「今回も慘敗でした」

「はぁ……………くそっ。どうしたら良いんだ」

「歴史あるクローデル公爵家の當主にして騎士団長なのに、どうしてでしょう？しかもただの騎士団長ではなく、総騎士団長なのに……―――やはり顔、でしょうか？」

至極真面目な顔をして主に向かって酷い事を言うのは、執事のフィリオ・ユベールだ。

そのフィリオを睨んでみるも、どこ吹く風。フィリオは騎士時代に俺が小隊長をしていた隊の副小隊長をしていただけあり、世間に恐れられているこの顔も睨みも全く効果がない。

元騎士の彼は銀髪に碧眼の男子で、非常に真面目な格をしている。現役時代はその整った容貌や鋭い剣技から氷麗の騎士と呼ばれ、男爵家次男で本人は當代限りの騎士爵を持っているとはいえ、低位の貴族令嬢のみならず一部の高位貴族令嬢まで熱をあげる人気ぶり。

怪我で騎士を辭めて我がクローデル家の執事となった今でも、婿取り希の貴族令嬢から労働者階級のたちまで幅広く人気がある。

一方、俺ヴァレリオ・クローデルは、古くは王家の系統につらなる歴史あるクローデル公爵家の當主にして総騎士団長という立派な肩書や地位を持っているのにも拘らず、一度もにモテた事がない……。

それは偏に俺の容姿が関係しているらしい。騎士としては恵まれた格をしているが、人より頭1つ2つ分以上の上背があり格も良いので、それだけで人に威圧を與えるらしい。

しかし、1番の問題はこの厳つい顔だ。

6年前に起こったクーデターの際に、頬や眉辺りについてしまった剣による切創が傷痕として殘り、鋭めな眼の形に三白眼で元々厳つい顔をより一層厳つく兇悪顔にしてしまった。

社界ではで俺の事を兇悪公爵や兇悪騎士団長と揶揄されているらしい…………。自分で言うのも何だが、騎士団のやつらの中では結構穏やかな格をしている方なのに。見た目だけで誤解されやすいのが子供の頃からの悩みだ。

元は騎士団に団後は負けなしの圧倒的な強さから、その強さを讃え、敵にとっては出會いたくない兇悪な相手だろうという意味で騎士団でかに呼ばれていたのが広まった。だが、近衛騎士になり戦場から遠ざかった事や、頬や眉から瞼に掛けて付いた傷痕により、今となっては容姿から兇悪と呼ばれている。

―――が、ヴァレリオ自はそんな事など知らない。

6年前に公爵家當主を継ぎ、それから嫁探しをしているが、今のところ全滅である。

打診の段階で斷られることも多いが、稀に顔合わせに進むこともある。

しかし、顔合わせすると必ず斷られる。

後日改めて斷られるならまだいい。目の前で「恐い」としくしく泣かれたり、尋常じゃない位に青白くなって震えられたり、「恐い」とばれたこともあった。兎に角、恐がられる。

始めのうちは一件ずつ丁寧に打診をしては斷られ、暫く落ち込んで……気を取り直してまた次へというのをしていたが、あまりにも斷られるので今年からは纏めて數家に打診を出している。

纏めてなんて不誠実な行いだと分かっているが、あくまでも縁談の打診だ。縁談の申し込みではなく、打診。

要するに、縁談を申し込む前に顔合わせしてお互いが良ければ縁談を申し込みたいと考えているから、顔合わせをしてくれるだろうか？と聞いているのだ。

周りくどいが、まずは顔合わせをして、大丈夫なら正式に縁談を申し込もうと考えての行が……この有り様。

どうせ斷られる事が前提だから、打診の申し込みくらい纏めてしてもいいだろう。と開き直った。

そして、今回も全滅であると報告をけたところだった。

「見た目はそんなに重要か………？」

「どんなに見た目が良くとも中が伴わなければ生涯の伴としては厳しいと思います」

獨り言の呟きを拾って真面目に返答された。容姿に恵まれたフィリオに言われても素直に賛同しにくい。でもその通り。大切なのは中だ。見た目に囚われず、俺の中を見てくれる人と出會いたい。

なにも高みをして人にばかり打診しているから悉く斷られているわけではない。

ただただ婚約者のいない獨の娘がいる伯爵家以上の家に打診をしているだけだ。

あまりにも斷られるので、まだ打診していなくて婚約者のいない令嬢がかなりなくなってきた。そもそも、この國では16歳以上で結婚できるため、この年齢になると釣り合う年齢の令嬢で、婚約者がいない娘がほぼいなくなって來ている。

まだ打診していないのは、社界の花と呼ばれるようなモテるたち、低位貴族で家格が合わない家、歳の差が10以上の娘のいずれかだ。

斷わっておくが、モテないなら俺でもイケると思ってそちらから打診し始めたわけではない。

モテるの家には捌き切れないほどの縁談が來ると聞いたことがあるので、よりどりみどりの中に俺が混ざってもどうせみがなく無駄になるのが分かりきっているから、出していなかっただけだ。

家格が合わない家の令嬢でも格が良いなら個人的には大歓迎と言いたいところだが、貴族社會というのは面倒なもので、低位貴族が高位貴族に嫁ぐと周りの貴族の婦人方から嫌みを言われたりして嫁が嫌な思いをすることもあるそうだ。

