《斷罪された悪役令嬢は、逆行して完璧な悪を目指す(第三章完結)【書籍化、コミカライズ決定】》10.王弟殿下は溜息をつく

部屋を満たすコーヒーの芳醇な香りに一息つく。

自國から持ってきた豆は、上手く酸化を免れたようだ。

ハーランド王國では紅茶が主流で、あまりコーヒーが出回っていない。そのため、長期滯在用に大量の豆を一緒に持ってきていた。

鼻腔をくすぐる果実由來の爽やかさを堪能しながら、部屋に殘った側近に視線をやる。

「オマエは自重を覚えたらどうだ?」

「シルヴェスター殿下は、寛容な方でしたね」

他國でも男裝を貫くレステーアには、天井を仰ぎたくなる。

正裝であるなら問題ないと、シルヴェスターが認めてくれたからいいものの。

きっかけを與えた覚えがあるだけに、ラウルは責任をじていた。

(オレが、が苦手なのを知ってからだもんなぁ)

今日紹介されたリンジー公爵令嬢のような、グラマラスなタイプは特に苦手だ。

思春期を迎えた頃、ラウルの周囲にはしかいなかった。

発育が良かったせいもあるだろう。おかげで人一倍早く大人になることを強いられた。

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加えて桃花眼の目元が人をうらしく、派なイメージが先行していた。

(寢床に知らないでいたのは、今でもトラウマだ……)

王位継承第一位の座も、大いに影響した。

ラウルと既事実を作りたがるは後を絶たず、思春期の彼に影を落としていった。

んなタイプがいたけれど、最初にを見た満なつきだったため、そのまま苦手意識にすり込まれた。

しかし立場を考えて、ずっと苦手なのをひた隠してきた。

はじめてバレた相手が、レステーアだった。

(それまではコイツも、シンプルなドレスを著ていたのが信じられない)

男裝の麗人としての印象が強くなり過ぎて、以前の姿が思いだせないほどだ。

最初は私的な場所でだけだった男裝は、活範囲を広げ、今では他國にまで及んでいる。

(絶対レステーアの趣味だろ)

むしろラウルは止めた。

バーリ王國であっても、パーティーでドレスを著ないはいない。

案の定、レステーアは好奇の目に曬されることになったが、本人はどこ吹く風だった。

元々、頭の回転が速すぎるがために、孤立しがちだったからかもしれない。

(逆に男裝してからのほうが友達は増えたみたいだが、本當に友達なのか……?)

不思議なもので、最初は避けられていたレステーアも、男グループと行を共にすることで、に囲まれるようになった。

今ではラウルといい勝負をするほどだ。

一人掛けのソファから、胡げに男裝の麗人を見ていると、にっこり微笑まれる。

ちっとも嬉しくない。

長い付き合いで、レステーアの人間は把握していた。

(ためらいもなく笑顔で人を刺すタイプだからな、コイツは)

