《斷罪された悪役令嬢は、逆行して完璧な悪を目指す(第三章完結)【書籍化、コミカライズ決定】》30.悪役令嬢は侍と距離をめる
「ふふっ、もうすぐ帰ってこられる殿下も気が抜けませんね」
先日、シルヴェスターから視察が終わった旨の便りがあった。
順調にいけば、あと二、三日で王都に著くだろう。
今しがた終わったばかりのお茶會のことをからかわれ、クラウディアはヘレンからそっぽを向く。
「何のことかしら?」
年上の彼からしたらクラウディアとルイーゼのやり取りは、微笑ましい以外の何ものでもなかったようだ。
ちらりと視線だけ向けた先で慈に満ちた瞳を見つけ、クラウディアは余計気恥ずかしくなる。
「可らしいクラウディア様を知るのは、殿下だけではなくなってきていますから」
「ルイーゼさ……ルーと、シルは違うわ」
「えぇ、そうでしょう。友とは違います。けれど、どちらも尊いものですよ」
選ぶことが難しいほどに。
熱量は変わらないと、ヘレンは言う。
「きっと殿下がお帰りになられたら嫉妬されるでしょうね」
否定しきれず、返答に困った。
ののらない穏やかな笑みを浮かべるシルヴェスターが、ありありと想像できて。
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ただでさえルイーゼとの仲は勘ぐられているのに。
(今までの所業が響いてくるなんて……反省しろということかしら)
けれどルイーゼは友人だ。
その事実がある以上、疑うほうがどうかと思ってしまう。
不満が顔に出ていたらしく、ヘレンがクラウディアの背中に手を添える。
「わたしは安心しています。大人びたクラウディア様にも、年相応の一面があって」
いつも気丈に振る舞う姿は頼もしくもあり、心配にもなると。
無理をして大人になろうとしているのではないかと。
「クラウディア様はもっと今を楽しまれるべきです」
も。
友も。
立場的に難しいこともあるかもしれないけれど。
もっと、もっと、人生を楽しんでくださいと願われる。
「これからは、わたしよりご友人と過ごされる時間が増えると思うと、し寂しいですけど」
きっと、ヘレンにとってそれは何気ない心の吐だった。
しかしクラウディアのには深く突き刺さる。
侍は友人になれないと言われているようで。
振り返るなり、彼の手を両手で握った。
「ヘレンは、ヘレンは! わたくしの友人で、お姉様だとも思っているわ! 仕事中は侍でも、わたくしにとってかけがえのない人の一人よ!」
強く、強く訴える。
ヘレンはクラウディアの鬼気迫る様子に驚きつつも、目元を染めて微笑んだ。
「僭越ながら、わたしもクラウディア様を妹のようにお慕いしています」
溫かく優しい眼差しに聲が詰まった。
いつか病床で見た笑顔と酷似していたから。
極まって泣きそうになるのを必死で耐える。
ここで涙を見せてしまえば、ヘレンを混させるだけだ。
ぐ口元を隠すため、彼に抱き付く。
ヘレンはクラウディアを抱きとめると、甘えたの妹をあやすように緩やかなクセのある黒髪を手で梳いた。
「……いつまでもわたくしのお姉様でいてね」
「はい、いつまでも」
らかい聲音に安らぐ。
気を抜けば、も心もとろけてしまいそうだった。
腕に力をれて、を起こす。
吐息がかかりそうな距離で、視界にったヘレンのクマが気になった。
以前よりだいぶ薄くなっているけれど、完全に消えてはいない。
指の腹でそっとれると、くすぐったそうにヘレンがを揺らす。
「無理をしていない?」
「えぇ、これは」
寢不足の理由を話そうとしてくれたときだった。
別の侍が來客を告げる。
しかしその侍は、クラウディアとヘレンの抱き合う姿を見て顔を真っ赤にするなり、失禮しました!と踵を返した。
勘違いされたことを察し、二人で笑う。
ようやく完全にが離れたところで、クラウディアはヘレンに注意された。
「わたしはクラウディア様の距離を知っているので大丈夫ですけど、他のご令嬢と接するときは距離をお保ちください。シャーロット様のように驚かれますよ」
「そうね、気を付けるわ」
娼婦時代の覚だと、どうも近過ぎるようだ。
同だかられ合いが許されるとは限らない。
親しき仲にも禮儀あり、と心に留める。
「ヘレンも驚いた?」
「はい、初対面で抱き締められるとは思いませんでしたから」
「そ、そうよね……」
はじめて顔を合わせたときも、先程と同じく涙を隠すために抱き付いたのを思いだす。
事を知らない相手からすれば、驚く以外にないだろう。
改めて反省するクラウディアの肩を、ヘレンがそっとでる。
「でも不思議と懐かしいじがしました。まれる喜びを知ったのも、そのときです。わたしが騎士だったら、剣を捧げていましたよ」
騎士には、主人に一生の忠誠を誓う儀式がある。
攜える剣を主人となる者へ掲げ、誓いを立てるというものだ。
リンジー公爵家に仕える騎士たちも、みんな父親に剣を捧げていた。
剣を捧げた騎士は、主人が死ぬまで付き従う。
それだけの思いをヘレンが抱いてくれていることに、クラウディアはが熱くなった。
大切に思われている。
伝わってきた熱意に頬が火照った。
その熱を誤魔化すように立ち上がる。
「そろそろ行かないとブライアンに悪いわね」
ルイーゼとシャーロットとのお茶會のあとに、エバンズ商會との予定がっていた。
侍の告げた來客は、彼のことだろう。
予定にない來客なら、クラウディアの返答を聞くまで引き下がらなかったはずだ。
「彼なら何時間でも待ちそうですけど」
「ヘレンもそう思う?」
ブライアンを見て大型犬を連想するのは、クラウディアだけではなかった。
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