《斷罪された悪役令嬢は、逆行して完璧な悪を目指す(第三章完結)【書籍化、コミカライズ決定】》38.王太子殿下は回顧する

「ラウル、ラウルか……」

トントンと一定のリズムで機を叩く。

指を丸めて関節で小突けば、靜かな室に小気味よい音が響いた。

「気に食わん」

ふとすれば、眉間にシワが寄ってしまいそうだった。

どうしてこれほどいらつくのか。

ラウルがクラウディアへ思いを寄せているからか。

(違う。ディアが慕のを抱かれるのは、今にはじまったことではない)

心どころか、クラウディアにする男は掃いて捨てるほどいる。

いかに自分が狹量でも、一々気にしていたらキリがない。

ならばクラウディアがラウルに同的だからか。

(違う。ハーランド王國でも大半の人間が同的だ)

バーリ王國のように縁に重きを置く背景がなくとも。

ラウルが人好きのする男であることは、ハーランド王國の社界でも知れ渡っている。

派なようでいて、に対し軽薄でないところも評価が高かった。

(まさか苦手だったとは)

見抜けなかった。

クラウディアに負けず劣らず、人の機微には聡いほうだと自負していたのに。

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(私もまだまだだということか)

目を閉じ、椅子の背もたれにを預ける。

浮かんできたのは懐かしい景だった。

◆◆◆◆◆◆

「よろしいですか殿下、バーリ王國は現在、我が國と友好的ですが、仮想敵國であることもお忘れなく」

「わかっている」

「決して心のを気取られてはいけません」

「わかっている」

「王城のように、走り回ってもいけませんぞ」

「くどいな、私とて場は弁えている!」

先日、トリスタンとヴァージルの三人で走り回っていたことを持ち出されて、教育係を睨(ね)めつける。

王城とはいっても、場所は王族の生活空間だった。

注意されるいわれはない。

「反抗的な態度も見せてはなりません」

「わかった、わかった」

「おざなりな態度もです」

「……」

どうにかして教育係の口を閉じられないか考える。

目的地に著く頃には、無反応が正解に思えてきた。

「穏やかな笑みをお忘れなく」

しかし終ぞ、教育係の口を閉じることはできなかった。

教育係にとっては仕事の果が出るときだ。口うるさくなるのもわかる。

わかるが、辟易とせずにはいられない。

王家直轄領の港町ブレナーク。

今回のバーリ王國との會合場所だ。

王都にはない風をじたところで、し気分を持ち直す。

王城以外で他國の王族と介するのは、シルヴェスターにとってはじめてだった。

しかもバーリ王國には、十歳になる同い年の王位後継者がいるという。

負けられないという気概があった。

「よし、シルヴェスター、あの木まで競爭だ!」

「は?」

ラウルは、シルヴェスターの想定をことごとく裏切った。

初対面での挨拶では満面の笑みを向けられ、宿泊する屋敷の庭では追いかけっこを求められる。

走り回ることは教育係にじられているのに、だ。

でもそれを理由に負けるのは癪だった。

「おっ、見かけによらず早いな! 木登りはどうだ?」

「なっ、木までって言っただろう!?」

目標手前でギリギリ追いつくも、あろうことかラウルは頭上を目指しはじめる。

「なんだ、ハーランド王國の王子は木に登れないのか?」

「っ……!」

木登りの経験はなかったものの、ラウルの登り方を真似てかす。

背後では侍が悲鳴を上げているが、気にしていられない。

(次は……あれ、屆かない?)

発育の良いラウルに比べると、シルヴェスターの手足は短かった。

もうしでラウルがいる枝に著くのに。

窮していると、視界に褐の手が現れる。

「ほら、早くこっちに來いよ」

「競爭じゃなかったのか」

「それは木まで。木登りは……楽しいから?」

勝手な奴、と思いながらもラウルの手を借りて、シルヴェスターは登り切った。

「良い眺めだろ?」

眼下では、大慌てでクッションや藁の束が用意されている。

視線を上げれば、夕暮れに染まる空が一できた。遠くに水平線も見える。

風が優しく髪をでた。

隣に座るラウルの髪も綿のようにそよぐ。

「これでオレたちは友達だな!」

「無理だろう」

友好的であっても仮想敵國なのは、お互い様だった。

何でだよ、と頬を膨らませるラウルに、シルヴェスターは聲を出して笑う。

このあと絶対怒られることを一時忘れて。

を表に出すのは、これが最後だと心に決めて。

◆◆◆◆◆◆

次の日には表を取り繕うようになったシルヴェスターに、ラウルはつまらないと嘆いたが、ハーランド王國にはハーランド王國なりの処世がある。

シルヴェスターはそれをよく理解していた。

以後も、顔を合わせる機會に恵まれた。

ラウルはいつも人好きする気な笑顔を見せた。

この勢下で再會したときでさえ。

「あいつは変わらないな」

トントンと一定のリズムで機を叩く。

「そして仮想敵國なのも変わらない」

目を開けたときには、専屬の影が姿を見せていた。

決まったリズムで機を叩くのは、彼らへの呼びかけだ。

の影を用意してくれ。父上から了解は得ている」

「かしこまりました」

クラウディアがくにあたり、シルヴェスターもいくつかの権限を得た。

曰く、手にれた偽造証拠についてはお前が答えを出せ、と。

グラスゴーでの演説と同じく、王位継承者としての力量を測るための課題にされたのだ。

同時に、一緒に木登りをした仲だろう?とも言われたが。

(父上なりに配慮してくださったのだろうな)

國益に私は挾めない。

だからといって心をなくした政策が正解とも限らない。

ならば何が最善なのか。

影を見送ったあと、シルヴェスターは考えるために再び目を閉じた。

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