屋敷に帰ると、兄のヴァージルが、エントランスでクラウディアを待っていた。

咄嗟にヘレンがクラウディアから外套をけ取り、手に持っていた品を隠す。

「お兄様、どうされたの？」

「急ぎ話したいことがあって待っていたんだ。外は寒かっただろう？　溫かいものを飲みながら話そう」

居間に移すると、父親の姿もあって驚く。

まだ明るい時間だというのに、仕事を切り上げてきたのかと思うと、話の重大さが窺えた。

ソファに腰を下ろせば、すぐさま湯気の立つ紅茶が用意されるものの、侍はそのまま退室する。

部屋には三人だけが殘ることになった。

クラウディアが人心地つくのを待って、ヴァージルが口を開く。

「ディーも、バーリ王國の王弟が、王家の直轄領を滯在されているのは知っているだろう？　今日屆いた便りで、先日出立され、王都に向かわれているのがわかったんだが、このまま學園へ留學されることが決定した」

父親が続く。

「王弟もクラウディアと同じ年だ。留學自は不思議ではないが、いかんせん急に話が決まってな。公には、卒業パーティーで発表される」

「それは……」

頭の中で考えが錯綜する。

喜ばしいことなのか、すぐに判斷がつかなかった。

戸うクラウディアに、ヴァージルが頷く。

「言いたいことはわかる。俺も、バーリ國王の厄介払いだと考えているからな」

「ヴァージル、口を慎め」

「考えを素直に述べるために、場所を屋敷に移したんでしょう？　父上はどうお考えなんですか」

「私とて同じ考えだが……言い方があるだろう」

「家族間で灣曲した表現を使ってどうするんです」

父親はさておき、クラウディアとヴァージルは気心が知れている。

會話に遠慮はいらなかった。

「長年、王弟であるラウル殿下が王位継承権第一位でしたものね……」

ラウルは、バーリ國王の年の離れた弟にあたる。

國王が子寶に恵まれなかったため、彼は期から王位継承権第一位を冠していた。

それが今年、王太子が生まれたことで、継承権が二位に下がった。

とはいえ、長きにわたり次代の王として扱われてきたため、彼を推す聲も大きい。

バーリ王國には、王太子と共に、覇権爭いという新たな問題が生まれていた。

「表立って王弟がく気配は今のところない。しかし國王としては、これ以上、國で王弟に基盤を作らせたくないんだろう」

「だから厄介払い、ですのね」

我が子が生まれるなり、お前は用済みだと國外へ捨てるような所業に眉が寄る。

王弟も良い気はしないだろう。

「國王として早々に方針を示すことは大事だ。だが、やり方がまずい。現に國でも不満が上がっているみたいだからな」

バーリ王國では、ハーランド王國とは違った形で橫の繋がりが強い。

縁故主義とも言われるほど、縁関係を大事にするのだ。

王弟が反旗を翻したのならいざ知らず、きを見せてもいないのに國外へ追放するような國王のやり方は、他國以上に自國でけれられていないらしい。

「考えれば、不満が出るのもわかる気がしますけど」

「王太子の誕生で、國王の目が曇っているのかもしれない。俺たちも向を注視する必要があるだろう。そこで、ディーにも気を付けてもらいたいんだ」

「わかりましたわ」

王弟が留學するなら、自然と同じクラスになる。

クラウディアが接する機會も増えるだろう。

それとなく事を探れるなら、越したことはない。

「シルもいるし、無理をする必要はない。ただ……」

急に口が重くなったヴァージルに首を傾げる。

何か問題でもあるのだろうか。

學園の卒業を間近に控えたヴァージルは、父親と一緒に仕事へ赴くことも多くなり、彼にる報量も格段に増している。

クラウディアも社界デビューし、顔が広いほうではあるものの、學生の分では知り得ることに限界があった。

「ディー、シルとはしばらく會えなくなるかもしれない」

「……どういうことですの？」

視線を落とすヴァージルの表は暗い。

ふいに、昨晩見た夢が脳裏を過る。

――切なさを抱えながらプロポーズを斷る自分。

現実とは全く異なる心に、起きてからも戸った。

それが嫌な予となってクラウディアを襲う。

「シルに何かあったのですか！？」

「悪い、こんな言い方だと不安になるよな。シル自に問題や危険はない」

「自には、ですか？」

「そうだ。王弟が王家直轄領の港町にいただろう？」

「はい、ハーランド王國にとって、玄関口ともいえる港町ですわよね」

クラウディアが住むハーランド王國とバーリ王國は南北で隣り合い、北にハーランド王國、南にバーリ王國があった。

地続きではあるものの、國境地帯には巨大な山脈がそびえ、陸路で移するには時間がかかる。

お互い、國の東側が海に面していることもあって、二國間では船を利用するのが當たり前になっていた。

そして王家の直轄領である港町は、海を挾んだ東諸國にとっても玄関口となり、流通の拠點だ。

「そこで問題が起こった」

「まさか王弟の滯在中にですか？」

「いや、王弟が王都へ向けて出立してからのようだが……すまない、まだ正確な報が摑めていないんだ。ただこの件で、シルがくことになった。卒業パーティーには出席するが、そのあとの學園の長期休暇中に旅立つ予定だ」

折角の休暇中にシルヴェスターとは會えなくなる。

長い髪が頬をで、無意識のに俯いていたのを知った。

今までは気にならなかったのに、會えないと思った瞬間、寂しさにが押し潰されそうだ。

パチパチとぜる暖爐の火だけが、穏やかに時を重ねていく。