思いつつも、仕事も創作も真剣な美女達と向き合い彼女達を成長させていく。 そして飛鷹自身もかげがえの無いパートナーを得る、そんなオフィスラブコメディ カクヨムでも投稿しています。 2021年8月14日 本編完結 4月16日 ジャンル別日間1位 4月20日 ジャンル別週間1位 5月8日 ジャンル別月間1位 5月21日 ジャンル別四半期2位 9月28日 ジャンル別年間5位 4月20日 総合日間3位 5月8日 総合月間10位
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