「リシェル様。

北のゴルダール地區の領主からはこれ以上の稅は納められないと嘆願書が屆いています」

王宮の執務室。執務含め數人しかいないその部屋でリシェルの補佐をしていたカイチェル伯爵が、ため息まじりで報告していた。

リシェルがガルシャの婚約者として王宮にきてからもう４年が経過している。

あれから、王子がリシェルと結婚を決意することなどなく、後から婚約したマリアが正式に王子の妃となった。

それでもリシェルが何度願っても、彼はなぜか王宮から解放される事がなかったのだ。

２年前國王が倒れてからというもの、実権を握った王子とマリアの橫暴ぶりは目に余るものがある。

マリアは國民の生活を向上させると次々政策をうちだした。

學校を作り平民達も學べるようにしましょう。

老人達のために老人ホームを作りましょう。

貧しくても生活できるように生活保護を作りましょう。

マリアの提案はどれも素晴らしいだった。

理想だけは。

けれどどんなに崇高な理想も、現実をともわないのでは結局夢語にしかすぎない。

誰かが富めば誰かが貧しくなる。

マリアの言う福祉施設は、國の財源を圧迫したのだ。

「私の実りの加護があるのですもの。財源など困らないでしょう？」

微笑みながら言うマリア。

その言葉に誰一人として異論を唱えないさまは、リシェルには異常に見えた。

実際國は困窮し始めているのに誰も反論をしないのだ。

確かに聖マリアの実りの加護でランディリウムは常に作だった。

けれど、それが過剰すぎたのだ。

本來なら年２回の実りの作なら、年５回に。

年に一度の実りの作なら年４回になり全て作に実る。

誰もが最初は喜んだ。

だが、喜びは最初だけだったのだ。

作が実りすぎておこったことは、作の価格の暴落。

種まきや収穫などの作業量は増えたのに、作の価格は暴落し、収穫しても売れなくなってしまったのだ。

農民達は商人に「どこででも手にる」と買い叩かれて元をとるのもやっとの額しか手にらなくなってしまった。

他の作を育てようにも、そんな短時間で土質などを変えられるわけもなく。

作はどうしても同じようなものになってしまう。

この國が需だけで回っているのなら食料があるのだから何とかなったのだろう。

だが、ランディリウムは、魔石などがとれるダンジョンなどが存在しない。

今全ての魔道はダンジョン産の魔石がなければ稼働しない。

そのため外貨も稼がねば國の経済は廻らないのに、それを稼ぐ手段がなくなってしまったのだ。

いままで薬の原料として高値で取引されていた薬草も価格が暴落。

リシェルが実りの力をもうし抑えてほしいと懇願しても聖マリアは何で？と小首をかしげるばかりで、止めようとしない。

農民たちに売る量を制限させようとしても、王子派の貴族から橫槍がはいり邪魔されてしまう。

素直に國にしたがって売るのを制限した農民たちを目に、抜け駆けする農民がでてしまい、結局守っていたほうが損をするとみな売り払ってしまう。

そのせいで作の価格の暴落は止められない。

それを哀れに思ったのか神殿からは聖がいる國だからとそれなりの寄付があるのだが、けれども、それもすぐマリアの思いつきで消えてしまう。

國よりも強い権威をもつ神殿に聖に忠告するようにと頼んだ家臣もいた。

だが、神殿はそれを聞かなかった。

マリアより一つ前の聖が神殿の厳しい教育の重圧で耐え切れず自害してしまった。

その時の負い目からか、マリアに忠告できる神が誰もいない。

聖は２０歳の誕生日を迎えたその日。

聖なる聖杯ファントリウムに祈りを捧げ世界に実りを與える。

１００年に一度現れる聖が聖杯に祈りを捧げねば、世界から緑が消え、荒廃してしまうのだ。

前任の聖が聖杯に力を注ぐ前に自害してしまった。

聖杯に１００年聖の力が注がれていないせいで、神達も今度は絶対失敗できないという気持ちが強いため神殿の者も聖を持ち上げるばかりだった。

それがマリアの我侭を増長させ、周りが誰も止められない狀況が続いている。

そんな狀況にリシェルはため息をついた。

あまり聖と接點のないものが「貴方が聖ならよかったのに――」と、リシェルに言う事がある。

栄なことではあったが、リシェルにとっては迷でしかなかった。

それが王子達の耳にはいってしまったのだ。

そのせいか、王子がリシェルにばかり辛くあたるようになってしまった。

本來なら妃候補などの一令嬢がこのような財務を預かる仕事を任される事はない。

けれど、國の財政を憂いて王子に進言した忠臣達はみなマリアと王子に気にらないと僻地に追いやられてしまったのである。

本當に國を憂いた者はこの國を去り、誰も貧乏くじをひきたくなかったのか。

たかが一令嬢にしかすぎないリシェルが任されたのだ。

「誰かがこの連鎖を止めないと――」

リシェルは書類を片手に、立ち上がるのだった。