それによって貴族のパワーバランスが変わる事もある。立場的にもそれは避けたい。

低位貴族の家から嫁をもらう事になれば、―――このまま行けばその可能も高いが……もちろんそのような事にはならないように俺も気を配りたいとは思っている。妻の事は大切にしたいし。

総騎士団長だと訓練や仕事で遠征に行く事は殆どないが、忙しくて何分家に帰れないことも多い。いつもフォローできる訳ではない。せっかく嫁に來てくれたのに、嫌な思いをするなんて可哀想じゃないか。

だから、できるだけ家格の合う家からと思っていたのだが。

このままでは爵位なんて関係なく全ての貴族令嬢から斷られるのではないかと危懼している……………。

何度も同じことの繰り返しで最近は斷られることに慣れてしまったが、それでも斷られて傷つかないわけではない。俺は誰にも求められていないのだと悲しくなる。

『やはり顔、でしょうか？』

最近は落ち込まないようにと平気なふりをしているのに、フィリオのこの言い草。普段冗談を言わない奴が、悪気なく言うからこそ、傷つく。 元々細かい傷が無數に付いていた心に、ザクリと鋭利な剣が刺さったような気がした。

―――あぁ……もう……心が折れた。

「もういい。今後はお前に任せる。殘っている家からお前が良いと思う家へ順に、適當に出しておいてくれ」

「俺が選んで良いのですか？」

「俺はもう、自分で選んで斷られたくない…………」

「かしこまりました。―――ヴァレリオ様」

「なんだ？」

「どうか元気を出してください」

「うるさいよっ」

自分が俺の神的ダメージを何倍にもしたくせに。 労るような目を向けてくるんじゃない。

◇

執事に與えられた執務室に戻ったフィリオはすぐに機に向かった。すぐさま機の中から紙を取り出し、機の上のペンを手に取る。

「自由にして良いと言うなら、やはりあの令嬢しかないでしょうね……」

ヴァレリオは避けていたが、フィリオにはヴァレリオを喜んでけれてくれる可能の高いご令嬢が1人だけ思い浮かんでいた。

かにずっとそのご令嬢に打診をしたいと思っていたのだが、ヴァレリオが避けていたから勧めることもできなかった。漸くその時が來た。

何故か今回はいつも以上に落ち込んでしまった敬慕する主のためにフィリオはすぐに行することにした。

◇

それから3日後、サランジェ伯爵令嬢との顔合わせが決まったとフィリオから告げられた。

フィリオの仕事の速さにも驚いたが、相手からの承諾の返事の速さにも驚いた。

こんなに早く返事が來るなんて、公爵家にすり寄りたい家の令嬢だろうか。何かしらの思がある家は、顔合わせ承諾の連絡はすぐに來るのだ。

サランジェ伯爵は確か可もなく不可もない人。前の王の時代は宰相補佐の1人だったが、今は領地経営だけのはずで、特別に裕福でも際立って貧乏でもない。クーデター以前は宰相補佐をしていた関係で宰相寄りだったが、今はどこの派閥にも屬していない。いつからか社に消極的になったと言われているが、それ以外は貴族としてごく普通の家だ。

特に公爵家にすり寄りたい様な事のある家ではなかったように記憶しているが、サランジェ伯爵と直接話した事がある訳ではないので実は分からない。

そして、そのご令嬢は確か貴族の子息らから大変人気があるという報だったので後回しにしていた。

ただ、人気があるという割に俺自はご令嬢の顔もなにも印象に殘っていなかった。

恐らく夜會で人集りができているどれかなのだろう。小柄な令嬢だと人集りの中にいると姿が見えない事もある。

サランジェ伯爵令嬢の釣書を見るに、22歳で貴族令嬢としてはそろそろ適齢期が終わる年齢だからもしや結婚に焦っているのだろうか。

どちらにしても、會えば斷られるのだろうけど……。

顔合わせに進んだからと期待すると、斷られたときの落膽が大きくなるから、いつしか斷られること前提で考える癖がついてしまった。

◇

サランジェ伯爵家に著くと、壯年の執事がニコニコと笑顔で出迎えてくれた。

男の場合は俺の顔を見ても恐れない人も結構いる。とはいえ、ニコニコと笑顔で出迎えられるというのも珍しい事だったので戸ってしまう。

執事以外の使用人も概ね好意的な態度だった。の使用人にも怯えがみられず、せいぜいぎょっとされるくらい。

それも一瞬のことで、なくとも顔を悪くしたりび聲をらす使用人は1人もいなかった。

客に失禮な態度を取らない様にとしっかり躾の行き屆いた使用人達という事なのか？ それにしても出迎えの使用人が多いのはなんだ？

案された部屋にると、すでにサランジェ伯爵夫妻とその娘らしきご令嬢がいた。

ご令嬢は、らかに波打つ淡い金の髪に青みがかった淡い紫の瞳、き通るように白いを持つどことなく儚げで可憐な、驚くほどの人だった。

そんな人が俺を真っ直ぐに見て微笑んでいる。

が俺を見て微笑むなんて、幻でも見ているのだろうか？ 夢？それとも天変地異が起こる予兆か？

目が合ってサランジェ伯爵令嬢がふわりと笑顔を見せてくれた瞬間、ほんの一瞬がきゅうと苦しくじた。