どれだけ綺麗な笑顔を向けられても、気が休まらない。

「クラウディア嬢は興味深い方でしたね。ラウルは苦手なタイプでしょう?」

「そうだな……」

言わずとも、一番苦手なタイプだ。

気の強そうな顔に、自信に溢れた

でも最初に目を引かれたのは、緩やかなクセのある長い黒髪だった。

ラウルも髪にクセがあるので、共通項が気に留まったのかもしれない。

そして青みがかった白いドレス。

黒と白の対比に負けない、ボディライン。

苦手だ。

苦手なのに、しかった。

黙っていてくれたら、どれほど完璧だろうと思った。

口を開けば、またびた甘い聲を聞かせられるのかと憂鬱になった。

けれど、それは杞憂で。

「まさかダンスにわれるとは、ぼくも思いませんでした」

「オマエが失禮をしたからだろうが」

「彼は気にしていませんでしたよ」

レステーアには悪癖があった。

相手の思考を読んで、答えを先回りするのだ。

考えを読まれたほうは良い気がしないどころか、普通は気味悪がられる。

けどクラウディアは違った。

逆に謝ってきたぐらいだ。

はちゃんとレステーアの立場を考えて、何も指摘しなかったのに。

あの場の落ち度は、レステーアにあった。

だから詫びを兼ねて、ダンスにった。

パーティーで唯一、他國の王族にわれたとなれば、彼の自尊心が満たされると思ったからだ。

「クラウディア嬢に興味がありますか?」

「バカを言え。それに彼はシルヴェスターの婚約者候補だろうが」

すぐに否定するも、レステーアは微笑むばかりだ。

思考を読まれているようで気にらない。

クセが強い一方で、有能だから始末に負えなかった。

ラウルがエスコートすれば、大抵のはしな垂れかかってくる。

しでもを伝え、を刺激しようとするのだ。

それが逆効果であることを、クラウディアは知っているみたいだった。

ラウルが不快にならない距離、接を心得ていた。

気付いたら早々にダンスは終わり、戸ったのは記憶に新しい。

かといってレステーアを放置すれば、何をしでかすかわからないため、ラウルは気持ちを切り替えるしかなかった。

「ぼくは興味がありますよ」

「どういう意味だ?」

「彼は目が良い。それに知能力も高い。気位の高い公爵令嬢とは、とても思えません」

「完璧な淑と評判らしいぞ」

だからしっかりラウルとも距離を保ったのだろうか。

「クラウディア嬢なら納得の評価ですね。ぼくはしています。彼は本當に素晴らしいですよ、ラウル」

「オマエを気味悪がらないしな」

「そうなんですっ、視線のきや表で、考えを読まれることをわかっているんですよ! きっと彼が、鋭い観察眼をお持ちだからでしょう」

何とはなしに水を向けただけだった。

レステーアから、かつてない熱量が返ってきて目を瞠る。

「加えて、あの知能力には興しますよ! 公爵令嬢ともなれば、逆に見られることに慣れて、人の視線には鈍くなるというのに」

言われてみれば、蝶よ花よと育てられたにしては機微に聡い。

クラウディアの能力は、ハーランド王國の他の令嬢と比べても、突出しているように思えた。

単に生來のものかもしれないけれど。

「クラウディア嬢に銘をけたのはわかった。だが、余計なことはするなよ? オマエにだって監視の目はついてるんだぞ」

主人を置いて、早々に王都へ出発した側近を睨む。

そのときは國王がつけた護衛も一緒だったので、下手なことはできないだろうと出発を許可した。

結果、レステーアは五日ほど先に著き、外報をすり合わせていたらしいが。

「わかっています。監視役に護衛を選ぶなんて、目を盜んで何か企てろと言わんばかりですよね」

「企てたが最後、サーベルの錆にされるぞ」

(兄上は、世継ぎが産まれてから人が変わった……)

最近では疑心暗鬼になっているのではと疑うほどだ。

今までだってラウルは、國王の意に反したことがないというのに。

ラウルは、平和主義者だった。

爭いを何よりも忌避する。

ラウルのように地位の高いものが爭えば、決まってわりを食うのは弱者だからだ。

當人たちだけの話では収まらなくなる。

だから王位継承権が二位に下がり、留學を言い渡されても素直にれた。

「問答無用でラウルを國外へ出して非難を浴びたから、早く問題を起こしてしいんでしょうね」

兄である國王からは表向きには従順を、裏では反旗を翻すことをまれている。

さっさと反旗を翻して処分させろというのだ。

流石のラウルも、裏の意に沿う気はない。

「王太子殿下が長されれば、國王も落ち著きを取り戻されるさ」

「だと良いですけどね」

留學という形で國から追い出されたことで、レステーアを筆頭とした王弟派貴族の國王への心証は最悪だ。

ラウルとしては彼らが暴走しないよう、神経を尖らせるしかなかった。

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