《斷罪された悪役令嬢は、逆行して完璧な悪を目指す(第三章完結)【書籍化、コミカライズ決定】》26.悪役令嬢は新生代表を務める
學式は、學園に設けられた式典場でおこなわれる。
普段は何もなく閑散とした場所だ。
けれど學式には王族も列席するとあって、クラウディアたちが到著したときには、貴賓席が造られ煌びやかな裝飾が施されていた。
新生たち用に並べられた椅子の數に圧倒される。
この數を前にして壇上で挨拶するのかと思うと、今更ながらに胃が萎しはじめた。
「お兄様も新生代表でしたわよね? やはり張されました?」
「あぁ、あのときは噛まないようにするのが、一杯だったな」
ヴァージルも張したと知り、自分だけじゃないと息を吐く。
しかし無事に挨拶を終えられるだろうかと、不安が殘った。
娼婦であったときも、大勢の前に立ったことはない。
仕事は室で、一人に対しておこなわれる。
壇上に上がるのは、クラウディアにとって正真正銘はじめてのことだった。
「心配するな、傍には俺も殿下も控えている。途中で容が飛んだら、焦らず適當な言葉で締めてしまえ。予定より早く終わっても大丈夫だ」
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いつになく顔を曇らせる妹に、ヴァージルは溫かい笑みを向ける。
シルヴェスターも新生ではあるが、王族として祝辭を述べる立場にあった。だから新生徒會長として挨拶するヴァージルと一緒に控えていると。
公爵家としては完璧を求められる場面だ。
けれどヴァージルは、クラウディアを優先させた。
これまでの働きを思えば、しぐらい失敗しても取るに足らない。
「俺にしてみれば、ディーが新生代表を務めるだけで十分なんだ」
現に、それだけで公爵家の面は保てる。
その上、シルヴェスターの婚約者候補としても上々だ。
気負う必要はないと、ヴァージルはクラウディアの背中をでた。
その優しさに勇気づけられていると、背後から聲がかかる。
「どうした? 何かあったのか?」
振り返ると、視界に銀の輝きが映った。
「シルヴェスター様、おはようございます」
「おはよう。リンジー兄妹は流石だな」
二人揃って會場にいる事実を、シルヴェスターは如才なく褒める。
それをけて、ヴァージルは慇懃に頭を下げた。
しかしシルヴェスターはその態度を手で払う。
「學園では君のほうが先輩だ。そこまで畏まる必要はない」
シルヴェスターから許しが出たので、ヴァージルは肩から力を抜く。
実をいえば、トリスタンほどではないにしろ、ヴァージルもシルヴェスターと流があった。
はとこ同士で、歳も近いとなれば、遊び相手として呼ばれるのに十分だ。
クラウディアが婚約者候補に選ばれたことで、他の候補者と公平を期すため距離を置くことになったものの、気心は知れていた。
「ならシルも、ディーを勵ましてやってくれないか」
そうとは知らなかったクラウディアは、突然砕けた兄の態度に目を見開く。
「お、お兄様!?」
「なんだ? クラウディアは張しているのか?」
けれどシルヴェスターの面白いものを見るような視線に、カチンとした。
(わたくしだって張ぐらいするわよ!)
思わず眉間にシワを寄せそうになるのを寸でで止め、殊勝な表を作る。
頬に手をあてると軽く俯いた。
憂いを帯びた息を吐けば、サイドの後れが影を落とす。
「何分、はじめてのことですから……」
儚げなクラウディアの姿に、シルヴェスターは黃金の瞳を細める。
そして冗談とは取れない聲音で、突拍子もないことを言い出した。
「ならば新生代表の挨拶はやめよう。しい君の姿を壇上で曬すのは惜しい」
「……シル?」
「……シルヴェスター様?」
揃ってきを止めた兄妹を見て、シルヴェスターは首を傾げる。
クセのない彼の銀髪がさらりと流れた。
「ダメか?」
「ダメだろう」
「ダメですわ」
またしても兄妹の反応が重なる。
學式の一工程である挨拶を取り止めるなんて、橫暴以外の何ものでもない。
果たしてシルヴェスターは本気なのか、冗談なのか。
わからせないところに質の悪さをじつつも、束の間の沈黙のあとは、誰ともなく笑いがれた。
クラウディアとヴァージルの絶妙なシンクロが笑いをい、三人で聲を立てる。
目に涙が浮かんだ頃には、張は霧散していた。
「わたくし、気付きました」
シルヴェスターに視線で続きを促され、にっこりと微笑む。
「大勢の人を前にするより、シルヴェスター様と一対一で話すときのほうが心臓に悪いと」
クラウディアにとって、それが真理だった。
辿り著いた答えに、ヴァージルが更に笑う。
ただ一人、シルヴェスターだけは憮然と腕を組んだ。
「良い意味に聞こえないのだが」
「良い意味ではありませんもの。ご自分のに手をあてて考えてくださいませ」
ツンと腰に手をやって、形の良いを張る。
フェルミナと並んで、シルヴェスターも厄介な人間であることに違いはない。
最近、こうしてを見せるようになってくれたのは純粋に嬉しいけれど。
クラウディアの満なに、一瞬シルヴェスターの視線がくのも心微笑ましい。
ちゃんと異としての魅力が自分にあるのだと、自信にも繋がる。
だからお禮もすんなり口にできた。
「でもおかげで張が解れました。ありがとうございます」
偽りない謝に、シルヴェスターにも笑みが戻る。
その後の學式では、クラウディアが噛むことも、挨拶を飛ばすこともなかった。
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