「旅行に行こう」

そう言い出したのは父グエンの方からだった。

舞踏會も結局リシェルは出席することなく終わり、逃げるようにグエンと領地まで戻って來ていたのだ。

あれだけ念に準備をしていた舞踏會に出られなくて気落ちしていると勘違いしたグエンが気を使ってくれたのかもしれない。

実際はマルクとの打ち合わせで忙しかっただけであって、ドレスなど興味もなかったのだけれど。

リシェルは父の申し出に戸った。

「記憶の中の父と違い戸っています」

結局リシェルの自室で、旅行のために新しい服を買いたいと呼び出したマルクに一番に相談する。

その様子にマルクは目を細めた。

何故あそこまで父親を信用しないのか不思議ではあったが、どうやら母親の件だけではないらしい。

「お嬢様。もしかしてお嬢様も魅の影響下だったため記憶が曖昧になっているのではないのでしょうか？」

「え？」

思いもよらなかった言葉にリシェルが言葉を呑み込んだ。

「私の知るグエン様は貴方をとても大事にしていらっしゃいました。

私からすれば何故貴方がグエン様を信用しないのか不思議でなりません。

グエン様が魅で貴方に辛くあたっていた可能も考慮にいれてもです。

お嬢様がグエン様に大事にされていた記憶がないのがおかしいと思いませんか？

いくら目の前で母親が殺されたといっても、私の知る限り７歳まで貴方はとても大事に育てられていたはずです。

それを忘れていらっしゃる狀況がとても不自然でなりません。

真実を確かめるために旅行に行かれてはどうでしょう？」

「……でも、それでは敵襲が」

「まだ一年半の猶予がありますし、グエン様はお忙しいですからそう長居はしないでしょう。

第一王子を見張らせてはいますが今のところ怪しいきはありません。

そちらは気にしなくても大丈夫です。

それよりもグエン様が信用できるか。

見極めるために行かれるべきです。グエン様を味方に引き込めれば戦力は大幅に上がります」

マルクの言葉にリシェルはし考え込んだあと

「はい。ではそうします」

と、しハニカミながら微笑んだ。

その表は１０歳ののそれでマルクは安堵する。

常に思いつめた表しかしていなかったが初めてみせた嬉しそうな笑顔にやはり歳相応に甘えたいのだと理解した。

……それにしても。

マリアという聖は危険だ。

もし魅などというものが本當に使えるのであればリシェルが死んだあと、被害はランディリウム國だけに収まらず世界中に広がっているかもしれない。

イフリートを倒すため魔力を失ったグエンが魅にかかるのは仕方ないにしても、魔力の高いリシェルまで魅にかかっていたのではあらがえる者はいないだろう。

聖の使えるかもしれない魅を防ぐなど存在しているのかすらわからない。

魅に対する対策も何かとらなければ勝てるかどうかすらわからないのだ。

本來なら無理をしてでも今のうちに殺しておきたいが、聖であるがゆえそれも不可能だ。

聖が聖杯に力を注がねば世界そのものが崩壊してしまう。

聖を殺すなどと恐れ多い事は出來ない。

そしておかしい事がもう一つ。

マルクがどんな伝手を使ってもマリアなる存在がレンデーゼ家に存在しないのである。

妾の子をのちに迎えれたのだとしてもその存在自がつかめない。

一商人に出來ることはやはり限られてしまっている。

出來ればグエンの力があったほうがいい事は確かだ。

本當はマリアなど存在せず、全てがリシェルの妄想だったという可能もあるが――。

今更これだけのことを言い當てているリシェルの言葉を信じないという選択肢はありえない。

リシェルの資料のおかげで、現在マルクは莫大な富を手にれている。

未來では患っていたマルクの病気も早期にわかったため重篤にならず、事なきを得た。

それにジャミルの話ではジャミル達すら知らなかった暗殺ギルドの報を所持しており、それが正しかったのだから。

彼の話した未來は真実なのだろう。

とにかくもうし調べてみないと。

マルクは嬉しそうに旅行の準備の話をはじめたリシェルを見つめ思う。

せめて今世では－－彼を幸せにと。