《斷罪された悪役令嬢は、逆行して完璧な悪を目指す(第三章完結)【書籍化、コミカライズ決定】》09.悪役令嬢はまたに落ちる

レステーアには良い目を持っていると褒められたけれど、シルヴェスターに比べたら自分なんてまだまだだ。

(失敗したわ……)

懐古に浸ってしまったことを後悔する。

もっと細心の注意を払うべきだった。

幸いシルヴェスターは、ラウルとの仲を疑っているわけじゃない。

焦りで手に汗が滲むものの、まだ救いはあると口を開く。

「バーリ王國の王族を前に、張していたのかもしれませんわ。思い返してみれば、壁を作り過ぎた気もします」

ラウルに対してはそれが正解だが、他人にはわからないことだ。

普段のクラウディアを知っているシルヴェスターだからこそ、なおさら壁があったことにも気付いているだろう。

そこにみをかけた。

「君にしては珍しいが、そのようなときもあるか」

僅かに首を傾げながらも、頷いてくれたことに安堵する。

穏やかな表から、心は窺えないけれど。

(一方的に決め付けないのが、シルの良いところよね)

甘いところがあれば詰められるが、筋が通っていれば矛を収めてくれる。

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難を逃れられたと信じ、今度はクラウディアから問いかけた。

「シルはラウル殿下と面識があるのよね?」

デビュタント前のクラウディアがラウルと會う機會はなかった。

しかし期から公務に就いていたシルヴェスターは違う。

「はじめて會ったのは六年ほど前になるか……直轄領の港町でな。を表に出さないよう、徹底的に教育されたのもそのときだ」

當時のラウルは王位継承権第一位で、互いが次代の王と目されていた。

ハーランド王家としては、弱みを見せないよう心を注いだという。

「ラウル殿下は気さくなお人柄だと聞いてますけど、その通りですの?」

「そうだな。こちらは無難な笑みをり付けているというのに、ラウルは構うことなくいつも気に話しかけてくる。表を取り繕わない姿に自由だな、と思ったものだ」

今は、到底自由とは言えないが、とシルヴェスターは続ける。

「自然に懐へってくる気質は、君と似ているかもしれない。快活に見せて、食えないと悟らせるところも含めてな」

語れたラウルの印象は、クラウディアが抱いているものと同じだった。

食えないとじるのは、飄々としながらも目が理知的だからだろう。

人間は変わっていないらしい。

「一つ忠告するなら、レステーア嬢との関係に気を配ったほうがいいだろう」

「どういうことですの?」

「君をダンスにったときや、ダンス終わり、節々でラウルはレステーア嬢に視線をやっていた」

「反応を見ていたのかしら?」

それだけ聞くと、レステーアに気があるように思える。

嫉妬する素振りでも見せてくれたら、脈有りだ。

(だからルイーゼ様より、派手なわたくしが選ばれたの?)

が苦手なラウルにとって、レステーアほど付き合いやすい相手はいないだろう。

けれどシルヴェスターは首を橫に振る。

「そのような雰囲気ではなかったな。小さな子どもを見守る親、とでも言えばいいか……例えるのが難しいが」

「わかりました、留意しておきます」

勘の鋭いシルヴェスターが気に留めるぐらいだ、何かあるのだろう。

試しに記憶を掘り起こしてみれば、娼婦時代、ラウルからレステーアの話を聞いたことがなかった。

近にあれだけ特徴的な人がいたら、普通は話題にのぼるわよね?)

レステーアには、男裝の麗人という表現がぴったり當てはまる。

を知らないご令嬢なら、に落ちてしまうかもしれない。

(いえ、知っていても落ちそうね)

演劇の世界では、が男役を演じることもある。

そしてその俳優は、決まって客から支持された。

容姿が麗しいのもさることながら、の機微に聡いからだろうか。

(話されなかった理由が、失だったらいいのだけど)

ラウルには、良くなくても。

しかしシルヴェスターの反応を見る限り、そんな安穏とした理由ではなさそうだった。

窓から屋敷の外燈が見えたところで、クラウディアは大事なことを思いだす。

「シル、渡したいものがありますの……!」

今日は卒業パーティーということもあって、二人の時間が作れるかわからなかったけれど、念のために完したハンカチを持ってきていた。

刺繍の図柄が見えるよう、リボンでラッピングされたハンカチを、シルヴェスターに手渡す。

「旅に出られると聞いて、用意しましたの。は、ハンカチなら何枚あっても困らないでしょう?」

ヘレンには太鼓判を押されたが、やっぱりまだ図柄に不安があった。

自信のなさが聲音に出てしまう。

(どうしよう、直視できないわ……)

シルヴェスターなら、きっと喜んでくれる。

そう思いつつも、反応を見る勇気が出ない。

いったん下がった視線が上を向いたのは、シルヴェスターがお禮を言ってくれたからだった。

「ありがとう、大切にする」

「っ……」

見上げて、息が止まる。

心臓も止まったかもしれない。

微笑むシルヴェスターが、あまりにも可憐で、しくて。

子どもがはじめて砂糖菓子を口にしたような、それでいて大人が芳醇なお酒を嗜むような、「好き」が溢れる表に、束の間、目眩を覚える。

これほど純粋さと香が合わさった喜びを、クラウディアは知らなかった。

ときめきでが苦しい。

「毎日欠かさず眺めよう」

言いながら、シルヴェスターは刺繍されたパンジーをでる。

その指使いは、髪をでる仕草を連想させた。

次いでハンカチを持ち上げて刺繍へ口付けられれば、クラウディアは全が真っ赤になるのを自覚した。

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