《斷罪された悪役令嬢は、逆行して完璧な悪を目指す(第三章完結)【書籍化、コミカライズ決定】》21.悪役令嬢は混する

前置きのない口付けに、クラウディアは目を瞬かせるしかなかった。

「……シルヴェスター様、やり過ぎです」

を離して口を開くものの、頭が回らない。

心臓の鼓が、耳の奧で大きく響いていた。

しかも驚き過ぎたせいか、すんっと表が消える。

「流石にその反応は、男として矜持が傷付くぞ」

心荒れ狂ってるとは言えず、無理矢理考えをひねり出す。

クラウディアは婚約者「候補」でしかない。

手を出すのはルール違反だ。

(だから、えっと、ここは……)

黃金の瞳に見つめられて落ち著かない。

けれど娼婦としての経験が、クラウディアに余裕のある笑みを作らせた。

「すみません、このような手法は好まないもので」

言外に趣向を凝らせろとダメ出しする。

駆け引きを楽しみたいのなら、わたくしのことも楽しませてください、と。

ともすれば偉そうに見える態度だが、シルヴェスターが気分を害した様子はない。

「これは失禮した。私も飽きられないよう進せねばな」

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クラウディアを解放したシルヴェスターは、エスコートを再開する。

乗り場に著くと、やはりというべきか既にフェルミナの姿はなかった。

「先に帰ってしまったようですね」

「どうする? 庭園に戻るか?」

「そうですね。フェルミナを放置したくないので、どなたかの馬車を借ります」

馴染みのご令嬢に頼れば、快く貸してくれるだろう。

踵を返し、誰なら後腐れなく済むか考える。

借りを作るにしても、憂いが殘らない相手がいい。

しかしシルヴェスターが、クラウディアの進路を遮る。

「私のことを忘れていないか? 王家の馬車ならすぐに用意できるぞ」

(忘れるも何も、一番借りを作りたくない相手よ!)

「王家の馬車で帰ったら、家の者が驚きます」

「クラウディアは私の婚約者候補だ。何も問題はないはずだが?」

明らかにシルヴェスターは、貸しを作る気である。

相手の思がわかっていて、それに乗りたくはない。

けれど回避する方法も思いつかなかった。

「……ではお願いします」

素直に頭を下げるクラウディアに、シルヴェスターはおや、と片眉を上げる。

「もっと抵抗するかと思ったのだが」

「ご厚意はありがたくおけします。ただ借りはなしです」

「それはないだろう」

筋が通らない、と言いたそうだ。

シルヴェスターからの圧が増すが、クラウディアも負けずに微笑む。

「代わりに楽しませてあげますわ」

「何?」

「シルヴェスター様は気になりませんか? フェルミナさんの行が」

「ふむ……クラウディアが突き飛ばしていないなら、彼は君を陥れようとしているのだな?」

「その通りです。だからわたくしはフェルミナさんに対抗します。同士の戦いの幕開けですわね」

シルヴェスターの対岸で、火事を起こす。

自分に火のが降りかからない騒は、娯楽になるでしょう? と。

「リンジー公爵家が揺らぐのは、ましくないのだがな」

「わたくしだってお兄様に迷はかけたくありません。そしてそれはフェルミナさんも同じです」

あくまでフェルミナはクラウディアを排除したいだけで、公爵家を壊したいわけではない。

領地へ引っ込むのを避けたように、自分の不利になることはフェルミナもまないはずだ。

「どちらにしろ、対立は避けられません。だったら特等席で楽しまれるのはいかがですか?」

クラウディアには、きまぐれな神様との約束がある。

観客が一人増えたところで、大差なかった。

「なるほど、それが馬車の対価か」

そう言って頷いたシルヴェスターは、提案をのんだように思えた。

しかし次の瞬間、クラウディアは黃金の瞳に正面から見下ろされる。

「だが、足りない。観客になりたいのなら、演劇を観ればいいだけだ」

「參加されることをおみですか?」

同士の爭いに首を突っ込みたいとは思わないな」

「なら……」

改めて厄介な相手だと思う。

シルヴェスターは會話の主導権を中々握らせてくれない。

「私をする努力をしろ。もちろん演技ではなくな」

する努力、ですか?」

「そうだ。私は席に座っているだけの観客になるつもりはない。そして君たちに介する気もない。だから君のほうから私に近付いて來い」

(舞臺から、客席の前へ躍り出ろっていうこと?)

「難しいことではないだろう? 政略結婚では、どんな夫婦であれ一度は互いに歩み寄ろうとするはずだ」

シルヴェスターの真意は何だと、クラウディアは青い瞳で見つめ返す。

これも駆け引きの一部なら――。

「互いに、と言いましたよね?」

「何だ、気付いてないのか? 私はとっくにクラウディアに焦がれているぞ?」

「はい……?」

予想だにしていなかった返答に、間抜けな聲が出る。

裏返った、貴族の令嬢らしくない聲音に、シルヴェスターは笑った。

人形のようないつもの笑みではなく、年相応の無邪気さで。

「ふっ、しはやり返せたようだな。馬車を手配するから、待っていろ」

呆然とするクラウディアを置いて、シルヴェスターは人を呼ぶ。

瞬く間に、王家の紋章がった馬車が用意された。

「健闘を祈る」

「あ、はい、ありがとうございます」

見送られ、馬車がき出したところで、ようやくクラウディアは正気を取り戻した。

「……わたくし、からかわれたのかしら?」

けれど、シルヴェスターの真意はわからずじまいだった。

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