「お嬢様お気を付けて！」

屋敷の城門で。

旅支度をしたリシェルにリンゼが嬉しそうに手を握った。

「ごめんね。一緒に連れていけなくて」

リシェルがリンゼに言えば

「仕方ありません。最近調を悪くした私がいけないのですから。

調不良のものは他領地に移はじられています。

楽しんできてくださいね。何時ものお茶とお菓子はカーシャに持たせましたから」

「ありがとう」

そう言ってリシェルは嬉しそうに微笑んだ。

本來なら浮かれている場合ではないのはリシェルも重々承知している。

けれどもしかしたら父はられていただけで本當は自分に優しいのではないかと淡い希も抱いてしまっている。

それにこれから行くのは數多くの聖の跡が殘るクシャラーナ領。

昔からリシェルが神話や聖の話が好きだったのを覚えていてくれた父が跡を巡ってくれると申し出たのだ。

何かマリアに対抗する手掛かりが摑めるかもしれないと、心踴る想いがあるのもまた事実だった。

「それじゃあ行ましょうお嬢様」

シークに手を差し出され、リシェルは微笑んで馬車に乗り込んだ。

リシェルの父は仕事が終わり次第合流することになっている。

馬車で移するリシェルは記憶が戻るまえの１０歳のらしい微笑みをうかべていてシークは安堵した。

記憶を思い出してからはリシェルは常に思いつめた顔で、一人の時は１０歳らしいの顔を見せる事などなかったからだ。

仮に神が１８歳だとしても。

１８歳のらしい表も見せた事がない。

まるでこれから命懸けの仕事に挑むような悲愴な表で思いつめていることが多く、他の者に想笑いを浮かべる事があっても一人で居る時に笑うことなどなかった。

暗殺者ギルドとの渉の時も。

何度止めようか。彼の父親かマルクにでも相談するべきかと迷った。

けれど、リシェルはシークが止めれば一人ででも行ってしまう危うさがどこかにあったのだ。

だからこそ自分がそばで守る道を選んだ。

その彼が、純粋に歳相応に旅行を楽しみにしている様子は嬉しくもあり微笑ましくもある。

彼の進もうとしている道は茨の道で、出來れば彼にそんな道を歩んでしくはないと思う。

それでも――強引に止めようとすれば彼の心は死んでしまう。

彼はいまそれだけを支えに生きているのだから。

□■□

「お父様がこられなくなった？」

別荘に到著するなり早馬の知らせがそれだった。

「はい。申し訳ありません」

伝えた従者が頭を下げる。

「いえ、お父様もお忙しいですから。仕方ありません。

貴方が謝ることではありませんよ」

リシェルは伝えた従者に微笑んで用意された部屋へと戻り、扉を開けたところでそのきをとめた。

「シーク。今は一人にしてください。

私が言うまで誰も部屋にれないでください」

顔も見せずにいうリシェルに「かしこまりました」とシークは頷いた。

リシェルの背を見送り、やっとみせた笑顔がまた消えるのかと思うと自らの主であるはずのグエンに苛立ちすら覚えている自分にため息をつく。

グエンはまだ彼の記憶を知らされていないのだから、彼を恨むのは筋違いだ。

けれど、彼が抱え込んでいる未來がどれほどリシェルを苦しめているか知っているだけに、彼に幸せであってほしいと思ってしまう。

復讐しか見ていない彼にしでも安らぎをと願ってしまうのだ。

リシェルの部屋から聞こえるわずかなすすり泣く聲に、シークは大きくため息をつくのだった。