《斷罪された悪役令嬢は、逆行して完璧な悪を目指す(第三章完結)【書籍化、コミカライズ決定】》38.悪役令嬢は王太子殿下と和解する
スラフィムとルキから事を聞いたあと、クラウディアはシルヴェスターの部屋へ向かった。
協議が終わって、シルヴェスターも部屋に帰っていると聞いたからだ。
窓の外は真っ暗だが、クラウディアを出迎えるシルヴェスターの瞳にはが宿って見えた。
「ディア、大丈夫だったか?」
「わたくしは大丈夫です。シルこそ、大変だったでしょう?」
野盜に襲われたと聞いた。
それも一人や二人ではなく集団で。
「おケガはなかったと伺っていますが心配しましたわ」
「會うのが後回しになってすまない」
「立て込んでおられたのは知っています。お気になさらないで」
お互いれられる距離まで近付くものの、ケンカ別れしたのもあって遠慮してしまう。
二人の間に微妙な空間ができた。
けれど幾ばくもしないに気まずさよりも心配が勝って、クラウディアはシルヴェスターへ抱き付いた。
優しくけとめられ、気持ちが溢れる。
「ご無事で良かった……!」
互いの背中に腕が回ると、心が解きほぐされた。
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シルヴェスターのが頬にれ、彼も同じ気持ちだと知る。
「人數は多かったが大した相手ではなかった」
「シルも剣を振るわれたと聞きましたわ」
「ああ、だがほとんどは護衛が先に切り捨てていたよ」
危機に直面したシルヴェスターを思うと、が張り裂けそうだった。
誰よりも安全であるべき人なのに、いつだってシルヴェスターは危険に曬されている。
(今になってシルの忠告を実するなんて)
ナイジェル樞機卿は恐ろしい人だった。
スラフィムとルキの話だけでは信用できなかったけれど、事前にケイラからも注意するよう伝言を貰っている。
三人がグルになってクラウディアを騙しているとは考えられなかった。
そもそもクラウディアだけで済む話ではないのだ。
(シルにはスラフィム殿下から話がいっているはずだわ)
ルキもそうだが、スラフィムも真に協力を得たいのはシルヴェスターだろう。
公爵令嬢ができることなど、たかが知れている。
(樞機卿の立場を悪用するなんて正気なの……?)
これではどちらが犯罪ギルドかわからなかった。
権力の危うさを見せ付けられたようだった。
扱う者の心一つで、こんなにも恐ろしい事態を招くのだ。
「シルがわたくしに関わるなとおっしゃった理由がよくわかりましたわ」
「君を守りたいのは事実だが、あのときは私も思い違いをしていた。キツく言ったことを後悔している」
「いいのです、シルにも事があったのでしょう? わたくしったら全然気が回らなくて……ごめんなさい、ずっと謝りたかったの」
「私もだ、すまなかった」
優しく頭をでられて、全から力が抜けた。
おしい溫をもっとじたくて目を閉じる。
甘え過ぎは良くないけれど、今は許される気がした。
「考えが先走り、頭でっかちになっていたようだ」
シルヴェスターが余裕をなくしていた理由を聞かせてくれる。
「旅立つ前、スラフィム殿下から樞機卿の危険について聞いていた」
シルヴェスターも一方的な話を信じたわけではないが、そこへ屆いたのがクラウディアの旅行計畫だった。
ナイジェル樞機卿が滯在中のアラカネル連合王國を訪問すると聞き、居ても立ってもいられなくなった。だから無理矢理、同行をねじ込んだという。
旅をしながらシルヴェスターも報を集め、クラウディアの予を聞いて確信を持った。
「教會の力は大きい。力が及ぶ範囲は我が國以上だ。私は君を守りきる自信がなかった……」
信仰は人の心に宿る。
シルヴェスターがいくら警戒しても、人の心までは覗けない。
心こそ、何者にも侵されない神域と呼ぶべき場所だ。
どこに教會の、ナイジェル樞機卿の手下となり得る妄信者がいるのかわからない以上、シルヴェスターはクラウディアに関わらないでしいと願うほかなかった。
「今から思えば無理な願いだったと反省している」
トリスタンに指摘されて気付いたとシルヴェスターは言う。
クラウディアの行を制限したところで意味はないと。
もっと自分の力を、周りの力を信用しろと言われ、目が覚めたと。
「いつ目を付けられても守るのが正解だったのに、私はまた間違えてしまった」
「ゆえのお言葉だったと理解していますわ。わたくしもシルの気持ちは痛いほどわかりますから」
クラウディアも同じ理由でヘレンを危険から遠ざけていた。
彼の意思を無視して。
「それにシルはずっと守ってくださっていたのでしょう?」
ルキの言葉が思いだされる。
ルキは、シルヴェスターがクラウディアを気にかけていることを知っていた。
自分の知らないところで接があったのは間違いない。
「旅行中は影を付けていた。だから今日、港町でドラグーンのトップと、商館で樞機卿と會ったのも知っている」
「樞機卿との話の容は伺っていますか?」
「詳細は摑めなかったと聞いているが、事業の提案をけたらしいな?」
「はい、そのことで相談があります」
スラフィムとルキからの協力要請も併せて伺う。
もう関わるなと否定されることはなかった。
「話を聞こう」
聞き慣れた聲音に安心する。
けれどクラウディアが口を開こうとしたところで待ったがかかった。
「だが今日はもう遅い、話は明日の朝にしないか? ディアも夕食はまだだろう?」
「そうですわね。わたくしったらシルと話せるのが嬉しくて、舞い上がっていました」
「私もディアと話せて嬉しい。夕食は部屋へ運ばせよう」
シルヴェスターの部屋からも海を一できた。
夜の帳が下りていては闇が見えるばかりだが、空へ視線を移せば満天の星が広がっている。
二人はベランダで夕食をとることにした。
「星は冬のほうが綺麗に映るというが、夏でも十分見応えがある」
「壯観ですわ。シルと一緒ならどんな景も楽しめそうですけど」
「先に言われてしまったな。私もディアと一緒なら何だって楽しめる……ずっと傍にいてくれ」
指を絡めて告げられた言葉に息を呑む。
さり気ない言葉だったけれど、がいっぱいになった。
目頭が熱くなるのをじながら力一杯頷く。
「ずっと傍にいますわ」
二人が離れていた時間は、々一日。
けれど互いに寂しさを、大切さを実するには十分だった。
「何日も會えていなかったような気分なのだ。今夜はここに泊まってしい」
「それは……」
「君の純潔は守ると約束する」
今まで完璧な淑であろうとクラウディアは自分を律してきた。
変わらず、一線は越えられない。
クラウディアの信條はシルヴェスターも理解している。
――その上で求められるなら、気持ちに素直になろうと思った。
片時も離れたくないのはクラウディアも一緒だ。
願いを聞きれると、ける笑顔に視界が占領される。
しくも可憐で……そこまでなら余裕を保てるけれど、シルヴェスターには加えて香があった。
しかも自分しか知らない顔である。
にが濃くなる瞳も、薄ら朱に染まる目元も。
指先から伝わる熱も、全部。
クラウディアだけが、クラウディアだからこそ、知ることが許されたものだ。
甘い空気に思考が止まる。
互いの吐息が重なれば、あとは目を閉じるだけだった。
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